「このダンジョンの敵は単純で弱い攻撃しかしてこないから焦らないでね」

「オイラたちがついてるから、心配ないぞぉ」


 全くこちらを信じようとしない自称初心者支援ギルドの二人と共に、ハセヲはダンジョンを歩く。


「そのくらい判ってる!! それに心配なんかしてねぇ!!」

「で、でもぉ、ハセヲって初心者〜……」

「だから違うっつってんだろーがぁ!!」


 一体いつになったらこいつ等は俺の言うこと信じるのか、いい加減叫び疲れてきた……。

 不穏な空気が流れかけ、シラバスが慌てて割って入る。


「じゃ、じゃあ実際に戦闘してみよっか」

「よぉし、ハセヲ。あいつらと戦うんだぞぉ」


 ガスパーが指差してるのは三匹のゴブリン。しかも駆け出しのゴブリンだった。つまりは、この世界において最弱のモンスターである。


「ちっ、わかったよ!」


 ゴブリンどもはまだこちらに気付いていない。

 やり場の無い苛立ちをぶつけるかのように先制攻撃を仕掛ける。


「あっ、ハセヲォ!?」

「ちょっと待――」

「うるせぇ!」


 ごちゃごちゃとうるさい奴らは無視して攻撃を仕掛ける。

 敵へと疾駆する一瞬の間に、慣れた手つきで背の光へと両掌を差込み、双対の剣を引き抜く。そのまま一連の動作で、手前の一匹目に不意打ちの一撃を見舞う。


「ギギィ!?」


 慌てた素振りで、残り二匹のゴブリンがハセヲに向き直り、戦闘態勢をとる。しかし、その動きは鈍重そのもの。ゴブリンどもに剣を抜かせる間すら与えず、残り二匹ともまとめて――


「………えっ?」


 おかしい。

 敵の下へ一瞬の時を以って辿り着くはずが、いつまでたっても近づいた気がしない。

 何故か――敵が、遠い。

 ようやく射程距離まで近づいたときにはゴブリンはとうに剣を振り上げていた。


 遅い。遅い。遅い。遅すぎる。遅すぎる。あまりにも――遅すぎる。

 鈍重そのもののゴブリンよりも遥かに――


(この俺が遅い………!?)


 見ると先制攻撃で吹き飛ばしたはずのゴブリンもほぼ無傷だった。戸惑っている間にも戦闘準備を終えたゴブリンは攻撃を仕掛けてくる。

 そのまま斬り合いに持ち込むが、ハセヲが剣を一度振るうたびに敵は二度剣を振るってくる。敵は明らかに鈍重なゴブリンなのに、だ。


「くっ……!」


 右上段からゴブリンが攻撃を仕掛けてきた。すかさず地を蹴り、左に飛んで避ける。しかし、その回避動作すら遅い。続いて正面から、二匹目のゴブリンが突っ込んでくる。


(避けきれない!)


 培った経験をの下に一瞬で判断し、防御。ゴブリンの突進に踏みとどまれず、吹き飛ばされる。


(仕切りなおしだ! 一度距離を取って――)


 体勢を立て直し、顔を上げた目前――三匹目のゴブリンが剣を振り上げていた。

(や……ば、い!)


「危ない! ハセヲ!」


 声と共に敵前に躍り出てきた。人型PC――シラバスがハセヲを庇い前にでたのだ。そのまま刀剣で、ゴブリンが振り下ろした剣ををやすやすと受け止める。


「一人じゃ無理だよハセヲ。下がって!」

「今助けるぞぉ! “憤怒の爆炎バクドーン!”」

 獣人PC――ガスパーが叫ぶと、それに応えるように空から幾つもの火炎球が現れ、ゴブリンに降り注いだ。


「ギギャアァァ!?」


 慌ててゴブリンたちは逃げ惑うが、一匹は間に合わずに炎の中へ呑み込まれていった。


「それっ!」


 シラバスは残った二匹に真正面から斬りかかった。一撃、二撃とゴブリンは剣を受け止めるが、抗しきれず三撃目で斬って落とされる。

 残り一匹。不利と見るや、そいつはこちらに向かって突っ込んできた。


「ギイィー!」


 何故、こちらに突っ込んでくるのか。その答えはいたって簡単。

 こいつは、一番弱いやつ・・・・・・だけでも倒そうとしているのだ。


「……っのヤロウ!」


 ハセヲを馬鹿正直な剣戟が襲う。

 一撃目。駆けた勢いのまま、上段からの突撃じみた振り下ろし。真横へと全力で地面を蹴り、ぎりぎりで回避。剣圧の風が頬に触れ、剣戟は地を叩く。

 二撃目。返す刀で無造作に剣を振り上げてきた。双剣を十字に構え、全力でその攻撃に叩きつけて防御。体が僅かに宙に浮き、両手は高く弾かれた。

 三撃目。完全に体勢を崩れた所へ腰溜めに構えた刺突による点の攻撃。体勢を崩されたまま避けれるような攻撃では無く、その攻撃はハセヲの身に―――


「な、めんなあぁぁぁー!!」


 慣性と重力の法則を無視し、無理矢理にその痩躯を走らす。

 防御の為にではなく攻撃の為に。

 逆袈裟から一撃、返す刀での叩きつけるが如くの二撃、点を穿つ刺殺の三撃。それらを一呼吸に行う動作から成るは、三度の攻撃ではなく三撃を一度とした音速の連撃。

 その連撃は双剣の極意アーツ。それは


「疾風――双刃!!」



 もう忘れかけていた、最初に身に着けた最も基本的な技。


「ギギャア"ア"ァァァァア"」


 ゴブリンの三撃目の攻撃がハセヲの身体を貫く寸前、その連撃をマトモにくらってゆっくりと後ろに倒れていった。そのまま完全に沈黙する。

 完全に倒れ、動かなくなったことを確認すると、ハセヲは戦闘体勢を解除してずるずると座り込んだ。


「ハッ……ハァ、ハァ…」


 気づくと息が切れていた……なんという無様。

(こんな……こんな雑魚どもにすら、一人じゃ勝てねえのかよ……)

 あまりの弱さに愕然となる。これが現状。これが今のハセヲにとっての全力の戦闘能力。

 レベル上げが急務だとは理解していたが、ここまでとなるととてもではないが――

(ソロじゃどう足掻いても無理だ……やっぱしばらくコイツらに付き合うしかねえな)

 プライドよりも時間が惜しい。それがハセヲの下した結論だった。だが――


「ハセヲー、一人だけであんなに突っ込んじゃ危ないよ」

「『死の恐怖』みたいに一人で戦いたいのも分かるけどぉ、やっぱりレベルあげてからの方がいいぞぉ〜」

「そうだね。『死の恐怖』をロールするのは、レベルを上げてからでも十分だと思うよ」



 ――体が震える。勿論、怒りで。

(我慢だ……! 耐えろ、俺……!)

 相手にして叫んでいては疲れるだけだ。そう自分に言い聞かせ、全力で落ち着きを得ようとする。

(ある程度レベルが上がるまでの辛抱だ。所詮妙な奴らの戯言だろうが……! 我慢だ!)

 その挙動をどう受け取ったか二人は――


「大丈夫! さっきの戦闘を見る限りじゃセンスはいいから、ロールできるぐらいのレベルまではすぐ上がるよ!」

「オイラたちも、ハセヲが早くロール出来るように手伝うから、安心するんだぞぉ!」


 ――全身の震えが3割増した。

 両手をわななかせながらも自制心を総動員し、内側からフツフツと湧き上がるドス黒い衝動を抑え込む。体の震えは激しさを増し、痙攣しているかのように全身が震え続けている。

 それでも、どうにか表面張力で僅かに浮いた水程度にぎりぎりの境界線上で怒りを押し殺すが――


「それじゃぁ、初心者様特訓ツアーへご案内だぞぉ〜!」

「だから違うっつってんだろぉがあぁああぁぁああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


 ――結局、叫ぶこととなった。










          *****










「では、これから例の件を実行段階に移します」


 女性の声が響く。事務的な鋭さを秘めた、芯の通った声だった。


「許可する…」


 答える声は男のもの。こちらは嘆息するような、それでいて威厳を醸し出すかもしだす声だった。


「ありがとうございます。ついては、第一段階の接触についての人選ですが――」

「君が、行いたまえ…」

「了解しました。クーンには万が一の時に備え、バックアップを要請しておきます」

「よかろう…」

「では、接触を試みてきます。彼は今――」

「『Δ麗なる 先導の 巣立ち』にいる…」


 男の手に浮かんだ光珠が一瞬輝きを放つのと同時に、答えた。


「今から向かえば間に合うだろう……。急ぎたまえ…」

「はっ」


 女は手早く転送を開始し、姿を消した。

 そうして男以外に誰もいなくなった空間に声が響く。


「奴に先を越された形となった。何故いままで傍観していたのだ」


 男以外に誰もいない空間で、男は主なき声に答える。


「時期を待つ必要があった……それは重々承知のはずだが……?」

「活性化のきっかけを作り出すことも出来たはずだ」

「無理矢理こちら側から起こせばどういった事態になるか分かるまい……? 不確定要素を排除するという方針に則った方法を選択したまでだ…」

「――――」

「心配せずとも、あの碑文を引き込む段取りはついている…」

「いいだろう。成果を期待する」


 声は去り、完全に空間から消え去った。完全に一人となった空間で、ぼんやりと男は呟く。


「さて……ようやく、歯車が再び回り始めることとなった……」


 だが、と前置きをして――


「果たして、世界はどう転んでいくか……。貴方はそれを知っているのだろうか」


 嘆息した後――


「ハロルドよ…」


 ――亡き人間に問うた。










          *****










「ハァアッ!」


 気合一閃。双剣が敵の身体に煌いた。


「グオォォォォォ……」


 敵は倒れかけるが、踏みこらえて反撃にでようとしてきた。


「“憤怒の爆炎バクドーン!”」


 そこへトドメの火炎郡が降り注ぎ、今度こそ完全に倒れる。


「ふぅ……」


 一息をつく。相変わらずの己の弱さに辟易するが少しずつ以前との強さのギャップに慣れてきた。もっとも慣れたところで十分戦えるようになったというわけでも無く、相変わらずの苦戦続きではあったが。


「ハセヲォ、大丈夫だったかぁ?」


 トドメの援護攻撃を唱えたガスパーが心配そうに声をかけてくる。

 どことなく抜けた奴だと思っていたが、先ほどまでの戦闘時の詠唱のタイミングなどを見る限りではそれなりの腕はあるようだ。

 もっとも、だからといってどうということもないが。


「あぁ、それほどダメージはねぇよ」

「凄いなハセヲは。最初は瀕死のダメージ受けてたのに、もう戦い方を覚えるなんて」

「とても、初心者とは思えないぞぉ!」

「だから初心者じゃねえって何度言ったらわかるんだテメェラは!?」


 ことあるごとにに初心者扱いしてくる二人。何故ただの会話で毎度毎度叫ばなければいけないのか……。とうに叫び疲れていたが、叫ばずにはいられなかった。しかし――


「よし、それじゃあもっと奥の方まで行ってみようか!」

「よぉーし、どんどんいってみよ〜」


 二人はとうとう、それらの言葉を無視し始めた。


「テメェラアァ……!! 人の話聞きやがれってんだ!!!」

「わかってるってば、ハセヲ。初心者じゃないんだよね、うんうん」

「でも、そのロールって、なんだか大変そうだぞぉ。ハセヲ、さっきから叫びっぱなしだしぃ……」

「誰が叫ばせてると思ってんだ誰が!? これっぽっちも信じちゃいねえだろ!?」

「信じるって、何をぉ〜?」


 カクン、と首を傾げてガスパーが聞いてきた。


「さっきから初心者じゃねえって言い続けてんだろぉが!?」

「あぁ〜、そうだったねぇ」

「さ、それじゃそろそろ行こっか」


 そう言うと、二人はあしらい方を覚えたかというような素振りで奥へとテクテクと進んでいく。


「だ・か・ら……人の話を聞けえぇえぇぇぇぇ!!!!


 ハセヲは虚しさを全身で感じつつ、先を行く二人へとあらん限りの声で叫んだ。


















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作者蒼乃黄昏さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板に下さると嬉しいです。














.hack G.U 「三爪痕を知っているか?」

第七話 : 再始動












愚者と賢者は紙一重


愚者と勇者は紙零重