魔法少女リリカルなのは <貫く風>
序章 第五話
「ちょっと、どうなってるのよ!?」
なのはからの報告と突如レーダー上に現れたなのは達とは違う別の魔力反応に、アースラ通信主任兼執務官補佐であるエイミィ・リミエッタは目を丸くした。
続いて――――慌てた様子で手元のコンソールを叩くように操作、空間モニターに映し出された映像を切り替え拡大する。
「…………艦長!」
空間モニターに映る防護服を纏った青年の姿を食い入るように見つめる事、数秒、エイミィは弾かれたように背後を振り返った。
普段は溌剌とした笑顔を浮かべているその顔も、今では緊張と僅かな焦りに満たされていた。
「落ち着いて、エイミィ」
そんな彼女を宥めるように――――穏やかでありながらも凛とした声が漂ってくる。
艶やかな翠の髪を後頭部で一つに束ね、時空管理局の制服に身を包んだ女性。
時空管理局 巡航L級8番艦 アースラ艦長 リンディ・ハラオウンその人であった。
「……別地域のジュエルシード探索に向かったクロノ・ハラオウン執務官に至急連絡を」
艦長席に座ったリンディから指示が飛ぶ。
「は、はい!」
リンディが自分の息子でもあるこの艦――――アースラの執務官を職務名で読んでいるという事に、事態の緊急性を再認識したエイミィが目にも止まらぬ速さで再びコンソールを操作、今度は通信端末を起動させる。
「クロノ君! 聞こえる!?」
呼び掛ける声も焦りのためか、少し上擦っていた。
ややあって――――エイミィの眼前にある大型の空間モニターが一人の少年の姿を映し出した。
黒髪黒瞳、無骨な意匠の黒い防護服。
手甲に覆われたその手には少年のストレージデバイス――――S2Uが携えられている。
未だ幼さの残る顔立ちにはおよそ不釣合いな物々しい出立ち。
それが、若干14歳にして執務官の地位にまで上り詰めた秀才、クロノ・ハラオウンであった。
《どうしたんだ、エイミィ? そんなに慌てて》
モニターから響いてくる声には風の唸る音が混じっていた。
彼の周りの景色が急速に後ろへと遠ざかっているところを見ると、恐らくは飛行中なのだろう。
「ええと……それがね!? 街に落ちたなのはちゃんがジュエルシードで別の正体不明の魔導師がそこに追いかけてたら――――!?」
《何が言いたいんだ……君は》
緊張と焦りから、訳の分からない事を口走り始めたエイミィにクロノは呆れたような口調でそう言った。
「ご、ごめん……」
《それで? 何が起こったんだ》
続きを促してくるクロノ。
エイミィは逸る気持ちを抑え、現在の状況を説明した。
説明を受けたクロノはそれに厳しい顔で頷き、それから、エイミィに向けていた視線を艦長席のリンディへと移し、
《現状は分かりました……至急現場に急行します》
「ええ、お願いね」
リンディの言葉と共に通信が終了。
大空を翔けるクロノの姿を映し出していた大型空間モニターの画面が暗転し、その一瞬後、再び現場の映像へと切り替わった。
それを見届けたリンディは、ふう、と一息吐いてから艦長席のシートに深く身を沈みこませた。
「あ、あの――――艦長?」
アースラのオペレーターの一人が、彼女のその様子に不安そうな表情を浮かべる。
「いえ……何でもないないわ」
「はあ……」
そんな部下に穏やかな微笑みを浮かべて応えはしたものの、実際には内心で苦いものをリンディは感じていた。
本来、魔法が確認されていない世界での魔法の悪用を防ぐため、管理外世界への魔導師の渡航は時空管理局によって厳しく制限されている。
なのに、一ヶ月にも満たないこの短期間の間に局員でも無い魔導師の存在が三名、管理外世界で確認された。
そして今、そこに一名が追加され、計四名
これは異常な事態だ。
「全く……どうなっているのかしら」
単なる偶然とも考えられるが、リンディはとてもそのように楽観視できなかった。
ただでさえ現在起こっている事件は、一つ間違えればこの世界だけでなく次元世界全てに多大な被害をもたらす危険性を孕んでいるのだ。
安易な考えは取り返しのつかない結果を引き起こす。
「それにしても――――この魔導師、一体何者なの……?」
モニターに移る青年の姿を眺め、呟く。
デバイス、防護服を見れば――――この青年が主に戦闘を生業にする魔導師だという事は分かる。
だが、彼もジュエルシードを狙っている者なのかと思えば、とてもそのようには見えない。
なのはからの報告によれば、発見当時、青年は車椅子の少女を連れていたという。
芝居にしては懲り過ぎているし、何よりそんな事をする必要性が見当たらなかった。
戦闘行為が行われる可能性がある結界内に車椅子の人間を連れてくるなど、何の役にも立たない以上に足手纏い以外の何ものでもないからだ。
「……巻き込まれた、と考えるべきかしら」
だが、もしそうだというのなら今度は“何故こんな所に魔導師が”という疑問が出てくる。
なのはと同じようにこの世界の住人が偶然魔法の力を手に入れたのか、或いはフリーの魔導師が何らかの目的を持ってこの世界にいるのか。
前者のような事がそうそうあるとは考え難い。
ならば、後者と考えるのが妥当だろう。
「だとしたら、一体何の目的で……?」
束の間、思案する素振りを見せていたリンディだが――――やがて、いえ、と小さく息を吐いて、
「今ここで考えていても仕方ないわね……とりあえずクロノ達に任せましょう……」
モニターに映る映像を――――この艦の遥か彼方の地上で今まさにぶつかり合おうとしている青年と“それ”の姿を見据え、そう呟いた。
トモヤが不意を突かれたのは間違いなかった。
実際、彼は一切の回避行動を取れていなかった。
にも関わらず、“それ”の一撃がトモヤの身体を捉える事はなかった。
叩き潰されたかと思った瞬間、まるで爆弾が埋め込まれていたかのように“それ”の腕が爆砕、吹き飛ばされた腕が縦回転の螺旋を描きながら宙を舞い、轟音を響かせてビルの壁面へと突き刺さる。
あろう事に彼は己の身体より倍以上も大きな腕を片足で蹴り飛ばしたのだ。
ベルカ式魔法の魔力付与打撃。
アームドデバイスを用いての近接個人戦闘に特化した――――現在は衰退しているが――――かつてはミッドチルダ式と次元世界を二分するほどの勢力を誇った魔法体系。
それが、ベルカ式魔法。
その最大の特徴は一部の例外を除いて殆ど全てのアームドデバイスに搭載されている魔力強化システム――――カートリッジシステムだ。
カートリッジシステムとは、カートリッジに込められた圧縮魔力をカートリッジロードによって得る事で瞬間的な魔力強化を図るシステムの事である。
強化された魔力を近接戦闘から直接対象に叩き込むため、純粋な破壊力ではミッドチルダ式を遥かに凌ぐ。
だが――――このカートリッジシステムも決して万能とは言えない。
ミッドチルダ式と比べるとベルカ式には幾つもの問題が存在する。
その一つが扱いの難しさである。
自身の保有魔力を上回る魔力が爆発的に発生するため、使用者に高度な魔力制御能力が無ければ魔法は暴発し、デバイスの破損――――最悪の場合、使用者自身の身体や命すら危険に晒してしまう。
また、近接戦闘特化型の魔法である以上、使用者には一定水準以上の近接格闘能力が必要とされている。
しかも近・中・遠と――――やや中〜遠からの射撃、砲撃に重きを置いているが――――あらゆる距離に柔軟な対応が取れるミッドチルダ式とは違い、ベルカ式は戦略の幅が狭く汎用性に欠ける。
当然、カートリッジも無限にある訳ではなく、カートリッジが無くなればフルパフォーマンスの魔法が使えず、長期戦にも不向き。
魔力の強化によって得られるメリット以上にこれらのデメリットの方がその影響が大きく、現在のベルカ式魔法衰退の大きな原因となっていた。
まあ、もっともトモヤの使う魔法は純粋なベルカ式魔法とは言えないのだが。
「お姫様は、と……やれやれ、一応無事みたいだな」
ちらりと背後を振り返ってはやての安否を確認したトモヤが薄い苦笑を浮かべた。
危険の排除を優先したため、ろくに周囲の状況も確かめずに魔法を使ってしまったが、特に怪我を負っている様子は無さそうだ。
だが、何時までもこんな場所に長居していれば本当に大怪我を負いかねない。
とはいえ――――
……ずぅぅん……
鈍い音と共に地面が揺れた。
爆発の衝撃で一度は沈黙した“それ”は、地響きと共に悠然とした動作でトモヤに向かって歩き出した。
片腕を吹き飛ばされている筈なのだが、その動きを見るに何の痛痒も感じていないらしい。
もっとも、真っ当な生物には見えない“それ”に痛みなどというものがあるのかどうか、些か疑問ではあるが。
どちらにしろ、片腕を失いながらも平然としているその様は、“それ”の異形もあいまってか――――不気味な事この上ない光景であった。
しかも、どうやら“それ”はトモヤを完全に敵と認識したようだ。
何の停滞も迷いも無く、真っ直ぐ此方に迫ってくる。
「はやてを連れて結界内を逃げ回るのは難しい、か――――なら」
視線を背後のはやてから外し、“それ”の注意を自分に引き付けておくべくトモヤもまた歩き出した。
しかし――――その途中でふと思い出したように足を止め、
「おっと忘れてた……グラム」
<Yeah, Rampart Protection>
トモヤの声に応え、グラムボルトのコアクリスタルが明滅。
瞬間、地面に倒れているはやての周囲をドーム状の魔力障壁が覆った。
「これでよし……さて、いくか――――」
呟き、トモヤは地を蹴る。
十数メートルの距離を一気に詰め、“それ”が反応するよりも早く左の蹴りを“それ”の右足に叩き込む。
強烈な打撃音。
片足を刈られるような形で、ぐらり、と“それ”が傾いた。
次いでトモヤは振り下ろした左足を軸にその場で独楽のように捻転――――すると同時に跳躍、回転の勢いを乗せた右足を繰り出した。
<Gale Bunker>
「破砕!」
轟音。
渦巻く風を纏った蹴りが“それ”の胴体に突き立った瞬間、凄烈な爆風が生じ、“それ”の巨体が撃ち出された砲弾のように吹き飛んだ。
吹き飛んだ“それ”は緩やかな放物線を描き――――やがて、落下。
地面で三度バウンドした後、近くの雑居ビルに激突してようやく止まった。
建物を倒潰させつつも立ち上がろうとする“それ”。
直撃を受けたその胴体の中央部は、やはりと言うべきか――――陥没し亀裂が走っていた。
これも“殻”か。
現在の身体が本体だと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。
「どうなってんだか……」
ぼやきつつもはやてのいる場所から離れた事を確認――――トモヤは更に状況を移すべく“それ”めがけて真っ直ぐに駆け出した。
ほぼ同時に、完全に起き上がった“それ”が巨大な腕を青年に向かって振り伸ばす。
何の捻りもない、真正面からの単純な一振り。
トモヤは飛行魔法を起動させると同時に右斜め前方へと飛翔、その一撃を回避する。
目標を失った純白の巨腕はその先の地面に激突、舗装された道路に大穴を穿つ。
伸びきった腕を引き戻した“それ”は軽やかに宙を動き回るトモヤに追いすがり、今度は横殴りに腕を振り回した。
だが、その一撃が彼を捉える事はやはりなく、ただ周囲に破壊を撒き散らすだけであった。
ビルの壁面が大きく抉り取られ、砕かれた窓ガラスが粉雪のように地上へと降り注ぐ。
「はっ――――どこを狙ってる!」
トモヤが滑るような空中機動で“それ”に肉薄する。
次いで、放たれた蹴りが胴体部に炸裂。
凄まじい衝撃に“それ”が踏鞴を踏んで後退する。
「どうした。もう終わりか?」
衝撃の反発で地上に飛び降りたトモヤが挑発的に言い放つ。
すると――――“それ”がまるで彼の言葉に応じるかのように、ずん、と片足を一歩前に踏み出した。
「そうこなくちゃな……だが、残念ながらこっちはそうそう時間を掛けていられないんでね。さて……これだけ離れれば十分だ。そろそろケリをつけさせてもらおうか――――」
今ひとつ緊張感に欠ける口調で言いつつ、トモヤは左足を一歩前に踏み出し右腕を、すぅ、と胸の高さまで持ち上げる。
「とっておきだ……存分に味わってくれ」
トモヤの足元に灰銀の輝きを放つ魔法陣が出現。
前方に掲げられた右腕を環状魔法陣が囲い、その変化に呼応して“それ”の周囲を緩やかな風が包み、
<Vortex Cage>
次の瞬間――――爆発的にその規模が増幅、激しく渦巻く轟風が“それ”を押し包む。
暴風の檻に囚われた“それ”は身動きが取れないまま螺旋の風にその身を削られていく。
それでも何とか地面に踏ん張っていたようだが――――遂には渦動の勢いに負け、“それ”は錐揉み状に上空へと押し上げられる。
「おまけだ……!」
……ばし! ばしん!……
左右大腿部の回転弾倉からそれぞれ一発ずつのカートリッジが排莢される。
それらが地に落ちるよりも早く――――トモヤは打ち砕かんばかりの勢いで地面を踏みしめ、刹那の後、凄まじい速度で上空に飛び上がった。
直径三十メートルを超える竜巻の更に上へと飛び続け――――やがて、その真上に到達する。
速度を緩めぬまま下方に反転、激しく渦動する魔力風の中心に向かって突撃した。
「こいつも――――持っていけっ!!」
<Sonic Javelin>
両足を覆うグラムボルトから鮮烈なまでの魔力光が迸り、弾丸にも勝る速度でトモヤは虚空を突き進む。
そして――――上空から放たれた渾身の一蹴が、竜巻から放り投げられるようにして天に舞い上がった“それ”に炸裂した。
膨大な魔力が編み込まれた蹴撃と落下の推力が、“それ”の巨体を猛烈な勢いで竜巻の中へと再び押し戻していく。
上空に押し上げようとする力と地上に叩き落そうとする力が、竜巻の中心で拮抗。
生じる反発力の全ては“それ”へと集中し、容赦なくその巨体を砕き、押し潰す。
楕円の形はいびつに歪み、見る見るうちに“それ”は無残な姿へと変わっていく。
しかし、それでもまだ“それ”は錆付いた機械人形のようにぎしぎしと身体を軋ませながらもトモヤを掴もうと腕を伸ばしてくる。
「頑張ってるところ悪いんだがな……こっちは急いでるんだ。とっとと終わってくれ」
言葉と共にトモヤを包み込む魔力光がその激しさを増し、周囲の景色を銀一色に染め上げる。
溢れた余剰魔力は外部に漏れる事無く竜巻に絡み取られ、威力を増した螺旋は更に激しく“それ”の身体を削り抉る。
そして。
「結構楽しめたよ――――じゃあ、な」
<Penetrate>
光銀の一閃が巨体を貫き、一瞬の間を置いて――――“それ”は内側からの圧力に耐えかねたように爆裂。
胴体の殆どは粉微塵に吹き飛ばされ、辛うじて原型をとどめていた片手と両足は螺旋の風に分解され粉々に四散する。
最早、本体がどうの殻がどうのというレベルの話ではなかった。
文字通り、木っ端微塵。
やがて――――魔法の構成が解除された竜巻は轟音と共に飛散。
無数の砕片が地に降り注ぎ、しかし、次の瞬間にはまるで蜃気楼のようにその存在が希薄化し――――数瞬後、完全に消滅した。
後に残ったのは、勝利を誇るかのように吹き荒ぶ風と天高く舞い上がる砂塵――――そして。
「これ、か……」
その傍らに淡い煌きを放つ不思議な石が転がっていた。
碧眼の色と形状をした宝石――――ジュエルシード。
高密度エネルギー結晶体にして“それ”の核であったもの。
結局、“それ”がナニモノの願いを元にして生み出されたモノだったのか終ぞ分からず仕舞いであったが、これだけ膨大な魔力の直撃を受けた以上、その触媒も消滅してしまったのだろう。
だが――――
「よくもまあ、壊れなかったもんだ」
地に転がっているジュエルシードを掴み上げる。
トモヤの手の中で意味ありげに煌めくその結晶体には罅どころか傷一つついていなかった。
「流石はロストロギアって訳だ……しかし――――」
トモヤは視線を巡らし、
「やれやれ、少しばかりしくじった、かな……?」
周囲の破壊の跡を見回して苦笑する。
最後に放った魔法。
魔力の殆どを竜巻に封じ込める事によって威力の一点集中と外部への影響を抑えた――――つもりだった。
だが間の抜けた事に――――竜巻を開放した時に生じる余波を全く考えていなかったのだ。
もし結界が張られていなかったら、かなりの人的被害が出た事だろう。
「まあ、過ぎたもんを気にしても仕方ないか」
しかし、そんな周囲の惨憺たる光景を前にしても、その原因たるトモヤにはさして反省の色は見えなかった。
それどころか。
「さて……さっさとはやてを連れてここから離れんとな。これ以上の面倒事は御免だ」
まるで近所に散歩に行くような気楽な口調でそう言うとトモヤは踵を返し、はやてが倒れているであろう場所に向かって駆け出したのであった。
あとがき
どうも皆さん、HiRoです。
何とか二ヶ月以内で投稿する事ができましたが、四話と比べると文量が格段に減ってしまいました。
が、ここで終わっておいた方がキリが良いので、その点はご了承願います。
まあ前回は切りどころを間違えた結果、短編並みの量になってしまった訳なのですが……。
基本的に私の書く小説は今回位の文量が基本だと思って頂ければ助かります。
さて、主人公の本格的な戦闘を書いた今回の話ですが。
主人公の初戦闘は派手なフィニッシュで決めたいと思いこのような感じになりました。
主人公はそれなりに強く設定していますが、安易な最強物にはならないよう気をつけたいと思います。
しかし、戦闘シーンは書いていて楽しいものがありますね。
私はどうにも日常的なシーンとかほのぼのといった類の話は苦手なようで……戦闘以外のシーンは書くのに相当苦労しています。
序章もこれで五話目となりますが、まだまだ先は続きます。
下手をすれば十話を軽く超えるんじゃないか、とプロットを見直しながらそんな事を思ったりも……。
いや、多分超えると思うのですがね(オイ
序章は大きく分けて三つの流れで構成しています。
そして、恐らくは次の話で一つの区切りを迎えます。
次回の話は事後処理的な話になりそうです。
このような拙作を読んでくださった皆々様に感謝しつつ、今回はこの辺りで失礼させて頂きます。
それでは。