夢を諦め、全部を諦めた青年は――時空管理局を後にしようとした。
最後に各施設の姿と場所を目に焼きつけ、門までやって来ると……振り返る。
辛い事しかなかったけど、掛け替えの無い毎日だったと思う。
彼、シック=クローツェルは静かに管理局に頭を下げ、そして管理局から去ろうとした時―――。
―――助けて
「―――っ!?」
頭の中に『直接』響いてくる声を感じ、シックは周囲を見渡すが……誰も居ない。
空耳?幻聴?絶望感から来る……ある種のヤバい類の妄想か思うが、違うと判断する。
自分はまだソコまで壊れてないと思い、頭を振って気分を落ち着かせた。
「……ただの空耳……だな。」
もう一度周囲を見渡し、誰も居なければ幻聴(?)も聞こえない事を確信したシックは
纏めた私物の入った袋を背負いなおし、歩き出そうとして―――。
―――助けて。このままじゃ世界樹が、『テレジア』が……
再び声が頭の中に響いてきた……と思えば、彼の周囲に光が満ち溢れた。
「なっ!?な……何だよこれ……!?」
周囲から立ち上る光に困惑し、そして軽くパニックに陥ってしまうシック。
訳も解らず、とにかくこの場を去ろうとするが……足が動かない。
助けを呼ぼうにも――周辺には誰も居ないし、残念な事に彼に友人は居なかった。
……そうこうしている内に光は更に溢れ、溢れた光はシックを包み込む。
「ちょっ!?誰か―――!」
それでもシックは助けを呼ぼうと声を出した時――強く腕を掴まれた。
誰かが来てくれたのか、と体を覆う光の性で妙にぼやける目を向けた先には……少女が居た。
ぼやける視界が捉えたのは――砂金の様な滑らかな光を放つ金色の髪。
ぼやける視界が捉えたのは――最上級のルビーよりも綺麗な真紅の瞳。
「テスタロッサ執務官!?」
「喋らないで!――っく、何……この魔力……引っ張られる……!!」
フェイト=テスタロッサ
時空管理局の三大エースの一人として数えられ、優れた魔力的資質と実力を備え、若くして執務官の
地位を勝ち取った事でも有名な彼女が何故ここに――と、更に困惑した瞬間に光は更に強くなる。
しかも、それだけで無く……シックの体を覆う光はフェイトさえも包み込み始めたのだ。
「―――!」
「なっ!?……テスタロッサ執務官!手を……手を離してください!!」
「大丈夫……私は大丈夫だから……!」
そう言って魔力を展開し、謎の光が放つ力に抗うが――溢れる光に比例する様に力は強くなっていく。
如何に魔力的資質に優れようとも、如何に膨大な魔力を備えているフェイトであろうと……溢れる『力』に
抗いきれず、展開した魔方陣は砕け、そしてフェイトもまたシックと同じ様に光に包まれてしまう。
「執務官!もういい!!もういいから俺から離れろ!!巻き込まれるぞ!!」
体裁を取り繕う余裕すら消えたのか、シックは声を荒げながら執務官を、必死になって自分の腕を掴み
自分を何とか助けようとしてくれているのだろう、フェイトを突き放そうとするが……彼女は離れない。
「馬鹿!!なにやって―――」
「助けたいの!」
「―――!」
「私は貴方を助けたいだけ―――っ!?」
フェイトも負けじと叫び返し、そしてシックの腕を掴んで……再び魔力を展開しようとした瞬間……それは起こった。
光が―――真っ白な光が溢れ、強く輝いた瞬間に……彼らの姿は消えてしまった。
魔法が栄える世界から姿を消した二人―――。
彼らはこれから今までの常識を逸脱した『世界』に行く事になります。
何の因果か、ミッドチルダから飛ばされてしまった世界―――。
静かに滅びの時が、滅亡の手が伸び行く世界に―――彼らは行くのです。
これは―――『運命』と言う名が与えられた物語。
これは―――青年と少女と、絆で結ばれた仲間達の物語。
これは―――不屈の凡人が力を手にする物語。
これは―――魔法世界とは違う世界で起こった……陳腐で優しい英雄譚……。
魔法少女リリカルなのはA’s外伝 春風と共に
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