機巧神 ルイエ

 

五話 ごーとぅー・ざ・どりーむ

 

 

 

夢。それは人間がレム睡眠中に見る知覚現象を通して現実ではない仮想的な体感する現象である。

夢は十人十色――様々だ。空を飛んでいる夢、バケモノに追いかけられている夢などがある。

今宵はロシェ・エルトゥ、彼女の夢を覗いて見よう。さて、彼女はいかがな夢を見ているのであろうか。

 

 

 

 

 

 

12月18日○曜日

 

今日はすっごい出来事がありました。多分、他の人にっても信じてもらえないかもしれないけど――というより、言っちゃいけないんだけど。

私、ロシェ・エルトゥは・・・・・

 

魔法少女になっちゃいました!

 

 

 

 

12月18日――

 

東京は今日も木枯らしが吹く、冬真っ只中であった。人々はコートを身に纏い、マフラーを掛けてはいるが、それでも寒いものは寒い。

三須華学園一年生、ロシェ・エルトゥ、ヴォート・ゲインも例外ではない。

「今日の気温って何度まで下がるんだろうね?」

「さぁな。雪が降るのは勘弁して欲しいがな」

「え〜? 雪降ったら楽しいじゃん。雪だるま作ったりして」

二人は通学路をゆったりと歩いていた。時間的にはまだ余裕が充分ある。

ロシェは小石を蹴りながら、ハッとした面持ちでロシェに話しかける。

「そういえば、最近ここらでもバケモノがどうとかっていう事件が起きたみたいだな」

近年、世界各国では正体不明の犯人グループによる猟奇事件が相次いでいる。どれも死体が咀嚼、もしくは四肢がバラバラになっているなど凄惨極まりないものばかりで、捜査が数年も続いているが、未だに何の成果が挙げられていない。ネット上では、とある秘密教団が犯人ではないかという説。そしてもう一つはモンスターではないかという噂が絶えない。日本とて例外ではない。

「・・・うん」

ロシェは暗い面持ちで頷く。彼女の父はは刑事であり、その猟奇事件を担当している者の一人である。それ故、いつ巻き込まれてもおかしくない。彼女はそれが心配でたまらなかった。

「安心しろ。お前の親父さんなら逆にバケモノを倒すさ。十年来の幼馴染みが言ってるんだぞ?」

「・・・そだね。お父さんなら大丈夫だよね」

ロシェは笑みを浮かべると、ヴォートの背を叩く。

「よぉーし。ヴォート、学校まで競争だよ!」

一言そう言うと、ロシェは全速で駆けて行った。置いてけぼりを食らったヴォートはため息混じりに、呟く。

「やれやれ。ガキの頃から全然変わってない・・・・・」

 

 

 

 

 

 

「失礼しまーす」

ロシェは職員室のドアを開けると、ペコリと頭を下げ、入る。今週は彼女が週番であるため、担任のアスティー・リストラル教諭から週番日誌を渡してもらわねばならないのだ。

しかし、普段いるはずのデスクに彼女はいなかった。ロシェは手近にいた橘沙希教頭に問いかける。

「教頭せんせー、リストラル先生、どうしたんですか?」

橘教頭はデスクに座ったまま、至極冷静に答える。切れ目の目はまるで獲物を狙うスナイパーのよう。だがそれがいい、という男子生徒は少なくない。

「リストラル先生なら昨日、ギアナ高地へ出張しました」

「ギ・・・ギアナ高地?」

「ええ。ですから、書き終わった日誌はビルディット先生のデスクに置いてください」

ロイス・ビルディッド――体育の授業の教諭であり、鬼軍曹のビルディッドとして名を轟かす教諭だ。

「は、はい」

何故ギアナ高地なのだろうか、と疑問に思いながら、ロシェは職員室を出た。

 

 

 

 

 

職員室を出たロシェは鼻歌を歌いながら、廊下を歩いていた。自販機を通り過ぎ、階段に差し掛かったときだった。視界の隅に、見覚えのある男子が目に入った。

(あっ、あれはっ!)

ロシェは目の色を変え、その男子生徒に目を向ける。すると、一目散に、周りの生徒を跳ね飛ばし、走る。それはまるでボウリングの玉のよう。ロシェはそのまま男子生徒に向かってダイビングを決行した。

「宇室せんぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!」

ロシェに気づいた二年生、宇室湧斗は驚愕した面持ちで固まるが、それは一瞬だけ。彼はロシェが飛び込んだ瞬間、まるで一昔前に流行ったアクション映画に出た某救世主の弾丸避けの如く、身を捩じらせ、回避した。

もちろんだが、ロシェはその勢いのまま、湧斗ではなく、廊下へと顔面ダイブした。

「ぶがらべれぼらびやあぁぁぁぁぁぁぁ!」

勢いよく顔面からスライディングし、わけの分からない言葉を発するロシェ。間一髪で避けた湧斗は息を荒げ、

「・・・・毎度の事ながら、死ぬかと思った」

「いたぁ〜い・・・・もぉ、宇室先輩。私の愛ごと受け止めてくださいよぉ!」

「愛情の押し売りは御免だよ!」

湧斗はヒステリック気味に叫ぶ。毎度の事だが、湧斗は彼女に見かけられると、いつもこんな目に遭っているのだ。

「そんな照れちゃって」

「照れてないっ!」

「またまたぁ」

そう言いながらジリジリとまた近寄ってくるロシェ。もはやストーカーの域を超えている。

最早湧斗に救いの道はないと思われた、その時だった。

「何やってんだお前は」

言葉と同時にロシェにゲンコツという天罰が降りかかる。堪らずロシェは頭を押さえ、蹲る。

「いたぁ〜い・・・・」

「宇室先輩に迷惑かけてるんじゃねえといつも言ってるだろうが」

天罰を下したのは、幼馴染みのヴォートであった。

「違うもん! ピロートークしてるんだもん!」

立ち上がると、頬を膨らませ、ヴォートを睨む。

「んな事してないっっての!」

すかさず湧斗のツッコミが入る。さながらコントのようである。

「あ、そうですよね。ピロートークはベッドの上でですもんね」

「だぁーかぁーらぁー!」

どうらやコントはまだ終わりそうに無い。そんな木枯らしの朝。

 

 

 

 

 

 

昼。ロシェの追跡を逃れた湧斗は、北風が吹く屋上へと辿り着く。カギをかければ入っては来られまい。湧斗は重い息を吐くと、貯水タンクへと向かい、へたり込むように座る。

「ああ・・・疲れた」

彼女が入学してからというもの、常にこんな生活だ。おかげで貧弱だった脚力もけっこう鍛えられたが。

(卒業までこんな感じなのかなぁ・・・・)

湧斗は暗い面持ちで鞄から手作りの弁当を取り出した。すると、

「宇室先輩」

「おわぁっ!」

横から不意に自分を呼ぶ声に湧斗は悲鳴をあげ、飛びのく。

「安心してください。俺です」

声の主はヴォートだった。先に居たのだろう。それが分かって、湧斗はヘナヘナと情けなく腰を崩す。背中に流れた冷や汗が気持ち悪い。

 

 

 

 

 

「いつも幼馴染みが迷惑をかけてすいません」

「いやいや。気にしなくていいよ」

二人は並んで弁当を口にする。いつもの、ありふれた光景。湧斗は玉子焼きを一口口に入れると、呟くように話しかける。

「実のところ、別に彼女は嫌いじゃないよ」

「へぇ。初めて聞きましたよ」

「うん。けどさ、あの粘着質なストーカーもビックリなしつこさが無ければ、ね・・・」

「・・・・後で言っておきます」

湧斗自身、ロシェは嫌いではない。むしろ、異性としての好意もある。理由は簡単。一目惚れだ。しかし、元々押しの弱い性格の湧斗では女子に話すことすらままならない。しかし、彼女が押しかけ女房的な事をしてくれたおかげで、なんとか改善されてきた。一応、彼女には感謝せねばなるまい。

「青春ですねぇ・・・・」

「ああ。ちょっと変わってるけど」

二人は、曇り空の空を哀愁漂う目で見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

同刻、三須華学園校長、関間大和は校長室で電話片手に報告らしき事を話していた。

「――ええ。少々時間はかかりましたが、ようやくアレの適格者が見つかりました。――名前ですか? えぇと・・・・」

関間校長は目の前のデスクに散らばっているファイルに目を通す。

「――ロシェ。ロシェ・エルトゥです。偶然にもこの学校の生徒です。――そうですね。彼女が居ない今、ロシェ・エルトゥに頼るしかありませんね」

関間校長の顔が険しくなる。ファイルを戻すと、伝票のような紙切れを持つ。

「おそらく今日の夜にでも着くでしょう。――そうですね。狙われないことを祈るしかありません。――はい・・・はい。では、また」

受話器を戻すと、関間校長は椅子に寄りかかり、目を閉じ重い息を吐く。と同時に、校長室のドアが開いた。関間校長は物憂げに顔を上げた。

「ああ・・・橘君か。何か用かい?」

橘教頭は普段と変わらない無表情顔で、スーツのポケットから携帯電話を取り出し、デスクに置いた。ディスプレイには“アスティー”と表示されていた。

「アスティーさんから電話です。あと、ハンズフリー状態ですからそのまま保留ボタンを押してくださいね」

「? わかったよ・・・」

首を傾げながらも、関間校長は保留ボタンを押した。

『校長おぉぉぉぉぉぉぉ!』

突如として、電話口から絶叫に似た声が響いた。関間校長は恐る恐る、声をかける。

「・・・アスティー君?」

『校長っ! いくら修行だからといってこんなバケモノ野郎二人の相手なんて無理ですっ! 死にます!』

「・・・・ま、まぁ、死なない程度に鍛えてやると言ってくれたんだから・・・」

『死にます! 絶対! なんですかあいつら! 特に三つ編みのジジイが―――ぎゃああああああああああああ!』

断末魔の悲鳴を残し、電話はブツッ、という音とともに切れた。気まずい沈黙が、校長室を支配する。

少し経って、関間校長は一言で締める事にした。これしかない。

「・・・・無事を祈ろうか」

「そうですね」

それで妥協する事にした。

 

 

 

 

 

その日の夜、ロシェとヴォートは暗がりの道を並んで帰っていた。ヴォートは美術部の後片付けで、ロシェはクリスマスでのイベントの準備の為、帰宅が遅くなってしまったのだ。

「かなり暗くなってきたな。少し早く歩くぞ」

「はーい」

二人は歩調を速める。既に夜の帳は下がり、電灯が無ければ殆ど見えないほど漆黒に染まっている。そんな闇に、ロシェは不信感を覚えていた。

(なーんかいつもより暗いよーな気がするなぁ)

自分達を覆う闇は、普段よりも色濃く見える気がした。まるで暗黒の檻にでも囲まれているかのような、そんな気分だった。

 

 

 

 

 

男は必死で暗黒に包まれた道を駆けていた。全身は刃物で切られたが如く傷つけられている。鋭い痛みが全身を駆け巡り、走るたびに出血は激しくなっていく。肺と筋肉は既に限界を超え、もはや気力で走っている状態だった。背後からは歪な笑い声と邪悪な笑みを浮かべた影が彼を追いかけていた。

彼には届けなければならない物があった。それは世界の命運をも左右しかねない物の一つ。何としてでも指定された少女に届けなければならない。

男はポケットをまさぐり、ペンダントのような物を取り出すと、右手に握りこむ。

ブリーフィングによれば、彼女はこの周辺に住んでいるという。ならばこの辺りは通学路だろう。周辺の地図は記憶している。彼女の通学路を真っ直ぐ行けばいいだけだ。

彼は最後の力を振り絞り、全速力で駆けた。意識が遠のいていくが、スピードは決して緩めない。

その時だった。あの歪な笑い声が徐々に近づいてくるのがわかった。男は駆けるが、声は大きくなるばかりだった。

そして影が彼を覆った瞬間、鮮血が辺りの飛び散った。

 

 

 

 

 

 

 

「ねえヴォート。何か変な感じがしない?」

「お前もか? 俺はさっきから寒気のようなものを感じているんだ」

言葉では形容しがたい不気味な感覚が全身を襲っていた。何か、嫌な予感がした。

「・・・・ん?」

「どしたの?」

「しっ・・・」

ふと曲がり角の近くでヴォートは足を止め、静かにするよう促す。

「・・・・・・何か聞こえないか?」

ロシェは目を閉じ、耳を澄ます。すると、微かにではあるが、何かしらの音が聞こえてきた。それは段々、こちらへと近づいてきているようだった。

「足音――走っているな」

足音に連れて、荒い息遣いも聞こえてきた。全速力で走っているのだろうか。だが、何故?

そしてそれから十秒ほど経った時だった。突如として、曲がり角から血だらけの男が現れたのだ。

「わっ」

二人は身を竦ませる。血だらけの男は様相から察するに配達員のようだったが、全身は裂傷傷で覆われ、フルマラソンを全速で走ったかのように息は荒い。

血だらけの男は片膝をつくと、未だ荒い息でロシェを睨めつけるかのように直視した。ロシェはさらに身を竦ませる。

「おいっ!」

「はっ、はいっ!」

棒になったかのように身を硬直するロシェ。

「アンタ、三須華学園一年生のロシェ・エルトゥか!?」

「はっ、はい! そうです!」

「よぉし、そりゃよかった!」

男はロシェの右手首をいきなり掴むと、固く握られた血まみれの右手から何かを彼女の掌に落とす。

「え・・・っ?」

掌に乗っているのは、群青色のペンダントだった。しかし、ペンダントにしてはやけに変わった形をしている。

「いいかっ! 生きてちゃんと届けた事を、あんたのボスに伝えろよ!」

男は震える手で指差す。

「ボ・・・ボス?」

「いいなっ! 俺は伝えたぞ!」

次の瞬間、男はまるで糸が切れた操り人形の如く事切れた。彼の背中はどす黒い血で濡れ、どう見ても致命傷にしか見えない袈裟懸けの裂傷があった。今まで生きていたのが不思議なほどに。

「あ・・・・ああああ・・・・!」

ロシェは身を震わせる。人の死を見たのは、初めてだった。言い知れぬ感情が脳を支配する。ヴォートも同じだった。

その時だった。突如、空から人が飛び降りて来たのだ。それは男を踏みつけるように着地した。

「ふぃ〜・・・・・」

素っ頓狂な声をあげるそれは、ロシェ達よりも数十センチは大きく、顔は笑みを浮かべるピエロの仮面で覆っていた。姿も正にピエロそのものだが、手は歪なほど大きく、鉤爪のような指だった。まさに異形の存在そのもの。

「さぁて、ガキども」

バケモノはまるで楽しんでいるかのような口調だった。

「そのペンダントを渡してもらおうかなぁ。ま、渡してもらっても殺しちゃうけどな。アヒャヒャヒャヒャ!」

異形のそれは高笑いする。精神が犯されるような笑い声だった。

「ロシェ」

ヴォートが肘で小突き、囁く。ロシェは目だけを動かし、彼を見る。右手のペンダントをそっとポケットに隠した。

「1、2の3で行くぞ。いいな?」

ロシェは小さく頷く。二人は僅かに後ずさりした。

「1,2の・・・・」

「さぁ嬢ちゃん。それを――」

「3!」

二人は異形に背を向け、駆け足で逃げる。残された異形は手足を大きく横にブラブラさせ、おどける。

「おぉ? 鬼ごっこかぁ? ヒャヒャヒャヒャヒャ!」

そして異形は空高く舞った。

 

 

 

 

 

 

「おぉ〜い、どぉこだぁ〜? 今度はかくれんぼかよぉ」

二人は近場の公園に逃げおおせていた。今は茂みの中に息を忍ばせている。二人の眼界には異形がキョロキョロと辺りを見回していた。

「どうするのヴォート?」

「・・・・・・・」

ヴォートは何か思案しているらしく、睨んでいるかのような目はロシェと異形を行き来している。

暫くして、案が思いついたのか、ヴォートは小さく頷き、彼女を見つめる。

「いいか、ロシェ」

「うん?」

「ありきたりだが、俺が囮になる。その間にお前は逃げろ。お前の足ならすぐに家につく」

「え・・・それって・・・・!」

この状況で囮になるというのは間違いなく死を意味する。彼は身を挺してロシェを救おうというのだ。

「ヴォート・・・!」

「・・・お袋によろしく言っておいてくれよ」

「でも―――」

そこで会話は中断された。

「見ぃ〜っけ」

いつの間にか、異形は顔だけ茂みの中に出した。それは二人の前に立ちはだかる。ロシェは悲鳴を上げ、尻餅をつき後ずさりするが、ヴォートは意を決してロシェの盾となった。

「おぉ? あの娘を助けようってのかい? 勇ましいねぇ。けどよ――――」

異形の仮面がさらに笑みが邪悪に輝いた。

「俺、そういうクサイの大っ嫌いなんだよっ!」

異形はヴォートの制服の襟を掴むと、軽々と投げ飛ばす。中空へと投げ飛ばされたヴォートは受身も取れず、まともに右腕から落下した。

「ヴォート!」

ロシェは急いでヴォートに駆け寄ると、仰向けに倒れ、苦悶に満ちた面持ちで腕を押さえる彼を抱き起こす。

「ヴォート! 大丈夫!?」

「ちくしょう・・・腕がっ・・・・・・!」

ヴォートの上腕は紫色に腫脹していた。脱臼、もしくは骨折している。早急に処置を施さなければならない。ロシェは彼の肩を担ごうとしたが、ヴォートはそれを拒否した。

「アイツが狙っているのはお前だ。早く・・・・逃げろっ!」

「ホント、勇ましいねえ」

異形はバカにした口調で吐く。

「さ、嬢ちゃん。ペンダントを渡しな。そっちから渡さないってンなら・・・」

異形は鉤爪上の指を交差させる。それはまるで死の宣告のようだった。異形は身構えると、ロシェ目がけ、襲い掛かってきた。

「力ずくで渡してもらうぜぇっ!」

「逃げろ! ロシェ!」

ヴォートは叫ぶが、彼女は目前に迫る死の恐怖に、足が竦んで動けなかった。その間にもロシェと異形の距離がどんどん縮んでいく。異形の仮面の笑みが絶頂へと達する。

「ヒャハハハハハ!」

異形の爪が眼前に迫った、その刹那。

「えっ・・・?」

ロシェ、いや、ロシェのポケットを中心に、目が眩むほどの光が溢れる。二人と異形はあまりの眩い光に、手で遮る。

「何なの、これ・・・・!?」

「この光は・・・?」

「おぉぉぉ!? まさか!?」

異形の仮面が至極驚いた顔になった。そして、光は全てを包まんばかりに広がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

光の波濤が止み、ロシェは恐る恐る目を開けた。そして、目の前のを光景を見て、彼女は目を剥いて呆然とした。

「止まってる・・・?」

自分を除く、全てが時を止めたかのように停止していた。ヴォートや異形さえも。いや、もしかしたら本当に停止しているのではないのだろうか。

その時、ロシェは頭をコツコツと軽く叩かれている感触を感じた。何なのか確かめようと頭に手を伸ばすが、何も無かった。

「?」

首を傾げた時だった。

『資格者よ』

「え――――わぁっ!」

突如として彼女の目前にさっきまでポケットに入れていたはずのペンダントが宙に浮いていた。しかも男の声で喋っていた。

「ペ、ペペペペペペンダントが喋ったぁ!」

『・・・・落ち着け、資格者。一度深呼吸せよ』

ロシェは戸惑いながらも、言われたとおり二、三度深呼吸をし、精神を落ち着かせる。そして、先ほどよりも落ち着いた面持ちとなったロシェを見たペンダントは、フッと笑う。

『落ち着いたようだな』

「・・・誰だってペンダントが喋ったら驚くに決まってるじゃない」

『言われてみればそうだな。――と、雑談している時ではない』

ペンダントはさらにロシェに近づく。

『資格者よ。我が力を欲するか?』

「・・・ところで、さっきから資格者資格者言ってるけど、それって私のこと?」

『汝以外に誰がいる?』

「・・・そーね」

ロシェはうんざりとした面持ちで頷いた。

「話を戻すぞ、資格者。あの異形の者を倒したいか?」

「・・・・え?」

あまりにも突拍子過ぎて訳がわからない。ロシェは眉を顰めた。

「ちょっと、それってどういう意味?」

『そのままの意味だ。あの異形を倒さねば、汝の友も死ぬ運命となってしまうぞ?』

「・・・じゃああなたと何かすれば、あのバケモノを倒せるっていうの?」

『ああ。だが、それには契約が必要だ』

「契約?」

ペンダントは体を下に動かし、元に戻す。頷いているのだろう。

『我が求むるは盟約。汝が何か真に誓うならば、我は汝に力を与えよう』

「・・・盟約」

何を固く誓えばいいのか? あのバケモノを殺す事? ヴォートを救うこと?

だが、それだけでは何故か駄目のような気がした。あのペンダントが言っている力は途轍もないものに違いない。あの配達員の男が命がけで自分に渡したのだから。

ならば、その力はどうのように使えばいいのか。

「あのバケモノ様なのが、まだたくさんいるの?」

『ああ』

「それじゃ、今まで起きた事件も・・・・」

『私の知る限りでは、間違いなくあの異形を含む者ども仕業だろう』

それを知って、ロシェは激しい怒りを覚えた。何故、罪のない人たちが殺されなければならないのか。もしかしたら、あの異形のように遊興で殺しているのだろうか。だが、どんな理由であれ、罪なき人々を殺している事には変わりない。

ロシェは決めた。それが明確な正義かはわからないが、間違っているならば業を背負っても構わないと心に決めた。

『どうだ。何を誓う。異形を倒す事か?』

「・・・いいえ。私が誓うのは・・・・」

ロシェは微笑を浮かべる。

「どんな事があっても異形に立ち向かう事。そして、それに襲われようとしている人たちを救う事。それが私の誓いです」

『・・・承知した。その盟約が果たされる限り、我は汝に力を授けよう。時に汝、名はなんという?』

「ロシェ。ロシェ・エルトゥです」

ペンダントはロシェの掌の中に納まる。そして、宣言するかのように叫んだ。

『ロシェか。良い名だ。さあロシェよ。我が力、受け取れるがいい!』

そして、時が動いたと共に、ロシェの体が一際輝いた。

 

 

 

 

 

 

自身を包む光が収束し、ロシェは自分の壮絶な変貌に驚いた。

「な、なにこれっ!?」

今まで着ていた制服はどこへ行ったのか。ロシェが今着ているのはどこぞの魔法少女が着ているドレスのような服だった。全体は純白に染まり、所々に蒼のラインが描かれている。胸には白のリボン、頭には大きな黒のリボンつけられ、右の服の裾は突起し、ブレードと化していた。

『それが我が力だ。わが主ロシェよ』

頭の中にあのペンダントの声が響く。

『我は汝。汝は我。一心同体だ。ロシェよ、汝は今、異形を滅せし刃となった』

「・・・なんか趣味悪くない? この服」

ロシェは服を摘まむ。こんなフリフリでゴシックな服を着たのは十数年ぶりだと思う。

『・・・・気にするな。それよりも・・・・』

「・・・そうね」

ロシェの勇ましい目が、怯む異形を捉える。

「ち、ちくしょう。変身しちまったか。・・・・・こうなったら―――」

異形は生唾を飲むと、爪を融合させ、一つの剣――いや、むしろレイピアに近い――とさせた。

異形は空高く跳躍すると、爪を雨の如く突き刺すが如く、一気に急降下した。

『来るぞ』

「わかってる」

異形の爪がロシェを貫くかと思われた、その時だった。

「何だとぉ!?」

ロシェは爪が襲い掛かる瞬間、その場から飛び退いていた。ロシェ自身、自分の身体能力に驚いていた。意識はしていないが、五感全てが研ぎ澄まされ、肉体は超人的となり、人外の力を引き出せるようになったのだ。

それがわかり、ロシェはブレードを見せつけるかのように構える。

「いくわよっ!」

次の瞬間、ロシェは異形の目前へと移動していた。ほんの数秒の間に、彼女は異形の元へ疾走していたのだ。

「はっ! てやっ!」

左手によるストレート、アッパーが異形を捉えた。異形は一瞬低空に吹き飛ばされた。その瞬間に、ロシェは異形の顔面に右足による前蹴りを食らわす。

「とりゃあああああ!」

「おおおぉわあぁぁぁぁ!」

異形は仮面を砕かれ、次いで十数メートルほど吹っ飛ばされた。異形はボロボロとなりながらも立ち上がる。そこで、異形の素顔が明らかとなった。それを見てロシェは顔を顰める。

「うっ・・・・・!」

『異形らしい、醜悪な顔だな』

異形の素顔は、皮膚のおおきく爛れた猿のように醜悪な面持ちであった。顔を隠したがるのがわかるような気がした。

「・・・こンのクソアマがぁぁぁぁぁぁ! ブチ殺す! ブッ殺す!」

異形は気が狂ったような面持ちで迫ってくる。だが、ロシェには不思議と滑稽にしか見えなかった。

『ロシェ。刃に魔力を籠めろ』

「籠めろって・・・どうやるのよ?」

『刃に精神を集中させろ。今の汝ならできる』

ロシェは目を閉じ、ブレードに精神を集中させる。すると、ブレードは青白いオーラを放った。強力な力がそこの存在しているのがわかる。

『今だっ、ロシェ!』

「うん!」

ロシェは身構えたまま駆ける。そして、ブレードを覆うオーラが一際輝き、異形の目と鼻の先となったその時だった。

「スラッシュ!」

『一刀両断!』

刹那、一閃の煌きが闇に映えた。ロシェと異形は互いに身動きしなかった。静寂が辺りを覆う。

「グ・・・・・・おぉぁぁぁ・・・・・・」

異形の頭から股間までがスッパリと離れた。無様に転げた異形は、何も言わず、風に流れるかのように闇へと帰して行った。

 

 

 

 

 

 

ロシェはブレードを引っ込めると、未だ倒れているヴォートへと向かう。どうやら彼は今までの出来事見ていたようだ。

ヴォートは安堵した面持ちで言う。

「やったな、ロシェ・・・・」

「喋らないで。えぇと・・・とにかく病院に――」

『その必要はない。治癒魔法を使えばいい』

「治癒魔法?」

『腕に魔力を集中せよ』

「う・・・うん」

ロシェはヴォートの腫脹に手をかざし、また精神を集中させる。そして手が淡い光を発し、徐々にヴォートの怪我が治っていった。腫れが治まると、ヴォートはフラフラと立ち上がった。その顔はいささか青白い。

「大丈夫?」

「ああ・・・・痛みも治まった。ありがとう」

「そう・・・よかった・・・・」

『・・・気分を害すかもしれないが、誰か来たぞ』

ペンダントの言うとおり、二人の背後から足音が聞こえた。察するに二人だろうとわかった。ロシェは慌てふためき、急いで変身を解こうとしたが、その解き方を知らなかったのに気づいた。

「ど、どうやって解くの!?」

『無駄だ。もう遅い』

ペンダントの言っていた“誰か”がやって来た。それは至極意外で、想像もできなかった者達だった。

「よくやったね、ロシェ・エルトゥ君」

「心配しましたよ、あなた達」

現れたのは、三須華学園校長・関間大和と、教頭・橘沙希であった。なぜこの二人が、と思った時だった。

「今までの事象を説明するには少々時間がかかる。場所を変えよう」

「出入り口に車があります。付いてきなさい」

言うだけ言うと、二人は出入り口へと向かっていった。ロシェとヴォートは野外に顔を見合わせると、

「・・・行くか?」

「・・・うん」

二人は互いに頷くと、校長らを追いかけていった。

 

 

 

 

 

 

 

着いた場所は三須華学園であった。暗い廊下を幾度と抜け、最終的に着いた場所は、校長室であった。

校長は入室すると、おもむろに本棚の本を数冊、それぞれを違う場所へと移動させる。そして最後の本を入れた瞬間、本棚が突然消え、そこにはエレベーターらしき扉があった。

校長は唖然とするロシェとヴォートを見て、言った。

「見せよう。この学校の真の姿を」

 

 

 

 

 

 

エレベーターは乗って数秒で、目的の階へと到着した。扉が開くと、信じられない光景が広がっていた。

そこは、三十メートルはあろうかと思われるオペレータールームであった。複数のコンピュータの前には数人のオペレーターらしき者が数人、振り返り、こちらを見る。関間校長もロシェ達へと振り返り、諸手を挙げて、言った。

「ようこそ。魔導書管理機関・日本支部へ」

 

 

 

 

 

 

 

さらに案内された二人は、来賓室へと案内され、少々待つように言われた。その間にロシェはペンダントから変身を解除する方法を教わった。曰く「イメージせよ」という事らしい。そして暫く経って、来賓室のドアが開いた。そこには、先ほどまでスーツを着ていたが、今は軍服のような背広を着ている関間校長と橘教頭がいた。

二人はロシェ達と向かい合う形で座った。すると、まっさきに口火を切った。

「どうだね? ワケがわからないかね」

校長の言葉に、ロシェはいつになく冷静に答える。

「ええ。とりあえず、その魔導書管理機関について教えてください」

「・・・わかった」

関間校長は頷くと、説明を始めた。

魔導所管理機関は文字通り世界に散らばる魔導書を調査・管理する組織で、本部はアメリカのマサチューセッツ州のとある大学であるという。

魔導書とは世界の先人達が執筆した外道の知識が集約された本である。その数は三十近くに及び、魔道所管理機関ではその内十冊を保管・管理しているのだという。しかし、残りは未だ発見されていないか、あるいはそれを狙う秘密教団が所有しているかもしれないのだという。

「秘密教団・・・ですか?」

「ええ。おそらく昨今の異形による被害は魔導書によって生み出されたものに違いないでしょう」

「それに、奴らは君達の力と劣らないほどの戦闘力をもつ者がいる」

そのせいでロシェと同じような者も負傷し、魔導書の調査も遅れているのだという。

「ところで、このペンダントは一体何なんですか?」

ロシェはペンダントを見せる。

「それは十五年ほど前、エジプトのとある廃墟で発見された結晶体さ。我々はその形の通り、トラペゾヘドロン――偏四角多面体と呼んでいるがね」

「世界のあちらこちらで見つかっている為、個々に名前ををつけています。それは確か・・・クー・フー・リンであったはずです」

「クー・フー・リン? どこかのハゲの格闘家みたいな名前だな」

ヴォートが言った。

「少々変わった名だが、ケルト神話における英雄の一人だ」

「でもクー・フー・リンって、そのままじゃ呼びづらいですよね」

「そうだな。愛称でもつければいいんじゃないか?」

「それなら“リン”とかいいんじゃないかな?」

「声とギャップありすぎです、校長」

「クーちゃんとかいいんじゃないですか?」

「なんか清涼飲料水のキャラクターみたいな名前だな・・・」

『・・・ちゃん付けはやめてくれ・・・』

「じゃあクーさん?」

「それじゃどこぞの蜂蜜大好きのクマだろ」

『・・・もう呼び捨てでもいいからその下らない言い争いをやめてくれ。頭が痛くなる・・・』

「じゃ、よろしね。クー」

『・・・・ああ、よろしく』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

話は二人の処遇になった。ロシェは喜んで魔導書管理機関への参加を受け入れた。そして、ヴォートである。不可抗力とはいえ、ロシェの変身を見てしまい、今では魔導書管理機関のことも知ってしまった。本来なら機密がばらされないように保護という名の下、基地にて監視するが、ロシェの強い要望で、学校内のみ監視がつき、それ以外は普通の生活が送れるという案でまとまった。

 

 

 

 

 

 

 

家の前まで車で送られ、降りたロシェとヴォートは校長と教頭に向かい、頭を垂れ、挨拶をする。

「また明日、会おう」

「それでは、さようなら」

「はい」

「・・・・うぃっす」

車が夜の闇に消えていくまで見送ると、二人は自分の家へと戻っていった。ロシェは笑みを浮かべ、手を振り、ヴォートも微笑し、手を挙げる。

「じゃあね」

「ああ。じゃあな」

そう言ってヴォートは家へと入る。

ロシェはポケットからクーを出す。今日から彼はロシェと共に生活することになったのだ。

「えへへ。よろしくね、クー」

『ああ。よろしく頼むぞ、我が主よ』

クーを仕舞うと、ロシェも自分の家へと入っていった。

 

 

 

また明日からいつもの学園生活がはじまる。ただ、少し違うのは、自分達が普通ではない世界へと足を踏み入れたこと。

ロシェ・エルトゥの戦いは始まったばかりである。

 

 

 

 

 

 

 

今日もロシェは湧斗目掛け、襲い掛かる。湧斗はひたすら逃げ惑い、走る! そんな中現れた魔の銃を持つ戦士! 放つ銃弾は異形を貫き、全てを滅する! 

 

次回!

魔法戦士譚 ロシェ

第二話

バレット・ブラスト・クライシス

君は、血の涙を見る・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――っていう夢を見たの」

「・・・なんと言うか、シリーズ化でもできそうな壮大なストーリーだね」

食堂で、ロシェは夢の出来事を湧斗に語っていた。そのえらく壮大なストーリーに彼は少々に感じ入っていた。それと同時に、ある疑問が浮かび上がった。

「ところでさ、ロシェ」

「なぁに?」

それは一番の疑問点。

「なんで俺が一つ上の先輩なんだい?」

「え? ユウって十七か十八くらいじゃないの?」

「・・・・・俺は二十歳<ハタチ>だっ!」

「えぇ!?」

ロシェは驚愕の面持ちとなった。

「わたしと同い年か一つくらいかなぁと思ってた・・・・」

確かに自分は童顔だ。いつも年下に見られる。それを間近で言われるのは精神的に酷だ。

「・・・・・・ちくしょー!」

溢れる涙を拭いながら、湧斗は食堂から駆けて出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

 

 

 

 

 

「ねえユウ。私の魔法少女の絵描いて。どんな感じなのか言うから。ね♪」

「・・・・わかったよ」

 

 

数分後

 

 

 

 

「こんな感じだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・なんかどっかで見たことあるよね」

「うん。・・・・ん? なんか降ってきた・・・・」

「なになに?」

「何だコレ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 


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