夢を見ている。
この時期によく見る夢だ。
自分でもはっきり『夢』だと分かる夢。

愉快で、暖かくて、幸せだった夢。
だけど。

残酷で、冷たくて、悲しい夢。

そんな懐かしい夢。

第三.五話 在る男の昔話 前編 『終わりの始まり』





目を開けると、いつもの天井がある。決まった寝床のある者にとって、極当たり前の光景。
そのことを確認し、俺は布団の中で軽く伸びをすると、体を起こした。
「やっと起きたか下僕。さっさと飯を作れ。」
声に驚いて振り向くと、いつも俺が蹴り起こして(蹴り飛ばすとも言うが)いる筈の師匠がこっちを見て立っていた。
おかしい。
いつもなら俺が起こすまで昼まで寝続ける師匠が、俺より早く起きている。

ありえない。

「ンだ、そのシケたツラは。ツチノコ見るような顔してんじゃねえ。脳内トリップカマしてる暇あったらとっとと起きてアタシの為に働け。」

…やっぱりいつもの師匠か。

「はいはい、起きます起きます。何にしましょうか。」
「ウマい物なら何でもいい。マズかったらテメエをタコにするだけだ。」
「んじゃ、ちょっと待ってて下さい。サクッと作りますんで。」
俺は飯の仕度の為に小屋の外に出る。
空も見上げれば、今日も空は血のように紅かった。




現在、俺達は三人で暮らしている。いや、正確には二人と一匹。
まず俺。次に師匠。そして師匠の使い魔の『ロウ』だ。
師匠は、行き倒れていた俺を拾ってくれた。まあ最初はロウの食料にされかけたが。
見た目は長身で、スタイル抜群の女性。俺と同じ黒髪黒目で、長い髪を左右に分けている。顔は結構美人で、恐らく二十台後半。
いつも黒のタートルネックのセーター、黒のジーンズをはき、いつも煙草を咥え、昼夜構わず酒を飲んでいる。まさに歩く不健康。
性格は、言葉遣いからも分かるように、自己中、外道、サディスト、etc、etc……
まあ一言で言えば、『天上天下唯我独尊女』が一番妥当かな。

「…────。」
「ん、どうした、ロウ。」

んで、こいつが師匠の使い魔、ロウ。体長1.5メートル程で、全身をアメジストのように光沢を放った紫色の毛で覆っている。
温厚な性格で、師匠には忠実(使い魔だし。)、俺にも優しくしてくれるが、訓練の相手をするときは容赦ない上に(師匠程では無い。)、怒ると怖い。
まあ怒ることは滅多に無いが。

「さっきから声に出てましたよ。性格は…あたりからですね。」
「へ?」
「…最近のガキは朝飯中にでも自殺願望を持ってんのか?下僕も成長したモンだな。」
「いや、師匠…コレは、その…」
「…まあいい。」
そう言うと師匠は立ち上がる。何もせずに立ち上がる。

…おかしい。さっきから何かがおかしい。
いつもの師匠なら、今すぐ俺を半殺しにしてからいつもの倍のメニューの特訓をさせるのに。

「今日は昼まで自由。下僕もロウもだ。昼ドン(この地域では時間を音で知らせている。)鳴ったらそこの山まで来い。
テメエが一番信頼してる獲物持って来な。…今日は半端じゃ死ぬぜ。」

「…ね、ねえ師匠。なんか悪いモン食べましたか?」
「?」
「いつもの師匠なら、ここで『重り千キロ腕立て』とか『食料狩り』とかやらせるのに…」
ちなみに『食料狩り』はロウの数倍はあろうかと思われる巨獣を一人で倒して運ぶ『狩り』。近くにはいないから片道約15キロの道のりを一人で運ばなければならない。
他にもあるが、『訓練』よりは『虐待』に近いかな。
「やりたいか?」
「いえ、滅相も無いッス。」
「だったらいいだろ。じゃあな。遅れたらブチ殺す。」

そう言って振り向いたその背中は、何故か寂しそうだった。まるで。

もう会えない

そんな気がした。




「……なあ、ロウ…」
「────。今回は、本当に万全な体制で行って下さい。じゃないと、本当に、」

「死にますよ。」

「なっ…!」
「では、私はもう一眠りします。時間になったら起きますんで。それまでに準備しておいて下さい。では、お休みなさい。あっ、そうそう。体の重り、全部外して来て下さいね。」
「お、おい!ロウ!」
ロウは言うだけ言って本当に寝てしまった。
「なんだよ、二人して…」

まだ俺は夢の中だろうか?師匠はえらく優しいし、ロウもいつもとは雰囲気が違う。
もしかして、俺を売り飛ばすとか。
いや、なんかの儀式の生贄にするとかかもしれない。

まあ、それは無いと思うけど。

とにかく、考えていてもどうせ分かんないし、昼までまだある。それまでに。
片付け掃除洗濯だな。後は準備。
とりあえず重りは外しておこう。なんかヤバそうだ。


「にしても、150キロは普通無いよな。よくここまで背が伸びたな、俺。」
現在俺は13歳で158センチ。やっぱりちょっと背は低いと思う。




「来ましたよ、師匠。」
色々仕事して、準備していたら、時間まであっという間だった。結局武器は自分が一番使っている刀を選んだ。通常よりも少し短く、漆黒の鞘に細工は無い。
今俺は小屋からかなり離れた山の頂上に来ている。辺りに生物の反応は無く、茶色の岩が点在しているのみ。頂上の地形は緩やかで、特に気になる点は無い。空は、これから雨が降るのか、雨雲が紅い空を覆っていた。
ちなみに、ここまでロウに送ってもらった。
ロウ曰く、「今回は、特別ですから。」だそうだ。

「…早いな。昼ドン鳴ったら、だろ?」
師匠はこちらに背を向けたまま喋った。
「いや、やる事ありませんし。」
「そうか。」



静寂。
やはり、何かが起こる気がする。



「……なあ、下僕。お前、アタシの事、嫌いか?」
「は?」
「アタシを憎んでないかって聞いてんだ。」

違う。いつもの師匠じゃない。今日はおかしい事ばかりだ。
師匠は、何かをしようとしている。でっかい、何かを。

「ええと…そんな事、考えた事もありませんね。とりあえず、ノーです。」
「そうか……」
師匠は振り返ると、すぐこう切り出した。
「始めるぞ。今日の訓練は単純だ。サルでも出来る。」
そう言うや否や、呪文を唱え始める。魔力の放出量がハンパじゃないヤツだ。

『ここに集いし闘士、我と汝なり。我が名はエンブレム・ベイン・ジェストース。汝の名は─────────。彼の聖域を造りしは時空の神、並びに戦の神なり。彼の地で、我と汝は剣を交える闘士なり。何人も入れず、只我と汝のみ。何も得ず、只我と汝のみ。彼の地と滅びるは、汝か、我か……』

純白の決闘場ラウンド デュエル!!』



その瞬間、大気が震え、俺と師匠の間に白い閃光が迸る!思わず俺は目をつぶった。

一瞬後には、白く平らな地面しかない、周り一面白の世界と、俺と師匠が残った。さっきまであった山も、空の雲も、下にあった森も、消えている。
「なんだ、ここは…」
純白の決闘場ラウンド デュエル。魔術で造った決闘専用のリングだ。
喜べ下僕。最後の訓練だ。最終試験、アタシとテメエのデスマッチ。それだけだ。」
「…師匠?」
「アタシの現役ン時の相棒を持ってきたか。………皮肉なモンだな。」
「ちょっと待って下さい!いくらなんでも、いきなり」
「抜け。死にたく無けりゃな。ここはアタシか、テメエが死ぬまで絶対に抜け出せない。

「…本気ですか?」
「やる気になったか?とっとと始めるぞ。」

俺は躊躇ったが、刀を抜く。師匠も、自分の刀を抜く。お互い、ほぼ同じ武器。あっちの実力は未知数。
ここで戦わないなら、殺される。それだけは嫌だ。今まで強くなる為の訓練が無駄になるし、何より、もっと大事な理由もあった。

「ああそうそう、ここでは魔術の類は使えんから。」
「………なんでここまでするんですか?」
「今から戦闘って時にテメエは敵に敬語か。どっかの軍隊か?
まあ、質問には答えてやるよ。
テメエが勝ったらな。」

そして。
何の合図も無いまま、二人は一瞬にして距離を詰め、刀を交える。

長い長い、死闘の始まりだった。





ああ、もう朝か。
もう暫くはこの夢だろうな。
まったく、俺はいつになったら親離れが出来る事やら。
忘れようとは思わないが、もう、吹っ切らなきゃいけない。

今の俺は。


母親に恋をしていた、ガキじゃ無いから。




あとがき


なんか微妙な話を書いてしまった。一応シリアスだけど、やっぱちょっとギャグ入っちゃいました。
まあ、ノリがノリなモンですから(笑)。
さて、この夢を見ている男、一応名前を伏せていますが、バレバレですな。これもスルーしちゃって下さい。

とりあえず、このお話、前・中・後編の三話構成にする予定です。中編は、思いっきりバトルを書こうかと。
では、次は第四話のあとがけで会いましょう。それでは。





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