魔法少女リリカルなのは <貫く風>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

序章 第四話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食卓に並んだ料理は、呆れるほど健康的でありふれた品揃えだった。

 

まずは茶碗に盛られた炊き立ての白米。

 

そして、焼き魚に卵焼き、余っていたゴボウとニンジンで作られた金平ゴボウと小鉢に漬物が少々。

 

全てはやてが一人で用意したものである。

 

それはさておき――――

 

 

「はい、トモヤさん。お茶」

 

「ん。悪いな」

 

 

トモヤに真っ白な湯気が立つ湯のみを差し出したはやては、そのままテーブルの上に両手で頬杖をつく。

 

 

「どうやろ? 美味しいかな……?」

 

「ああ、美味い。昨晩の食事といい……その年で大したもんだ」

 

 

感嘆の色を滲ませてトモヤが言った。

 

その言葉にはやての頬は自然と綻ぶ。

 

 

「おかわり沢山あるから、一杯食べてな」

 

「ん、そうさせて貰うさ。だが、君もそろそろ食べた方がいいんじゃないか? また昨日みたいな事になるぞ?」

 

「も、もう! それを言わんといてぇなぁ……」

 

 

冗談めかして笑うトモヤに昨日の自分の慌てぶりを思い出し、はやては顔を赤くする。

 

昨晩の夕食時、先に食べ終わったトモヤに指摘されてから急いで食べ始めたせいか、途中盛大に咽てしまったのだ。

 

その時の恥ずかしさは一日経った今でもそう簡単に忘れる事は出来なかった。

 

トモヤも昨日の事を思い出したのか――――くくく、と忍び笑いを漏らしている。

 

 

「トモヤさん、意地悪や……」

 

 

はやては、むーっ、と頬を膨らませて言った。

 

本人としては怒っているつもりのようだが、迫力に欠けるその様はむしろ微笑ましさすら感じられる。

 

 

「すまんすまん……少し調子に乗り過ぎたようだ」

 

「あかん、許したらへん」

 

「おいおい……」

 

 

そっぽを向いたはやてにトモヤが、まいったな、と困り顔で頭を掻く。

 

それを横目で見据え――――顔は不機嫌なままで――――はやては口を開いた。

 

 

「どうしても許して欲しいんやったら、わたしのお願い聞いてくれる?」

 

「む、仕方ない……それで機嫌を直してくれるというのな――――」

 

 

とトモヤが言い切る前に、

 

 

「ほんま!?」

 

 

今までの不機嫌さは何処へやら――――途端にはやては表情を輝かせる。

 

 

「…………」

 

「トモヤさん。この後予定ある?」

 

 

突然の変わり様に唖然とするトモヤを当然の如く無視してはやては話を進める。

 

そんなはやてを無言で見つめる事約五秒――――ようやくトモヤが呻くように言った。

 

 

「いや、特にこれといってやる事は無いが……それがどうしたんだ?」

 

「ほんなら散歩がてらちょっと町に出てみいへん? トモヤさんこの町に来たばっかりでこの辺の地理とか分からへんやろ?」 

 

「……それが、お願い?」

 

「うん」

 

 

やや困惑した様子で訊いてくるトモヤに、はやては一切の迷いも無くあっさりと首肯する。

 

 

「いいのか、それで?」

 

「あ……わたしもあんまり外に出えへんから近場しか案内できへんけどな」

 

「いや、そうじゃなくて……他にもっとマシな願い事はないのか? 例えば欲しいものがあるとか……」

 

「え? うーん……」

 

 

トモヤからの質問に、はやては人差し指を顎に添えて小首を傾げた。

 

欲しいもの、と言われて――――考えてみても頭の中には何も浮かんではこなかった。

 

元々、読書以外に趣味らしい趣味を持っていないのだ。

 

しかし、その読書にしてみても図書館で本を借りれば十分に事足りる程度で、わざわざ本屋で新書を買う程の情熱も持っていない。

 

家事一般もある意味では趣味と言えるのかも知れないが、それはどちらかと言えば生活のためという側面が強かった。

 

それに自分はグレアムおじさんからの援助金で生活しているのだ――――身勝手な贅沢などできる筈がない。

 

そして、何よりも――――

 

 

「今はトモヤさんがおるし……わたしはそれだけで十分やからな」

 

 

これが一番の理由なんだと、はやては思う。

 

 

「……俺?」

 

 

訊き返してくるトモヤ。

 

その不思議そうな顔を見て、急に恥ずかしくなったはやては照れ隠しに浅く俯き、

 

 

「わたしな……ずっと家族が欲しかってん」

 

「家族? 俺が……?」

 

 

こくん、と頷く。

 

 

「……今すぐには無理でも、トモヤさんさえ良ければずっとこの家に住んでもろうて……それでこれから仲良うなっていけたらええなって……」

 

 

そう、消え入りそうな声で言葉を紡いだ。

 

 

「…………」

 

 

しかし、トモヤは無言。

 

自分の勝手な言い分に気分を害してしまったのだろうか――――怖くなったはやてはトモヤの反応を伺おうと恐る恐る顔を上げ、

 

 

「家族、ね……」

 

「――――?」

 

 

繰り返して呟く彼を見て、思わず瞬きをしてしまった。

 

穏やかな雰囲気を持つ青年には似つかわしくない――――酷く荒んだ、退廃的な何かが彼の顔を掠めたように思えたのだ。

 

気のせい、かもしれない。

 

現に瞬きを終えたはやての目が映したのは、やはり優しげで朗らかな表情であったから。

 

 

「じゃあ俺は君の兄貴って事になるのかな?」

 

 

思いついたような口調でトモヤが言った。

 

そこには、今しがたの異質な雰囲気は微塵も感じられない。

 

やっぱりわたしの気のせいやったんや――――はやては思った。

 

同時に彼が自分の言葉を受け入れてくれた事に例えようもない嬉しさが込み上げてくる。

 

だから、はやては気を取り直すように、

 

 

「……そうなったらグレアムおじさんはおじいちゃんやね」

 

 

笑ってそう言った。

 

 

「おじいちゃんか……そいつはいいな」

 

 

何か面白いものを見つけたかのようにトモヤもまた笑顔を浮かべる。

 

そしてそのまま二人で他愛のない会話を続け――――ちょうど十分が経過した頃、

 

 

「まあ、何だ……」

 

 

ふと――――トモヤが口を開いた。

 

 

「散歩に行くのは構わないんだが、何時出掛けるんだ?」

 

「……せやなあ。結構時間掛かるかも知れへんし……早めに出よか」

 

 

束の間考える素振りを見せてからはやては言った。

 

 

「そうか。それなら早く片付けないといかんな……と言う訳で、ご馳走様だ」

 

 

最後の一口を嚥下し、胸の前で手を合わせるトモヤ。

 

 

「え、ええっ!?」

 

 

はやては慌てたような声を上げて自分とトモヤの食器を交互に見比べる。

 

言葉通り彼の前に置かれた食器は全て空になっていた。

 

それに比べ、こちらは半分以上の料理が残ったままである。

 

 

「トモヤさんもう食べ終わったん!? わたしまだ全然残ってるのに!」

 

「あー、俺は君が喋っている間に食べていたんだが……」

 

「何で言ってくれへんかったん!?」

 

「いや、楽しそうに話していたからな……邪魔しちゃ悪いと思って、な」

 

 

言って、トモヤが湯のみのお茶啜る。

 

 

「そんな〜。これやったら結局、昨日と一緒やんか〜」

 

「ああ、今度はちゃんと背中をさすってやるから安心して咽てもいいぞ?」

 

「わーん。トモヤさんやっぱり意地悪や〜!」

 

 

意地の悪い笑みを浮かべるトモヤに、はやては情けない声を漏らしながらも食事に取り掛かった。

 

しかし、言葉に反して、その表情は何処か喜びを含んだものであった。

 

緩やかに流れる朝の時間。

 

明るく笑顔の絶えない食卓。

 

彼女が抱いていた団欒の抽象像(イメージ)がそのまま再現されたかのような風景。

 

それを前にして何時までも小さな違和感を意識に留めて置くには、少女の心はまだ幼かった。

 

故に。

 

はやてが朝食を食べ終える頃には、僅かに抱いた青年への疑念は彼女の頭の中から完全に消え去っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝食を摂ってから一時間後。

 

約束通り二人は外に散歩へと出掛けた。

 

トモヤに町の中を案内するという目的ではあったが、はやて自身が言ったように車椅子の生活では遠くに出向く事が殆ど無いためか、彼女が案内できる場所は限られていた。

 

近所にある公園、本を借りによく訪れる図書館、足の病気でお世話になっている掛かりつけの病院。

 

よって、彼女による案内そのものは大した時間も経たない内に終了した。

 

しかし、はやては自分が知っている場所を案内し終えると、

 

 

『駅前の方にもちょっと行ってみいへん?』

 

 

とトモヤに訊いてきた。

 

言葉こそ提案の形を取っていたが、その口調はお願いに近かった。

 

折角の外出――――この機会に遠出でもしてみたいのだろう。

 

結構時間が掛かる、という彼女の言葉はこれを意図してのものだったのかもしれない。

 

特に断る理由の無かったトモヤはその申し出を二つ返事で了承。

 

そして、今二人は駅前近くの交差点までやって来ていた。

 

 

「ふわ〜……」

 

 

住宅街とは違った人通りの多さに気の抜けた声を漏らすはやて。

 

朝とも昼ともつかぬ微妙な時間帯では住宅街の方は随分と閑散としていたのだが、この辺りは駅前という事もあってか多くの人々が通りを行き交っている。

 

ちなみにはやての乗っている車椅子は電動式のもので右手側にある操作桿(レバー)を操作すれば大した労力を必要とせずに動かす事ができるのだが、今はトモヤが車椅子後部の取っ手(ハンドル)を握り、後ろからはやてを押すような形で道路脇の歩道を進んでいた。

 

時折、すれ違い様に二人を一瞥しながら通り過ぎていく人がちらほら見受けられる。

 

どうやらスーツや制服などに身を包んだ人々が忙しなく動いている中にあって、私服の青年と車椅子の少女という組み合わせは少々浮いた存在のようだ。

 

 

「駅前なんて滅多に来うへんから何か新鮮やわ」

 

 

そんな事とは露とも知らず、はやてが心なしか弾んだ声を青空の下に響かせる。

 

 

「……そうだな」

 

 

はやての話に適当な相槌を打ちながらも、トモヤは視線を辺りに彷徨わせた。

 

ちょうど交差点に設置された歩行者用の信号が赤から青へと変わり、堰を切ったように人々が道路上に十字の形で交差するよう引かれた横断歩道の上に溢れ出していた。

 

 

「…………」

 

 

そんな風景をトモヤは酷く醒めた目で見つめていた。

 

と。

 

 

「……トモヤさん?」

 

 

何時の間にか立ち止まっていたトモヤを訝しるようにはやてが振り向いた。

 

自分の名を呼ぶ声にトモヤは、はっ、と我に返り、すぐさま人好きのする笑みを取り繕ってはやてと目を合わせる。

 

 

「ん? 何だ?」

 

「もしかして疲れたかな……?」

 

「いや、そんな事は――――」

 

「ごめんな……無理矢理連れ回したりして……」

 

 

上目遣いにそう言ってくるはやて。

 

不安と心配の色を含んだその視線。

 

他人の顔色を伺うような卑屈さではなく、純粋にトモヤの身を案じる感情だけがそこにはあった。

 

そんなはやての視線に居心地の悪いものを感じつつも、表面上は笑顔を保ってトモヤは口を開いた。

 

 

「気にする必要は無いさ。昨日言っただろう? 俺は日本には余りいた事がないんだ……だからどうにも物珍しくてね。見入っていただけさ」

 

「……そうなん?」

 

 

ああ、とトモヤは頷いてみせる。

 

 

「それやったらええけど……ほんまに疲れたんやったらちゃんと言うてや。トモヤさんはわたしのお願いに付き合うて貰っとるだけやねんからな」

 

「分かった分かった。ほれ、そろそろ行くぞ」

 

「あ……うん」

 

 

未だ不安げな表情ではあったが、とりあえずは納得したのか――――はやてはようやく前に向き直った。

 

それを視界の端に納めながらも、ふとトモヤは胸中に一抹の滑稽さを覚えた。

 

どうして自分はこんなところで年端もいかぬ少女相手に茶番を演じているのだろうか、と。

 

真剣に考えれば考える程、無意味の深みにはまり込んでいくような気がする。

 

自分で受けた依頼のせいだと、脅迫じみた依頼に抗わなかったせいだと言われれば全くもってその通りなのだが、どうにも違和感が拭えない。

 

そもそも、こんな事を考えている時点で既に自分はおかしくなっているのではないか。

 

今までどんな内容の依頼であろうと、受けた以上はその他の全ては些末事として切り捨てる――――自分はこの数年間ずっとそうやってきた。

 

そこに余計な疑問を挟む事などただの一度も無かった。

 

だが。

 

どうもこの少女と一緒にいると調子が狂ってしまう。

 

己のような虚構の笑みとは違う、子供らしい純粋な好意と親しみに彩られた笑顔を向けられる度――――既に枯れ果てた筈の意識に圧し掛かる違和感とほんの僅かな焦燥感。

 

まるで、久しく忘れてしまった大事な何かを思い起こさせるような――――

 

 

――――俺は、同情でもしてるってのか……?

 

 

頭に浮かんだその言葉を、しかしトモヤは一笑に伏した。

 

それこそまさかだ。

 

自分に他人の境遇に同情する余裕は無い。

 

己の罪の重さにすら耐え切れなかった人間にそのような資格などありはしない。

 

過去に犯した過ちの大きさに喘ぐだけで精一杯なのだ。

 

両親もおらず足も不自由、その上他人の復讐のための生贄にされている――――そんな少女の境遇を不憫には思うが、理不尽なんてものは大なり小なりこの世の何処にだって転がっている。

 

不幸なんてものは人間が存在する限り、無くなる事は決して無いのだ。

 

その一つ一つにいちいち付き合っていては身が保たない。

 

だから――――

 

 

「え? トモヤさん……?」

 

 

だからトモヤはどうしてはやての頭に手を載せ、そのまま撫で始めてしまったのか、自分でもよく分からなかった。

 

 

「ど、どうしたん? 急に……」

 

 

はやては目を丸くしてトモヤを見上げている。

 

 

「いや、ただ何となくな……嫌なら止めるが」

 

「う、ううん。そんな事あらへんよ……」

 

「そうか……それは良かった」

 

 

トモヤは呟くように言って、くしゃくしゃ、とはやての頭を撫で続ける。

 

最初は戸惑っていたはやてだが、暫くすると気持ちよさそうに目を細め、今ではトモヤの手のされるがままとなっている。

 

 

「…………」

 

 

全くもってらしくない自分の行動に、トモヤははやてに気付かれないようそっと溜息を吐いた。

 

とその時――――

 

 

……――――ぉぉぉんっ……

 

 

微かにではあるが、何処からか遠雷のような音が響いた。

 

瞬間、トモヤの身体を覚えのある感覚が駆け巡る。

 

馴染みの――――余りにも馴染み過ぎた、だがこんな場所で感じる筈のないモノ。

 

 

「魔力、っ――――!?」

 

 

認識すると同時にトモヤは殆ど反射的に振り向き、周囲に視線を向ける。

 

その目は既に戦闘状態にも似た緊張を走らせていた。

 

 

「トモヤさん、どうかしたん……?」

 

 

急に険しい顔で背後を振り返った青年の様子に異様な雰囲気を感じ取ったのか、はやてが訊いてくる――――と同時に、すっ、と二人の頭上に大きな影が射した。

 

 

「――――!」

 

「――――?」

 

 

片や愕然と、もう一方は何となしに――――空を仰いだ二人の目に映ったのは、急速にその色彩を変化させていく空と、自分達を押し潰さんと猛烈な速度で落下してくる巨大な白い物体だった。

 

 

「っ!!」

 

「え、ええ!?」

 

 

咄嗟にトモヤは車椅子に乗っていたはやての身体を抱え上げ、突然の行動に顔を真っ赤にしてうろたえる彼女を腕に抱いたまま地面を蹴って後方へと跳ぶ。

 

およそ人間業とは思えぬ軽やかな動き。

 

同時に前方から轟音――――そして震撼。

 

“それ”は落下速度を緩める事無く一瞬前まで二人がいた場所に激突。

 

はやての乗っていた車椅子は完膚なきまでに押し潰され、舗装された地面には巨大なすり鉢状の穴が穿たれる。

 

落下の衝撃によって盛大に舞い上がった粉塵が周囲に広がっていく。

 

一度の跳躍で十メートルの距離を渡ったトモヤはばらばらと降りかかるコンクリートの破片に顔を顰めた。

 

目の前で起こった事象に未だ思考が追い付かないのか――――はやてはトモヤに抱えられたまま、ぽかん、と口を開けて呆然としている。

 

 

「おい、はやて」

 

「! 何、何やの!?」

 

 

呼びかけに素っ頓狂な声を上げて左右を見回すはやて。

 

トモヤは無言で前方を顎で示した。

 

 

「え、何が――――へっ!?」

 

「でかいな」

 

 

トモヤが“それ”を――――全体の二分の一近くが地面に埋没している白い物体を眺めて言う。

 

口調こそのんびりとしているが、その目は何かの狙いを定めるかのように鋭く細められていた。

 

 

「卵、か……?」

 

 

紡がれた言葉が疑問系なのは“それ”の全体像が見えないからだろう。

 

しかし、穴から突き出している部分だけを見ても――――規格外の大きさを除けば――――鶏卵に酷似している事が分かる。

 

どういう訳か、その表面全体には亀裂が走っているのだが。

 

同時にトモヤは“それ”の様子がおかしい事にも気がついていた。

 

見れば――――ぶるぶると身を震わせているではないか。

 

その様は地面に半ば埋没した自らを必死に引き抜こうとしているようにも見える。

 

だが、一向に抜ける気配はなかった。

 

揺れは徐々に大きくなっていくが、それでも抜けない。

 

すると――――あきらめたのか或いは疲れたのか――――“それ”は震えだした時と同じように突如としてその動きを止め、そして、

 

 

……びしり……

 

 

と亀裂を走らせた表面の一部が剥離し、その隙間から閃光が迸った。

 

 

「おい、まさか……!」

 

 

驚愕がトモヤを包み込み、嫌な予感が全身を駆け巡る。

 

このままではまずい。

 

そう直感したトモヤは“それ”に背を向け、はやてを抱えたまま全力で走り出した。

 

 

「トモヤさん、どないしたん!?」

 

「喋るな! 舌噛むぞ!」

 

 

はやてに怒鳴りつつ、コンクリートの破片を蹴立て道路を駆ける。

 

人間離れした速度で疾走するトモヤに、はやてが目を丸くする。

 

魔力による身体強化――――先の驚異的な跳躍もこれによるものだ。

 

と――――背後で、爆発。

 

轟音が鳴り響き、粉塵と衝撃を伴った風が二人の背後から押し寄せてくる。

 

 

「間に合わん、か。仕方ない……しっかり掴まってろよ!」

 

 

はやてを片腕だけで抱え直し――――トモヤはジャケットの懐から正八面体の結晶を掴み出す。

 

淡緑色に煌くその結晶体を振り向き様に後ろへと突き出し、高らかに告げた。

 

 

「グラムボルト、セット!」

 

Boot up>

 

 

叫び声と同時――――結晶体が輝きを放ち、渦巻く風と銀灰の光が襲いかかる爆風を切り裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

街中に降下したなのはが最初に目にしたのは、墜落した“それ”に押し潰されそうになっていた青年と車椅子の少女だった。

                                                                             

早く助けないと――――結界の中に一般人が存在するという事に疑問を覚えるよりも早く、なのはは持ち前の正義感から二人を助けようと降下速度を速めた。

 

だが、“それ”との距離は絶望的なまでに離れており、到底間に合いそうになかった。

 

目の前で起こるであろう惨劇に思わずなのはは目を瞑った。

 

次の瞬間には盛大な破砕音が轟き、暫くしてから静寂が訪れる。

 

なのはが怖々と目を開けると――――地面に激突した“それ”から十メートル程離れた位置に少女を抱えた青年の姿があった。

 

二人の無事な姿に、ほっ、となのはは胸を撫で下ろした。

 

あの距離を青年が何時の間に移動したのか気にはなったが、それよりも先にやらなければならない事がある。

 

状況は未だ予断を許さない。

 

現在は沈静化しているようだが、“それ”が何時暴れだすか分からないのだ。

 

青年と少女を安全な場所に転送して貰おうと、なのはがアースラの管制室に念話を送ろうとした次の瞬間。

 

“それ”が爆発――――盛大にその巨体を破裂させたのだ。

 

咄嗟にレイジングハートが半円状防御障壁(プロテクション)自動防御(オートガード)で発動、襲い来る爆風を受け止めた。

 

しかし、それでも凄まじい衝撃がなのはを襲い、不意を突かれた事もあってか彼女は空中で踏ん張れずに十数メートルの後退を余儀なくされる。

 

 

「なのは、大丈夫!?」

 

 

結界を張り終え、同じく街中に降下してきたユーノが心配そうに声を掛けてくる。

 

 

「う、うん……」

 

 

辺りに漂う煙に涙目で咳き込みつつも頷き、

 

 

「――――! そうだ、あの人達は!?」

 

 

しかし、次の瞬間には地上にいた二人――――青年と少女の存在を思い出し、なのはは必死に目を凝らして地上を見遣り、そして、

 

 

「……え?」

 

「あれは……」

 

 

目の前の光景にユーノと二人揃って愕然となった。

 

爆風によって蹂躙されたかと思っていた地上に銀灰色の魔力光が溢れ、竜巻が吹き荒んでいたのだ。

 

 

「何が……」

 

 

呆然と呟くなのはの目の前で光と風の勢いは激しさを増し――――そして、唐突に収束した。

 

光と風が徐々に収まっていく中、その現象の中心にいたのは先程の青年であった。

 

がしかし、その姿は大きく変わっていた。

 

ジャケットとジーンズに代わってその身に纏っているのは、外套と軽鎧を組み合わせたような意匠の防護服(バリアジャケット)

 

限りなく漆黒に近い――――海の底を思わせる深い蒼を基調として、ところどころに白銀の線が走り胸の中心には同色の十字型紋章が精緻に描かれている。

 

少女を抱えたままのその両腕には革のベルトで幾重にも巻きつけた如き(いかめ)しい赤黒のグローブ。

 

しかし、真に特筆すべきはその下半身だろう。

 

彼の脚部――――大腿部から爪先まで――――を分厚い装甲が覆っていた。

 

足甲と言うよりも何かしらの機械にも見えるその形状は、変則的ではあるが間違いなくデバイス。

 

大腿部に五連装型の回転弾倉(シリンダー)、膝下部分からは螺子(ボルト)状の突起が突き出し、更にその真下には淡緑色のコアクリスタルが象嵌されている。

 

脛から爪先を覆う装甲にはこれといった特徴は無いものの、その簡素な無骨さが返って武具としての凄みをこのデバイスに与えていた。

 

 

「あの人も……」

 

 

そして――――防護服(バリアジャケット)にデバイス、これらの事柄が示す事実は一つ。

 

 

「……魔導師」

 

 

なのはの言葉を継いで、ユーノがぽつりと零す。

 

 

「ユーノ君、どうしよう……?」

 

「僕達だけで行動を決める訳にいかないよ。アースラに連絡して指示を――――」

 

 

言いかけたユーノがそこで何かに驚いたように目を見開く。

 

 

「? ユーノ君?」

 

 

つられてなのはもユーノと同じ方向――――ちょうど“それ”が落下した場所――――へと視線を向ける。

 

視界の先、ゆっくりと晴れていく粉塵と煙。

 

その中心からむくりと起き上がった“それ”の姿に、

 

 

「…………ええーっ!?」

 

 

なのはは今度こそ、本当に、驚愕した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて……はやて、無事か?」

 

 

デバイスを起動させ、防護服(バリアジャケット)を纏ったトモヤは確かめるように首を二、三度軽く振ってから、ちらり、と視線を腕の中のはやてに向けた。

 

 

「――――」

 

 

しかし、はやてからの反応は無かった。

 

舌打ちを一つ――――はやての身体を地面に横たえ、その状態を確認する。

 

防御時の衝撃が強過ぎたのか意識は無く、ぐったりとしていた。

 

だが、胸が規則的に上下している事から大事には至っていないようだ。

 

服が多少薄汚れてはいるが身体には何ら損傷なし。

 

そこまで分かって――――背後で物音。

 

トモヤは肩越しに振り返る。

 

果たしてそこにいたのは――――

 

 

「おいおい……」

 

 

やはり、白い物体だった。

 

だが、爆砕前は確かに卵の形を取っていた“それ”は冗談のような変貌を遂げていた。

 

なんと、四肢が生えているのだ。

 

形は人間の手足と全く同じなのだが、色は当然のように白く、その大きさが異常であった。

 

手も足も成人男性の胴回りの二倍以上はあろうかという太さで、それに合わせるように肥大化した足首から下で大地を踏みしめ、屹立している。

 

 

「さっきまでのは本当に“殻”だった訳だ」

 

 

トモヤは肩を竦めてそう言った。

 

“それ”が何なのかはっきりとした事は分からないが、凡その予想はついていた。

 

恐らくは――――ジュエルシードが関わっているのだろう。

 

“願いが叶う”と言われているロストロギア。

 

その正体は次元干渉型のエネルギー結晶体だ。

 

たった一個で小規模とはいえ次元震を発生させる出鱈目さを考えれば、目の前の光景も納得できる。

 

リーゼ達から聞いた話では次元世界のとある遺跡で発掘され、その後の輸送中に発生した事故によって、この海鳴の街にばら撒かれたという。

 

ジュエルシードは周囲の生物の願望を――――自覚の有る無しに関わらず――――叶えるという特性を持っている。

 

しかし、誤った使い方をすればオーバーロード――――俗に言う“暴走”状態となってしまうらしい。

 

こんな非常識で馬鹿げた物体が存在しているのはその“暴走”のせいだろう。

 

だが、この事件には時空管理局が出張っているとロッテは言っていた。

 

 

「なのにどうしてこんな街のど真ん中に落ちてくる? 全く……クロスケさんは何をやってんだか」

 

 

溜息を吐いて立ち上がり、空を見上げる。

 

澄み渡る青空は今や奇妙な色に染まり、辺りに溢れかえっていた人々は一人残らず消え去っていた――――これは封鎖結界だ。

 

結界が張られているという事は、近くに管理局の魔導師がいる筈。

 

身体強化に魔力を使い、デバイスまで起動させているのだ、既に自分の存在は捕捉されていると見ていいだろう。

 

 

「あれ、か……」

 

 

視線を巡らせた上空、その先に防護服(バリアジャケット)を纏った少女と少年が驚愕の表情でこちらを見ていた。

 

年の頃ははやてと同じ――――八、九歳くらいか。

 

時空管理局の局員としては幼過ぎる気もするが、ミッドチルダの就業年齢は低いと言われているし、何より、あの年で高々度飛行魔法を習得しているのだ、かなりの才能と資質を持った魔導師なのだろう。

 

 

「と、なると……あっちの少年がアースラの執務官か? そうは見えんが……」

 

 

何処かの民族衣装のような防護服(バリアジャケット)に身を包んだ金髪の少年を眺め、トモヤは呟く。

 

どうやら、この少年はデバイスを持っていないようだ。

 

デバイスを用いずとも魔法は行使できるが、その場合魔法のパフォーマンスは格段に下がる。

 

そういう魔導師は意外と多いのだが、現場の第一線に執務官がデバイスを携帯せずに無手のまま出てくるというのは考えにくい。

 

特殊な形――――例えば己のデバイスのような装身具系統――――の可能性もあるが、少年がそういった物を身につけている様子はなかった。

 

 

「まさか隣りの子が執務官って訳じゃないだろうな……?」

 

 

今度は少年の隣にいる栗色の髪をした少女へと視線を向ける。

 

純白の防護服(バリアジャケット)、真紅の宝玉が嵌め込まれた魔法杖(デバイス)

 

こちらの方が少年よりも魔導師らしいが、流石に執務官には見えない。

 

それに幾らなんでも少女に“クロスケ”などという愛称はつけないだろう。

 

 

「いや、あいつ(ロッテ)ならやりかねんかも知れん……。ま、どちらにしろ、二人とも局の魔導師である事には違いないだろうな……」

 

 

こちらを警戒しているのか――――少女達から接触してくる気配は無い。

 

ならば、現時点での最善の行動ははやてを連れて逸早くこの場から離脱する事だ。

 

しかし――――

 

 

「問題は辺り一体に張られた結界か。やれやれ、探知防壁(ステルスシェード)が仇になったな……まさか封鎖結界に巻き込まれるとは――――」

 

 

……ずんっ!!!……

 

 

ぼやくトモヤの耳朶を地響きにも似た音が叩いた。

 

 

「――――そういえばこいつもいたな」

 

 

視線を前方に戻し、おどけたような口調で言う。

 

そこには先の爆発によって今やクレーターと化した穴の中心から一歩、一歩、地鳴りと共に這い上がってきている“それ”の姿があった。

 

穴から上りきると――――“それ”は何を思ったか、突然駄々をこねる子供のように近くのビルを壊し始めた。

 

 

「……ふむ」

 

 

腕を組んで、思案する。

 

“それ”が存在する限り、張られた結界も解かれる事は無いだろう。

 

この程度の規模なら破れなくもないが、生憎と今ははやてがいる。

 

トモヤは自分の背後で横たわっているはやてに視線を向け、

 

 

「俺のやり方は荒っぽいからな。下手に怪我させると面倒だ」

 

 

全身の毛を逆立てて怒り狂う猫の姿を思い浮かべて、苦笑する。

 

 

「だが、この状況――――どうしたもんか」

 

 

自分が倒してしまえば話は早いのだが、ここで勝手に出しゃばっても後がややこしくなる。

 

管理外世界――――魔法の存在が認知されていない世界で局員でもない魔導師を発見したのだ、管理局の取る行動は簡単に予想がつく。

 

十中八九、身柄を確保してからの事情聴取になるだろう。

 

自分は叩けば色々と埃が出る身の上だ。

 

一年前の管理局襲撃事件の事もある。

 

ほとぼりが冷めたとはいえ管理局のデータベースには情報が残っている筈――――少し調べられれば簡単に足がつく。

 

そうなれば逮捕されかねない。

 

 

「それだけは勘弁願いたいしな。なら、隠れて逃げる算段をするのが一番か……ロッテの奴にも釘を刺されている事だしな」

 

 

手を出さなくとも、上空にいる二人の魔導師がどうにかするだろう。

 

巻き込まれただけの自分が出る幕ではない。

 

そんな事をトモヤが考えていると――――

 

 

「危ない!!」

 

 

頭上から少女の切迫した叫びが響く。

 

同時に――――

 

 

「――――!!」

 

 

振り仰いだトモヤの視界一杯に広がる白。

 

破壊活動に勤しんでいた筈の“それ”がトモヤの気づかぬ内に――――その矛先をこちらへと向けていたのだ。

 

蝿叩きの要領で振り下ろされた“それ”の腕が中空で突如としてその長さを伸ばし、十数メートル先にいたトモヤを叩き潰さんと迫りくる。

 

咄嗟に飛び退こうとしたトモヤは、しかしその寸前で足を止めた。

 

トモヤの背後にははやてが倒れている。

 

このまま避ければ、振り下ろされた巨腕は間違いなく彼女を押し潰してしまうだろう。

 

少女の身体が目の前でミンチにされる光景が脳裏に思い浮かんだ瞬間、にわかに得体の知れない焦燥が湧き上がり、トモヤは自分でも訳の分からないままにはやてを庇うような形で左足を一歩、前に向けて踏み出していた。

 

ずだん、と地面を震わせる凄まじい音が響く。

 

 

「カートリッジ、ロード!」

 

Yeah, Cartridge Load>

 

 

トモヤの撃発音声(トリガーヴォイス)に無機質な合成音が答えた。

 

 

……ばしん!……

 

 

右大腿部の回転弾倉(シリンダー)から銃弾の薬莢にも似た円筒のようなものが一つ、乾いた排撃音と共に弾け飛ぶ。

 

 

Gale Bunker>

 

 

瞬間、トモヤの右足を不規則に乱回転する竜巻が包み込んだ。

 

踏み出した左足を軸にその場で半回転、右足が弾けるようにして跳ね上がった。

 

装甲と螺旋の風に包まれた右足が豪速の唸りを上げて放たれ、大気を抉り抜く勢いでトモヤに襲い掛かる“それ”の巨腕と激突した。

 

そして。

 

 

「――――破砕(ブレイク)!」

 

 

ぐにゃり、とぶつかり合った空間が球形状に歪んだように見えたかと思った瞬間――――爆発的な轟風が吹き荒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

どうもHiRoです。

 

前回から二ヶ月以上経ってようやくの更新……時間掛かり過ぎ(`д´)=〇)3゜)・:∴ブフゥ

 

現実が忙しくて執筆時間が全く取れなかった、というのもあったのですが……それ以上に今回は物語の構成で悩んだ事があったのと文章が上手く形にならなかった事が遅延の原因です。

 

はい、言い訳ですね……orz

 

マアソレハ\(゜д\)=(д゜)/コッチニオイトイテ……さて、今回の話ですが。

 

無印の時間軸なのにカートリッジシステムを登場させるという暴挙に出てしまいました。

 

しかし、無印のアニメ本編には出ていなくてもA‘sやStrikeSを見る限りでは世界観的にあってもおかしくは無いかな、と思ったり……。

 

ベルカ式自体A‘sからの設定なので無印の時点で出そうか出すまいか悩んでいたのですが、ここで出しておかないと何時まで経っても主人公の見せ場がやってきません(ぁ

 

ジュエルシードについても結構好き勝手書いちゃってたりしてますね……。

 

その辺りは生暖かくスルーして頂ければ……ああ、石投げないで。

 

で、では今回はこの辺りで失礼させていただきます。

 

二ヵ月後にまたお会いしましょう(マテ

 

 

 

 

 

 

 






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