獣の咆哮とともに迫りくる鉤爪。決して長くはなく、大地を蹴る足に生えている短過ぎもしない長さ。
されども獲物を引き裂くには十分過ぎる程の鋭利な爪。加速と狩りを両立させた凶器が上空よりリンクスへと迫り来る。
上からの攻撃は大抵の獲物の場合において決してありえない方向からの攻撃に戸惑って動きを止め、仕留められてしまう。
例え外れたとしても逃げた方向は目視しているので瞬時に進路を変更出来る。そしてサンドラの機動力を持ってすれば容易い事。
今もそれと違わぬ手段で人間を狩ろうとしている。此処まで侵入した人間を穏便に済ませる程、彼らは生温くは無い。
上空よりの攻撃に逃げ切れないと察したのかその場で停止するリンクスにサンドラの背に乗る者は初め、罠に掛かったと思った。
だがその考えも此方を見据え続ける一対の瞳/手に握られている刃/そして屈められている腰の力強さに失態を悟る。
しかしそうと思い至る間の間に、彼のサンドラはリンクスに爪で傷を付ける寸前にまで迫っていた。
獲物が消失する。しかしそれは単に此方の下方へと逃げたからであり、寸ででの回避のお陰で大きな死角が生じてしまった。
獲物が触れる地点で回避にサンドラの着地が少しばかしつんのめるも態勢を崩す程の事でもなく、整えるのと同時に方向転換を開始。
サンドラが旋回し始め、背中の彼もさらに逃走を図るリンクスの背を見据えて追撃の意識は整っていた。
「!!?」
しかしサンドラは減速も旋回もし切れずに態勢を崩して転倒。あまりにも意図しない出来事に跨ぐ背中より放り出され、無様な落ち方だったが辛うじて背中からの落下を防ぐ。
勢い余って数mほど手足を擦ったクレーターを作り、止まると同時に細やかに痙攣している相棒の元へと駆け寄った。
「な?!―――腹が裂け…!?」
サンドラの胸元より下腹部にかけて縦一文字でぱっくりと裂けていた姿に絶句してしまう。
皮膚の鱗は決して伊達では無く、最強種である龍の末裔サンドラはその皮膚は結う唯一無二な最硬の硬さを誇っている。
小型化により鱗の隙間が少なくなり、突破するのは難しい。それが体の中で最も柔らかい腹底だとしても、決して容易く裂ける部位では無い。
今ある現実は裂けた腹部より垂れ下がる内臓群。ぶちまけた体液と血液の混合液が落着の軌道をそのままに直線状を描いて地面を染めている。
液体の列に並ぶは飛び出し千切れた内臓の数々。つい先刻食した肉の消化し始めた姿も視線の隅にある。言わずもがな、サンドラの攻撃を避け、逃げる置き土産に此方の『あし』を破壊していったのだ。
迫る死の刃に何一つ躊躇わない瞳。サンドラの体を切り裂く技量。不利な状況を打開する精神。
たった一瞬の交錯で邪魔な障害を排除する初めて合間見える人間に倒されてしまい、呆気に取られてしまう。
相棒の死を悲しむでも慈しむ事も忘れてしまう程に鮮やかな手並みに感嘆の念が先に来てしまっていた。
その様子はまるで、ギルやウルドの町で初めて航空機が頭上を通過し、死の数瞬前までの人々と同じ様である。
◇
部下から伝達される報告を耳にして目を伏せる。改めて思わされるが、相手は考えていた以上であった。
幹のありえない切り倒しに異常なほどに危険と成り得る相手だとは少し過剰気味に警戒していたが、それでも甘かった。
伝令の部下との接触よりも早く、相手の進行先より迫った仲間が交戦――いや、一瞬の交差で倒されてしまっている。
情報が行き届かない内に常套手段で対応したのが不味かった。最重要警戒態勢を勧告しても、対応し切れない。
死傷者数は騎手、サンドラともに甚大。死者は一目で死亡と分かり、生存者はその巻き添えで怪我を負っている程度。
手を下した相手は確実に殺されている。今は追跡のみにし、接敵を控えさせているようにと厳命しているがどれ程の効果が出るかは計り切れない。
しかも話を聞けば、その相手は人間徒一人と言うではないか。これには上に立つ者としては不謹慎ながら驚かされた。
一人の人間が此方の追撃の手を払うばかりか手痛い反撃までしている。だがその戦闘力は異常だったらしい。
初めから分かり切っていた事実だが、やはりこうまで寄せ付けないともなれば実感として理解させられる。
次手を打つために考えるがやはり最善とは名ばかりの最終手段を講じるしか手が無いと結論に行き着いてしまう。
「ラファエル」
「はっ」
隣に控えていた副官は声を聞くために傍による。
「他の者達を引き揚げさせろ。私が出る」
その言葉に副官はおろか、彼女の澄んだ声が聞こえた近くに居た大勢の仲間が一斉に振り返って一様に驚きの表情に染めた。
「隊長っ。此処は部下に任せ、然るべき指揮の下に侵入者を拿捕ないしは殺害するべきかと進言いたします。
如何に相手が強大で不可解な力を持つ人間でありましても、我らが後れを取る事はあり得ません」
副官は驚きと逸る気持ちを如何にか抑え込み、本来の職務を全うしようとする。
「…確かに。だからこそ地の利がある私達がこうしてある程度先回りをし、追撃が出来ているがな。
だがそれ以上の事を奴は此方にさせてくれているか? お前達の足では追い縋るのが精一杯の相手ではないか」
「それは…」
相手の実力を知らずに迎撃をした者達の末路はある意味仕方が無い。しかし、改めて追撃に出た者達も警戒していたが距離が中々詰められない上、先回りをしても手痛い反撃にあっている。
包囲網戦に持ち込むにも相手を追い込む速度が足りず、散逸した攻撃しか出来ずに手が打つ事が叶わないでいるのだ。そうした現状に副官は言葉を詰まらせしまっている。
「既に死者も出ている。半身たるサンドラを失い、悲しみに暮れている者も居るであろう。
我らが一族の最強が一角。我が部隊と合間見えても一歩も引かず、あろう事か次手すらも封じるその一騎当千。
数では最早如何にも出来ないのは分かり切った事ではないか――違うか?」
「……」
「お前が口を閉ざすのは初めてだな。それはつまりお前ですら取り得る策が限られ、更にその策も己が否定したい類のもの。
言わずとも私と意見は合致していると考えるのは私の考えすぎかな?」
含みのある軽い笑顔で副官に問い掛けると、深い溜め息を吐かれた。
「仰られる通りです。万策など攻撃を仕掛ける手数が元より少ない故、如何にして最後の策を取らずにいられるか考えておりましたが、状況が一刻も許してはくれませんでした。
速さで我らが盟友サンドラとは一線を介し、それの騎乗する者の強さもなければ対応し切れないともなる相手と応戦出来る者は最早唯一人……我らが最強にして最高の龍騎士しか居りません」
「褒め過ぎだぞ」
「嘘偽り、誇張などは一切しておりませんので悪しからず」
真っ直ぐに向けられる真摯な瞳にやれやれと溜め息をついてしまう。
周囲に視線を向けると皆から視線も何やら非常に情熱的であるのは気のせいでは無いのだろう。
「――只一言だけ言わせて貰うべき事が御座います」
「何だ」
「必ず御帰還下さい。そして敗北は我らが男子たる者達の希望を潰えさせるという事、吉報以外の言葉は決して望みませんので」
より一層周囲の視線が熱くなったような気がしたが、これは気のせいであろう。
副官の頑なな言葉に苦笑いを覚え、手綱を握り直す。
「では、以後の部隊の全権をお前に移す」
「了解致しました。ご健闘を祈ります」
彼女のサンドラが跳躍をすると、その一飛びで周囲に展開していた部隊より離脱した。初めて目にした者達は同じサンドラとは異なるスペックの違いを目の当たりにして感嘆の声を上げ、それと同時に必勝の思いが駆け巡らせる。
既に知っていた者達も彼女の負けを考える者は皆無であり、中でも副官こそが彼女の勝利を誰よりも確信していた。だからこそ、何時までも彼女の去った方角を見惚れている部下達を動かす必要があると直ぐに意識を向ける事が出来る。
「伝令部隊は即刻他の部隊及び展開中の隊員に即時撤退を通達! 単独での侵入とは限らない。各員巡回における警戒態勢を維持して当たれ!
現在の侵入者は我らが戦乙女が向かった。我らは彼女に憂いを与える邪魔者を兎一匹とて邪魔立てさせぬよう――即時散開!!」
最後の声と共に各々の役割を遂行すべく持ち場へと広がって行く。誰一人躊躇いを見せない姿に副官も満足して自らもサンドラを走らせる。
(大地の加護のあらん事を、隊長)
◇
「………」
周囲に展開していた気配が急速に遠のいていくのを感じる。やはり先ほどの遠吠えが合図となっていたのだろう。
気配とは本来、周囲との違和感の事を示す。前人未到の地ともなれば不自然な枝の折れや草地の踏み跡、そして自然の中の異臭が良い例だ。
人が呼吸をすれば二酸化炭素を含んだ空気を吐き出し、その場に居るだけで気流の乱れを生じさせる。其処に在るだけで違和感は必ず生まれる。
視線を感じるというのは人の視界は180度以上を常時持っており、その中でも焦点を中心としている状態で焦点外から向けられる目線を捉えているからこそ、違和感を覚える。
況してや瞳の眼球の白が目につき易いからこそ、顕著な反応を示す事が出来る。しかしこの場においてその全てに意味が無い程の感覚がリンクスを襲っている。
理屈ではない、生きる者が感じる……いや、精霊が世界に居るこの世界だからこそ感じる事の出来る周囲のざわめき。不自然な木々の細波。空気の乱れた流れ。嘲笑うかの様な森の反応に得体の知れない何かの到来を予感させる。
(―――)
だが予定に変更は何一つ無い。相手が引いたのならば構う必要は無く、目的の遂行に邪魔が無ければ用は無い。
更地を抜け、川をひと飛びで越え、巨岩の堆積地帯を縫って進む。どれ一つ取っても巨木と同じく広さも大きさも規格外である。
人の手が入らない地なので如何ほどの広大な面積を誇っているのかは知らないが、此処まで広大なのは少なくとも地図上の空白地帯の半分を占めている可能性もある。
大陸地図でもここら一帯の海岸線は把握されておらず、具体的な地理は文字通り誰もが知らない未知の領域。
太陽の光すら確かめ辛い森林を調査するには多大な時間と労力を要し、先ほどの彼らの協力は絶対に必要となるだろう。
彼らはこの森の守護者なのか賊の類であるかは判断し切れないが少なくとも、徒者ではないのは確かである。
気配を巧く撹乱し、此方に相手の現在地を悟らせない微妙な距離間での追走。草木を掻き分ける音すら無い。
少しでも気を緩めると霧散してしまう感覚。だが向こうは此方の存在を確実に把握している。
この森で生活している理などではない、此方を見ている相手だからこその強さで肉薄をして来る。
(…………来る)
照り付く気配は跳ね上がり、瞬間に先ほどまで居た場を通り過ぎる刹那の影と交差する互いの視線。
今までのサンドラとは似ても似つかない流麗なサンドラに跨ぐ兵。藍の瞳がリンクスに臆する事無く見詰め返す色は騎士。
その眼光を持っていたのは言うには未だ若い領域の容姿を持つ女性の性別すら超えた強者が其処に居る。
相手は駆け抜ける事なく次瞬の足踏みで此方に跳躍。先ほどと同じ前足の牙で両断すべく迫る。
HVFダガーを引き抜いて返す間は与えない次撃に対応する為に突き出されている足の甲に蹴りを繰り出してかわすも騎乗する女性からの白銀の刃の次撃が飛来する。
これは無論、蹴りで稼いだ数瞬の間に手にしたHVFダガーで刃を両断。会戦初の刹那の攻防は挨拶代わりであった。
「――やはり徒の刃物ではなかったか。その上、此方の気配には疾うに気が付き、最速の攻撃すら往なす、か…部下達が敵う道理は無いな」
互いに足を止め、女性は賞賛の言葉とともに向けていた背中をサンドラが此方に向き直る事で対面する。
その一連の動作だけでもサンドラと女性との騎馬の同調性の高さが垣間見られる連携を見せ付ける。
「部下達が世話になったな。何が目的で我が領域に踏み込んだかは知らんが…貴様に殺された部下達の弔いを、その命を持って贖え――」
再び襲い掛かる動作すら見せない高速の閃光となってリンクスに迫る。されどリンクスは反応し、真横に低く跳躍。
即座に追撃してくる牙に保持していた高さを用いてもう一度跳躍して回避。斜めに振り下ろすHVFダガーは女性の首筋を狙うも態と騎乗の態勢を崩す事で避けられる。
互いに着地、そして後方へと再跳躍して再び交錯。牙と交えて閃光を迸らせ、間の置かぬ剣の斬撃にもう一振りのHVFダガーで切り裂いた。
牙よりも剣の方が密度も耐久力も低かった。牙などは爪と同じ要領で体細胞の不要物の集合体。物を握る上で重要な硬さがそこにある。
四足の獣は地を蹴り、獲物を引き裂く生きる上で重要な身体機能を有する。故に大気に触れる肉体の中で最も硬い部分である。
直角ではないとはいえHVFダガーを弾く爪の硬度は並大抵ではない。何一つ小細工の無いその牙は確かに脅威であった。
森を縦横無尽に駆け回る一人と一騎。行く先が交わる毎に火花が生まれ、時にはサンドラの背に乗る女性より攻撃の手も加わる。
サンドラ単体で戦闘を行う方が圧倒的な戦いに持ち込めるのではという疑問は余りにも愚鈍。彼女が背に居るからこそ、サンドラの運動性能が飛躍的に向上しているのだ。
元来、森という直線走行がし難い中では速さよりも機動力がものをいう。だのにサンドラは森の中では有り余る不必要なトップスピードを有しているが、発揮出来るだけの広い空間は存在しない。
龍族の恩恵は森の中ではあまりに持て余されていた。そこにとある種族が騎乗した事で能力が発揮される事となったのだ。
再びの交差の後にサンドラは前足の左を着地。背に跨る女性が手綱を引き、跨る足でサンドラの腹を意図的に圧迫。
それに従うサンドラは首を引かれた方へと振り向いて左回転に固定。慣性と自重で大地を滑り、後ろ二本が間近の幹に接地。
前右足も幹へと張り付くその姿はヤモリの如く。サンドラだけでは成し得ない小さな空間での高速移動を騎乗する者によって補われている。
そして跳躍で再び攻撃を開始するも、向こうの人間も幹に着地をして迫るという同じ発想で肉薄して来ていた。
騎乗する女性は此方の繰り出すこの森のどんな幹でも抉る牙に幾度目かの激突にも耐える得物に驚きを隠せない。
だが先ほどの倒された幹の数々が存在するのだからむしろ当然の結果。逆に此方が拮抗出来ているのが幸いなのだ。
手持ちの得物は既に全て切り裂かれ、残るは背負う限りある弓を射る事。しかしサンドラの高速機動上で狙いを定めるのは困難で、ましてやチャンスを見せない相手である。
射った時点で攻撃が失敗したのが分かり、避けられるか切られて撃墜されるかの二択。牽制以外に出来る事はサンドラを如何に生かすかである。
此方は既に最高のポテンシャルで戦闘を繰り広げているが、向こうが一体どれだけの力を出しているのか温存しているのかは全く変化のない表情から読み取れない。
交錯を繰り返し続け、どちらかが攻撃の手を緩める隙が出来るのを待つ持久戦になり始めていたが、リンクスが此処で大きく動く。
数えるのも億劫なほど繰り返した交差の後に突如として方向転換する事なく直進を続け、背中を向けて逃走を図った。明かなる判断ミス。サンドラがその背中を直ぐに肉薄。
「!?」
だがしかし、リンクスはあろう事か木の幹を跳躍して登り始めたではないか。ひと飛びで遥か高みに、それこそサンドラ並の跳躍である。
走力だけでなく跳躍力まで異常な存在に少しばかり驚くが、サンドラは怯む事無く同じく跳躍。そしてそのまま背中を捉えるはずであった。
片手のダガーを突き立て、もう片方を背面から上方に突き立てる。そして下方のダガーを抜いて上方へ。そしてまた下方のを上方へ。
その繰り返しでリンクスは更なる高さへと登り行き、サンドラは幹に爪を突き立てるだけに終わった。だがサンドラも爪を突き立てながら上へと上って行く。
上を見ればリンクスは登り切り、そのまま他の木々の枝へと飛び移って行くのが見える。奴の狙いはこれだった事に不覚を取る。
「相手の方が全体を良く見ている…。あれ程の技量を持ちながら、何が目的でこの地に足を踏み入れたのだ…?」
初めから抱いていた疑念は相対した事でより顕著なものとなって膨れ上がる。
何かが目的でこの森に訪れたとは考えていたが、あれ程の人間が来るとなれば一体それが何であるのかが重要となる。
だがその様な蛇足の思考は今考えるべき事では無く、追撃に集中するしかない。
しばし遅れてサンドラも登り切り、後を追って跳躍。踏み付ける枝が着地毎にしなり、安定を保つのが辛い所がある。
枝の一本一本がとても太く、サンドラの重量までも支え切る強度。狭い足場に思う様に追いつく事が出来ない。
追う背中は時折青葉に数瞬隠れてしまうので視界から消えるのは痛い。況してや地上からでは更に視認は困難を極める。
匂いだけを追うのは簡単であるが至近距離まで近づいても特定に時間が掛かってしまい、奴の刃に切断されてしまう。
跳躍中に通り過ぎていく枝や緑の群集に気を配りながら逃げていくリンクスを見据え続ける。
慣れているのか跳躍に躊躇いも跳び移る枝を選別する判断で鈍る動きすらない。その上、此方の動きを確かめようとして顔を向ける事も皆無。
完全に尻尾を巻いて逃げていく姿であるが、現状ではそれは彼女の敗北を意味する所である。
「平行線か…止むを得まい――」
新たな枝にサンドラが飛び乗り、屈伸して先へと跳躍。滞空を開始したと同時に背の弓と矢を手にし、構えて弦を引き絞る。
最も速度が遅く、跳躍の最高点で安定した瞬間に狙う先にリンクスの姿。されどそれは背中ではなく逆さまに正対して此方を向いていた。
徒向いていたのではなく、初めから背負っていた黒い筒を向けていた。真っ直ぐ此方ではない、もっと下方に。
「はっ…」
相手の意図を感じ、笑いが込み上げた。伊達に弓矢を扱って来てはいない。その矛先にあるのは此方がこれから足場にしようとしている枝。
次瞬にはその枝の根元が破裂し、重力に従って落下を始める。狙った足場を失い、他の枝や幹を探そうにも軌道修正の中で可能な物体は無かった。
枝に留まり落ち行く此方を見据える瞳は結局色が変わる事なく緑の中に消えていった。止まる要素が無い今、地上に向けてまっしぐら。
サンドラとてこの高さでは無事でいられるか分からない。背から離れぬ様に踏ん張り、弓の矛先を落下地点に向け、放つ。
地面に突き刺さった矢は腐葉土の内に埋もれ、刹那に地鳴りと共に周囲の土が埋もれている矢目掛けて大量に集まり出した。
膨大な落ち葉の堆積した土が集結し、サンドラがその中へと落下。盛大に土煙を上げて埋もれ、数瞬の間をおいてサンドラは騎手を背負ったまま這い出して来た。
「――ふぅ、間にあった…」
顔と髪に付着した土と葉を払いながら安堵の息を吐く。タイミングとしてはシビアで、弓を構えていたのが幸運であったとは皮肉なものである。
クッションを咄嗟に形成させたがあの高さからのを耐え切れるものかは賭けであった。サンドラは今は少し足に来ているだけで少しすれば走れると言っている。
だがその時間が命取り。見上げた先には既にリンクスの姿はなく、匂いもかなり遠ざかって行くのが分かる。
「――完敗だ…」
リンクスは此方の動きが著しく制限される幹の枝へと飛び乗る瞬間を狙っていた。跳んだが最後、その枝を無くせば落ちる以外に選択肢が無い枝が来るのを。
そうでなくとも枝の根元を粉砕するあの攻撃。あれの存在を先ほどまで決して使わなかった時点で本気で攻撃をしていなかったと言える。
この後も追撃を続行するとしても
跨るサンドラからも申し訳ないと弱々しい唸り声で見上げて来る。
自身の力不足で追撃が不可能となり、それ以前に交戦で後れを取ってしまった事に遺憾を感じていたのだ。
その姿に首筋を撫で、お前だけの所為では無いと返してやる。
「何にせよ、私達ではあの人間を止める事など出来はしなかったのだ。これ以上の追撃はお前の爪が割れて終わるのは目に見えていたしな」
サンドラの前足の牙は数多の切り傷が刻まれ、一つ一つが非常に深くまで切り込まれている。
幾ら硬いとしても高速間での刃の交差は想像を超えた負荷となり、深刻な損傷を残していた。
走るにも全力で足に負担を掛けなければならず、再戦に耐え得るだけの浅い傷では決してない。
「さぁ、戻ろう。これから忙しくなるぞ」
サンドラに帰還を促して来た道を引き返させる。随分と奥地まで来てしまったが、決して知らぬ場所という訳でもなく迷う事は無い。
ふとサンドラと同じく空を見上げると、日の光に影を差す巨大な物体が上空を通過する。続いて突風が吹き荒れ、木々に止まっている鳥達が驚いて空へと飛んで行く。
それが続いて幾つも連なって起こり、そしてその先にある岩石地帯の先へとあれらは消えていく。その光景に自然と目が鋭くなってしまう。
一体世界で何が起き始めているのか見当も付かないが近い将来、我々にも決断の時が来るのではないかと危機感を募らせる。
◆
吹き抜ける渇き切った風がリンクスの全身を舐めて吹き抜けていく。砂塵を含み、瞳を外気に晒す時間を著しく制限する。
褐色の大地は荒廃し、草木の存在を認めない。罅(ひび)の入った地面が至る所で主張をして生命の存在も否定していた。
視界を遮るものが何もないこの場所は、巨大な
一口に谷とはいうが幅は小さくとも数㎞は優に在り、深さも数百mでは効かない程の大きさを誇っている。
それが幾つも分岐し、ある場所では合流してその大きさを倍へと変化させたとも捉えられる程に川の水流の行方を連想させる形状を取っている。
もしかすれば嘗ては此処で緑が栄えていた場所なのかもしれないが今やその痕跡を探るのも億劫なほどに廃れている。
深い森を抜けた直ぐ先に巨大な峡谷が地形を分断しているのだから、遥か昔はそうだったのかもしれないという推測であった。
森を抜けた先に見える航空機が地面の中へと消えていく。あの距離からすれば航空空母の類で、渓谷の狭間に高度を下げている。
ウルドの町の上空を旋回していた航空機はなく、それに代わる小型機が空母の周囲を固めていた。
航空機が消えていった地点を目標に改めて接近を試み、近づくにつれて警戒を強めていく。何故なら黙視し難いが探知機や地雷の類が確認出来るからだ。
況してや隣の渓谷の陰に日の光に反射するレンズの反射光。この地域が警備装置によって固められている。
これらの一つにでも引っ掛かれば忽ち包囲網がリンクスを囲い、隠れる場所の無い空間では流石に対応に手間取ってしまう。
故に通る道の先や足下を注意深く観察をし、周囲にすら気を配って慎重に歩みを進める。自然の中の違和感を見抜き、抵触しない空間を見つけ出す。
目に見える形で進行に支障を来たしているが、それでも着実に目的地点へと進んで行く。あの先にあるであろう、魔物の巣窟へと。
◇
渓谷の底に広がる広大な空間。落石や時代の経過における堆積物により平らな荒野である地形が多い。
その上に建設されている巨大な航空基地。広大な面積の上に全長100m以上の航空母艦が何隻も並び、その周囲にも航空機が留まっている。
一度に何機もの機体が同時着陸を可能とし、格納庫は巨大な崖の壁面を採掘した人工洞窟の中に存在しており、全体の機体数の把握は出来ない。
さらに壁面を単に抉っただけでなく、上は遥か高さの崖の半ば近く、下は地下水脈を掘り当てるまでに縦横無尽に掘り進められ、巨大な要塞が人知れず築かれていた。
これだけの規模の戦力となればギルとウルドの町での戦闘行為はまだ序の口であると思い知らされる。広がる航空基地を見ただけで半分にも満たない部隊で襲撃を敢行していたと。
ダクトより要塞内へと侵入を果たすリンクス。如何なる施設にも空気循環は必要不可欠であり、設置されている箇所が巨大な崖故に警備装置の質も量も大した事なく、早々と通過していた。
だがその工程は言葉で言う程に容易いものではない。巨大施設内の循環を一手に担う換気口のプロペラフィンの出力は航空機を優に飛ばさせる程に強力なものである。
中は常時暴風が外へと向かって吹き荒れ、換気の効率化で風が弱く一旦休める角が無い。セキュリティーを用いずともダクト設備そのものが侵入を許さない副次的機能を果たしていた。
リンクスはそれを登山で断崖絶壁を登るかの様に腹這いに這って侵入をしていた。強烈な風も端である壁や地面であれば弱めであるが、雀の涙程度の差でしかない。
それを蜘蛛が這うかの如く素早く移動を行い、その上警備装置の網を掻い潜って侵入に成功させるという人間の規格を超越した過程を経て成功させた。
秒速80m/sを超える風力を生み出す巨大なフィンのメンテナンス通路から内部へと侵入し、明らかにこの世界の技術では成し得ない機械技術が要塞を構成しているのが良く分かる。
土壌構成の分子間振動を意図的に変換させて硬度に鋼鉄並の強固さを確保した壁面。
日の光の当たらない室内を点灯させる上記の特異振動のエネルギーを電力変換させての照明。
百は下らない階層を移動する為の足場を必要としない重力エレベーター。
魔法によって成せるはずのない、そしてリンクスが知っているものばかりの設備には最早彼が世界を超えた何かが動いている証明であった。
何しろ人口洞窟内部の空間が奥行きだけでkmの領域はくだらなく、高さでは100mはある龍の遊技場がリンクスを出向かえている。
先ほど飛行場で確認した航空大隊が此処に収容されていたと見て間違いなく、閑散とした資材置き場に修理待ちの機体が点在しているだけである。
全航空機・航空母艦を収容した空間であれば、この施設が如何にとんでもない基地である事を言葉にせずとも見せしめていただろう。
人どころか付近に生息する動物すら近寄ろうともしない全てが荒廃した大地に抉られた断崖絶壁の奈落の底。
誰もが予想だにしない首都の規模を上回る基地施設は此処一つでは決してないだろ。前人未到の地は他にも多くあり、リンクスの予測地点に合致する場所はまだ存在している。
はっきりとした形で存在するこの場所も彼が求める情報が得られるかどうかも微妙であるとしか思えない為、早々に終わらせる必要がある。
(――航空部隊前線基地。部隊運用の集結地点にして中継点)
外は広大な滑走路。中は巨大な格納庫。奴等の本拠地にしては航空機基地としての機能が偏り過ぎている。
内包する部隊を各地に展開する為の前線補給基地である可能性が内外の施設構成を見た事で認識が可能となった。
そして格納庫脇の階段通路より跳び下りて歩く先の、此方を見据えて笑う者の存在が一つの確信を促す。
「やっぱしお前だったか。通気口のファンの一部が一時停止。あんだけでかいプロペラが簡単に停止する訳が無いからな、直ぐにぴんと来たぜ。
あん時からいつかは来るだろうと分かってはいたが、こんなに早くとは流石だぜ、
「―――」
返答をせず、無言でそこに居た者と相対して立ち止まる。目の前に居る黒い巨人はオークにしては人間らしい巨大な筋肉質の人型で、人間にしては無機物の金属の光沢を纏っている。
服を着ているので人間らしさを見せるが、内側の筋肉が浮き彫りとなっている。小さな穴が開けば全てが裂け切るのではないかという程に体に密着していた。
髪の毛の無いスキンヘッドは照明の光を丸々反射をして黒光りで映えているというその様な容姿の人物を、リンクスは知らない。
されど知っている。ウルドで瀕死の重傷を負わせた巨人である以前に、その者が持ち得る雰囲気/醸し出す気配が教えてくる。
「ガルム…」
カロン・ウンディーネが一人。自身の肉体こそが武器であると如実に主張する拳は鋼鉄を一撃でぶち抜く事が出来る男。
作戦では常に最前線に立ち、小細工無しで相手を蹂躙せしめる腕力を持って暴れ回る破壊の番犬。
「おうよ。なりは少しばかし変わっちまったが、元気にしてるぜ。お前ぇも元気そうで何よりだ」
「…死にかけた」
「そいつぁ、あそこにお前がいるとはこっちが驚きだったぜ。先に来ているとは聞いていたが、まさか仕事中に出会うとはな。
しぶといとは分かっていたが無事だったんだからいいじゃねぇか、な?」
「んっ…」
「んな事よりもどうよ、このボディ。男らしさが格段に上がったとは思わねぇか?」
「………暑苦しくなくなったけどむさくなってる」
「――聞く限りじゃどっちも同じにしか聞こえねぇぞ…?」
文字通りの鋼の筋肉を披露しながら二人の会話は続く。当たり障りの無く他愛も無い話の応酬に双方の親しみを感じさせる。
「しっかしタイミングが悪いな、リンクス。もうちっと早く来てりゃブラッドの奴とも話せたのによ。
ついさっきどっかの都市を潰しに空に上がっちまってよ、帰ってくるのが明日になりそうなんだわ」
「ガルムはどうして此処に…?」
「なんつーか……虫の知らせ? 別にブラッドと年がら年中攻め込むのも疲れるしよ、丁度留守番して寝てようかと考えてたのよ。
ほれ、俺って番犬だし。なんとなーくお前が来るんじゃねぇかとも感じたのよ。流石は俺の勘。ビンゴだったわけだ」
しかし二人の相対距離は依然として縮まる事も離れる事も無い。リンクスのサジタリウスのトリガーに指が掛かり、ガルムは大袈裟な身振り手振りをしながらも腰はしっかり下りている。
「見ての通り兵力は常に全力投球。出撃した今のこの基地は無防備と言っていいぜ。
だからと言ってもこんな場所に敵地があるなんてここの奴等も思いもしねぇだろうし、警備システムは俺達のをしっかり使ってるから無敵も良い所だ。
まあ、カロン・ウンディーネのリンクスにとっちゃ意味を成さなかったけどな」
同胞の力を我が事のように誇らしげに語り、本当に嬉しそうに大笑いをするガルム。
だがそれも数秒の事で直ぐに真面目な表情へと変貌し、先ほどまでの談笑していた雰囲気を一変させた。
「んな事はこの辺にしとくとしてだ。こんな辺鄙どころかなーんもない更地の巨大軍事基地に何しに来たんだ?」
「情報収集」
「俺が聞いた話じゃこっちも来る時に転移座標が何でかズレてどっかに落ちたって」
「んっ。どっかの森の中。少しだけ情報入手に手古摺った」
「仕方が無ぇか。俺も来た時はどんなファンタジーだって思ったしよ……つー事はだ、戻る手段を探してるのか?」
「…任務継続中」
「あー。あの時だからお前はまだお仕事中なんだな。先に言っておくが俺らの任務は中断しちまったわ。
詳しい事は知らん。そんでもってその次の任務で世界を跨ってやってきてるのよ」
「そう…」
「で、どうするよ。一応こんな土地外れの場所だが極秘なんだわ。こっちに来ねぇか? そんなに悪い待遇はされないと思うぜ」
ガルムは既に細かな動きはしなくなり、変化の見せない表情で語り続けている。リンクスはその誘いに対して少し首を傾げたが、直ぐに小さく顔を横に振った。
「任務中だからか?」
「(こくり)」
これも小さな頷きで返し、その返答にガルムは深い息を吐いた。
「だろうな。俺が言った所でそれが任務を終える事にならないからな――で、これからどうするよ此処で?」
「情報収集」
「悪いがそれはさせてやれねぇんだわ。お前だから言えるんだが、このまま引き下がってくれれば何もしないで返してやれるぜ?」
「『手掛かりは確実に掴め。邪魔するものは押し退けろ。完膚なきまで迅速に情報は手に入れろ』」
「ファントムの口癖だな。つってもそれが俺らの仕事だったし、しゃあねぇわ」
頭を掻いてカロン・ウンディーネたるすべき事の理念を説いたリンクスの言葉に納得をする。
目的を達成する為にはあらゆる手段を講じ、障害は完膚なきまでに排除する。仲間を見捨てたとしても、彼らは目的を果たす。
リンクスは任務遂行の為に情報を欲し、ガルムはこの城塞の守護する番犬。猫は気紛れで自由気まま。犬は賢く忠実。だが獲物を捕らえるしつこさは同じ。
「悪いが此処は譲れないからな、力尽くで来るこった」
「んっ」
返答の代わりに弾丸をガルムに向けて放たれる。39mmの弾は人体の如何なる箇所に着弾しても死に繋がる。
纏うイオンの衣が細胞を急激に腐食し、弾丸自体が接触衝撃での破砕を手助けする。あまりの強烈な神経刺激の強さに脳機能が麻痺し、死に至る。
その銃弾をガルムは本より知っている。であるにも関わらず微動だにせず、逆に不敵な笑みを浮かべてじっとリンクスを見ていた。
「残念だったな。今の俺はお前の知る番犬じゃないんだぜ」
ガルムの額に着弾する直前、着弾地点に光が迸る。光は拡散する様に収束し、輝きが収まる頃には弾は床に落ちて金属特有の甲高い落着音を奏でた。
平らなコインの様に変わり果てた銃弾。あらゆるものを貫き、粉砕し続けた弾丸が貫けずに堕ちたのだ。
「障壁…」
「当たりだ!」
こちらの番とばかり跳躍するガルム。少し見上げた先に10mの高さを跳んで高速に空より降下して拳を振り下ろしていた。
これを容易く避けるも空ぶった拳が床を抉り、そこを基点に窪みが発生。強烈な地震と風圧に周囲の物を震え上がらせる。
されどリンクスは気にもせずに次弾を放ち、がら空きの背中に叩き込んだ。だが、結果は先程と同じく光に阻まれた。
「無駄だ。あん時に見た光の障壁、それが俺の体を覆ってる。何処から何処へ撃ち込もうと直撃は絶対にしないんだぜ!!」
迫る巨大な弾丸を横跳びに回避。ガルムが通過すると押し出される気圧の圧力に引き込まれそうになる。
されどその程度で態勢を崩す程軟では無く、逆に接近の助力として利用する。空けた手にHVFダガーを握る。
弾丸は巨体に見合わない俊敏な動作で振り返り、再び射出される。圧倒的な質量と振るわれる剛腕に避ける以外に術は無い。
繰り出される一撃一撃が以前に喰らったボディタックルを上回り、空を切り続ける拳により付近一帯が暴風圏となってあらゆる物が震え上がっている。
リンクスは荒れ狂う風の奔流に引きずり込まれない様に動作の一つ一つに気を配り、流されず弾き飛ばされぬ様にガルムの動きより目を離さない。
重い一撃でありながら放たれる連撃は嘗てのガルムの拳を遥かに上回り、一つが命取りなのに此方の斬撃の隙を与えないでいる。
「ぬんっ!!」
自身の真下に組んだ拳を振り下ろし、鋼の床に叩きつけた。風の衝撃波がリンクスを襲い、続く地面の一瞬の喪失に足場を失っていたために抗えず吹き飛ばされる。
その一撃によって床に巨大な凹みが生じ、数十m近辺の床が剥ぎ取られ、運悪く置かれていた資材は衝撃で爆砕している。
伸ばした手が床を着き、衝撃波に流されつつ着地。サジタリウスを向けようにも相手は生じたクレーターの底に居る為に姿を捉えられない。
「今のお前じゃどんな手を繰り出しても障壁すら突破できないぜ?」
迫るは正面より盛り上がる床板。ガルムが段差の真横からの撃ち出す拳が地面の金属板を押し出している。
真正面より鋼の津波と化して迫るそれをHVFダガーの横一閃に半ばより分断され、その隙間を縫ってかわす。
その先には幾重にも重ねて配置されている本来なら拝む事のない床下の金属板が津波の跡として花弁を開いてガルムへのバージンロードを開いている。
ガルムは屈伸をして見るからに極太の太腿が更に膨れ上がり、再び自身を弾丸としてリンクスに突撃をする。
既に回避方向は直上以外には無い抉られた地面に居るリンクスはサジタリウスを背負い直して両の手にHVFダガーを構え直した。
「無駄だと言ってんだよ!!」
脇に固めたガルムの二つの拳が突き出され、
それを屈んで直撃を抜ける。弾丸が纏う風圧に苛烈な圧力が全身を襲い、屈んだために極めて重い圧力で押し潰しされる。
されど腕は振るわれ、木の幹とも取れる剛腕に刃を二つ刻むために線を引く。
紫電が迸しり、暴風が爆音とともに交差を終える。一方は津波の終着点を更に抉り、もう一方は地面に線を引いて減速をして態勢を直している。
跳び上がってリンクスの直前へと一瞬の間に着地をする鋼の巨人。刻まれている筈の傷が腕には見当たらず、障壁に完全に防がれたのを物語っていた。
「だから言っただろうが。俺の纏っている障壁はこの世界の魔力で練られてるんだとよ。
そいつはフォトンよりも極小で濃密。原子間結合を分断するだけじゃあ、無理ってもんだ。
しかもイオンを纏う弾丸でも光子魚雷すら防ぎ切るってんだから驚いたもなんの」
距離を取るべく横に加速するもガルムの瞬間加速が圧倒的に上回っているので即座に肉薄されてしまう。
アッパー気味に繰り出される拳をバック転でかわし、続く正眼突きはHVFダガーで紫電を走らせて受け流して吹き飛ばされる。
「つまり、だ――」
連続で振り下ろされる拳を地面すれすれを滑走する機動性で躱す事で直撃だけは回避している。
浴びせ掛けられる圧力に四肢は次第に痺れの感覚が増しており、ガルムが纏う障壁の魔力の影響もあるのだろう。
掠った拳に引きずられる様な圧力と擦り潰される感覚に肢体は徐々に消耗の度合いを深めていた。
逆手での平手打ちを跳躍で躱すが、相手の意図は直撃では無くその回避した瞬間にあった。
爆風がリンクスの身体を掴み取り、そのまま近くのコンテナに射出されたかの如く激突して嵌り込む。
めり込んだ身体を抜け出す為の数瞬の一点固定時間。数mの距離など刹那に突き詰められる。
「俺には勝てねぇ」
小細工の無い真正面からの拳はせめてもの防御とばかりに自身を庇うサジタリウスの銃身に命中。リンクスは再び吹き飛ばされた。
数十トンの積載量のコンテナごと真後ろへと撃ち出され、整備中の航空機をへし折り、整備機材や整備車両を弾き飛ばして尚も止まる事なく格納庫の壁面に激突して漸く止まる。
深い断層の底にある硬い土の壁をより強固に。ミサイルを撃ち込んでも数cmの厚みでさえ破砕し切る事は無い。だがリンクスはコンテナごとそのはずの壁面を抉り、横穴を形成して磔にされていた。
「――ぺっ…」
切れた口の中に溜まる血を吐き飛ばし、リンクスはコンテナと硬い土の壁より体を抜け出す。着地の際にふらつくが、両足の爪先で地面を叩いて活を入れた。
「まあ、俺の拳でも惑星を粉砕するだけの威力は無いからな。勝てないからって簡単には死にはしねぇわな」
数百m先の壁面を愉快気な笑みを浮かべ、ゆっくり歩きながら結果に納得している。
打ち付けたのはサジタリウスであり、ウルドの町でのリンクスは多粒子膜層保護強化スーツを装備して無かったからこそ死に掛けた。
だが身に付けている今、この程度では。直接拳を肉体に撃ち込まなければ殺せない。勝利する事はあり得ない。
「さてどうするよ。カロン・ウンディーネであり、
「…アスガルド・ドールズ」
「そうよ。俺もその一人だからこの力を見出したのよ!」
加速するガルムにリンクスは穴から抜け出してサジタリウスより火を撃ち放った。弾はガルムの進行先の鎮座しているタンク車両へと。
タンクを貫き、高温のイオンが内部に溜まった気化ガスに引火。周囲を爆炎と高温ガスで覆われる。
だがそれだけでガルムの進行を抑える事は叶わず、常人ならば消し炭と化す空間も平然と駆け抜け、通り過ぎる爆風に数瞬紅蓮の中に穴が開いていた。
抜けた先にはリンクスの姿は無く、巡らせるまでも無く捉えた先は直上。ガルムの額にこつんとサジタリウスと銃口が接吻した。
ホワイトアウトする視界の中で離脱するリンクスと急制動を掛けるガルム。リンクスは距離を置いて振り返ると、相手もゆっくりと振り返ってきた。
「障壁の下からの零距離狙撃。悪い案じゃなかったが、こんな障壁が無くとも無意味なのがさらに分かったろ?」
白煙を上げるその額にはしっかりとした銃痕が刻まれているが、軽くめり込んでいるだけで弾丸が軽く突き刺さったままある程度原型を留めていた。
障壁を抜けても見た通りの鋼の体は強靭かつ強固。貫けぬ物は無しであったはずの狙撃が意味を成さない事を完全に証明されてしまった。
「言ったよな、今のお前じゃ無理なんだってよ!」
襲い来る拳の連撃を連射される銃弾を避ける様に疾走して流していく。追いつかれる拳はHVFダガーで閃光と共に往なし、隙あらばと斬撃を見舞うが障壁に弾かれてしまう。
関節部分の障壁の展開が弱まっているかどうかは分からないが、リンクスの攻撃が通じる箇所が無いのを確かめているだけであった。
「無駄だって言ってんだろうがよ!!!」
咆哮に呼応して打ち合わせる両拳より光が漏れ、即座に紫電を纏った衝撃波が拡散していく。
整備中の航空機は装甲を剥がしながら爆砕し、床板すら剥がれて宙を舞って飛んで行った。
リンクスも例外ではなく、磁場による強力な斥力に踏ん張りは意味を成さず、周囲の資材諸共吹き飛ばされる。
拳による直接的な打撃では無い分には肉体へのダメージは軽微であるが、恐らく障壁の作用を利用した衝撃波に含まれる電撃に皮膚が焼ける痛みを覚えている。
戦闘服を纏っているので火傷を負う事は無かったが、生身の人間であればローストチキンに成り果てていただろう。現に周囲の吹き飛んだ金属の端が溶解し始めていた物も見られた。
単なる打撃だけでなく、自身を纏うフィールドを爆薬として纏わり付く蟻を一網打尽にする攻防一体のスキルは全ての距離に対応している。
ニュートリノの領域まで発達しているA.I.技術も電子爆弾の前では無力でしかなく、今のを近代戦で行われれば無敵ともなるだろう。
あらゆるものを粉砕する拳で物理障壁を破壊し、磁気衝撃波でメインコンピュータ類をデリートする。宇宙戦闘では決して乗り込まれてはならない存在である。
宇宙での戦いにおいてもっとも恐れられるのは航行不能になる事と酸素供給の停滞。電子機器が無力化されれば両者が共に降り掛るからこそ戦闘ではそうした兵器に禁止条約が設けられていた。
「どうしたどうした! そんなもんかよ、リンクス!? こんなんじゃ鼠捕りよりも退屈だぜ!」
サジタリウスを杖に立ち上がるリンクスへと激怒を飛ばしている。
リンクスの体には到る箇所より紫電が生じており、先ほどの衝撃波の影響の為に体中が微細に痙攣を起こしていた。
断熱・絶縁処理の施された服を纏ってもこの有様。電熱による効果は雷の直撃よりも効果的である。
「お前ぇもアスガルド・ドールズの一人だろうが。くたばるのはまだ早ぇぞ!!」
再なる跳躍で飛び掛かる黒き猟犬。獲物は逸れた哀れな子羊よりも脆弱と化した震える仔猫。逃れるべくして懸命に足を動かす仔猫が力尽きるまで喉元に噛み付くでもなく前足の牙で弄ぶ猟犬。
ガルムの拳は常に烈風を纏っているので一撃毎に大気が爆発している。地面を貫けば大地は窪み、弾け飛ぶ。空を突けば空気砲弾が進む先全ての物を巻き上げる。
元々肉体での攻撃に特化していたガルムが更なる肉体強化を図ったとなれば最早人間凶器の上をいく人間兵器。それを相手に麻痺より回復した直後の回避行動は鈍く、荒れ狂う風の真っただ中では態勢の立て直しも出来ない。
現在のガルムである前から体力の差は開いており、現状のままでは何れリンクスが先に致命的な隙を生み出して拳の顎に食われてしまう。
「はー…」
今までに見られない脇に締めた右拳。全身がその動きでみちみちと擬音を奏で、螺旋が凝縮されていく様であった。
大地を踏み締める足が陥没し、吐き出される吐息が高温に帯びて白い蒸気が立ち込める。
「ぬんっ!!!」
真正面に突き出される拳は残像を残す超音速。ガルム自身から生じた衝撃波だけで大気が歪み、繰り出した拳は肉体を離れて前方の全てを飲み込んだ。
先ほどの磁気衝撃波の応用だろうか、前方のみに収束されたそれはエネルギー砲弾と遜色は無く、触れるものは皆等しく光に還元されていく。
残されたのは直線状に消滅した帯状に淀み窪んだ道筋。何もかもが気化し、充満する金属雲が風景を黒ずんだ色にしている。
「流石のリンクスもこいつの前じゃ赤子同然だったか」
拳を放って地面を抉り取った足で歩く先には無様に倒れ伏すリンクスの姿が。直撃は辛うじて避けたものの、熱風と純粋な衝撃波の前には耐え切れなかった。
意識は保たれており、目だけははっきりとガルムが近づいてくる姿を認識している。体は動こうとするならば可能だが、立ち込める金属雲の中では動くのは得策では無い。
肺に大量に沈殿すれば酸素供給量が極端に減衰して肉体活動が大幅に制限されてしまう。況してや長期戦は不利なのだから、出来き得る限りの体力の温存は望む所。
「――――」
圧倒的な攻撃の前に為す術の無かったリンクス。今こうして底辺より見上げる先の黒い巨人は悠然と獲物を仕留めようと迫って来ているのを冷めた眼差しで見詰めている。
打つ手を考えようにも現行ではどんなに一点集中の攻撃でも障壁の前に突破は出来ない。出来てもガルム自身の防御力を貫通出来ないのでは話にならない。
HVFダガーが通じるかどうかも怪しい。あらゆる戦術を用いても結局は殺しには決して繋がらない。殺せるイメージが無いのならば初めから意味を成さない。
(―――)
そこでふと、思い出した。■すイメージ。これの持つ意味を。
生きとし生ける者が必ず発する実数領域での干渉行為の思念。極々当たり前で誰もが大なり小なりと駆使出来る本能行為。
弱肉強食のプロセスの殺意。人を殺める殺意。快楽の先にある殺意。拗れた関係による軋轢の殺意。相容れぬ者同士が向け合う殺意。
刷り込まれた殺意。殺す事自体が生き様とする者の殺意。自己防衛で初めて人を殺した時の殺意。愛しい者を目の前で殺した者への殺意。
憎悪の沈殿に積り溜まった育まれし殺意。腹を空かせ、一つしかない食料を複数の他者より捕食する為の殺意。名誉・忠誠・大義の為の殺意。
どれもが他人事で、リンクスには無縁であり続けた当たり前の気配。
それでも知らない訳では無い。知っている。良く知っている。戦場に居るのだから、当然知っている。
識っている。誰よりも/何処までも/数多の/見据えて来た純度の高い、その
◇
正直言えば、此処までの長時間を生き延び続けたリンクスに驚愕を禁じ得ない。
手加減はしていない。だがそれでも自身の拳をまともに当てる事が出来ないのは下地の差だけでは無いだろう。
本より機動性能と運動能力が高いのは承知しており、簡単には捕まらないのは分かっていた。
それを差し引いても連続して放つ衝撃波の中で此処まで力を開放しなければならなかったのは明かなる此方の不覚。
見た目は行動不能と化して此方の優勢に見えるが、まともな直撃を無くして殺し得る相手では無い。リンクスは俺と同じカロン・ウンディーネなのだ。
一度敵対してしまえば死しても食らい付く。死の果てまで、地獄の入口まで。故に愚者の落ち場所を先導する舟人(カロン・ウンディーネ)である。
相手が大空を羽ばたく翼を失った鳥でも。母胎を失った胎児でも。
曖昧な状態で手を出せば嘴で突かれて足蹴にされ、接触感染をし、存在を喪してしまう。だからこそ四肢をもぎ取り、袋で密閉して窒息させ、消滅を観測する。
故に拳より放つ空気砲が周囲の物をついでに纏めて吹き飛ばし、辛うじて遥か先の壁面への激突を防いで項垂れるリンクスを殺すべく、最大の加速で肉薄をして行く。
既に右拳は引き絞られ、加速も十分。小細工無しの単純な拳のよる撲殺。これこそがガルムが最高にして最も信頼している殺しの形。
纏う障壁の付随効果などおまけ程度の物理破壊が弾丸より放たれようとしている。それを目の前にしてサジタリウスの射撃体勢を取るリンクス。
破壊の拳を放つ鋼の狩猟犬に折れた牙を放とうとする血塗れの老猫は最後の悪足掻きを始めた。
放たれた最後の弾丸は寸分違わずにガルムの眉間を捉え、障壁が一瞬だけ視界をホワイトアウトさせて弾いていく。
貫通が叶わないのは既にリンクス自身も分かり切っていた事。況してやこれで事実上、残弾数は零。弾倉に四発、既に装填していたならばのプラス一発。
カートリッジを交換させるお人好しでも優越感に浸る愚者では無いガルムは減速の足しにもならない狙撃の直撃を抜けて突き進む。
リンクスは射撃の態勢のままに鎮座し、最後の意地とばかりに己が最高の殺しの姿で死のうとしていた。
身を貫くは、殺。
回避行動などと言う綺麗な動きでは無く、目の前に出没した天敵に一目散に逃げる小動物の如くガルムは全力で横に跳んだ。
受け身などはあまりに勢いがついていた為に転がる機材に激突しながら突っ伏す。そのあまりにも彼らしからぬ行動の行く末がその左腕に刻まれている。
二の腕より先が消滅していたのだ。然るべき現象が今思い出したとばかりに出血が始まるも、その流出量は極めて少ない。断面を除けば細胞が硬化し、硝子状の光沢を放っていた。
ガルム自身、身体の一部が消失した事など後回しにして身を起こしながらリンクスを睨み付ける。そして向けられるその視線に、喉がからからに乾いていく。
「リンクス――お前ぇ…!!」
絶対零度の眼差し。いつもの呆然とした様な視線では無い明確な殺意。初めて知るリンクスの相手を射抜く殺意にガルムは唸る。
既にサジタリウスの銃口は下げられ、ただ突っ立て居るだけである。何もしようとはしていないが、ガルムは体が強張るのを抑えられずにいた。
ガルムも数多の戦場に潜入に駆り出された戦闘のエキスパート。死に掛けた事など幾度もあり、多くの殺意を経験した強靭な精神の持ち主。
例え星の明確なる拒絶の殺意であろうとも、彼は怯む事無く星の息の根を止めるべく殺しに行くだろう。だが、そんな不屈の狗が怯えているのだ。
全身に降り掛かるのではなく、身体の急所に注がれる殺意。四肢が引き裂かれ、心臓は砕け散り、頭の脳漿が破裂する。そんな自身の末路が明確なるビジョンとなって脳内を駆け巡っている。
たった一人の、況してや今まで知る事の無かった唯一の相手が初めて向ける殺意に此処まで怖気づく理由など在りはしないはず。されどリンクスの殺意一つで此処まで怯えている自身の全て。
何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ
何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ
何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ!!?
「何時の間に出来るようになりやがった…!!」
その上、ガルムの腕を喪った先ほどの攻撃に不意打ち以外の何物でもない。
サジタリウスの銃弾は鋼の肉体と障壁の二重防御の前に無意味。有効打になる攻撃をリンクスは決して討ち出す事は叶わないはずなのだ!
それを今、奴は何をした? 傷を負わせるを超越して腕を丸々一本奪っていったのだぞ!? あり得る訳が無い!
ガルムの肉体は既に遺伝子レベルで変換し、原子結合に魔力の糸で強化された最強の硬度と伸縮性を持ち合わせている。
惑星間を結ぶ惑星エレベーターを継ぎ接ぎの無い単一接合だけでも耐え得る強度に蜘蛛の糸もかくやの強靭性をその身に宿している。
知的生命体の人型に収められた金属の最高傑作。HVFダガーは勿論の事、ブラックホールの超重力圧でさえも分解する事は出来ないと豪語出来る肉体。
更に魔力による中性子を下回る細かな素子である魔力素が絶え間なく/隙間なく身体の膜として循環し続けている。
あらゆる物理現象をシャットアウトし、純粋なる魔力攻撃にすら拡散効果を有する絶対防壁。何人たりともガルムを殺す事は叶わないはずなのである。
しかし破られた。突破されたなどと言う容易いものでは無い、無意味であると如実に体現する失われた片腕の断面。腕の残骸など何処にも存在しない。
「かなり前から…」
以前と変わらない声色でありながら、変化していたのは向けられる殺意の眼差し。知っている姿でありながら相容れぬ様相にガルムは後ずさるしか出来ない。
「その殺意! その攻撃! 何故今となって使う!? 死の間際に覚醒したとでも言うのか!?」
射抜かれる視線を押し退けて漸進。再び向けられる銃口に合わせて増大した殺意の鋭さに呼吸が止まり、踏み出された足も止まってしまった。
貫く視線は最早物理的な槍と化してガルムの存在を貫いていた。初めて知る純然たる殺しの意識にガルムは敗北をしている。
一睨みですらない視線を向けるだけで猛者を怖気づかせる殺意を持ちながら、死を間近にして使う性格では決してないのは知っている。
ならば何故、今となって使うのか? その答えは到ってシンプルであった。
「忘れてた」
先ほどとは異なる理由でガルムは絶句する。忘れていた? あれ程の窮地に立たされていながら状況を打開せしめる殺意と攻撃を?
「ご飯を捕まえるのに使うとみんな逃げるし、上手くいっても燃え滓しか残らないから」
それが当然である事を悟る。リンクスのスタンスは狙撃。超遠距離から射撃に殺意は邪魔以外の何物でもない。
機械の発達により対人戦は減少の一途を辿るもその意思は不変である事は変わらない。科学レベルで殺気を感じ取る時代に、鋭敏なる者は察知出来る。なれば殺意は不要、だから使わない。
況してやリンクスは常に相手の心理状態を把握し、リンクし、理解するからこそ人知を超えた機械ですら到達し得ない遥か彼方より撃ち抜けるのだ。
喜怒哀楽の全てを掌握しているリンクスは誰よりも多くの、そして深く第三者の視点で眺め続けてきた。
彼は識っていた。人を殺すという意味を、思いを、術を。故に誰もが持ち得ない飽くなき殺意の無さの境地に達した。
なれば気配に敏感な野生動物がリンクスに気が付く事なく捕食を可能とする。そうした環境に彼は居たのだ。
「ああ、そうかよ!!」
床板を抉る加速を得てガルムは突撃を敢行する。絶対的な殺意の前であるも、完全に堕ちる程に軟では無い。
迫られるリンクスは決して慌てる事なく、見据える先のガルムを静流なる殺意で捉え続けて引き金を引く。
弾倉の交換はしていない。故に空の銃身から弾丸が撃ち出される事は決してない。だが、銃口より放たれるは真白なる閃光。
光の残滓である粒子が銃口の周りを踊り、閃光の主体は一筋の流星にして刹那を超えてガルムへと直進をしていた。
ガルムの反応は引き金が引かれた瞬間より始まっていた。限りない殺意の飽和に同調してかわそうとしていたが、それは音速域の話である。
光はガルムの右肩を貫き、光が物理的な衝突で微細に拡散。肩を更に抉り、光熱で蒸発の末に硬化して辛うじて腕は胴体にぶら下がっている。
通り過ぎる閃光は秒間も無く広大な格納庫の壁面に衝突。圧倒的な光量を収束した壁面は膨張し、破裂した。
それでも余剰の光は爆発の閃光と共に熱と化して霧散をし、先ほどのガルムが行った磁気衝撃波の様な光の爆発光を放って消え去る。
壁面は溶解し、マグマへと還った金属液は床を這って流出していく。遥か先まで抉る圧倒的な光熱量。ガルムの障壁を、鋼の体を射抜くのも不可能では無い証拠。
既にガルムの腕を消滅させた一撃の残骸である壁面は無残な穴を開け、その通り道の在った物体は例外なく穴を開けて如実に光の通り道を露わにしていた。
「っ!! 確かに、これじゃあ獲物は捕まえる前に蒸発しちまうわな…!」
電子レンジに猫を突っ込んで破裂させたなどというレベルでは無い。肉片はおろか血の一滴、それ以上の水素分子すら単原子に還してしまう程。
単なるエネルギー収束体ではなく、魔力素によって構成されたエネルギー体。ガルムの肉体構成に障壁と同じ素子レベルだからこそ、貫通してしまった。
リンクス自身には何一つ魔力要素を持ち合わせてはいない。遺伝子構成も元の世界の超人であるというだけでどんなに調べても見つかりはしない。
まるで発される殺意に呼応して発現しているかの如き出力。向けられている殺意の眼差しはレーザー照射と言って過言では無い。
「うん。だから使うのをやめた。こんなの使ってたらからしばらくご飯がお預けになってた」
これ程の殺意を向けられれば誰もが逃げるのは当然だ。だが、ガルムにとって重要なのはそこではなく――。
「…それはいつの事だ? こっちに来てからか?……それとも――――
「向こうで」
簡単に返ってきた答えにガルムは心の中で激しく舌打ちをするしかなかった。
リンクスは誰よりも早く発現をしていた事を意味する。そして秘められた殺意と連動して封印され続けていた。
彼の特性は殺意を伏せる事で高純度で洗練され、狙撃と言う他者の心理を覗き続けた事で誰もが到達し得ない領域の知識を得たのだ。
溜めに溜め込まれ、超熟発酵した素質と殺意の封印を解いてみれば強大な意思に魔力ですら強力な化け物へと変貌していた。
更に根本からして二人は異なっていた。肉体が限界を超越し、限りない強き拳と硬い身体を手にしたガルム。只一つの全てを貫く射撃にのみ特化したリンクス。
リンクスの肉体は何一つ強化されていないのは今のガルムが見ても理解出来る。拳を一つ叩きこめばそれで終わるのだ。しかし両者は盾と矛。
超近距離肉弾戦主体と超遠距離狙撃主体の二人。現在の相対距離は中距離弱。リンクスの射撃の速度を差し引いても専門距離の中間地点と言える。
既に両腕が皆無状態のガルムと肉体的消耗が甚大のリンクス。双方共に有利とも不利とも言えぬ現状に下手な動きは即、死に繋がる。
「まぁ、色々と驚かされたがよ、そろそろ終わりにしようや」
「んっ」
今まで決め手に欠けて来たが、そんな茶番を行う気力・体力ともに最早残されていない。
リンクスの狙撃が先か。ガルムの突進が先か。狙撃を避けるか。突進を回避するか。相討ちに持ち込むか。仕切り直されるか。
ガルムの気迫が大気を震わせ、リンクスの殺意の視線が大気の振るえに呼応して紫電を迸らせる。
今頃見当違いの空間異常に遥か先の天井よりスプリンクラーが作動を始め、大雨が降り注ぐ。視界が大幅に遮られるが、互いの殺意が視界の代わりを果たす。
「「―――――」」
高熱に帯びた物体が蒸気を立ち上げ、震える空間が霧を色濃く立ち込めさせる。足下で雨水が小さな小川を形成して排水溝へと流れて行き、雨音があらゆる他の音を相殺していく。
リンクスはサジタリウスを構えたまま、ガルムは深く腰を落としたまま静止し続ける。障壁が降る水を弾き、サジタリウスからの滝が止め処なく滴り落ちていた。
容赦なく降り注ぐ水が漸く止んだのは数分後。されど両者は動く事は無かった。流れる水の音と水面に滴る水滴の音が静寂の中に木霊し、視界を塞ぐ霧も和らぎ始める。
微かに交差する視線。
霧の極薄い箇所が視線の交錯地点に生じ、決して見えているとは言い難い分厚さの中で確かに交わったのを感じ取る。
放たれる閃光に射出される砲丸。二つの弾丸の衝撃波で霧が吹き飛び、交差地点の霧は完全に消滅した。
中に現れたのは右脇腹より下を抉り取られたガルムと食い破った閃光の残滓。ガルムは慣性のままにリンクスに突き進むも、制御の無い突進を避けるのは容易かった。
噴き上がる水飛沫は盛大で、遥か先で閃光の爆発で水蒸気爆発となって空間を震わせているのと遜色が無い。
「負けちまったか…」
右脚が完全に分離した状態では立ち上がる事は出来ず、悠然と歩み寄って来るリンクスの姿にそう呟いた。
強みである障壁はリンクスの前では意味を成さず、戦いを続行するにも左脚一本では到底リンクスの相手は務まらない。
況してや何一つ減らない殺意の強さ。慣れる事が叶わずに最後まで怯えた子供の癇癪として戦ってしまった。
決して怖気づいてはいなかった上に突撃はあれ以上のタイミングと踏み込みはあり得ない。完全なる敗北である。
本より光速の直撃を回避しただけでも超越しており、その相手がリンクスともなれば誇れる事でもあった。
ガルム自身がリンクスの狙撃で外した結果など今まで見た事も無く、他の面々も同様である。
つまり、リンクスは実践で一度たりとも無駄弾を発生させた事は皆無という驚愕の結果を残しているのだ。
「―――」
無言で波紋が広がる水面に倒れ伏して失笑しているガルムを見下ろしつつ、サジタリウスの銃口を突き付けるリンクス。
目に見える筒先を眺めてガルムは感慨に耽る。『――ああ、俺はこの銃から放たれた弾から生き延びているんだな』と。
「…ああ、死ぬ前に教えといてやるぜ。此処の基地には大した情報は入って来てないぜ。精々武器弾薬・整備機器の仕分けのリストが関の山だ。
何せ補給基地程度にしか利用されてない辺鄙な所だしよ、ブラックコーヒーが濃いのなんのって…」
「…だけどタイムスケジュールや戦略概要リストは必ずある」
組織的な戦闘には必ず予定は組まれ、それを記した資料は残される。
戦略を練る上でそうした細かな情報が今後の戦いの進退を決める重要なファクターとなり、存在しないはずは無い。
「さて、な。そいつは俺の口からは何とも言えないな。知りたけりゃ自力で頑張りな」
されど敗北したとしてもガルムはそちら側の存在。不利になる情報を暴露する事は無い。
となれば当初の予定通りに内部を探索するしかないが、少し問題があった。
「じゃあ、食堂は…?」
「あん?」
「動いたから、お腹空いた…」
激闘の末に膨大な魔力の使用は体力を大幅に消耗し、栄養摂取をリンクスに要求していたのだ。
目を瞬かせて呆然としたガルムは数瞬後には我に返り、そして声を殺して笑う。
相も変わらず視線は鋭く何処までも冷めているが、リンクスは何処までもリンクスであった。
「そんなら此処からそう遠くない区画にあるぜ。保存食だから味はあんまし良くないぜ?」
「…腹に納まれば同じ」
「そりゃそうだ」
トリガーに掛かった指に力が籠る。魔力の弾丸を放つのに撃鉄を起こす必要は無く、引き金を引き意味は本来ならばない。
しかしリンクスにとって撃つとはそういう事である。なれば引き金を引く事で撃ち出されるのだから呼応し、あれ程強大な射撃を可能とした。
最早ガルムから引き出す情報が無いと暗に語り、彼自身も軽く微笑んで終焉を理解する。リンクス自身が爆風に巻き込まれないすれすれの地点で足を止めているが、それはガルム相手には危険な距離。
左脚一本だからと言ってもカロン・ウンディーネなのだ。常識など通用しない。されどその相手もカロン・ウンディーネ、危険の概念など超越していた。
「んじゃ最後に一つだけ言っておくわ。
…風邪には気を付けとけよ? この世界じゃ変な病原菌がうようよしてるかもしれんからな」
そう言って微笑んだ。相手を気遣う眼差しで。
その顔は刹那に閃光に突かれて消失し、続く光の爆風で胴体も消滅してしまう。
蒸発して吹き荒れる霧の風の熱さを全身に浴びつつ撃った姿勢で留まり、抉られた地点を見詰めていた視線を伏せて立ち上がる。
再び見開かれる瞳には殺意は消え去り、消えた爆風により改めて立ち込め始めた爆心地を眺める。
「…んっ」
静かに一つ頷く。
視線を格納庫全体を見回し、今までの戦闘で荒んだ激戦地と化した光景の先に内部へと続く通路を見つける。
再なる疾走は基地のメイン情報区画を目指して進み出す。施設人員が状況を知らないはずが無いのだから真っ先に制圧すべき場所。
むしろ今までの間に相手の増援が一つも無かったのが不思議であり、彼の言った通りに現在は無人なのか確かめる必要があった。
◇
完全無人制御機構型補給基地、通称A.I.ベース。空中管制から空調制御、果てには調理まで機械制御によって完全管理されていた。
不思議な事にリンクスの存在は認知されているかと思いきや個人識別機構の類は無く、隔壁封鎖をする様子も見せなかった。
高度な管制システムを有する半面に内部セキュリティは無いに等しい。お陰で食事摂取と情報の調達は順調であったものの、完璧にとは終わらなかった。
ガルムとの戦闘で格納庫全体が凄惨な戦場跡地と化し、爆発・炎上・地割れ・陥没。スプリンクラーの作動に施設内の監視システムが戦いを見ていないはずが無かった。
内部にはセキュリティが手薄であった分、外部のセキュリティシステムが機能を始め、小型の小型機動防衛兵器が基地内部に殺到したのだ。。
蜘蛛を模した四脚歩行の機関砲、短照射パルスレーザー、ワイヤーネットを装備したガードメカがリンクスを探索するも、基地のシステムとリンクしていないので早期に発見される事は無かった。
内部に進入するまでのタイムラグの合間に中枢システムを閲覧する事が出来たものの、ガルムの言う通りに大した情報は引き出せなかった。
それでも元々皆無に等しかった状況から得られた情報であるのでその分内容は重宝出来るものであったのは確実である。
電子記憶デバイススティックにダウンロードをし、深くは調べずに離脱を図る。ガードメカが現在地点の近郊まで迫っていたので、ダクトを通じて外へと向かう。
序(ついで)にダクトのセキュリティを切っておいたので通行に問題は無く、格納庫までは滞りなく進む事が出来た。
既に外界はガードメカに包囲されているので隠れる場所が皆無な荒野を単身で離脱するのは不可能。故に乗物を一つ拝借する為に格納庫に赴いた。
炎上を続けている資材や霧散し切れていない水蒸気の霧の雲で視界は不調。降り注ぐ特殊消火液が混入されている雨にさしものガードメカもセンサーの大半が機能出来ずに巡回に手間取っている。
匍匐前進で身体の半分を水浸しのフロアに身を隠し、クレーターや抉れた床の水脈を潜水したりして捜索の目を掻い潜って一台の車へと近づいた。
航空機の類は燃料の有無以前にアイドリングの時間を要するので即時離脱は不可能なため、資材を牽引する為の小型の車に目を付けた。
大型バイクのタイヤを四つにした風格の単車式パワーローダー。牽引をする為に重量を重くする必要があり、その過程で大型のエンジンを搭載しているので出力が期待出来る。
多人数使用を目的としている為に個人識別機構は無く、エンジンスロットを貯蓄エナジー機構で供給させるスイッチ方式で始動から運転可能までの時間は短く、施錠機構も無い。
エンジンが始動を始めた甲高い振動音にガードメカが一斉に反応。メインカメラで補足したメカは一斉に砲門より掃射始め、間髪入れずにハンドルのギアスロットを全開にして格納庫より熱光線が痛い青空の下へと向かうリンクスの背後を通り過ぎた。
ガードメカ同士の情報伝達により全てのメカが滑走路へと集結し始め、銃弾とパルスレーザーの弾幕が並走して迫り来る。滑らかな滑走路上をスロット全開で急加速をしてガードメカとの相対距離を離し、荒れ地へと進入する。
路面では圧倒的に有利なローダーも凹凸の激しい大地では減速を余儀なくされ、開けた距離も地をしっかり踏む四脚に縮められてしまう。
更に悪い事に此処は渓谷の谷底。離脱するには登るという条件が付加されるために時間が圧倒的に足りない。
大きさ段差を跳躍しつつ目線を上に向けると聳える山の絶壁と彷彿とさせる谷の壁面が。その視線の先で爆発をする箇所が確認出来た。
否。見れば単に偽装されていた防衛兵装の防壁を吹き飛ばしたに過ぎず、そこから自立型の小型戦闘機が三機降下して来る。
「―――」
降り注ぐ機関砲の雨の中、片手でサジタリウスを抱えて閃光を放つ。反動でローダーのタイヤが地面にめり込んで空回りした。
即座に貫かれた一機が爆砕。一機が撃墜したと見るや否や散開を始めた際に更にもう一機。容易く航空戦力が半分以下となるも、援護とばかりに絶壁の上空より増援の航空機が飛来。
前方からも現地警戒を行っていたガードメカの群勢も確認ができ、三次元空間上完全にリンクスは包囲されている。
ガードメカは兵装としては貧弱ではあるが数が多い為に一人を殺すのに十分であり、対するリンクスは事実上の無限の弾薬を手にしたと言えるが三桁を超えるメカを相手するには骨が折れるのは確実である。
徒の人間一人では確実に死ぬ状況ではあるが、リンクスは決して後れを取る事はあり得ない。
それを証明するには少しばかり時間が経過しなければならない。その時の戦場は、再び深遠の森へと舞台は移る――。
◇
身を隠した樹木の幹が数秒と持たずに弾丸で抉られ、パルスレーザーに焼かれて崩れ落ちて行く。
出力を絞った細い閃光が先頭のガードメカの一体を突いて爆砕。茜色の染まる空色と同じ爆炎に紛れて接近を果たし、斬撃で数体をがらくたに変える。
反撃にワイヤーネットで捕縛を謀ってくるが障害物の多い森の中で尚且つ無秩序に動き続ける相手を捉える事が出来ない。
再び放たれた閃光が数体を一直線に貫く。出力を抑えていた為に最後の一体を貫通せずに一際盛大な爆発を起こしていた。
撤退と追撃を開始してより既に数時間が経過し、未だにリンクスとガードメカの攻防は続いていた。既に時刻は夕刻を示すがリンクスは未だに生存を果たし、追撃の相手を撃破し続けている。
破壊に継ぐ破壊。舞い上がる弔いの爆炎が一方的に巻き上がり続け、リンクスの辿る道筋そのものが死者の軌跡となっている。
航空戦力は既に壊滅。正確には早々退場してしまった。三次元機動は光速の射撃の前には意味を成さず、息を吹き掛けただけで翼が容易くもげてしまった。
ガードメカも最早リンクスの視界に収まる十数機を残すのみ。烏合の衆程度でリンクスの勝つ事など不可能であったのだ。
機械が相手だからこそ戦い続け、相手が人であったのならば向けられる視線の前に戦意を喪失し、意識を保っていなかっただろう。
人の姿をした人では成し得ない力を有する者。魔力による射撃が無くとも、リンクスは同じ結果を残している。徒そこに至る過程が異なっているだけ。
与えられたプログラムを遂行する為にガードメカの哀れな愚者は銃口をリンクスへと定め、生体反応を消滅させるために再び火蓋を切ろうとする。
しかしガードメカ達が行ったのは身を貫く何かにより破壊された胴体より紫電を発し、ジェネレーターの暴走による爆発であった。
リンクスの視点からは地面より巨大な刃と化した土がガードメカを貫いて破壊せしめている。突如として発生したそれにより残りの全てのメカが破壊された。
「………魔法」
突出した大地の刃が再び地面へと帰還をして行き、その様子を眺めて現象の本懐を呟いた。
物理法則を無視してあり得ない事を可能とし、精霊に働きかける事で本質を垣間見る術。それが魔法。
しかし何故今ここでそれが起こり得たのかは振り返る先に居る女性が直ぐに教えてくれるだろう。
「お早いお帰りですね。何やら物騒なお連れが居たご様子でしたので僭越ながら助力を挟ませて頂きました」
彼女が跨っているのは地を駆ける龍サンドラ。その独特の容姿は忘れる筈も無く、森での最後の攻防を繰り広げた龍。
木漏れ日の日差しと同じ色合いの髪が黄昏色のカーテンとなってはためき、光の斑模様が妖しくサンドラに跨る女性を彩っているがリンクスは決してその美しさに幻惑されない。
ガードメカを破壊せしめた力、魔法を使った。リンクスを援護したと見えなくもないが、それがどの様な意図における所業かは断定出来ない。
リンクスは再びこの森へと舞い戻って来た。それはつまり、再び敵対するためと捉えられるであろう。
魔法を使う女と閃弾を放つ山猫。前回露呈しなかった戦闘手段を互いに持ち合わせている。となればその先は更なる苛烈な戦いが待ち受けると言えよう。
静寂が周囲を包み込むが、ざわめく森だけが双方の行方を案じていた。
Fiaba Crisis ~ 山猫の旅商人 ~
quest episode : 06 - Incline -
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