機巧神 ルイエ
一話 機神、目覚める
西暦2119年、季節は冬真っ盛りのクリスマス。百年ほど前までは地球温暖化がどうとか言っていたが、もはや死語である。
そんな中、地味なコートと厚手の手袋を着た冴えない面の男は、クリスマス一色の街を一人寂しく歩いていた。
男の脇には色鉛筆やらキャンバスやら、様々や絵の用具が抱えられていた。
男の名は宇室湧斗。美大に通うごく平凡な大学生である。
去年、沖縄から上京し、少ない金を切り詰めて生活している貧乏学生だ。
やっとのおもいで両親を説得し無事通えたのはいいものの、最近は絵を描いていない。
いや、描けない――スランプと言えばいいのだろうか。
二年間絵を描き、結局絵画に戻り描き始めたが、思った以上に描くという感覚や、目標がわからなくなっているように感じている。
自分は何のために描く? なにを描く? どんな風に描く? わからない。
そんな気持ちばかりが募っていく。
そんな気持ちを払拭するためにも、気分直しにクリスマスの定番であるクリスマスツリーを描くために、わざわざ寒い中、東京タワーのすぐ近くにある巨大なクリスマスツリーへと向かっているのである。
「・・・見事にカップルばっかだ・・・・。はあ・・・・」
クリスマスが近いせいか、すれ違うのは殆どラブラブでイチャイチャな(死語)カップルばかり。
生まれた年と恋人いない暦が同じ湧斗にとっては非常に羨ましかった。
いや、むしろ嫉妬か。
「かーっ・・・・」
大きなため息をつくと湧斗は足を速めた。
そして五分も経つと、視界に入りきらないほどの電飾で彩られた巨大なツリーが湧斗の目に映った。
湧斗は目を輝かせ、すぐさまキャンバスを置き、絵を描き始めた。
元々湧斗は絵が上手であった。幼い頃から人付き合いが苦手で、内気だった湧斗は、自分の家の近くにある公園の絵を描き、両親から褒められた。彼の現在はそれが無ければ全く違う未来となっていただろう。小、中学生の時は全国規模のコンクールで最優秀賞をとった。高校生の頃から、明確な将来、「画家になる」という夢を抱き今に至る。
今では性格も以前と比べれば随分と積極的になったが、押しの弱い所があり、芸術学部のなかでも影が薄い。
それが原因で女性とも縁が無いのであったりする。
絵を描いて三十分ほどが経ったであろうか、湧斗はふとクリスマスツリーの真下にいる、青い瞳に青い髪、青のゴシック調のドレスを着た少女が見えた。
(まただ)
そう心の中で呟くと、キャンバスに視線を移す。
最近彼は幻覚――のようなもの――に悩まされていた。
ふと気がつくと、どこだろうと構わず視界の隅に少女―見た目10代前半であろうか――がたたずんでいるのを見かけてしまう。大学だろうと、家だろうと。そして一瞬目を離した途端、どこへと無く消えてしまう。
そんな現象が東京に着てからというもの、もう何ヶ月も続いているのだ。
今では慣れ、殆ど気にしなくなった。むしろ彼女をこのキャンバスに描きたいという意欲が強い。
(せめて五分くらい居てくれたらいいなぁ)
もの悲しい笑みを浮かべ、クリスマスツリーを見た、その時だった。
「え・・・・?」
少女はそこにいた。湧斗を見つめながら佇んでいる。
そしてそのまましっかり1分、二人は見つめあった。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
互いに無言が続く。少しして、
「・・・・・・・・ねえ、ちょっと」
湧斗は思い切って近づき、少女に尋ねてみた。
「何で俺にまとわりつくんだい?」
「・・・・・・・」
「・・・聞いてる?」
「・・・・・・」
少女は無表情で黙ったまま首を縦に振る。
「じゃあ教えてくれないか? 君は何者なんだ?」
少女は大きな青い瞳を湧斗に向けたまま、黙る。
さすがに湧斗もイライラし始めた。
「いい加減話してく――」
その時だった。
街全体に警報が鳴った。途端に、周りがざわつきはじめる。
月の半分を侵略したガノ・ディウ王国の無人機が襲ってくるのである。
そしてそれと同時に、あの機体がやって来るのだ
雪白の如く、純白の機体が。
湧斗は何度かその機体をキャンバスに描こうとしたが、ことごとく地球連邦軍の兵士に邪魔され、シェルターへと無理やり避難されてしまった過去がある。
(今度こそ)
そう思った次の瞬間、湧斗は少女に腕を引っ張られてしまった。
華奢で小さな体からは想像も出来ないほどの力だった。
「ちょ、ねえ、き、君!」
そして湧斗と少女はシェルターへの道から、人通りの全く無いビルとビルとの隙間へと来てしまった。
そこは大人二人程度が入れるくらいの狭い所だった。
「ねえ・・・・何がしたいんだい? こんな所まで来させてさ」
ウンザリとした口調で湧斗は言った。
すると、少女はプラスチック製のポリバケツのすぐ真上の壁を指差した。
なにやら“押せ”と言っている様な身振りだった。
「・・・・?」
湧斗は言われるがまま、壁を押す。
すると、なんとポッカリと壁に人一人が通れるほどの穴が開いた。
「なんだこれ?」
湧斗は壁の中を覗いた。穴はかなり深く、地下まであるように見える。
話し声も僅かに聞こえる。
その時だった。
突然少女が湧斗の穴をドンと勢いよく押したのだ。
「あ、あ、あ、あ、うわあああああああああぁぁぁぁぁぁ〜〜・・・・・・」
湧斗は情けない悲鳴を上げながら穴へと滑るように落ちていった。
「・・・・・・ぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああぶほおおおおお!」
悲鳴と共にズサアアアァァ、という音が鳴った。
固い床に見事に顔からスライディングしてしまった湧斗は顔を擦り、呻きながら起き上がる。
「いてててて・・・・・・・」
コンテナがたくさん並んでいるのを見ると、格納庫のようである。
恐らく、統一地球軍の基地であろう。
ひりひりする顔面を擦り、起き上がったその時だった。湧斗は目の先にあるものを見て呆然とした。
彼の目の先には青い人型の機体、そして連日ニュースで報道されている謎の白い人型の機体。凄然なまでに美しく、神々しい雰囲気を放つ魔性の機体。
それが今、自分の目の先にあるのだ。
絵描きとしての精神が滾り、すぐに共に落ちたキャンバスに手を伸ばす。
幸いキャンバスは無事だった。場所も今となってはもうどうでもよかった。
しかし、その時だった。
「大河曹長! 機体の整備は万全か!?」
「ええ、リストラル中尉! いつでも行けます!」
不意にハスキーボイスの女性の声と男性の声が聞こえ、湧斗は急いで近くのコンテナに隠れた。
自分の心臓の鼓動が張り裂けそうなほど脈打っているのが耳に聞こえる。
「大河曹長。戦闘が終わったらアレを頼むぞ!」
言うと、リストラル中尉は漆黒のセミロングの髪を紐で結んだ。
「了解です!」
次の瞬間、パシュン、と音がした。コックピットを開く音である。
リストラル中尉は機体の腹のあたりに開いたコックピットに乗り込み、ハッチを閉めた。
「アスティー・リストラル。クトゥグァ、出撃する!」
白い機体―クトゥグァは射出リフトとともに、夜の地上へ向かっていった。
「もう・・・大丈夫だよなぁ・・・」
コンテナから首を覗かせたままの状態で湧斗は言った。
(俺ってトンでもない物見ちゃったなぁ。つーかどうやって帰ろうか)
心の中で悔やんだ。
と、
「あ・・・・・・」
湧斗の視界にあの不思議な少女が現れた。
少女は青い機体のコックピット付近でまたも湧斗を無表情で見つめていた。
なぜだか「来い」と命令しているの様に見えた。
何度か湧斗は左右に首を向かせた。幸い格納庫と思しきこの場所には誰も居ない。
そう判断した湧斗はキャンバスを放りだし、出来るだけ足音を立てずに走って行った。
だが、
「誰だ!?」
(げっ!)
階段を上り終えたその時、入り口から男の声が聞こえた。
「おい、止まれ!」
一瞬、湧斗の目に男は懐から拳銃を抜き出したのが見えた。
「ヤバい!」
そう判断した湧斗は、全速力でコックピットに向かったて走った。その時には少女は影も形も無かった。
「聞こえないのか! 止まらないと撃つぞ!」
もはや男の声は耳に入らなかった。
湧斗は滑り込むように機体のコックピットへと入った。
すると、ハッチは自動的に閉まり、コックピット内は薄暗い闇と化した。
息を無理やり落ち着かせ、湧斗はコックピットを見回した。
コックピットは意外と広く、大人でも3、4人分は入れるほどのスペースだった。
「どうするどうするどうする・・・・」
無意識に反芻し、辺りを探る。すると、左右対極となるところにエメラルド色の楕円形の装置が設置されているのが見えた。操縦桿であろうか。
湧斗は着ていたコートや厚手の手袋を脱ぎ、恐る恐るそれを触れた。
直後、
――時は来た。
「え?」
頭の中に少女らしき声が響く。
―我が名は機神、ルイエ。いざ共に戦地へと参られん。
次の瞬間、コックピット全体が明るくなり、視界が全方位に開く。
それと共に、機体の両目が一瞬、オレンジ色に発光した。
同じ頃、基地の司令室では、ディスプレイを見ているオペレーターが慌しく壮年の司令官に報告をしていた。
「司令! ルイエが稼動を始めました!」
「エネルギー上昇。80、90、100!
起動完了!」
オペレーターの報告に、司令と呼ばれた壮年の男は動じず、言った。
「リフトも地上へ上げろ。ビルディッド軍曹、ルイエの通信回線を開けるか?」
ビルディッド軍曹と呼ばれた男は、眼鏡を元に直し、言う。
「無理ですな。原因不明の通信妨害により通信不可能。どうしますか、司令?」
「・・・わかった。リフト射出! リストラル中尉にルイエが起動した事を伝えろ!」
「了解っす」
「うっっぁっわぁっ!」
機体を載せていたリフトが上昇すると同時に、湧斗に急激なGが圧し掛かる。
しかしそれはほぼ一瞬で、次の瞬間には地上へと出ていた。
数10メートル先には純白の機体がビームマシンガンを構え、上空を見上げていた。
周辺に設置されている自動砲台も次々に上空へと砲を向ける
「えと・・・どうすればいいんだろう・・・・・・?」
今更だが、湧斗は首を傾げる。
――来る。
「え?」
言うが早いか、目の先の白い機体が空に向けてビームを放つ。
直後、東京の空に一瞬、蛍のような光が輝いた。
一瞬遅れて、東京のビル街に、ガノ・ディウの無人機が地響きを鳴らせながら降り立った。
数分で東京は戦場と化した。
無茶苦茶な軌道から放たれるビームをギリギリのタイミングで避けながらビームマシンガンを敵機に放った。
リストラル中尉は文句がましく叫ぶ。
「秋吉准尉、ルイエに乗っている奴に伝えろ! 立っているだけなら引っ込んでろと!」
『それが・・・・どういうワケか、通信が出来ないんです。多分アッチから妨害している可能性が・・・』
「・・・わかっ―――っと! 何か以上があったら報告してくれ! いいな!」
そう言うと、コックピットの左側に映っていたディスプレイが消える。
「・・・・今日は厄日か? まったく・・・」
忌々しげに呟くと、リストラル中尉はレバーを強く握り締めた。
「どうすればいいんだよ! おい、さっき俺に話しかけた誰か! 返事してくれよ!」
叫べども返事は返ってこない。
――なんてこったよ、ちくしょう!
毒づくと、湧斗は思い切り操縦桿を叩いた。
直後、青い機体――ルイエの目がオレンジ色に発光した。そして、呼応するかのようにルイエの全身に血流の如くエネルギーラインが浮かび上がった。
「動くのか?」
湧斗は操縦桿に手を置き、機体を前へ動かす想像をした。すると、機体は想ったとおりに動いた。
どうやらこの機体は思念で動かすようだ。
「くそっ!やるしかないか!」
湧斗は百メートルほど前方で暴れている敵機に向かって機体を駆けた
「ルイエ、移動開始!」
「真っ直ぐに敵機へと向かっています」
ビルディッド軍曹と秋吉准尉の報告が伝えられる。
「動いたか・・・」
正面のモニターを見ながら、司令は呟いた。
「っだああああああああああ!」
直後、振り上げられた拳によって、殴られたはるか昔の映画に出てきた怪獣のような無人機はビルをぶち壊しながら吹き飛ばされた。
「このおおおおおおお!」
興奮して我を忘れているのか、普段の湧斗とは明らかに言動が違っていた。
青い機体はそのまま倒れた敵機へと走り、飛び蹴りを加えた。
ベキャ、と金属が潰れる音がした。そのままその無人機は沈黙した。
ルイエはまるで息を荒げたかのように、肩を上下さしていた。
当のパイロットはというと、機体と同じく、息を荒げながらヘバっていた。
「っぜぇ、っぜぇ・・・ナンで疲れるんだよ・・・・・・あれ?」
あの時―激昂した時、暴力的なイメージが湧いた。そして無人機を撃破した。
考えられるのは一つ。湧斗は唖然としながら呟く。
「コイツって、俺と完全にシンクロしてるのか。だから俺まで疲れるのか」
湧斗は不思議な高揚感を感じた。
「あぁもう、こうなったら徹底的にやってやる!」
青い機体は右10時の方向にいた無人機に目を向ける。
伝奇に出てくる鬼みたいだな、と一瞬湧斗は思った。
機体は道路を突っ走り、敵へと向かう。
対する無人機も大口をあけ、拡散したビームを放つ。
しかし、
「っとりぁ!」
命中する直前、走り幅跳びの選手の如く、軽やかに跳んだ。
そしてそのまま無人機の頭を踏みつけ、さらに空高く――ゆうに100メートルは越えるほどに跳び上がった。
機体はそのまま縦に激しく回転した。
凄まじい勢いと回転を加えた踵落としが無人機の頭を直撃した。
先ほどの蹴りとは比べほどのない威力である。
勿論、無人機は頭部から股間まで一直線に破壊された。
直後、真っ二つにされた無人機の爆風が青い機体を覆った。
「気持ち悪い・・・・ぐへぇ・・・」
さきほどの回転を加えた踵落としの代償が来たのか、シートに凭れながら口に手を当て、吐き気を堪えていた。
自業自得である。
と、湧斗の耳になにかを叩く音がした。
「はえ?」
湧斗は頭を振り、音のした目の前を見る。
そこには白色のパイロットスーツを着た、褐色肌の女性――リストラル中尉が、自身の機体のハッチに立ち、湧斗の機体のコックピット部分を蹴っているのが見えた。
しかも
「おい、開けろ!」
鬼のような形相でリストラル中尉は叫んでいる。
(さてどうしよう)
目の前の女性はおそらく軍人。このまま出てしまえば捕まって・・・・・。
想像するだけでも恐ろしかった。
だがしかし、出なければあの白い機体に攻撃される。最悪の場合は破壊。
「やっぱ・・・・出るしかないよなぁ」
はあ、とため息をつくと、湧斗は恐る恐るハッチへと近づく。
ガシュンという音がし、ハッチが開く。
「動くな!」
どこに隠し持っていたのか、リストラル中尉の右手にはハンドガンが握られていた。銃口を向けられた湧斗は迷わず両手を挙げる。
「・・・貴様、民間人だな?」
「は・・・・はい」
厳しい顔つきのリストラル中尉は湧斗の姿をジッと目をやる。そして体を傾け、コックピット内を見やった。
コートに手袋。他は何も無い。リストラル中尉はそれを一瞥すると、湧斗に言った。
「私の後について来い。変な真似をしたら殺すぞ」
「りょ、了解しました・・・・」
そう言うと二人はコックピット内へと戻った。
リフトに乗って格納庫に降下し、ハッチを開けた途端、湧斗はいくつもの銃口を向けられた。
そして、両手を頭に乗せたまま無理やり連れて行かれた場所は、“来賓室”と表示された部屋だった。
兵士たちに促され入ると、そこには壮年の男性―司令と呼ばれた男が居た。
「司令、ルイエのパイロットを保護しました」
―保護ぉ?
顔をしかめる湧斗
「うむ。君達は下がってくれないか。彼と二人きりで話がしたいんだ」
「了解しました」
兵士は敬礼をすると、部屋から出て行った。今部屋に居るのは湧斗と司令と呼ばれた男だけである。
「まあ立ち話もなんだ。座ってくれたまえ」
「あ、はい」
湧斗は素直に近く置かれていた高級そうな革張りのソファに座った。
続いて、司令もテーブルを境に向かい合うように座る。
「さて、宇島湧斗君。率直に聞くが、どうやってこの基地に来れたかを教えてくれないかい?」
「え・・・何で俺の名前を知って・・・」
司令は内ポケットからPDAを取り出し、述べた。
「宇室湧斗。年齢二十歳。沖縄、那覇生まれ。東京美術大学一年芸術学部在籍。4LKで家賃八万円のアパートに住んでいて・・・まあ、そんなことはどうでもいいとして」
「俺にとってはどうでもよくないですよ! 誰なんですかあなた!」
「私かい?」
司令はニヤリと笑う。
「私は関間大和。統一地球軍所属。階級は大佐だ。他に何か聞きたい事は?」
「軍人? じゃあ、あの白と青の機体は軍の所有物なんですか?」
「御名答。だがアレは我々軍が作ったものではない」
「・・・・どういう意味ですか?」
「どうもこうも、アレは地球で製造されたものではない。そして火星軍が製造したものでもない」
「・・・・え?」
湧斗は唖然とした。どういう意味なのかさっぱり分からなかった。
司令は言う。
「君は火星独立戦争を知っているね?」
「え、あ・・・はい。学校では習いましたが・・・」
「その戦争末期、火星の奥地で人型の兵器が多数見つかったのさ。その一部があの青い機体ルイエと白い機体、クトゥグアだよ。それで、戦争が終結した後、地球側と火星側は話し合い、秘密裏にそれぞれの国に配備したのさ」
「なぜですか?」
「公表できると思うかい? 火星で人型の兵器が発見されました、なんて言ったら欲の深い連中が大挙して押しかける。そんなことが起きたらどうなると思う。火星独立戦争以上の動乱が起きてしまうだろう? それを防ぐためにも事実は公表していないのさ」
「・・・・・・」
「それに、アレにはエクスシアが動力源になっているしね」
エクスシア――二十一世紀中盤に実行された『火星植民地計画』において、偶然発掘された黒い偏四角多面体かつ球体の結晶体。
エネルギー結晶体であるエクスシアは無限ともいえるエネルギーにより、人類のエネルギー事情を変えた。今ある科学技術はエクシスアなくしてありえないほどである。
「話を本題に戻そう。宇島湧斗君、君はどうやってこの基地へ来たのかな?」
司令は湧斗の目を見、言った。
湧斗は少し黙った後、機体に乗るまでの経緯を話した。
少女との出会い。ゴミ箱のすぐ真上の穴。その穴に少女に落とされた事。
そして機体に乗れと促された事。
司令は一通り聞いた後、なにやら額に指を当てながら考え事をしている様子だった。
そしてしばらく経つと、打って変わってにこやかな面持ちで司令は言った。
「そうか、よくわかったよ。それじゃあ今日付けで君をルイエのパイロット、及び統一地球軍・東日本支部の配属とする」
「え!?」
「大丈夫。大学はコッチのほうで細工はするし、外出もよほどのことがない限り制限はない。それにココは女性が多いぞ」
「そんなことを言ってるんじゃありません!」
怒気を露にし、バンと目の前のテーブルを叩き、立ち上がる。
「俺は民間人ですよ!? 強制的に入隊させるなんて軍法に反するんじゃないですか!」
「確かに、そうだ。だがしかし、日本の戦況はこれでも五分五分。いや下手すれば一気に巻き返されない微妙な状況なんだ。わかるかい、機体を玩んでいる余裕は無いんだ」
完全なる迫力負け。決して大声で怒鳴ったわけではないのに、司令の発する何かに自分は怯えている。
と、
「司令、失礼します」
一瞬遅れて軍服に身を包んだリストラル中尉が現れる。
敬礼をすると、リストラル中尉は湧斗を一瞥し、司令に言った。
「司令。この男の説得、私に任せてくれませんでしょうか」
「ふむ・・・・。構わないが、手と足を使うのはNGだ。それ以外は構わんよ。ああそれと、部屋の道案内もしてくれると助かるんだが・・・」
「了解しました」
そう言うと、リストラル中尉は顔を湧斗へと向ける。
「おい、何をボーッとしている。ついて来い」
リストラル中尉は無表情で言った。
「今、日本支部のヴァーズの半分がアフリカに赴いているのは知っているだろう。もし敵が複数で襲撃して来た際はいくら私でも守備範囲の限度がある。いいか? 今はどうやっても数が足りん。お前の力が必要なんだ」
ヴァーズとは地球連邦採用の汎用型人型機である。
しかし最近では型遅れが指摘され、パイロットからは新型の量産機を作れとの声も上がっているという。
近年、アフリカではガノ・ディウの無人機による大規模戦闘が起きており世界中の軍が召集され、なおかつその他の国でも襲撃は一週間に4回は来るという状況には、さすがに軍人も疲弊は隠せない。
「宇室湧斗。私としては民間人を強制的にあの機体に乗せるのは反対だ。しかし、我々には機体を弄んでいる余裕は無い」
「・・・・・・・・」
「頼む。お前の力が必要なんだ」
“お前の力が必要なんだ”
元来、人の良い性格の湧斗には耐えられない言葉である。
こうなったのも何かの運命か。蓮は諦めるにした。
今さら嫌だ嫌だと言っても、逃れることはできないのは明白だ。
「・・・・わかりました。わかりましたから、もうしつこく言わないでください」
それを聞いて、リストラル中尉の頬が少し緩んだ。
「ありがとう。協力に感謝するよ、宇島湧斗」
リストラル中尉に連れてこられた場所は、生活用品がキチンと並べられた一室であった。
「今日はもう遅い。お前のことについては私から報告しておくから、明日の7時30分に部屋の前に居ろ。軍服はベッドに置いてあるからちゃんと着ろよ?」
「随分と手際が良いですね」
フッ、とリストラル中尉は自嘲気味に笑った。
「じゃあ、な」
湧斗の額を軽く指で弾くと、リストラル中尉は笑みを浮かべ、去って行った。
「ぐはぁ」
顔を顰め、何も目もくれず、湧斗はベッドに倒れこむ。
目の前にはリストラル中尉の言っていた軍服が置いてあった。
戦闘の疲れが再来したのか、すさまじく眠い。何も考えられない。
最後の力を振り絞り、包まるようにベッドに潜ると、湧斗は襲い掛かっている睡魔に身を委ねた。
全ては明日考えよう。うん。
そこで湧斗の意識は霧散した。