「もうすぐでダンジョンクリアだぞぉ〜!」


 大分奥まで進んできた。初心者用のダンジョンではそろそろ『獣人像』に辿り着く頃だろう。


「ここのダンジョンはね、宝箱を入手するのが目的のミッションなんだ。もうすぐ着くけどまだ敵がいるだろうから気をつけてね」

「知ってる」

「おぉっ、噂をすればだぞぉ〜!」


 ガスパーが指差す先にはゴブリン二匹、そして狼型のモンスター『バクファング』がいた。今までは新米のゴブリンである『ゴブリンルーキー』しか現れなかったが、さしずめやつは宝箱を守るガーディアンといったところか。

 今の実力では油断の出来ない相手だ――心底情けないことだが。


「ハセヲ〜、あの犬みたいなモンスターはねぇ」

「知ってる!」

「そか、それじゃあ手ごわい敵だし『覚醒』で一気に倒そうか!」

(……覚醒?)

「ハセヲなら、『覚醒』も知ってるかな?」

(ぐっ……)


 思わず呻く。『覚醒』というものは知らなかった。聞いた覚えくらいはかすかにあるのだが……。


「それは……知らない」


 どうしても思い出せず、苦々しさを滲ませながら言う。その苦渋の言葉をガスパーは――


「なぁんだぁ。ハセヲ、やっぱり初心者だぁ!」


 一言で斬って落とした。


「…………………………………」


 最大級の感情の渦が高鳴り、許容量を超えて溢れ始め、全身を激しく駆け巡る。その感情は色で言うならドス黒く、熱で言うならマグマのごとく煮えたぎっていた。

 見ると視界の隅には鉤爪のような形で両手が震え、わなないている。その感情は奥底から搾り出されたものであり、それは純粋にただ一言に集約されて放たれた。

 すなわち――




「………………………………………コロス」

「お、落ち着いてハセヲ!!」


 限りなく本気の殺意を、シラバスが必死で押しとどめようとする。だが、こちらとてもう抑え込むのは限界なのだ。

 いや、とうに限界など超えている。

 制止を無視してシラバスを乱暴に押しのけ、キョトンとしているガスパーへと一直線に身を走らす。双剣を引き抜き放ちつつ疾駆し――


「オラアァッ!!」


 ――ガスパーの背後から襲い掛かってきたバクファングを迎撃、、、、、、、、、した。

 ギャン! と鳴き声をあげてバグファングが地面に叩きつけられる。


「ウワワワワァ!?」

「うわ、いつの間に!?」


 いつの間にかバクファングがガスパーへと不意打ちを仕掛けてきたのだ。ゴブリンどもと違って警戒心が強い為か、バクファングには気付かれていたようだ。


「オマエらもさっさと攻撃しろ!」

「うん!」

「バ、“憤怒の爆炎バクドーン!”」


 ガスパーの慌てて唱えた呪紋によって、ゴブリンどもを牽制している間に戦闘態勢を整える。

 先程迎撃したバクファングもたいしたダメージは受けておらず、牙を剥いて再び襲ってきた。舌打ちしつつ応戦する。


「グルルルルゥ!」


 唸り声をあげてバクファングが襲い掛かってきた。バクファングは狼らしい獰猛な攻撃、それに敏捷性が特徴としてあげられる。

 しかし、レベル差があるとはいえ、敵の強さを知っていればなんとか応戦するぐらいは出来た。

 つかず離れずの攻撃を繰り返してくるバクファングの攻撃をなんとか凌ぐ。そこへ、視界の右端に影がゴブリンへと襲い掛かったのがチラリと映った。

 その影によって意識を幾分か右に割いてしまった間に、正面から突進じみた鋭い爪が飛んでくる。双剣で受けつつ、後ろに飛んで攻撃をいなす。

 爪は防いだものの受身が取れず、そのまま背中から地面に叩きつけられ――バクファングに押し倒される格好となる。

 牙を突き立てようとするバクファングの腹部をを咄嗟に足で蹴り上げ、その隙に距離を取る。

 しかし、またも瞬時に間を詰めてきたバクファングに再び追い立てられ、防戦一方となる。




 ――ハセヲの今の実力では、バクファングは倒せない。




 それは分かっていた。ハセヲはここまでの戦闘で自分の戦力の低さを痛感し、明確に自覚していた。

 ハセヲはバクファングに勝てない。それは彼我戦力を照らし合わせた結果の絶対の事実。ハセヲが己の全力を出し切ったところで、バクファング相手では時間稼ぎをするのがやっとといったところなのだ。

 しかし……逆に言えば全力を出し切れば短時間、耐えしのぐことぐらいなら出来る。

 幾度と無く戦ったことのあるモンスターだ。どこから攻撃してくるのか、目に映らなくとも、意識が追いつかなくとも、身体が経験としてそれを知っている。

 狼タイプのモンスターは諦めることを知らず、ひたすらに攻撃を繰り返してくる。

 一度標的を定めたらとまることは無く、獰猛なその牙を、その爪を、獲物をしとめるまで振るい続けてくる。

 故に、ハセヲは自身に命じ続ける。一瞬たりとも気を抜くな――と。

 今の自分の力ではその一瞬が命取りとなる。奴が、止まることがあるとすれば、それは自分が奴を倒したときか――


「グルルゥ……!!」


(奴が、攻撃呪紋を放つ時のみ!!)

 バクファングの双眸が赤く輝く。魔力が身体を迸り、放たれようとするのが視覚化されている。一際強く、その赤の双眸から光が放たれ――




「“アオオォォォォンバクドーン!!”」




 ハセヲへと、大小数多の火球郡が降り注いだ。


「ぐっ、うぅあぁ!!」


 歯を食いしばり、防御に全力を注ぐ。

 予想されていた攻撃。しかし、今の自分ではこの呪紋を避けることは不可能。回避速度も、反射能力も、動体視力すらも劣化しきっているこの身では、到底避けれる攻撃ではない。ならば――

(――耐え抜く!!)

 視界が火に染まり、肉の焦げる匂いがした。脆弱なこの身体では爆ぜる業火に抗えるわけも無く、一方的に爆炎に蹂躙されていく。


 しかし、倒れない。


 それでも倒れない。


 倒れるわけには、いかない。


 もう二度と――倒されるわけには!





「――いかねぇんだよ!!!」





 赤一面に染まった視界に、ようやく色が戻る。だが


「ガウアアァァ!!」


 その視界に飛び込んできたのは一匹の飢狼。獲物にトドメを刺さんと襲い掛かる野獣。


「くっ……!」


 その飢狼を――


「“流影閃”!!」


 先ほどの影が、バクファングへと抉るような鋭い突きを繰り出し、吹き飛ばした。


「ちっ……、遅えんだよ!」


 思わず悪態をつく。


「ゴメン! 大丈夫!?」


 それにバクファングを弾き飛ばした影、シラバスが答える。

 右を見やるとゴブリン二匹は黒焦げになって動かなくなっていた。恐らくガスパーのバクドーンだろう。慌てて援護にくるガスパーの顔がどこか誇らしげだったのはその所為だろうか。


「“生命の萌芽リプス!”」


 その詠唱に応え、焦げ付いた全身を包み込むように優しく光が舞う。光が散るように消え去ったときには、ハセヲは動ける程度には回復していた。ガスパーの回復呪紋だった。


「ハセヲ! 『覚醒』で一気に倒そう!」

「『覚醒』って……だから、俺はンなもの知らねえって……!」

「だいじょぶ。僕が覚醒するからそれに合わせて! いくよ!」

「なっ、チョット待――」





 ――瞬間。閃光が瞬き、視界が再び赤に染まった。

 その赤は己の身体から立ち昇っていた。まるで燃えるように、紅蓮の如く。それは焔の色のようであり、獣の色のようであり、激情の色のようだった。

 身体の隅々まで埋め尽くし、満たす。それが駆け巡るたびに、恍惚と衝撃を知覚する。溢れるように、暴れるように――立ち昇る。





――武 獣 覚 醒――



 これが――暴力の開放儀式。

 抗うもの全てを蹂躙し、破壊しつくす為の飢獣の力。。

 それが『覚醒』

 己の臨界を一時的に引き出す秘奥の技。



「―――スゲェ」


 思わず感想が口から零れる。

 先程まで視認さえ困難であったバクファングの動きがスローに見える。バクファングの速度が落ちたのではない。自分の身体能力が飛躍的に跳ね上がっている為だ。

 視認能力だけではなく、速力すらもバクファングを圧倒していた。これならば――


「――いける! 一気にケリつけんぜ!!」

「よし、いこう!!」

「それそれそぉれぇ〜!!」


 各々の全力にして全速の攻撃を間髪置かず叩き込む。その嵐の前には反撃も防御も意味を成さず、狙われた獲物は成す術も無く蹂躙されていく。

 暴虐の嵐の前に、抵抗は許されない。絶対的な力と化した三人の攻撃の前に、抗うことも出来ず――


「グオオォォォォォォォン………」


 ――バクファングは断末魔をあげ、地に倒れた。と、同時に引きずり出されていた力も沈静し、身体から放出されていた赤の光も消えていた。

 興奮冷めやらずハセヲが叫ぶ。


「何だよこの力……こんなの俺は知らなかったぞ!?」


 はっきり言って信じられなかった。攻撃力、速力共に今までの比較にならない。

 『死の恐怖』とまではいかないものの、先程の覚醒時の能力は、明らかに元の力の3倍以上のものだったのだ。


「これが『覚醒』なんだ」

「『覚醒』っていうのはぁ、少しの間だけすっごくパワーアップできる技なんだぞぉ!」

「少しの間? 短時間しか持たないのか?」

「そそ。もうオーラも消えちゃってるでしょ? これって無茶苦茶パワーアップできる代わりに、効果がせいぜい十秒くらいしか持たないんだよね」

「けど、『覚醒』なんて俺は知らなかったぞ……。『覚醒』を使うのに条件とかあるのか?」

「もちろんあるぞぉ〜。『覚醒』はぁ、パーティメンバーとの協力技だからぁ……」

一人ソロじゃ使えねえってことか」

「正解!」



(成る程な。知らなかったわけだ……)



 知らなかった理由に納得がいった。

 この半年間、ハセヲは目的を達成する以外の要素は可能な限り排除してきた。足手まといの仲間は必要なかったし、邪魔だったのでずっとソロでやってきた。あらん限りの力をかき集めてきたのだが、一人ソロで使えない力では知らないのも道理だった。

 もっとも、普通はプレイしているうちにおのずと知るものなのだが……ハセヲの場合は事情が違った。

 常に孤独であり、常に助けようと足掻き、常に目的のみを見据えて行動していたハセヲにとって、使えぬ力などは自ら知る必要がなく――その知識を与えてくれる人もいなかったのだから。


「他に条件は? 無制限に使えるモンでもねえんだろ?」

「おぉ、鋭いっ!」


 シラバスが教師じみた口調で答えた。


「『覚醒』はね、パーティメンバーとの波長を合わせるのが大事なんだ」

「波長ぉ?」


 疑わしげに聞き返す。


「うん。まあ、僕なりの意見なんだけどね」

「……すっきりしねえな。ちゃんと説明してくれよ」

「えーとね、なんかパーティメンバーと一緒に冒険していると蓄積されていくモノがあるんだ。それが一定量になると、溜まった量に応じて『覚醒』が使えるようになるんだけど……」

「だけど?」

「つまり……その、それがどうやって蓄積されていくかよく分かんないんだ」

「ハア? なんだよそりゃ」


 どうやって溜めるか判らないものを、どう溜めているというのか。


「上手く説明し難いんだけど……。こう、なんか敵を倒した時とか、仲間が回復してくれた時とかって嬉しいでしょ?」

「……はぁ?」

「そういう時に蓄積されていくんだ、それ。でも、人によって何が嬉しいとか、何をしてくれれば気分が良くなるとかって結構違うでしょ?

「…………」

「だから波長を合わすのが大切なんだ。少しでも仲間を理解することによって、それが蓄積する量を増やせるからね」

「…………一つ聞きたい」

「ん?」

「頭……大丈夫か?」


 半眼で聞く。


「だ、だからさ! よくわかんないんだけどホントにそうなんだって!」

「アホかお前………聞いてる限りじゃ人の感情みたいなものを溜めていくってことだろ?」

「そ、そう! その通り」

「その感情を、ゲームが、どうやって読み取ってるってんだよ!」

「それは僕も分からないんだけど……やっぱり言葉で伝えるのは無理だったかな。じゃあ、ハセヲ」

「あん?」

「次からはハセヲも『覚醒』を発動できるようになってるから、次はハセヲが『覚醒』してみたら判ると思うよ」


 何が嬉しいのか、ニコニコと微笑みながら勧めるシラバス。確かに、聞くよりも実際にやったほうが判りやすいとは思うが――


「どういうことだよ……俺も出来るようになってるってのは?」

「えぇとね、これって特殊イベントで手に入れられるレアスキルみたいなものなんだけど……」


 どこかシラバスは言いづらそうな表情をする。


「『覚醒』を手に入れることが出来るのは、一回の特殊イベントにつき一人だけで、その人は自分以外に二人だけ『覚醒』を譲り分けることができるんだ」

「……譲り分ける?」

「うん、僕は前に偶然手に入れれたんだ、これ。僕の場合は、ガスパーとハセヲに譲り分けたことになるかな」


 ――唖然とする。


「……いいのかよ? そんなもの、簡単に俺に渡しちまって」

「え? あぁ、大丈夫! 譲り渡すと言っても、僕もこれまで通りに使えるから」

「そうじゃねえよ! 初めてPTを組んだ俺に、そんな大事なもんを渡していいのかって聞いてんだっ!」


 先程の凄まじい力から察するに、『覚醒』は相当なレアスキルのはずだ。軽々しく渡せるような代物
ではない。少なくとも……初めて会った相手に譲り渡すようなものではない。何を考えて俺に譲ったと
いうのか……。

 それを――きょとんとした表情のままシラバスは言う。


「ハセヲならいいかな、と思ったんだけど」


 ――再び、唖然。そして絶句。

 こいつは、善意で俺に譲った、と言っているのだ。しかも本人の自覚無しに。戸惑いを隠しきれずにハセヲは問う。


「――オマエ……本当にいいのかよ」


 その言葉をどう受け取ったのか……シラバスは――


「心配しなくても大丈夫! 初心者にだって『覚醒』は使えるからネ」

「……だから! 俺は初心者じゃ――!」

「あ、けどもうこのダンジョンにはもうモンスターいないか……」

「それじゃ、また今度にしようよぉ。もう敵もいないみたいだし、宝箱、開けに行かない〜?」

「おいっ、勝手に――!」

「そだね。それじゃあ『覚醒』は次回の機会にってことで! さ、ハセヲ。行こうか!」

「…………」


 ――またもスルー。しかも、何故か、いつのまにか、また、パーティを組む約束がなされている。シラバスに何かを言おうとしていたのだが……一気にどうでもよくなった。


「…………」


 二人は意気揚々と獣神像へと先に歩く。その背中を見送りつつ――


「………だからさ……人の話聞けよ、お前ら…………」


 ハセヲは海よりも深い溜息と共に、もはや叫ぶ気力もなくそう言うのだった。


「あ、それとハセヲォ」

「………今度は……何だ……?」


 何かを思い出したように振り返って声をかけてきたガスパーに対し、ハセヲはどこか幽鬼じみた、憔悴し尽くした表情で答える。


「さっきは、助けてくれてありがとうだぞぉ〜」

「うん、僕からもお礼言わせてもらうよ、ありがとうっ! 本来なら僕たちが助ける立場なんだけど、逆にハセヲに助けられちゃったね」

「………あん?」


(助けた? 俺が? ガスパーを?)


「助けてくれて、って……」

「バクファングに襲われたのを、助けてくれたことだぞぉ〜」


(………あぁ)


 成る程、と思う。こいつらには"俺がガスパーを助けたように見えた"のか……。

「別に………」


 ぶっきらぼうに告げる。二人は、それでも嬉しそうに笑いながら、再び獣人像へと歩き始めた。しかし……実は、二人が"助けてくれた"と思い込んでいるバクファングへの攻撃は――


("本気でガスパーに襲い掛かった"んだがな……後ろにモンスターがいたから、ついそっちに攻撃しちまっただけなんだが……)


「ま、いいか」


 怒りもうやむやになってしまったし、わざわざその勘違いを訂正する必要もない。二人の背を追い、ハセヲも獣人像へと歩みを進める。

(まあ……)



 その時、僅かに、ほんの僅かにではあるが――



(礼言われるのも……悪い気分じゃねえしな)



 そんなことを――思っていた。





To be Continue






作者蒼乃黄昏さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板に下さると嬉しいです。














.hack G.U 「三爪痕を知っているか?」

第八話 : 猛る獣 過ぎる感情











それはまるで炎のように


それはまるで父のように


強く僕らを抱きしめる