この夏一番の眩い太陽がアスファルトを焼く。
周りにはじりじりとした暑さに汗を流す制服の集団。いつもどおりの、日常の学生達の登校風景。
暑さに辟易しながらも、生徒達は明日からの夏休みに心を躍らす。
話題はほとんど同じもので、和気藹々と楽しげに明日からの夏の予定を語り合っている。
夏休みとは学生にとって、最も開放的な時期だと言える。
日常を固定する学業という束縛から解き放たれ、自由を謳歌する大海へと泳ぎ出るが如し。
簡潔に素っ気無く言ってしまえば、学生の一大お楽しみイベントだ。そのイベントを目前に控え、心踊り、楽しげに談笑を交わすのは自然と言えよう。
だというのに、そんな明るく登校してくる生徒達の中に………この上なく重苦しい空気を撒き散らす生徒がいた。
「おっはよー、三崎!」
バシィッ、と爽快な音が鳴る。
挨拶代わりに背を叩かれた音だ。
いつもの、三崎亮にとっての毎朝の恒例儀礼。
いつもと違う所と言えば、背を叩かれた亮が悶絶していることぐらいか。
「……あれ? どったの?」
背を叩いたのは、いかにも体育会系な体格の学生だった。蹲る亮を見て怪訝気に聞く。
悶絶している彼に、まともに返事をする余裕などは無い。
脂汗をダラダラと流しながら、何かに堪えているようにボソボソと答える。
「…………………だ」
「ん?」
「…………痛…んだ」
「……はっきり言えよ。よく聞こえないっての」
問う言葉は困惑が混ざりながらも、飄々としたものだった。
それを聞いた亮は、
「全身筋肉痛なんだって言ってるんだあああ!!」
「どぅわ!?」
ほとんどヤケクソじみた大声で答えた。
事の顛末登校中の出来事に遡る。
朝食を終えた亮は、身体の調子を確認しなおしてから登校した。
一通り身体を動かして確認してみたところ、右腕の痛みと倦怠感以外は概ね問題なかった。故に、今日一日で終わりだと自分を戒め、気丈に登校することにしたのだ。
そしてその登校中――突拍子も無く筋肉痛に襲われた。
忘れていたものを思い出したかのように、なんの前触れも無くいきなり全身が痛みに襲われたのだ。
そこからの道のりは過酷などという言葉では形容しきれない。教室のある三階までの階段は地獄の壁そのものだった。階段を憎んだのは生まれて初めてだったかもしれない。
階段を一段上がるごとに全身が軋みをあげ、ビリビリと電気が走った。それでも歯を食いしばり、油の切れたブリキの人形さながらの動きでようやく教室に到達したのだ。
そして、文字通り必死で教室にに到達したところで……馬鹿に思い切り背中を叩かれた。
ゴールにたどり着いて気を抜いたところに不意打ちの一撃。絶叫を上げることも出来ず、痛みを堪えているところに悪気ゼロの飄々とした声で問われたのだ。これが叫ばずにいられようか。
「き、筋肉痛?」
「そうだよ……だから……触る、な……」
叫んだ拍子に襲ってきた、激痛に近い筋肉痛に顔をしかめる。
「へー……オマエが筋肉痛ねえ……」
背を叩いた亮の友人――伊藤――は意外そうに眉を潜めて悶絶している亮を見下ろす。
優等生の代表とも言える三崎亮はスポーツも得意で、ちょっとやそっと身体を動かしたぐらいでは筋肉痛になどならない。
もしそうなったとしても、三崎亮という男は平然を振舞うはずだ。
その優等生代表のこの男がみっともなく筋肉痛に苛まされている様子は、はっきりいってレアだった。
「もしかしてアレか、闘魂溢れる熱血教師と一緒に夕陽に向かって爆走でもしたのか?」
「……俺は数十年前のスポ根ドラマか」
「冗談、冗談だって! そんなゾンビみたいなどんよりした目で見るなよ、マジ怖いから」
「だったら放っておいてくれ」
机にたどり着くなり、ぐったりと突っ伏す優等生。
「にしても、ホントに筋肉痛なのかよ。何やったんだ?」
「……別に、何も」
「ふーん……何か厄介ごとに巻き込まれたと見た! どうよ?」
「さあな」
「なんだよー、ヒントくらいくれよぉ」
そこへ一人の女生徒が顔を突っ込んできた。
「なになに? 何話してるの?」
クラスメートの浅見だった。
この二人、伊藤と浅見は亮にとって特に親しい友人だ。
三人は一年、二年と同じクラスであり、進学校のこの学校の中でも成績優秀の面々でもあった。
「よう、浅見。優等生代表兼将来の総理大臣代表候補予定の三崎亮様がみっともなく全身筋肉痛でダウンなさってることについて、だ」
「……待て、なんだその無駄に長ったらしい肩書き」
「嘘は言ってねえぞ」
「いつから俺は総理大臣候補になった? そして誰が決めた」
ジト目で睨む亮に、伊藤は動じず平然と返答する。
「たった今から。んでもって俺が」
「…………」
半ば返答を予想していたのか、亮は諦めたように再び机へと突っ伏した。
「三崎くん、筋肉痛なの?」
「そうだよ、そういうワケでそっとしておいてくれると嬉しい」
「へぇー……三崎くんが、ねぇ」
女性徒――浅見はまるで珍獣を見たような顔で、突っ伏した亮を覗き込んだ。
実際に珍しい光景だったので無理もない。
「そんなことより、そろそろ先生来るよ。浅見さんも席に戻った方がいいんじゃない?」
「俺は?」
と、伊藤。
「オマエなんて知るか。朝っぱらから怒られてろ」
「ひっでー! 俺になんか恨みでもあんのかよ!?」
亮はジト目で伊藤を睨み、
「筋肉痛で死にかけてる人間の背中を思いっきり引っぱたいたのは誰だったかな」
「さ、そろそろ席戻るかぁ!」
スタコラサッサと去っていく伊藤。
亮は怨嗟の眼差しで、その背中を見送った。
「私も戻るね。それじゃ、また後で」
「あぁ……」
彼女が着席したと同時、担任が教室に入ってきた。
「おはよう。今日は終業式なので、これから体育館へ移動する。日直は鍵を閉め、職員室に鍵を預けてから移動すること。以上」
簡潔な、それでいて素っ気無くとも感じ取れる連絡事項を済ませて担任が教室を出て行く。
生徒達はぞろぞろと席を立ち、一人また一人と教室を出て行く。
(…………移動?)
亮の頬にタラリと汗が流れる。
前述した通り、この教室は三階にある。そして体育館は一階に降りて、学舎の丁度反対側に位置する。
重ねて言うが、亮は全身筋肉痛。この教室のある三階まで、全身全霊を振り絞って到達したのだ。
そうして死ぬ思いで踏破した距離と同じだけを、すぐさま移動……。
「…………」
他の生徒はぞろぞろと教室から出て行き、教室には日直と数人が残るのみとなった。
「三崎くん、どうかしたの?」
浅見が心配そうに、机に座ったままの亮に尋ねる。
「何やってんだよ、さっさと体育館行こうぜ」
伊藤は急かすように催促する。
それを受けて亮はギシギシと身体を起こし、幽鬼じみた形相で伊藤へと向き直った。
「み、三崎くん……怖い顔してどうしたの?」
「……伊藤」
「な、なんだよ! 俺なんもしてねえぞ!?」
「……肩、貸してくれ」
「…………はい?」
「一人で階段を降り切る自信が無い」
ポカンと口をあけて呆ける浅見と伊藤。
その後、亮は浅見の肩も借りて階段を下りていくこととなった。
*****
そして夕刻。
痛む身体を引き摺り、家路へと着く。
あの後、通過儀礼じみた終業式を済ませ、雑多な連絡事項を聞いて解散となった。
そして病院へといつものお見舞いに行ったのだが、志乃の母に心配をかけまいと平静を装うのに随分と苦労した。
見舞い客が身体の心配をされてしまっては本末転倒だと自分に言い聞かせ、半分は意地で乗り切った。
「けど、さすがに限界だな……。さっさと帰ろう」
錆び付いた鉄のような身体をギシギシと動かして家へと歩く。
杖でもあったら使っていたかもしれない。それほど身体は重く、痛んでいた。
夕焼けが照らす帰路は川へと差し掛かり、もうじき家だと自分を奮い立たせて歩く。
「おぉ! こんな所で会うとは奇遇だなあ、我が親友たる優等生よ!!」
……幻聴が聞こえた。
この上なく迷惑、かつ相手にすると疲れる幻聴だったので無視を決め込むことにする。
どうせ幻なのだ。放っておいても害はあるまい。
「あれ? おーい優等生〜?」
しつこい幻聴だ。しかもこちらを追いかけてくる足音付きときた。随分と芸が細かい。
だが、それでもこれは幻。実際に背中から叫んでくる迷惑千万な奴もいないし、そいつが人の名前を大声で連呼しているのも気のせいだ。むしろ気のせいであってくれ。
「み・さ・き・り・ょ・う・君〜! 優等生代表の三崎亮〜!!」
幻聴のうざったさレベルが跳ね上がる。いい加減に一発殴っておくべきだろうか。
「優等生ー! おい、無視すんなよ亮〜!!」
無視しているわけではない。ただ、相手をする気力が無いだけのことだ。
気力があっても疲れるのであまり相手にしたくないが。
「三崎くん」
「あぁ、浅見さんも一緒だったのか」
振り向き、ほにゃりと微笑んでいる浅見へ会釈する。
彼女のそれはウサギやハムスターなどの小動物を見たときのような暖かい気分にさせてくれる、柔らかな笑顔だった。それを無視するなど人道的に出来はしない。
「おいコラァ! なんで浅見だと一発で振り向いて俺だと無視決め込むんだよ、亮!!」
あそこで吠えている原始人は無視しても構わない存在なので空気として扱っておく。
「どうしたの? なんか用事があるみたいだけど」
「うん。まあ伊藤ちゃんの棒読み台詞の時点でそれはバレてたとは思うけど」
「浅見ぃ! オマエも俺置いて会話進めるなあ! しかもさっきのどこが棒読みなんだよ、宝塚も仰天の名演技だったろ!」
馬鹿が吠え続けているようだが放置。
「折り入った相談、なのかな?」
「ううん。伊藤ちゃんと私、生徒会委員でしょ? 終業式の後片付けとかで遅くなっちゃって、一緒に帰ってるところに三崎くん見つけたから」
「普通に声をかければいいところを、伊藤がドラマかなんかの影響で大根役者を演じたと」
「そうそう。本人は名役者を演じてるつもりらしかったんだけどね」
「無視すんなあああああああああ!!!」
気炎を発し、猛り狂う伊藤。こんなのが来期の生徒会長筆頭候補というのは、世も末だと思う。
「ああ、居たのか伊藤」
「ふざけんな! ずっと居ただろずっと!」
本気で火を吹きそうに猛り狂う馬鹿。そこへ、
「まあまあ、落ち着いて。伊藤ちゃんて、たまに鬱陶しくて存在を無視したくなっちゃうだけだから」
浅見の柔らかな笑顔から放たれた毒舌が、伊藤を抉った。
浅見本人に全く悪気は無い。この彼女独特の毒舌は長年の付き合いである対伊藤専用兵器だった。
有り得ない事ではあるのだが、もし仮に伊藤以外の人間にこれが放たれたら本気でやばい。
彼女の見るものを暖かい気分にさせてくれる笑顔から放たれる毒舌、それは天国から地獄へと叩き落される気分をリアルに体感させてくれるのだ。そして地獄から這い上がるには二,三週間は要するだろう。
「相変わらず凄まじい威力だな、浅見さん」
それは伊藤本人もノーダメージで済むようなものではない。長年慣れ親しんだ伊藤でさえ、今の一撃の前に崩れ去り、電信柱に寄りかかってブツブツと何事かを呟くほどだった。
「それで、用って何かな?」
「うん。明日から夏休みでしょ? それでね、十日くらいから一緒にキャンプに行こうかなって計画してるんだけど」
「そこへ名誉にもオマエが道連れに選ばれたってワケだ優等生!」
早々に復活してきた伊藤が割り込む。
さすがに十五年間の間に鍛えられたのか、ちょっとやそっとのクリティカルではすぐに立ち直れてしまうようだ。今度からはきっちりトドメを頼んでおこう。
「っていうか、道連れってなんだ」
「いや〜、それはもうお約束の夜のお楽しみイベントの夜ばぶげぁ!?」
浅見の肘鉄が伊藤の横っ面にクリーンヒットした。
「いつもは伊藤家と浅見家で行ってるんだけど、一緒にどうかな?」
顔を押さえ、地面を転げまわっている伊藤を無視して浅見が尋ねる。
笑顔でこうしたことが出来るあたり、彼女もなかなかのものだと思うのは亮だけではないだろう。
「ま、まあつまりはよ……来年の夏は受験でゾンビ化してるだろうし、今年くらいはパーッと遊ぼうぜってことなんだけど、どうよ?」
ヨタヨタと起き上がって、伊藤が追従する。
「……悪いけど、パスさせてもらうよ」
「そっか……」
「かぁ〜、またかよぉ」
がっくりと肩を落とす二人。
「せっかく誘ってくれてなんだけど、本当に悪い」
「ん〜、それは気にしなくてもいいんだけどよぉ、実際オマエ何してんのさ。バイトしてるってワケでもねえし、部活もやってねえのに」
「半年くらい前からだよね、すぐに学校から帰るようになったの」
そう――半年前。いまから半年前のある日を境に、亮は人付き合いが悪くなり始めたのだ。
学校では普段と変わらないのだが、学校が終わるなりすぐさま帰るようになってしまった。
それ以来、よっぽどではない限り誰からの誘いも断っていたのだ。
半年前のあの日――志乃を失った、あの日から。
「ああ……ちょっと、な」
「なーにがちょっとなんだよ。大親友の俺にくらいこっそり教えろよお」
「どっちかと言えば大親友より大悪友のほうが近い気がするけどね、伊藤ちゃんの場合。むしろ馬鹿友達かな? ただの馬鹿でもいいかも」
再び浅見の伝家の宝刀。
しかも三段攻撃。一般人がこれを喰らえば人生に絶望しかねない。
「なんだよなんだよ俺に何の恨みがあるんだよぉ浅見ぃ……、それといい加減ちゃん付けはやめてくれ」
「将義ちゃん、って呼ぶ代わりに伊藤ちゃんって呼ぶように譲歩したあげた約束忘れた? これから将義ちゃんでいい?」
「俺が悪かった、許してくれ。頼むから将義ちゃんだけはやめて下さい」
「……相変わらずだな、二人とも。それと、オマエもいい加減に人のこと『優等生』って呼ぶのやめろ」
「いいじゃん。それで誰だか判るんだからさ」
「いいわけあるか。学校でそんな称号付けられちゃ迷惑だ」
「ホントのことなんだからいいじゃんかよ〜」
不満げに伊藤はぼやく。そこへ浅見が口を挟んだ。
「それじゃ、次から伊藤ちゃんのこと『爆弾抱えて呆けてるカカシ』って呼んでもいい?」
「……待て、浅見。なんだよそれ」
「『鬱陶しくて危なっかしくて能天気、かつ自分の迷惑さ加減に無頓着な困った人』って意味を篭めたつもりなんだけど……」
「うまい」
思わず拍手。これほど伊藤という人間を的確に表現する言葉はないというぐらいに見事。
「…………」
そして撃沈された自称大親友。
少しばかり哀れな気もするが、あまりにも的確だったので慰めようも無い。
「あ、でも心配しないで、私はなるべく無視しないから。なるべくだけど」
そしてトドメ。
さすがは対伊藤撃退兵器の浅見さん。頼まなくてもトドメを刺してくれるとは。
感嘆しつつ、燃え尽きた某ボクシング漫画主人公のようになった伊藤に憐れみの視線を送る。
……発想が一昔過ぎるとは思うが、これが今の奴の状態にしっくりきたのだから仕方ない。
「けど、伊藤ちゃんじゃないけど……私も気になるな、三崎くんが何してるのか」
「…………」
その言葉に反応したのか、伊藤も身を起こす。
「なあ、亮。俺も真面目な話聞いときたいんだが――」
「……やらなきゃいけないことが」
「え?」
「やらなきゃいけないことが――あるんだ」
真っ直ぐに二人を見て言う。
そう、三崎亮にはやらなければいけない義務がある。
「それを成すまでは……他の事に時間を割いてなんかいられない」
告げる言葉に偽りは無い。
「俺が――やらなきゃいけないんだ」
その言葉には重みが、想いが宿っていた。
それを感じ取れないほど付き合いの短い二人ではない。
「……ワケありか?」
「あぁ」
「そうか」
それじゃ仕方ないな、というような気軽な仕草で、
「んじゃ、俺らに手伝えること無いか?」
なんでもないように、伊藤はそう聞いていた。
「……え?」
「え、じゃねーよ。なんか手伝えること無いかって聞いてるんだよ」
「……なんでだ?」
戸惑った素振りで亮は問う。
伊藤のその質問の意図が、全くつかめなかったのだ。
「おいおい優等生、いつもよか頭の回転速度遅すぎやしねえか? ワケありなら話すこと出来ないんだろ。だったら、せめてなにか俺らに出来ることないかって」
「それが終われば、また遊べるんでしょ? もしかしたらキャンプに間に合うかもしれないし」
「それに……あれだ、俺らはオマエの親友だからな」
伊藤は夕焼けに照らされたのとは別種の、赤みの差した表情で、
「友達が困ってんなら、助けるのが友達の役目だろ」
そんな、今時映画でも聞かないような、古臭い言葉をどこまでも真面目に言った。
「…………」
「な、なんで黙り込むんだよっ。悪かったな陳腐な台詞で!」
自分で言ってて恥ずかしいのか、伊藤は顔を合わせようとせずそっぽを向く。
そんな――馬鹿な友人に対して亮は、
「……ありがとう」
万感の想いの篭った、感謝の言葉を贈った。
「な、なんだよ藪から棒に」
「俺だってたまには素直になるさ」
柄にも無い台詞を言ってしまった為か、亮は少々照れくさそうにしていた。
「けど、悪い。手伝ってもらえることは無いんだ」
「そっか……けど、手伝えることが出来たら教えてね」
「あぁ、その時は頼むよ」
「それじゃ、あんまり引き止めても悪いし私達も帰るね」
「あ、ちょっと待てよ浅見。俺はまだ男同士で夕陽に向かいながら語り合いたいことがぶげらぁ!?」
再び響き渡る打撃音と悲鳴。今度は裏拳だった。
「私達でいいなら、いつでも手伝うからね」
それじゃ、と言って笑顔で伊東を引き摺りながら去っていく浅見。
凄まじくシュールなモノを見ている気がするが、毎度の事なので意識しないように努める。
「おい、亮」
去り際……否、連れ去られる間際に伊藤が声をかけてきた。
「まあ、なんだ」
そしていつになく真剣な口調で、
「あんま無理すんなよ」
そんな、どこまでも親友らしい言葉を投げかけてきた。
それを受けて亮は、沈み往く夕陽の煌きを背に答える。
肯定の返事は出来なかった。
抱いているこの問題は既に、無理をせずに解決出来るようなモノではない。
故に――
「ありがとう」
ただ、その一言で応えた。
朱に照らされた土手を背に、亮も家へと歩き出した。
「あとさ、頑張れよ」
背中越しに、その言葉を聞いた。
返事はしなかった。
するまでもなかった。
身体の痛みすら忘れ、ただ帰路へとつく。
夕陽は沈むのを惜しむように、燦々とした輝きを放っていた――。
To be Continue
作者の蒼乃黄昏です。
小説を読んでいただきありがとうございました。
簡単な一言でいいので、ご感想を頂けると嬉しく思います。
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『第零話:終わり逝く世界』をお送りさせて頂いてます。
作者蒼乃黄昏さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル、投稿小説感想板に下さると嬉しいです。