〈時空管理局本局  情報部特務課 統括提督執務室〉




「で、休暇返上で呼び出して一体何の用なんですか?あんまり詰まらない事だったら
その英国紳士然とした御尊顔の肉をこそぎ落として差し上げますので。」
「予想はしてたけど御機嫌斜めだねぇ……。あ、何時もの事だけど敬語は要らないよ。」

掌中で先程投合したナイフを弄ぶ良介に対し、苦笑混じりにゲイルは返す。
その言葉に、「そうですか。」と呟いた良介は軽く息を吐き、

「人に何の断りもなくいきなり呼び出してんじゃねえよこの糞親父。
あんま詰まんねー話だったらそのスカしたロマンスグレー面から眼球引きずり出して脳髄にストローで息吹き込んでやるから覚悟しとけ。」
「…………御免なさい。もう少し敬って下さい。」

……何と言うか、息の合った上司と部下である。

「ま、対応次第ではマジになる話はさておいて……、一体何の用なんだよ?
この間被疑者を捕縛する際、勢い余って輪切りにしちまったハイウェイの件で何か言われたのか?」

真顔でとんでもない事を宣う良介に対しても、ゲイルは笑顔を崩さず、

「その件だったら、予算担当の鼻っ柱を3センチ程凹ませたら快く了承してくれたから問題ないよ。」

………どうして、この部署にはまともな人間が居ないのだろうか。

「ま、即時召還命令があった時点で予想はついてるだろうけどさ……、一仕事してきて欲しいんだよ。」

そう告げるゲイルに対し、良介は同局に勤める3人娘や医療担当官ならば、大抵の我が儘は聞いてしまいそうな笑顔を浮かべ、



「だが断る。」



予想通りの返答を返した。

「うう……。出会った頃はあんなに真面目で素直だったのに……。遅かりし反抗期かなぁ……パパ悲しいよ。」
「誰がパパだ!誰が!!」

先程の笑顔から一転して、ゲイルに食ってかかる良介。
……どうでもいい事だが、阿修羅像みたいにコロコロと表情の変わる男である。

「いいじゃないか、あながち嘘って訳でも無いんだし。こっちでの君の法的責任者は僕になってるんだから。」
「………何であの時の俺は、入局審査と戸籍作成の書類をあんたに丸投げしちまったんだろうな……。」

相も変わらず朗らかなゲイルと、テンション駄々下がりな良介。
太極図でも書いたらしっくり来そうであった。

「今更言うまでもない事だけどさ、気が向いたら何時でもウチの姓を名乗ってくれていいからね。」
「今更言うまでもない事だが、3年前みたいな事しやがったら本気で闇討ちしに出てやるからな……。」

在りし日の悪夢を思い出し、眉根を寄せながら呻く良介。

「ま、親子の語らいはまたの機会に置いておいて、仕事の事だけど……。」
「突っ込むべき所は山の様に有るが……だから断ると。」
「任務内容は通常任務のパターン01、文明レベルAAの管理外世界への不許可転移魔導士の捕縛。」
「聞かんか!人の話を!!」

憤慨する良介に対しゲイルは眉根を寄せ、

「文句言わないの。給料落とすよ。」
「構わん。例え給料がゼロになっても、既に一生食うに困らない位の金は有る。」
「毎度の事だけど、似合わない台詞だよね………。」

全くである。

「余計なお世話だ!!」

そう言われても。

「ま、兎も角として、被疑者は4名。中継点への転移時点で捉えた魔力パターンから身元も割り出せた。コレ資料ね。」
「何で俺の上司と呼べる連中は、どいつもこいつも人の話を聞いてくれないかな………。」

ブツブツと文句を言いつつも、最初から断る気も無かったのか、はたまた半ば諦めているのか、あっさりと資料を受け取る良介。

「対象は全員ミッド式で、魔力資質はAランク3名、A+ランク1名。過去に局や軍組織で訓練を受けた記録は特に無し。
飛行能力も無さそうだね。」
「典型的な、素人犯罪者に毛が生えた程度の連中か………。ま、余裕だな。さっさと片付けてくるよ。んじゃ、ホイ。」

資料を流し読みしながら、ゲイルに向かって手を差し出す。

「……ん?何、その手。」
「何って、決まってるだろう?
チビスケと俺の剣だよ。出動がかかったってことは、予定していたオーバーフローとフルメンテは一旦取り止めたんだろ。」

何を惚けているか、とばかりに言う良介に対し、

「何言ってるのさ、一旦始めたフルメンテを止められる筈無いでしょうが。」

本日幾度目かの爆弾が落とされた。

「………って待てオイ!丸腰でどうしようってんだ!!他の奴らに回せよ!」
「仕方ないじゃないか。03と05は大規模組織の摘発任務、06はそのサポート、02は今も広域次元探査の最中だし、
ミヤ君達のメンテの指揮をしていた04も、先程から別任務で出て貰っているし。」

これは無理からぬ事であった。多忙を極める彼らだが、職務上人員を増やす訳にもいかないのだ。

「だったらあんたが出ろよ!あんたならこの程度の雑魚共瞬殺だろうが。」
「僕としてはそれでも構わないんだけどさ、これから今月の提督会の定例会議があるんだよ。
僕が出る場合は、君に代理出席してもらう事になるんだけど。」
「ううっ………。」

半ば只の報告会にも拘わらず、組織が無駄に巨大なせいで下手をすれば1日以上拘束される悪夢の会議を思い出し、良介は唸った。
もう2度と出席したくなんぞ無い。

「だ、だったら指揮下の武装隊の中から何人か選りすぐッ−−−−!?」

往生際悪く抵抗していた良介が、突如として顔を強張らせて横へ跳ぶ。



次の瞬間、走り抜けた「何か」が執務室の床−−−彼のいた場所を陥没させた。



「っつ!?」

紙一重とは言え完璧に回避したにも拘わらず、風圧だけで良介の頬に火傷が走る。

「あんまり文句言わない。………それに、仕事の事で僕に逆らえると、本気で思っているのかい?」
「……誰かデン○イナーのチケットをくれ……。過去に戻ってこの悪魔の誘いを受けようとしてる自分を殺したい………。」

顔の前で掌を合わせる−−−所謂ゲ○ドウポーズで爽やかに言い放つゲイルと、背後に縦線を背負って沈み込む良介。
て言うか、それは他の作者様のネタだから使ってはいけません。

「……分かっていると思うけどさ、リョウスケ。」

穏やかに、されど反論を許さない重厚な雰囲気の中で、ゲイルは告げる。



−−その急激な変化に、良介の背筋が泡立つ。
宮本良介の様相と雰囲気を、鍛え上げられ、研ぎ澄まされた妖刀とするなら、この男のそれは、灼熱により錬鉄された豪剣−−−

例え鞘中にあろうともその圧倒は消えず、一度抜き放たれればあらゆる敵を砕き伏せる。

「僕は、どんな時でも、君に出来ない事を命じたりしないよ。」
「………。」


「どんな状態でも、如何なる苦境に立たされても、そこに一筋でも勝利への光があるのなら、それを確実に手中に収める。
僕は君をそういう風に育ててきたし、君はその通りに成長してきた。」

そこには、激励の熱意も、叱咤の意志も無い。

「そんな君が、この程度の事、出来ない筈が無いだろう?」

只淡々と資料を読み上げる様な、確定した事実確認。

「必要な物は総て君の中にある。−−−それでも出来ないと言うのなら、それは慎重さでも賢明さでも無い。
−−−只の、無能って言うんだ。」


ゲイル・レオニスレクスは−−−宮本良介の上司にして、保護者にして、師たる男は−−−−


「君は、決して無能なんかじゃ無いからね。」


彼を、微塵も疑っていない。



「……ったく、あんたって本当に楽をさせない男だよな。」

宮本良介は、こんな時でも悪態をつく。
−−−只、


「仕方ねえな。さっさと片付けて、せいぜい経費で飲み食いしてくるよ。」


−−−−その無上の信頼は……どこか、心地良かった。


「……宜しくね。」

「……ああ。」


穏やかな声に、背を向ける。


「所でさ。」
「……あん?」

その背に、どこか楽しげな声が掛かる。

「あんな事言っておいて何だけど、君、最初からハラは決まってたでしょ?」
「………。」
「だって、今回の転移先の世界は−−−」


そう。

それこそが、宮本良介がこの組織に居る−−−


「………んな訳あるかよ。じゃあな〈豪腕裂天〉(ゴッドハンド)。精々素敵な会議をエンジョイしてくれ。」
「ああ、じゃあね〈歪曲世界〉(ストレンジメモリー)。余り経費を使いすぎて、アリサちゃんに怒られない様に。」



−−−何と言うか、息の合った連中である。










〈あとがき〉


  え〜と、アニサマのチケットが入手出来ずに、現在ブルーな天翼です。
……誰か売って下さい。
それは兎も角として、第2話…と言うかプロローグの中編になります。
本当はもう少し早く書けると思っていたのですが、それもこれも良介が殴り合いなんか始めるから悪いのです。(八つ当たり)
初小説の初戦闘が格闘戦はハードル高すぎました……。
今回は、ゲイル登場編とでも言うべきですかね。
ゲイルのキャラクターは、同人誌特典のはやて短編で生じた「良介がやっていける上司ってどんな性格だろう?」
と言う私的疑問に対する、私なりの解答になります。
はやてや桃子、リンディの様に、良介を純粋に肯定してくれる相手か、
でなければ良介以上に強引でマイウェイで鬼畜でバイオレンスな性格だろうと。
……ゲイルは、そこまでは酷く無いですけどね。彼も良介に対して父性愛に溢れてますし。
………歪んでますが。
因みに、ゲイルの姓「レオニスレクス」は、ラテン語で「獅子の王」から取っています。
−−−待てよ、そうすると良介が彼の姓を使う事になると、「リョウスケ・M・レオニスレクス」になるのか……。
和訳すると、「獅子王良介」………何処の勇者王だ。
ともあれ、個人的には気に入っているキャラクターなので、ちょくちょく出せたら良いと思います。
さてさて、遅くなってしまいましたが、掲示板や感想掲示板に感想を下さった皆様、誠に有難う御座いました。
書き手としましては、読み手からのリアクションは非常に気になるものですので、感想はとても嬉しいです。
恐らくですが、全て目を通させて頂きました。
(掲示板の方に書き込みを頂いた方の御名前を控えられませんでした。申し訳御座いません。)
頂いた感想の中からいくつかのご意見に対して、この場を借りてお返事したいと思います。





> >容姿の変化
 取り敢えず、これが今の所一番大きな変更点ですね。
これに関しては設定上余り語れないのですが、文章全体で一貫して確かな事は、「意味の無い設定改変は一切無い」と言う事です。
変化している部分には、何らかの意味ないし複線があります。
因みに、声は変わってはいませんよ。私的宮本良介CVは、保志総一朗さん、若しくは森久保祥太郎さんです。でも何故か、叫ぶ時だけ檜山修之さんボイス。

> >辞表
確かに。(笑
でも、あのゲイルが受け取る筈がありませんし、何よりも良介があの機関に属しているのは、彼自身の意志でもあります。
もしかしたら、次の話でその一端位は書けるかもです。
ま、外堀(アリサ)も埋められていますし。(笑

> >転属願い
これも有るでしょうが、前述のように良介が「円卓」にいるのは彼の意志ですので。
内心の葛藤は有るのですが、簡単に離れる事は無いでしょう。
………何より、この時点でのあの3人より、ゲイルの方が一枚も二枚も上手です。

> >史跡ネタ
個人的にはこういうのは好きなので、ちょくちょく出せたら良いのですが、中々地球が舞台になる話が無いんですよね……。
ネタは結構有るのですが。

取り敢えず、今回はこの辺りで失礼します。
もし宜しければ、感想や疑問等、ご意見を掲示板等にお寄せ下さい。
それでは、また次回に。多分、宮本良介お仕事編とでもなるでしょう。
それでは〜。




〈おまけ〉


苦笑して立ち去ろうとする良介が、扉の所でふと足を止め、ゲイルに振り返る。

「なあ……、今ふと思ったんだが。」
「……ん?何だい?」

この疑問は想定外だったのか、怪訝そうな顔をするゲイル。

「これだけなのか?命令って。」
「−−へ?」

珍しく、抜けた声を発するゲイルに、良介は首だけを向けて問う。

「ぶっちゃけこれだけなら、通信越しで十分じゃねえか。他に何かあるんじゃないか?」
「−−−ああ、そうだった。ゴメンゴメン、すっかり忘れてたよ。」

照れ笑いするゲイル。

「ド忘れとはあんたらしくねえな。もう年じゃねえのか。で、なんなんだ?」
「−−−ええっと……はい、コレ。」

取り出されたのは−−−オフィスにはありがちな陶器の物体。

「コレ?」
「そう。コレ。」

形状は円柱型、側面には取っ手−−−要するにマグカップである。

「いやー、君の煎れるコーヒーに慣れると、自分のじゃ満足出来なくてね。そこの棚に豆が有るから、煎れてきてくれない?」

朗らかに語るゲイル。

「−−−まさかとは思うが、それだけの為に俺を此処まで呼び出したのか?」
「うん。」
「…………そうか。」

ゆらり、という効果音と共に良介は振り返り、


「いい加減に−−−死にさらせぇぇぇぇぇつっ!!!」

拳を固め、今度こそ本気で、目の前のニヤケ面を叩き潰すべく、全力で踏み込んだ。





15分後、


全身打撲の上に脳震盪を起こした宮本良介が医務室に担ぎ込まれ、任務開始が1時間半程遅れるのは−−−−


余談と言えば余談である。






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