半日もせずに栄えていたギルの町は蹂躙され、侵略者により完全に制圧されてしまった。
 夜になれば酒場以外は静寂に満たされるが一日の終わりという生きている町独特の空気がひんやりと闇を強調させ、町が生きているのを実感させる。
 それが今、痛みと悲しみに帯びている。視界には必ず崩壊した/抉られた建物が存在し、鼻を突く硝煙と黒煙の煙が辺りに立ち込めている。

 人は最早道を安心して通る事は罷りならず、人の町を魔獣とも妖怪とも分からぬ者達が活歩し、何処ぞに居るやもしれない人間の獲物を探し求めていた。
 オークの唸り声にマッドドッグに遠吠え、ホーンデッドの甲冑の擦る音だけが堂々と町の空気を震わせ、新たな支配者を明確に現わしている。
 既に教会も半壊して制圧され、今の散逸的に各地で銃声や爆音が轟いているが、それが生存している冒険者や神官達によるものかは確かめようがない。

 侵略者達の行動は最低三体以上の集団で町を巡回し、何かしらの合図に近くの者達が即座に応援に駆け付ける戦術を用いている。
 単に獲物に群がる獣と考えるのが妥当といえる動きだが、全体から見れば特定の範囲において且つ一定以上の個体が集結しない性質に帯びていた。
 また彼らは自身が降下してきた着地ユニットらしき巨大ポッドを守る者達とそこを基点に行動をして町を制圧していた。

 ポッドの数は何十にも及び、町の全体をカバーしている為に奇襲を受けた人々が逃げる時間など初めから皆無に近いのが現実であった。
 そしてポッドの周囲には数多の大中小の箱が積まれ、開かれている箱にはオークが扱っていた実銃や光銃が満載し、マガジンも隣の箱の上に積み上がっている。
 幾体のオークが獣にしては器用に銃のマガジンを交換し、光銃も銃身の中場を折り曲げて淡く発光しているクリスタルを箱の中の光球が光放つ同じ形のクリスタルと交換して嵌め込んでいた。
 装備の交換を続けるオーク達の間近には砲台として座席に座って放つ機関砲が鎮座しており、此処が如何に彼らにとって重要な地点として機能しているのかが窺える。

「これが彼奴らの要所であるか…。何とも物々しい光景であるな――」

 眼下に広がる光景にエリスは不謹慎にも初めて栄える人間の町の風景と同じぐらいに感心をしてしまった。
 無機質な鉱物の物体を囲う金属の箱の山。貴金属であろう装甲を身纏って徘徊するオーク達。戦いの拠点として、未知の数々は彼女には圧巻でしかない。
 炎を発さない円柱のランプが鮮明に周囲の空間を照らしているのも手伝い、エリスには異世界が展開されているとしか見えないのは仕方が無いのであろう。

 一方の隣で同じく眼下を眺めているリンクスは冷静に/鋭く観察をしている。
 彼らの居る場所はポッド最寄りの建造物の屋上。オーク達の追撃を彼らの意表を突いて道を使わずに建物間で移動を行っていた。
 集団で行動をしているが逆に仇となり、道を横断する際には注意を払えば決して危険過ぎる行為と成り得ないでいた。
 マッドドッグによって匂いを嗅ぎ付けられる可能性はエリスの得意とする風の精霊を使い、二人の匂いを極力抑え込ませる事で潰している。

「して、これよりあれを順次潰して行くのだな?」

 エリスはリンクスより借りたナイフを手で弄り、何時でも突入出来る気概を露にする。
 数は先ほどの戦闘よりも多く、一筋縄では行かないのはその身に沁みていた。ましてや敵の拠点ともなれば予測の付かない攻撃すら在り得る。
 流石のエリスの今度ばかりは独りでに先行せずに大人しくリンクスの横で待機をしている。

「―――エリス。魔法で向こうの建造物を倒壊させるのか可能か…?」

 そう言って指した先の建物は現在地点とポッドの丁度反対側、その更に街道の交差点より少し深まった場所の半壊し、傾斜が深い少しの刺激で崩落しそうであった。

「むぅ…。出来なくはないが、少しばかし骨が折れそうではあるな」

 銃身が長ければ長い程に火薬での発砲時の弾丸の方向性が安定し、より正確に直進を可能とする。
 魔法も同じく、射程が長い程に命中率は下がり、誘導可能な魔法は更に高度なものとなる。
 エリスが可能とする魔法は風を弾丸。しかし術者の傍らより離れると一定時間は精霊の加護で効果は持続出来るがそれ以降は形を維持出来ずに拡散してしまう。
 要求された地点はエリスが体験する最遠距離を優に超えていた。例え上手く届いたとしても、崩せるだけの力量は今のエリスには甚だ疑問なのであった。

「…因みに音や光は発さない事が条件の魔法で」

「……何故それをさっさと言わぬっ。まぁ、風の魔法に消音という付加効果を与えれば容易に出来るがのう――」

 掌を翳し、小声で詠唱を開始する。手の平の上に不可視である風が纏い出す事で周囲の気流が乱れ出す。
 だが幸いにも現在地が屋上である為に地上で上での異変を気が付く者は皆無。リンクスは髪を揺らしながら眼下の様子を細心に見配る。
 エリスは要求通りに風が空間を切り裂く音を出さず、風の球を完成させた。闇の中で見辛いものの、風の球が渦巻く空間だけ風景が歪曲していた。

「――では、これより妾の力の見せ所であるっ!」

 場所故に小さな声ではあるが、エリスは力強く宣言をして射出する。物理的に球体を投げ飛ばすのでは無い、魔法による推進での撃ち出しで狙い撃つ。
 球はオーク達の/ポッドの/マッドドッグ達の頭上を通過して突き進む。マッドドッグの中には些細な異変に耳を立てて周囲を見回す個体が居るが、既に通過した後である。
 完全に術者の手の内より離れた魔法は闇の中を直進するが、照明の範囲を抜けて目標に着弾するかは最早誰にも分らない。

 当人であるエリスは感じる範囲では順調に突き進んではいた。だがそれも道行の半ばまでだったために固唾を飲んで見守っている。
 撃ち出されて数秒が経ち、視線の先の風景に変化は見られない。途中で不発に終わったのでは、という考えも過るがその点は杞憂となった。
 目的の建物の根元より粉塵が舞い上がり、破壊音が少し遅れて届いてくる。そしてそれに反応するオーク達。

 吐き出される銃弾の嵐は粉塵の舞う風景へと吸い込まれて行き、マッドドッグ達も突撃をして自爆を敢行していく。
 単なる無人の囮であるにも関わらずに全力での攻撃にはある種の脅威を感じさせるが、所詮は傀儡の奇行でしかない。
 一体でも突撃をしていないマッドドッグが居たらならば、彼らの存在を察知する事も出来たであろうに、結果は相手の思惑通りに事が進んで行く。

 攻撃地点の正反対、彼らの最後尾より迫るリンクスとエリス。先行するエリスが一番後方に居たオークの首を撥ね飛ばし、間近に居た仲間が異変に反応する前にリンクスが二丁の銃で血祭りに上げて封じる。
 銃撃により生じている轟音に彼らの攻撃の音は掻き消され、リンクスの射撃はこの場においては相応しい音故に誰も気が付かずに背後より迫る脅威により徐々に屍が築かれていく。
 エリスの魔法によって崩落はしなかった建物はオーク達の攻撃で粉微塵に粉砕され、その結果として半数以上の数がポッドより離れてしまっている。
 そして残りの半数の半分は、既に息絶えているのを彼らは知らない。現場検証に向かう残り数体のマッドドッグにオーク達。他の残りはその場で待機するか、持ち場へと戻ろうとする。

 彼らの脇をすり抜ける一つの閃光が一体のマッドドッグを貫き、爆発。傍に居たオークを巻き込んだ爆発に周囲は騒然とするも、続く砲撃に肉片へとその身を変えていってしまう。
 攻撃してくる相手はポッドに鎮座している砲座の機関砲からと認知した者は混乱をし、撃ち手の姿を認識した者は驚愕をして朽ちて行く。
 俊敏なマッドドッグは先の一撃で纏めて吹き飛んだために機関砲の攻撃に対抗出来る者は居らず、最後までリンクス達の奇襲作戦に嵌ったまま全滅してしまった。

 砲撃手は当然の事ながらリンクスであり、傍に控えていたエリスは両耳を塞いで顔を顰めていた。
 彼女の長い耳は伊達ではなく、森の中での獣や人の忍んでいる音を聞き取る能力に長けているので間近での大口径である機関砲の連射による発砲音は騒音を超えて痛みを与える。
 際限なく吐き出される薬莢に目にも止まらぬ高速回転をする砲身が漸く止まる事には既に攻撃先には動く有機物は皆無。砲座越しに突き出していた手持ちのライフルを持ってリンクスは地面へと降りた。

「この台座の使い方を心得ている様だが、貴様はこれが何かを知っておるのか?」

「――この砲座そのものはそれほど詳しい方ではないが、大筋の使い方に差は無かった」

 簡易式ともなれば発砲の為のトリガーと、砲身を操作するためのレバーがあれば最低限の攻撃手法を確保していると言える。
 だがリンクスの世界では既にこのタイプは自動砲撃でしかなく、遺伝子レベルでの識別信号の識別によって敵のみを奢っていく。
 甲殻兵装の登場に開発される合金技術の発達によってその存在意義は対人戦闘の極限られたゲリラ戦闘でしか使われていない骨董品となっていた。

 だが、この世界であればそれは骨董どころか接近を許さない脅威の兵器へと復活を果たしてしまう。
 現にリンクスの砲撃でオーク達は一匹残らず撃ち殺されてしまい、この町を恐怖の淵へと追いやった侵略者が容易く制圧されてしまっている。

「…まぁ、良い」

 何故に知っているのか、エリスはその疑問を飲み込んでポッドの周りに積み上げられている物品を物色し始める。
 この場にあるどれもこれもが実銃に光銃、それにオーク達が予備の様に背負っているハンマーやホーンデッドの剣の類など実に様々。
 中には細長い筒状の金と見紛う程に艶やかな物体が箱一杯に敷き詰められたのを見て感嘆の溜め息を吐き出してしまう。

「財宝の宝庫としか見えんのだが、これがこの町を脅かす武器の類であるのか…」

 だがその筒が縦長の箱の中に詰め込まれ、その箱が実銃に装填されている物を見つけていたので見間違える事はしなかった。
 宝の様な物々が全てエリス達を攻撃してきた武器のみがこの場の全てであると理解したが為の溜め息であったのだ。

「…下手に触ると暴発の危険がある」

「ぼうはつ?」

「さっきみたいに銃で撃たれる。勝手に」

 リンクスは装填されていない空の銃を手に取ってエリスに銃口を向けて引き金を絞る。
 直接攻撃を受けたエリスとしては向けられるだけで恐ろしいので口より体をずらして避ける。
 故に近づいていた箱から距離を離し、ポッドの前で立ち往生してリンクスの様子を窺う。

 当のリンクスは何やら光り輝く壁面を凝視して下部の凸凹した壁を奇妙な叩きを指でしていた。
 それは壁面に映るモニターの情報を設置されている端末を操作して様々な情報を引き出そうと試みている行動である。
 幸いにも入力方法・言語方式・基本操作のどれも彼の知る、一般に普及している端末であった。

「―――」

 無言で端末を操作していく。トラップや警報等に注意を払いながらの作業は手間が掛かるものの、その部分を調べる事で時間の短縮を図っている。
 どの部分にどの様なセキュリティが掛けられているのかを知る事は即ち、相手の技術力に組織力・現場に展開する勢力の意味合いを推測する材料となる。
 セキュリティホールの先にトラップがあれば、それは突破を見越した罠。つまり向こうはそれすらも承知する技術を有する相手と分かる。

 だが幸いと言うべきか、この端末には一切の――それも何一つ暗号化されたデータとパスワードが存在しないフルオープンな状態でモニターに情報を展開していた。
 稚拙を通り越した無謀な設備としか言い様が無い。情報の送受信機能も存在せず、このポッドそのものが一つの基地としての機能を前程としているとしか見えない。
 しかしこれで一つ分かった事は、ポッド毎に独立しているという事は担当区域が完全に分断されているという事。例えこのポッドの担当区画の全ての者が消えても不審故に増援の可能性が薄い。
 実際にポッド周辺の敵を殲滅して少し経つが周囲に音沙汰が何一つない。エリスの魔法でも警戒を怠らせていないので確かである。

(―――…)

 調べを進める程に不信感がリンクスの内に広がっていく。このポッドが有する情報が少な過ぎるのである。
 この町の詳細なマップに担当区画の情報は当然とするもそれ以外の情報が無さ過ぎる。
 機能としては降下の際の着地機能でシステムは満たされ、オーク達の情報に関するものが一つも無い。
 無線機能の一つも無いのが最大の疑問であり、作戦の展開には必ず情報交換は必要である。それがないとなれば、考えられるのは――

「…これは――」

 ポッドのシステム機能の中で中央部分に独立して稼働している装置を発見。電力供給のみ機能していただけだったので発見が遅れていたのだ。
 端末を離れてその部分へと近づくとポッドの支柱として中央に突き立つ直径1mはある柱を上から下まで全体を見回す。
 別段苦労もせずに蓋をされた部分を見つけ、完全に固定されていたので剥ぎ取る。すると柱の中は奇妙な淡い光を発していた。

 柱そのものをシリンダーとし、何の変哲も無い形状の円柱が液体の満載している中で留まっている。
 敢えて神秘的な表現を用いるとするならば、その円柱は金属の様な光沢を持ちつつ有機物の如き柔らかな表面をして輝いている。
 半透明な物体と見えるが輪郭がはっきりとしており、視覚的にはそこに確かな物体が存在している様にしか映らない。
 リンクスには理解出来ない現象を目の当たりにして眺めていたが、驚愕の色に染まったエリスが強引に覗き込んで来て事態は止まる事は無かった。

「光の精霊を封じた神器!!?―――いやっ、これは戒めの楔(ウロボロスの連環)か!!!」

 叫び声に近い憎悪の秘めた声にリンクスの感じていた原因がこれであるのを確信する。だからと言って彼自身がこれの意味合いを理解出来た訳ではないが。

「神器とは何?」

「神が己が武器として生成した絶対的な力を秘めた秘宝とも言うが、要は神の遺産を我々はそう呼んでおる。
 がしかし、妾自身が述べて何だが、これはウロボロスの連環が正解であるな」

 シリンダーに片手を添え、中の円柱を痛ましげに見詰める。

「この中のアレは精霊を拘束する器だ。あの中には光の精霊の中でも上位に位置する者は一柱、アレと融合している。
 精霊は元来、住まう地の意思の代弁者として存在し、または依り代を得て特殊な力の加護を発揮させるのだ」

 つまりこのシリンダーの中の円柱には光の精霊が何らかの手法で取り込み、何らかの機能に組み込んでいるという事だ。

「後者は本来、精霊自身が自ら選ぶか自然と精霊が生まれるのだが……これは強制的に埋め込んだ、邪道の儀式によるのもだっ」

 ポッドの中に渦巻く風の奔流。エリスが空いた右手に風を纏わせて今にもシリンダーの叩き込もうとしている。

「この町全体の精霊達の怒りの意味が漸く理解出来た。精霊達は仲間の苦しみの声に激怒していたのだ。
 妾にもしかと聞こえておる。己が全てを奪われ、踏み躙られ、凌辱されて上げている叫び声が!!」

 余波で渦巻く風にポッド内の物が外へと吹き飛んで行き、エリスの限界に意欲的に協力する精霊達の加護によって収束された風の魔法は強力な一撃を完成させる。
 振り下ろされた右手は真っ直ぐシリンダーに直撃をし、空間を切り裂く無限螺旋の刃となって削り飛ばす。
 この世の物では抉れないのはドラゴン以外には在りはしないだろうと言える程にその魔法の一撃には込められていた。

「っ…!」

 だというのに、エリスの表情には苦悶の表情が顕著に現れた。突き進むはずの右腕が、シリンダーに添えられたまま微動だにしないのだ。
 風の激流の中で満足に視界が広がらない為に分からないでいたが、シリンダーの表面には極薄く淡い光の膜が展開している。
 ホーンデッドの光の障壁と同じ効果が、このシリンダーにも展開して強力な魔法の一撃を完全に遮断し続けていた。

 防ぎ続ける障壁の強固さはさる事ながらも、触れる寸での膜状に展開して防ぐ堅固でありながら綿密であるは驚愕の事実である。
 より強固な障壁を展開するには過剰な魔力を注ぐ事で障壁のエネルギー量を増大させるか何重にも障壁を重ねて展開するかがこの世界での常識。
 今展開している障壁は極めて薄く、そして今のエリス以上の魔力が感知出来ない。つまり完全なる相殺。常識破りの障壁によりエリスは完敗を喫して崩れ落ちた。

「今のを完全に封じ切られては妾には最早如何する事も出来ぬかっ!!」

 魔法の過剰使用により今一力が入らない為に言葉のみで悔しがる。傷一つさえ付かず、綺麗な円柱のシリンダーは悠然のポッドの中心柱として貫いている。
 そのシリンダーのみが特別な障壁が展開する様で、その周囲の壁面は風の激流で数え切れない程に切り刻まれ、積み込まれていた資材の多くがズタズタに引き裂かれて銃刀がへし折れていた。
 シリンダーを覆っていたカバーもほぼ全てが剥ぎ取られ、天井と地面の壁付近にはシリンダーを固定する土台が剥き出しとなっている。

「――これは…」

 ポッドの外の安全圏に退避していたリンクスはエリスの魔法が終わるや否や、未だ隠れていたシリンダーが露になった部分を確認して凝視する。
 彼が見たのはエリスと正反対側の土台付近に表示されている文字列。それは今も刻一刻と表示し続け、それが何かのカウントダウンであるのは明白であった。
 このシリンダー自体に何かの操作基盤は何一つ付いていない完全な円柱形。軽い駆け足で端末へと移動して再度あのシリンダー関連の情報を検索。

 検索機能が存在しない為に一つ一つ関連システムをマニュアルで探し、先ほど確認した電力ラインを中心に探す範囲を拡大していく。
 単に機能を維持するだけならば別段気にする必要は無いが、何かしらのアクションをあのシリンダー内の精霊で行う時は必ずエネルギーに変化は生じる。
 本来の機能と同時に手遅れになる可能性も否めないが、今は他に手段が無い。元々の情報量の少なさもあって全体の2/3を消化、無論この中に不必要な情報は初めから除外している。

「!」

 シリンダーの電力に変化が生じたのを確認し、同時に機能し始めたシステムを即座に判別してシステムファイルを表示。
 そのシステムは主に観測システムであり、観測データの応じて掛けるエネルギー量を変化させる様であった。つまりシリンダーそのものに独立したシステムが組み込まれている為に直接知る事は不可能に近い。
 今表示しているデータを解析して判断するにしても膨大な時間を要する。だがそんな悠長な時間があるはずも無く、シリンダー内の円柱の輝きが不規則に点滅し始めていた。

「――まさか…!」

 漸く起き上がったエリスは目を見開いて愕然としている。リンクスには感じ取れない精霊を感じられるエリスならではの知り得る事態の様だ。

「精霊が、崩壊し始めておる―――このままでは死を迎えてしまう!」

「…精霊が死を迎えると、何が起きる?」

 最早端末で出来る事は何一つ無くなったので、その結末を尋ねる。

「精霊の死は本来、その宿る世界・媒体を失う事で初めてその存在ごと消滅をする。精霊は世界と対なる存在、一方を失えばもう片方も死を迎える。
 そして今、目の前に囚われている光の精霊も妾に理解出来ぬ力により強制的に消滅の一途を辿っておる。なればその対となるモノの死を迎えるのは理である。
 だが、その対なるモノが存在しないとすればその対価を世界から得る事で代用する事となる。この光の精霊の対なるモノはこの柱でも、ましてや付近にそれらしきものは何一つ無い」

「――世界から対価を代用すると、どうなる?」

「―――――精霊と共に、世界も消え去る。言葉通り、何もかも。
 ましてや上位の精霊。並大抵の領域を消滅させかねぬ。さらに今の世界は闇夜、光の精霊との相性は最悪だ。
 日が昇っている時よりも如何ほどの範囲へと拡大するかは見当も付かぬぞ…」

 リンクスはカウントダウンの数値が刻一刻と減少していくのを確かめ、再度シリンダーの中を眺める。
 ほんの僅かであるが、点滅する輝きの間隔が短くなっている。最終的にはどうなるかは、この場の誰もが与り知らぬ所。
 そうした後のリンクスの行動は実に素早いもので、ポッドの外に出てそこいらに転がっている箱の中身を確かめて行く。

 エリスの魔法によって損壊した物には見向きもせず、完全体に近い物を片っ端から中身を確かめる。
 開ける中身は武器類で占められているのでそれ程時間も掛からずに二つの箱を選んだ。一つは光銃の数丁とそのマガジンが入っており、もう一つは実銃で中身が同様。
 剣は見た瞬間も初めから興味が無かったかの様に放置し、選んだ箱を閉じて付いている取っ手を持って持ち上げた。

「どうするつもりなのだ…?」

 奇怪なリンクスの行動にエリスは終始疑問の眼差しで見詰めていたが、直観的にその意図する事に不安を感じていた。

「町を出る」

 即答に近い返答にエリスは分かっていながらも愕然とした気持ちを抑えられない。
 例えこのポッドの精霊を如何にかしようにも手立てが無い。だが忘れてはいけない。ポッドは他にもこの町の至る場所に存在している事を。
 エリス自身が感じているだけで、町全体が悲鳴を上げている錯覚に陥るかの様に他のポッドに居るであろう精霊達の声が届いて来る。
 このポッドの精霊の様子を見る限り、消滅までの時間はそう長くは無い。全ての精霊を消滅までの僅かな時間に助ける事は不可能だ。
 行動の阻害に未だ多く居るオーク達の攻撃を掻い潜ってなど、現実の壁は決して破れない。

「――承知した…」

 故に絞り出す声で同意する。気持ちでどんなに救いたいと思っていても現実は何一つ同情してはくれない。
 ただ純粋に、結果に向けて過程だけが時間と共に進行し、エリス自身もその結果に向けて最大の決断を行った。
 シリンダーを一瞥し、最後の躊躇を露にして背を向けて疾走をし出したリンクスの背中を追って駆け出す。

 歯を食い縛って断ち切れない未練を堪え、物理的には聞こえない囚われた精霊達の悲鳴、仲間の助けをエリスに乞う懇願の声を意識的に排除する。
 助けたいが助けられない。町の外へと進む毎に聞こえてしまう精霊達の様々な声にエリスは蹲って世界から意識を遮断したくて堪らない。
 だが止まる事はこの町と心中すると同意義。最後の生存本能に辛うじて意識を踏み止まらせ、視界の先にリンクスを捉え続けた。



 ギルという町は天空の月と星々に看取られて、静かに死を迎える。精霊が死を迎えると同時に周囲の世界が瞬時に消滅し、無音のままにその範囲を拡大していく。
 それはポッドの数全てに当て嵌まり、消滅は人も侵略者も、存在するありとあらゆるモノを飲み込み、音や天の光すらも巻き込んでいった。
 消滅と消滅がぶつかり合い、無を飲み込んでも代価は零なので飲み込む範囲を別に求める。

 衝突して広がり、広がって新たに衝突をして範囲をさらに広げていく。この工程はほんの刹那の時間だけに行われた事象。
 消滅をする精霊が上位の精霊であった為にこの町の精霊をも消滅に巻き込んだために被害は更に広がっていた。
 消滅の中で新たな消滅が生まれ、下位の精霊は連鎖的な流れに逆らえるはずもなく、遅々として消滅をしていく。

 故に消滅する範囲は本体の消滅を上回り、その余波が長時間に渡って影響し続けている。
 連鎖的な影響が終わった時には既に空が白み始め、日の光がギルという町を飲み込んだ消滅の結末を白日の下に曝け出す。

 ギルの町は一夜にしてその存在の全てが消えてしまった。それも根こそぎと言って過言ではない程に見事に。
 町の在った場所、遠くからは丘の浅い窪みにある為に分からないが丘の下り坂になった途端に地面は深い谷へと変貌する。
 大地ごと深く抉れたその場所は何一つ、町であったことすら証明する要素が無い完全なるクレーターを形成していた。

「―――」

 エリスはつい数時間前まで草の大地であり、今では崖と化したぎりぎりの地点に立ち竦んで結末を見下ろしている。
 なだらかに吹き下ろすはずの風は深い崖の発生により、強く吹き下ろす風となってエリスの背中より吹き下りて行く。
 朝日の光に帯びて激しく揺らされる黄金色の髪を気にする事も無く、エリスは悲痛な眼差しを向け続けていた。

 町が消えたのを一目見れば事の重大さは誰にでも分かるものの、精霊の存在を感じる者にとってはそれ以上の事実がさらに悲しませる。
 クレーターの大地に、一つの精霊の存在が消え失せた。どんなに酷く邪悪な大地でも、精霊は必ず存在してその地の生態系に大きく関与している。
 在るべき精霊が居ない。それはつまりその地の終焉を意味し、再び精霊が生まれるその日まで雑草一本すら生えない荒廃した砂漠と化す。

 精霊の誕生は有から生まれる。決して無から生まれる事は無い。故に何も無くなったギルの町であった場所に根付く物が皆無では精霊は生まれない。
 精霊が生まれない以上、大地は育まない連鎖を生み出し、半永久的にこの地はこのままであるとエリスには直感的に識っている。
 精霊と会話出来るという事は鋭敏な感性を有するのと同意義、だからこそ彼女はこの現実を嘆いて静かに黙祷を捧げていた。

「――妾達に、何か出来た事はあるのだろうかの…?」

 それは懺悔であった。自身でどうしようもなかったのを理解しているが、どうしても考えてしまう矛盾。
 どんなに願っても叶わない現実を我武者羅に足掻けば結末が好転していただろうかと考えずにはいられない目の前に広がる光景。
 大地の底を露呈し、土気色の地面のみの世界に空虚な気持ちが風に煽られている。

「二つに一つ。あの場に残って足掻き、そして巻き込まれて消える。もしくはこうして生き残っているか、だけ」

 何時もの大きな鞄を背負った格好のリンクスが、珍しく饒舌な返答を返してくれる。
 彼らは消滅に巻き込まれる事なく消滅の範囲外へと退避する事が叶い、唯一の生存者となって存在していた。
 エリスは生き延びたと分かった時点で蹲り、必死に耳を押さえて精霊の悲痛な叫びを耐え続けた。

 全てが無音で実行された消滅はリンクスには何一つ知覚出来ない結末の訪れも、エリスには爆撃の現場よりも鮮明で残酷だった様だ。
 最後は気絶に近い形で眠りにつき、静かな寝息を立てる様になったのはさらに長い時間が経過した後であった。

「例えあのポッドの対処が出来たとしても、ポッドが他に数多存在していた。その全てを二人で対処出来る事は絶対に出来なかったと言える。
 況してや消滅が始まる時間と逃げ切れた時間を鑑みればこうして即時撤退に踏み切ったからこそ、生き残れた事実がある。
 となれば助かる見込みがあったのは自分たちだけ。それ以外の者の生存の可能性は何一つ無い。ならばエリスが自身を苛む要素は無いはずだけども…?」

 起きたエリスが最初に起こした行動が現場の確認。丘の向こうへと駆け込もうとしたのをリンクスがスレスレで捕まえた事で落下は免れ、今こうして見下ろしている。
 既に現実を受け止めてはいるが、思考が停止して次の行動へと移行出来ていないのだ。精霊関連はリンクスには何一つ理解出来ないが、知覚する者にとっては非常に重要な要素だと窺える。

「…そうであるな。確かに、そうであるが――」

 リンクスの正当な理由と疑問に、エリスも理解を示している。それでも彼女の反応は鈍い。

「…それとも、共に消えたかったと?」

「……エルフと精霊は共存していると話したが、それ即ち一心同体を意味していると同じなのだ。
 精霊達の悲しみは妾達の悲しみ。妾達の怒りは精霊達の怒り。そして彼らの死は、妾達の死も同意義なのだ。
 例え住まう森の精霊ではないにせよ、如何様な地であろうともそれは契約であり盟約。精霊の半身と言える」

「――精霊は対なるものと存在し、一方が死を迎えればもう一方も死を迎える…」

 返答は深い頷きで返された。その話はこの世界の法則である以上、当然の結末である。
 だが精霊と契約する者にとっては付加する意味合いがあるとエリスは肯定した。即ち、共死を。
 リンクスにはその概念は無いが仕事でマフィアの殲滅の任に就いた時に近い存在は知っていた。
 彼らは自身の長が殺されると皆一斉に自殺を敢行。彼らにとって長が全てであり、例え死しても共にある家族だと固く結成していたのだ。

 強固であるが脆い組織であったという印象を受けるのみだったが、他のメンバーは少し羨ましいとぼやいていたのを覚えている。
 つまりそういう事。結局は分からず仕舞いであったが、今のエリスは憂いているのは一目で分かっている。
 だからこそ、リンクスは決定権をエリスに委ねる事にする。そうであるのならば、彼女自身が選べば良いのだから。

「ならば、今決めれば良い…」

 両手に持っていたポッドの箱。その一つを開けて実銃を取り出してマガジンを装填、コックを引いて装弾してエリスに投げ渡す。

「――これは…」

「使い方は奴らの動きを見て分かっているか?」

 困惑顔で小さく頷き、様になった持ち方をする。リンクスに間近で見せられてもいたので反動以外の使い方に不備は無い。
 だがこれを渡された事を直後には理解出来なかったが、彼の口から直ぐに理由が紡がれた。

「それで自分の命を絶てばいい。頭に筒先を突きつけて、引き金を引けばそれで充分」

 空の手で銃を持つ真似をして、人差し指を引く。それを見てエリスの肩が小さく跳ね上がった。
 見やればリンクスの表情には何一つ、変化が見られない。それはまるで出会った当初の無関心さを思い出させる程に。

「エリスの言う理屈には到底理解は出来ないが、概念のみは知ってる。自身の命よりも大事な重みが存在し、それを尊重して生きている。
 死にたがりも居ればどんなに醜くとも生き様とする奴も居る。命よりも優先して生きる者も居る様だけど、つまり生き方は人それぞれ」

 淀みなく紡がれる言葉と共にもう一つの実銃に弾丸を込めて今度はリンクスが銃口をエリスへと向ける。

「…エリスは何を選ぶ? ここで契約の則って死ぬ、それとも生きるのか?――必要ならば俺が手伝っても良いが?」

 変わらない口調にまるで日常会話でもしているかの様に平然と言い放っている。
 町での戦いでも感じていたが、リンクスは何事にも感情の起伏を見せない。幾つかの町で商売をする姿を見ているが、あれは商売用の顔だと直ぐに分かった。
 必要な時に必要な事をする。そして今も、リンクスは自身の抱える矛盾に決着をつけさせ様としている。その先にどんな結果が伴おうとも、決着を付けさせるべく。

 無言で渡された銃を見詰める。暗闇で細かい所までの詳細は見えなかったが、これは簡素な見た目に反して非常に精巧に作られた金属の物体。
 この様な物が弓よりも速く鋭い槍を放っていたのだから今更ながら震えてしまう。それが今、自分の命を絶つか否かを選ぶ手段となっているのだから皮肉なものだ。

「どうする?」

 答える求める声が聞こえる。無論、既に決まっていた。初めからそうであったが、感傷に浸っていただけの事。
 本当に悩んでいたのが馬鹿らしい程に今はすっきりした気持ちだ。

「――やめておこう。少なくとも今は、この命の行く先を見据えてからとする…」

 リンクスと出会った以前のエリスならば命を絶つ決意をしたかもしれない。だが生き延びた命を無駄にする程、今のエリスは純粋ではない。
 自分の命が危険に晒されて屈辱を味わったからこその今日の意思に、いずれ来るであろうその時までに己が命を現存させる事を選んだ。

「いいのか…?」

 既に銃口は下ろされている。エリスも崖から戻り、投げ渡された銃を彼に返した。

「心配無い。妾には崇高な使命が課せられている。この命、それを果たすまではこの屈辱に甘んじよう」

「――そうか」

 深くは聞かず、リンクスは返された銃を明後日の方角に銃口を向けて引き金を引く。


 カキンッ。


 そんな音が響いて、エリスが小さく眉を顰めて振り返る。リンクスは起きるであろう事象と異なる結果に銃の周囲を見回し、銃身のとある部分に視線が止まる。
 それを弾いてカチンという音と共に向きを変えさせて再び引き金を引いた。すると今度は軽い反動と共に弾丸が発射されて発砲音が轟いた。
 一つ頷いてマガジンを取り出し、装填されている弾丸と輩出した薬莢を回収して箱に格納。旅支度は完了した。

「最寄りだと引き返す事になるから、次の町へは数日ほど。買い出しの分のみで十分足りる」

「リンクスよ。今のは何であろうなぁ…?」

 今の事象をまるで何事も無かったかの様に動こうとするリンクスだが、エリスはそれを看過出来ない事実を声を殺して聞く。

「安全装置が働いていただけ。瑣末な事にも」

「その『あんぜんそうち』とやらが働くと、どうなのだ?」

「意図しない発砲を防ぐ、発射防止の機能。あれを解除しないと弾は出ない」

「つまり、もしあのまま妾が自分の頭に向けて射ろうとしていたならば、どうなっていたと?」

「無問題(モーマンタイ)。撃てないから死なない」

 会話は途切れ、リンクスは次の町に向かって歩き出した。
 エリスは棒立ちのままに俯き、わなわなと震えている。少なくとも、今の彼女は悲しんでいない事は確かだ。

 そしてとりあえず、跳び蹴りを食らわせてリンクスに制裁を行ったのは余談であろう。





 基本としては宿を取らないリンクスであったが件の戦いの上にそのまま数日間野宿を強いてきた為、エリスの疲労を考慮して宿泊をした。
 宛がわれた宿の内装は調度品が飾られている流浪の旅をする者にしては高級感のあり、床にはカーペットが敷かれ、窓枠には細かな模様の入ったカーテンが付いている。
 そうでなくとも壁面の材質からして芳しい香りがする美しい木目を晒している、明らかに値の張る宿に宿泊を選んでいた。

 エリスは精神的にも肉体的にも疲弊していた為にその点について何一つ口にする事なく、宛がわれた部屋のベッドへと身を伏すなり熟睡。
 荷鞄が部屋の扉に引っ掛かって苦戦していたリンクスがやっとの事で部屋に入った時には屍の如く静かな寝息だったのできちんと毛布を掛けて寝かし付けた。
 ベッドに敷かれている毛布は押し込むと柔らかい弾力に帯びており、寝転べば全身を包む様な柔らかさにエリスの緊張の糸があっさりと切れたのだろう。

 リンクスはそのまま荷物ごと部屋の隅のテーブルへと移動をして座り込む。テーブルは日光に面した側の窓際。日光が絶妙に当たる絶好の配置で置かれていた。
 いつもの鞄を傍に、そして手荷物の箱を上へと置いて一息。こうして値の張る宿を選んだのは単にエリスの為だけではない。
 こうして一度、『アレ』について考察の必要があったが故に、その拠点としてこの宿を選んだ。

 この宿は冒険をする者の中でも財政に余裕のある者達が利用する宿泊施設。値が張る分だけに個人のプライバシーへの配慮や防犯は高い。
 時には訳有りの人が利用する事も可能な辺り、信用は出来る。何故ならそうした者を実際部屋に来るまでの間に目にしていた。
 その者達の身なりは品のあるこの宿では不審ではなく、身のこなしも可笑しくは無い。だが、彼らの持つ雰囲気だけは隠し切れない。
 自然の中の不自然さはリンクスにとっては明瞭で、この世界の者達の演技力にはそれほど高い評価は下せない。

 余談は兎も角とし、誰にも邪魔をされない場所を確保した手始めに戦利品と言える銃器を取り出して分解を開始。
 実銃に関しては知っている知識を照らし合わせる事で簡単に分解・組み立てを行えた。弾薬に関しては別段特殊な火薬類を使用しておらず、特殊性も何一つ備えてはいなかった。
 故に関心は光銃に移る。トリガーには決して触れぬ様に触診をし、慎重に分解を試みる。気になる部分の観察に幾ら時間を掛けてでも、絶対の慎重は崩さない。

 結果から言えば、殆どの部品が取り外し不可な構造となって詳しい事は不明なままに終わる。
 その後の簡易な調査から得られた事は少なく、箱の中にあったクリスタルが光銃の弾薬とも言えるエネルギー源らしく、中に装填されていなかったので杞憂であった。
 具体的な判断は出来ないが、原理的には粒子加速速射砲(フォトンランサー)に似通っている感は否めなかった。

 甲殻兵装の戦場への導入に伴って専用の兵器の開発にも着手され、その一つとして粒子加速速射砲(フォトンランサー)が登場した。
 元々宇宙空間での使用が主にされてきた兵装だが、その理由としてとてつもない射撃反動の高級品であるからだ。
 原理は荷電粒子をレールガンの要領でエネルギーを射出するのだが、反動自体はエネルギー体なので零だが震動が凄まじく、生身の人間では蒸発してしまうのだ。
 ヒートナイフは素材を電位変換させて発熱させるのだが、それに似た現象が持ち手に発生してしまう欠点に帯びる。

 その点、甲殻兵装はその影響力を無にするほどショック吸収性能を有し、射撃時の安定性も非常に高い。
 人間大の兵器が有するには過剰な力を手に入れ、まさに甲殻兵装は世界最強のパワードスーツとして君臨し続けていた。
 そして粒子加速速射砲は電離して発生する粒子のエネルギーを収束し、高速で射出する。その部分が光銃と酷似しているのだ。

 しかし、一番の違いと言えば人の手でも使用可能な射撃反動である事。実銃と大差ない反動で、同じ様に撃てるのは見る者にとって在り得ない現象と映る。
 やはりこの世界にある『魔法』という存在が可能にしているのだと、クリスタルの輝きを覗き込みながら結論付ける。
 エリスにクリスタルの事を鑑定してもらったが、これには魔力が人為的に込められているらしく、光弾の根源はこれから来ているのは間違い無い。
 これならば魔力を持たない者が魔法を使うというこの世界の常識を打ち破る禁忌となる。ましてや交換が効くとなれば、より深刻だ。

 元の世界とこの世界の混同した技術は看過出来ない関連性を如実に表し、奴らの目的を今一度思い起こす。
 高高度からの奇襲を受けてギルの町の人々には何一つ対抗策を取らせる事なく完全に制圧していたと見て間違いない。
 攻撃手段の主体が銃撃である以上、散発的に起こっていた発砲音で大凡の戦況を測れた。

 だが解せないのは何故町を吹き飛ばしたかである。完全制圧をしたのであれば、何かの拠点に使用するのが当然の流れ。
 それを破棄する様子も見せずに全てを巻き込み、それも攻撃部隊ごと道連れで消滅した。
 全てを消し飛ばすのだったならば初めからそうすればいいものを戦闘員と重火器を無駄にするのか、相手の意図が掴めない。

 そもそもあの町に一体どの様な価値があっての攻撃であったのか。消し飛ばす事で何の意味を得ようとしたのか。
 窓の外や入口の向こうに耳を傾けると、少し前より騒然とした雰囲気になり始めたのが分かる。
 どうやら近郊の町が数日の内に完全消滅して大穴で出来ていた事が漸くこの町に届いたらしい。

 そして生き証人など皆無ともなれば話は一人歩きをし、噂が噂を呼んで壮大な話に発展をする。
 尤も実際には此処に二人だけ生き延びた者が居るのだが、証言するつもりは一切ない。
 奴らの攻撃は誰一人とて逃がす事を許さない徹底した制圧行為だったのだ。生き残っていると知られれば身が危険となる可能性が高い。

 その点を重視した為の結果だとすれば、恐らくこの世界での未知の武器の使用を外部に漏らさない為の処置であろう。
 試験運用のデータの流出は誰もが避けたい事実。対抗策を取らせる暇も与えないのが、理想なのである。
 そこでふと、手元の銃器の側面を撫でる。一つの可能性として、あれが全て『試験運用のテスト』だった可能性を考える。

 最後のポッドを投下してもしばらくの間、上空の機影は消える事は無かった。そして去ったのは日が沈む直前。では一体上空で何をしていたのか?
 あれは奇襲部隊の戦闘データを収集し続けていたのだろうか。もしくはポッドの投下地点の観測もあるだろう。
 そして最後に全ての機密装備を跡形も無く吹き飛ばした――あのオーク達も試験運用のカテゴリーに入っていたのかもしれない。
 あのシリンダーは遠隔起動ではなく、時限式の爆弾と同じ。つまり成否に関わらず、初めから町は吹き飛ばす予定であった――。

 試験運用ならばもっと辺境の町、それも遥かに小規模で行えば効率的であるのはリンクスの現実にはある。
 国交が存在する町で実行するという事は意思表示をしているとしか映らない。ましてや完全に消し去るともなれば、戦争を吹っ掛けるのに等しい。
 だがこれはほんの序章の始まりだ。規模はこれよりさらに広がり、国とは言わず、大陸全土を瞬く間に侵略せしめる程に大規模になるだろう。
 この世界の魔法が如何ほどまでの強大な力を有しているかは知らない。だが、リンクスの世界の技術があれば、その根底からねじ伏せる事が可能なのかもしれない。

「―――…」

 静かに息を吐き捨て銃器全て仕舞い込み、箱を閉じる。流石に妄想が過ぎたが何かが水面下で進行し、力を示そうとしているのは明らかだ。
 向こうのアクション待ちであるは致し方なく、これからの対処については一休みの後に考える事にした。

 荷鞄より愛用のライフルを取り出し、整備をしてから傍らに置いて一眠り。ベッドは二つあるので空いている方に包まってである。
 食事は個室毎に運ばれてくるのだがチェックインの時に拒否して宿代を少額浮かせているのでその点、邪魔の心配は無い。
 今はまだ昼を少し過ぎた時間であったが二人とも次の日の、日が昇るまでは起きる事は無かった。





 それなりに名の知れた街が消え失せたともなれば、話が町全体に広まるのにそうは時間は掛からなかった。
 ある人は神の怒りを買ったと。ある者は魔王を復活させようとして失敗したと。ある魔導師は悪魔の悪戯ではないかと。
 様々な憶測が飛び交い、どれもが話が誇張されて勝手な真実をでっち上げて行く。

 酒場がその話題で持ち切りとなり、往来の激しい場所でも話は嫌でも耳に入る。
 宿の部屋の窓を開けているだけで聞こえてしまう聴力の高いエルフのエリスは、溜息を吐いて窓を閉めた。

「――人間とはこうも話を右往左往させるのが得意な様だな。同じ憶測で話している者達が殆ど居らんというのが驚きだぞ」

 一体何処で話が変わるかと言えば、伝わるその人によって独自解釈がなされているのだから当然、十人十色で変わる。
 幾ら情報が少ないからと言ってそこまで話題を振り撒こうとする人間の様子にエリスは感嘆を超えて呆れていた。

「…情報が極端に少ない。だがその少ない情報が驚愕の真実ならば好奇心を刺激され、話したがる者は出しゃばる。俗に言う、話したがり屋」

「ただ口で騒いでいるだけで真相を究明しようとはせぬのか?」

「それは無い。口で言うだけならば一般人の役得。動くべき所は動く。生憎、そうした組織は首都寄りなために現地調査には時間が掛かるだろうけど…」

 この国ミズガルドの首都は国土のほぼ中央に位置し、ギルの町は国境沿い。足を運ぶだけで半月は最低でも掛かる距離なのであまりにも遅くなる。
 辺境の町ほど無政府状態になる為にこうした事態には非常に弱い体質を如実に表すが、逆に中央に向かうほど警備は厳重という集権国家。
 調査を開始する時期には様々な憶測が国中を、もしかすれば隣国にまで響き、場合によっては国同士の会談で無能さを指摘される懼れもあるだろう。
 これ関してはお手並み拝見であり、魔法が何処まで運用されているのかを測る貴重な機会でもある。精々無能ぶりが露見しない事を証明して欲しいものだ…。

「ふむっ、人の世は難儀なものであるな…。そうだっ、歴代の書物などが保管している場所があるのではないのか?」

「…ある程度規模の大きい町となれば、それなりの大きさを誇る書物館があるとは思う――何故?」

 話が逸れているが、エリスは気にせず面白げに言葉を弾ませて続ける。

「人の世に出た時に先ずなす事として人の歴史や文化というものの知識を得たいと思っていたのでな。しかし貴様が行く先々はこじんまりとした辺鄙な場所ばかり。
 やっとそれなりであろう町はあの通り跡形も無く吹き飛んだ。これでは何時それが叶う機会が得られるか分かったものではない。故に此処で提言する、そこへ連れて行くが良い」

 要は行きたから案内せよ、と。エリスは仲間のエルフの捜索という使命があるがただ闇雲に探すだけでなく、見聞を広げるという己が壮大な目標も有している。
 リンクスとしては別段拒否する要素も無く、逆に自身も調べ事が出来たので都合が良いかもしれない。

「――分かった」

 なので少しの間を開けて肯定した。返答に嬉々とした笑顔であったのは純粋な嬉しさからであろう。だが此処で釘を打っておくのを忘れない。

「…でもそれはこの町ではなく、違う町にする」

「な、何故だ?! この町の大きさであれば専用の施設があるであろう!?」

 直ぐにでも見に行けるだろうと思っていたエリスは食い下がる。
 瞳をうっすらと滲ませている様子からかなり期待していたのが窺え、気の毒ではあるが彼女が忘れている現実を突き付ける。

「あの現場の隣の町がこのとおり大騒ぎな中でエリスが街中で行動を取るのは危険が伴い過ぎる。その耳を晒してしまえば非常に拙い」

 指でエリスも長い耳を軽く弾く。神経が通常よりも多いためか脇腹をつっ突かれた様にぴくりと反応して耳が跳ね上がる。
 それから自身の両耳を擦って恨めしい顔で不貞腐れる。楽しみが先伸ばしにせざるえない事に不満であるのが見え見えであった。

「そうでなくとも、頭を隠す不審人物を安易に入館させてくれる施設などそうそう無い。
 であれば蔵書数がそれなりに、長期滞在も可能な主都級の町で模索する方が効率的だ」

 耳を隠せば人間とそうそう違いが露見しないエルフなのだから少し身なりに気を使えば問題は解決出来る。
 ならばこの町でもそうすれば良いのではないかという点では、一番の理由としてやはり治安の問題もある。
 町が騒然とすれば治安もそれに比例して悪化。厄介事が降りかかる可能性がどうしても高くなる。そうなる前に、この町を出るのが最善だ。

 他にも蔵書数に期待が出来ない事もあった。国交の町のギルならば、専門的な物が期待出来たが無い物ねだりは出来ない。
 何にせよ。一番のネックはエリスがエルフであると露見しない事が最前提とし、騒がしいこの町を早めに出るに越した事は無い。

「――了解した。では何時この町を出る予定なのだ?」

 不承不承、数のある書物を見られるという点に妥協し、それでも積もる期待は隠し切れていない。

「…出発は明日。少し蔵書の施設関連を今日一杯で見当を付ける。エリスは今日丸々休んで疲労は完全に回復させとく事」

「良かろう。リンクスもそれ程無理をするでないぞ?」

「問題は無い。もし必要なら、エリクサー(妖怪)も出せるが…?」

「要らぬっ!! それ以前に何故(怪)から(妖怪)へと変化しておる!? さらに奇抜な物へと変化しておらぬか!!?」

「――その分、効果は相乗」

 部屋を後にするリンクスの顔が、少し笑顔であったのはエリスの目の錯覚なのだろう。
 そしてエリクサー(妖怪)が入っているであろう鞄を見詰め、妙なオーラを放っている様な感覚を覚えて怖気が走る。
 それを振り払う様にベッドに潜り込み、仮眠を取る事で今の思考を破棄するべく眠りにつくのであった。





『この世界は神の卵子によって包まれている。神の子宮の袋に我々の世界があり、幾多の異なる世界も存在する。
 神はその中から熟した世界を選定し、新たな神を生み出す可能性のある世界に精子を与え、卵子(世界)を神へと迎え入れる。

 この世界には数多の多様な種族が混同し、神の領域に近し精霊/神龍の種族が顕在し、君臨している。
 多様である世界は卵子の活性化を意味し、それ即ち我らの世界が神へと頂く過程である事を意味するのである。
 全ての先にある世界に唯一無二となった存在が、神へと進化を遂げるであろう。

 神は常に我らの世界を感じている。世界は神の子宮に身を委ねている。神と世界は一心同体。
 我らの世界が神と同等になって初めて、新たな世界の創造を許され、創生し/創世を行う高等な存在へと成り得る。
 人は神へと頂く存在の可能性の一つ。神となる存在へと許されるはただ一つ。可能性は、生きとし生けるモノ全てが有するのである――。』



 『神へと頂く世界。』という大層な題名の本を黙って本棚の元の場所へと仕舞う。
 宗教的な意味合いの詩篇は自らの立脚を明確にする事で初めて神を意識し、大義名分を基にその信仰を拡大させる。
 文学が稚拙な文化レベルなこの世界だ。世界は神によって作られたと信じ込ませるのは容易い。

 リンクスの世界は既に宇宙に進出し、自然科学によって神の信仰は極一部の根強い勢力に限られていた。
 信仰は政治に転用され、様々な分野で強大な権力となって利用される。例えを述べるなら、ミズガルドの政治基盤は宗教である。
 宗教の集権となれば協会関連の勢力が鼻を利かせ、聖教徒騎士団などの教会の軍事勢力は国最大最強として長い間君臨し続けている。

 今リンクスが見上げる非常に高く広い天井の書物館も教会の管理する施設の一つ。
 蔵書は歴史を保管する大事な施設故に大事となる禁書などの管理は非常に厳しく管理しなければならないからだ。
 この書物館はこの国でも有数の規模を誇る集権都市ウルド。そこいらの町とは比較にならない産業・文化・宗教等々あらゆる分野に特化した町である。

 警備もそれに比例して厳重になるが、それは結局表立った動きでしかない。警邏の網を掻い潜って町を囲う壁を突破する事は可能だ。
 後は身元を捜索される様な事を起こしたり巻き込まれなければ問題は無い。そして当初の目的も書物の閲覧であるが、それ程苦労は掛からなかった。

『…のう、これはもう少し如何にかならんのか?』

 自身の長い耳を頻りに撫でていたエリス。横髪を突き出ていた耳は完全に髪の中に隠れていた。
 要領は至ってシンプルに耳を曲げてそのまま固定していた。他にも耳同士を後頭部越しに紐で引っ張りあって頭に密着させて隠す方法もあったが、抓られた痛みを感じるとの事で廃案に。
 採択されたこの方法に万全を期して軟膏を塗り込んだのでしばらくは曲げた影響は無いだろうが、やはり耳を曲げた違和感を拭えなかったご様子。

 しかし施設に入ってまでフードで顔を隠すのは逆に目立ち。それで怪しまれてしまうのは拙い。
 エリスはむず痒そうな表情を少しの間だけしていたが、入室の際には和らいで自然な応対で無難に通過出来た。
 中に居る人の数は疎らではあるが、何時如何なるタイミングで正体が露見するか分からないのでエリスの耳はそのまま。

 気にしていた耳も蔵書の多さと好奇心が勝り、入って直ぐに耳の事など忘れていた。
 耳さえ気を使えば問題は無いのでその後の二人は別行動で散策をしている。エリスは興味の赴くままに、リンクスは歴史や伝承に類を中心に。

「――――」

 国内有数の設備とあって、此処に居る者は誰もが口を一様に閉ざし、室内は恐ろしいまでに静寂を保っている。遠くで書物を捲る音すらも聞こえて来そうな程だ。
 皆は己が目的を果たそうとする学者関係の者達で、リンクスの存在に一瞥もしない寡黙な者たちばかりであった。
 リンクスも彼らに劣らない程に元から口数は少ない。邪魔をしないのならば傍に居ても誰も目もくれないだろう。

 今見ている書物はこの世界の成り立ちについての物である。世界は四大精霊のより構成され、光と闇が生まれて初めて世界は動き出したという。
 宇宙という概念の薄い世界だからこその話に生み出された、人による偶像の創世記。だがもしかしたら、本当にその可能性が否定出来ないのも事実。
 この世界には魔法という物があり、精霊の存在もあるらしい。必ずしも地球と同じ誕生説を辿る可能性は逆にあり得ない方が正しい。

 何はともあれ、こうした話の本は一様な内容ばかりで他の説は敢えて閲覧を許可していないのだろう。
 歴史に関しても結局は人に都合が良いモノを選定したものばかりで、リンクスの知りたい内容は確実な事実のみ。
 室内を虱潰しに探すにも億劫な広大さと蔵書の棚の膨大さ。かくれんぼをすると隠れた方が迷子になってしまうかもしれない。

「――邪魔だというておるのだっ。さっさと失せよ」

 ふと耳にする知った声。この静けさも手伝って良く澄んで聞こえて来ている。

「気の強いお嬢さんだ。未来有望な容姿と相まって将来はきっと気高く美しい女性となるだろう。
 失礼ながら、先ほどから貴女の様子を拝見させてもらいましたが、どうやら教養文学に興味が御有りとお見受け致しました。
 私はそういった分野にそれなりの教養が御座いまして、私の知識を貴女の見聞に役立てては思った次第です」

 話し声のする本棚の前へと移動し、横目でその先を確かめると案の定、エリスは一人の男性に声を掛けられていた。
 男の内容から察するにエリスを口説こうとしている。確かに耳を隠した有無を抜かしても少女の外見で際立って整った容姿をしている。
 この世界の結婚年齢は少年少女で婚約をし、場合によっては社会に出る前に結婚を果たす事もある様だ。

 男は20代半ばでエリスは10代半ばの容姿。エリスの実年齢はこの際気にせず、見聞からして口説いても問題は無い。
 しかし問題となるのが相手がエリスであるという事。見るだけで傍迷惑で機嫌を害していますと顔に書いてある。

「必要無い。妾は自分で調べたいのだ。何故見知らぬ軟派な若造に茶々を言われとう無いっ」

「手酷い言われ様だ。しかし残念な事に私は貴女より長く深く文献を目にして来ているのですよ?」

「――ふんっ」

 男はエリスの正体を知らないから言える台詞であるが、エリスもこれ以上の問答で自身の正体を漏らしてしまうと感じてか男から意識を逸らす。
 丁度良い題名の本を見つけた時に声を掛けられたのでその本をさっさと取って離れようとした。しかしエリスの伸ばす手の高さのぎりぎりにあり、取り出すのに手こずる。

「ふふっ。私が取って差し上げましょう…」

 そう言ってエリスの背後に回り込み、エリスの腰に軽く手を回して頭越しに本を抜き取る。

「―――!!?」

 余りにも馴れ馴れしく手慣れた動きにエリスの体全体に怖気が走り、思わず男の身体を突き飛ばして拘束から抜け出した。
 男の方はこうなると予想していたのか隣の本棚にぶつかる事なく余裕で態勢を立ち直らせてエリスへと改めて向き直す。
 そして目にしたエリスの姿にほんの少し目の見開き、じっとそれを見詰めている。

「……?」

 エリスも男のその様子に違和感を覚え、相手が視線が自分の顔の直ぐ横を見ている事を察する。
 そして先ほどからスースー感じる自分の左耳に気が付き、慌てて左耳に手を添えた。

「っ!」

 髪の下で隠れていた耳が元の長さを象徴して横へとピンと伸びていた。
 先ほどの悶着で耳を止めていた留め金が外れてしまったのだろう。慌てて隠そうにも、留め金がそこに無いのでは隠し様が無い。
 それに既に目の前の見知らぬ男に見られてしまった。予期せぬ事態に、エリスの方も耳に手を当てて戸惑っている。

「そ、その耳はまさか…え、エル―――」

 リンクスの行動は迅速かつ早急である。一瞬で男の背後に接近し、手とうで首筋を殴打して昏倒させた。

「リンクス…」

 エリスにも事態が悪い方向へと向かっているのは分かったが、如何すればいいのか分からず立ち尽くしている。

「…行こう」

 男の持ち物を物色し、金品以外に何も特別な物が無かったのを堪忍して徒の軟派な男だった様だ。
 エリスの手の本を床に置き、手を引いて移動を開始する。露出している耳はエリスが自分の手で押さえているが人目を避けるに越した事は無い。
 それでも元々人数も少なく、読書に目を落としているので移動事態は楽であった。

「ちょ、ちょっと待てっ。このままでは出られぬぞ?」

 耳を再度隠さなければ入口の受付の者に怪しまれてしまい、下手をすれば正体も同時に露見してしまう。

「…問題無い。出るのは、入口じゃないから」

 確かに入口ではなく、施設のさらに奥へと向かっている。 本の散策には時間を要するが、一直線に駆け抜ければ直ぐに部屋の最奥へと到達する。
 数多の本棚に囲まれて一面に張られている窓の陽光も奥である以上、森の中の様に薄暗い。
 書物の年代を感じさせる香り。人が寄り付かず、空気に澱みの無い静かな空間。歴史と文明の宝庫として正しい姿が此処にあった。

 現時点の様に慌ただしい状況でなければエリスが嬉々として好み、書物漁りが出来たであろう。
 しかし残念な事に彼らは一つの風となって積り溜まった埃を軽く舞い上げて通過をして行く。
 忙しなく視線を左右に動かしてエリスがこの場の意味に興味を示しているが、残念な事に足を止める訳にはいかない。

 二人の駆ける足音だけが静かに響き、まるで愛引きの如くリンクスがエリスの手を握って走り続けている。
 それにしてはあまりにも走るという行為に特化した姿勢のまま棚の合間を縫って行き、そうして辿り着いた先は一つの扉。
 木目が深く、作りも手が込んでいる頑強さを映す。

「――待て」

 ドアノブに手を掛けようとしたリンクスをエリスが制する。見れば彼女の眼差しは鋭く、深く扉を凝視している。

「触れた途端に風の精霊が攻撃を仕掛ける魔法の小細工が仕掛けられておる。その上――」

 扉の間近に寄ったエリスが触れない様に手を翳し、目を細めて息を整えて静かに見続けている。

「大地の精霊による固定化が成されている。これでは簡単に扉の先へと進む事は罷りならん」

「対処は出来る…?」

「ん…、やってみよう」

 一つ大きく呼吸をし、瞼を閉じて集中をする。翳した右手の指先がほんのりと発光して何かを行使している様子が窺える。
 リンクスは周囲を見渡して近くに人が居ないかを確認する。元より人が少ない中でさらに寄り付かない奥地に人の居る様子は無い。
 この状態が続く事…数分。金具の様なものが外れる音ともに扉が独りでに解放されて先の通路が見えた。

「事情を説明したらば快く承諾をしてくれたぞ。しばらくの間話をする相手が居らず、久々の会話にお礼も言われてしまった」

「鍵穴が有った様だが…?」

「罠だそうだ。扉の開閉は言葉による解除を正解であり、弄った瞬間に受付の者達に知れ渡る仕組みだとも教えてくれた」

 書物館関係者以外にこの事実を知らない不届き者の進入を決して許さない。その上、確信的な行為の対応も成されている。
 扉の先は石の壁が続いている強固な作りを見せ、光の届かないこの中は魔法の力による効果か、淡い光が何処からともなく照らしている為に明るい。
 お陰で明かり関係の装備が無い現状でも不自由する事なく先を進む事が出来ている。

「この通路も本来暗闇の中で方向感覚を狂わせ、元の扉の先に強制的に戻す魔法も掛かっていた様だ。此処の精霊は気前が良くての、妾達を最奥まで導いてくれると言っておる」

 先頭を行くエリスは指を一本道の通路の先へと向け、幾つかの別れ道を示す。だが一つの道先以外は先が暗闇で、誘導しているのが見て取れる。
 エリスの言う通りに精霊は迷わないよう、丁寧に道案内を引き受けてくれているらしい。

「――最奥?…出口は、ない?」

「…うむっ。聞いてみたが、この先は部屋が一つあるだけと言っているのだ」

 意図せず二人は同時に足を止め、お互いに視線を交わす。一方は少し気まずげに、もう一方は相も変わらず平然と。

「…扉の魔法は解けてはいない?」

「それは大丈夫だ。妾達が中に入って直ぐに精霊達が閉じ、改めて番をしている。扉の先に妾達が居る事は口外しないと約束もしてくれている」

「それなら、良い…」

 エリスは胸を撫で下ろし、先を進める。くぐもった足音を聞く時間もそれ程なくして目の前に小部屋が広がる。
 壁一面に天井まで頂く本棚には隙間なく埋め尽くされた蔵書。部屋の中央にテーブルと椅子が二つあるだけの簡素な部屋の様相。
 精霊によって本は守られているのか、本を軽く撫でた指に埃が付いていない。適当に本の題名を流し目見渡すと、此処に保管している蔵書の意味がよく分かった。

 『精霊を従える術式』

 『宗教を伝来するために潰えた異文化』

 『世界崩壊論』

 『錬金術による人体蘇生法』

 凡そ正気を疑うであろう題名と決して外へは出したくは無い規制の物がこの場所に保管されているのだ。
 単なる与太話が書かれているのもならば、焼却処分で事足りる。しかしこうして破棄するには惜しい物は隠すという手段に出る。
 そうであると裏付ける証拠が視界一杯に広がり、とある本に目が止まった。そしてその本を取り出し、軽く中を流し読む。
 残念な事に、内容の殆どが特殊な文字で書き記されているので解読は出来ない。

「――エリス」

 呼んで振り向かせると同時、その本を投げ渡す。目を瞬かせて疑問符を浮かべていたが、本の表紙を見て震えた。
 それは当然と言えよう。何故ならそれはエリスにとって忌まわしいものでしかあり得ないからだ。

 『エルフから作られる特殊薬生成法』

 無言で表紙を睨み、中の頁をぱらぱら捲って中身を確認していく。頁が進むに従い、エリスの表情は悲しみに彩られていく。
 彼女だからこそ読み解ける文字。その分本来ならば知る必要もない知識がそこに書き記されているのだから、その反応は当たり前である。
 やがて本を閉じ、瞑想したまま本を石畳の床に落とす。すると本が地面と接すると同時に燃え始めた。
 一頁一頁がむら無く自発的に燃えていく様に無残で徹底的な燃え方である。そして最後には細かな灰となり、本は未来永劫その意味を失った。

「――感謝する」

 何を、とは言わない。エリスはリンクスに背を向けて肩を震わせているが、彼もまた彼女の背を向けて本を物色し始めていたので見えていない。

「―――」

 リンクスの仲間達が見たのならば、彼のその様子から『見つけた』と感じ取る事が出来る動作であった。
 滑る様に一冊の本を取り出す。そして頁を丁寧に捲って中身を熟読し始める。



 ――世界は一度滅亡した。

 嘗ての世界は今では想像もつかない程に精霊が豊かに在り、数多の種族が共存の道を辿っていた。
 世界を上手く分割し、種族間の交流も/諍いも生きる者として当たり前の中で平和を築いていた。
 それの終焉が訪れたのは唐突であった。天空より数多の星が降り注ぎ、大地を埋め尽くす鋼の軍勢が命を奪っていく。

 全ての種族がそれらを許さずに反抗するが、あまりの圧倒的な戦いの前になす術も無く、敗北と屍の山を築き上げる。
 抵抗も空しく世界は業火に包まれ、命ある世界は終わりを迎えた。それと同じくして鋼の軍勢もその姿を消した。


 ――世界は一度滅亡している。

 何故精霊は物に宿っているだけなのか。それは唯一滅びから逃れる手段であったから。
 種族の多様性に不連続な繋がりがあるのは何故か。滅びから免れた結果に散り散りとなったから。


 世界は一度滅びを迎えた。今ある世界も、いずれ滅びを迎える時が来るであろう。
 それは唐突に、そして瞬きの間も無く。世界は終焉を受け入れる間もなく二度目の滅びを迎えるのは避けられない。
 我々は試されるだろう。いつか、世界に存在する命ある者として――






 ウルドの町に轟音が通過する。瞬間的に通り過ぎた空を舞う其れは地上に居る人々に上へと意識を向けさせ、次瞬に追いつく衝撃波に吹き飛ばされる。
 家の窓は尽く粉砕し、簡易な家の屋根は丸ごと剥がれ飛んで行く。人を恐怖に陥れ、混乱の渦を作り出すのに十分な要素である。
 そこへさらに聖堂教会に冒険者ギルドが盛大な爆発に見舞われたとなれば、最早人々の意識は『死にたくない』で埋め尽くされて無秩序と化す。

 続いて迫る天空より舞い降りる影は小さな粒を幾つも放ち、雲の糸を引いて町へと降り注ぐ。町の至る所で連続して起こる爆発。
 商店街、商会ギルド、貴族住宅街は軒並み業火に包まれてしまう。偶然か必然か、中央の王城に宿泊施設関連の施設には爆発は起きていない。
 この数分間の内に一体どれだけの人々が命を落としたのだろうか。生き延びた者の中でどれ程の人が希望を持っていたのだろうか。

 町の入口である巨大な門が、町での連鎖的な爆発の直後に爆砕する。厚さ1m、高さ十数mの大地の精霊で強度を極限まで高めた頑強な門が、一瞬にして砕けた。
 門番はその衝撃で遠くへ吹き飛ばされ、破片は凶器となって弓の如く周囲に飛散。門の口の先には平原が続くばかり。不可解な事態が、現実に帯び出す。
 平原の彼方より迫る無数の黒点。それは轟音を引き連れて迫り来る。開け放たれた門より逃げ出す人々。雪崩の如く、人が湧いて来ている。

 黒点より数多の閃光。そして遅れて来る破裂音。聞こえた者は皆、大地ごと吹き飛んで行った。
 人の血飛沫の代わりに大地が土の血を巻き上げ、それの中に人も紛れ込んでいる。一度に何十という人が身体を引き裂かれて飛んで行く。
 これから逃げようとする者、逃げて行く者。それら分け隔てなく平等に同じ目にあっていく。

 生き残っている冒険者とて、接近戦でなければ何も出来る事は無い。魔法使いの遠距離攻撃とて天空の遥か彼方からでは何一つ出来ない。
 迎撃しようにも門に殺到する人々に、炸裂する地面で接近どころか彼らと心中するだけであった。空からは断続的に粒を放って地上を爆発させし、時折門の人塵を掃討していく。
 人間の強みなど何一つ通用するものが無い。一方的な蹂躙は漸く終わりを告げる事となるが、それは絶望の始まりでもあった。

 最早門へと近づく者は居なくなり、人は一様にそこらで恐怖に震えていた。空からの攻撃も門への攻撃も無くなって少しすると、門の外から人影が入って来た。
 黒のドレスを纏った一人の女性は町の惨状を眺めて薄く笑う。人は彼女を救援を勘違いして近付こうとする者が居る。
 それは女性の背後より進入する数多の異形なる者を見て、顔色が絶望の色に染まった。

 黒く長い筒を頭部に持った足が四つの化け物。角ばった黒い鎧の内は龍の様であり、震え上がる咆哮をとっても違いは見受けられない。
 女性が片手を上げると一体が手を地面に着き、腰を屈める。頭の筒が遠くの突き出た塔を向いている。他の者も各々違う方向を向いている。
 そして下ろされた手と共に炸裂音を鳴らして数瞬後に、塔の半ばが爆砕して崩れ落ちた。周囲でも同様な現象が幾多も起きている。

「――フフフっ…」

 その光景を目の当たりにして女性は声を殺して笑う。
 何故なら人が絶望に打ちひしがれて立ち尽くす者/尚を抗う者/逃げ出す者の姿が少しばかし、可笑しくて――。



 一面が火の海に変わった昼の町。首都には及ばないものの決して劣る事の無い活気ある美しさが自慢の町が今、地獄に変わっている。
 空からの攻撃は何故か散発的なものとなり、代わりに門から魔獣が大量に雪崩れ込んで来ていた。何一つ容赦の無い攻撃に、誰もが逃げ惑うしかない。
 此処にどの攻撃にも遭わなかった少数派の一人の少女が、息を荒くして全力で疾走している。

 彼女の服装は質素であるが御淑やかさ窺え、十字(クロス)の紋章が胸元に刺繍されていた。
 修道女という聖職者となる為の教訓や試練を重ねる訓練生の服装である。少女は今日、本当ならば全ての修練を終え、晴れて一人前の仲間入りとなる記念すべき日となるはずであった。
 それ以上の意味もある大事な儀式を控えたこの日、これより、これからという時に世界は最悪の祝福を彼女に送ってきた。

 それでも生きていたのは聖堂教会に向かっている最中だった事。
 教会は町の中でも城寄りの他と完全に独立した場所に存在していたため町の、そして教会の中間地点に居た時に前後の風景が爆せたのだ。
 空から何度も送られてくる物が教会を木端微塵に吹き飛ばし、吹き飛ぶ人や燃え盛る人を少女は見ているしかなかった。

 幸いにも生きて動ける聖職者達は怪我人の手当をし、少女も手伝おうとしたが結局は何も出来なかった。
 治癒魔法を行使するはずの手は震え、魔法を唱えるにも真っ白となった頭では何一つ思い浮かばずに足手纏いになってしまった。
 大人達は少女に城へ向かう様に諭され、漸く動き出した足は次第に速まり、それがさらなる幸運となった…。

 また爆発が教会の方から轟いて来た。驚いて振り返ると土が舞い、土煙が止め処なく噴き上がっていく現実とは思えない残酷な絵が、時間というフィルムによって動画となっている。
 助ける為に動いていた人達が死んで行き、逃げる腰抜け達が生き残っていく。聖職者としてあるべき姿が、あの様な無残な死を遂げる為になる姿では決してないはずなのに。
 善の行いをした者は救われると日々人々を励ましてきたのに。弱き者を、地に蹲る者に手を伸ばす良き行いが明日の未来を作ると信じていたのに。
 全てが一瞬で否定された。何もかも。新たな一歩の門出の日が、この信ずる道は間違いであると心に刻まれた日となった。

 瞳から滴が溢れ、雫を時折置き去りにして赤の風景の中を駆けて行くも、城へと続く目の前の街道が倒壊して来た塔の柱によって閉ざされる。崩れた衝撃波で転倒した少女は、愕然とした。
 それでも視界に入った近くの大きな建物を目にして、如何にか立ち上がる。この炎を町と化して尚、攻撃を受けた様子が何一つ無い書物館へ。

 辿り着いたそこに居る人はそれなりに居るが、避難して来た人の数としては疎ら。あの火の海である、逃げようにも逃げられないのだ。
 走った事で幾分か頭の回りが冷静さを取り戻し、この場に居る怪我人を手当てしていく。重傷患者は今の彼女にはどうする事も出来ない。
 唇を噛み締めて、出来るだけ多くの人を救おうと奮闘する。だが、頭の思い浮かぶ先ほどの吹き飛んで行く先任者達の姿が頭にこびり付いて離れない。

「――もしや、貴女様は…?」

 悪い思考を断ち切る為に頭を振り被っていると、突然そんな声を掛けられてはっとして振り向く。
 素人目にでも分かる、役所の高い地位に就いているであろう身形の良い男性が驚きの眼差しで見下ろしていた。

「やはりそうでしたか。此処は危険ですっ、此方へ来て下さい!!」

「で、ですが。此処に居る人々を差し置いて私(わたくし)がおめおめと一人逃げ出すわけには…!」

「貴女様にもしもの事があれば、それこそ一大事です! どうか今はご容赦を――!!」

「――しかしっ!?」

 悶着を起こしているが、非力な彼女は男性に敵わず書物館の中へと押し込まれる。
 中は一般人が入れていないのか閑散とし、それなりの身分の者達が不安と焦燥に駆られた話し声が聞こえて来る。
 本の湿っぽさが建物の内外を完全に分け隔て、この中では不安で精神的な負荷がとても大きくなりそうである。

 少女はそんな人達の目を避ける様に奥へと連れて行かれ、漸くという言葉が似つかわしい時間を掛けて一つの扉の前に辿り着いた。
 明らかに普通では無い雰囲気に、少女は抗議するが男性は詠唱に集中して聞く耳を持たない。
 直ぐに扉は開き、突き飛ばされる様に肩を押された。転びそうになるのを如何にか防いで振り返ると同時に、扉が閉じられてしまった。

『どうかしばしの間の辛抱をっ。現状の事態が解決次第に必ずお迎えに上がります! 何卒、奥の部屋で今は御隠れを…!』

「ま、待って下さい!」

 遠ざかって行く気配に、少女を叫びながら扉を開けようとする。ドアノブはびくともせず、押しても引いても不動でしかない。
 魔法によって封鎖されているのだと少しして思い至り、その場にしへたり込む。扉の向こうからは今も爆発の音が小さく聞こえてくる。
 一人だけこの場に取り残され、これでは如何する事も出来ないと諦めて立ち上がる。

 鷲色の奇麗な瞳は落胆と悲しみに彩られ、とぼとぼと奥の道へと歩みを進めて行く。
 そんな通路の向こうより何か物音が届いているのだが、精神的に参ってしまった彼女の耳に入らない。

「――処は大地の精霊により頑丈に作られておるから破壊するのに手間が掛かる。故に安全であったとは皮肉であるな…」

「…少なくとも、この近隣では爆撃はされていないのは確か。次撃が始まる前に、行動を開始する」

 人の声が聞こえ、少女は顔を上げる。姿は見えないが確かに通路の先から声がする。

「――むっ…?」

 明るい通路とはいえ、明瞭な明るさとは言えない道なので近づかなければ視野に収まらない。
 向こうで女の子らしき唸り声がしてこちらの存在に気が付いたらしいが、未だに此方には声以外は分からない。

「――そこに居るのは誰である?」

「…貴方こそ、何方ですか…?」

 御互いに探り合う。警戒の緊迫した空気だけが増えて行くが、一つの足音がそれを打ち消す。

「――――人、ですか…?」

 一人の男性が無表情に此方に近づいてくる。何故一般人らしき人がこんな所に居るのか疑問に思う。

「不用意に近づくのは危険ではないのか?」

「…問題は、ない」

「……むぅ」

 後ろから小走りに、姿を現す可憐な少女。この子が先ほどの声の主だと直ぐに分かった。分かったのだが、直ぐに新たな疑問が露呈する。

「え…? 何ですか、その耳h―――」

 直後。少女は自分の背中から全身が押し出されて中に浮く感覚を覚えた。そして視界は白に染まり、そのまま意識が途絶えてしまう。
 何が起きたのか理解する間も無い。それでも何となく感じていた。あの、人が吹き飛ぶという感覚はこうなのだろうか、と。
 彼らは皆、こうした思いの内に命を落としていったのだろうかと、せめてそうであって欲しいと、思う自分が居た…。


 ―――白に染まった視界は、暗転した




Fiaba Crisis ~ 山猫の旅商人 ~
quest episode : 04 - Guilty -




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