笑顔を置いてきた―――大切な家族になった男の子。
以前、なのはの口から聞いた時は……どんな時でも笑顔を絶やさない強い子だと聞いていた。
正直言うとその子に会うのが、なのはが紹介してくれる事を楽しみにしていた。……姉として。
でも――まさか、こんな出会い方をしてしまう事は思ってなかった。
雨の日の夜、なのはが管理局から帰ってくる日に――その子をなのはが連れてきた。
無表情で目に光が無く、何もかもを失ってしまい『空っぽ』になってしまった少年。
……不躾だと思ったけど、なのはに何があったのか聞いてみた。
―――両親が亡くなって身寄りの無くなった彼はドコへ行っても疎まれた。
―――管理局に入った後も、同年代の子達から蔑まれた。
―――そんな話を聞いた私は泣きたくなった。
どんなに辛い事があっても笑顔でありつづけた彼に――なんて事をするのだろう、と。
特に同年代の子達に関するなら、努力している人間に対して唾を吐きかける行為をして恥ずかしくないのか、と。
……でも、それでも彼は頑張り続けた、努力し続けた、笑顔であり続けた。
その結果、彼は――心を空っぽにしてここに居る。
更になのはの話では、本気で自殺する事を考えていたらしく、あの日になのはが見つけなかったら……。
彼は迷わず確実にどこかで自分で自分を殺す、己の人生を己の手で捨てると言う悲しすぎる結果になっただろう。
………決めた
どんな事があろうと私は彼に笑顔を取り戻させる、と。
彼が奪われた物を取り戻してやる、と。
もしも――もしも、何もかもを失った彼から更に何かを奪おうとする者が現れたなら……。
私は全力で彼を守り、その存在を許しはしない、と。
高町 美由希はそう心に誓った。
―――この日、シックは何時までも家の中で過ごすのも悪いと思い、数少ない荷物の中から自分の趣味に関する物。
色々な硬さの鉛筆、多種様々な綺麗で鮮やかな色鉛筆、各種消しゴム、愛用のスケッチブックを小さすぎず、大きすぎず――。
そんな丁度良い大きさのナイロン製荷物袋の中に放り込み、この町の地理把握を行うついでに絵でも描こうかと思い、外出する。
この町は自然が多く、海と山に囲まれた良い環境だと聞いていた。
町を歩きながらドコになにがあるのかを確認しながら歩き回り、スケッチブックの一番後ろに自分用の地図を描いていく。
歩いては止まって地図を描き、歩いては止まって地図を描き……そんな事を繰り返すこと数十分、彼は海岸線へと辿り着いた。
真っ青な海、広がる青空、なんとも言えない美しい色合いの地平線、様々な形の白い雲―――。
シックは目の前の光景を見た瞬間、空っぽだった心に久しぶりに感情が生まれた。
今の自分ではこの景色を完全に表現する事は出来ない、されどこの風景は描いてみたい、と。
そう思った瞬間にシックは防波堤に座り、荷物袋から鉛筆を取り出して―――スケッチブックに風景を大まかに描き込んで行く。
色鉛筆で色を付ける時の事を考えて薄く描き、目の前の風景を見たままに真っ白いスケッチブックに描き込んだ。
「―――あれ?」
美由希は学校から帰る途中、ふと――何か急に海が見たくなったので、海を見に来て見ると……。
防波堤に座り、海を見て絵を描いている少年の姿を発見し、誰かに似ている――と思い、一般人を装って近づいてみる。
「―――シック君?」
「―――あ、美由希さん……。」
絵を描いている少年が……シックである事に気付いた美由希は声を掛け、声を掛けられたシックは振り向く。
その後、シックは手にしているスケッチブックを急いで荷物袋の中に放り込み、鉛筆類も同じく急いで放り込んだ。
「み、美由希さんは何でここに?」
「学校の帰り。……何でか知らないけど、海を見たくなってここに来たら――シック君を見つけてね。」
シックの隣に座り、学校の鞄を隣に置いて――暫くの間、二人で海を眺める。
「―――そう言えば、シック君はさっき……絵を描いてたの?」
「え……ま、まぁ……その、人に見せれる絵じゃないですけど……。」
「……見せて貰っても良い?」
「う……へ、下手だから……笑わないで下さいよ?」
何か苦虫を噛み潰したかの様な表情をしつつ、シックは荷物袋の中からスケッチブックを取り出して美由希に手渡す。
スケッチブックを受け取った美由希は開いて――彼がどんな物を描いているのかを見始めた。
――ゲームのキャラ、風景画、何かのロボット、そして……
「……!、だ、ダメ!そこはダメ!!」
「わわわっ……ちょ、シック君!暴れちゃ駄目――って……これ……なのは?」
「うわー!うわー!!うわー!!!」
そう、美由希が何気なく開き、シックが暴れ始めた――その原因となったページにはなのはが、バリアジャケットを纏ったなのはの姿。
他にも笑顔のなのは、愛用のデバイス……レイジングハートを構えたなのは、様々な表情のなのはが描かれていた。……しかも、上手い。
ちなみに、なのはの絵だけに限らず、他の絵に関しても――少なくとも学校の美術部に所属する者の絵よりも上手かったりする。
「……そっか。なるほど……」
「い、言わないで下さいよ……そ、その……あの……。」
「うん。絶対に言わないよ。この事は私とシック君だけの秘密。」
はい、と美由希は笑顔でスケッチブックをシックに返した後、一緒に帰らない?と誘った。
「でも、うちにゲーム機とかあるのに、なんでしないの?別にやっても怒らないよ?」
「え……でも、転がり込んだ奴がずうずうしく人様の家の物を――いたっ。」
シックがそう行った瞬間、美由希はすこしムッとした表情になり、シックの脳天に軽く『ちょっぷ』を入れる。
「他人じゃないよ。――家族だよ。」
「……駄目ですよ。俺なんかが家族になったら、皆に迷惑かかるし―――」
「シック君、それ以上言うと――私、本気で怒るよ?」
家族になったら迷惑がかかる――この発言を聞いた美由希は腹を立てると同時に哀しくなった。
この子は何故、人を頼ろうとしないのか?人を頼ってくれないのか?
もっと私達を頼って欲しい、甘えて欲しい、と思っているのに……この子はそれを良しとしない。
「シック君は高町家の家族。迷惑なんてかからない、迷惑なんて思わない。」
「……え……?」
「何で――そんな事言うの……?誰かが迷惑だ、何て言ったの?」
美由希はシックの眼を見ながら――その綺麗な緑の瞳、深くも淡い色合いのエメラルドの瞳に涙を浮かべながら言い聞かせた。
……そして、美由希は理解する。シックが『家族になる事を恐れている事』を………。
両親を失って親類に引き取られ――疎まれ、不当な扱いを受けてきた傷は深く、心の深奥で家族を拒んでいるのだろう。
裏切られたくないから、『家族』と言う言葉が信じられないから、怖いから……。
暖かさを奪われ、周囲から冷たい泥をかけられ続けた少年を美由希は抱きしめた。
「大丈夫、私達は大丈夫。……迷惑だなんて絶対に思わない。家族になってくれて嬉しいよ。
……だからね、シック君……壁を作らないで。家族に怖がらないで。」
「あ……う……ぁ……!」
「今はまだ無理かもしれないけど……少しずつで良いよ。
皆で歩いて行こうよ。――皆で歩けば、悲しい事や辛い事は半減されるし、楽しい事や嬉しい事は大きくなる。
……だから、頑張ろう?」
「あ―――うあぁあぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁ………!」
美由希の言葉で、温かさで心の深奥に巣食う闇を吹き払われた少年は――傷を洗い流す様に泣く。
『家族』と言う言葉を恐れていた少年の壁は壊されました。
今、彼の心に降る雨は――暖かい、とても優しい雨……。
過去の傷を癒し、過去の傷を洗い流し、『これから』と言う花を咲かせる為の雨。
……彼はこれから歩き始めます。
真なる意味で家族になるために、再び笑顔を浮かべられる様になるために……。
<後書かれ>
え?みゆきち?……大好きですが何か?(ぁ
そんな訳で『当初のプロットとは120度程方向が違う第二話』を送らせて頂きました。
しんみりとした鬱話を打ち続けるのもアレだな、と思い――立ち直らせる『きっかけ』を作らせました。
……い、言っておきますが『美由希フラグ』は立ちませんので、どうかご了承ください。(何
嗚呼、でも――美由希フラグも良いかなぁ、なんて思っていたr(何者かに暗殺される