高度な機械文明と『魔法』と言う力が両立した次元世界・ミッドチルダ――。
この世界には次元世界の法と秩序を守る司法機関『時空管理局』と呼ばれる物があり、力を求めてここに訪れる者は少なくない。
自分の力が何処まで通用するか試したい者、名誉や名声を得る為にここに訪れる者、純粋に誰かを守る為に訪れる者………。
人によって理由は様々、多種多様であり、それぞれの願いや思いを胸に―――時空管理局の門を開き、それぞれの道を歩み出す。
―――だが、全ての人間が己の望む所に行ける筈が無い。
自分の努力不足によって道を断たれたのは――自業自得故に良いとして、魔力的資質に優れないからと言う理由。
それだけで、たったそれだけの理由で道を断たれてしまい、納得の行かない理由で道を諦めざるを得なくなった者も少なくない。
……そんな中に彼は居た。
魔力的資質に優れなかった彼は努力を重ね、武装仕官となって人々を守りたいと……どこにでもありそうな夢。
だが、本人にとって何より大事で、掛け替えの無い夢を実現させる為に近道せず、一歩一歩確実に道を歩んできた。
なのに――なのに彼は武装官を取り纏める教官から『魔力的資質の無い者は武装仕官になれない』と無情にも告げられてしまう。
それでも……それでも彼は諦めず、努力を重ねた。
周囲から無駄な努力と嘲笑を受けようと、教官から指導しても無駄だと告げられようとも諦めずに頑張り続けた。
過去にミッドチルダで起こったテロによって両親を失い、何もかもを失った後で親類に引き取られた。
……だが、お金も何も無かった彼は親類に引き取られた後――その存在を疎まれ、蔑まれ、親戚中をたらい回しにされる。
そんな事だから学校に行っても友人も出来ず、それどころか何一つとして楽しい事の無い毎日を送り続けてきた。
―――そして、その頃から自分の様な目に遭ってしまう人間を出してはならない、と心に誓う。
半ば脅迫概念に似た……ある種の狂気といって過言ではない、そんな感情を宿して我武者羅に走り続けた。
理由はどうであり、彼はただひたむきに努力を重ねたが――この日、武装官から武装仕官へと上がれる試験の日、全てが砕かれる。
筆記試験では文句の無い、上位に食い込む程だったが――実戦を想定した試験で彼は不条理を味わった。
武術――デバイスを用いた近接戦闘、そして体術には少しばかり自信があった。
武装官の教官の一人……夜天の主に仕えるベルカの騎士、烈火の将・シグナム、盾の守護獣・ザフィーラ。
永い時を戦い、比類なき実戦でのキャリアを持った彼等に師事し、戦い方を徹底的に叩き込まれた。
だから――魔法の力が及ばない近接距離での戦闘に持ち込めば勝機はある、と判断した彼は試験開始と同時に戦術を頭の中で構築。
相手は……同期の武装官の中で有数の魔力資質を備え、豊富な砲撃魔法を備えた者だが――魔法に頼りすぎると言う弱点を見抜いていた。
だから、素早く接近して近接戦闘に持ち込めば――と思い、行動を開始する。
試験……否、戦闘が開始されたと同時に相手は彼の思惑通り、無数の魔力スフィアを生成して攻撃してきた。
魔力的資質に優れ、そして相手が自負している魔法制御能力の高さも相まって、放たれたスフィアは素早い。
だが、この程度の速さなら――シグナムの斬撃、ザフィーラの拳撃に比べれば遥かに遅い!
彼は手にしたデバイス、官給品であり同時に量産品でもあるデバイスになけなしの魔力を込めて魔力の剣を生成。
放たれたスフィアを一閃し、そのまま相手に迫った。
驚愕に歪む相手の顔、今までの努力が確実に身についていると確信した自分の心。
生成した魔力の刃を振るい、咄嗟に防御魔法を展開しようとする相手のデバイスを弾き飛ばし――彼は相手に魔力刃を突きつけた。
そこで試験は終了し、彼は念願の武装仕官になれる『筈だった』
だが―――。
魔力的資質にどうしても劣ってしまうと言う事実、そして彼が戦った相手の親が管理局の俗に言う『お偉いさん』という事もあった。
情報操作と魔力的資質に劣る事実……二つの事実によって、努力に努力を重ね、正当な手段で歩き続けた彼はとうとう武装仕官になれなかった…。
彼はその日、悔しさの余りに大声を上げて泣いた。
魔力的資質に優れない者は武装士官になるなと言うことか、と。
泣いて泣いて泣き通し、涙も心も枯れ果てた彼は――少なかった自分の私物を纏め、武装官の宿舎を後にする。
時空管理局の各施設を最後に目に焼きつけながら彼は歩き続け、そして、管理局その物から去ろうとした時―――。
「ま、待って!」
不意に誰かに呼び止められ、誰が自分を呼び止めたのだろう――と振り返ってみれば、そこには一人の少女が立っていた。
上質な砂金を更に淡くした様な綺麗で美しい金色の髪。
最上級のルビーを連想させる深く、そして透き通った優しげな光を放つ真紅の瞳。
綺麗で整った顔性質に、女性として――かなり恵まれた体躯を与えられた彼女……。
時空管理局の執務官、9年前の闇の書事件の際に最前線へと立って事件解決に尽力した若き実力者。
今現在では、更にその実力や魔力資質に磨きが掛かり、『管理局の三大エースの一人』とまで謳われた生ける伝説――。
「……あの、ハラオウン執務官……俺に何か用……ですか?」
困惑する彼――シック=クローツェルの前に現れたフェイト=T=ハラオウンは呼吸を整え、深呼吸して、シックを見る。
真紅の瞳を直に魅てしまったシックは一瞬、ドキリとするが直ぐに思考は深淵の底へと沈んでしまい、一刻も早くこの場から
去りたい雰囲気に駆られた。
「えと……シグナムから話を聞いたけど……試験……残念だったね。」
「―――――」
「それで、その……武装仕官にはなれないけど――管理局を辞める必要ってあるの――きゃっ!?」
辞める必要があるの?この一言を聞いたシックは我を忘れ、フェイトの腕を思わず捻った。乱暴に。
「……俺は魔力資質が無いから……他で補おうとして頑張った!シグナムさん、ザフィーラさんに頼み込んで
指導してもらって、武術も、勉強も頑張った!!」
「…………」
「武装仕官になれる試験の時、筆記は余裕で合格した!実戦想定試験も合格したんだ!!
なのに何だよ、魔力的資質が無いからお前は駄目だって言われ!!あまつさえ俺が倒した奴が変わりに武装仕官?
……不条理も良い所じゃな―――」
ぎゅ。
何時の間にか泣いて、そして泣きながら慟哭していたシックは突然、抱きしめられた。
誰に?……目の前の少女、言わずもがなフェイトに――である。
「――私は貴方の事をシグナムから聞いてた。」
先程、酷い事をしてしまったのに――彼女は笑顔で、そして抱きしめてくれながら優しく話してくれた。
「どんなに倒れても立ち上がる強い人だって……努力を惜しまない凄い人だって。」
彼女から伝わる暖かさが、彼女の優しい声がじんわりと体に伝わり、心を包み込む。
「……武装仕官になれないのは残念だと思う。でも、道は一つじゃないと――思うの。」
ゆっくりと体を離し、フェイトはシックの両手を握った。
「もし良かったら――私の、執務官補佐をしながら――貴方の道を探そう?」
さて――今回のお話は以前話した、春風のお話しとは違う物語。
優しい黄金の光、朝日の輝きを宿した少女と――不屈の凡人のお話。
これは――前とは違う、されど前と同じく優しい物語。
これは――心と絆の物語、その第二幕。
これも――どこにでもある様な陳腐で、暖かい物語。
魔法少女リリカルなのはA‘s外伝 『暁の輝き』、始まります―――。