「志乃を取り返す!! 絶対だっ!!」
奪われたものを、大事なものを取り返さなくてはいけない
ハセヲはThe Worldへと舞い戻った。
あるいは舞い堕ちた。
ログインし、鮮やかに視界には人々の喧噪が映った。
そこはハセヲ自身も幾度となく訪れた、見慣れた街であった。
(マク・アヌか…)
三爪痕にやられてからの記憶が無いが、デスクトップに戻っていたということはフィールドで強制的に回線がシャットダウンされたのと同じ扱いになっているのだろう。
本来ログアウトはタウンでしか行えないが、不慮の事故や通信回線の不良などでタウン以外で"落ちて"しまった場合は、そのサーバーのタウンに戻ることになっている。
数え切れないほど来たことのある街だ。見慣れた、変わらぬ穏やかな風景。
その風景の片隅に自分の腕がちらりと映る。見慣れたはずの腕が――
「………ッ!?」
――見慣れぬ形でそこにあった。なにかがおかしい。腕がいつもと違う。
「なんだこれ……? 装備が…変わってる?」
禍々しい鎧につつまれていたその腕は、肩を露出させた軽装に包まれていた。
ハセヲの職業、
錬装士
マルチウェポン
とは複数の武器を扱うことのできる職業だが、それには二つの条件が必要となる。
一つ、レベルが一定値以上に達すること。
二つ、新たな武器を使うためにその形態を変化させる為の、新たな“フォーム”へと進化する為の試練ををクリアすること。
フォームは1st、2nd、3rdと三段階に分かれ、最初は1stの状態で、最終的には3rdへと至る。
三種の武器を自在に操る『死の恐怖』のフォームは当然、3rdだ。しかし『死の恐怖』の3rdフォームは鋭利な刃と死神を連想させる禍々しき風貌であり、こんな軽戦士のようなモノではなかった。
いや、変貌しているのは腕だけではない。
自分の全身を見渡すと、見慣れたはずの身体全体が、見慣れぬ姿へと変貌を遂げていた。
――いや、違う。
見慣れてはいたのだ、過去において。昔の…"最初の頃"の時の姿。この姿は、紛れも無く……ハセヲが最初にこの世界に降り立った時の、何度も見た己の姿。
「オイ……、待てよ……嘘だろ!?」
嫌な汗が出てきた。
(この姿は……『死の恐怖』の姿じゃ、3rdフォームじゃ、ない!!)
その姿は――ハセヲの1stフォームのものだった。
(まさか………まさかっ!)
焦る手つきでステータス画面を表示させる。
本来「Level 133」と表示されるはずのレベルの欄。そこには無情に、たった一桁の数値が表示されていた。即ち――
「馬鹿な!!?」
「Level 1」と――。
目に映るそれを、信じることが出来ない。
(冗談じゃねえ……嘘だろ)
唖然とすることも出来ない。焦燥感ばかりが湧いてくる。嫌な――とてつもなく嫌な予感がする。
「そうだ、アイテム……!」
アイテムの所持欄を表示させる。全て空欄。
「メンバーリスト!」
メンバーリスト、仲間達の情報を表示させる。一人の名前も表示されない。
「そ、装備は!?」
装備の画面を表示させる。全て空欄、残っているのは装備中の初期装備のみ。
「…………」
完全無欠に、完璧に、初期化されていた。
「…………ハ、ハハハ………」
もう、笑うしかない。
(こんな馬鹿なことがあるかよ…)
ワケがわからない、ふざけている。
しかし、事実は否応なく突き付けられる。あれだけ時間をかけて手にいれた強さが、業と引き換えに積み重ねてきた全てが――
「……消えてる……何もかも」
――間違いなく、完全に。
「キャラデータまで、まるごと初期化されてやがる……」
――立ちすくむ。
事実を認めてしまい、ただどうしようもなく立ちすくむ。
何も、考えられない。今まで司乃を助けるために……強くなるために、膨大な時間をつぎ込んで来たのだ。あの日の志乃を奪り返す為に、志乃を助け出す為に、その為だけに手に入れた力。
幾百の哀しみを踏み躙り、幾千の恨みを背負い、幾万の憎しみの果てにようやく手に入れた絶対の一。
彼女を救えるはずの力。少なくともハセヲはこの力の為に、彼女を失ってからのほとんど全ての時間を費やした。
それが一瞬で……全否定された。
(ヤツの……
三爪痕
トライエッジ
の仕業だ)
そんな事、いまさら確認するまでもない。こんな事、他に誰が出来る?
この『The World』のキャラデータはCC社のサーバーに記録されている。しかし、三爪痕は俺のパソコンのみならず、キャラデータまで初期化した。
キャラデータを改竄したということはつまり、個人のもつパソコンなどとは比較にならない高レベルのプロテクトを持つ、企業のサーバーにハッキングしたことを示す。
「化け物め……」
空虚な心のまま毒づく。
ヤツは、三爪痕はCC社にハッキングし、PC『ハセヲ』のキャラデータを改竄した。三爪痕にPKされて気が付けばこの有様。ヤツ以外に可能性は考えられない。
CC社のプロテクトは自他共に認める世界最高峰のソレ、現状最優への到達点である。そのプロテクトを破るというのは不可能なのだ。そのプロテクト――防御壁は最高である以上、その上の存在はなく、故にそれは絶対不可侵の城壁だ。
その絶対不可侵城壁の存在を三爪痕は“破壊”あるいは“無視”した。凄腕とか、そんな簡単なものではない。それは“異常”だった。
つまり、それを行った三爪痕は“異常”な存在。常軌を逸脱した存在だ。
ハセヲはログインする前、なぜ自分が意識不明になっていないのか、疑問を持っていた。
志乃が三爪痕にPKされた為に意識不明になったのなら、同じく三爪痕にPKされた俺も意識不明になっていなくてはおかしい。とすれば、もしかすると三爪痕は志乃の意識不明の原因ではないかもしれない……そんな可能性をも考えた。
しかし、そんな考えは間違いだった。何故なら――
「この“異常”な化け物なら、プレイヤーを意識不明にするなんていう"異常な事"をしても納得できちまうってことだ……!」
その事実を再認識する。
そして、それを待ち構えたかのようなタイミングで着信音が鳴った。
「……ショートメール……」
件名は『道標』。送信者名は……やはり文字化けしていた。
恐らく、他の二つのショートメールと同一人物だろう。
『マク・アヌ港区、大型船前まで来られたし』
ショートメールにはたった一文、そう書かれていた。
「ふざけやがって……! 一体誰なんだよ!?」
誰かの掌で躍らせられているような不快感。一体なんだというのか。
この差出人が何を考えているのか、何の目的なのか、誰なのかすら全くわからなかった。
試しに返信を試みようとするが、『送信不可能』との表示が出るのみだ。
「待ってろ……! その正体ひっぺがしてやる!」
ハセヲは港区へと駆け出した。
*****
その姿を見送る、一人のPCがいた。
どこにいようとも人目に付くであろう、無骨にして厳重、かつ巨大な拘束具で左手を封印している、その男――オーヴァンであった。
「ハセヲ……オマエが目覚めるまでの間、俺が奴等の壁となる」
どこにいようとも人目に付くはずのその姿は、カオスゲートの安置されている神殿、その頭頂部にあった。眼下ではハセヲが橋を駆けて行く姿が見える。
「急げ、ハセヲ……」
黄昏に染められたその身は、どこか朧げに呟いた。
「もう……俺たちだけの問題ではなくなったのだ――」
*****
マク・アヌの名物である大きな石橋を駆け抜ける。港区は中央の噴水区を通ってしばらくしたところにあった。その噴水区の出口に差し掛かったところで――
「ヒャハハハハァッ」
――嘲笑とも取れる笑い声が前から聞こえた。よく通るが耳障りな声だ……。その声の主が角の奥から姿を現す。
(……アイツら!)
肌黒白髪の女剣士、病的に肌白いひょうきんな剣士、恰幅の良い重剣士。その三人組は最後にPKKしたあの一味だった。
(……ッ! あん時のPKども!)
とっさに物陰に隠れてやり過ごす。
「だよなぁ、やっぱある程度の手応えがないとねえ……」
悠々とたむろって歩きながら、女の言葉に肌白の剣士が答える。
「ですよねぇ! 弱っちい奴らばっかりじゃあ、腕がなまっちまいますしね!」
「そこで言うと……、この前のマルチウェポンは相手にとって不足なし!」
一転、先程の威勢のよさはどこへやら、肌白の剣士が沈黙する。そしておずおずと問う。
「………あのー……アイツ、狙うんスか?」
「ったりまえだろうが! あんなザマにされておいて黙って引き下がるなんて真似、このボルドー様には
出来ゃしないんだよ!」
「は、はぁ……」
諦めたように肌白の剣士が頷く。
(あの野郎共、俺を標的にするつもりか)
ハセヲは報復には慣れている。PKKという立場上、悪質なPKに報復として狙われ続けたこともある。それらのほとんどは適当にあしらって来た。三爪痕を知らない人間は用済みだったからだ、相手をする価値も意味も無い。
しかし、こういう手合いはあしらったとしてもしつこく狙い続けて来るだろう。そういう奴らは例外なく二度と刃向かえないほどに正面からたたきつぶして来た。
(上等だ、返り討ちにして……)
そこまで思いかけて気付く。自分が奴らから隠れていることに。
「なんで隠れてんだよ、俺……!」
俺はPKKの『死の恐怖』だ。PKなんか相手に隠れなければいけない道理は無い。
しかし、それでも判っている。判ってしまっているのだ。今はレベル1。奴らはレベル30程度はあったはずだ。結果は考えるまでも無い。絶対確実に殺される。
ギリィッ――と苦々しげに歯軋りが鳴る。
ハセヲは基本的に感情で動くタイプの人間だ。しかし必要となれば時として冷静に自己と状況を観察し、最適な選択肢を選び出し、実行、行動する。つまり、今この状況下で隠れたというのは、そういうことだ。
PKK『死の恐怖』のハセヲは、
PKから逃げざるを得なかった
・・・・・・・・・・・・・
。
「あんなザコども相手に、この俺が……!」
隠れるなど、屈辱以外の何物でも無かった。しかし、隠れたのが正しい判断だったことも事実。今の俺は奴らにとっていいカモだ。その事実が更にハセヲのプライドを逆撫でする。
「くそっ!」
吐き捨ててその場を去る。怒りを振り払うかのように、そのまま港区へと駆け出していった。
――そうして港区、大型船の前へと至る。
周囲を見渡すが、人影はほとんどいない。周囲の人間は、こちらにさしたる興味もないようで視線も向けてはこない。どう見ても、自分を待っている人間がいるようには見えなかった。
「冗談じゃねえ……! 誰もいねえじゃねえかよ!?」
この日何度目かの悪態をつく。
「何がどうなってんだっ!」
差出人の分からないメールで呼び出されたかと思えば、オーヴァンに会い、三爪痕の情報を得た。そこまではいい。差出人はいなかったが、確かに情報を得ることが出来たのだから。
だが、三爪痕に殺され、再びログインすると全てが初期化されていた。あまりにも無情であり不条理にして無残。しかもそれを見ていたかのようなメールでの、予言めいた言葉。そして、誰も待っていなかったショートメールでの呼び出し。
ワケが――分からなかった。
そうして立ちすくむハセヲを、マク・アヌの美しい夕焼けが照らす。その夕焼けはは仮想世界のものとは思えないほど美しく――いや、仮想世界だからこそ可能とした美しさを創り出しているといってもよかった。それは現実には存在し得ない一個の芸術品に相当する美しさをも、醸し出していた。
しかし、そんな夕焼けも今のハセヲの目に入ることは無い。
初々しいPCが物珍しげに店を覗いてる様子や――
冒険に意気込んで向かうPTの姿も――
そして、ハセヲに向かって真っ直ぐ突っ込んで来る獣人の姿すらも――
「…………あ?」
その獣人はその勢いのままハセヲに向かって突進し――
「あひゃぁあああ〜!?」
――奇声を発しつつ、ハセヲのドテッパラに頭から豪快に直撃した。
「ぐあぁ!?」
『カナード』との文字通り衝撃的な出会いであった。
To be Continue
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第五話 : 新生受肉
くれてやろうか 選り取りみどりの選択肢
結末は全て片道切符