私は六年前からの栞の病気の事
その病気が現在の医療技術での治療が困難な事
栞が今から一週間後、栞自身の誕生日までしか生きられない事
家族皆で治療法を探したが、今まで見つからなかった事。
そして栞が死ぬ事に耐えられなかった私は、
栞を無視し続け、その存在を自分の中から消した事。
それでも、たまたま気まぐれで探したら、助かる可能性があったからここに来た事。
理由の全てを彼、相沢君に打ち明けた。
「……これで全部よ。」
親友にも話さなかった事を、ついさっき出会った彼に話した。
彼は話中、黙り込んでいた。私の顔を見つめ、何もせず、聞いていた。
「だからどうしても薬の原料がいるの。それを取るまでは、帰れない。一刻も早くそれを持って帰って、栞の病気を治したい。あの子が生きていられるなら、私は、どうなってもいい。それが私の、あの子への罪滅ぼしになるなら。」
そう言い終わると、私は立ち上がる。そう、あの子の為なら。
決心は着いた。後は、自分の命を懸けて前に進むだけ。
「……そっか。」
「話を聞いてくれてありがと。少し楽になったわ。」
「そりゃどうも。」
「ここでお別れね。助けてくれてありがとう。今お礼が何も出来ないのは残念だけど…」
「何言ってんだ。お前も一緒に帰るぞ。」
「……話聞いてた?」
「おう、聞いてたぞ。でもこの先には行かせない。」
相沢君は私の前に立ちはだかる。意志の固さは彼の目から窺えた。
それでも。
「それでも私は行くわ。止めるのならあなたを倒してでも先に進むだけよ。」
「まあ落ち着け香里。話は最後まで聞け。」
「……」
「今のお前の状況じゃまず先には進めない。さっきのあいつを倒さなきゃ前には進めないみたいだし。武器も鎧ももう使い物にはならない。魔術も魔法も魔装具もダメ。奇跡でも起きない限り、あいつは倒せん。
それに」
「じゃあどうしろって!?もうこの方法しか無いのよ!」
知らないうちに、叫んでいた。
分かっていた。あの魔物に負けた時点で、いえ、ここに来る前から分かっていた。
熟練のギルドハンターでも攻略できない、『魔封窟』。そんな所に、一人で、それも学生の身分で来るのは、ただの自殺にしかならない事も。
平民の子である私の一家に、ここを攻略出来るような冒険者を雇う金は無い。
「自分の妹が苦しんでて、何も出来なかった。自分がやった事と言えば、あの子の存在を自分から消す事だけだった。
……酷い姉よね。妹がこれから死ぬって時に。」
昂った感情を抑えるため、私は一旦深呼吸をする。
「私が犯した罪を許してくれなくてもいい。あの子が、栞が治るなら、私は何だってする。
…だから、どいて。」
沈黙。静寂。この場所の時間は動いてはいなかった。
暫くすると、彼はこう言い放った。
「お前、バカだろ?」
溜息と共に、呆れの入った顔で。
「え?」
「確かに、自分の妹の存在を消したことは酷いと思うぞ。お前が男だったら、一発殴ってたな。」
その言葉はまるで小さな子どもに言い聞かせるように、優しく。
彼は続ける。
「でも、それはお前がその栞って子を好きだからだろ?じゃなきゃ、治らない病気の治療法なんか探さないし。だったら、多分向こうも理解しているぞ。」
「………」
「お前は、その妹の事、栞の事、嫌いか?」
「……嫌いなわけ、無い、じゃない。」
今の自分は嫌いだけど、栞を嫌いになった事など、一度も無い。
「これは俺の師匠の受け売りだけど、『生きてる奴は皆遅かれ早かれ、いつか死んじまうんだ。だったら、後先の事なんていらない。今を最高に生きてった方が人生何倍も楽しいもんだ。』」
一旦区切る。
「師匠の口癖だった。つまりは、仲直りすればいい。つまんない意地張ってそのままよりは、謝って、許してもらえばいい。お前の『罪』とやらの償いは、ここで無理をして、死ぬことじゃない。最後の一週間でもいい、元気でいる、今まで通りのお前でいる事だと思う。」
そうひとしきり言い終わると、彼は黙った。
再び、長い長い静寂。
その静寂が、私の感情の昂りを、そのために火照った体を、冷やしていった。
「相沢君、あなたって不思議な人ね。」
そう、私は、馬鹿だ。
今まで栞の気持ちなど考えていなかった。
「そうか?変人とは何度も言われてるが。」
「それは否定しないわ。」
「……(泣)」
あの子の存在を消す事で、あの子が居なくなる事への悲しみから逃げていた。
でも、それはただの現実逃避。
私が無視している間も、あの子が私と話したがっていた事には、気付いていた。だから、
「もういいわ、帰りましょう。」
「………いいのか?といっても行かせる気も無いが。」
「ええ。正直言えば、相沢君に手伝ってもらいたいけど、そこまで迷惑は掛けられないわ。それに、」
「それに?」
もう、逃げない。
「随分あの子を放っておいたから、今すぐにでも話がしたいのよ。」
「そうか。……んじゃあ、行きますか。早く出ないとな。」
そして相沢君は歩き出す。もうここに留まる必要も無い。無いんだけど…
「相沢君、ストップ。」
「? どうした?早く行こうぜ。」
……どうやら本気で分かって無いみたい。
「そっちは逆よ。」
ここはほぼ一本道のはずなのに。
「三日!?」
「ああ、吹雪いてきたからどっかやり過ごせる場所は無いかと思ってここに入ったら、奥に入れたから、つい、な。」
「それまで、ずっと迷ってたの?」
「いや〜真っ暗だったもんだから、道よく分かんなかったんだよ。」
呆れた。でもそのおかげで助かったし、相沢君とも出会えた。
……って、相沢君の事は関係無い筈よね。何考えてるんだろう、私は。
ちなみに今は相沢君と一緒にここの出口に向かっている。距離からすれば、もうすぐって所かしら。
「そ、それにしてもよく無事だったわね?」
「でも結構危なかったぞ?まともな携帯食料が尽きたから、後はもうオレンヂしか残ってなかったな。」
「へえ…それは災難だっ…………」
「オレンヂですって?」
「知ってるのか?」
「ええ。」
こんな所でアレの言葉を聞くとは思わなかった。
『橙色の悪夢(ナイトメア・オレンジ。)』
最近とある人物が開発した、究極の保存食。通称、『オレンヂ』『邪夢』『謎ジャム』。その保存性はまさに『完璧』。常に鮮度は最高に保たれ、どんな保存環境にも耐え抜く。まさに保存食の頂点。更にその栄養価はスプーン一杯食しただけで一日フル活動出来る程である
のだが、問題はその味。それはまさに
「昔、親友の家で食べたのよ………」
これ以上言葉は続かない。アレは恐怖そのもの。さっきの薬(?)も凄いが、アレはそれをも凌駕する。
「俺、アレは苦手なんだよな。…ってどうした香里?まるでホールドアップさせられたゲ○ム兵みたいな顔だぞ。」
「○ノム兵って顔分からないじゃない…」
例えが微妙よ。それに苦手だけで済んでる相沢君って……
「やっぱりあなたって変わってるわ。」
「ほっといてくれ……っと、そろそろ出口か?」
暗闇の先には、微かにだが光が見える
「そうみたいね。」
「嗚呼、これで三日ぶりの太陽が拝める…」
私は苦笑しつつも先へ向かう。
栞が死ぬまで、残り一週間。もう逃げるのはお終い。
たった一週間だけど、出来るだけのことはやってみようと思う。
後悔しないように。私は、
栞の姉なのだから。
あとがけ。
bou 「第二話、終了です。では早速予告通り、ゲストを呼んでみますか。
ゲストの相沢…え、来てない?…あ、手紙来てる。どれどれ…」
『かったるい。』
bou 「……いい度胸してんじゃない?かったるいそんな人には某似てない双子の義妹の手料理でも送っとけ。
じゃあ次!普段はクールでビューティー、怒ればオーガ(某格闘漫画の)も裸足で逃げ出す!Kanon界のツッコミ女王!
美坂姉……ってまた来てないの?…また手紙?えーと…」
『あなたを、滅殺です。』
bou 「……メイド…だよね?…次はちゃんと紹介しますって送っといて。僕、まだ若いから死にたく無いです。
あと登場してる奴は…いた!もう前フリはめんどいから省略!脇役A!カモン!」
A 「……………」
bou 「じゃあ時間無いから一言ヨロシク!」
A 「………俺ノ」
bou 「何か言ってくれよう。読者が困って」
A 「俺ノ名前ヲ言ッテミロォォォォォォォォ!!」
bou 「よし、終わり。じゃあ皆さん、また会えたら三話で。」
A 「我ノ名前……」
bou 「行くぞ、脇役A。」
A 「……ウン!」
ごめんなさい。