魔法少女リリカルなのは <貫く風>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

序章 第六話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

封時結界が張られたその場所から百メートルほど離れたビルの屋上に二人の女性が立っていた。

 

髪の長短でしか見分けがつかないくらいに顔立ちが似通っているところを見るに、この二人は双子なのだろう。

 

外見年齢二十歳前後の美しい娘達ではあるのだが――――しかしその姿は一般人が見れば大騒ぎになりかねないものだった。

 

二人の女性はどちらも猫を想わせる獣耳にふさふさの毛が生えた長い尻尾を備えていたのだ。

 

その生々しさはとても仮装の類には見えない。

 

それもその筈――――彼女達は猫を素体にして生み出された使い魔だった。

 

リーゼロッテとリーゼアリア。

 

それが彼女達の名前である。

 

本性は猫の姿なのだが、使い魔であると同時に時空管理局の局員でもあるこの二人はもっぱらこの姿でいる事が多い。

 

 

「あいつ――――あれからどうなったか様子を見に来てみれば……昨日の今日でいきなりこれかい!」

 

 

髪の短い女性――――リーゼロッテが怒りの感情そのままに、怒鳴る。

 

 

「………………」

 

 

一方、髪の長い女性――――リーゼアリアは無言のまま眉間に皺をよせ目を閉じていた。

 

への字に曲げられた口は露骨なまでに不機嫌さを示していて、彼女が抱く内心の苛立ちをこの上なく表している。

 

動と静――――ロッテとは表現の仕方に大きな違いはあるが、彼女も現在の状況に大層腹を立てているのは間違いなかった。

 

しかしまあ何年も掛けて準備していた計画がいきなり(つまづ)き始めたのだからそれも無理の無い事ではあったが。

 

 

「ジュエルシード関係には首を突っ込むなって言ったのに……! だから私は反対したんだ! あんな素性のよく分からない男を使うなんて……それなのに父様は――――!」

 

「そうだね……どういうつもりなのか一度父様から話を聞かないとね」

 

 

髪の毛を逆立てんばかりに憤慨するロッテとは対照的に静かな声でアリアが同意する。

 

それで多少は気が晴れたのか、ロッテは怒りで歪めた顔を少しだけ和らげ――――

 

 

「――――やばっ!? あれクロスケだ……!」

 

「え? ……あっちゃ〜、ホントだ」

 

 

どうしたものかと視線を巡らせたその瞳が、結界が張られた地点へと急速に近づく人影を映した。

 

距離はかなり離れていたのだがロッテは無論アリアさえもその姿を見紛う事はなかった。

 

青い光――――魔導師は高速飛行時に術者固有の魔力光の色を放つ――――に包まれ大空を飛ぶその人影は、彼女達の愛弟子であり、同時に弟のような存在でもある少年のものであったからだ。

 

 

「次から次へと面倒な事ばっかり起こるんだから。アリアぁ……どうする?」

 

「助ける。決まってるじゃない。あの男がどうなろうと知った事じゃないけど、今ここでクロスケ達に私達の計画が漏れるような事は何としても避けなくちゃいけない……」

 

「――――だよね〜」

 

 

溜りに溜まった不満を溜め息として吐き出しながら、ロッテは頷いた。

 

確かに腹は立つ。

 

しかし、感情に任せ主に不利益をもたらすような事態を引き起こすのは三流の使い魔がやる事だ。

 

そして自分達は一流の前に超がつく程の使い魔だという自負がある。

 

ならば、今自分達がやるべき事は何か。

 

決まっている。

 

 

「私がここから援護するから突入はお願いね」

 

「オッケー」

 

 

アリアの言葉を受け――――文字通り肩慣らしに――――片腕を勢いよく回し始めるロッテ。

 

そして。

 

 

「――――じゃ、いくよ」

 

「はいはい、何時でも」

 

 

アリアが魔法陣を展開させると同時にロッテは地を蹴り、ビルの屋上から虚空へと身を躍らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

周辺に散らばったコンクリートやガラスの破片が竜巻の余波がもたらした衝撃の凄まじさを物語っていた。

 

その中にあっても、トモヤが張った防御魔法は遺憾なくその力を発揮してはやての身を護っていたようだ。

 

だが、かなりの轟音が間近で発生していた筈なのだが――――はやてが目を覚ます様子は一向に無かった。

 

先ほど確認した時と同じく目立った外傷はやはり見当たらないし、はやて自身も穏やかな寝息を立てているようにしか見えないのだが、状況が状況であっただけに不安はある。

 

単なる外傷ならばトモヤも簡単な治癒魔法である程度の処置は出来るが、もし内臓――――脳に異常が起きているとなると門外漢の彼には迂闊に手を出せないのだ。

 

素人が下手に弄るとむしろ状態を悪化させる可能性が高い。

 

――――と。

 

 

「ん? 寝息……?」

 

 

はた、と今更のように気づいたトモヤがはやての顔を覗き込む。

 

はやては――――もごもごと口を動かし言葉にもならない寝言を呟いていた。

 

眠る環境としては劣悪もいい程なのだが、総じてその寝顔は気持ちよさ気である。

 

 

「あんな騒ぎがあった傍でこうも熟睡できるとはね……案外大物かもな」

 

 

小さく苦笑して、トモヤは展開していた防御魔法を解除、はやての身体を抱え上げる――――がしかし。

 

 

「待って下さい!」

 

 

いざその場から離れようとした矢先、眼前に白い人影が舞い降りてくる。

 

それは、先程まで上空にいた管理局の魔導師と思しき少女であった。

 

更に――――少女に少し遅れて、同じく金髪の少年も地に降り立ちその隣に並び立つ。

 

 

――――さて、どうする……?

 

 

内心で呟き、思考を巡らせる。

 

“それ”がいなくなった以上、管理局の人間がこちらに接触を図るのは分かりきっていた事だ。

 

本来ならば――――このような事態に陥るだろうという事が予測できていれば――――事前に逃げ道なり対応策を準備しているのだが、如何せん今回は事態の変遷が急に過ぎた。

 

と――――

 

 

「あ、あの……!」

 

 

少女の遠慮がちな声がトモヤの思考に割り込んでくる。

 

 

「その子……大丈夫ですか?」

 

 

トモヤが無言で物問いたげな視線を送ると、少女は彼の腕の中で眠るはやてに視線を向け、そう訊いてきた。

 

 

「……特に怪我は無い。眠っているだけだ」

 

「本当ですか!」

 

「よかった……」

 

 

取り敢えず返事をすると、二人はあからさまにほっとした様子を見せる。

 

しかし、それも束の間、

 

 

「だが――――」

 

「「え?」」

 

 

トモヤは親指で“それ”が墜落してきた場所――――地面に穿たれた大きなクレーターを指して、

 

 

「あんな非常識で物騒なもんが落ちて来なけりゃこいつも眠るような事は無かったんだがな……」

 

「「……う……」」

 

 

付け足すようなトモヤの言葉に気まずげに表情を曇らせ押し黙る二人。

 

トモヤにしてみれば冗談半分のつもりで言ったのだが、どうやら向こうは真に受けてしまったらしい。

 

まあ、残り半分は本気だった訳だが――――それはさておき。

 

 

「あんたらだろう? あんなもんここに落としたのは。やれやれ、管理局ってのは案外いい加減な組織(ところ)だったんだな……それとも、こんな管理外世界がどうなろうと知った事じゃないか?」

 

「そんな!?」

 

「違います! 僕達は――――!」

 

「ま、どうでもいい事だけどな……」

 

 

必死に弁解しようとする二人を興味無さそうに切り捨て、

 

 

「で――――何のようだ?」

 

「君の持っているジュエルシードを渡してもらおうか」

 

 

そう答えたのは目の前にいた二人ではなかった。

 

 

「ついでに……君の身柄も拘束する」

 

 

背後から、ちゃきり、という金属音と共に別の声が漂ってくる。

 

声変わりを果たす前の――――それでも目の前の二人よりは年上であろう――――少年の声。

 

 

「クロノくん!?」

 

「クロノ!?」

 

 

少女と少年がトモヤの背後に現れた人物を見て驚愕の声を上げる。

 

トモヤは溜め息を吐いて背後を振り返った。

 

 

「……今度は後ろからか」

 

「時空管理局 執務官……クロノ・ハラオウンだ。先ずは武装(デバイス)を解除してもらえるかな」

 

 

言って手に持った何か――――恐らくは彼のデバイスであろう――――をトモヤに突きつける少年、クロノ。

 

 

「管理局にしょっ引かれる覚えは……無いんだがね」

 

 

特に緊張した様子もなくトモヤは言った。

 

無論、嘘である。

 

本当のところは覚えがあり過ぎる訳だが、しかしわざわざ己が不利になるような事を言う必要は無いだろう。

 

――――が。

 

 

「管理外世界での魔法使用並びに大規模戦闘行為……君を連行するには十分過ぎる理由だ」

 

「結界の中なんだから別に構わんだろう?」

 

「結界内だからいいという問題じゃない……魔導師の管理外世界への無許可渡航が禁止されているのは君も魔導師なら知っている筈だ」

 

「許可なら取ってるかも知れんぞ?」

 

「生憎だが、そんな報告は受けていない」

 

 

トモヤの反論はにべもなく切り捨てられる。

 

 

「それに……その女の子の事も心配だ。とにかく僕達と一緒に来てもらうよ」

 

「ただ寝てるだけだから遠慮する……って言っても聞いてはくれなさそうだな」

 

「当然だ」

 

 

クロノの言葉にトモヤは大げさに肩を竦めてみせた。

 

 

「やれやれ――――そっちの不手際に巻き込まれただけだってのに……」

 

「それについてはこちらも非を認めよう。だが、管理外世界での――――」

 

「ああ、分かった分かった」

 

 

うんざりした口調でトモヤが言った。

 

口先だけでこの状況を打開しようとするのは――――当然といえば当然だが――――無理のようだ。

 

理由はどうあれトモヤの犯した行為が違法である以上、こちらの言い分が通る事はまず無いだろう。

 

この手のタイプの人間は生真面目で融通が利かない。

 

どんな言葉を以ってしても、すぐさま正論を叩きつけてくる筈だ。

 

ならば無駄な努力をする必要はあるまい。

 

トモヤはクロノの言葉に適当に相槌を打ちながら逃げ出す機を見計らっていた。

 

 

「では――――こちらの指示に従ってもらうよ」

 

 

クロノはクロノでこれ以上問答をする積りはないのか、デバイスをトモヤに突きつけたままで武装の解除を促す。

 

こちらを真っ直ぐに見つめてくるその様は、幼さの残る顔立ちのせいか今一つ迫力に欠けていたが――――従えば良し、抗えば実力行使を以ってでも捕縛せんとする気概だけは必要以上に伝わってくる。

 

逃げようとする者と捕まえようとする者――――双方が相手の出方を伺っていた。

 

その時――――

 

 

「う……ん〜……」

 

 

緊迫した空気を根こそぎ吹き飛ばすような寝惚けた声が響く。

 

こんな状況で、こんな声を発する事が出来るのは、ここには一人しかいない。

 

それは――――トモヤの腕の中で眠るはやてが身じろぎと共に発したものであった。

 

平常ならば取るに足らぬ出来事だったが、今この場においては、まるで劇薬のような反応を状況の変化にもたらした。

 

まず、クロノの意識がはやての方に向けられたのだ。

 

管理局執務官としての厳しい眼差しが、きょとん、と年相応な少年ものに変わり、トモヤに対する警戒が薄らいだように見えた。

 

 

「――――!」

 

 

そしてその瞬間を、この場から退散する機を見計らっていたトモヤが見逃す事はなかった。

 

クロノの意識が外れたのとほぼ同時に、彼の右足が地面の上を滑るような動きで半歩前に踏み出され、ほんの少しだけ全身とそれに付随して防護服の外套が揺れた。

 

左程大きな動きではない。

 

すぐ間近にいたクロノですら、何の警戒心も喚起されない――――そんな自然な動作であった。

 

だが。

 

 

「――――っ!?」

 

 

次の瞬間、クロノは己の顔面を蹴り抜かんと迫り来るトモヤの左足の存在に気づく。

 

ほんの僅かな間とはいえ、トモヤから意識を外していたクロノはその脅威に気付くのにまず半秒遅れた。

 

何とか仰け反って蹴りをかわすも、体勢は崩れてしまい、それを立て直すのにさらに一秒半の時間を掛ける。

 

しかし、トモヤもまたはやてを抱えたままでの不安定な姿勢で蹴撃を放った為、次の行動へと移るのに一秒手間取ってしまった。

 

差し引き、たった一秒の間隙。

 

そのほんの僅かな好機をトモヤは、逃げる、という手に使った。

 

 

Drive Twister

 

 

高速移動魔法、発動。

 

クロノの視界からトモヤの姿が幻のように掻き消えた。

 

いや――――残像さえ残さぬ程の速さで移動したのである。

 

そして、半瞬後には状況の変化についていけず呆然と立ち竦む少女と少年の十数メートル後方を飛翔していた。

 

 

「――――しまった!?」

 

 

呻くようなクロノの声を背に、トモヤは結界の外側を目指し中空を突き進む。

 

しかし、その飛行速度は決して速いものとは言えなかった。

 

トモヤが使用したのは短距離を瞬時に移動する加速型の魔法であり、その効力は瞬間的なのもので持久しないのである。

 

また――――それが限界でもあった。

 

何故なら、防護服も纏っていないはやてには魔導師の高速飛行は危険に過ぎるからだ。

 

故にトモヤは最大戦速の七割にも満たない飛行速度で追っ手から逃げるしかなかった。

 

と――――

 

 

「ぬ、っ!?」

 

 

突然、何の前触れもなく眼前の空間に青白い光の輪が顕現。

 

咄嗟に飛行軌道を変化させそれを回避するも、今度は緑の光鎖が下方からトモヤの脚を絡めとろうと迫ってくる。

 

更には二種のバインドの間隙をカバーするように桜色に輝く光輪が顕れ、トモヤの飛行を妨げる。

 

設置型と射出型――――性質は違えど、どれも同じ拘束魔法(バインド)

 

それは考えるまでもなく――――後ろから追いかけてきた三人の少年少女が仕掛けてきたものだ。

 

直接打撃や射撃・砲撃魔法などの類を使ってこないのは、こちらに生身の人間がいる事を考慮しての事だろうが、これだけでも厄介な事に違いはない。

 

追い縋るように、あるいは進路を妨害するように、次々と空間に顕れる三種のバインドから逃れるため、トモヤは外套を翻し中空を斜め下方に滑り落ちていく。

 

下方に位置する事で“相手の行動範囲を絞る”――――逃走時における空戦戦術の基本であった。

 

トモヤは後ろから追いかけてきている三人と無数に迫るバインドの存在を気配だけで感じつつ、視線は前方に向ける。

 

内側と外側の空間を隔てている場所――――つまり結界内の行き止まりまで、残り約五十メートル。

 

 

「前言撤回だ――――少しばかり……いやかなり荒っぽくなるが勘弁してくれよ」

 

 

誰にともなく呟いてカートリッジを撃発(ロード)、右脚部に魔力を編み込む。

 

増幅された魔力の一部を利用して衝撃緩和の魔法――――本来の用途は墜落時におけるものであり一時的な効果しかないが――――をはやてに施す。

 

同時に飛行魔法のベクトルを変更、その場で縦に一回転――――する途中で下方に落下、回転の勢いそのままに地面を蹴りしめ、上空へと翔び上がる。

 

空中で蹴りの態勢をとり、更に脚部への魔力を高める。

 

そして、その一撃を、全力で結界壁に叩き込む。

 

 

――――轟ッ!!

 

 

爆発的な打撃音――――結界壁と蹴り足の間で魔力が火花を散らしせめぎ合う。

 

いや、拮抗したのは僅かに数秒。

 

次第に次第に結界の壁面がその形を歪めていき――――そして、砕けた。

 

甲高い破砕音が響き、まるで砕かれたガラスのように宙に散らばった魔力の残滓を突っ切って、トモヤは結界の外へと出る。

 

ちらりと背後を振り返る。

 

人ひとりが通れるほどの穴が開いた結界。

 

全体の大きさからすればその破壊の規模は微々たるものであったのだが、結界の構成は急速に崩れ始めていた。

 

封時結界とは通常空間の位相を切り離し時間信号ズラす――――簡単に言えば別の空間を作り出す魔法技術だ。

 

通常と結界――――結界の壁に穴が空いたことによってそれら二間を隔てていた“境”が無くなった。

 

結果、切り取られた空間が通常空間へと復帰しようとする働きが起こり、それに結界空間が耐え切れなくなったのだ。

 

それはさておき。

 

 

――――結界からは出た。だが問題はここからだな……

 

 

取りあえず脱出はできたが、それで事態が好転したかといえば、決してそうとはいえない。

 

依然としてバインドはトモヤを捕らえんと迫りきているし、そしてその術者である三人も同じだろう。

 

しかも破ったとはいえ、結界などまた張ればいいだけの話であり、トモヤのした事は時間稼ぎにしかならなかった。

 

必要なのは――――この状況を変える決定的な一手。

 

ならば、とトモヤが危険を覚悟ではやてを抱えたまま高速飛行に移ろうとした――――その時、

 

 

「――――!?」

 

 

不意に何かが顔のすぐ横を高速で通り過ぎ、トモヤは横面(よこつら)を叩かれたような痛みを覚える。

 

同時にトモヤを追いかけていたクロノが声を上げる間もなく後方に吹き飛ばされた。

 

 

「何だ!?」

 

 

事情は分からず――――それでも咄嗟に側方に飛び退くトモヤ。

 

閃光が大気を唸らせ虚空を迸る。

 

トモヤの退いた空間を何条もの魔力光が貫き、それらは恐ろしいまでの正確さで残りの二人を撃ち抜いていく。

 

殺傷を目的とした狙撃ではない。

 

その証拠に撃ち抜かれた三人はいずれも怪我を負った様子もなく、また地面に墜落する事もなく、防御障壁を張りながら空中で体勢を整えていた。

 

 

「何処から……」

 

 

トモヤは厳しい表情で周囲を見回し、そして見つけた。

 

こちらに向かってかなりの速度で迫ってくる人影の姿を。

 

 

「…………」

 

 

その人影は――――白い仮面を被っていた。

 

青みがかった黒髪に白と蒼を基調とした防護服に身を包むその姿は体格から見るに恐らくは男。

 

 

「狙撃したのはアイツか? ――――いや、違う」

 

 

仮面の男とそれを追い越すように虚空を(はし)る魔法弾を見てトモヤは呟く。

 

トモヤのすぐ近くまでやって来た仮面の男は警戒する彼の横をそのまま素通りし、クロノ達の前に立ちはだかる。

 

 

「誰だ、あんた」

 

「…………」

 

 

訝しげに問うたトモヤの言葉に男は無言で答えた。

 

 

「おい――――」

 

“何やってんだい! さっさと下がりな!”

 

「――――何? おい、まさか……」

 

 

尚も言い募ろうとするトモヤであったが、頭の中に流れ込んできた声――――念話――――に思わず目を見張る。

 

女の――――しかも聞き覚えのある声であった。

 

トモヤは口元を小さく笑みの形に歪めると念話の相手――――リーゼロッテに答える。

 

 

“変身魔法か……はっ、まさかお前らが助けに来てくれるとは思わなかったよ”

 

“勘違いするんじゃないよ! 別にあんたのためじゃない……私達はその子を確保しにきただけで、あんたはその次いで!”

 

“ああ、別にそれで構わんさ……取りあえずは助かった”

 

 

日常会話と変わらない調子で念話を交わすトモヤとロッテ。

 

現在の状況を考えれば余りに場違いな行動であったが、二人には特に気にした風はなかった。

 

それは、遠距離から飛来する魔法弾がクロノ達三人の動きを牽制しているからだろう。

 

 

“この狙撃は……アリアか”

 

“当然でしょ”

 

“大した精度だな……流石は歴戦の勇士、ギル・グレアムの使い魔といったところか”

 

“はいはい……下手なお世辞はいいから、早くその子を連れて逃げな。あの三人は私達が面倒みるから”

 

“了解――――頼んだ”

 

 

簡潔な一言で念話を切ると、トモヤは上手い具合に間隙が空けられた魔法弾の間を縫うように飛び続けて、その場から離脱した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

前回のあとがきで、今回の話で一区切りつくと書きましたが……すみません、もう一話かかります。

 

書き進めてる間に書きたいことが増えてしまい、急遽二話に分けるハメに……しかも、また中途半端なところで切ったなぁ。

 

つ、次こそはちゃんと区切りを付けたいと思います。

 

それでは。