「ハァ……参った。」
周りの雰囲気から鍾乳洞の中と伺える一面の闇の中にある小さな光。
その照らされた光の下、一人の青年が力なく呟いた。
年は16,7程で顔は整っており中性的。黒髪黒目、黒いジャケットに黒の長ズボン。まさに全身黒一色で統一され、腰には一回り小さな刀を差しているだけ。他に荷物は見当たらない。とてもこの暗闇の中を歩き回れる装備ではない。この青年のような装備は不自然を通り越して自殺行為である。
「このままだとまたアレか…さすがの俺もキツイぞ…」
歩きながら青年は小さな溜息と共にまた呟いた。そのあと少し身震いしながらも歩き続ける。アレはかなりヤバいものらしい。
「!? 戦闘か!!?」
聞こえた音の質からすると誰かが剣を振るった音。つまり
「人がいるよなぁっ!いぃぃぃよっしゃぁぁぁ!!」
今にも倒れてしまいそうな雰囲気だった青年の瞳に活気が入る。
すぐさま青年は走り出した。
少女は焦っている。
一つ。 このダンジョンでの敵の戦闘力が予想以上に高い事。
二つ。 敵との戦闘とトラップによる大幅なタイムロス。少女には時間が無かった。といっても時間が無いのは少女ではなくその妹ではあるが。
そしてなにより
「アキラメテオトナシク死ンダラドウダ?」
「…っ! 冗談、じゃ……ない、わっ…!」
自分の生命の危機。既に手に持っている剣は刃こぼれが酷く、真ん中から先が無かった。着ている鎧も損傷が激しく、体の所々からは出血が見られた。
「貴様ノヨウナ戦士ヲ殺スノハ惜シイガナ。ココニ来タ以上生カシテハ帰セナイ。」
少女と対峙している魔物はトカゲを二本足で立たせ、全身灰色の金属で固めたような外見をしていた。両手には大降りの剣。
「………」
「サラバダ。心強ケレド、脆キ者ヨ。」
魔物が少女に近づいてゆく。少女は魔物と距離を離そうとするも、足がまともに動かない。既に肉体の限界を超え、満身創痍の体はもう自分の言うことを聞かなかった。既に声を上げる体力すら無い。
「死ネ…!」
魔物の右手が上がる。
(やられる! ごめんね、しお「ちょっとまったぁ!」り?)「!」
一人と一匹が声の聞こえた方を向く。そこにはまばゆい光を背にした人影一つが二人よりも3、4メートル高い岩の上にある。
「アー、えっと己が心に渦巻く絶望に立ち向かう信念の灯火。」
「やがてその火は大いなる希望という名の炎となり、絶望を焼き尽くすであろう。」
「決して挫けぬ心。」
「人、それを不屈という…!」
「何者ダ!!名ヲ名乗レ!」
人影の後ろの光が弱まっていく。
「貴様に名乗る名はない!!」
そう叫ぶや否や「とぉっ!」
人影は空高く舞いあが
ったソレは天井から伸びる鍾乳石に激突、そのまま顔面落下。勢いの止まらない体は数回転した後魔物と少女の手前まで顔面スライディングし、沈黙した。
「「…………………」」両者、絶句。
しかし人影は痛々しく立ち上がる。
「ぱーふぇくと。完璧だな。」「「いや絶対違う。」」両者、即ユニゾン突っ込み。敵味方の壁を越えた瞬間である。しかも少女の方は無意識に突っ込んでいた。いつのまにか気絶していたらしい。
「まあとりあえず俺に見惚れるのは勝手だがとりあえずそいつはもらってくぜ。」見惚れる事はありえない。
「……」
「そしたら俺達は退散するから、な?」
ダメか?と青年は微笑んで言った。
「断ル…ト言ッタラ?」
「もちろん、それ相応の対処をするが?」
今度はニヤリと笑い、言った。
沈黙。
「イイダロウ。好キニシロ。貴様ニハ闘志ガ感ジラレヌ。ココヲ荒ラスツモリガ無イナラ、早々ニ出テ行ケ。」
「サンクス。聞き分けの良い奴は好きだぞ。」
「…」
「ゴメンナサイ、スグニカエリマス。」
棒読みでそう答えると青年は少女と彼女の荷物を両手で抱きかかえ、走って去っていった。
魔物は静かにたたずんだ後、地面に沈んでいった。
(アノママ戦エバ死ヌノハ我カ…)
魔物が沈みきると、そのフロアに残されたのは漆黒の闇と完全な静寂だった。
「さて…と。」
先ほどの場所から離れると、青年は少女を下に下ろし、懐を探りペンダントを取り出す。黒い珠に金属の鎖が繋がれている。直径2,3センチ程の大きさの珠であった。青年が何か呟くとそれを中心にして黒い霧状の塊が出現した。そしてそこに手を突っ込み何やら探し始める。
「あったあった。あと3本ってとこだな。」
少年が取り出したのは紫色の濁った液体が入ったビンで、白いラベルには『ヒポポタウランPK効能:生きていれば必ず健康体になります。 服用上の注意:必ず水などで約10倍に薄めてから服用して下さい。命に関わります。』と怪しさ爆発の文章が書いてある。再び何か呟くと塊は珠に収まった。
青年はペンダントを元に戻し、少女を抱きかかえるとそのままこれを飲ませる(鬼)。
飲んだ瞬間、少女は起き上がると同時に
「 f,e"&')RVESP`*`&$%#"`*!!?!?! 」解読不能な言葉を叫んだ後、
「オレンヂは、イヤァァァァァーーーー!!(CV.宮○優子)」
「ぐはぁ!」あらん限りの声で叫んだ。まさに心の底からの魂の叫びは青年を遠ざけるのには十分な威力だった。
「よし、起きたな。」
少女は満面の笑みを浮かべた青年を睨む。息は荒い。
「それじゃあとりあえずは「ちょっと瀕死の怪我人にオレンジじゃないわねムラサキは無いでしょう何よアレは危うく天国のしおご先祖様の仲間入りになるところだったわそれをあなたはっっっ!半死人に追い討ちかけて楽しい?ええあなたは楽しいのでしょうけど人として最低ね!だいたいアレは」落ち着け。」
「………………っっっっっ!!!!!!」
青年は叫び続ける少女を抱きしめると、頭を撫で始めた。少女は突然の出来事に少々抵抗したが、すぐに収まった。
「もう良いよな?」
「…ええ。ありがとう。」そう言い少女は青年から離れる。顔はまだ少し赤かった。
少女は青年と同じほどで16,7歳、ウェーブのかかったロングヘアー。かわいいよりも美人の言葉が似合う。
「…ありがとう。私は美坂香里。それで…あなたは?」
更に顔を真っ赤にして香里は尋ねた。どうやら地の文の一部分は青年の独り言のようだ。しかし青年は気づいていないようだ。
「ああ、言ってなかったっけか?俺は」
「相沢祐一だ。よろしく。」青年は微笑んでそう名乗った。
「祐一と呼んでも祐ちゃんでも良いぞ。なんなら兄さんでも「遠慮しとくわ、相沢君。」」
とりあえず今の状況を整理しましょう。
「さて自己紹介が終わったところで香里」
病気にかかった私の妹、栞の治療法を探してたら『霊薬』の精製方法の載った資料を見つけた。その後すぐ原料の採取場所について調べていたら、秋子さんからこの『魔封窟』に原料の一つがある可能性が高いって聞いて…
「おまえここの出口知らないか?たまたま入ったはいいが」
近くだったから急いでここに来て…奥に進んだらあの守護者と戦って、負けそうになって…
「出れなくて困ってんだよ。…って、おーい。聞いてるかー?香里ー?」
もうだめ、と思ったら兄さ……じゃなくて相沢君が来て落ちた所で意識が飛んで、気が付いたらここにいて。
「か〜おり〜ん?」
「それはやめて頂戴。ところで相沢君、聞きたいことがあるのよ。」
「なんだよ聞こえてるんなら返事してくれよ?」
「ごめんなさい。で、早速だけど、あの後アレはどうなった?私の傷はどうやって治ったのかしら?なぜその魔装具は発動できるの?ここは『魔封』窟だから魔装具は使えないし、魔術も魔法も使えないはずよ?」
「あーそれはだなぁー」
彼はめんどくさそうに頭をかいて、困った顔をしている。
「最初の二つ質問には答えてもいいけど、後ろのは答えられんが、いいか?」
「構わないわ。」
「まずさっきのあいつには見逃がしてもらった。もういいって言ってたぞ。んで次、」彼は懐からペンダントを取り出して何やら呟いた。どうやらまた魔装具みたいね。するとここで魔装具が使えるのは相沢君の能力である可能性があるわね。「ほれ、これ。」彼からそのビンを受け取るとラベルには、
『ヒポポタウランPK効能:生きていれば必ず健康体になります。 服用上の注意:必ず水などで約10倍に薄めてから服用して下さい。命に関わります。』
「……相沢君。」
「そいつをそのまま一ビン飲ませただけだが…どうした?香里?そんな怖い顔して。」
私は黙ってビンのラベルを見せ、問題の箇所を見せる。
「あん?ここ読めってか?『服用上の注意:必ず水などで約10倍で薄めてから服用してください。命に関……』」
「………相沢君?」
「……いやぁ失敗、失敗。いいじゃないか助かったんだし。気にしたら負けだぞ?」
「ア・イ・ザ・ワ・ク・ン?」
「ごめんなさい。」
「…まあいいわ。とりあえずは助かった訳だし。
でも次は…無いわよ?」
「イエッサー!!」
サーじゃないけど。
「んじゃあ次俺からの質問。いいよな?」
「ええ。」
突然、相沢君の雰囲気が変わる。さっきとはまるで別人と対面しているようだわ。
「お前、ランクは?一般の方で。」
「!…Bだけど。」
「もう一個質問。なぜここに来た?」
「……あなたには関係「あるね。もう俺は関わった。」…」
「その強さでここに来るなんて自殺しに行くようなモンだからな。それに、」
彼は緊張を解き、さっきの雰囲気で、
「せっかく助けたのに、また死ぬ気か?」
「!」
「お前、まだ諦めて無さそうだったからな。違うか?」
「………よく分かったわね。」
「勘だけどな。」彼は照れ臭そうに、そう言った。
「まあ言いたくなければ別にいいんだが…」
「いえ、話すわ。」
なぜ話す気になったかは判らない。
だけど、彼なら救ってくれるような気がした。
栞の事も、私の事も………
「私には妹がいるわ。」