魔法少女リリカルなのは <貫く風>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

序章 第二話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タチミ トモヤ。

 

青年は自らをそう名乗り、自分はギル・グレアムの縁者で幼い頃に身寄りを無くし、それからは彼の庇護を受けて育った者、とはやてに説明した。

 

 

「へぇー、じゃあトモヤさんはずっと日本で暮らしてきた訳やないんやね」

 

「そうだな。むしろ日本にいた時間の方が短いくらいだ」

 

 

青年――――トモヤがやって来てから、既に一時間が過ぎようとしていた。

 

初めは遠慮がちだったはやても、今ではすっかり打ち解けている。

 

互いの言葉遣いからも余所余所しさが消えていた。

 

トモヤの雰囲気もあるが、それよりもはやての性格に拠るところが大きいのだろう。

 

ちなみに、トモヤを家の中に招き入れたはやてが最初にした事は、もう一人分の夕食作り。

 

聞けば、この町には着いたばかりで食事もまだだというトモヤを、それならば、とはやてが夕食に誘ったのだ。

 

一人で食べるよりも、二人で食べたほうが美味しいし、何より楽しい――――それが彼女の主張だった。

 

そう言いながら、はやては自分の食事には一向に手をつけず、終始にこにこ顔でトモヤの食事姿を見つめ続けていただけで、食べ終わった彼に指摘され、慌てて食べ始めるという始末であったが。

 

食事が済み、洗い物が終わった後は、お茶を片手にしばらく二人は喋り続けた。

 

主にはやての質問にトモヤが答えるという形だったが、それでもはやては嬉しそうに話し掛けていた。

 

 

それから更に経つ事、十数分。

 

 

「詳しい事はその手紙に書いてあるんだが……」

 

 

はやてから、グレアムおじさんはどうしているのか、と尋ねられたトモヤはテーブルの隅に置かれている便箋を指し示した。

 

 

「あ――――」

 

 

気の抜けた声を漏らすはやて。

 

話し込んでいたせいか、手紙の存在をすっかり忘れていたようだ。

 

 

「俺の事は気にしないでいいから」

 

 

顔の前で手をひらひら振りながらトモヤは言った。

 

そのありがたい言葉に従って、はやては便箋の封を切り、手紙を目の前に広げた。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

……コチ、コチ、コチ……

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

……コチ、コチ、コチ……

 

 

無心に手紙を読むはやてに、ぼんやりとそれを見つめるトモヤ。

 

沈黙が支配するリビングで時計が秒針を刻む音だけが漂っている。

 

 

何時までそうしていただろう。

 

 

読み終えたのか――――はやては読んでいた手紙を胸に抱き、ふわりと微笑んだ。

 

余程、グレアムから手紙が送られて来た事が、あるいはその内容が、嬉しかったのだろう。

 

 

「……さてっと」

 

 

冷め切ったお茶を飲み干し、トモヤはおもむろに立ち上がった。

 

 

「そろそろ、お暇させてもらおうか」

 

「え? そう、か……」

 

 

寂しそうに零したはやてにトモヤは、ああ、と頷く。

 

 

「手紙も渡したし、挨拶も済んだ。それに俺には何よりもまずやらなくちゃいけない事があってな」

 

「やる事?」

 

「これからしばらくの間、この町で滞在する場所を探さないとな」

 

 

傍らに置いていた旅行鞄を持ち上げてみせ、トモヤはそう言った。

 

 

「へっ?」

 

 

はやての目が点になる。

 

彼女は壁にかけられたアナログ時計を、横目でそっと伺った。

 

つられてトモヤも視線を向け、あっ、と零した。

 

長針と短針が示す時刻は、午後九時を過ぎたところ。

 

 

「……もうこんな時間から探しても見つからんと思うんやけど……」

 

「そう、だな……」

 

「……うん」

 

 

半ば呆然と呟くトモヤに――――自分が悪い訳でも無いのに――――申し訳なさそうなはやて。

 

 

「と、なれば……」

 

 

トモヤは、ぬー、と首を捻り、

 

 

「…………」

 

 

腕を組んで、

 

 

「野宿だな……」

 

「ちょ、ちょっと待ち!」

 

 

はやてはテーブルに身を乗り出さんばかりの勢いで手をついた。

 

 

「なんでいきなりそないな発想になるん!?」

 

「いや、ずっと野宿って訳じゃないが……」

 

 

トモヤは困った様に短い黒髪をがしがしと掻き、

 

 

「今日は野宿して、明日の朝から探すしかないかな、と……」

 

 

まいったまいった、と笑う。

 

はやてはそんな青年に、呆れたようにため息をつく。

 

 

「そないな事せんでも、良い方法があるやんか」

 

「――――?」

 

「わたしの様子を見てきてくれって、グレアムおじさんから頼まれはったんよね?」

 

「ああ。だからこの近くで部屋を借りようかと――――」

 

「せやったら、うちに住めばええやんか」

 

「は……」

 

 

予想だにしなかったはやての提案に驚き、トモヤは彼女の顔をまじまじと見つめた。

 

はやてはテーブルに乗り出していた身体を車椅子に戻し、あのな、と前置きをして、

 

 

「この家に住んでるのはわたし一人だけやから、部屋は結構空いてんねん。だから、トモヤさんが住む事に何の問題もないんよ」

 

「しかし……」

 

「駄目、かな……?」

 

 

言葉を詰まらせたトモヤを、はやては表情を曇らせて上目遣いに覗き込む。

 

その瞳は期待と不安で揺れていた。

 

 

「…………」

 

 

トモヤはしばしの間、逡巡の表情を見せていたが――――やがて頷き、口を開いた。

 

 

「分かった……世話になるよ」

 

「ホンマに!? ホンマにこの家に住んでくれるん!?」

 

「だから、そう言ってるだろ?」

 

 

歓声を上げて喜ぶはやてに、トモヤは苦笑する。

 

 

「せや、そうと決まれば早速――――」

 

「おい、何処に行くんだ?」

 

 

興奮冷め切れぬ様子でリビングから出て行こうとするはやてを、怪訝そうにトモヤが呼び止めた。

 

 

「決まってるやん」

 

 

はやてが顔を半分だけ振り向かせて言う。

 

 

「トモヤさんの泊まる部屋準備せな」

 

「いや……俺はここのソファーで十分――――」

 

「却下や」

 

 

言うが早いか、リビングから出て行くはやて。

 

 

「トモヤさんにはどの部屋がええやろ」

 

「だから、ソファーで――――」

 

「うーん、ここにしよっかなあ……」

 

「……おーい……」

 

 

慌てて追いかけてきたトモヤを無視して、はやては一人で部屋を選び始める。

 

結局、トモヤの意見は聞き入れられず、はやては自分の部屋から程近い客間を選び、車椅子に乗っているとは思えない手際で――――しかも、嬉しそうに――――掃除し、そこをトモヤの部屋とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほんなら、トモヤさん。おやすみなさい」

 

「ああ、おやすみ……」

 

 

掃除が終わった後は就寝する事になった。

 

ドアの前ではやてと別れ、あてがわれた客間に入ったトモヤはベッドに仰向けに寝転がった。

 

天井を眺め、物憂げなため息を吐く。

 

その表情には疲弊したような気怠さが見える。

 

 

「……我ながら大した役者だ」

 

 

先程までの自分を思い出し、その言動に苦笑する。

 

トモヤがはやてに説明したグレアムとの関係は殆どが嘘であった。

 

グレアムに育てられた覚えも無ければ、彼とは赤の他人も同然の間柄だ。

 

ただ、はやて(目標)に近づくにはそう説明した方が、何かと都合が良かっただけに過ぎなかった。

 

トモヤにとってグレアムは依頼人にでしかない。

 

 

「…………」

 

 

染み一つ無い真っ白な天井を見上げたまま、トモヤはグレアムと出会った日の事を思い出していた。

 

 

 

 

 

出会いは確か一年程前だったか。

 

便利屋の真似事をしていたトモヤに舞い込んだ、時空管理局の機密データ奪取の依頼。

 

忍び込んだ管理局本局で予定の仕事が済んだ後、用意していた逃走経路でトモヤを待ち構えていたのは数十人もの武装局員だった。

 

後になって分かった事だが、トモヤの動きは管理局のコンピューターにアクセスした時点で既に察知されていたらしい。

 

管理局はただ、侵入者の目的を調べるために泳がせていただけだった。

 

幾条もの魔力光が降り注ぐ通路を、トモヤは立ちふさがる局員をなぎ倒しながら全力で走り抜けた。

 

そうして何とか辿りついた転送装置の前――――そこに彼らはいた。

 

彫りの深い初老の男性と、一目で使い魔と分かる二人の女性。

 

それが、時空管理局 提督 ギル・グレアムとその使い魔リーゼロッテとリーゼアリアだった。

 

彼らがかなりの実力の持ち主である事はすぐに分かった。

 

疲弊した今の状態では勝つどころか、逃げることさえ叶わないだろう。

 

しかし、玉砕覚悟で突破しようと身構えたトモヤに対し、

 

 

『私に協力するのなら、君を見逃そう』

 

 

とグレアムは言った。

 

予想もしていなかった言葉に、トモヤは呆気にとられた。

 

驚いたのはリーゼ達も同じだったのか、二人は愕然と自らの主人を振り返る。

 

そんな三人の様子を尻目に、グレアムはトモヤに決断を迫った。

 

 

ここで捕まるか、私に協力するか、と。

 

 

脅迫に近い要請に協力も何もないだろうが――――トモヤは嘆息しながらも、分かった、と答えた。

 

その後、事件は犯人不明のまま処理され、この日からトモヤとグレアム達の関係は始まったのだ。

 

 

……闇の書の永久凍結に力を貸して欲しい……

 

 

半年が経ち、事件のほとぼりが冷めたある日、連絡を受けて向かった待ち合わせ場所。

 

やって来たトモヤに、グレアムはその全てを語った。

 

遥か昔、魔導技術の収集、研究のために作り出された収集蓄積型の巨大ストレージデバイス 夜天の魔導書。

 

それが過去幾度となく繰り返された悪意あるプログラムの改変により、その機能は大きく変質した

 

最初は白紙の状態だが、666あるページをリンカーコア集蒐によって全て埋めると、本来の機能を発揮し持ち主と融合して絶大な力を与えるユニゾンデバイス。

 

だがその際、殆どの場合に融合事故を引き起こし、持ち主は一定時間の暴走を繰り返した後、死亡する。

 

暴走による周囲への破壊だけでなく、更にはリンカーコア集蒐のためにあらゆる生物に甚大な被害を与えるといった凶悪性を持ったロストロギア。

 

それが――――闇の書。

 

 

『そんな物騒な代物なら、それこそどうして管理局の力を使わない? あんた程の地位なら簡単だろう?』

 

『……それは無理だ。何せこれは私個人の復讐なのだからね』

 

 

トモヤの疑問にグレアムはそう答えた。

 

十年前、グレアムはその闇の書が引き起こした事件において、一人の部下を失ったという。

 

その復讐のために彼は闇の書の存在をこの世から無くそうとしている。

 

しかし、強大な戦闘力を誇るヴォルケンリッターを発生させる守護騎士システムや無限再生機能によって破壊、改竄はほぼ不可能。

 

その上、持ち主以外の人物による外部からの干渉を受けると、持ち主を取り込んで転生してしまうために覚醒前の封印も出来ない。

 

そこでグレアムが考え出した方法は、覚醒し暴走を始めた闇の書を凍結魔法によって封印、そのまま永久に凍結処理を施すというものだった

 

無論、闇の書の持ち主ごと。

 

 

『そのような行為を法の守護者を謳う管理局が認めるはずが無いだろう』

 

『なるほどね……』

 

 

闇の書の持ち主は、独自の捜査によって既に見つけているそうだ。

 

それが、八神 はやて。

 

現在は身寄りのいない彼女に両親の知人と偽り、資金援助や彼女の家の財産管理をしているらしい。

 

グレアムから依頼された内容は、持ち主である彼女の監視と、闇の書が目覚めた時にヴォルケンリッターが行うリンカーコア蒐集の手助けであった。

 

 

しかし――――

 

 

『……一ついいか?』

 

『何だね』

 

『どうして俺にそんな事を頼む……?』

 

『たった一人で管理局に侵入した君の能力を見込んでの事だ』

 

 

闇の書が目覚め、守護騎士達が蒐集を開始した時、それを外部から監視、手助けするには限界があった。

 

とはいえ、管理局において重職についているグレアムは自由に動き回れず、また彼の使い魔たちもある程度は自由が利くとはいえ、理由も無く長期間――――何ヶ月、下手をすれば何年――――も管理外世界である地球に居座るのは余りにも不自然だ。

 

また、当然の事ながら管理局の人間も使えない。

 

これは違法行為なのだから――――少なくとも全てが終わるまでは――――管理局に事が露見するのは拙い。

 

だからこそ、ある程度の実力を持ち、尚且つ管理局と何の関わり合いを持たない協力者が必要だった。

 

そこに都合よく現れたのがトモヤだったらしい。

 

そして、グレアムはこうも言った。

 

 

『……君には彼女と出来る限り親しくして欲しい』

 

『何……? どういう事だ?』

 

『永遠の眠りつく前くらいは、孤独な彼女にせめて人並みの幸せを――――人の温もりを感じさせてあげたいのだ』

 

『資金援助、財産管理といい……偽善だぞ、それは』

 

『…………』

 

 

黙り込んだグレアムの表情には、重い苦悩が滲んでいた。

 

こんな行為は偽善だという事を承知の上で、それでも彼は止まらない、いや、止まれないのだろう。

 

闇の書への憎しみが、失った部下と残された彼の家族への負い目が、強過ぎるから。

 

そして、その気持ちはトモヤにも理解できた。

 

 

『……協力する事に異存は無い。但し、ある程度は報酬を出してもらうぞ。タダ働きは御免だからな』

 

『すまない……感謝する。時が来ればまた連絡しよう、それまでは好きにしていてくれ』

 

 

それから数ヵ月後、トモヤは今この家にいる。

 

 

 

 

 

「しかし、引き受けたとはいえ面倒な仕事だ……」

 

 

トモヤは、はあ、と息を吐いて、寝返りを打った。

 

 

……ホンマに!? ホンマにこの家に住んでくれるん!?……

 

 

はやての言葉が、そして笑顔が思い出された。

 

トモヤのはやてに対する態度は、全て偽り――――演技である。

 

先程の彼女の申し出についてもそうだ。

 

当初はこの家の近くに部屋を借り、そこから監視するつもりだった。

 

しかし、同じ家に住んでいれば監視が容易な上、何か起きた時すぐさま行動に移せる。

 

そう思って受け入れたに過ぎなかった。

 

友好的な関係を結ぶようグレアムから頼まれてはいるが、だからといって本当に親しくする必要は無い。

 

だが、それを知らない少女は本当に嬉しそうにしていた。

 

 

「…………」

 

 

トモヤは気怠るそうに身体を起こし、ベッドを抜け出す。

 

窓を開けると、緩やかな風が室内に流れ込んでくるのを感じた。

 

そこからしばし、夜空を見上げる。

 

復讐のために少女を犠牲にしようとするグレアム達。

 

大儀も信念も無く、仕事としてそれに付き合うトモヤ。

 

自らの与り知らぬところで生贄に決められたはやて。

 

 

真実を知った時、彼女はどんな顔をするだろうか――――

 

 

「いや、俺には関係の無い事か……」

 

 

トモヤは想像しようとして、やめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

どうも、HiRoです。

 

<貫く風>第二話如何でしたでしょうか。

 

地味な文章に地味な展開、私自身本当にこれでいいのかと思ってしまうのですが、これが今の私の限界……。

 

くう、未熟な自分が恥ずかしい。

 

 

と、見苦しい自虐はここまで。

 

 

さて、お送りしました今回の話ですが、とりあえず主人公が八神家に来た理由とグレアムとの出会いについて書いてみました。

 

まあ、ここのところは余り重要な部分ではありません(多分

 

問題は次話からです。

 

第三話からは、主人公とはやての間にある心の温度差を物語の中で描いていきたいと思っています。

 

その差がどのように縮まるのか、はたまた、開いたままなのか……精一杯書かせて頂きます。

 

ちなみに、次回は戦闘シーンがある……かも?

 

今のところは未定ですが、出来れば書きたいとは思っています。

 

後、主人公の過去については本編がある程度進んだ時に、短編形式で出す事を予定しています。

 

 

それでは、読んでくださった皆様に感謝しつつ、この辺りで失礼させて頂きます。

 

次回、第三話でお会いしましょう。

 

 

 




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