「あひゃあ〜!?」

「ガスパー、大丈夫!?」


 いきなりドテッ腹にヘッドバッドをかましてくれやがった獣人。そいつに1人のPCプレイヤーキャラクターが手を差し伸べる。

 ガスパー、と呼ばれた獣人は頭をクラクラさせつつも起き上がる。


「はぅ〜ん……、なんだなんだぁ?」


 その獣人PCは妙に間延びした、幼げな口調だった。ハキハキとした口調の、助け起こした人型PCとは対照的だ。

 ハセヲはいきなりの出来事に、半ば放心状態でその声を聞いていた。


「キミは大丈夫だった?」


 獣人を助けたPCが心配そうに見てくる。


「……あ、あぁ」


 いつもなら罵声を浴びせかける場面なのだが、イマイチ状況についていけずに肯定の返事を返してしまう。

 突っ込んできたのは獣人型PC。タヌキを人間の形にした、という言葉がしっくりくるタイプの獣人だ。

 それを助け起こした人型PC。腰まで伸ばした緑の長髪が目に付くが、すかした榊のような流れるような長髪では無く、最後に尻尾のようにくるくるとまとめた、どこか動物の尻尾を思わせるような愛嬌のある髪型だった。

 その人型PCが何かに気付いたようにこちらを注視し――


「あれ、キミ初心者?」


 ――などと不本意極まりないセリフを投げかけてきやがった。


「そ、そうなの!? あ、あの、びっくりしたよねぇ。驚かせてごめんね〜」


 獣人が間延びした口調で心配そうに謝ってきた。そう、まるで何も知らない子供にぶつかってしまった時のようなバツの悪そうな目で……って――


「ふざけんな!! 誰が初心者だ!俺は『死の恐怖』―――」

「死の恐怖ぅ?」

「え? それって、もしかして、あの有名な? PKKのハセヲ?」

「あぁ、そっか! PKKかぁ。どっかで聞いたことあると思ったんだよなぁ」


(どっからどうみたらこの俺が初心者に見えるんだテメェらは!)

 そう叫びかける寸前に気付いた、自分の現状に。『死の恐怖』と恐れられた最強のPKKである自分が、レベル1に初期化された事実に。

(くっ……)

 初心者に見られても仕方が無い。装備は初心者に与えられる初期装備のまま、レベルは1、どこからどう見ても初心者のそれだ。

 そうしてハセヲが呻いてるところに、獣人が首を捻っていた。


「あれぇ?でも、それってたしか『ハセヨ』って聞いた気がするぞぉ?」

「…………おい、コラ」


 たまにいるのだ、こういう馬鹿が。

 『ハセヲ』と『ハセオ』を間違える間抜けはたしかにいる。が、ハセヨなどと、どこの馬鹿が見間違えやがったのか。


「そうだっけ?」

「そうだよぉ!」


(コイツら……二人とも知らねえのかよ!)

 巻き込まれない内にさっさと退散しようとしていたのだが、さすがに口を出さずにいられなかった。言い含めるように淡々と告げる。


「あのな……いいかお前ら? 俺が、本物のPKKのハセヲだ!」


 面と向かって二人にそう言い放つ。そして――


「……ぷっ、アハハハハ〜!」

「あはははは、そういうことはもう少しレベルを上げてから言わなきゃぁ」


 一笑に伏された。


「テ、テメェらぁ……!」


 フツフツと殺気が湧きだって来るのを感じる。

(この二人、これっぽっちも信じちゃいねえ……!)


「初心者さんなら、僕らが色々教えてあげるよ」

「こうみえても、オイラ達は初心者支援ギルドの『カナード』に所属してるんだなぁ!」

「初心者支援ギルドォ?」


 とりあえずは殺気を抑え込み、聞きなれない名称を聞き返す。


「うん。一人前のプレイヤーになる為に必要なゲームの基本知識を教えるギルド」

「結構、有名なんだぞぉ!」

 俺は知らなかったが、そんな物好きのギルドもあったのか……などと思っていると人型PCが何かに気付いたような素振りを見せ――


「おっと、まずメンバーアドレスをあげなくちゃね。受け取って!」


 と、唐突に言い――


「…………は?」


 問答無用でメンバーアドレスを渡してきた。横についていた獣人PCが説明を始める。


「メンバーアドレスっていうのは―――『The World』の中だけで使える電話番号みたいなものでぇ」


(あー、なんか……ヘンなのに絡まれちまったな。結局オーヴァンも見失ったし……)

 こうなる前にさっさと退散するのが最善だったのだが……いまさら悔いても仕方が無い。

(つーか、なんで俺がこいつ等に教えられなきゃいけない流れになってんだ)

 それはそれとして、まずは獣人PCの説明を聞き流しつつ今後の方針を考える。


「他のPCと一緒のPT<パーティ>を組む為に必要なものなんだぁ」


 とりあえず、目下の目的を考察する。

(とにかく今は、一刻も早くレベルを上げてもとの『死の恐怖』に戻らないとな……)

 差出人不明のメールの件はとりあえず置いておく。今は、まず目先のことを捉えるべきだ。

 まず、志乃を助ける、との誓いは絶対に果たさなければならない。レベル1にされようが、志乃を救うことを諦める、などというふざけたものは選択肢に存在しない。

 悔やんでいるだけでは彼女は救えるわけがない。ならば――


「他にも、メンバーアドレスを交換すれば、ショートメールを送って連絡できたりもするんだぞぉ〜」


(まずは力だ。以前のような……いや、前以上の力を手に入れなきゃ話にならねえ……)

 何するにしてもレベルを上げなければならない。

 強さが無ければ何も救えず、何も手に入れられない。ハセヲは身をもってそれを知っていた。

 過去において誰も救えず、そして……何も手に入れれなかったのだから。


「けど、人によってはソロプレイていって、PTを組まないで1人で冒険するスタイルの人もいるからぁ


 獣人の説明を順調に聞き流し、考察のほうも順調にまとまってきた。

 ソロプレイではダメだ。ある程度の資金とレベルが無ければ、ソロプレイはひどく効率が悪い。ただでさえ、PTを組むよりも効率の悪いソロプレイでレベル1からからやり直すのでは、時間を食い過ぎてしまう。となると――

(仕方ねえ。ちょっとだけこいつらに付き合ってやるか……)

 決して本意では無いが、なんにしろ目下の行動は決まった。


「必ず承認してくれるわけじゃないんだよぉ」


 丁度向こうの説明も終わったらしい。勿論、右から左へと聞き流していたのだが………。

 見やると、獣人タヌキが半眼でこっちを見ていた。


「って、ちゃんと聞いてたぁ?」

「あぁ、聞いてた聞いてた」


 誠意ゼロ、真剣度ゼロ、シークタイムゼロのいっそすがすがしい返答。


「ほんとにぃ?」

「ホントだって」


 疑わしげな視線を向けてくる獣人PC。それをはぐらかすように


「ンなことより、色々教えてくれるんだろ? ほら、とっとと次の授業に行こうぜ」


 初心者らしさの欠片も無い傲慢なセリフで先を促す。別段初心者を装うつもりも無かったので、ややこしい真似事はしないことにした。


「じゃ、じゃあ、エリアに行こうか!」


 さすがにその態度に戸惑っているようだが、人型PCが答えてきた。


「オイラたちをPTパーティに誘って、カオスゲートにいくんだぞぉ!」


 獣人PCも意気揚々とし、PTへの誘いを促す。が、ちょっと待て――


「オイ、お前ら」


 二人を呼び止められる。獣人PCと人型PCは、なんなのだろうかという顔をして振り向いてきた。


「お前らの名前、まだ聞いてねえんだけど?」


「「――あ」」


 二人ハモって呟く。そして


「そ、そうだったね。ゴメンゴメン」

「オ、オイラはガスパーだぞぉ〜」

「僕の名前はシラバス。ヨロシクね、アハハ……」


 今頃慌てて自己紹介してきた。


「……まあ、いいけどよ」


 ハセヲは一抹の不安を抱きつつ、カオスゲートへと歩き出した。










          *****










「それで、私に何の用事?」


 微かな灯りが芽吹く闇に、鈴のような透明な声が響く――。その声は問いただしているというよりも、確認をとっているようだった。


「“彼”が、帰ってくる…」

「……貴方も気づいていたのね」

「無論だ…。その事で、君がどうするつもりなのかを聞きたい…」

「――――」



 彼女の長い髪はどこまでも紅く、どこまでも鮮やかにして朧げだった。その紅を纏った女はどこか……黄昏に似ていた。



「私は――私に出来る全てのことをする」

「ほう…。ちなみに、それは何故かね…?」

「判っているんでしょう? 言うまでも無いわ」

「ふむ…」


 成る程。彼女は役目を演じるつもり、ということか。


「私が聞かなければならないのはそれだけだ…。これを、直接君に聞く必要があったものでね…。しかし、ついでと言ってはなんなのだが……興味本位でもう一つ聞いてもいいだろうか…?」

「手短によろしくね」

「あぁ…」


 そこで一呼吸を置く。

 実を言えば、この質問は興味本位などという軽々しいものではなかった。これを彼女に聞くには、多少なりの覚悟を必要とした。



 これを聞けばきっと彼女は怒るのだろう。

 これを聞けばきっと彼女は悲しむだろう。

 これを聞けばきっと彼女は嘆くのだろう。



 彼女との短い付き合いの中で、私はそれを理解していた。これから聞くことには強い抵抗を感じる。

 しかし同時に……いつかはこれを聞かねばならなくなるであろうこともまた、理解していた。

 故に――聞いた。






「キミは――彼に会いたいのか?」







「――――」


 沈黙は決して長くは無かった。しかし、短くも無かった。その沈黙を破り、彼女は――


「さあ……どうかしらね」


 ――泣いているのか笑っているのかさえ分からない、黄昏のような表情で答えた。










          *****










「ここが、カオスゲートだよ」


 そこにつくなりすがすがしい笑顔でシラバスは言った。


「ここで三つのキーワードを入力すると、冒険エリアへ飛ぶことが出来るんだ。大切なことだから――」


 それに対してハセヲは――


「それは知ってる……」


 ………げっそりとした表情で答えた。

 このカオスゲートに着くまでの間中、並み居る強者のPKに"死の恐怖"と畏怖されたPKKは……延々と初心者用講習を受けさせられていたのである。

 挙句の果てにはネチケット<マナー>についてもひたすら解説を受けたのだ。

 このやつれようは無理もない。

 ソロプレイは不可能、かつメンバーリストも全て削除されたハセヲにはこの二人以外のあても無く……結果、ハセヲにとっては一種のこの拷問とも言える講習をひたすら聞かされていたのだから……。


「そか、じゃあ初心者向けのエリアは……ん〜と」


 そんなハセヲの心中を察することも無く、シラバスはあくまで微笑を絶やさずにエリアを探していた。


「そうだなぁ……『麗なる 先導の 巣立ち』 あたりがいいかな!」

「よ〜し、冒険に出発だぞぉ!」


 意気揚々と弾む二人の傍らで、ようやくレベルを上げにいけれることにハセヲは心底安堵するのだった。





 カオスゲートを介し、初心者用のレベルの低いエリア『麗なる 先導の 巣立ち』へと転送を済ます。

(ダンジョン型のエリアか……ここに出てくる敵の種類は、と)

 いつもの癖で状況分析を行うハセヲの前でガスパーは振り向き、


「はぁ〜い!ダンジョンに初心者1名様ごあんなぁ〜い!」


 と、元気いっぱいといった様子で初心者様を歓迎していた。

 聞き咎め、すかさず反論。


「だから、俺は初心者じゃなくて……!」

「判ってる判ってる、『死の恐怖』っていうんでしょ?」

「そういう役作りロールしたいのもわかるけど、『死の恐怖』はやめといたほうがいいとおもうぞぉ。PKとかに狙われてぇ、大変なことになっちゃうから〜」

「だからっ! 俺の話を聞けっ!!!」


 早々と耐え切れなくなり、掻い摘んで事情を説明する。


「……じゃあ何? キミは本物のPKKの「死の恐怖」で……ログインしたら、レベルが133から1にダウンしてたって言うの?

「うっそだぁ……。そんなバグ、聞いたことないよぉ」

「ウソじゃない!」

「と、言われても、ねぇ」


 あくまで信じようとしないガスパー。そこへシラバスが何かに気付いた表情をしていた。どうやらコイツはようやく信じたようだ。


「わかった! ガスパー、きっとそういうロールなんだよ」

「…………」


 甘かった。

(こいつら……いまだに欠片ほども信じちゃいねえ……!!)


「そっかぁ……。なんだか難しい設定考えたんだねぇ」

「だから、ロールとかじゃ……!!」

「大丈夫、僕らはハセヲのロールを否定しないよっ!」

「安心してついてくるのだ〜!」

「だから、そうじゃねえっつってるだろぉがあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 『死の恐怖』と畏怖されたハセヲの憤慨は、虚しくも初心者用のダンジョンに響き渡った。



















To be Continue






作者蒼乃黄昏さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板に下さると嬉しいです。














.hack G.U 「三爪痕を知っているか?」

第六話 : 初心者講習












右手に私を 左手に君を 


頭上にオレを 眼下に貴様を