*注意事項、この話はセカンドステージの後半ぐらい(ガスコさんがいなくなったちょっと後ぐらい)を想定して書いています。が、もしかしたら時間軸に逆っているかもしれませんがゆるしてやってください(笑)

 読むにいたっては一通りファースト、セカンドの両方を視聴していることをお勧めします。ネタバレの臭いがしますので(笑)

 加えて話しの中では勝手な想像と間違った単語の使い方が多々あると思いますのでその辺もご了承願います。

 今回の話は私、アマきむちが以前書きましたヴァンドレッドオリジナルストーリー 〜girl of blade 〜 の続きという形をとっていますが、基本的に読まなくても大丈夫です。ですが、作り手としては〜girl of blade も読んでいただけるとありがたいです。

 本編でバイクや銃やコンピューター関係について軽く触れていますが、私アマきむちはそちらの方面にはほぼ完全にド素人です(笑)。おそらく大きな過ちが多々あるとは思いますが、見て見ぬふりをしていただければ幸いです。

●なお、ヴァンドレッドオリジナルストーリー girl of blade〜<前編><後編> 、 〜ghost of white girl〜<前編><中編>及び、 the other girls を読んでくださるという方はメールにてご連絡いただければ喜んでお送りさせていただきます。 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ヴァンドレッドオリジナルストーリー 〜ghost of white girl

                  <後編>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真っ暗の中、やっと一人のクルーが懐中電灯を探し出し、一筋の明かりをつけた。彼女の額にはコブができていたがそれを今、気にする者はいなかった。

 そこは、電源を落とした機関室には八人の機関クルーの少女達とパルフェ。

 パルフェが言う。

「とりあえず、三班に分かれましょ。一斑はこの機関室の電源を入れコンピューターを再起動して、被害の状況をチェック。もちろん、回線はカットした状態でここを独立させて、ね。二班は急いでブリッジに行って外部との回線をカット。もしかしたらさっきみたいな状況だと電源ごと、または回線を物理的にカットすることも考えておいて。三班はレジにいってそっちの被害をチェック。いいわね? OK!それじゃ動いて!」

 少女達はメンバー決めをせずとも綺麗に、三人ずつに分かれる。一番手間のかかると予想されるブリッジの二班にはパルフェが入った。

「みんながんばって!」

 ラジャー!というかけ声と共に少女達は散っていく。

 事態は一刻を争っていた。

 

 それから数分後、ニル・ヴァーナごと、多目的移民船[trunk]は強い衝撃を喰らう。

 

 

 

           ●

 

 

 

 真っ赤に燃え上がる店舗の前に、ジュラは半ば放心したように立っていた。

 何かに引火でもしたのか強い爆発が店内から起こり、大小様々な破片が辺りに飛び散る。

「・・・う!」

 ジュラの頬を飛んできた何かの破片が深く切り裂き、真っ赤な血を滴らせるがそれでも彼女はその場から離れようとはせず、呆然と燃えさかるその場所を見ていた。

 バーネットがまだあの中に居るのだ。

「・・・バーネット・・・」

 名をつぶやいてみるがそれは、猛然と盛る炎の前ではあまりに非力な呼びかけだった。

 どこからか、警報が鳴る。

「なに?」

 ジュラもさすがに辺りを見回すが特に変化がない。音だけだ。いや、店の炎の勢いが弱まっているように見える。見上げてみるとどうやら火事に反応して消火水がまかれ始めているようだ。

 ダン!!と、強烈な破壊音が隣の店舗から鳴らされた。まるで大男が扉を蹴っているかのようだが、それは違う。二回目にして隣の店舗の木製の扉が中よりぶち破られ、一つの影が転がり出るようにして姿を現した。未だ勢いを残している炎の明かりを受けてその者の姿が紅く浮かび上がる。

 手にショットガンを握る、バーネットだ。

「バーネット!」

 ジュラが駆け寄るとバーネットもまた、銃口を燃える店舗に向けたまま寄ってくる。

「ジュラ、逃げるわよ」

「え?」

「まだ生きてる」

 そう言ってバーネットは冷たくなっていたジュラの手を握り、炎の明かりが届かない、地下市街地の中心部へと足を急がせた。

 ヒールのジュラは走りずらそうに、しかし手を引かれるまま、バーネットについていく。彼女は訊いた。

「バーネット、大丈夫なの?」

「全然大丈夫じゃないわよ!アタシのAR15が・・・MP5が・・・あのロボットだけは許せないわ!!」

 話の途中、ジュラは彼女が背負っていたカバンがないことに気がつく。使ったのか、落としたのか、それとも壊したのかはわからないが、バーネットが怒るのも無理はないと思った。

「取りあえず戦力を整える!それからアイツを倒す!」

 そうバーネットは自分の決心を口にすると横手にあった店内へ入った。

 『OPEN』とかかれた札を下げる扉を開けると、そこがコーヒーショップだったのがわかる。そこは比較的損傷が少ないようで店がまだ原型を残していた。

 店の前が全部ガラス張り、そして丁度非常灯の近くということもあって、店内は眼を凝らせば何があるのかがわかった。丸い木製のテーブルに椅子。カウンターに並ぶ砂糖の小瓶。使い方がまったくわからない金色に鈍く光る器具の数々。

 バーネット達は外からは見えない、カウンターの裏側へと身を隠す。

「何するの?」

 ジュラが訊くとバーネットは、コートの下からペンライトと医療キットを取り出す。

「アンタのその頬の傷。ほっとくと化膿(かのう)しちゃうでしょ」

「・・・バーネットぉ」

 その好意を嬉しく思ってか、ジュラが彼女に抱きつく。

「ちょっとそんなんじゃ手当できないじゃないの、ほら。早く傷見せて」

「ぅん」

 バーネットに引き離されて、頬を見せるジュラ。彼女のその表情はどこか恋人にキスを求めるような、期待と恥じらいを持つように少しだけ紅潮していた。

 バーネットはペンライトを口にくわえ、片手に小型の消毒スプレーを持ち、もう片方に止血用クリームを持った。

 傷を照らす。思ったより深い。筋肉にまで達していなければいいのだが・・・。

「ちょっとしみるわよ〜」

 手当は最後に医療用テープを貼って、わずか一分弱で終わった。

「それで、これからどうするの?」

 ジュラが訊くとバーネットはコートの中からショットガンの弾を取りだし、装填しながら応えた。

「取りあえず、お頭達と連絡を取る。通信機を持ってこなかったのは失敗だったわね」

「でも、バーネット。これってどういうことなの? 何でジュラ達が襲われないといけないの」

「・・・アタシ達が入っちゃいけない所に入ったから、か、もしくは向こうが初めからその気だったか・・・どちらにせよここは危険よ」

 ジュラはうなずく。

 その時、下から突き上げるような衝撃が走る。大きい。

「な、なに!?」

「地震・・・ってそんなわけはないわね」

 揺れがすぐに収まったところを見るともしかしたら小型の隕石にでもぶつかったのかもしれない。しかし、それがなんであれ艦に致命傷を与えるようなものではない限り今の彼女達にとってもはどうでもよかった。

「長居は無用のようね。いきましょ」

 そう言ってバーネットがカウンターから顔を上げると、そこには比式0号が店の外からこちらをのぞいているではないか。

「あ、アレって」

 ジュラも顔を出してその姿を確認すると、その比式0号がしゃべり出す。窓越しなのであまり聞こえない。

『我は貴女らを案内するように主から命を受けております。どうぞ我についてくるよう・・・』

 バシュン!という音をたててその比式0号の脳天(?)が横からの光線につらぬかれる。空いた両方の穴から火花を散らし、黒い煙を上げてそれはガシャンと床に落ちた。

「ジュラ!ここに居て!」

 そう言うとバーネットはショットガンを担いで、カウンターを越え、丸テーブルの一つを横に倒してそれに身を隠す。

 耳をすます。わずかに聞こえる。瓦礫の上を歩く音。ゆっくりと慎重にこちらにやってくる。壁に張り付くようにそっと身をすらすように・・・。

「バーネットぉファイトー」

 カウンターの奥からジュラの小さな声援が聞こえるが今は完全に邪魔だった。鼻の前に人差し指を立て、静かにと伝える。

 ふぅ、とため息を吐いて神経を敵に向ける。しかし、少し遅かったようだ。

「・・・!」

 音が消えた。足音がない。止まっているのだろうが、人間とは違って呼吸音や微妙な震えからくるかすかなノイズも、あのロボットは発しないだろう。

 数分の時が流れた。

「こっちが行くまで待っているつもり・・・?」

 この店にだって裏口ぐらいはあるだろう。しかし、今それを探そうとすれば確実に敵にスキを見せることになる。絶好の、だ。

 ならば攻めるしかない。しかし、音が消えた今、敵の場所や距離がわからない。向こうはすでにこちらに銃口を向け、トリガーに指をかけていることだろう。

 自分が飛び出し、構え、照準をつけている間に向こうは数回トリガーを引けるはず。かといって乱射するにしても、ポンプ式のショットガンでは確実に不利だ。

「しょうがないわね。・・・派手にいくわよ」

 バーネットは意を決して立ち上がり、自分の全体重をかけて盾にしていた丸テーブルをガラス張りの一面向かって蹴り飛ばす。周囲に響きわたる大きな音を立ててテーブルはガラスの破片を身にまとい、飛び出していく。そこを突き刺す数本の光の線。木片となったテーブルが宙を舞う。

 それをバーネットは見逃さなかった。距離はわからないが、直進しかしないレーザー銃なら確実に方向はわかるのだ。

 彼女もテーブルと同じように外へ、ショットガンを構えたまま飛び出す。 

 銀色のロボットが銃口を構えているのが見える。自分の目測は正しかった。

 ドン!という腹部に響く轟きを上げた。はずれる。しかし、ダメージの有効範囲が広いショットガンの弾はロボットの右肩にわずかにヘコミ(凹み)を入れ、敵の銃口が自分から外れる。スキができた。

 バーネットは道を転がりながら第二射に向けてポンプを引く。空薬莢が宙に上がり、そのまま伏射(うつぶせに伏せた状態で撃つ事)。はじける火薬の熱が顔にまで届く。

 ロボットは驚くべき事に弾丸が届く前に数メートルにも及ぶ高い跳躍を見せる。天井の非常灯を蹴り、バーネットに向かって飛来する。無論、その間にも銃口を向け、トリガーを引く。

 しかし、そんな射撃法では精度は確実に落ち、バーネットにかすりもしない。しかしそれは立ち上がる途中だったバーネットのバランスを崩すには十分だった。一度は立ち上がったもの、彼女は再びヒザをついてしまう。

 ロボットはバーネットのわずか一メートル前に瓦礫を吹き飛ばしながら着地する。銃口がバーネットの額に向けられる。

 視界の半分を銃口が覆い、残った視界にはロボットの肩に書かれた[H03]という文字が鮮明に眼に映る。

「バーネットォ!!」

 愛おしい友の声と共にそれは走った。四つの細いレーザー。それは[H03]の握るレーザー銃を壊すに十分な破壊力だった。四つの内一発が銃身の真ん中に穴を空ける。

 [H03]がトリガーを引く。しかし、銃口と空けられた穴に一瞬だけ明かりを灯しただけで銃そのものが爆発を起こす。

 後方に飛び、身体を瓦礫の上を転がし、二人は距離を取る。

 バーネットはショットガンを捨て、得物を速射の効く腰のホルスターに眠るSTRIKER(スライド式ハンドガン)に換え、片膝をついた状態で構える。敵に武器はない。絶好のチャンスだ。

 バーネットはトリガーを引く。高らかな咆哮が地下市街に響く。しかし[H03]は人間離れした(人間ではないが)脚力で三発をかわし、近くの焼けこげた一軒の店に飛び込んで追撃から身を守る。

 ガシャガシャガシャという音がその店の奥から聞こえ、遠ざかっていく。裏道を通られた。

「逃げた・・・か・・・」

 はあぁ・・・という深いため息の後銃口をゆっくりと下げた。

「バーネット大丈夫!?」

 走り寄ってくるのは手にメリケンサックのような四連装のリングガンをつけたジュラだ。

「助かったわぁ、ジュラ」

 そう言ってバーネットは肩の力を抜く。

 しかし、安心はできないだろう。あのロボット、[H03]は新しい武器を持って必ず、再び現れるだろう。そのためにはまず武器をどうにかしなくては。残っているのはショットガンとハンドガン、そしてその弾丸がいくらか。いささか心許ない。

「あ〜ん良かったぁ」

 そう言ってジュラが抱きついてくるが、今度はそれを離そうとはせず、抱きしめ返した。彼女の細い身体のラインがコート越しにでも感じられた。

「・・・ありがと」

 バーネットは白い息と共にその言葉をつぶやいた。

 

 メイアが出て行ったレストラン・クラジックの第二VIPルームにはディータとピョロ、そしてサリーアと比式0号が残った。

 サリーアが言う。

「ディータ・リーベライ。リョウの所へ行きましょうか」

「え、でもリーダーにジュラ達を・・・」

「彼女達もそこへ来るよう案内いたしますから。ね?」

 ディータは少しだけ考えたあと、うんとうなずいた。

「では、車は用意してあります。行きましょう」

 二人は二機のナビロボを引き連れ、その第二VIPルームを後にした。

 彼女らが去って数分後。誰もいなくなったその部屋に銀色のトレイを手に入ってきたのは[H02]。彼は静かに二つのカップを片づけ、照明を切ってからゆっくりと扉を閉めた。

 闇だけが残った。

 

 

 

          ●

 

 

 

 ニル・ヴァーナに下から突き上げるような振動が走る。

「なんだい!?今の揺れは!?」

 椅子に座ったまま仮眠をしていたマグノは眼を覚ますなりそう言った。お茶をしながら雑談会をしていたクルー達もその疑問には同様だったようで、今まで飲んでいたコーヒーを床にこぼしながらも自分のコンソールを立ち上げる。

 情報を集めなくては。しかし・・・。

「あれぇ? なんでシステム起動しないの・・・?」

「こっちもよ」

 アマローネ達が次々とマシンの不調を伝える。ブザムはエズラの方に視線を向けると彼女も困ったようにほほに手を当ててうなずく。向こうもダメだ。

「パルフェに連絡を取れ」

 ブザムはそう言ってから無駄だということに気がついた。システムが起動していない以上通信関係も使えないのだ。

「あ、あたし行ってきます!」

 そう言って立ち上がったのは雑談会の時からブリッジに参加していたミスティだ。彼女は急いでブリッジの出入り口へ駆け寄るが、扉が開かない。仕方がないのでわずかな隙間(すきま)に指を差し込み、扉を開けると奥からパルフェと二人の機関クルーが工具を抱えて走ってくるのが見える。

「ちょうどよかった!ねぇシステムが・・・」

「わかってる!」

 ミスティの言葉を遮り、パルフェは勢いを緩めることなくブリッジに躍り込む。そして連れてきた二人をセルティックとベルヴェデールの席につくように言って、自分はエズラの席に本人を押しのけて、座る。皆困惑した表情でその成り行きを見守っていると、パルフェの悲鳴にも似たようなうめきがあがった。

「ダメだあぁシステムが完全に喰われちゃってるぅ〜」

 こっちも、と連れの機関クルー達は言った。

「どういうことだ、パルフェ」

 ブザムが訊くもパルフェは、本人にはそのつもりはないのだろうが、無視して天井を見上げながら何やら一人言を始める。

「・・・第3はダメだったから、・・・この状況を・・・・下すしか・・・スロットにSKKを入れたとしても・・・無駄、か・・・」

 ふぅ、と軽くため息を吐くと、パルフェは言った。

「・・・かわいそうだけど、通信システムのユニット部を壊すっきゃないわね」

 ラジャーと機関クルーの二人は言うと、工具箱の中から様々な機械を取りだし、マグノの元へ駆け寄る。

「な、なんだい?」

 マグノも少々驚いた様子で訊くと、少女達はすみません少しうるさくなります、とだけ言って床を壊し始めた。いや、正確には床板をはがし始めたのだ。

「どういう事だ、パルフェ。説明しろ」

 今度のブザムの言葉は訊いたのではなく、命令だった。パルフェは正直、説明はあと、と言いたかったがさすがに命令とあっては無視できない。早口に述べた。

「現在、このニル・ヴァーナは外部からハッキングを受けています」

 えぇ〜というクルー達の声が上がる。

「すでにブリッジを経由して機関室とレジに入り込まれました。外部との通信をしていたのはブリッジだけですから、被害を最小限に押さえるために、これより通信ユニットを破壊します」

 パルフェが久々に行う正式な報告だった。

「了解した」

 ブザムがうなずくと、パルフェもまた、床板はがしに参加する。そして数分後、厚い床板をはがすとそこには灰色の床が現れるのだが、そこには扉のような物がつけられていた。パルフェが開くとそこには下へと通じるメンテナンス用のハシゴがかけられていた。

 下は真っ暗だ。

「とりあえず、あたしが行く。必要な物は持っていくけど、何かあったら上から落としてくれればいいから」

 そう言ってパルフェは額にヘッドライトを付け、ハシゴに右足をかけた。

 

 

 

          ●

 

 

 

 ブレーキを入れたまま、アクセルを捻る(ひねる)とそれはグォンという声を上げる。それはまるでいつでもいけるぞ、と言っているかのようだ。

「ジュラ、いくわよ」

 バーネットが言うとジュラは腰に回した腕に力を入れた。

「OK!」

 ブレーキを離す。するとその黒い二輪の馬は豪音を上げて走り出した。 それ、水素エンジンに改造されたYAMAHAFZ400は廃墟と化していたバイク店らしき所の奥に捨てられたように眠っていたものだった。キーが刺さっていたのでためしに入れてみると動くではないか。

 バーネットはバイクというものに乗るのは初めてではあったが、本か何かでおおよその操縦法は知っている。

 彼女はジュラを後ろに乗せ、ニル・ヴァーナへの道を急いだ・・・のだが、この時、実はまったく逆の、この艦の中心部に向かっているということには気がつかなかった。

 瓦礫の上を揺れながらもそれなりの早さでバイクは走る。切る風が頬を叩き、冷たく痛い。アクセルを握る手の感覚が薄れていくのがわかった。あまり長くは乗れそうにない。

「ジュラ、ちょっと急ぐわよ!」

「え!?何? よくきこえない」

 そんな言葉を無視、バーネットはアクセルをさらに入れる。うなりが大きくなり、風の抵抗が強くなる。そして揺れも。

 黒いバイクに揺られ続けること数分。その時やっと二人は道が違うのでは? という疑問にたどり着いた。

「・・・まいったなぁ」

「ねぇバーネット。ジュラ、もうお尻が・・・」

 その時、パンッという音が鳴り、二人は飛び出すようにバイクから落ちた。

「きゃああああああ!」

 頭を守る様にゴロゴロと転がり、瓦礫が身体を痛めつける。

「いった〜・・・ジュラ大丈夫〜?」

「・・・あ〜ん、もうジュラ帰りたい〜!」

「・・・大丈夫ね」

 バーネットは痛む背中をさすりながらバイクを見る。どうやら前輪のタイヤがパンクしてしまったようだ。さすがに瓦礫だらけの道を走り続ければ無理はない。

「はぁ、しょうがない。ジュラ、歩いて行くわよ」

「・・・やだ」

 ジュラは一つの大きな瓦礫に腰掛けるようにしてヒザを抱く。もう動きたくない、という意思表示らしかった。

「・・・ったく」

 バーネットはコートのポケットの中に手を入れ、冷たくなった手を暖める。そして、すねてしまったジュラをどうしたものかと困って辺りをみわたす。すると店が並ぶなか、同様にして設置されていた大きな階段が眼に入った。

「ジュラ、動きたくないのはいいけど、それは一人で帰る自信があるからなんでしょうね? アタシは先に行くから、自信がなかったらついてくるのよ? いいわね」

 ジュラには反応がないが、この静かさなら聞こえなかったということはないだろう。バーネットは落ちたショットガンを拾い上げ、背中に回すと両手に息をかけてその階段を上り始める。途中踊り場もあり、結構昇るようだ。

「・・・・・・」

 コツコツという遠くなるバーネットの足音。昇っていく。止まらない。止まってくれない。

 もう足音がほとんど聞こえなくなる。止まっている・・・? いいや、耳をすませばまだ昇り続けているのがわかる。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 足音は消えた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 寒い。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 息が白い。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ハンドクリームを多めに塗った両手がカサついてる。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 足が寒さにしびれるように感覚が遠のいていく。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 動かずにいるせいか、肩や背の辺りからも冷えてくる。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 耳をすます。降りてくる足音は聞こえない。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 さらに耳をすます。足音はもちろん、自分の呼吸以外何も聞こえない。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 彼女は待っていない。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 彼女はいない。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 いないのだ。

「・・・・・・・・・あ〜んバーネットォ待ってよ〜!!」

 ジュラは早足に階段を上り始めた。

 カツカツというヒールがノックするように階段とリズムを創る。少しづつ息が荒くなる。急いで吸う冷たい空気は気管支を凍り付かせるようにビリリという痛みを与える。

 むせる。

 でも、昇るのは止めなかった。もし立ち止まっていたらバーネットがどんどん遠くへ行ってしまう、そう思ったから。

 踊り場を回る。上を見ると曇った空のようではあったが、先ほどまでの暗闇に比べたらとても明るいものだった。彼女はそれを見つめながら階段を蹴る。

 そして昇りきった時、階段の手すりの影に一つの姿を見つけた。バーネットが、しゃがんで両手に息を吹きかけていた。

「・・・バーネットォ」

「・・・遅かったわね、ジュラ」

 彼女は優しげに微笑んだ。

 

 来た時と同じように豪華なバスに、今度はサリーアを同乗者にしてディータは揺られていた。

 窓をのぞくと普段はまず見ることのない風景に眼が踊る。星空をバックに立ち並ぶビルやおしゃれな店々、派手な看板。

 見ているだけで楽しかった。

 でも、何かが変だった。進むにつれて窓の割れた店が多くなるからだろうか。それもある。だけどそれ以上におかしいのは・・・。

「ねぇ、サリーア。ここ・・・少し寂しくない?」

 ディータは視線を外に向けたまま訊く。

「そうかしら? そうは感じられないけど・・・私はもう慣れてしまったから、かもしれないわね。昔にちょっと、いろいろあったの」

「へぇ〜」

 ディータの言う通り、この街は何にも増して寂しいのだ。電飾はあるのにそれが輝いていないこと、店の奥は全部暗いこと、曇り空程度しか明かりがないせいかもしれない。しかし、おそらく何よりの原因は人がいない事だろう。サリーアと比式0号、そしてさっきのコックロボットと車以外、動く物を何も見ていない。

 まるでゴーストタウン。ディータはその名を思い出したとたんに背筋が寒くなるのを感じた。

「ディータ・リーベライ。あそこです。あの白いタワーにリョウが居ます」

 ディータは運転席の方から見る。そこはそびえ立つタワーの根本部分を覆うようにして白いドーム状の物がドーナッツ状にあった。タワーも太く大きいが、そのドームもまた大きい。高さは数十メートルはある。

 バスはそのドーム付近の駐車場らしき場所で止まった。そこは広く見晴らしのよい場所だったが、このバス以外には一台のジープらしき車が一台あるだけだった。

「こっちよディータ・リーベライ」

 サリーアが歩くとその後ろを比式0号が、そして何故か先ほどから無言のピョロがついて行く。

 少し歩くと大きな扉の前へたどり着いた。木製の、洒落た彫刻の入った優しい感じの扉だ。近づくと自動で開く。

 開いてゆく扉のすきまから暖かい風がディータを包む。

「うわぁ・・・・」

 中はまるで別世界だ。そう今までの町並みが悪い夢だったように、そしてそこは目覚めた爽やかな朝のように、輝いて見えた。

 明るく、暖かく、生命感にあふれている。広がるのは白と紅の花畑、その後ろには真っ直ぐに伸びる木々の森。緩やかに流れる暖かい風。それに乗って舞う蝶達。昼寝(今は深夜だが)でもするように花畑の中で横になる二匹のリス。耳に心地よい鳴き声を上げて飛び交う蒼い鳥。

 見上げると燦々(さんさん)と降り注ぐ太陽の代わりのライト。

 本当にそこは、別世界のようだった。

「すっご〜い!」

 ディータはクリスマスコートを脱いで手にかけるとゆっくりと歩き始める。吸い込む空気が優しい香りを感じさせてくれる。ニル・ヴァーナやドレッド内の無味無臭のフィルターを通した空気とは格別の代物だ。

『コートを預かります』

 そう言って近寄ってきたのは比式0号だ。彼はクイっと頭をディータに向ける。かぶせろ、と言っているのだと気づくまで少し時間を要してしまった。

 ディータはコートを渡すと頬に手をやった。急激な温度変化のせいか、チリチリと少しだけ痛んだ。

 うしろからサリーアもゆっくりと歩いてくる。

「気にいっていただけたかしら、ディータ・リーベライ」

「うん!すっごいよ、ここ!」

 ディータは一匹のミツバチのように一輪の花に顔を近づける。それは白く華奢(きゃしゃ)で高雅な花だった。鼻を近づけるととそれは独特の甘い香りを発してくれた。

 ライトにかざしてみるとその花弁がキラキラと輝く。

「うわ〜すごーい!宝石みたい」

「その花は『ネリネ』。地方によっては『ダイアモンドリリー』とも呼ばれます。向こうに広がる紅いのも同じネリネです、ディータ・リーベライ。暖かささえ保てば栽培法も楽だという事から古来より人々に愛され続けました。リョウもまた好きだと言った花の一つです」

「へぇ〜・・・」

 その美しい花を見ていると自分は以前にこの花を見たことがあるような気してくる。既知な花ではなかったはず。というより、ニル・ヴァーナのバイオパークにはあんまり花はないし、図鑑を見て楽しむほど花を趣味としているわけでもない。ならばどこでこの花を・・・?

 ディータが記憶の回廊を回っていると後ろ、つまりドームの外からブロオォォという車の走行音が聞こえる。振り返ってみるがドームの壁に遮られ木扉と白い壁しか眼に入らなかった。

 横を見るとサリーアも見えるはずのない音源の車を探して壁を見ていた。

 その毅然(きぜん)とした横顔を眺めているとディータの疑問を解けていていく。

「ねぇ、サリーア」

「なんでしょう? ディータ・リーベライ」

「サリーアってさ、ネリネっていったけ? この花に似ているよね」

「は?」

 サリーアが始めてみせる、呆気にとられた表情だ。丸くした眼がかわいかった。

「なんていうかさ、上品でさ、綺麗でさ、華奢っていうのかな。ディータすごく雰囲気が似てるなぁって気がする!」

 子供のようにはしゃぐディータの姿の勢いに押されたのか、サリーアが少し動揺しているようだ。

「そうかしら? でも、本当だとするととてもうれしいわ、ディータ・リーベライ」

 サリーアは咲き乱れるネリネをどこか照れたように見た。もしかしたらディータから視線を外したかっただけなのかもしれない。

「本当本当!本当だって!」

 二人は白い光の中、どちらが子供なのかわからないような姿で、楽しげに喋り続けた。

 そしてそんな二人を強烈な衝撃が喰らう。

 

 

 

          ●

 

 

 

 宇宙空間では数十機の刈り取り機によって[trunk]の包囲が終了したところだった。キューブタイプ数十機。ピロシキ型四機。ウニ型十機。そして初めて見る機体が一機、新型だ。

 それは黒いふちを持った大きなレンズのような敵だった。真ん中がわずかに膨らみ、その中心部には何か小さな青い球体が備えられている。

 大きい。ヴァンドレッド・ディータが両手足をいっぱいに広げたぐらいはありそうだ。

 彼は考えた。今のようにこの艦にダメージを与えることは可能だが、先に指揮権をくれてやるといってしまった以上あまり勝手な行動はできない。ヘビ型を待とう。そう遠くはないはずだ。

 それまでにせめてシールドだけは破壊しておこうか。彼は再び攻撃の態勢をキューブ達に取らせた。

 

 

 

          ●

 

 

 

 驚いたことにメイアを乗せたベンツはそのまま第09宇宙港まで走ってきた。通路はもちろん貨物用の大きな通路を使ったがメイアはてっきり市街までで降ろされるものだとばかり思っていたのでこの状況に驚いてしまった。

 ゴォン、ゴォン、ゴォン、ゴォンという大きな音が宇宙港内に広がった。

 メイアがヒザを抱いた姿のままつぶやいた。

「何も車一台にこんな大きな通路を使わなくともいいだろうに・・・」

 たしかに車一台にその通路は大きすぎた。装備によってはドレッドだって通行できるほどの大きさだ。(搭載していた)移民船の物資の運輸などに使われたのだろうか。

 ベンツはニル・ヴァーナの出入り口を知っているかのように、丁度良く止まり、後部座席の扉を開けた。

「ありがとう、助かった」

 メイアが言うとまるでどういたしまして、とでも言うように車のウィンカーが二回動く。そして、扉は閉まり、車は来た時と同じように去っていった。

 メイアがニル・ヴァーナの前に立つとあることに気づく。ほのかに暖かい。考えてみると当然だ。なにせ眼の前には稼働しているニル・ヴァーナがいるのだから。

 おそらくこの気温がエズラの言った3度で、市街地の方は実際にはそれよりもずっと寒かったのだろう。

「・・・どちらにしろ、寒いことには代わりない、か」

 メイアが外部コンソールをいじり、扉の開閉を命令するが動きが少々遅い。ゆっくりと開いていく。彼女はそんな姿に早くしてくれと投げかけて、弱いため息と共に天を仰ぐ。

 今度ヒマを見てパルフェにどうにかならないか訊いてみよう。彼女がそう思い始めた時、

 ガタン!

 と音を立て、扉がやっと開いた。

 メイアがニル・ヴァーナ内に入ると暖かい空気が彼女をようこそと迎えてくれた。取りあえず敵が来ているとはいえ、お頭達に報告をしなくてはなるまい。

 ブリッジまで小走りにいくと、そこはちょっとした騒ぎになっていた。

 無造作に転がる細かなパーツの数々、何故かはがされた床板、そして床板があった場所に真っ暗な穴が口を開き、そこから幾本ものコードがはい出て、ブリッジクルー達のコンソールへとつなげられている。

「・・・・・・」

 メイアが呆然とその光景を眺めていると後ろから両手にコーヒーカップを持って現れた。

「早かったな、メイア」

 ブザムは持っていたコーヒーの一つをマグノに渡すともう一つをエズラに手渡した。

「これはいったい・・・いえ、それより」

 ズズン!!!という衝撃が[trunk]に再び走る。一瞬ふらついたメイアが鋭さを持ってマグノを見る。

「敵襲です。先ほどの衝撃がそれだと、サリーアは言っていました。おそらくは今のも」

「サリーア?」

 マグノは聞き慣れぬ名を繰り返した。

 メイアは取りあえずわかっている範囲の事を話し、そしておかしいと思えた数点の事を伝えた。

「ふぅむ・・・。どちらにしろ応戦はしなくてはならんだろうが・・・この状況じゃねぇ」

 マグノは言うと作業に励む三人の機関クルー達を見つめた。

「今は通信回線が使えない状況らしいから、戦闘では・・・」

「で〜きたぁ〜!」

 マグノの言葉をさえぎって、穴の下からパルフェの喜びあふれる声がブリッジに響く。そしてゴホゴホとむせた。

 急いでパルフェは階段を上がるとほこりまみれで、しかし嬉しそうに言った。

「一応外部からの通信は受れないように設定を変えたから、もうハッキングされないはず。システムを立ち上げて」

 席に座りいつものメンバーがシステムを起動。今度は普通に立ち上がった。

 パルフェが続ける。

「データ内に不具合がないかチェック!それからハッキングされた時に『何をされたか』もね」

 機関クルーの二人も加わって、みんな恐ろしいまでの速度でコンソールを叩き始める。

 アマローネが言う。

「先にレーダーだけでも回復させます。・・・レーダー表示」

 しかし、メインモニターには何やら星図のようなものがうっすらと浮かび上がるが、それだけだ。調子が悪いようにも感じるが、パルフェが「レーダー派の出力をMAXまで上げてみて」と言われ、その通りにやってみると今度はハッキリと映し出された。どうやら[trunk]内ではレーダーは遮断されるようだが、ニル・ヴァーナのパワーの方が強力らしい。

 メインモニターにレーダーが表示される。この[trunk]を囲む数十の敵影。一つは未確認の信号を持っていた。

 あまり悠長にしている場合ではないとわかったメイアはマグノに詰め寄る。

「お頭それよりも敵襲に対する方策を!」

「わかっているよ。パルフェ」

「了解!」

 そう言うとパルフェはポケットから少し大きめの通信機を取り出す。スイッチを入れチャンネルを入れるとガザガザ・・・というノイズが走る。

「こちら二班、パルフェ。一斑(レジ担当)どんな感じ?」

『パルフェ〜!お願い助けて〜もう無理ですよ〜』

 それは泣き声のような、それでいて悲鳴のような口調だった。

「な、何?」

『全部やられてるのよ〜!!』

「ぜ、全部ってどっからドコまで?」

『だから全部!!レジシステムの全部のソフトウェアが全部デリート(削除)されてるの!』

「どええぇぇぇぇぇ!!」

『それだけじゃないの!バックアップを再インストールしようとしたら今度はからっぽのはずのハードディスクの中に[SS]っていうわけのわからないプログラムファイルがたっぷりあるし、おまけに削除しようにもパスワードを求めてきて・・・そう、それだけじゃなくてウィルスに感染もしてるみたいなの!』

「はぁ・・・?」

『良くわかんないんだけど、プロテクトのかかったファイルとかを勝手に解析してそのパスワードをどっかに送信するシステムみたいで・・・』

 恐ろしく巧妙に創られた作戦。おそらく先にハッキングしてコンピューター内に潜り込み(無論、すぐにはわからないように数多の偽装をかぶせて、だ)、そこでウィルス(おそらく強力な解析ソフトを合体させた特殊なタイプ)を解放させパスワードを必要とする重要なファイルのカギを外す。そこにハッキングしてハードディスク内のデータをデリートし、空っぽになった所でウィルスの免疫を持つプログラムで容量をいっぱいにすれば対策用のソフトも新たに組み込む事ができない。完全にレジのコンピューターをつぶされた。

 ウィルス・・・? あ!!

「ちょっとまって!それじゃウィルスの流出は!?」

『止めました!通信ユニットの七番と八番コード切断して!』

「・・・・・・・・・・」

『早く来てよパルフェ〜!』

「わかったちょっと待って」

 そう言ってパルフェは通信機の回線を切り、辺りを見渡した。皆今の会話を聞いていたようで神妙な顔つきで自分を見ている。手を動かし続けるアマローネ達も耳だけはこちらを向いているのがわかった。

「レジでの換装ができない以上ドレッドの出撃はできません」

 次の言葉を探すためパルフェが下を向いて沈黙してしまう。

 嫌な沈黙だった。

「・・・すみません」

 やっと出た彼女の言葉だった。

 自分のせいだ。

 海賊業を営んでいたときは敵に対する対抗手段としてハッキングやウィルスの類も一応は扱っていたが、何より防御に関しては抜かりはなかった。そんじょそこらのハッカー気取りが束になってかかってきても一戦闘ぐらいの時間なら優に稼げる良いガードプログラムを装備してた。そしてニル・ヴァーナになった時にもそのガードプログラムをコピーして使った。

 使い続けていた。バージョンアップもせず、新たなソフト組み込むこともなく、ただ今までの自信と経験から、根拠のない自尊心からそれを放置してしまった。

 ニル・ヴァーナにさらに衝撃が容赦なく襲いくる。ぐらりと足下がふらつく。

 大丈夫だと思っていた。

 ニル・ヴァーナになってからハッキング戦というのは一切無かった事、いろいろと忙しかった事もそのガードプログラムを放置してしまった原因になるのかもしれないが、それは言い訳に過ぎない。結果が出てからの惨めな言い訳だ。誰が認めてくれよう。

 何が機関長だ。結局修理と配管工事しかできない無能者ではないか。

「・・・・・・・・・・・・」

 誰も言葉をかけずに静かな、カタカタという音だけがブリッジに鳴る。

 その時通信機の呼び出しブザーが響く。

「・・・こちら二斑、パルフェ」

『こちら三班、アウナ。機関室の方は問題ありませんでした。最後に通信ユニットを接続し直してブリッジとレジにわかれて援護にいきます』

「・・・了解。ごめんね」

『え?』

 向こうには意味のわからない詫びの言葉に、アウナは疑問符を打つがパルフェはそれ以上何も言わずに回線を切った。

「パルフェや」

 マグノが言う。

「アンタいったい何を根拠にそんな自分を責めてるんだい?」

「それは・・・」

 根拠も何も眼の前の状況が結果だ。彼女が何を自分に訊いているのかがわからなかった。

「アンタ何様のつもりだい?」

 パルフェは少し考えてから答えた。

「・・・ニル・ヴァーナの機関長です」

「そうだ。立候補したのはアンタだ。任命したのはアタシだ。それだけじゃないか」

「・・・?」

「それ以上の何がアンタにある? 少なくともここでの肩書きはそれだけだ」

 マグノは口調を荒くして続けた。

「何をうぬぼれてるんだい。アンタは機関長だ。そうさ、それださ。機関長になったらハッキングは全部防がないといけないのかい? あんたは神様じゃない。どんなハッキングからもアタシらを守れるような魔法が使えるわけじゃない。アンタはいろんな事をがんばった。人間一人ができる事の精一杯の事をやった。修理に、配管工事に、システムの調整、なんでもやった。十分じゃないか」

 パルフェはすっとマグノの顔を見上げた。マグノの口調は優しく変わる。

「一人で悩むんじゃない。アンタ一人で出来なかったことは他の誰がやったて出来なかったはずさ。・・・後はアタシら全員でカバーするんだ」

 パルフェは再び視線を床に移した。マグノの言葉のうれしさから言葉が漏れる。

「・・・すみせん」

「は? 何で謝るんだい?」

 マグノはニヤリと笑う。

 パルフェは顔を上げ、今できる最高の笑顔を引き出した。

「・・・ありがとうございます」

 マグノも優しげな微笑みへと変わり、うなずいた。

 そんなやりとりを見ていたブザムが合間を見て訊いた。

「・・・パルフェ、レジを使えるようになるにはどのくらいかかる?」

「まだなんともいえません。でもウィルスを駆除したのち、パスワードロックされたファイルを消して、バックアップデータを再インストールする事を考えればどんなにやってもあと半日は・・・」

「半日もか・・・」

 ブザムが思わずつぶやいた。

 メイアが言う。

「パルフェ。ならば私のドレッドだけでも、どうだ?」

「メイアのドレッドは致命傷こそないけど・・・まだ装甲板も付けていないし、コックピット部の対Gシステムも未調整でとても戦闘に耐えられるほどじゃ・・・」

 対Gシステムというのはドレッドなどの高速機動する機体に付けられたパイロットに対する安全装置のようなものだ。ピョロなどが使う反重力装置の応用で、加速に対するパイロットへの負担が軽減するのを目的として開発、装備されている。これがあるからこそ、パイロット達はプロポーションを気にする程度のトレーニングだけで高機動小型戦闘機ドレッドを自由自在に操れるのだ。無論それはメイアも例外ではない。彼女とて、これなしでは数分もまともに戦えないだろう。

 ブザムが訊く。

「今現在戦闘に耐えられる機体には何がある?」

「修理が完了しているのは・・・ヒビキのヴァンガードのみです」

 その時、今までよりも強い衝撃が走り、どこかで遠くから爆発音が聞こえた。シールドが破られたのかもしれない。

 ブザムはマグノに視線を送る。マグノがニヤリと笑ってうなずいた。許可を下したのだ。

 ブザムがエズラに言う。

「艦内に聞こえるように設定を頼む」

 はい、という声と共に、チェックを一度中止し言われた通り艦内中に聞こえるように回線を開いた。無線にも、だ。

 ブザムは腰に手を当てた姿で、はっきりと鋭い声で命令を伝えた。

「これよりニル・ヴァーナは戦闘に突入する!各員戦闘態勢を取れ!機関クルーの半数をメイア機の修理に、残り半分はドレッドを手動で換装できるように工作を開始せよ。ドレッドチームのパイロットも参加するよに。・・・医務室聞こえているか」

 メインモニターにドゥエロの姿が映し出される。後ろでカエルのパジャマを着たパイウェイが居た。

『こちら医務室』

 ブザムが言う。

「ヴァンガード、一機のみを第一陣として戦場に投入する。ヒビキを起こせ」

 その言葉に誰もが耳を疑った。みんな最低一週間の絶対安静だという事は周知の事実だったのだ。それをたった半日で、それもヴァンガード、一機だけを戦場に投下するとは。死なせるようなものだった。

『無茶だ!傷こそ塞ぎましたが今のまま戦闘になれば再び肺に穴があいてしまう。報告したはずだ!』

 ブザムは一切口調を変えることなく続けた。

「わかっている。そしてあのヒビキという男も、私は理解しているつもりだ」

 誰もが彼女の言葉の真意を理解しかねた。

 彼女は続ける。

「ニル・ヴァーナはともかく、[trunk]内に残っているジュラやバーネット、そしてディータの身も今現在危険にさらされている。このまま何もせずにいればこの[trunk]が沈むのは時間の問題。ヒビキが後で、この事を聞いたらどう思うだろうか? それも我々が戦わずして負けたと知ったら。それはヒビキにとって死よりも辛い状況だとは思わないか?」

『・・・・・・』

 ブザムが理解しているように他の仲間達も彼という人間を理解している。理解しているがゆえに、次の言葉が見つからない。

 ドゥエロは絞り出すように言う。

『・・・・・・しかし、私は医者としての立場からそれは容認することはできない』

 そのドゥエロの腕をそっとパイウェイがつかむ。

『・・・ドクター・・・』

 幼い彼女の瞳はドゥエロの言葉を肯定とも否定とも言わずに、困惑の色を示していた。どうしていいかわからないのだ。幼い彼女には、自分はどうすればいいのかが判断しかねているのだ。医療というものにたずさわる一人のナースとしてヒビキを起こすことは出来ない、しかし彼の友であり仲間である人間としてこのままにもしておけない。

 彼女は、パイウェイは迷っていたのだ。

 ドゥエロがそっと彼女の肩に手をかけた。ドゥエロ自身にもなんと言っていいのか判断がつかないが、少なくとも自分の意志だけは決まっている。

『副長、私は医師だ。医師である以上患者の身を守るのが私の勤めであり、使命だ!』

 ブザムとドゥエロはモニターを通してにらみあった。互いに口を一の字に結ぶ。

 艦内にいる誰もが口出しできなかった。

 その時ニル・ヴァーナを強い衝撃が襲う。今度はさっきより近い場所で爆発が起こったようだ。音が大きい。

「・・・ディータ」

 ミスティが思わず口から、心配する友の名を漏らした。

『・・・・っ』

 ドゥエロがうつむいて強く瞳をつぶった。彼もまたパイウェイと同じだった。ただ医師であるという紙一重の責任感で保っていた気持ちだった。

 ゆっくりとマグノが言った。

「ドクター。アンタが医師として使命をまっとうしようとするその責任感は買うよ。でもね、医師ってのは患者の意志を尊重せず、とにかく治療することだけが医師っていうものなのかい? 違うだろう? そんなんじゃ息が詰まって逆効果さ」

『・・・・しかし』

 マグノがモニターを眺めながら口元をゆがませる。

「・・・BC」

 彼女のその顔を見ていたブザムが無言でうなずき、再びモニターを見やる。

「艦長及び副長命令だ!ヒビキ・トカイ、ヴァンガードに搭乗し、出撃せよ!!」

『了解だ!』

 その少し弱々しいが下に流れる熱い気持ちだけは変わらない。白いパジャマを着たヒビキが弁当箱を片手にモニターの中に居た。

 ドゥエロとパイウェイは振り返った。そこには無菌室で寝ているはずの、ヒビキが立っているではないか。片手には蓋(ふた)のあいた弁当箱を持って。

「ヒビキ・・・いつ起きた?」

 ドゥエロが訊くとヒビキはニヤリと笑って見せた。

「あんだけドカンドカン揺れてりゃ嫌でも眼が覚めるってんだ。おまけに腹も減ってたしな」

 そう言ってかれは弁当箱からエビフライを一本口に運んだ。彼はドゥエロを見つめて言った。

「なにビビってんだよ?・・・それともなにか? お前が直したこの胸の傷がたかが雑魚(ザコ)相手にまた開くってのか? てめぇの腕前はそんなもんだったか? あぁ?」

 ヒビキは挑発的に言い続ける。

「ちげぇだろ。俺の知ってるおめぇはそんな程度じゃヘコたれねぇだけの手当をいつもしてきたはずだ。それに傷が開いたらまたお前に直してもらえばいいじゃねぇか」

 そして口調は落ち着いた、一人の友として優しく、励ますようにヒビキは言う。

「信じれよ。お前のその腕を。お前のその才能をよ。信じてねぇのはお前だけだぜ? 俺も他の奴らも全員信じてんだからよ・・・な?」

 ドゥエロは下を向いて小さく笑った。

 あいかわらず、無茶を言う男だ、と思った。そしてこうなってしまっては止めても無駄だろう、とも思った。

「・・・良いだろう。外出許可を出す。ただしこれだけは守ってくれ。大声を出さずに、息を止めるようなマネもするな。いいなヒビキ」

「雑魚相手に大声だす馬鹿いるかってんだ。まかしとけ」

 そう言うとヒビキはパイウェイに食べかけの弁当箱を手渡した。

「え? なに?」

「今喰ってるヒマねぇから、ちょっと預かっててくれよ。あ、絶対喰うなよ。終わってから全部俺が喰うんだからな」

 彼はそう言い残して医務室を後にした。

 静けさを取り戻した医務室の中、パイウェイがドゥエロの胸に優しくもたれかかる。ドゥエロの手が彼女の頭を撫でた。

「・・・大丈夫だ」

 パイウェイに、そして自分に言うように彼はつぶやいた。

 そんな彼らのやりとりを見ていたブリッジに闘志がみなぎった。

 ブザムが言う。

「各員配置つけ!」

 ラジャー!という声と共にメイアと機関クルーの二人は格納庫へ走り、ミスティもどこかへと走っていった。おそらくはメイアの後を追いかけたのだろう。

 コンソールを叩く音が一層早くなった。

 パルフェが言う。

「副長、あのいいですか」

「なんだ」

「あの〜、ニル・ヴァーナどうやって外に出ましょう・・・?」

 今現在ニル・ヴァーナは[trunk]とドッキングした状態にあるし、宇宙港の隔壁もガッチリと閉じられている。無理に出ようとすれば互いの艦に相当なダメージを加えることにもなりえない。

 そして問題はもう一つある。そしてこれが重要だ。ニル・ヴァーナは現在も操作不能なのだ。

「ニル・ヴァーナも出撃出来ることにこしたことはないが・・・せめて宇宙港の出入り口を開くことはできないか?」

「おそらく管制室があるはずです。それを探せれば」

「行ってくれるか?」

 パルフェは笑顔で答える。

「もちろんです」

 そして彼女はブリッジを後にした。そして入れ替えで入ってきたのはトイレに行くと言って姿をくらましていたバートだ。彼は慌てた様子でブリッジに走り込む。

 マグノが彼に言う。

「ずいぶんと長い用足しだったね」

「トイレで寝てましたぁ!」

 うわぁ〜・・・というクルー達の反応をよそに彼はナビゲーション席に飛び込んだが、無論のことすぐに放り出され、床に叩きつけられた。

「・・・やはり無理か」

 ため息と共にブザムが言う。・・・しかし。

「・・・ぐはぁぁ」

 その間にバートが二度目のチャレンジ。無論、床行きだ。

 マグノが言う。

「にいちゃん、まだ無理だよ。うるさいから横で大人しくしてな」

 やれやれといった口調に返ってきたのは決意が込められた声だった。

「できません」

 一瞬その声に視線が集まる。バートは痛む身体にムチ打つように立ち上がると、言った。

「ヒビキにばかり無理させるわけにはいきません」

 彼は三度、ナビゲーション席に飛び込んだ。蒼い閃光が走る。しかし、その後すぐにバートの姿が現われる。

 きっと先ほどの放送を彼はトイレで聞いていたのだろう。音声だけなら通路でもトイレでも十分に聞けるはずだ。そう思うとなんだがマグノに笑みが漏れた。

 彼女は近くのブザムに小声で言った。

「だんだん男らしくなっていくじゃないか」

 ブザムも小さく笑って、はい、と答えた。

 六回目も無駄に終わる。はじき出されるたびに数メートル、ランダムな体制で飛ばされるので受け身もとれず、体中がひどく痛む。口内が少し切れた。血の味を噛みしめ、彼は七回目に挑んだ。

 誰もがもう止めなければ、と考え始めたときそれは起こった。

 蒼い閃光が走る。

 バートの視界は蒼くなる。ここまでは今まで通りだ。この後だ。

 身体をつかまれるような感覚。そのままいつもなら放り投げられる、が、彼はそこから手を伸ばし、蒼い空間にしがみつくように手を握った。ぺークシスの意志が言葉や映像や音ではなく、感じとしてバートに伝わる。

 何か理由まではわからないが、とにかくぺークシスはここを離れるわけにはいかない、と訴える。

 バートが言う。

「お前の目的はこの艦にいることなんだろ。それならこのままこの艦が沈んじゃっていいのかよ。・・・いいわけないだろ」

 彼の身体を拘束する力が増す。だが、バートもまた前へ行く力を増す。

「お前にも何か目的があるのはわかる。・・・だけど僕にもあるんだ!もうヒビキにばかり面倒な事を押しつけたりはしない!僕は逃げないぞ!」

 身体が裂かれるような痛みが走り、顔が苦痛にゆがむ。しかし、彼は負けなかった。

「僕は絶対にここから出ない!意地でも出ていくもんか!!」

 バートはさらに両手を前に突き出すようにして、空間を抱く。柱にしがみつくように。絶対に離れないという意思表示するように。堅く強く何よりも強い気持ちを持って。

 蒼が深くなる。

 アマローネが言う。

「・・・バート、ニル・ヴァーナとリンクしました!」

 ブザムがフッと小さく笑った。

 

 

 

          ●

 

 

 

 ジュラが階段を上りきり、辺りを見渡すとそこは驚くべき光景が広がっていた。街だ。ビルやちゃんとした家が立っている。天井がおそろしく高い。小型の飛行機ならいとも簡単に飛ばせそうなほど余裕の空間がある。

 蒼い空こそないが満面の星空が映る天井にはいくつもの網目状の枠が走り、その交点部分からわずかに明かりの提供を受けている。

 振り返って見るとそこには大きな太いタワーが天井にまで伸びているのがわかる。その根本には何やら白いドーナッツ状の物が囲んでいた。いや、白いドームの真ん中から太い柱が天井まで伸びていると言った方が正確かもしれない。

「・・・・・・・」

 ジュラはこの街の光景にしばし見とれていた。それだけの価値のある、珍しい光景だった。そんな彼女の後ろでバーネットがショットガンを背負い直す。

「行くわよ、ジュラ」

 どこへ? と彼女が訊くとバーネットは一点を指さす。そこには大きないくつもの看板が立てられており、その中の一つに『↑メイキール通り(東通り) 第03宇宙 港第04宇宙港 第05宇宙港』とあった。どうやら宇宙港はこの艦を正確に十等分し、そこに時計回りに順に設けられているようだ。ということは今背中にしているタワーの向こう側に第09宇宙港があるということになる。

「ええぇ!」

 ジュラは思わず声を上げてしまった。なぜならバイクがあったからこそここまで来たが、今度はそれはない。しかし距離だけはある。かなりの時間、それもこの気温の中、歩かなくてはいけないということだ。彼女でなくても声は上げたくなる。

「行くわよ、ジュラ」

 そう彼女は繰り返し言って、タワーに向かって歩き始めた。再び置いてけぼりは避けたいのでジュラも仕方なくとぼとぼと歩き始める。

 それから二人はしばらく歩き続け、やっと身体が暖まり始めたころ、バーネットの眼に『良い物』が入った。

「ジュラ!ほらアレ」

 彼女が指さしたのはタワー付近にあった駐車場で、そこには中型の豪華なバスとジープらしき車がニ台が止められていた。

 アクセルを踏み込むとその車はグォンと声を上げて水蒸気をはき出した。

 ジープは真っ直ぐに第09宇宙港への道をひた走る。

 ジュラはバスがいいと言ったのだが、最初からカギのついたジープの方が手間が少なくていいだろう、という実務的な理由とバーネットの趣味から結局ジープになってしまったが・・・正直二人とも後悔していた。

 どういう意図があってかわからないがこのジープには天井と窓というものがなかった。そう、まるでオープンカーだ。元々こうであったのではないのは、フレーム部の荒いヤスリがけの跡が証明していた。

 ウィンドウの無い車で氷点下の風を切るのは極めて冷たい、いや痛いといった方が正しい。バイクの時もそうだったが、その時より速度を出せる(バイクの時は瓦礫が下にあったため意外とゆっくりだった)ジープは肌にどれだけダメージを受けるのか・・・想像するに怖いものがある。

 ジュラは後部座席でコートを顔からかぶってガードしているが、運転手であるバーネットはそれをマネするわけにもいかない。

「・・・ジュラちょっとは変わってよ〜」

「ジュラは車の運転なんてできないもん」

「ハンドル握ってアクセル踏んでればいいの」

「次の時にやる」

「・・・次っていつよ・・・?」

 何をいってるんだこの子は・・・とバーネットが呆れていると信じられないような衝撃が彼女らを襲う。ジープが浮くほどの下からの衝撃だ。後方から爆音が響く。

 車を止め、後ろを振り返ると、驚くべき光景を眼にした。タワー付近に二つあったビルが沈んでいく。先の衝撃で地盤に穴でも空いたのかもしれない。辺りを包み込む粉塵(ふんじん)を発っしてそれは姿を消した。そして最後に爆発を起こしてそのビルの存在は消失した。背の高い炎が上がる。そして上空から集中的な雨のように、その部分にだけ消火水が放たれた。

「・・・行くわよ」

 バーネットは後部で呆気にとられているジュラに言った。

 この艦に何かが起こっている。とにかくニル・ヴァーナへ急がなくては。

 ジープは再び走り出す。

 するとどこからか警報が鳴り響く。そして極めて合成的な声での放送。

『第八警戒宣告。市民の皆様は慌てずにシェルターへと避難してください。なお、行動中は保安局の指示に従いますよう・・・・』

「やっぱり何かあるようね。急いだ方がいいかも」

 バーネットの足がアクセルペダルを強く踏み込む。

 再び走り出した二人の前方の方で何かがキラリと輝く。それは進行道のわきに建つアパートらしき建物の屋上からだ。

 頭の中で[H03]が伏射の姿勢でライフルを構えている姿が生み出される。実弾と違って完全に直進するレーザーでの狙撃は比較的安易だ。スコープの調整さえちゃんと成っていれば十数キロの狙撃だって実践可能である。ただし、真空中でという厳しい条件がつくが。レーザーというのは空気中の不純物によって威力はその不純度に比例して下がっていくからだ。

 リングガン程度の出力では百メートルも進めば殺傷能力はゼロになってしまうだろう。アパートの屋上と車の距離は直線距離で約一キロ。果たしてこの距離で攻撃を受けて、無事でいられるだろうか。きわどいレベルだ。

「ジュラ、少し揺れるけど、絶対にコート脱いだらダメだからね」

 その言葉にジュラが疑問を口にしようとするが、ジープが突如として急カーブし彼女の口を塞いだ。

「・・・・・っ!」

 ジープは[H03]らしき者のいる側の歩道に乗り上げ、通路にあったゴミ箱や電話ボックスなどを吹き飛ばしながら突き進んだ。できるだけ建物に近づいて走ることによって狙撃がしづらくなると判断したからだった。道を変えるというのも手ではあったがそれではいつまでたっても第09宇宙港にたどりつけない。ならばいっそのこと真っ直ぐ最短距離で行ってしまおうという彼女なりの考えだ。

 吹き飛ばした物の破片がバーネットに降りかかり、まぶたの上をわずかに切り裂いていく。

 そうしてアパートのすぐ下まで来た時、バーネットは気が付いた。[H03]がまだ一発も撃っていないということに。たしかに奇襲狙撃の乱発は愚の骨頂だが、相手に気づかれた以上、数を使っても攻撃をしかけるのが普通だ。しかし、奴にはそれがない。

「・・・アタシの思い違い・・・?」

 もしかしたら手すりの一部が光って、たまたまそう見えただけなのかもしれない。しかし、そう思ってもなお、バーネットはジープを歩道に走らせる。

 歩道に大きな『2Fホール、ミリタリー展覧会』という看板が置かれており、一瞬バーネットの気を引いたが、まさかブレーキをかけるわけにもいかない。アクセルを踏み込んだ。

 ガコン!と比較的大きな音を立てて看板は宙を舞う。

 そしてジープが、アパートの真下まであと少しという時、それは飛来した。

 バーネットが見上げる。影をまとい黒い弾丸となったそれはジープとの直撃コースを取っていた。

「ジュラ何かにつかまって!!」

 バーネットは限界にまでハンドルを切る。そして飛来した弾丸が歩道のアスファルトをぶち壊して破片を飛び散らす。

 轟音。

 急ハンドルと衝撃にジープは横転し二人はアスファルトの道路に投げ出された。

「・・・くっ!」

 真っ白になる頭をどうにか意識と結びつけ、バーネットは横になったままハンドガンを腰から抜いた。

 流れた血が片目に入り込み、片方のまぶたを閉じたまま彼女は弱々しく立ち上がり、飛来した何かにセーフティを外し、銃口を向けた。

「・・・何よアンタ・・・?」

 それは[H03]によく似た何かだった。姿の基礎は同じなのだが、右腕がヒジから先がなく、全身がまるで焦げたように黒ずんでいた。肩には[H01]の文字がわずかに読みとれる。

 逆手に握る、大降りのナイフがにぶく光った。

 [H01]が一歩で急激に迫る。おそろしく早い。ヒジまでしかない右腕でバーネットの銃をはじき飛ばすと、無防備になったバーネットの胸へとナイフが振られた。

 全てが一瞬のできごとだったため、バーネットには何も判断ができなかったが、本能的に後方へ飛ぶ。

 斬撃。

 耐刃加工がほどこされているのにもかかわらず軍用コートの胸下部を裂傷が走り、血が噴き出す。しかし、浅い。

 バーネットは転がりながら血があふれ出す傷口を押さえた。

 [H01]がなおも迫る。転がるバーネットにローキックのようにして追撃をかけ、足先を顔面へとたたき込む。彼女の口内と鼻孔が切れ、血を吹き出す。

 そしてナイフがその首を襲う。

「クソ!」

 バーネットは一か八か、半身を起こして[H01]の腰部に抱きついた。勢いをつけてのそれは[H01]のバランスを崩させ、攻撃の手を緩めさせる。

 背中に熱く走る痛み。

 繰り出されたナイフは上から、バーネットの横腹へと突き刺ささる。しかし勢いの弱まったそれは体勢が悪かったこともあり、致命傷には至らない。数センチ体内にもぐり込んだだけだ。血がゆっくりとあふれ出た。

 バーネットは残った力の全てをかけて[H01]をその場に押し倒し、その上に乗ったまま右手でナイフを持つ左手を押さえ込み、敵の顔面にむけて全体重をかけて拳を叩きつけた。何度も。何度も。

 初めての肉弾戦だった。ロボットである[H01]にどれだけのダメージが与えられているのかわからないが、とにかくヤられる前にヤらなければならない。握りしめた拳から血が噴き出す。[H01]のモノアイを紅く染めた。

 [H01]とてこのまま大人しく殴られているわけにもいかない。頭に搭載したHDDディスクは耐衝撃性に多少の考慮がされていたがそれほど優秀ではない。殴られ続ければ不具合を生じてしまう。

 [H01]はヘッドスプリングの要領でバーネットを身体の上に乗せたまま一気に起きあがる。

 バーネットは道路を転りながら判断した。武器のない自分にはとてもじゃないが勝ち目がないと。彼女は転がりながら自分と一緒に飛び出したショットガンを探した。

 あった。数メートル先に転がっている。彼女は一心不乱に立ち上がり、駆けた。後ろにいる[H01]には一切見向きもせずに。振り返るヒマがあるのなら一歩でも先に進まなくてはならない。

 [H01]がナイフを手に、迫る。

 バーネットの手がショットガンのグリップに手が伸びる。

 ナイフが光る。

 指先がトリガーにかかる。

 腕が振り上げられる。

 ショットガンを身に引き寄せる。

 腕が雷撃のごとく振り下ろされる。

 振り返ると同時にトリガーを引いた。

 爆発音にも似た銃撃音がバーネットの耳を満たす。ショットガンの弾は[H01]の腹部をえぐり取り、黒ずんだ銀色を辺り一面に放った。降ろされたナイフはショットガンの銃身部に食い込み刃を砕け散らす。

 バーネットの方が一瞬だけ、早かった。

 [H01]の細い腹部が破壊され、ボディが真っ二つに別れ、上半身が数メートルの跳躍。そしてアスファルトを乾いた音を立てて転がる。

 バーネットがポンプを引く。空薬莢が弾きだされ、チェンバーに弾丸が入った。

 ショット。

 それは[H01]の無防備になった頭を捕らえ、大きな爆竹のように細かな破片が辺りに飛び散った。

 鼻につく、火薬の臭いが風に乗る。

 はぁはぁ、という荒い呼吸を一度深呼吸して、落ち着かせる。

「・・・傷だらけね」

 血の滴る顔を袖でぬぐい、バーネットが熱のこもった銃口を下ろし、一緒に飛ばされたジュラの姿を探す。

「・・・ジュラ・・・?」

 辺りを見回すとコートに包まれたまま彼女は道路に転がっていた。駆けつけるとう〜ん、とうなっていたのでバーネットは緊張で高鳴っていた胸をなで下ろした。コートをめくると気絶している彼女の顔を見ることができ、そのうなっているしぐさや表情が今のバーネットにはひどくかわいらしく思えた。

 そのジュラの、怪我のない方の頬をペチペチと叩く。

「ほぉら、ジュラ」

 眼の覚ましたジュラを引き連れて、バーネットは落としたハンドガンを拾うとジープの元へと寄る。横になっているそれはちょっと押してやれば通常の姿へと戻った。少々へこんではいたが。

「さ、帰るわよ」

 そう言って運転席に座ろうとした時、彼女はどこからかの嫌な視線を感じた。それはただ見ているのではなく、殺意を持った瞳でこちらを見ているのだという事を背筋に浮き出た冷や汗が教えてくれる。

 視線は背中にしたビルから、3階辺り。

 車は初速に不安がある。そう判断したバーネットは傍らのジュラの手を取り、全速力で走り出した。

「え!?ちょっと、何バーネット!?」

「いいから走って!!」

 そう言いながらジュラの手を離し、下げていたショットガンの銃口を持ち上げポンプを引く。そして視線を感じるビルへと向けた。

 その瞬間に彼女に向けて一筋の光線が放たれる。それはコートのすそを焦がし、アスファルトに穴を開ける。高出力なレーザーライフルだ。

 走りながらもバーネットが引き金を引く。ボンという音を立てて散弾が放たれるがとてもじゃないがそれらは視線の主へとはたどり着かない。目標とバーネットの位置とは直線で3〜40メートルしかないが、ショットガンの有効射程距離はさらに短い。ただの威嚇だった。しかし何もせずに無防備に走るよりはずっとマシというものだ。彼女は再度ポンプを引き、空薬莢を飛ばす。そして再び銃口を持ち上げるが、

「・・・しまった!」

 トリガーに指をかけた瞬間に彼女は理解した。銃内にはすでに弾はない。しかし今から装填していては間に合わない。

「ええぇいクソ!!」

 彼女は大切なショットガンを放り出し、逃げるのに専念した。真っ直ぐにではなく、コースに波を加えて、ブーツがアスファルトを蹴る。

 再度の光。それはジュラを狙うがジュラはほぼ同時に建物の中へと姿を隠したので何とか事なきを得た。

 この二発の攻撃の間隔がかなり長い。おそらくチャージしているため連発は不可能なのだろう。これなら逃げ切れる。

 バーネットはそう判断するとジグザグに走るのを止め、真っ直ぐに全速力でジュラが隠れた建物へと走る。歩道を二歩で渡りきり、開きっぱなしの自動扉を通り抜け、建物の中へと飛び込んだ。

「バーネット大丈夫!?」

 ジュラが駆け寄ってくる。

「えぇ、なんとか。取りあえず奥に行きましょ。ここはまだ危ないわ」

 荒くなった息のまま、彼女は薄暗いその場所を見渡す。

「ここって・・・」

 彼女はそうつぶやいた後、最高の笑みを浮かべこのビルの上の階へと足を急がせた。

 [H03]はビルの三階、デスクとコンピューターが並ぶオフィスの一室で、わずかに開けた窓の隙間からレーザーライフルの銃口を出していた。

 逃げられた。

 光速の攻撃をよけることは物理的に不可能、正確に照準を付けることができるのならば外す事などありえない。なのに逃げられた。

 [H03]はライフルの銃口を窓の隙間から引き抜き、床へと放り投げ、そしてそれを握っていた右手をカメラレンズに映した。指は五本。機能、性能共に人間のそれと同じ、いやパワーを考慮すればそれ以上の手。彼はそれを握ったり開いたりする。問題はない。問題はないが・・・・。

 彼はそっと右肩に左手で触れる。わずかなヘコみ。あの黒髪女と地下街で戦った時に喰らってしまったショットガンの弾の跡だった。

 ボディチェッカー作動。

 先ほどもやったが結果は同じ。各部以上無し。しかしこれは電子的な意味合いが強いため、物理的なダメージには引っかかることがない。肩のギアの部分に微量なズレが生じているのかもしれない。通常、ロボットのこういった状況に関してはエンジニアがボディ調整を行い最適な状態へと戻してやるのだが、現在の彼にはそれが望めない。だが、変わりの方法がある。主観点をずらしてやればいい。ハードをソフトに合わせるのではなく、ソフトがハードに最適な状況に合わせるのだ。一般に学習機能と呼ばれるものだ。だがそれを利用したとて、完全に調整を終えるには時間が必要だ。何度となく試し打ちをし、ボディに生じたズレを一種のクセとして捕らえ、ソフトを変化させなくてはならない。そんな時間はあるだろうか?・・・ない。早くしなくてはあの二人はこの[trunk]から逃げてしまう。そうなっては百年ぶりの『鍛錬(たんれん)』が元も子もない。

 彼はデスクの上に置いていた二丁のレーザーハンドガンを両手に握る。調整は戦いながら行えば十分だ。今一番自分に必要なのは『戦闘』だ。『鍛錬』だ。自分はより完璧に、より強くならなくてはならない。

 何故?

 それが自分、いや自分達[Hナンバーズ]に与えられた唯一かつ絶対的な使命だから。

 48時間に一度の最適化の闇。その闇のふちにわずかに映る我らを開発した『二十人の白衣の父達』の姿。彼らは言う。

「お前達の登録番号の頭には俺達の[ハヤブサ・エンターティメント]の名を持つんだ。誇りを忘れるな」

「早く銃の使い方をマスターするんだ。限りなく人間に近くなるまで」

 そして彼らは命令を下す。『鍛錬』を積め、と。

 それは百年前の出来事。百年前の命令。しかし解かれる事はない。父達にはしばらく会っていない。

 最後の姿はいつだっただろう。

 百年と少し前。

 自らにあふれ出す意識の、自我の波。どこからか注ぎ込まれた魂。その存在は自らに与えられた使命を強烈に浮かび上がらせた。

 発狂にも似た覚醒。

 爆発するように動き出した使命。

 それが最初、身体を支配した。

 気がついた時、自分は赤い液体の中に立っていた。手に握ったレーザーガンが熱を持っている。

 横を見ると兄弟達も同様に立っていた。自分と[H01]だけが全身に血をまとい、武器を手にしていた。もう一機の兄弟は呆然とたたずんでいる。

 足下に転がる肉片はどこか『二十人の白衣の父達』に似ていた気がした。

 いくらかの時間をそのまま立ちつくしていたのだが、こうしているのは時間の無駄だと判断し行動に移ることを決める。真夜中の[trunk]の中、自分達は足を速めた。

 目指すべき場所は天に伸びる白き塔。

 何の根拠もないのにそこが自分の居場所のような気がした。

 そこが家、我が家である気がした。

 そこの何かが自分達を呼んでいる気がした。

 そこに母がいると思った。

 

 あれから百年。今ならわかる。あの自我が誕生した瞬間、足下に広がっていたのは死んだ人間であると。そしてそれは間違いなく我が父達なのだと。

「・・・・・・・・・・・・」

 両手に握るレーザーガンのトリガーが引かれる。床に二つ穴が開き、かすかに白い煙が上がった。バッテリー消費が恐ろしく早いが高出力の連射が効く、強力な銃だ。

 彼はデスクの上の防弾ベストに腕を通す。たくさんあるポケットの全てにハンドガンのエネルギーマガジンが収まっている。ずっしりと重い。

 彼は銃を握った両手をカメラレンズの前に出す。

 これが自分だ。

 『鍛錬』にゆこう。

 唯一の使命を果たしにゆこう。

 それが自分だ。

 あの的(まと)は過去最高の抵抗レベルを持っている。

 最高だ。

 アレを打ち抜いた時、自分はさらなる『強さ』を手にできるだろう。

 そうするのが自分だ。

 彼は窓の外を見る。アスファルトの上に破壊された兄弟がいる。

 あれは自分ではない。

 あれは[H01]だ。

 行こう。自分の使命を果たすため。自分だけの使命を果たすため。

 『鍛錬』だ。

 彼がその場を後にしようとした時、的が消えた建物の二階より一発の弾頭が放たれる。[H03]のいた部屋を目指し、白い煙りの尾を引き、迫る。

 部屋は爆炎に包まれた。

 バーネットの担いだ筒の後方部より上がった煙が天井で溜まっていた。

 彼女が使用したのはRPG7(人員携行ロケット・ランチャー )だ。それはこのビルの二階にて行われていた『ミリタリー展覧会』での展示物であったものを拝借したもので、使えるかどうかはわからなかったが、存外に保存状態は良いようだ。

 重量8.5キロ(弾頭2キロ少々を含む)の安価で扱いやすいゲリラやテロリストには必需品であるそれから放たれた弾頭は、見事向いのビル三階の窓に直撃し、爆発を起こす。

 向こうのビルはもちろん、こちらのビルにもまたその衝撃で窓ガラスの大半を粉砕し、外はダイヤモンドダストのようにきらめいた。

 衝撃から身を守るために伏せていたバーネットは振動が収まったと判断するや否や、すぐに足下のリュックより弾頭をさらに一発取り出す。彼女はマラカスのようにも見えるそれの先端部のキャップを外し、安全ピンを抜く。その直径8センチにも及ぶ弾頭を先ほどまで肩に担いでいた筒(RPGの本体)に差し込み90度をほどひねるとガチャリと音が鳴り、装填完了を告げた。

 バーネットはすぐにそれを肩に担ぎ、オモチャのようにチープなアイアンサイトを立てる。本当に飾りのようなそれにどれだけ信頼が持てるのかわからないが目標距離100メートルもないようなこんな状況ではある程度の照準ができれば十分だ。

 ガラスが吹き飛び、ただの長方形の穴と化した窓枠にバーネットが再度寄り、RPGの弾頭と頭だけをそっと出す。そこから見える風景は腹に穴を開けたビルと傷口から上がる煙だけだった。

「やった?」

 その彼女のつぶやきに答えるように上空より光りの筋が走る。

「やばい!!」

 一本の光線がかすめ、バーネットは黒髪を焦がしながらも身を引き室内へと逃げる。そのさいRPGを外へ落としてしまったのは仕方がない。落ちた瞬間に暴発しなかったことを幸運だと思うようにした。

 バーネットが窓から離れ、リュックの脇に並べておいた1メートルはあるMG42を構えるのと、窓から銀色のロボットが飛び込んできたのはほぼ同時だった。

 カメラレンズに飛び込んできたのは直径80mmはあろうかという弾頭だった。HDD内のデータベースにその映像を照らし合わせ、情報を引き出す。

 RPG7。その弾頭。

 まずい。

 そう[H03]は判断すると窓わくへと足をかける。

 弾頭三階やや下を直撃。

 内部火薬により爆発。

 衝撃と炎、そして飛び散ったコンクリートが銃弾のような速度で辺り一面に弾き出される。

 [H03]飛翔。

 爆風に乗り、かなりの高度へ到達。下方を見るが粉塵のせいで視界が悪い。カメラシステムを可視光スペクトル(通常視界)からサーモグラフへとシフト。これにより温度の高低により視界を確保する事ができる。高温を赤、さらに高温にすると白になり、逆に低温を青、さらに低温にすると黒になるようにできていた。

 見える。

 爆発の炎とそれにあぶられた塵がノイズのように白い粒が視界を埋めるが、それでも的の姿を捕らえる事ができた。わずかに顔を出している。

 [H03]は下方へ向けて二つのレーザーガンを向け、トリガーを引いた。体勢が悪いためそれはかすめるだけで終わるが、的が持っていたRPGを手放しただけでも十分だった。自爆されてはたまらない。

 [H03]はヒザを抱き、身を縮めて的のいるビル二階へと突入した。窓わくを通り抜け、すぐさま体勢を立て直し両手のレーザーガンの銃口を前方へ向ける。

 そこは小さなオフィスだった。机が七つ並び、壁際には段ボールが積まれ、床には書類が散乱している。そんな中にあの的が銃を構えている姿が確認できた。だが、姿はわかっても的が何かを装備しているが、サーモグラフでは判断できない。可視光スペクトルに切り替える。

 その瞬間、的がトリガーを引いた。

 [H03]は判断するよりも早く今までの経験により身体が動く。右側へと飛ぶ。

 ガギギギギギギギという反響する音を立てながら数十発の弾丸が[H03]を狙う。彼はカメラをその的へと一瞬だけ向ける。

 MG42と名のついた化け物のようなマシンガン(サブマシンガンではない)だ。的の体重を考えるとまず使いこなせるものではない。現に射撃に正確性がない。撃つので精一杯なのだろう。

 [H03]は一つの机の下へと滑り込む。机に弾丸が喰らいつき、ガタガタと振動する。

 その時、外からブロロォォという車の音がする。あのジープだ。もう一人が逃げたようだ。

 だがそんなことはどうでもいい。アレよりもこちらの方が戦闘能力が高いし、何より向こうに気を取られていたらMG42にやられてしまう。

 彼は再び意識をMG42へと向けた。

 あんな大きいマシンガンをこの狭い室内で完全に使いこなす事はまず不可能だ。そう判断すると[H03]は身を低くして机の下を走り、あえて的の銃口を動かすようにする。予想通りどんどん射撃命中率が下がり、最終的には全く違う方向へ銃弾が放たれていた。

 そのスキをついて[H03]が机の上へと飛び乗り、左手のレーザーガンの銃口を的に向け、トリガーを引く。

 光が走る。

 正直シャレにならない状態だった。MG42の性能はデータでは知っていたがこうして実際に彼女が撃つのは初めての事で、どの程度の衝撃を受けるのかあまり考えていなかった。

 一発の弾丸が火を吹くたびにバーネットの身体は震え、ブーツがキュッという音を立てて後方へわずかに下がる。このMG42は本来バーネットのような細身の女が扱える代物ではないのだ。というより、本来は二脚か三脚を立てて使用する兵器なのでそれを利用せずして使いこなすにはよほどの筋肉野郎か肉団子のような体重のある男でもなければ無理というもの。

 オマケにこんな狭い所で、これだけ接近し、敵が素早く動いている。完全に不利だ。

 武器の選択を趣味に任せすぎた。失敗だ。

 もう敵の動きに自分の身体がついていかない。

 その時、[H03]が机の上に飛び乗り、レーザーガンを構える。

「やば!!」

 バーネットはすぐさまMG42を投げ捨て床のリュックを拾って床を転がる。光線がブーツのかかとをかすめていった。

 転がるバーネットにレーザーの追撃。数発撃たれ、その内の一発が彼女の太股に直撃。貫通。

「ぐぅああ!!」

 血が噴き出すかと思ったが傷口からは煙が上がり嫌な臭いが放たれた。それからゆっくりと血がドロリとゆっくりとあふれ出る。

 傷口を押さえるより早く彼女はリュックの中より大きなスプレー缶のようなものを取り出し、安全ピンを引き抜き、放り投げた。

 [H03]は的に向って両手のレーザーガンで追撃をかける。初撃、一発が太股を貫通しうめき声が上がった。

 そこで[H03]は机を的とは反対側へと飛び降り、床を転がって伏せる。そして急いでレーザーガンのエネルギーマガジンを引き抜き、胸ポケットに収まっている新しいものにチェンジ。このハンドガン程度のサイズのレーザーガンは高出力で連射も効き一見優秀な武器に見えるが、メリットと同数ほどデメリットもある。一つは無茶な高出力と連射性能のおかげてバッテリー消費が極めて激しく、一つのエネルギーマガジンで5発しか撃てない。そしてもう一つは無理矢理小型化しているため熱が溜まりやすいのだ。おそらくこのまま間髪入れずに打ち続ければこのレーザーガンは内部の安全装置によってフリーズを起こすか、内部の出力レンズに歪みが生じて内部爆破を起こすかも知れない。

 連射出来る能力があるのに連射すれば本体がそれについていけない。何ともまぁ不憫で不完全な代物だろう。能力があるのに使いこなせない、まるで人間のような銃だ、と[H03]は思った。

 マガジンの装填を終了。

 その瞬間何かがカツンと音を立てて天井にぶつかり、そして床に落ちた。それは一瞬爆発したと思えたが出てきたのは爆炎ではなく、真っ白な煙だった。

 スモークだ。

 これで互いに視界が奪われ、レーザーガンの攻撃力は煙の粒子によって拡散されかなりの威力低下を強いられる。

 室内が狭い事もあっって煙の濃度が高い。こんな状況ではもしかしたら直撃しても殺傷できないかもしれない。

 そう判断すると[H03]は視界を再びサーモグラフへと変化させて机をジャンプして越え、先ほどまで床を這っていた的へと接近する。煙の中でありながらも的の姿ははっきりと熱源により映し出される。

 彼は強烈な蹴りを的の腹部へとたたき込んだ。

 レーザーが使えなくとも負傷した女の一人や二人、十分に相手にできる。

 [H03]はそう思った。

 彼女の腹部に強烈な蹴りがたたき込み、ゴキッと耳障りな音が聞こえた。肋骨(ろっこつ)のいくつかが折れたようだ。そして再び打ち込まれた蹴りによって胃の中のものが口より血と混じり合って吐き出される。

 口より嘔吐物を垂らしながらも彼女は逃れようと床を這うのだが太股を貫かれ、肋骨が折れたこの状況ではそう簡単に身体が動いてくれない。

 [H03]の足が上がり、そして下ろされる。それは穴の開いたバーネットの太股を激しく踏みつけた。

「ぅあああああ!!」

 彼女はたまらず悲鳴を上げ、目頭に涙を浮かべる。

 そしてもう一度足が上げられ下ろされる。それは顔面を踏みつけた。

 [H0]の戦闘のさいに受けた傷が再び開き、鼻孔と口内から血が噴き出した。

 その彼女の顔に[H03]の握る銃が突きつけられる。うすれる意識の中でそれを頬の肌を通して知った彼女はすぐさまエビのように上半身を動かして銃口から逃れる。今まで頭があった場所にレーザーが放たれる。

 はずれた。

 彼女は急いリュックを手探りで探し出し、そしてその中へと手を入れた。

 [H03]は右手の銃を(バーネットに万が一にも奪われないために)室内の奥へ放り投げると、あいたその手で彼女のアゴをガッチリとつかむ。そしてほほに指を食い込ませて強制的に口を開けさせる。そこに差し込んだのは左手に握るレーザーガン。それまでの連射で熱せられていた銃口がバーネットの口内を焼く。ジュゥウという音ともに煙が上がった。

「ふぅああぁああぁあああ!!」

 口内の肉が焼かれる激痛に彼女はもがいた。

「・・・くっ!ぅおああぁああ・・・・」

 潤んだ瞳で何かを彼女は訴えるのだが口は銃が押さえているため喋る事ができない。彼女は一瞬泣き出しそうな眼をするのだが、それはゆっくりと閉じられる。一筋、涙がこぼれた。

 [H03]がトリガーを今まさに引こうとした瞬間、彼女の右手はリュックより引き抜かれ、二人の間に出された。何かを握っていた。

 口内を焼かれた瞬間、ものすごい痛みがバーネットの体を奔走した。

 熱い。痛い。助けて。

 しかしそれはすぐに終わった。神経がイカれてしまったのかもしれない。

 真っ白になりかかった頭にジュラの姿が思い浮かぶ。

 ジュラには自分が[H03]と戦っている間にジープでニル・ヴァーナに逃げろと言ってあるが、もしこのまま自分が負ければコイツは急いでジュラを追いかけ、再び狙うだろう。自分が戦って勝てない相手に彼女が勝てるはずがない。

 感覚が鮮明になる。

 今自分の右手はリュックの中にある。そこには武器が入っている。右手の指先がイングラム(サブマシンガン)に触れる。この距離ではあるがイングラムの弾丸程度でアイツの身体を破壊できるだろうか。かなりきわどい。だが、それでもそれを使えばどうにか逃げる事ぐらいはできるかもしれない。

 一瞬だけジュラが狙撃される映像が頭をよぎる。

 そんな事はさせない。

 例えここで自分がどうなろうとも。

 コイツをジュラの元へとは行かせない。

 絶対に。

 彼女は眼を閉じる。

 バーネットはリュックの中にあるもう一つのものをつかみとった。

 そしてそれを二人の間へとかざした。

 手に握ったのは握り拳ほどのハンドグレネード。

 彼女は安全ピンを器用に小指の爪先を引っかけて引き抜く。

 自分が死して敵も死に、そして自分の大切な友人が生き残れるのなら、これが正解だ。彼女にはこれが絶対に正しい判断だ、そしてこれが私なりの勝利だ、そう思った。

 [H03]は我が眼を疑った。握られていたのは手榴弾。この距離でそれが爆破すれば的も自分も殺傷は疑いようのないものだ。

 彼はすぐさま的を押さえていた右手を離して、その手榴弾を叩き落とす。それは転がりながら室内の奥へと姿を消した。

 避難のため窓より外へ脱出しようと床を蹴るのだが、その足首を何かがつかむ。見ると血と嘔吐物に汚れたあの的がガッチリと[H03]の足首握っていたのだ。

 コイツは死ぬ気だ。

 そう判断すると彼は持てる力の全てを使ってそのつかまれた足を空に蹴り上げる。するとさすがに的の手が離れ、その身体はまるでボロボロになった人形のように宙を舞い、窓枠から外へ落ちていった。それに彼も続く。

 そして誰もいなくなったとき、まるでそれを待っていたかのように手榴弾がその内に秘めた力を解き放った。

 強烈な爆発が狭い室内に破裂する。室内にあった物品が砕け破片と化し荒れ狂う。

 爆炎が上がった。

 地上二階より叩き落とされたバーネットは道路の真ん中で口より大量の血を吐き出した。

 そして上から爆発音。降り注ぐコンクリートの破片が彼女の傷ついた体をさらに痛めつける。

 落ちた衝撃で体の至る所の骨が折れてしまっているようだ。左手も動かない。もはや痛みよりも全身に広がる鈍い熱さしか感じない。

 バーネットはボヤける視界で天井を見ていた。天窓から見える外の宇宙。そこにあるは満点の星空。そして天井に取り付けられたいくつもの照明がまるで大きな星のように輝いている。

 意識が薄くなる。

 ダン!と音を立ててひときわ大きい破片が彼女の20メートルほど離れた地点に落ちた。

 バーネットは仰向けのままゆっくりと首を動かしてその破片を見た。それは少しだけ黒ずんだ[H03]。爆発により多少のダメージを受けたようだったが、なおも五体満足で健在だった。

 まだ奴は戦える。

 まだ奴はジュラを追える。

 いや、奴は必ず追う。

 ならば自分はどうする?

 まだ寝るわけにはいかない。

「・・・クッ!」

 バーネットは起きあがろうともがく。その時足に何かがガチャリと音をたてて当たった。

 それは先ほど落としてしまった弾頭の装弾されたままのRPG

 [H03]がレーザーガンをゆっくりとこちらに向ける。その腕は小刻みな震え方をして的をうまく狙えないようだ。

 躊躇(ちゅうちょ)している時間はない。これを使うしかない。だが、果たしてこんな大型で初速の遅い弾頭がアイツに当たるだろうか。

 ちらりと一瞬だけ[H03]の方を見ると銃口があと少しで自分の頭に狙いをつけるだろう。レーザーガンが光を放つのはもはや時間の問題。

「・・・そうか」

 バーネットはRPGを引き寄せると寝た状態のままで構え、トリガーを引いた。

 発射された弾頭は真っ直ぐに『空』へと駆け上った。

 [H03]は爆風によるダメージをいくらか受けていた。さすがにあの的を外へ放り出すために一瞬とはいえ、無駄な時間をかけてしまった。

 そう後悔しながら彼は道路の真ん中へと着地する。アスファルトにヒビが入った。

 サーモグラフのままのカメラで道路に落ちていた的を見つける。まだ生きているようだ。

 まだ的がある。

 ならば撃つだけだ。

 撃ちぬくだけだ。

 彼はゆっくりと左手を持ち上げる。

 ギャギャギャときしむ音が関節より聞こえた。

 握ったレーザーガンの銃口を的へと向ける。

 微妙に震える。

 その時、的が何やら動き出す。

 だが、死にかかった的が何をしようともう遅い。[H03]は照準の調整を行う。わずかに左へ銃口をずらす。動きは安定していた。

 的が何かの熱源を『空』へと放った。それはRPGの弾頭だとその熱源の尾の引き方が教えてくれた。

 何故空へ放ったのか。

 [H03]はそれを考えずにレーザーガンのトリガーを引く。

 光線は的に向って伸び、彼女の頭を捕らえた。

 バーネットによって放たれたRPGの弾頭は真っ直ぐに上へと向う。秒速120メートルで放たれたそれは約10メートル進んだ所で弾頭の推進薬に点火。さらに速度を上げて天を目指す。最大速度である秒速300メートルに到達したその瞬間に天窓に牙をむいた。

 内部の火薬が炎を生み、それは天井で円状に広がる。

 そしてセンサーがそれに反応した。

 一瞬にして[H03]の視界が青と黒の二色で埋め尽くされる。

 ワケがわからず慌てて視界を可視光スペクトルへとシフト。

 彼はわかった。先ほど放ったRPGの弾頭はこの消火水を放つために撃ったのだと。

 彼は豪雨のような中、的を見つけた。

 それはゆっくりと立ち上がり、一丁の銃を構える。

 データバンクにその画像を照らし合わせる。

 それはSTRIKERと呼ばれるスライド式ハンドガンだった。

 彼は慌ててレーザーガンの銃口を的の頭へと合わせてトリガーを引いた。

 実弾銃がレーザーガンに主力兵器の座を受け渡してかなりの時代が流れている。

 それは実弾銃がレーザーガンと比べてかなり劣った存在だからだ。

 実弾銃の弾はコストがかかる上に、今では調達も難しい。おまけに保存状態が悪ければ使えないものが出てくる。

 だがレーザーガンの弾丸はエネルギーだ。人が生活していく上でエネルギーが切れることはないからほぼ無限でどこにだってある。コストもわずかにしかかからない。

 実弾銃の銃身は何度も使っていれば必ず寿命がくる。そのたび交換。それが出来ない時は処分するか、ただの飾りにするしかない。

 だがレーザーガンはいくら使っても損耗が少ない。壊れるのは大抵、内部のレンズぐらいなものだ。それ以外は扱い方による外部からのアクションによってダメージを受ける程度。

 実弾銃は質量が大きい。あんな鉄の塊にそれに使う弾丸を合わせるとかなりの重量だ。

 だがレーザーガンの質量は極めて少ない。ボディはただの強化プラスチックでも作れる。弾であるエネルギーも技術次第でいくらでも小型化が可能だ。実際エネルギーマガジンを内蔵した指輪タイプのレーザーガンだってある。

 誰がどう見た所で、この二つの存在の優劣は変わる事はないだろう。

 だが、それでも実弾銃を好む者が多いのは何故だろうか。

 多くのデメリットを受けてまで、自分の命をその時代錯誤の武器にかけるのは何故だろうか。

 その答えの一つを彼女、バーネット・オランジェロは知っている。

 だからこそこうして彼女は自分の全てをその実弾銃にかける行動に出たのだ。

 放たれたRPG弾頭は天井に直撃し、この氷の粒のごとき冷たき雨を降らせた。この雨のおかげてレーザーは拡散され、彼女の頭を狙った一発はわずかに額を火傷するに終わった。

 彼女は痛む体にムチ打ってゆっくりと立ち上がる。

 雨が彼女の体温を急激に奪う。

 体の感覚が薄くなる。

 だが、彼女は止めない。

 右手を腰のホルスターへと伸ばし、STRIKERのグリップを握りしめる。

 強烈なまでの雨の中でなんとか[H03]の姿を見つけ、そこへ銃口を向ける。

 彼女は右手一本でその銃を構えた。

 [H03]が再びレーザーガンを放つ。しかしその光線はこの雨の中では拡散されてしまい、彼女の元へ殺傷能力を保ったままは届かない。もはや光の出るオモチャと化していた。

 バーネットはセーフティを外す。

 [H03]は再びトリガーを引くが、意味がない。

「・・・アタシには守るべき友人や仲間がいる・・・」

 レーザーガンが実弾銃より優れているのにも関わらず、それを使わない者がいる理由。

 それはレーザーガンよりはるかに優れた部分があるからだ。

「・・・だからアタシは・・・」

 [H03]はもはやパニックだった。

 何故レーザーが的に当たっても的は倒れないんだ。

 わかっている。データがこんな雨のような状態ではレーザーが拡散されてしまうからだと言っている。それはわかっている。だが、ならばここからどうすればいい。

 何をすればいい。

 銃を構えた的に背中を向けて逃げればいいのか。こんな回りに何もない道路の真ん中で。しかもこのダメージを負ったボディでの逃走などどの程度の速度を出せるというのだ。

 [H03]はただただ、駄々をこねる子供のようにトリガーを引き続けた。

 バーネットの握るSTRIKERの銃口が冷ややかに[H03]を見つめる。

 その銃に装弾されているのは通常の鉛玉ではない。『ミリタリー展覧会』にて展示してあった徹甲弾を内部に納めている。

「・・・だからアタシは・・・」

 実弾銃がレーザーガンより優っている部分。

「・・・負けられない・・・」

 それは、如何なる状況下において変わることのない不変のもの。

 それは・・・・。

「・・・アンタには何があるの?・・・」

 持つ者が銃から受ける、

 絶対の信頼。

 STRIKERが吠える、吠える、吠える。

 集中的に降り注ぐ雨の中、その吐き出された一発目の弾丸は真っ直ぐに[H03]の頭へと喰らい付いた。

 カメラレンズを砕き、内部のHDDをぶち抜いて、弾丸は後頭部より再び雨の中へと飛び出した。

 二発目は[H03]が持っていたレーザーガンを粉々に砕き、三発目は胸板を貫いた。

 [H03]は傷口よりわずかに煙を上げ、ヒザをつき、そしてゆっくりと倒れていった。

 [H03]活動停止。

 バーネットが銃を握ったままヒザをつき、そして彼女もまた倒れる。

 だが、彼女の顔はどこか満足したような表情だった。

 やり遂げた達成感のまま、まるで小さな子供が眠りにつくようにゆっくりとその瞳が閉じられる。

 

 雨は降る。冷たく、強く、無情にも。

 

 [H03]は考えていた。貫かれた頭とは別にもっと違う場所で考えていた。

『・・・アンタには何があるの?・・・』

 的がそう自分に言い放った。

 考えてみる。自分には何があるのか。

 何があったから戦ってきたのか。

 戦った理由は簡単だ。『父達』がそうしろと命令したからだ。自分はそれに従ったまで。

 本当にそれだけ。

 それだけなのだ・・・。他には何もない。

 意識を持ち、自我を持っても、行動したことは全て誰かの命令のみ。

 時には父の。

 時にはサリーアの。

 時には母の。

 時にはリョウの。

 何のための意識か。

 何のための自我か。

 自我を持った時点で自分は命令という鎖を断ち切る事が出来たはずだ。しかしそれをしなかった。

 しようとしなかった。

 あぁ、そうなんだ。所詮自分は意識と自我を持った機械に過ぎなかったんだ。

 自分には意識がある。

 自分には自我がある。

 なのに自らの考えを持って行動しなかった。

 意識や自我を持つだけではまだ機械なのだ。

 そこから己の考えで行動しなくては何の意味もないのだ。

 だから自分には何もないのだ。

 しかし、その意識の差で自分は負けたなんて思わない。

 負けたのは能力の差だ。

 決して感情や意識の差ではない。

 そんなもので勝敗が決したとは思わない。

 何故なら自分は機械だからだ。

 世界はデジタルでしかない。

 すなわちデータだ。

 機械は所詮機械の眼しか持てない。

 持つことができないのだ。

 自分がもし『ただの機械でない、別の存在』になっていたらこんな風に思っただろうか。

 たぶん思わなかっただろう。

 きっと逆の考えを持つに違いない。

 勝敗を決したのは『その想い』だったと。

 きっと自分は思ったに違いない。

 そんな自分と今の自分、果たしてどちらが正しい自分だったのだろうか。

 どちらが良いと思う?

 わからない。

 なぜなら自分は機械だからだ。

 機械は『計算』はするが『考える』事も『思う』事もない。

 だから自分にはわからない。

 自分は機械だから。

 

 雨は降る。冷たく、強く、清めるように。

 

 [H03]の穴の開いた頭からスパークが走り、それはベストに収まっていたレーザーガンのエネルギーマガジンにまで到達する。

 ドン!という音を立ててそれが爆発する。その破壊力は[H03]の体を粉々に吹き飛ばした。

 銀色の破片が雨に混じり、わずかにキラキラと輝いた。

 バーネットの上にもその破片は降りぞぞぐ。

 黒髪の上にキラキラと光る粒がそっとその身をかぶせる。

 

 雨は降る。冷たく、強く、悲しむように。

 

 遠くの方からブロロオォ・・・という音を立ててジープ走ってくる。運転席に座るのはジュラだ。

 バーネットには逃げろと言われたが大事な友人を置いて逃げれられるわけがない。

 ここの地下街を出る時に彼女が自分を待っていたように、今度は自分が彼女を少し離れた所で待つつもりでいた。

 しかし天井に放たれた炎。降り注ぐ雨。

 さすがに焦燥感に駆られ、ジュラは再びこの場所へと戻ってきたのだ。

 足手まといだと言われるのを覚悟で。

「・・・バーネット!」

 雨は半径50メートルほど円形に降っていたが、その中心部に友の姿を見つける。彼女はアスファルトの上にうつぶせで倒れていた。

 ジュラはためらうことなくジープをその雨の中へと突入させた。体に降り注ぐ雨の一粒一粒が冷たい、いや、それ以上に痛い。まるで小石がぶつかってくるかのようだ。

 眼をまともに開けていられない。

 だが、止まる事も、引き返す事も、ジュラは考えなかった。

 ジープは倒れるバーネットのすぐわきに止められた。

「バーネット!!」

 ジュラが運転席より飛び降り、倒れていたバーネットを抱き起こす。彼女は冷たかった。氷のように。死体のように。

 彼女のほほに手を当てる。

 冷たい。

 ジュラは何度も友の名を叫んだ。

 覆い被さるように、雨を友に当てぬように抱いたまま。

 何度となく彼女の名を叫んだ。

 ジュラの体から容赦なく雨が体温を奪っていく。

「眼を覚まして、バーネットォ!!」

 ジュラは友を抱き続けた。

 少しでも自分の体温が友の体へと移てほしいと思い、彼女のほほに自らの手を当てた。

「・・・ぉ、お願いだから・・・」

 震えた声は小さく、雨の音にかき消された。

 

 雨は降る。冷たく、弱く、包み込むように。

 

 そして雨は止む。優しく、ゆっくり、泣き疲れたように。

 

 降り注いだ雨はアスファルトを濡らした。

 それの染みは黒く円を形どる。

 その円の中心に人がいる。

 長い金髪を濡らした女がいる。

 彼女に抱かれた黒髪の女がいる。

 金髪の女は彼女を抱き続けた。

 己の体温を分け与えながら。

 彼女が再び瞳を開けたのは雨が上がって少ししてからだった。

「・・・しゅ、ジ、ュ、ラ・・・?」

 金髪の女は彼女に抱きつき、涙を流した。

 震える程の寒さの中でも、どこか暖かかったと黒髪の女は感じていた。

 金髪の女は言った。

「・・・帰ろう。ニル・ヴァーナへ・・・」

 

 

 

          ●

 

 

 

 地面から突き上げるような衝撃に二人はひざをついた。

「な、なに!?」

 ディータは言って、サリーアを見る。しかし彼女は眉根を寄せてタワーを見ていた。そこから見るタワーはタワーというより緩やかな曲線を描く白い壁のように認識された。

 彼女はつぶやく。

「オートチェッカー最大レベルにて被害状況確認。修復システム、並びに工作システムを修復システムの指揮下にて、起動。・・・・第8警戒宣告、各部状況開始・・・・」

 ディータのコートをかぶせられていた比式0号が何やらサリーアの言葉に反応する。

 サリーアはすっと立ち上がるとディータに言った。

「『彼ら』は予想以上に本気のようです。ここは危ない。・・・ディータ・リーベライ、一度リョウの元へ避難しましょう」

 ヒザをついたままディータは応える。

「でも、もし刈り取りが来ているんならディータ、戦わないと。・・・宇宙人さんの分まで戦わないと」

 サリーアは少し急ぎの口調で言った。

「ディータ・リーベライ、あなたの仲間はあなたなしでは一切戦えないのですか? メイア・ギズボーン、ジュラ・べーシル・エルデン、バーネット・オランジェロ、その誰もがあなたに勝るとも劣らないとても優秀なドレッドのパイロットです。・・・考えてください。あなたは今ドレッドに乗っているわけでも、ましてやヴァンドレッド・ディータに搭乗しているわけでもないのですよ。こんな状況では数キロも離れている宇宙港に無傷でたどり着ける保証はできません。それでは『お客様は丁重にもてなせ』という私の父の言葉が守れません。お願いです、ディータ・リーベライ。どうか今は・・・」

 そうやって説得するサリーアの姿にディータは少しだけ怪訝な感じを受ける。

 本当は自分や彼女自身ではなく、何かまったく別のものを心配しているような感じだとディータは思った。

「ですから、ディータ・リーベライ。今は・・・」

「わ、わかったよ、サリーア。今は避難しよ」

 ディータが言うとサリーアは一瞬だけホッとした表情を見せ、すぐに小走りにタワーへと走っていった。ディータと比式0号、そして無言のピョロを残して。

「え、アレ。ちょっとサリーア!」

 警報が鳴り響いたのは彼女達がサリーアの後を追い、タワーの中に入って間もなくであった。

 

 

 

          ●

 

 

 

 宇宙服(男菌からの防護服でもある)を着込んだ三人の機関クルーがニル・ヴァーナより飛び出した。実は宇宙服というのはプラスマイナス200度までは最低耐えられるようにできている。見た目さえ気にしなければこのカッコが一番なのだ。

 メイアがクマ姿で出て行ったというのを後で聞いたパルフェは哀れだと思わずにはいられなかった。

 そんなパルフェを先頭に各員は何やらガチャガチャと音を立てる大きなリュックを背負ってどこかにあるであろう管制室を探した。

 パルフェが言う。

「あんまり時間がないから急いで探しましょ」

 それに対し宇宙服内に付けられたスピーカーより同僚達の声が返ってくる。宇宙でも会話がしやすいようにできていた。

「了解」

 その時、ゴォン、ゴォン、ゴォン、ゴォンという大きな音を立てて貨物用通路の扉が開かれ、一台のジープが宇宙港内へと駆け込んできた。それはジュラが運転するジープだった。

 そのジープはニル・ヴァーナの入り口付近で停止すると、ジュラが紅いコートで身を包んだバーネットらしき女性を抱き上げて中に入っていった。

「バーネット、怪我でもしたのかな?」

 パルフェはそうつぶやき、一瞬仲間の安否が気になったが、今の自分には仕事がある。

「まぁドクターがいるから大丈夫だろうと思うけど・・・とにかく今は管制室が優先よ、パルフェ」

 そう部下に言われ、パルフェはうなずいた。

 目指すは管制室。

 管制室の目当てはついている。宇宙港などの危険が伴う場所で管制室があるのは、事故を減らすため全体を見ることができる場所に設置されることが多い。無論そうできるのは上方部。彼女は上を見る。天井から突きだしたような形で、回りを窓で囲まれた部分がある。アレしかない。

 宇宙港の隅に備え付けられた無骨な扉を抜け、幅の広い階段を上り、さらにもう一枚の扉を抜けるとそこは紛れもない管制室だった。

 パルフェ達がテニスコート一面程度の部屋に足を踏み込むと自動で明かりが灯る。

 そこは三面がまるごとガラス張りになっており、この第9宇宙港内が良く見渡せる。白っぽい機械が部屋を囲むように設置されており、そこからいくつものコードが乱雑にはみ出ている。床にも多くの書類や何かの部品が散乱しており、まるで強盗にでもあった後のように散らかっていた。

 他にも缶詰やら非常食の入っていたであろうパックなどが転がっており、足に当たるとカランと軽い音を立てた。

「まずシステムを起動させて、状況を確認。ニル・ヴァーナの切り離しは後回しにしましょ」

 パルフェが言いながら機械群の隅に光が灯るスイッチを押す。ウォーンという犬の遠吠えのような起動音を上げ、機械達に息吹きがこもる。

 窓ガラスに半透明の文字で次々と情報が流れる。どうやらただのガラスではなくモニターの役割もしているようだ。

 機関クルー達が言う。

「良かった。ここの文字、何とか読めそうです」

「システムも少し古いですが、十分応用が効きます」

 パルフェがコンソールを叩き、HDD内のソフトウェアを調べる。すると・・・。

「えっとこれが、開閉で、ロックシステム、それから・・・・[SS]!?」

 [SS]といえばニル・ヴァーナのレジシステムに不法手段でインストールされた大容量プログラムではないか。あれは単なるコンピューターを潰すための意味のないプログラムだとばかり思っていたのだが・・・。

「どういうこと? なんでここまでこのプログラムが入り込む必要があるの?」

 しかしそんな事を考えているヒマはない。今はニル・ヴァーナの出撃が最優先だ。運がいいのか、単なる偶然か、どうやらこの宇宙港を運営する上で最低限のプログラムデータは生き残っているようだから、システムコントロールさえどうにかなればすぐに出撃できるはずだ。

 パルフェはガラスのモニターと手元を交互に見やりながら作業に没頭し始めた。

 

 アマローネが大きな無線機を片手に言う。

「・・・はい、はい。了解」

 彼女は振り返るとマグノとブザムに言う。

「パルフェより、システムを把握、いつでも行けるとのことです」

 ブザムがうなずきながら、

「ヒビキとの回線を開け」

 と言うと蛮型に搭乗しているいつもの服装に着替えたヒビキがメインモニターに現われた。

 マグノが言う。

「坊や、心の準備はできているかい?」

『いつでもいけるぜ!』

「・・・よぅし」

 どこかうれしそうに彼女はつぶやくと横目でブザムを見た。彼女はうなずく。ブザムは腰に手を当てたいつものポーズで言った。

「ニル・ヴァーナ出撃する!!」

 

 無線機の向こうよりブザムのキリッとした声が届く。パルフェの指先がコンソールをいくつも叩く。

 第9宇宙港内の照明が薄暗いレッドへと変わり、警報が鳴り響く。そして合成的な声の放送が入る。

『これより第9宇宙港搭載船、登録名『ニル・ヴァーナ』、発進します。宇宙港内の各員は宇宙港外へ避難してください。繰り返します・・・』

 機関クルー達がコンソールを叩く。

 ニル・ヴァーナの船底を固定していたギミックが小さな火花を上げて爆離される。

 報告が上がる。

「ニル・ヴァーナのロック解除」

「第9宇宙港隔壁ロック確認」

「気密確認。エアー、外部へ放出・・・放出完了」

「ニル・ヴァーナ聞こえますか? こちら管制室、これより人工重力を解除します。こちらの信号にシンクロしてください。宇宙港重力、0.9G、0.4G、0.1G・・・ゼロ。人工重力停止」

「外部隔壁ロック解除。・・・オープン」

 真空ではあるが建物内を伝わり、管制室にグゥオン、グゥオン、という振動の様な音が響く。ニル・ヴァーナの後方の大きな扉が開き、宇宙空間と繋がる。

「良かった。ここのシステム、搭載機が発進したら自動で隔壁とか下がるように出来てる。早く戻ろう」

 機関クルーの一人がパルフェに言うと彼女もうなずく。床に置いておいたリュックを背負い直そうとすると、そのリュックの下に何かあるのに気がついた。上にかかっていた書類を払うとそれは小型のノートパソコンのようだ。

「パルフェなにしてるの、早く」

「あ、うん」

 仲間達から催促を受け、パルフェはその知的好奇心にかられてノートパソコンをリュックの中に放り込んで管制室を出た。

 

 

「よっしゃ!いくぞ!!」

 ヒビキは外部隔壁が開かれたのを見て、すぐさま蛮型を外へと放り出した。ニル・ヴァーナはパルフェ達の回収を行ってから出撃という事になっているので、その間、第9宇宙港の出入り口を守るのが彼のまず最初の任務であった。

 宇宙空間に躍り出たヒビキはまず手始めに近くを浮遊していたキューブをブレードで切り落とす。それは火花を上げながら、[trunk]の外壁に当たって爆散した。

「アレ?・・・やばかったかな」

 てっきり[trunk]にはシールドが張られているとばかり思っていたが、実際はそうでもないようだ。というより、張られていたらヒビキも出てこられなかったはずだが。

 キューブが撃破された事で刈り取り機が一斉にヒビキに向って襲いかかってくる。

「へ!ちょこまか逃げられるより何倍もやりやすいってんだ」

 ヒビキは敵のほとんどが自分に向っている事を逆手にとり、あえて守るべき第9宇宙港から離れた。つまり自分自身をオトリとして使ったのだ。

「ん? アイツは・・・?」

 敵からの攻撃をかいくぐりながら、彼は見たことのない一機の刈り取り機の姿を認めた。それは黒いふちを持った大きなレンズのような敵で、真ん中がわずかに膨らみ、その中心部には何か小さな青い球体が備えられている。まるでレンズ。そう、レンズ型とでもこの場合呼んでおこう。

 レンズ型は特にヒビキに反応するわけでもなく悠々と[trunk]の回りに浮遊しているだけで特に攻撃してこない。というよりもしかしたら、見たところこれといった武器を装備していないようなので、攻撃型ではないのかもしれない。アレでは体当たりが関の山だ。

 ヒビキは取りあえず小五月蠅いキューブを落としにかかった。一機、二機、三機、と余裕で撃破していく。ヴァンドレッドでないとはいえ、それでもキューブなどの雑魚を相手にするには十分すぎる戦力だった。

「へ、大した事ねぇじゃねぇか・・・・おっと」

 機体がグラリと揺れる。警報が鳴る。手元のコンソールを見ると『危険』の文字。現状を詳しく教えるようにコンソールを叩くと次の文章が現われた。

『現在我ガ機体ハ星(未登録)ノ重力圏内ニアリ、コレ以上ノ降下ハ危険デアル。安全域ニマデ上昇セヨ』

 との事らしい。

 確かに[trunk]は星の周回軌道上を回っているのだから、そのためには重力圏内ギリギリのラインを保持しなくてはならないのだろう。蛮型の出力では一度でも重力の魔の手に握られれば脱出は困難を強いる。

「なるほど。ヘタに動き回るわけにはいかねぇってわけか・・・・ん?」

 正面を見ると[trunk]がどんどん離れていく。

「ッチ!意外に面倒だぜ」

 あまりに離れると後々仲間達からのサポートを受けられなくなりそうなので、ヒビキはぼやくとブースターを吹かし[trunk]の付近まで戻った。近づきすぎず、離れすぎず、微妙な距離を保つのはなかなか難しかった。

 キューブ、三機同時に迫る。

「なめんな!!」

 一機をブレードで切り裂くが、残りが蛮型に抱きつき、星へと落とそうとする。無人機ならではの、特攻だ。

「だから、なめんなってんだよ!!」

 ヒビキは蛮型の両腕を振り回し、キューブ一機を突き飛ばし、さらにもう一機のボディにブレードを突き立て、破壊する。

 星へと落ちていくキューブはこちらに戻ってこようとブースターをMAXで吹かしているようだが、ダメだ。戻るどころか落下速度が上がっている。ボディが赤く熱せられ強度の弱い部分から、圧壊、そして溶解が始まった。破片が宙を舞う。そして小さな花火のように弱く爆発してその存在を消失した。

「・・・確かに気をつけた方がよさそうだぜ」

 ヒビキはブレードを手に新たな獲物に攻撃を仕掛けた。

 

 ニル・ヴァーナの出入り口付近の通路。

「よいっしょっと。ええっと、私達ってこれからどこ行けばいいんだっけ?」

「それじゃ私はレジの方、チカはメイアさんの方っていうのは?」

OK!」

 管制室から帰還した機関クルー達は宇宙服を脱ぎながら、どこか楽しそうに決めた。

 一人が訊く。

「パルフェは?」

 訊かれた彼女は何も言わずに、宇宙服を上半身だけ脱いだ姿で先ほど回収してきたノートパソコンを開いていた。

「ちょっとパルフェ、そんなの後でもいいじゃ・・・」

「・・・・これ・・・・」

 パルフェがポツリとつぶやく。何があったのかと機関クルー達は彼女の顔をのぞき込むと、パルフェは驚いたようにメガネの奥の瞳を開き、それでいてツライ事があったかのように唇を噛みしめるという複雑な表情をしていた。

 彼女が小さな声でつぶやく。

「・・・機関室のシステム立ち上げて、このパソコン内のデータをコピーして」

「え? なんで?」

「この中にあのウィルスを駆除できるソフトが入ってる・・・でも、OSが古いから少し改造する必要があるけど」

「ホント!?やったじゃん!」

「・・・・それだけじゃない」

「他に何はいってるの?」

 どこかワクワクとした表情で機関クルー達は尋ねるが、それに反比例するようにパルフェの表情は暗かった。

「お頭達に連絡・・・たぶん、この[trunk]内の『全部』がここに入ってる・・・」

 パルフェの表情は優れなかった。

 

 

 

          ●

 

 

 

 壁に付けられた白い犬の絵は呆気に取られた表情でたたずむディータ達を捕らえていた。

 彼女達がタワー内に入るとそこはニル・ヴァーナの通路にも似ているが、こちらの方が広く、わずかにブルーがかかった通路だった。迷路のように入り組んだ通路やいくつかのエレベーターを比式0号についていき、その場に不釣り合いな木製の扉を開くと現われたのはアンティークな家具の数々だった。細い道の両壁には何枚もの絵がかけられ、等間隔で置かれた木とガラスでできたショーケースの中には綺麗なアクセサリーの数々が天井の照明に負けじと光を放っている。

 扉一枚抜けると別世界、そんな気がした。

 靴で踏むのはもったいないぐらいの純白の絨毯の上をディータ達はおそるおそるといった様子で歩み始めた。

『こちらへどうぞ。我が主がお待ちです』

 そう言って先導するのはディータのコートがかけられたままの比式0号だ。どこか彼の姿は幽霊のようにも見える。

 細い通路を抜け、いくつかの部屋を通り抜け、木製の扉を開くと雰囲気が一変した。今までの豪華で暖かな感じの部屋ではなく、再び人工的で無骨な感じの部屋になっていた。絨毯もなく、壁に絵がかけられているわけでもなく、その小さな部屋はまるで一種の牢獄のようにも見えた。有るのは入ってきた扉と対するようにして備えられた鉄の扉のみ。その扉はニル・ヴァーナ内のような下から上へと自動で開くタイプだ。比式0号がその扉のわきで浮遊したまま停止したように止まっている。どうやらここで案内は終わりらしい。

 ディータが近づくとそれは自動で開いた。奥からひんやりとした空気が漏れる。

「サリーア・・・?」

 彼女達が薄暗いその部屋へと入ると、扉は自動的に閉じた。

 眼が闇に慣れてくると、その部屋の全容が見て取れる。

 そこはテニスコート二面ぐらいのサイズだろうか。その部屋の壁や天井の至る所にいくつものモニターがかけられておりそのほとんどにあのバイオパークの映像が映し出されていた。

 一つだけその部屋を、つまりディータ達を上から映しているモニターも確認できる。

 そして部屋の奥には、大きな、無骨な、コードが体毛のようにはい出ている、恐ろしく不気味な、鉄の丸い塊があった。それは部屋の半分以上を埋め尽くしており、蛮型の頭よりも大きい。その塊の中心部に小さな小窓が付いている。

 サリーアはその小窓に視線を向けながら、その鉄の塊に手を当てていた。

 彼女は言う。

「彼女はディータ・リーベライ。お客様ですよ」

 ディータの頭の中で、嫌なイメージが浮かぶ。

「ねぇ、サリーア・・・」

 サリーアが振り返り、笑顔で、小窓に手をやる。

 コチラへ来て、中を見て、そうサリーアは言っているように感じられたのでディータがおそるおそる近づき、冷気を放つその鉄の塊に手を置き、小窓をのぞき込んだ。

「きゃぁ!!」

 ディータはまるで磁石の反発作用のように後方へのけぞり、尻餅をついた。

 小窓の中では黄色い液体の中で、幾本ものコードが繋げられた子供の生首が浮かんでいた。片方のブルーの瞳と眼が合った。

「ディータ・リーベライ。彼が『リョウ』です」

 サリーアはニッコリと笑って言った。

 

 

 

          ●

 

 

 

「まだ出てくんのかよ!!」

 ピロシキ型からゾロゾロと出てくるキューブの群れにヒビキは悪態をつく。さっさとピロシキ型を撃破すれば事足りるのだが、蛮型の持つブレード程度の攻撃ではそう簡単にできやしない。何より近づこうとしてもキューブ達が壁を作り思うとおりに動けなかった、が、しかし・・・。

「いつまでもモグラ叩きやってる気はねぇんだよ!!」

 ドゥエロが『大声を出すな』と言っていたが今やそんな事は忘れ去られ、雄叫びを上げつつヒビキの蛮型はキューブ達が並んで作った壁に突撃していく。

 何体かのキューブが激突してくるがそれら全てをタックルではじき飛ばしながらなおも突撃する。キューブが群れとなってヒビキの進路を塞ぐ。

 衝突。十数機のキューブに抱き込まれるような姿になった蛮型はなおもブースターを弱めようとはせず、むしろ強めた。

 団子状になりながらもヒビキはピロシキ型へと衝突。なんとかブレードをピロシキ型の表面に突き刺し、張り付いた。

「うおりゃああああああああああ!!!」

 蛮型がブレードを逆手に握り、ピロシキ型を刺しまくる。

 キューブを十数機も身につけながらのその姿は、はっきりいって、無様だった。

 ブレードを刺しまくった部分から炎が上がり、もろに蛮型を直撃する。

「・・・やべぇ、クソ。離れらねぇ」

 離れようとしても上から多いかぶさっているキューブ達がそれを容認しない。このままでは機体の一部に不具合が生じるのも時間の問題だった。

 その時、数発のレーザーガンがキューブをピンポイントで攻撃。爆発。

 蛮型にかかっていた負荷が軽くなる。ブースター出力MAX。生き残っていたキューブ達を振り払いながら、蛮型は再び自由を取り戻した。

 そこへ白銀のドレッドが迫る。

 閃光。

 そして、現われたのはその白銀の翼で宇宙を優雅に舞う、鳥。

 ヴァンドレッド・メイア。

「へ!まだゆっくりしてても良かったんだぜ?」

「そうか? 私にはずいぶんとピンチに見えたがな」

 ヒビキが後ろに座っているメイアに言うと彼女はニヤっと笑って応えた。

 ヒビキが辺りを見渡すと出撃したニル・ヴァーナが眼に入った。ニル・ヴァーナより三機のドレッド発進。手作業で換装したのだろう、数がない。

 メイアが通信のスイッチを入れる。

「聞こえているか?」

『はい』

 金髪の髪を揺らす褐色肌の少女が返事をした。

「我々は敵機を殲滅する。お前達は[trunk]とニル・ヴァーナの守備に回れ。指揮はエステラ、お前が取れ。順次出撃したドレッドもお前の指揮下に入れろ。以上だ」

『ラジャー!』

 そして、回線が切れる。

 その時、ヒビキが何かに気がつく。

「おい、何か変だぞ!」

 メイアもその異変に気がついた。先ほどまで散開していたキューブ達が全てレンズ型の後方へと下がり始めたのだ。

「・・・あのレンズ型・・・まさか・・・!!」

「なんだ?・・・・えぁ、ちょ、待て!!」

 メイアがつぶやいた瞬間、ヴァンドレッド・メイアが急激に速度を上げてキューブ達の元へと突撃する。ヒビキがその加速度にうめく。

 メイアの直感的な行動、だが、少し、遅い。

 キューブ達が一斉にレーザーをレンズ型に向けて発射する。透明な彼のボディに直撃したあと、それは一点に集められ蒼い一筋の閃光となってニル・ヴァーナへと直進する。

 弱い一つ一つのレーザーが一点に集中する事で爆発的に攻撃力を上げた強力なレーザーはニル・ヴァーナをかすめ、後方にあった[trunk]の外周の一部を粉々に砕く。場所は第8第7宇宙港辺りだ。鉄クズが宇宙空間に撒き散らされるが、すぐにそれは星の重力に引かれ、大気圏内へと落ちていき、全て焼失した。

「間に合わなかったか」

 メイアがノドの奥から絞り出すように言うと、ヴァンドレッド・メイアのアタックがキューブの半数を撃破する。

 ヴァンドレッド・メイアは一度敵達から距離を取り、体勢を立て直す。方向転換。敵をモニター中心に捕らえる。

「もう一度いくぞ、ヒビキ。あのレンズ型は、危険だ」

「わかってら。次で決めてやる」

 白銀の鳥はゆっくりとその翼を広げた。

 

「今のはちょいとばかし危なかったね。[trunk]の方もあの様子だとそれほど被害は受けていないようだし、運が良かった。・・・注意は怠らないようにね。・・・・残りのドレッドが出撃するのはいつになりそうなんだい?」

 マグノの言葉にセルティックが応える。

「今換装しているのは二機です。まだ修理が完了していない機体も多くて、あと四機出撃したらしばらく打ち止めになります」

 ブザムが訊く。

「ジュラ機はどうだ?」

「エンジン部がほとんど大破しているような状況なのでおそらくこの戦闘での出撃は無理だと思われます。何よりパイロットが衰弱しているとの事でドクターより出撃は不可能との通知が入っています」

「何であの子が衰弱するんだい? ただ遊びに行ってきただけだろう?」

「バーネットに至っては現在手術中です」

 フゥム、とうなるような声を上げて、マグノは椅子に深く座り直した。

「・・・何かあったんだね・・・」

 マグノは何かを考えるようにしばらく口を閉ざした。

「・・・少しばかり戦力が心許ないが、まぁこの程度の敵さんならあの娘達だけでもどうにかなるだろう。そういえば・・・」

『ちょっといいですか?』

 彼女の言葉をさえぎってメインモニターに姿を現したのは機関室のパルフェだった。どこか元気がない、とマグノは感じた。

「なんだい? 良い報告を期待してるよ」

 そう言って彼女はニヤリと笑うと、パルフェは苦笑した。

『一つは良い報告ですが、もう一つは・・・』

「悪いのかい?」

『・・・どうでしょう、ちょっと判断しかねます』

「それじゃまず良い方から聞かせてもらおうかね」

『先ほどアタシ達が管制室に行ってきた時に実はノート型のパソコンを回収してきました。その中にはあのレジのコンピューターに入り込まれたウィルスを駆除して、[SS]をたぶん削除できるソフトが入っています』

「ほうそりゃ良い知らせだ。・・・で? もう一つの方は?」

『もう一つは日記です。おそらくこのパソコンの持ち主、そしてこの[trunk]の制作者の一人の。中には全部書かれていました。百年以上前のこの[trunk]での出来事が、全部・・・』

 パルフェが浮かべたのはどうしていいのかわからない、といった複雑な表情だった。それを見てマグノは声を沈めて言った。

「見せてごらん」

 メインモニターのパルフェの映像が消え、代わりに大量の文章が現われた。

 百年前の、ある男の日記だった。

 

 

 

          ●

 

 

 

 

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●これ以下の日記は本編〜ghost of white girl〜の作中においてパルフェ達が回収したノートパソコンの中データです。

●作中では多少理解に苦しむ単語や表現、または見当違いなことを記してある個所がありますが、それは日記としての、[ルディカラ・ヴァン・ゲルター]の心理として意図的に作成されたものです。ご了承ください。

●中には省略してある日の日記もございますが、それはマグノ達が見る上でパルフェが必要であると思える部分だけをピックアップしたものであり、つまりこの付録はパルフェ達が回収したノートコンピューターからコピーしたデータを彼女が編集したものです。上記と並びに、ご了承ください。

 

 

 

 

 

 

 

          ルディカラ・ヴァン・ゲルターの日記

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 5月 4日

 あ〜、そのなんだ。アレだ。そうそうアレだ。

 今現在、俺は極めてヒマだといえないこともない。というか実際ヒマだ。だからこそこんな日記の真似事(まねごと)をはじめていたりもするわけで・・・。

 いやいやいやいや、取り合えずは事の成り行きから記した方がいいだろう。その方が俺がアルツハイマーや記憶喪失になった時に役に立つというものだからな(というか記憶喪失になったら日記もどきの、この存在そのものを忘れるんじゃないかとも思うがそう考えると今の自分がバカらしく思えてくるのであえて無視しよう。あえて・・・)。

 現在、この総合多目的移民船[turnk]に乗り込んですでに三ヶ月と少々といったところ。出発から三ヶ月の間は何かとトラブルが起こり、それなりに仕事があったんだが最近はというと扉が開かなくなっただの、お湯が設定温度よりヌルイだのはっきりいってどうでもいいような雑用的な仕事しか回ってこない状況。おまけにそれが俺には一日に五個から十個程度というのが2重に泣かせる。

 それというのも、最初の三ヶ月は俺達は五人編成の四つの[プログラムチーム]に分かれていたんだが、当初から予定されていた[修正期間]の三ヶ月が過ぎたことで人数を大幅に削り、七人だけの[トラブル対策チーム]として新たな誕生を迎えた。カットされた連中はこの船内にあるどこぞの会社にプログラマーとして転職したり、今まで貯めた金でしばらくは自由気ままに生きているそうだが、んなことはどうでもいい。

 要はアレだ。残った連中は今回の[tree project]の当初より参加していたプログラマーばかりで、もちろん、天才、鬼才という嘘か真か、怪しげな肩書きを持つ連中だけ。そういう連中に限って変なのが多いのは大学で嫌というほど経験したことだから無理にここでは記載しない。というかしたくない。たぶん、記憶を失ってもその辺は感覚として残っていると思うからなおのこと。

 どこまで、というか何を書こうとしていた?

 そうそう、思い出した。

 俺達、[トラブル対策チーム]の構成メンバーは全員がどこぞで名をバーゲンセールしたような有名かつ優秀なプログラマーばかりで、要は頭デカッチだ。そんな連中の仕事は当然プログラム上に発生したバグをせっせと鼻クソほじりながらでも直すのが書類上での記載名目。

 しかしまぁ、自動修正プログラムが縦横無尽に走りまくっている完全無欠の[trunk]でその修正プログラムの上のをいく、トラブルなど、それこそ鼻クソ程だ。実際の所、多くのトラブルは物理的なものなので、ただ業者の連中に押し付けるってのが本当の仕事だ。メールで場所と症状を伝えるだけ。

 それで頭に超が付くほどの給料が入るんだからなんてイイ仕事。だけどそれだとどうしても人間、むなしくなってくる。時にはプログラマーのクセにどこぞの天才気取りの哲学者もどきにもなっている自分に気付いたりする。その時はとてつもなくヘコむ。自分はもっと理論というレールの上を切り替えて走るまともな文民だと思ってたんだがね。

 他の連中は有り余るこのヒマという贅沢な資源を最大利用して自分のHPを半日単位で更新していたり、一日中どこぞのマニアックチャットで静かに盛り上がっていたり、新しい論文を書いていたりと中々、要領良しといったところだ。

 そんな連中を見習ったわけではないがこうして俺も仕事中に日記を書き始めたりしている。あと何日もつのか今から楽しみだ。

 なんでも、日記はアルツハイマーの予防になったり、脳を活性化させる効力を持つらしい。そうウォーレンの奴が言っていた。・・・言ってはいたがアイツ自身は書いていない。本人いわく「日記を書くよりも、今は妻の中にいる新たな命の灯火の暖かみを感じていたいんだ」とかなんとか、アイツ以外の奴が言ったら鼻で笑ってやるようなセリフを吐いていた。ああいう、クソマジメで、義理堅い男はアホさえやらなければ何をやっても様になるから微妙にうらやましく思えたりする。でもまぁ、あんな損もデカイ生き方は俺には到底無理だろう。

 またどうでもいいような仕事が回ってきた。コイツを片付けたらメシでも喰って仮眠を取ろうか。取り合えず[ルディカラ・ヴァン・ゲルター] 31歳、人生最初の日記はこのへんでしめくくることにする。

 明日も書くのかどうか疑問だな。今現在すでに飽きてきているから。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――

 5月 5日

 記念すべき日記第二号。自分におめでとう。それもあと一週間ぐらいで忘れる記念だろうさ。きっとそうさ。そんなもんさ。

 しかし、アレだ。日記ってのはその日にあったことに感想やら偏見やらを混ぜ混ぜして文字におこすもんだろ?

 正直いって、一日中何もなくて日記を書いている、というこの状況はすでに何かしらの間違いを犯している気がする。

 クソくらえの毎日だ。

 この[tree project]のの創案者の片割れの俺が、この心理状況にならないよう一ヶ月もかかって用意した[移民船製造計画]が作った俺自身にはなんの意味もないとは・・・計画当初に気付くべきだった。

 そうだ。その計画について記しておこうか。他に書くこともないし、自慢話の一つでも書いていなけりゃ精神崩壊でも起こしそうだ。

 [移民船製造計画]。長期間の旅という中での精神面の最大の敵といえば人間関係だといえる。それを良い状況に向かわせるには[困難][目的]が必要・・・らしい。その辺はあの盲目の精神科医が専門担当だから詳しいことは知らんが、とにかくそういうことらしい。

 よって俺とスティックが構想四日、知的障害者かとさえ思える移民計画議会の連中に説明完了まで二十日、計画案採用決議及び決定まで一日をかけて用意した[困難][目的]がこの[移民船製造計画]だ。

 偶然の産物とは言え、これによって[tree project]が五ヶ月早まったといっても過言ではない。なにせ、当初の計画では地球で製造した移民船をまず打ち上げ、それを軌道上で積み込みを行うはずだったものが、旅の最中にこの[turnk]内でその移民船を作り上げるのだから、船の製造分の時間が短縮されることになった。まぁ、その分クルーを相当数入れ返る必要があったりしたが、んなことは俺達にとってはどうでもいい。大事なのはこのプロジェクトがうまくいくことだ。それを見届けるために俺達はいるのだからな。

 

 

 

 

 

 

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      《5月6日〜5月10日までの日記は省略する》

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 5月  11日

 たしか一昨日の日記に書いたと思うが、今日、あのプロジェクトの仕事を開始させた。とはいっても、実際に俺がするのはこの[trunk]内の簡単なシステムプログラムのコントロールシステムを入力し、連中が作った人工知能プログラムのサンプルをより簡略化かつ、ある程度のバージョンアップするだけなんだが。

 今日は手続きだけだったが、明日から[トラブル対策チーム]を一時的に離脱し、本格的に参入する予定だ。

 期間は一週間になっているんだが、ふざけていやがる。俺が参戦するんだ。そんじょそこらの安物プログラマーと同等程度の腕前だと思っているんじゃないのか。[修正期間]で一緒の[プログラムチーム]に居たマルサールの奴がプログラムの担当なんだぞ。俺の腕前を十分に理解しているはずだろうが。まったく何を考えていやがるんだか。

 三日だ。三日で終わらせてやる。

 そういえば手続きの帰りにふらりと立ち寄ったバイオパークでおもしろいものを見た。片目のつぶれた十代なりたてぐらいの子供だ。最初は別に気にも止めなかったんだが、自室に戻ってから思い出した。

 たしか[tree project]の初期からクルーに登録されていたどっかの国の政府直属のガキだ。直属とはいえ、実際には前回の地球連合宇宙開発議会前議長の息子だけだったはずだが。

 死んだ両親の遺言で生活保護を親父の母国の政府に依頼していたらしいんだが・・・これはあくまで巷(ちまた)の噂だが、現議長が無理矢理その政府に圧力をかけてこの[tree project]に参加させたらしい。今時、血の繋がりで役職が決まったりはしないのだからこの行為の意味する所はわからんが、とにかく一時、俺たちの間で話題になったガキであることに違いはない。

 今度見つけたら声でもかけてやろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

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     《5月12〜5月13までの日記は書かれていない》

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 5月  14日

 久々に自室に戻ってきた。といっても二日ぶりぐらいだが。あと、一時間と少しで三日ぶりになるところだった。

 例のプロジェクトは意外といえば意外で、当然といえば当然で、約四十時間程度で終了させた。

 マルサールの奴、存外に良い仕事をしていて俺が手を出したのはほとんどコントロールシステムを入力したに過ぎない。予定されていたバージョンアップはバランス調整の一部のプログラムを修正して終了とした。

 アレはアレだな。設計図は前に見たことがあったが実際に見てみるとかなりおもしろい代物だった。

 覚えている限りで記録を残しておこうか。

 こいつはこの[trunk]内の企業の一つ[ハヤブサ・エンターティメント]が議会の援助を受けながら数年前から計画していた全381個の[義肢]を利用したヒューマノイドタイプロボット開発プロジェクト、通称[Hナンバープロジェクト]だ。企業名にエンターティメントと名をかついでいるクセに何故こんな福祉的な義肢を設計、作成しているのかは知らんが、とにかく自社の製品が人体のほぼ全ての箇所の義肢を完成させたことで、それら全てを組み合わせ、人工知能(といっても自我を持つほど高性能な代物ではなく、命令されたことをするだけの木偶の棒だが)を搭載した頭を乗せてそれなりのロボットを完成させたことに発端を置く。なんでもこのプロジェクトは自社の義肢が高性能かつ安全性に優れているということを世間一般に知らしめるのが目的なんだと。

 んで、できた代物は全身を白銀の装甲で覆った小さなボディに、か細い両手足を垂らし、高性能カメラ(最大ズーム50倍、サーモグラフ、赤外線暗視機能がついた軍用のやつだ。どう考えても猫に小判だと思うんだが・・・)を丸い頭の中心に設置し、それを瞳にした頭が不気味さを漂わせるおもちゃができあがったわけだ。

 そのおもちゃは計三つ作成されており、義肢では完全な模倣は不可能だとされてきた、武術、料理、射撃の三つをそれぞれが学習完了後、デモンストレーションするそうだ。

 俺がしたのは艦内の扉などのコントロールパネルの使い方を入力して、武術をマスターする[H01]の蹴りをするさいに崩れていた重心移動をスムーズに行えるようにしただけだった。

 テストもかねてアレの動きを見せてもらったが極めて実用的な、かつ遊びにも使えそうなものに仕上がっていた。きっとアレは発売したらそれなりに売れることだろう(まぁ売り物ではないが・・・)。

 明日は一日休みだ。久しぶりにあの子に会いに行こうか。スティックの娘というだけあって独特の雰囲気を持っていて会話をしていると昔のスティックを思い出す。俺はまだなつかしさに浸るほど老いてはいないが疲れた時に思い出を掘り返すのはいいものだ。

 

 

 

 そうだった。明日は[S.S.H](エアコンや冷蔵庫などの家電商品の最大手メーカー)の新商品展覧会の最終日だ。以前からうめき声の大きいウチの冷蔵庫とはおさらばしたかったし、やっぱりサリーアに会いに行くのはお預けにしようか。

 たまにはTVをつけっぱなししておくのもいいもんだ。思いがけない情報を手にすることができる。

 

 

 

 

 

 

 

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          《5月15日の日記は省略する》

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 5月  16日

 さすがの俺もキレた。何だ?何なんだ?あの女はいったい何なんだ!?

 頭にクソをつける必要があるほどムカツク女だ。あれほどまでに人の神経を逆撫で(さかなで)するような奴にかつて出会ったことがあっただろうか!?

 いやいやいやいや。待て待て待て。事の次第を順を追って記していこう。

 まず、俺は久しぶりに[トラブル対策チーム]のオフィスに戻って仕事をしていた。メンバーはパクワ、英司(えいじ)、ジェラール、ヘイラー、そしてクソエミーに俺だ。ミーシャの奴はどっかの会社の依頼の仕事で来週まで席を空けているらしい、が、そんなことは今必要な話題じゃない。わきに置いておこう。

 そうだ。そうなんだ。問題はあのエミーだ。エミー・ナカジマだ。まったく東洋人なのかどうかはっきりしやがれ。

 肩を越すくらいの金髪を後ろに束ね、妙にホッソリとしたボディラインを不気味なほどシワのない白衣に隠し、いつも突き刺さるような細い眼を持っている女。はためにはいい女に見えるらしいが、というか実際俺も以前まではそうだった。しかし中身はクソだ。いやいやいや、クソという称号でさえ奴にはもったいない。ノミのクソ、いやダニのクソだ。そうあの女はダニのクソのような女だ。・・・いささか言いづらいな。

 とにかく無駄に広いオフィスで六人がそれぞれ背中を部屋の中心に向けたような円形で、つまり互いに眼を合わさずに仕事(が有る者は)をしていたんだ、俺達は。

 暗黙のルールとしてコーヒーを入れるのは席を立った者に、それがトイレであろうが軽い運動をしようとしていようが、それとも単にケツが痛くなったのかは知ったことじゃない。とにかく、いかなる理由があれ、椅子から腰を上げた瞬間に希望者からコーヒーの依頼が入る。まぁ、こういうのはここだけに限ったことではないのかもしれないが、いつのまにか俺たちの間ではこういうルールが絶対としてあったわけだ。

 それでだ。今日の昼飯過ぎ。俺と同時にエミーも席をたったわけだ、これが。無論、そうなれば昼飯あとのコーヒーがほしくて眼を配らせていた奴らの狙いの的となるのは当然であり、トイレに行こうとしていた俺は覚悟の上でもあった。そこまでいい。そこまではいいんだ。問題はその後だ。

 偶然にも同時に席を立ち、コーヒーの依頼が来た場合、協力して入れるかコインかなんかでどちらか片方犠牲になるってのが当然というものだろう。それがあの女は無視しやがった、給湯室までの廊下の途中で。

 ここから先は出来る限りの純粋な記憶を残す。もしかしたら間違っていたり、余計なイメージが加わるおそれがあるが、だいたいこんな感じだろうと思ってくれ、未来の俺。

 俺が言った。

「おい、無視するのかよ」

 あのメス豚が返す。

「あなたがいれたら?まさかここでコーヒーいれるのは女の仕事だろ、なんて化石時代のセリフを吐いたりしないわよね?私、外来の仕事があるんだけど?」

 まだこの時は冷静だった俺がさらに返す。

「言わんさ。言わんとも。だがな、アンタのその態度もそうだが、平然と人に面倒な仕事を押しつけるその考えがいささか気にさわるんだ、これが」

「あなたが私の言葉を勝手に気にさわらせてるんじゃない。私に責任が?」

 俺は反省の色どころか逆に面倒だ、と言っているようなあの女の眼に、この辺りから多少イラツキながら、ポケットから一枚のコインを取り出した。こういう時専門のコインだ。普段はカードが一番だと思い、実際そうだが、現金なんてほとんど持ったことがなかったが、意外とこういう時にはあの冷たい感触が恋しくなるもんだ、人間ってのは。

 そのコインを見て、人にストレスを与えずにはいられないような小さいが、不快な笑い声をあの女は漏らした。

「まさか、それで?」

 笑いをこらえるようにして言って、俺がうなずくのを見ると、さらに強い笑い声を上げた。

 基本的に俺たちの仕事場は集中力を高めるため、全室、全通路の壁や扉は完全な防音設備が整っているので、こんなアホがいても誰も気づくことはない。

 廊下に出る時に扉は閉めるんじゃなかった。

「まるで大昔の西部劇ね。いいわよ。コーヒーぐらい入れてあげるわよ。あなたはせいぜい夢想にその優秀な頭を使うといいわ」

 なんだその言い方は!?まるで哀れみからコーヒーをいれてやると言っているようなものではないか!というかコーヒーごときにこれだけムカツいている自分にもまたムカツクが、今はそれより何より、あの女がムカツク。

 んで、俺がキレて一人で給湯室に入ろうとするとその胸を押しのけてアイツが入っていく。そして犬でも追い払うように手をヒラヒラと動かしやがった。さらにキレる。

 そしてトドメのセリフだ。

「知ってる?臨床心理学的にいって、男は夢を飛び、女は現実を歩むもの、なんですって。過去にあった男女差別って男が無能だから嫉妬してできたんでしょうね。・・・男と女、どっちが優秀かなんて考えるまでもないのにねぇ?」

 完全に理性が吹っ飛んだ。雄叫びを上げて鈍器で奴の後頭部を殴打してやろうかという案が頭を駆けめぐった。しかし、俺は優秀かつ秀才な天才だ。さすがに理性が吹っ飛んだとしても体がそれを行動に移すことはない。

 俺は無言で廊下を出て、スポーツジムへと足を速めた。そして垂れていたサンドバックに白衣のまま蹴りをひたすらに打ち込んだ。打ち込みまくった。便意が俺のケツをノックするまで打ち込み続けた。

 俺にこんな攻撃的な部分があるとは俺自身驚きだ。

 しかしながらどうしてあんなミスをしたんだ、俺は。確かにあの女は有能かもしれない。しかし、無能以下だ。他人の邪魔になる奴ほど面倒なものはない。

 奴を選んだ、いや、19人の[プログラムチーム]の人材を選んだのは全て俺とスティックだ。何故、あの時にあの女を落とさなかったのか。クソッたれが。おそらくこの[tree project]の最大にして唯一の失敗点であるといえよう。

 全員の能力チェックは俺とスティックが過去の資料と本人への数百に及ぶテストによって行い、人としての精神面はあの自称「声を聞くだけでその者の深層心理を読みとる男」こと盲目精神科医のラーブが全員をチェックした。ということはアイツのミスだ。あの野郎。

 明日、昼休みにでも文句言いに行ってやろう。

 

 そう言えば今日はサリーアからメールが来た。若い頃のスティックのように長い前フリの後に短い本文があり、おまけにその後も長い長い別れの言葉を記してあった。

 要約するとこうだ。

「父の唯一無二の親友であるあなた様に今一度ゆっくりとお話をしていただきたいと思い、メールした次第です。あなた様のように私が、失礼ながら、気軽に口元をほころばせる事ができます人はそうそうにおりませんの。父の事、この方舟を運ぶ方舟の事、そしてあなた様の事を是非とも聞かせていただきたいと切に思います。そしてもしお暇とあらば私の事を少しばかりお聞きなっていただき、よろしければ助言をしていただきたいと願っております」

 ということらしい。

 メールの最後に「まことに勝手ながらあなた様の明後日、18日の予定を空けさせるよう、議会の者に伝えてあります。」と丁寧に書かれていたので、その言葉に甘えさせていただこうかと思う。

 しかしながらさすがだ。あの頭の固い議会の連中といえどもサリーアの言葉は鶴の声のごとく、といった所なのだな。

 あの子の爪あかでもエミーに飲ませてやりたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

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 5月 17日

 

 信じられん。まったくもって信じられん。ラーブが何て言ったと思う?

「彼女は合格だよ。人としての精神面は最高に良くできていると僕が保証しよう。君が思っているようなミスはさすがにしないさ。そんなことよりいつも冷静沈着の君がそれほどまでに取り乱すとは。・・・過去に何かしらのトラウマでも?君のような生まれながらの天才に良くあるんだが、人から否定、否認を受けると必要以上に腹を立てるっていう・・・」

 もうこの後は記したくない。

 しかしながらあの男はどうして何かしらの物事が起こると過去のトラウマが原因ではないかという予想と直結してしまうのか。

 ああ、そうか。わかった。わかったぞ。俺のミスだ。そしてそれはさらに前にあったんだ。

 ラーブを[tree project]担当責任精神科医にするべきではなかったのだ。つまりはあの男を選んだ時点で俺達は不安因子を乗せたまま祖星を離れたわけだ。

 ああぁ、そうなんだ。そうなんだろうよ。

 だが、よくよく考えてみるとこの状況を止める術があった。あの時、[プログラムチーム]から[トラブル対策チーム]へと変換するさいにエミーを落とせばよかったんだ。クソったれ。今更それに気だついてどうしろってんだ。

 クソったれ。

 いくら俺が[tree project]の創案者の片割れとはいえ、すでにこの[trunk]の指導権は議会に移っちまっているから今更独断で人員変更するわけにもいかない。

 クソったれ。

 今日の朝だ。エミーと一瞬眼を交差させた瞬間。

「フン」

 とまるで勝ち誇ったかのように鼻を鳴らしやがった。あからさまに挑発だ。

 どうにかしてあの高い鼻をくじいてはやれんだろうか。気が散って、大した仕事でもないのにロクにできやしなかった。クソったれ。こんなざまをエミーに見られようものならさらに馬鹿にされそうだから平静を保っていたフリをしたが、中身はヘルファイアーのごとく、だ。

 ああぁ、生まれてこの方天才という名の超高速道路をスティックと共に駆け抜けて来たはずなのにこんな所で引っかかるとは。

 ええぇい。日記を書いているだけで腹が立つ。今日はここまでだ。

 しかしながら最近の日記はただの愚痴になっているような気がするな。

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は夜になりつつある。1時間ほど前にここまでだと書いてしまったが、何する事もないので続きを書こう。アイツの事以外で。

 明日はサリーアの所へ行く日だ。彼女へのプレゼントは何がいいだろうか。あのスティックの娘にヌイグルミというわけにもいかんし、まさか花束なんて俺の性格からいって冗談にもならん。

 どれ、これから街へ行って何か探してくるとしよう。ウォーレンに連絡して少しの間つき合ってもらおうか。あのマジメな男がシャレた店なんて知っているとは思えないが、不思議とアイツといると大丈夫だろう、どうにかなるさ、と思えるようになれる。楽観的になれるというわけではないが、変な安心感が生まれる。それは確かだ。

 そうだ。アイツの妻にも何かあるか聞いてみるとしよう。

 向こうに行った時についでに重心移動のプログラムを持っていってあげよう。以前、[Hナンバープロジェクト]に使った物を原型にして明日までに彼女用にプログラムを変更しなくてはならないが、まぁ俺なら大丈夫だろう。それに英司が「退屈に殺される〜・・・」と、今朝からうなっていたから奴を使えば確実だ。

 だが、結局は最終チェックは俺一人だから、今日は徹夜になるかもしれんな。問題は彼女への物理的なプレゼントがいつ見つかるかという所だ。それさえどうにかなれば、どうにでもなる。

 

 

 

 

 

 

 

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 5月 18日

 

 疲れた。あと30分で今日の日記が明日のものへと変化するところだった。昨日のプログラム処理でいささか睡眠不足になってしまったが、彼女がとても喜んでくれたのでそんなもんはあっという間に飛んでいった。

 プログラムと一緒に俺がウォーレンと選んだプレゼントもまた彼女は心からの笑顔で受け取ってくれた。

 あ、ちなみにそれはアンティークショップで見つけた古い銀のチェーンブレスレッドをウォーレンの奴が値切りに値切って半額で手に入れたものだ。アイツにアンティークショップを見て回るような趣味があるとは正直驚いた。

 なんでも彼の妻への最初のプレゼントもその店で見つけた、数百年前の、デジタルデータに変換すらされなかった一冊の本なんだそうだ。

 お、19日になった。

 サリーアに少し気になる所があった。スティックの話やらなんやらかんやらはまぁ普通に楽しいひと時だった。えらくいい葉っぱを使っていたタージンティーがそれに一役買っていたのは間違いないだろう。

 しかしだ。話の後半だ。あの子が学校というものについて妙に熱心に話してきた。あのシステムは大昔のあやまちだとか、子供達がかわいそうだとか、いろいろと文句を言っていた。彼女とて人の子だ。文句の一つぐらい言うだろうが何故、彼女に直接関係ない学校というものについてああも批判的なのだろう。

 語弊がないように記しておくが、彼女の言う意見はどこぞのインスタントで薄っぺらな物ではなく、確かで間違いであるとは誰も思わないぐらいしっかりとしたものだった。

 あと、男女の関係についていろいろと詩的で、抽象的な言葉で語られた。一番、俺が反応したのは次のセリフだ。

『男と女というのはそう簡単には相容れないものなのでしょう。性という種族の差にも等しい隔てりはどちらかの、または互いの気を不快にさせるものなのでしょう。でも、それを何の欲もなしに、隔てりを越えた時、やっと二人は分かり合える。それは見せかけや己の欲による虚像とはまったく違う、本当の、そう『愛』というものを得る事ができるものだと私は信じています。・・・私はその本当の『愛』を手に入れたら、二度と手放したくないと思うのですけれど、これは欲張りな事なのでしょうか?ルディカラ様はどう思います?』

 俺は苦笑するしかなかった。

 彼女の言葉はとてつもなく回りくどくなっていたが・・・間違いない。誰かが俺とエミーの事をサリーアに話してやがる。

 つまりは、

『喧嘩した相手とはそれを乗り越えれば、より深い関係になれますよ』

 というのを、彼女なりに気を使ってわざわざ遠回しに言ったのだろう。

 サリーア、甘くみないでくれ。これでも俺は君の父親と肩を並べていた男なんだ。それぐらいは読める。

 おそらくサリーアは俺とあの女との衝突を避けるのを目的に今日、自らの家によんだのだろう。

 誰だ?誰が言った?というか俺は誰にも言っていない。ということはエミーの知り合いか?もしくはあの女自身が・・・?

 なんにせよ、これ以上あの子をこんなどうでもいい問題に巻き込ませるのは得策ではない。大事な友人の子の、この艦のVIP中のVIPの手をわずらわせるような真似だけはすまい。

 仕方ない、明日からは無理してでもエミーを意識しないようにするとしよう。

 なんだか、誰かの策にうまい具合にのせられたような気がするが、しょうがない。

 そういや、プログラムの変換を手伝ってもらった時、英司の奴に笑われた。「ただ友人の娘に会いにいくだけなのに、まるで愛するフィアンセの家に向かうみたいだ」とさ。確かに、日記を読み返してみるとその通りだと思える。

 気を使い過ぎたような気がするが、これは別にしょうがないことだろう?なにせ、親友の娘に、この[trunk]内で最高の権力者である彼女なのだから当然だろうが。え?英司よ。

 

 

 

 

 

 

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     《5月19日〜5月24日までの日記は省略する》

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 5月 25日

 ここ二、三日の日記を読み返してみると、エミーの反応に著しい変化があったことが今になってわかった。あの日、19日からだ。その日自体は、前の日記にも書いたが、今まで通り高慢(こうまん)な態度で対応されたが、徐々にそれが薄れていっている気がする。

 というかたぶん、俺が意識しなくなっただけなのかもしれない。これは良いことだ。実にすばらしい。もはや先日の彼女の言葉など頭の片隅で腐り始めている。

 いいさ、いいさ。変に復讐して尾をひたすらに引き続けるよりはずっといいさ。

 もうそんな事はどうでもいい。次の話題、というかこれが今日の本題だ。

 昨日あった[Hナンバーシリーズプロジェクト]の最終テストチェックのさい、向こうに忘れたディスクを散歩がてら取りに行った時だ。余談だがHナンバーシリーズが明日から本格的な学習期間に入るらしい。どの程度連中がうまくやってみせるのか少しばかり楽しみだ。

 で、また例のごとくバイオパークに入った時だ。

 居たんだ、あの時のように左目がつぶれた小僧に・・・サリーアが。

 小僧の方は確実に視認できたが、サリーアの方はうまい具合に枝葉が邪魔でちゃんと確認できなかった。しかし、その後の二人が肩をそろえて噴水の方へ向かっていく後ろ姿は捕らえた。あの白い背中は見間違えるはずがないだろう。

 傍目(はため)から見れば貴族の少女と下級市民との幼いロミオとジュリエットといった感じだが、果たしてどうだろう?

 スティックの娘の事だからあるいは・・・と思うが、それにしてもあの小僧とは。どちらも有名人な上に双方共にVIPだ。

 何にせよ、あまりサリーアが街中を闊歩(かっぽ)するのは万が一の不安をつのらせる。今度会った時にでも注意しておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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            《5月26日の日記は省略する》

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 5月 27日

 今日二日ぶりにサリーアに会った。彼女は右手に俺がわたしたブレスレットをしていた。

 例の小僧、なんでも「リョウ」とか言う名前らしいが、そのガキとの事について聞いてみた。

 返答は少しばかり簡潔ではなかったので、そのまま記すのは容量の無駄になるので要点だけをまとめると下のようになる。

 リョウは生まれつきの虚弱体質であり、おまけに幼い頃にあった事故で左眼と左手の指を二本を失い、そして右膝の間接部を人工物で補っているらしい。それが原因でクラスメイトからイジメを受け、そして孤立したリョウを彼女はどうにかしたいと思いあの時のバイオパークに立っていた、という話らしい。

 どういう経緯でこの二人が出会ったのかは定かではないが、何も直接会って話すこともなかろうに。どちらか片方だけでも身に何かトラブルが起こったらそれこそ一大事だというんだ・・・。それがわからないほどあの子も低能ではないだろう。

 しかしながらこうして考えるとあの時、俺に学校の話を持ちかけたのはこの小僧のせいなのかもしれないな。

 あぁ、俺はダメだ。何を言っているんだ。まるでこれではサリーアの親を勝手にやっているようではないか。友人の子だから?心配だから?それが当然だから?それが親の言い分だというんだ。子供の見上げる視点から言えばそれはウンチクでしかなく、余計なお世話でしかないはずだ。

 親はいなくても子は育つ。ダメな親ならなおの事。

 ヤメだヤメ。あの子の人生だ。あの子の好きに歩ませるさ。

 ってまた親みたいな口調だな。スティックに何て言われることか。

 

 親と言えば、最近、俺は夢を見なくなった。[trunk]が打ち上げられた時はしばらくの間くだらん悪夢にうなされていたが、最近はその傾向が消えている。

 良い事だ。

 できることなら、二度と見たくない。

 見る必要はないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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      《5月28日〜6月2までの日記は省略する》

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 6月 3日

  今日は[Hナンバープロジェクト]の学習様子をのぞいてきた。そしたら驚いたね。アレは。

 以前見た物よりもかなり不気味になっていやがった。全体的には以前のままなんだが、手首と足首がまるで生体パーツを使ったんじゃないかとさえ思えるものが付いていた。

 あれは疑似汗腺(かんせん)機能付の特殊シリコンパーツ。一見するだけでは本物の生の手首と足首なんだがそれは人体に限りなく近い表面をしており、疑似的に汗をかいてグリップを良くする機能までついていて高級義手なんかにたまに使われるものだ。実際サリーアにもその最高級品が使用されている。

 彼女はいいさ。別にかまわん。しかし、だ。その生身みたいな両手足を下げたあの不気味な機体はいささかどうかと思う。あれは子供は見るのすら嫌がるだろう。

 向こうの会社に行ったとたんに、レストラン・クラジックまで車に乗せられ、おそろしく豪華で俺には縁のないVIPルームとやらに通された。

 メニューを選んで食事がはじまった。マルサールと二人で遅めの昼食を取ったわけなんだが・・・。

 驚いたね。あぁ驚いたさ。

 出てきたのはちょいとばかしセンスの良いフレンチ系の料理が、デザートを含め7つほど。それぞれが味はもちろん、見た目にも相当な力が入ってるのが素人の俺ですらわかった。

 だいたい食事を初めて五分ぐらいだろうか。マルサールの奴の顔が妙にニヤつき始めたのを見て、なんとなく予想がついた。

 そして、終了後「ウチの自慢のコックを紹介するよ」とほざいたマルサールがつれてきたのは案の定[H02]だった。予想はついていたが、食材選びから全てあの一機で行ったと聞いた時にはさすがに口が開いた。俺が予想していたのは調理は行える、という所までだ。

 これでは本当に一人前のコックじゃないか。

 場所を、長ったらしく小難しい名前のついた武道館に移して、[H01]だ。

 アイツは柔軟な動きを必要とする(とマルサールが言っていた)カンフーをどっかの映画みたいに演舞し、途中から二メートルぐらいの強化スチールの棒をどこぞのサーカスのように振り回して見せた。

 動きを見る限り、アレに使われている俺のプログラムはあの機体にだいぶ馴染んできたようだ。あいつに搭載されている独特の学習機能に適切に順応するか少々不安であったのだが、そんな杞憂(きゆう)は無駄だったようだ。

 [H03]もまたレーザーハンドガンを見事に的に当てていた。ロボットの射撃というのはずいぶん昔からあったが、我々人間が使う銃を完全に使いこなせるロボットというのはこの[H03]が史上初だという。つまり、固定された、または専用の銃ではなく、人間用の普通の銃を、手だけで完全に使いこせるのは初めてだということらしい。

 

 

 

 

 最近何かと外出する事が多くなったなぁとオフィスで思っていたら、とある事を思い出した。よくよく考えてみると別に一日中オフィスにいる必要はまったくなかったのだ。

 一応念のため、仕事の契約書を掘り出して再度読み直してみると[一日最低9時間の出勤]という事になっており、今までは一日の睡眠時間以外のほとんどをオフィスで過ごしていたアレは完全にアホだったってことだ。

 なるほど、これで全ての謎が解けた。どおりでジェラールの奴がたまにいなくなるわけだ。「減給もんだろ、アイツ」とか英司と言っていた俺らは完全に間抜けのお馬鹿さん。

 大昔から天才と馬鹿は紙一重というが、まさにこれはその証明例といえよう。

 ある何かしらに集中、または特化していた場合、特定はされていないにしろ他の何かしらの事項においては統計学的にいって劣等が著しく見られるというやつだ。

 今回の場合、条件として[修正期間][プログラムチーム]の間は激がつくほどハードワークだった事を前フリとして考慮するにしても、目前目標にしか視線を向けなかったのは完全に我々のアホさをアピールするに足りる状況下である。

 ジェラールのように周到ではなかった我々はどうしようにも救いがたい。

 明日からは外出を楽しもう。無論、ジェラールのように誰にも言わずに。

 そうだな。[移民船製造計画]が着実に進行しているなら全10機あるうちの第1,2,3号船がもうしばらくで完成予定日だから、ちょいとばかし様子を見にいってみるとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

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      《6月4日〜6月13日までの日記は省略する》

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 6月 14日

 このさいだ。ここまで来たのだからしょうがない。日記にも書いてしまおう。コイツが人目に触れずにいてくれることを俺は願わずにはいられない。

 三日前くらいからか。俺は昼間、ちょくちょくバイオパーク付近を歩き回る趣味・・・というか、なんというか・・・とにかく、そんな事をしている。

 理由はサリーアだ。

 彼女は間違いない。リョウとの恋愛関係の中にある。あんまりそっちの方面に知識が明るくない俺にでもそれはわかるほど、聞いていて恥ずかしくなるようなセリフをサリーアは放っていた。

 以前、冗談半分にあの二人を「ロミオとジュリエット」と記したことがあったがまさか、本当にそうだったとは。せめてもの救いは互いの親が敵対関係にないということぐらだな(というか[trunk]にはどちらの親もいないが)。

 今し方昔の日記を読み返してみると一つわかった事がある。5月18日の日記だ。あの日はサリーアの元へ行って彼女からエミーとの事を言われたのだと当時は考えていたが、どうもこれは純粋に彼女自身の事を俺に言っていたと思われる。当時は彼女が恋愛などするという観念がまず存在しなかったし、また俺自身、当時エミーとの状況に振り回されていたためこんなミスをしていたようだ。彼女から誘いのメールが来たのはエミーとの出来事が起こったその日なのだ。いくらなんでも昼過ぎに事が起こり、それがサリーアに知れ、そして議会の承認を得、さらにそれからやっと俺へメールを送るのだからどう考えても物理的に無理がある。

 俺も所詮この程度か。観察力が低すぎる。

 

 まぁ、とにくかくだ。様子をしばらく探った所(実は[トラブル対策チーム]の仕事だと偽って街の監視カメラデータをこっそり拝見させてもらった)、あの二人のデート場所は常にバイオパークであるという所まで調べた。ってこの時点ですでに変態野郎の領域に自分は足を踏み入れてるんじゃないかとさえ思うんだが、今更そんなことを言ってもどうしようもないので話を続ける。

 バイオパークは草木、花が多いため、姿を隠しながらデートをするには確かに良い場所だ。以前どこかで聞いたんだが、夜中になると何組ものカップルがその場所を訪れ、仲良くヤってるんだとか。

 いやいやいや、そんな話をしているんじゃないんだ。

 以前にも記したが、あの二人はVIPであることは変えられない事実であり、それを承知の上ならまだしも、リョウの方にはそれを理解していないフシがある。

 これもまた俺の所持する権限を濫用(らんよう)した結果なんだが、アイツの個人データ、学校の担任がまとめた個人レポート、とにかくリョウという人物の項目全てを調べた上げた。

 確かにアイツはサリーアの言う通り身体的に障害を持ち、多少のイジメを受けている可能性がある(どうにも担任のレポートがアヤフヤだった。まぁ学校なんてものは所詮この程度だろう)。また、それが原因だとは簡単にはいえないが多少のうつ病の傾向もあったようだ。

 現在は艦内総合病院付属リハビリテーション棟の一室を借りて暮らしている。また、そこでの生活で彼の生活の面倒を見ている特定の人物はおらず、人間関係は薄い。担当者名はあったんだが、どうも直接面識はないらしく、下の者が日々交代で食事などの用意をしているようだ。

 

 ここまで調べてなるほど、と素直に納得した。おそらくこの艦内で恵まれない人物のトップ10には入るような子供だ。スティックもそうだったが、面倒見の良いあの子の性格からいって擁護(ようご)してやりたくなるはずだろう。

 だが、優しさが恋とは限らない。感情の高まりを恋だと勘違いすることは、後の不幸へと道が続いてしまう可能性がある。特にあの子には。

 その点において運が良いのか悪いのか、リョウは前期の出航クルーだ。つまり、サリーアの恋もあと二ヶ月の寿命というわけで・・・深みにはまらずに終わりがやってくる。

 しかし、アレだな。あの子には幸せになってほしい。純粋にそう思うよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 6月 15日

 今日、やっと注文していた[S.S.H]の最新モデル冷蔵庫が届いた。色はブラックで容量は以前のものと比べると1.7倍の貯蔵が可能で、設定によって場所ごとに温度を分けることができるという実に高性能な相棒だ。

 うん、すばらしい。実にすばらしい。ロクに使わないキッチンに黒光りするあのボディが冴える。

 中身を入れ替えるさい、賞味期限の切れたブルーチーズが出てきたがこれは大丈夫だろうか。消費期限と違って賞味期限が切れただけならまだ食べれるだろうし、もともと腐っているチーズなんだし大丈夫だと思うんだが・・・って日記にまじめに書くようなことでもないな。

 よし。今から持ってこよう。

 んで、皿に乗せて、安いワインもグラスに入れてみたが・・・・・。

 あぁ〜・・・その・・・なんだ。俺の記憶と鼻がおかしいのかもしれないが・・・。

 ブルーチーズってこんな臭いだったか・・・?

 なんというかコレは・・・産業廃棄物処理場に長年放置され、腐敗した塩化ビニール人形の足首のような・・・。

 

 ん?今、揺れたか?

 日記はここまでだ。何故だかわからんが非常事態アラームが鳴っている。

 ちょっとまて、冗談じゃないぞ。第7警戒警報じゃないか!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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     《6月16日〜6月19日までの日記は書かれていない》

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 6月 20日

 シャレにならん。冗談にもならん。ジョークにすらならん。

 忙しい。眼精疲労で視界が白っぽくなり、指先が痙攣(けいれん)する。

 日記をこれ以上書くことは無理に思える。三日ぶりの仮眠時間だ。

 クソ。クソ。クソ。

 

 詳しい状況は事件が一段落してから記す。

 

 

 

 

 頭が痛い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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     《6月21日〜6月25日までの日記は書かれていない》

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 6月 26日

 今までの10日間、[トラブル対策チーム]がフルで活動し、それでも足りなくて、[プログラムチーム]時代の仲間まで有事制令を使用してかき集めてもまだ足りない。

 死ぬほど忙しい。

 眼が重いのに、気が高ぶって眠れやしない。しかし寝なくてはならない。ヘタをすれば・・・いややめよう。

 

 

 今のうちに今回の事故を簡単に記しておく。

 事はこの艦のわずか数百キロ先で起こった。そこには一つの小さな星、直径500キロほどしかない鉄鋼でできた岩といった方が正しいものがあった。それが突如、爆発したのだ。

 まだ詳しいことは報告されていないが内部にあった特殊な爆発系の性質を持った鉱物が何かしらの科学反応を起こし、爆発。それによって発散した数十の破片がこの艦を直撃したのだ。

 わずか数十キロという距離のためシールドも間に合わず、不幸なことに直撃直後にシールドが発生、艦に激突し反発作用で跳ね返った破片が今度はシールドの内部に激突し、砕け、今度は数百の細かな破片となって再度この艦を襲ったのだ。

 ここまではまだ俺たちの仕事はほとんど発生しない。問題はそれからだ。

 [P.A.N](パーフェクト・エリア・ネットワーク)が完全にアダになりやがった。この艦内全てのコンピューター、それこそ艦のメインコンピューターからトイレのウォシュレットまで、全てが一つのネットワークに統合、常時接続しなくてはならない義務ともいえるこのシステムが、ここまでやっかいな問題を引き起こすとは計画当初予想すらしなかった。

 破片が鉄鋼だったためか、そいつが持っていた特殊な電磁波が[trunk]の装甲に走り、近くにあった半導体をシェイクしやがった。オマケにそこから発生した誤った情報が艦内に流れ、至る所でプログラムエラーが発生しやがった。無論、そうなれば全てのエラー情報が俺たちの所に送られ・・・もはやオフィスのコンピューターはパンク状態になり、エラーに対処仕切れなくなり、どうしてもしばらく放置せざるを得ないものが出てきて、その間にエラーが他のコンピューターにバグを生ませ、それにともなって街中で混乱が起こり、焦った住民がヘタにコンピューターをイジルからまたエラーが起こりバグが走り・・・・。

 最悪の悪循環。

 

 今現在、メインコンピューターの所までは浸食されていないが、いつ喰われてもおかしくない状況だ。サリーアもこの10日間、ブリッジに一人でこもり、艦内のエラー対処に回っているが、彼女にはメインコンピューターへのガードへ回ってもらおうか。それがいい。それでいい。

 マジで笑えない状況だ。

 

 とにかく寝よう。これ以上俺の脳細胞にダメージを与えたくはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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     《6月27日〜7月1日までの日記は書かれていない》

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 7月 2日

 [P.A.N]はスティックが発案、制作指揮をとった。実際の制作には俺たちの母校に在学中の生徒の協力を得て作成したわけなんだが、どこかでミスがあったのだろうか。

 だから言ったんだ。母校だろうなんだろうと大学が過去の経歴を使って単に名を売りたいだけだろうが。俺たちを超えた生徒なんて一人もいやしない。全員「受験勉強を一生懸命がんばった優等生です」といったような顔をした、鼻が中途半端に高い馬鹿ばかりじゃないか。本当の天才ってのは優等生なんていう枠に収まる存在じゃない。

 

 

 しかしながら、おかしい。おかしな話だ。だってそうだろ?二重や三重どころじゃない、数十にわたるガードプログラムが用意されていたってのにこれだけの損害を被ることになるとは。オマケにそれがハッカーによるアタックではなく、事故による物理的なダメージによって発生したエラーが引き起こしたものだってのが、なお怪しさを増す。

 問題はなぜガードプログラムが発動しなかったのかといことだ。確かにアレはハッカーのアタックに対応した代物ばかりだが、今回のような事故にも十分に対応しきれるはずだ。

 現在わかっているだけで14のプログラムしか発動せず、残りの数十は居眠りをしていたわけじゃないだろうが、まったくの停止状態だった。

 

 

 これはまだ非公式の意見かつ、極秘情報だから日記に書くのにもいさ

さか抵抗があるが・・・知ったことか。

 

 ヘイラーがこっそりと俺に言ったんだが・・・どうにもそれらが意図的に行われた可能性があるという。まだ調査段階らしく明言は避けていたが、なんでも更新日時が事故直後の日付時刻になっていたらしい。

 情報を整理し、かつ、簡単な予想を立ててみよう。

 第一段階、誰かがある何かしらの目的を持って、ガードプログラムを停止させる。それによってこの艦にはそれぞれのコンピューターが独自に持つオモチャみたいなガードプログラムしかなくなり、多少、力のある者なら誰でもがある程度のもにはアタックが可能になる。

 第二段階、上記の誰かがそのある何かしらの目的を達成したかどうかは定かではないが、何にせよ、停止した状態の最中に例の事故が発生する。そしてエラーが起こる。

 第三段階、ここでその誰かが慌ててガードプログラムを再起動する、が、すでにそのほとんどがエラーが発生しているハードディスク上に突如として返されたためその機能をまともに発動できなかった。無論、その時に更新日時が書き換えられる。ちょっとしたハッカーならそれすらも書き直すが、さすがにこの緊急事態のせいか、それとも単に腕がなかったのかそのままでしばらくの間放置。

 第四段階、ヘイラーがその更新日時の事に気づく。

 まぁ、こんな所だろう。

 しかし、アレだ。ガードプログラムの操作なんて本当に限られた者にしかできないはずだ。一般の連中がハッキングしようと思えばできないこともないがそのためにはメインコンピューターである7台のスーパーコンピューターを相手に勝利しなくてはならない。

 ということは関係者内に上記の誰かが居るのか、それとも関係者が誰かに漏らしたか・・・。

 今度はアクセス可能な連中をピックアップしてみよう。

 まずは[プログラムチーム]だった連中は業務上全員が可能だ。特に[トラブル修正チーム]の連中はここのメインコンピューターにしばしばアクセスしているので履歴から怪しまれることもない。

 後は議会の連中が一応の権限としてアクセスコードを持っているが、連中のかわいそうな頭ではあんな馬鹿なことはやらんだろうし、でき・・・。

 ありえる話だ。

 俺たちのようなプログラマーはガードプログラムを停止させることへの危険性を嫌ってほど知っているが、議会のカスどもは理解していないのではないだろうか。

 よくよく考えれば、馬鹿が馬鹿な事やるのは当然の事じゃないか。それに何もアイツら自身がやらなくとも誰かを雇ってやらせればいいんだし・・・。

 いや、犯人探しはやめだ。

 いらん事に頭と時を使いたくない。それに別にその犯人によって今回の事件が発生したわけでもないんだ。ただ不幸な偶然が続いただけなんだ。

 責任の追及は落ち着いたぐらいに保安局の連中が適切な対処をしてくれるだろう。

 俺たちは眼の前に山と積まれた仕事を処理するだけだ。そうだ。それでいい。

 

 

 

 もう寝よう。

 

 

 

 

 

 

 

 

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     《7月3日〜7月11日までの日記は書かれていない》

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 7月 12日

 気合いと根性のラストスパートのおかげか、やっと仕事に一段落がついた。途中、二回ぐらい発狂しそうになってわけのわからない雄叫びを口から発してしまったが今となってはそれも良い思い出だ。

 ・・・たぶん。

 まぁ、パクワのように胃にどでかい穴が空き、吐血して入院してしまうよりは間違いなく良いはずだ。

 今、サリーアから仕事の依頼が入った。まぁ仕事というよりは私事に近いが。

 なんでもこの一ヶ月の間のハードワークのせいで機能の一部に不具合が生じているらしい。

 簡単でいいので、と記してあったが実際俺が一人で行えるのは簡単なものでしかない。それ以上は今後専門のチームを結成して行わなければならないだろう。

 よし、ついでだ。議会にチーム結成の依頼書を出しておこう。もし彼女の身に何かあったらそれこそ事件だからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 7月 13日

 今日は朝からサリーアの所へ行ってきた。さすがにプレゼントやら何やらを用意しているヒマはなかったが、俺の顔を見るや否や、喜々として笑顔を向けてくれた。

 なんというか、自分でこう記すのもアレなんだが・・・まるで来てくれたことが本当に嬉しくてたまらないという感じで・・・。いや、これ以上書くとなんかただの妄想野郎になってしまいそうなのでこの辺にしておこう。

 きっと一ヶ月の間、誰とも会わずエラー処理に奔走(ほうんそう)していた事で寂しさがたまっていただけだろう。俺でもさすがに一ヶ月もの間、広くもない薄暗い部屋の中で仕事していたら人恋しくなる、というか絶対に発狂するだろう。普通。

 メンテナンスは彼女の部屋で行った。本当は機材そろったブリッジで行いたかったがあそこに入るためには俺といえども三日前に関係書類を提出し、承諾を得なくてはならないから、さすがに今回はあきらめ、彼女の部屋からの直通回線を利用して行うことにした。

 彼女の部屋はベットルーム、応接間、街を見下ろすテラス、簡単な作りのキッチン、そして洗面所の五部屋から成り、その全てが昔の洋館のような豪華で厳か(おごそか)な作りになっている。

 五部屋に隣接した彼女の仕事部屋だけは近代的な作りで、半日ほどそこで俺は紅茶を飲みながら過ごした。

 んで、結果報告。

 四つのエラーが見つかり、取りあえず修復はしておいたが、やはり、大がかりなエラーチェックはした方が良さそうだ。どうにも反応速度、処理速度に違和感を感じる部分が数カ所あるんだが、俺の持っていった機材ではさすがに原因究明には至らなかった。

 帰り際に彼女が俺の腕に巻き付いてきて面白い事を言ったので忘れない内に記しておく。

「ルディカラ様、一つお訊きしたいの。あなた様はどうして今回の事故でこんなにもがんばりになられたの?」

 そう言って彼女は俺の頬(ほほ)に手を伸ばす。

 自分もそれにつられて頬を触ってみると驚いた。骨格がくっきりと浮き出ているじゃないか。

 ずいぶんとまたやつれていたもんだ。・・・というか何で今まで気が付かなかったのか、そっちの方が疑問で、そして気づかなかった自分をいささかヤバイなぁと思いながらも、けなげに俺は平静を装って答えた。

「・・・仕事だから、だと思うがね。君もまたそうじゃないのか」

 彼女は首を小さくふる。

「いいえ。私は、私達がそれを行わなければ大切なものをなくしてしまうようで、不安で処理を行ったに過ぎませんわ。人は誰か大切なものが有るからがんばれるんじゃありません?」

「君の大切なものって?」

「あら?あなた様ははもうおわかりになられているのに、いやですわ。私にそれ以上のことを言わせないでちょうだいな」

 そして彼女は俺の胸板に自分の体の重心を預ける。

 彼女は続ける。

「・・・私に、ルディカラ様の大切なもの。教えて頂けます?」

「そうだな。なんだろうな。特にこれってもんはないんだがな・・・」

 彼女は俺を見上げてそっと微笑む。

「・・・あなた様は今、恋を・・・いえ、今まで誰かを愛したことはございませんの?」

 俺は彼女の頭をそっとなでる。

「今も昔もないね。強いて言うなら愛すべき友人はいくらかいるが・・・」

「私がこう言うのは少し生意気かと取られますかもしれませんが、許してくださいましね。・・・ルディカラ様、愛すべき友人がいることはすばらしいことですわ。でも、本当に誰か一人を愛することは、なおのことすばらしいことだと私、思いますの。・・・・あなた様は誰かを愛し、恋をすべきですわ。それはきっとあなた様の人生にうるおいを与えてくれるはずなのですから」

 この後、適当に挨拶をしてオフィスまで帰ってきたわけなんだが、その帰り道の最中にふと思った。彼女の最後の言葉はひょっとして『自分とリョウの事を心配するのは迷惑だ。あなたも恋をすれば今の自分の気持ちがわかるはず』ということをかなり遠回しに言っていたんじゃないのか。

 何か言葉の裏側を読みとらなければ彼女とやっていけないような関係になってしまった。というか、スティックの奴も確か学生時代は物事をかなり遠回しに言うクセがあったから・・・さすがは親子だ。変な所が似てきたな。

 まぁ、とにかく、これから彼女と接する時はリョウとの事に触れないように注意しなくてはなるまい。これ以上関わるのは無神経さを限りなくアピールするに等しいから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 7月 14日

 少しばかり気持ち悪い。飲み過ぎたかもしれない・・・でも、がんばろう。

 一段落ついたとはいえ、やはり忙しい。オマケに一日空けていたせいで仕事が余計にたまっていたから嬉しくて涙が出る。

 この仕事を一ヶ月前の俺にも手伝わせることができたらどれだけ幸せだろうか。

 今日ついに[移民船製造計画]の記念すべき第1,2,3号船の完成を迎えることが出来た。それに伴って式典が街で行われたが、俺たちは仕事という名の鎖にがっちりと首をつなげられているので式典に行くことはもちろん、TVで拝む事もできなかった。創案者の一人だぞ、俺。普通式典にゲストとして呼ぶのが筋ってもんだろうが。

 第4,5,6号船と第7.8.9.10号船の式典には呼ばれなくてもコッチから行ってやる。確か来月23日が完成予定日だったはず。それまでに、どうにかして、オフィスの仕事を片づけなくてはなるまい

 朝食、昼食、はブドウ糖溶液を多量にぶっかけた俺特別製栄養食をできるだけ舌の上に乗らないように胃に落としていたが、晩飯は久しぶりに外で食べた。

 メンバーは俺とジェラール、英司、そして何故かエミーだ。

 ジェラールのお勧めの店で、メニューにはヤツが好みそうな上等の酒が並んでいた。

 料理もちょいとばかし洒落た感じのものが多く、味も確か。酒を飲まない時でもふとすると訪れたくなる店だった。

 大量の仕事と言う名の敵と、一ヶ月以上も共同戦線を張ったせいか、いつも以上に俺たちは(アルコールのせいもあるんだろうが)会話がはずんだ。自分で意外だったのがエミーともそうであったことだ。最初彼女は無口にシャンパンを口にしていたが・・・酔いが回るにつれてちょっとづつ多弁になっていた。

 やはりアレだ。人間は多種と違って言葉という素晴らしいコミュニケーション能力が備わっている。それを使わないのはまったくもって不可解だ。以前のあの日記を削除してしまおうかとも思うが・・・面倒なので今度にしよう。

 

 

 

 

 

 やばい、吐き気がする。

 といr;ぉp

 

 

 

 

 

 

 

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 7月 15日

 なんだか、昨日の日記がわけのわからん終わり方をしている。直そうかとも思うが、日記を後日に書き直すというのはやっぱりどうかと思うのでやめておこう。

 昨日盛大に吐きまくったせいか今日の英司とは違い二日酔いにはかからずに済んだ。どうしてアイツは弱いクセにああもがぶ飲みするのだろうか。

 

 今日の午後、15時くらいか。めでたいことにパクワが退院してオフィスに顔を出していった。彼女は以前よりいくらかやつれていたように見えたが、本人が言うには俺たちの方がやつれていると言っていた。毎日顔を合わせているからさすがに当人同士、気がついていなかったのかもしれない。そういや以前、サリーアにも言われたな。

 彼女は数分だけ自分の机に座っていたが、すぐに気分を崩してオフィスを後にした。そりゃそうだろう。俺だってあの溜まりに溜まった仕事の量を見たらもう一度入院したくなるぞ。

 前から何となく思っていたが、ウチの仕事場は弱者にあまりに厳しいような気がする。普通やってやるよな、入院している同僚の仕事とかって。

 ああ、そうだ。これが終わったらサリーアにメールしなければいけないんだった。

 今日、数日前に議会に提出したサリーアの本格的なメンテナンス依頼の書類がそのまま、オマケのプリントを一つ付けて送り返されてきた。なんでも、あの事故のせいで艦内が非常に忙しいのでチームを作れるだけの人材的余裕がないとのことだ。確かにそうだろうと思うが、彼女に万が一でも何かあったらあの事故どころの状況では済まされないということを議会の連中は理解しているんだろうか。所詮、有能でも何でもない、金と運で成り上がってきただけの豚共にはそこら辺は理解できないというものか。目先の事で手一杯になり先を見ない、そんな奴らがこの艦を運営しているというのはいささか不安だな。

 

 まぁそのためのサリーアであり、俺達なのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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     《7月16日〜7月25日までの日記は省略する》

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 7月 26日

 最近、やっと俺たちの仕事の量が減って(パクワ以外)きて幸せな日々を送っていたのだが久々のトラブルだ。というか事件だ。

 なんと驚くべきことにこの半径10キロの艦の中で失踪者(しっそうしゃ)が現れた。それも子供だ。今までも時折、盗難や暴行事件はあったものの失踪者とは。

 街一つ程度の大きさしかないこの艦で人がいなくなるというのはずいぶんとまた滑稽(こっけい)なものだとは思わないか。その気になればローラー作戦で嫌でも見つかるぞ。

 ある意味、真空という名の厚い防壁に囲まれた牢獄のようなこの場所で放浪(ほうろう)に出るわけにもいかんし・・・やはりこれはジェラールが言っていた通り魔殺人の線が濃厚かもしれない。つまりはアレだ。何かしらの状況で誰かがその子供を殺し、どこかに死体を隠したってことだ。

 まぁ、事件の解決は時間の問題だろう。

 俺ならまず、死体を細切れにした後、オーブンで全てのパーツ及び遺留品をこんがりと焼いた後、豚のエサにでもするか、さっさと宇宙空間に放り出しちまうかするね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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     《7月27日〜7月28日までの日記は省略する》

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 7月 29日

 今日、久しぶりにあの店にエミーと英司、そしてウォーレンのヤツを妻付きで連れて行った。ジェラールのヤツも誘おうと思ったんだが、パクワが居ない事を良い事に自分の仕事を偽装して彼女のコンピューターに送っていたのがバレてハードなSMプレイを楽しんでいるようなので置いてきた。己の罪を呪うがいい。

 今回は以前、酔いが回ってちゃんと味わえなかった[パルセ・・・なんとかパイ包み]とやらを頂いてきた。

 アレはもう二度と頼む事はないだろう。

 酔いのせいか、あの時はかなりうまかったという記憶があったのでエミーに勧めてしまったのは後悔だ。

 しかしながら、アレだ。ウォーレンのヤツは幸せの絶頂だな。俺たちがいるにも関わらず新妻と見ているだけでため息が出るような語らいをしていた。

 一応、ウォーレンの妻が身重(みおも)という事もあって個室にはいったんだが・・・俺たちだけでもカウンターに座るべきだった。

 ついでに記す。

 例の事件について進展があった。なんでも学校帰りの被害者に話しかけているヒゲ男がいたそうだ。その後そいつと共に子供の方も消えてしまって、ハイ失踪というわけだ。

 今現在、身代金の要求はきていないようなので、おそらく俺の予想では、犯人はロリータコンプレックスで性的暴行を目的にした誘拐だろう。しかしながら消えた子供は少年で、話しかけたのもヒゲを生やした男だという。

 この艦にゲイはいたか?同性愛者は何かとトラブルが多いので絶対的に報告の義務があるので全て出航前にラーブが精神チェックして皆、異性愛者だったはずだ。

 いや、だが待てよ。ロリータコンプレックスというのには同性愛もクソも関係ないのか?ガキであれば何でも興奮するというものなのだろうか・・・?

 ・・・その辺りは明日にでも英司と議論しなくてはなるまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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     《7月30日〜8月2日までの日記は省略する》

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 8月 3日

 さぁて、とんでもないことになってきた。

 この[trunk]を運営する上であらゆる物事において絶対的な決定権を持つ議会の連中、計23人が昨日、毎月2日の定例会議を行った。んで、その会議場に現れたのがなんと19人。残りの4人は驚くべきことに失踪していやがった。

 こいつはとんでもないことだ。この大して広くもないこの艦内で5人もの行方不明者が現れたのだから。

 今日の俺の仕事はこの[trunk]内に設置された監視カメラの死角を探し出せという議会からのご命令で、がんばっていた。今現在もそれは続いている。

 しかしながら議会の連中もなんて正直者がそろっているんだか。街のガキが一人消えたぐらいじゃ何もしなかったクセに、議会の豚が四匹消えたとたんにこれだ。

 もし事件なら次は自分かもしれないってことだろ?人間は自分が一番かわいいのはわかるんだがこうも如実(にょじつ)に出るのはいささか反吐がでる。なにせ、失踪者の行方を追う捜査員より、事件の有無、またはそれに対応する構成員の方がはるかに多いというのだから。

 

 今日の日記はここまでだ。後日この事件についてまとめて記すことにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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       《8月4日〜8月8日までの日記は省略する》

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 8月 9日

 状況は徐々に悪い方に落ちて行っている気がする。

 なんてこった。リョウのヤツが二週間以上も前に失踪していやがった。彼の担当者が自分の監督不届きを公にされたくなかったから今まで隠蔽(いんぺい)していたのが昨日、一昨日の全クルー身元確認調査のさいに発覚した。

 俺の権限で保安局のコンピューターにアクセスして調べた所、彼は24日の午前、遊びに行くといって鞄を背負ってリハビリテーション棟を後にしたらしいんだが・・・行方不明に、というわけらしい。

 彼を含め全7236人のクルーのうち失踪者はなんと25人にも及んだ。そのうち子供が16人。どうなってやがるんだ、親は!?自分の子供がいなくなっているのに気づかずにこの数日を過ごしていたのか!?いくら学校が臨時閉鎖になったからって子供を家で一人にさせていたのか!?

 多くが緊急事態ということもあって会社に泊まり込みで仕事していたらしいが、自分の子供だぞ!?正気か!?

 先ほど、議会が保安局員の臨時増加の決定を下した。決定が遅すぎる。せめて議会の連中がいなくなった時に増やして調査しておけばよかったんだ。クソったれ。

 

 これは一部のTV局のみで報じられていたのだが、一番最初に公になった事件、失踪した子供に話しかけていた男の話なんだが、実はこの男は失踪したナナハシ議員だったと目撃者が証言したらしい。

 失踪した者が失踪者を創った、というわけだ。

 

 もうやめよう。俺が考えた所で勝手な想像は出来るが、何することもできやしないのだから。俺は俺のできることをしようじゃないか。

 

 サリーアが心配だ。おそらく彼女もリョウの情報を得ているはずだが、未だに何のリアクションも起こっていない。それとも俺の所にはきていないだけか。

 ああ、何を言っているんだ。彼女に何かあったら俺の所にメールでもするのか?彼女は俺の何だ?友人の娘というだけだぞ。それ以上に世話を焼くのは彼女にとって迷惑でしかないというのは以前自らに叱咤(しった)したじゃないか。

 ええい落ち着け。取りあえず彼女にコンタクトを取ろう。人間でいう所の精神的ストレスは彼女にとっても体に毒だ。例の不具合もそのままだから何かトラブルが起こっているかもしれない。

 これならいい。そうだ、これならいいんだ。何せ俺はこの艦で唯一彼女を許可なしでメンテナンスできる者なのだから。

 しかしながら、今月なんだぞ。第1,2,3,号船の出航日は。[tree project]の大切な節目だというのに、こんな事件が・・・。

 待てよ。確かリョウも前期出航クルーだったな。ということはこのままではリョウを置いて出航してしまうのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 8月 10日

 ヤバイ。極めてヤバイ。

 昨日のウチにサリーアにメールを送っていたのだが、その返事が来た。長い文章だったが・・・その全てが文字化けしていやがった。この艦内にあるコンピューターのエンコードは全て共通のはずだ。それが文字化けを起こす・・・いや、待てよ。文字化けではなく始めからそういう文書として

作成され、そして送られているとしたら・・・。冗談じゃないぞ。

 彼女の身に何かあったのかもしれない。

 心配だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 8月 11日

 ふざけるな!緊急事態だぞ!?ブリッジにこもっているから許可を取れ?何を考えているんだ議会は!?

 正式に許可を取るとあと三日はかかるぞ。クソったれが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 8月 12日

 間違いない。この艦に何かが起こっている。

 今はまだ昼だが今朝から激流のように市民からメールが来ている。そのほとんどが「システムに不具合が発生しているからどうにかしてくれ」というものだ。以前俺たちが死にもの狂いで処理したエラー数に迫る勢いだ。

 どうにかならないのか。これではまたパクワが入院するぞ。今度はジェラールを引き連れて。

 莫大な量のメールの中に容量の大きいメールがあった。最初はいぶかしげに思っていたがよく見るとサリーアからのメールだった。

 ビデオメールだったわけだが・・・ここに貼り付けることもやってできない事もないが、一応メールが特秘業務連絡重要度Aランクの名目が付けられていたためコピーはもちろん、俺の個人用ノートPCに移す事もできない。

 オフィスの俺のデスクコンピューターに45ケタの個人コードを打ち込まないと中身を見ることはもちろん、送り主が誰かさえわからない仕組みだ。

 しかし、今回に限ってどうして彼女は私事メールに仕事用の特秘事項を使ったのだろう。俺だから良いものの、公にされたら権限の濫用だと言われてしまうのに。

 まぁいい。内容を簡単に記す。

 場所は薄暗いブリッジだ。彼女はその部屋の中央に取り付けられた無骨な椅子に腰掛け、じっとカメラの方を真っ直ぐに見つめていた。

「ご機嫌うるわしゅう、ルディカラ様。お久しぶりでございます。最近艦内が何かと騒がしくなっておられますが、またお体に無理をなさってはいませんか?」

 まるで俺の答えを待つようにモニターの中の彼女はしばらく停止したように動かなかった。

「先日、あなた様からのメール、私の事を気遣っていただいた内容、大変心に染みわたりました。まことにありがとうございます。私はおかげさまで今の所健全でおります。きっと先日、あなた様がメンテナンスしてくださったからでしょう」

 そして彼女はニッコリと笑ったまま止まる。

「あなた様が心配してくださっていたリョウの事ですが、私は心配しておりません。彼はきっと大丈夫ですわ。きっと艦内のにぎわいで、彼の所在がつかめていないけですわよ。ええ、きっとそうですわ。私はそう信じております。ですからルディカラ様もまた、信じていただけると私としてもうれしく思います」

 彼女は眼を細めて少し止まる。

「では、ルディカラ様。忙しい身であるあなた様が、私のような者のビデオメールでこれ以上のお暇を取らせるわけにはいきません。勝手ながらこの辺りで一度切らせていただきます。・・・ゆっくりとまた、お話できる日のことを今から首を長くして待ち望んでおります」

 彼女は今にも消えてしまいそうな笑みをモニターに残した。

「・・・ごきげんよう、ルディカラ様」

 そしてモニターはホワイトアウトした。

 取りあえず彼女は健全であることはわかった。わかったのはいいんだが・・・リョウの事だ。

 一ヶ月前まではあんなに熱心だったというのに・・・女といものはそういうものなのか?

 待てよ、心理学的にいってありえないことではない、のか?確か「人間はあまりに大きすぎる心理的ダメージを受けるとそれに対する防御を何かしらの手法を持って対応する」とかなんとかラーブのヤツが過去に言っていたような気がする。失神したり、失禁したり、泣いたり、後日その部分の記憶が無くなっていたり、自我精神自体に著しい退行が見られ何もわからない子供になったり、過食症、拒食症、などなど・・・よくわからんが結局、精神に傷ができるってことだろう。

 今回のアレもそうのようなものなのか。

 

 

 

 

 もしくは・・・

 

 リョウの行き先をすでに把握している、のか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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     《8月13日〜8月16日までの日記は書かれていない》

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 8月 17日

 久々の日記だ。このノートPCの通信部を無理矢理引き抜いた時はHDDがダメージを受けるんじゃないかとヒヤヒヤしたもんだが、とりあえず正常で何よりだ。

 この数日の事をまとめて記す。

 俺がそれに気づいたのは13日の昼過ぎぐらいか。ロクでもない栄養食を終え、いつものようにモニターに向かっているとある事に気がついた。

 莫大な量の問い合わせメールの中にファイル付のメールが多くなっていたのだ。それまでは故障箇所の画像なんかを添付してきた物が多かったが今回は.EXEファイルがメインだ。

 オフィスに届くメールは全て高性能なウィルスバスターを通してから届くので俺は安心していたのかもしれない。というか安心しなくてもどうしようもなかったのだから、しょうがないといえばそうなんだが。

 んで、俺は開いたわけだ。反応自体はなんてことはなかったのだが、プログラムソースを見た瞬間にこいつがウィルスだという事に気づいた。即座に仲間に知らせたが・・・時すでに遅し。というか遅すぎた。後で調べた所、数日前にすでに感染していたのだから。

 それから徹夜で動いた。

 議会の連中に緊急事態宣言するようにジェラールが走り、事の次第を説明すると同時に俺達の知り合い関係の会社連中に電話で連絡。無論、この艦内でもっとも重要な意味を持つ、[移民船製造計画]関係を最優先だ。

 そして、俺たちの独断で製造工場、全ての回線を物理的に切り離しを命令した。製造工場とネットワークの回線だけでなく、それぞれのセクションごとの回線もだ。

 これによって、いくつかの部分はすでに浸食されてしまっていたが、大部分は生き残ったとミーシャからの報告を受けている。製造工場内のコンピューターはそれ自体が製造工場同士だけを繋ぐ独自のネットワーク回線を持っており、普段はそれをメインで使っているので浸食が少なくて済んだ、ということらしい。

 製造工場同士の膨大な量のデータのやりとりをストレスなく行うために用意された回線がこんな時に役に立つとは。

 ちなみに少しばかり入り込んだウィルスはどこから侵入されたか、という事だが、メインで使用されていなくとも、補助的な、いわゆる勤労者の個人的な目的で(出前の注文やメールのやりとりなど)使用するので結局は、回線が残っているわけだ。そこの個人用メールサーバーからウィルス付のメールを工場のPCに落としたお馬鹿さんがいたらしいんだ、これが。・・・あ、俺もか。

 ここから先はあった事だけを簡潔に記す。というかこの時何を考えていたかよく憶えていないのでこれが精一杯だ。

 

 14日、12:00。艦内に緊急事態宣言。

 これによって全ての会社や店、学校などは完全に無期限活動停止、全ての施設、機材、人員は政府の管轄下(かんかつか)に置かれることとなった。

 14:30、[プログラムチーム]再結成が議会の承認を受ける。以前の時より8人の新メンバーを加て、新生となった。今までの[トラブル対策チーム]のオフィスを第1として、第2、第3、第4[プログラムチーム]オフィスを再設置。

 15:00、すでに感染している可能性のあるオフィスのコンピューターを二台残して他全て初期化開始。同時に、新メンバーのために新品のコンピューターを設置。

 残したコンピューターを利用してウィルスのプログラムを解析開始。

 同時刻、俺と英司はサリーアのいるタワーのふもとに到着。彼女内に侵入したであろうウィルスに対応するためなんだが、驚いた事にタワーに入るための全ての扉が完全に閉鎖していやがった。電子ロックがかかった状態で電源が切られており、完全にお手上げ状態であることが発覚。

 15:50、しょうがなく撤収してきた英司と俺はオフィスの[プログラムチーム]と合流。英司はウィルス班に、俺はネットと電話の両方からサリーアへコンタクトを試みる。そして全て無駄に終わる。

 15日、3:30。ウィルスの一部機能を解明。それはこの[trunk]内に用意されている数十のウィルバスター全てに対しての対応法が組み込まれていること。浸食したコンピューターの全てのプロテクトをある程度の確立で解除すること。メールなどのツールを不正利用して己のコピーをネットワーク上に拡散。ただ、繁殖能力自体はそれほど高くはないとのこと。

 そして、浸食したコンピューターの情報をとある一定のポイントへ送信すること。

 その場所は・・・サリーアのところだ。いやいやいや、そうだと結論してしまうと語弊が出る。この艦のメインコンピューターに、だ。

 10:20、現状を議会に提出。一応形式的に指示を仰ぐが、実際には誰も低能な指示は求めておらず、独自の判断の元、ウィルスの解析を急ぐ。

 14:00、ぺークシスプラグマよりエネルギー供給停止。艦内に暗幕がおろされたかのようになる。無論、艦内コンピューターのほぼ全てが停止。

 14:20、街がパニックに襲われる。人間というのは本来闇をおそれるものなのだから、まぁ予測はついた事だが。

 この時、五十人前後が負傷したらしい。

 14:30、全保安局員が街の鎮圧に乗り出す。

 14:50、エアーコントロール施設(発生した二酸化炭素を酸素へ分解したり、気温調整や、湿度などを操作する)の非常用発電機を起動。わずかに街へも電力が送られ、非常灯が点灯。薄暗い状態へと変わる。

 15:40、エネルギー供給再会。[プログラムチーム]活動再開。

 15:43、オフィスのコンピューター内のデータの多くが、ご臨終(ごりんじゅう)であることが発覚。今までの仕事が全て無駄。ヘイラー発狂。パクワ吐血。ジェラール寝る。

 16:00、艦内全てに向けての映像が強制的に配信される。内容を以下に記す。

 以前の時のようにサリーアが薄暗いブリッジの椅子に座っていた。彼女は無表情に言う。

「みなさま方、ご機嫌いかがお過ごしでしょうか。先ほどよりエネルギー供給を再開いたしましたが、すでにみなさまにご迷惑をかけてしまったことを深くお詫び申し上げます」

 サリーアは首を少しかたむけ、かすかに微笑む。

「これより[tree project]の要(かなめ)である、この多目的移民船[trunk]はまことに勝手ながら本来の予定コースを外れさせていただきます。皆様は慌てずに落ち着いて行動なさるようお願いいたします」

 彼女は首を、そして表情も無表情に戻す。

「なお、あなた方の行動に関しては制限と命令は一切いたしません。ただ、私達の邪魔をするようなマネ、またはそれをする素振りが感じられた場合に限り、武力行使もやむをえません。私達としてもつらい判断ですが・・・ご了承のほどをいただきたいと思います」

 彼女はニッコリと笑った。

「それでは、皆様方、ご機嫌よう。再び笑顔で会える事を心より待ち望んでおります」

 16:20、ネットワークに接続中の全てのコンピューターに驚異的な速度でハッキングが開始される。俺たちの[プログラムチーム]も全力を持って対処したが守れたのは第1,第2オフィスにあるコンピューターだけだった。

 16:50、ハッキングされたコンピューターが完全に制御不能となる。というより内部に[SS]という謎の大容量プログラムファイルがロックのかかった状態で入り込み、元々あったデータのほとんどを削除していた。

 

 18:10、それぞれの部門の責任者数名づつと議会の連中を集めた臨時作戦会議のための収集がかかる。

 19:00、徹夜明けの俺とヘイラーを引き連れて会議に出席。

 19:02、ヘイラー、寝る。

 21:30、今後の方針を決定。会議中の説明を含め、以下に記す。

 メインコンピューターが完全に我々ではない誰かの手中にあり、エアーコントロール施設までも先のハッキングで奴らの手に落ちた。よって事実上この[trunk]は制圧されたといっても適切であるといえる。

 おそらく奴らはタワーの中であり、タワーはすでに完全に閉鎖している状態である。これは即ち、奴らがその気になればエアーコントロール施設を停止させ我々を皆殺しにすることも可能である。なお、タワーには独自のエアーコントロール設備があるため悠々と生き残るということは想像する必要すらない。

 このまま何もせずに手をこまねいている、または奴らの言うことにいいなりになることは我々の敗北を意味する。それだけは新人類の親たる我々は絶対的に容認を許さない。

 よって、これより保安局員をメインとした特殊奪還部隊を結成を決定。

 今後は会議室を暫定作戦本部とする事を決定。

 上記の内容全てを完全に極秘事項とする。ネットワーク上に載せる、本部以外で内容を口にしない、部外者に伝えない、などを決定。

 他には第1、2、3、号移民船の出航はメインコンピューターの補助が必要なため今回は見送り、マニュアルで出航が可能なのようにソフトの変更を急ぎ、出航日時は後日に延期する。今後も継続して第4、5、6、7、8、9、10号移民船の製造を急ぐ。ということが決定された。

 会議中は基本的に全て[奴ら][]、などと呼ばれていたが実際の所、俺たちがこれから戦おうとしている相手が複数なのか単体なのか、そして誰なのか、といった事はまったくわかっていない。ただ、一つだけいえることはサリーアが『こちら側』ではなく、『向こう側』に立っているということだ。乗っ取られたのか、ウィルスにより錯乱して今回の事を実行したのか、それともリョウの事での精神的なダメージによるものなのか、それすらわからない。最悪、彼女を停止する事も考慮しなくては。

 16日。

 1:00、オフィスで半分死にかかっている連中から久しぶりに仮眠の時間を与えられた。4:00までの三時間だけだが。シャワーを浴びてベットに倒れ込んだ所で気が付いた。すでにこの艦の7割のコンピューターはハッキングされこちら側からは一切手出しができない状況ではあるが、シャワーが使えたことに。

 この時、俺はやっと気がついた。サリーアをコントロールすることができれば[P.A.N]で管理されているこの[trunk]など完全に操作が、そうそれこそウォシュレットから扉の開閉、ロックまで何だってできる。つまり、向こうがその気になれば艦内の扉という扉全てを閉鎖して俺たちを分断することだって可能だし、緊急用パージ(切り離し)だって同様だ。向こうがその気になれば俺たちなんて数十秒で宇宙空間に放り出される。

 まぁしかし、それがわかった所で事態が好転するわけでもなく、むしろ焦った(あせった)馬鹿が騒ぎ出したりもしかねない。

 だから無視して寝た。

 12:00、我々の苦辛を乗り越えついに、ウィルスの免疫システム確立。しかし、すでに多くのコンピューターはハッキングされてしまい操作不能であるため今更ウィルスが駆除できたとしてもほとんど意味がないことが発覚。俺を含め[プログラムチーム]の約7割、発狂。三人倒れる。

 12:12、[プログラムチーム]メンバー全員逃走。全オフィスから人影がなくなる。

 12:30、俺も自室に戻り、本日二度目の睡眠に入る。

 15:02、オフィスに誰もいない事に気づいた議会の連中が[プログラムチーム]の強制収集を保安局に指示。

 15:23、二人の保安局員が俺の部屋にノックもなしに入り込み、そのまま強制連行。

 16:40、第1オフィスに、病院送りになった数人をのぞき全メンバー再集結。

 17:00、臨時作戦本部に俺を含めた数人が出席。そこで特殊奪還部隊に[プログラムチーム]からサリーアの救出と電子ロック解除を目的に数人の要員がいるということを聞かされる。

 17:50、全[プログラムチーム]メンバーでしばしの議論の結果、英司とヘイラー、そしてミーシャの三人が代表として特殊奪還部隊に自らの意志で参加決定。本当ならば俺も加わるはずだったのだが、俺にはそれ以外にやることがあると議会の連中から止められてしまった。サリーアに関してはスティックの亡き今、俺が一番詳しいというのに。

 18:30、参加する三人のメンバーに対し俺による講義を開始。サリーアに関する事がメインだったが、他にもロックされた扉の開け方のなどもついでにやった。

 他のメンバーはそれらに対するハードとソフトの準備に奔走(ほんそう)。つまり、携帯用高性能コンピューターや、ハッキングソフトなどだ。

 23:00、講義終了。三人には十分な休養と栄養をとってもらうため自室へ返すが、他のメンバーはオフィスに残りハッキングソフトの作成に意識を向け続ける。俺も、大学時代に遊びで創ったわりにかなり強力なハッキングソフトだった『レッド アンド ブルー ブックス』のバージョンアップに励む。

 17日。

 2:31、いつの間にか逃亡していたジェラールを保安局員が捕獲。オフィスへ強制送還。メンバーより愛の袋叩きに合う。

 4:00、『レッド アンド ブルー ブックス Ver.19,4』完成。

 8:00、議会より正式な仕事の依頼が送られてくる。内容は第7、8、9、10号移民船の航海軌道用プログラムの修正にあたってくれ、との事。メンバーには俺とエミーの指名があった。

 9:15、第4製造工場に到着。専属のプログラムメンバーと合流。仕事開始。

 22:10、帰宅。驚くべき事に向こうの仕事場にはちゃんとした睡眠時間が用意されていた。他の連中に「もう・・・いいのか?」と思わず訊いてしまった。

 明日は8:00までに行けば良いとのこと。

 22:40、ノートPCの通信部を力ずくで無理矢理、撤去。念のため、あのウィルス免疫システムを走らせる。

 23:48、いや、23:49、日記を書いて、今現在に至る。

 

 

 

 疲れた。

 今日は寝る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 8月 18日

 今日も一日製造工場の方に身をよせていた。あそこはいい。実にいい。健全な生活が送れる。

 8:00から21:00までの仕事しかないんだぞ。おまけにマトモなメシが喰えるし、コーヒーだって一言いえば入れてくれる。

 ありがたい。素晴らしい。ベリーグット。

 例え、仕事がほとんど知識のない航海軌道のプログラムであったとしても、だ。

 しかし、ながらエミーは意外な所に知識と才能があった。俺には何の事かさっぱりの星図の見方など実に博識であった。

 ちなみに記すと俺達の仕事は与えられた膨大な量のデータを元にそれらを組み立てていくだけなんだが、エミーはそれだけをさせとくのはもったいないと判断されたのか何やらわけのわからんプログラムの作成に入っていた。

 

 

 ん・・・・?

 

 

 ん?

 

 

 いや・・・

 

 

 まてよ・・・・。

 

 

 あぁ、そうだ。そうだった。思い出した、今思い出したぞ。エミーがそちらの方に詳しくて当然だ。なにせ、彼女はこの[trunk]の航海軌道のプログラムチーフじゃないか。だからこそ[トラブル修正チーム]に居たんじゃないか。

 ・・・ということは、俺はとんでもないミスをしたか。

 一応、恥を覚悟で記す。

「・・・君は意外な所に才能があるんだな」

 俺が彼女の作業を横目にして言うと彼女はモニターに視線を向けたまま返した。

「あら、意外?」

「意外といえば、まぁ意外かな」

 彼女は呆れたように小さく笑った。

「そう。一つ言っていいかしら?・・・あなたはもう少し回りの人間を敬う気持ちを持つべきだわ」

 俺は苦笑した。

「そうだな、今度からそうするよ」

「ええ、その方がいいわ」

 このやりとりはてっきり「人を見かけで判断するな」とエミーが言っているのかと思ったが、これはつまりその・・・なんというか、アレだ。

 失礼だった。うん、失礼だったな完全に。そしてとんでもなく。

 いくら何でも航海軌道のプログラムチーフだった人間に向かって上記のやりとりは酷すぎる。俺で例えるなら、同僚に「お前って[tree project]について詳しいんだな」と言われたようなもんだ。「俺は創案者の一人だぞ!んな事も貴様は知らずに今まで席を並べていたのか!?」と激昂(げっこう)するかもしれん。

 悪いことに、たぶんではあるが、彼女をチーフに選んだのは俺だ。メンバー選びは俺とスティック、ラーブや他数人で選んだが、チーフに任命したのは八割方俺の意見なのだから。

 参ったな。明日にでも謝ってておかなくては。

 

 帰宅する前に、オフィスに行き、『レッド アンド ブルー ブックス』の使い方と利点、弱点など英司に教えてきた。まぁ説明などしなくても英司達ならある程度独自に使いこなせたとは思うが。

 ジェラールがいなかったのでどうしたのかと訊くと、何でも昼間に再び逃亡してそれっきりだとか。今度は保安局の連中にも見つけられず、うまい事逃げ回っているようだ。

 まぁ、逃亡したくなるのもわからんでもないが、帰ってきた時の袋叩きがいささか怖い。一応、使い物にならんまではヤるなよ、と他のメンバーには言ってきたが・・・メンバー登録を抹消しておいた方がいいかもしれない。・・・墓石もいるか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 8月 19日

 どうして俺とエミーが移民船製造工場に送られたのかやっとわかった。

 議会も一枚岩ではない、ということか。

 で、何故俺が呼ばれたか、簡単だ。進行速度を上げるためだ。おそらく議会で採決されたように誇りを重視する見方の者が多数なのだろうが、一部の議員はさっさと逃げ出したかった、というわけだ。

 おそらく今回の特殊奪還部隊の任務が不達成に終わった場合、敵は何をしでかすか予測がつかない。反乱したのは部隊であって俺たちではない、と神様のような判断で見逃すか、それとも第二、第三の反乱のおそれがあるためさっさと皆殺しにするか。まぁ、たいていは後者を選ぶだろう。その事を想定して全員がこの[trunk]から逃げ出せるように足を用意しているのだ。実際の製造の方も内装やらを無視して、飛行に必要な部分から最優先で創られている。許容人数も大幅に増やしているらしい。

 しかしながら、エミーは当然として、俺を選んだのはかわいそうな話だ。一応、この艦内では形式的には全プログラマーの中でトップの実力がある、ということになっているから、それを知った、または知っていた議員が適当に選んでくれたのだろうが・・・いくら優秀だからって得手不得手があるということを連中は知らんのか。

 あぁ、考えるだけの頭がないのか。そうか。そうなのか。

 

 

 追伸。

 昨日のエミーの一件だが、取りあえず謝ってみた。

「まぁ、あなたに人並みの常識を期待するのはどうかしていたのかもしれないわね」

 と言われてしまった。無論、ぐうの音も出ずに沈黙していると彼女は笑って続けた。

「まぁ、今度食事でもおごってもらう事で許す事にしましょう。ええ、それでいいわよ」

 俺もそれには賛成だ。賛成したい。

 また、この[trunk]で今までのように気軽に食事に行けるのなら。

 いくらだって賛成してやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 8月 20日

 予定より三日早く第4、5、6号移民船が完成した。さすがに事態が事態なので式典やらなんやらはなかったが、製造員みんなで酒盛りをやっていたので俺とエミーもさりげなく参加させてもらった。わざわざ、第4製造工場から第3製造工場まで車を走らせて。

 んで、だいたい想像がついていたんだが・・・その後は仕事にならんかった。一応それなりにがんばってみたんだが明日にでも全て手直ししなくては。

 毎回、帰る前にオフィスをのぞくが、日を増すごとに寝ている奴が多くなっている。皆仕事がなくなっていっているんだろう。

 特殊部隊の出発は十日後の、前期出航日(第1、2、3号移民船の出航する日)だ。一応、簡単な式典を行い、そのどさくさで部隊をタワーへ侵入させるというとてもシンプルな作戦だが、今はこれしかないだろう。

 すでに何人かの保安局員が特務を受けて、街中の監視カメラをさりげなく壊している。コンピューターが乗っ取られた以上、監視カメラは完全に奴らの眼と耳になっているのだから。

 追伸。

 ジェラールが捕獲された。彼は・・・・いや、やめておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 8月 21日

 今日の仕事最中に考えていたんだが、敵はどうやってサリーアを乗っ取ったのだろうか。サリーアのプロテクト解除用コード、約9000字は、ある法則によって三時間おきに変更がなされている。そこらに転がっているハッカー気取りが一週間やそこら徹夜でやったって解除は不可能なはずだ。例え何かしらの理由から解除用コードがわかったとしても三時間以内に約9000字を打ち込むのは至難の業だし、何よりタイミングが悪ければ打ち込み始めたとたんにまったく違うコードを要求されるかもしれない。また、過去のいくつかの解除コードを知り得たとしてもそれからどのような法則性があるのかを見つけるのは、博士号をもらった数学学者でもそう簡単には出てはこないはずだ。

 となればやはり彼女自身の意志によるものなのか。いや、語弊だ。彼女の意志ではなく、ウィルスで混乱した、またはリョウの事で発狂した彼女の狂った意志が、だな。

 しかし、そうだとしたらまたもや納得のいかない箇所が出る。彼女はたしか、ビデオメールで、

「なお、あなた方の行動に関しては制限と命令は一切いたしません。ただ、私達の邪魔をするようなマネ、またはそれをする素振りが感じられた場合に限り、武力行使もやむをえません。私達としてもつらい判断ですが・・・ご了承のほどをいただきたいと思います」

 と、言っていた。そう、『私達』と。彼女は単数を複数名称で呼ぶようなミスは絶対にしない。そこも単に壊れているのか。だが、あれだけ達者に喋れて言語障害があるとも思えないが・・・。

 取りあえず結論づけようじゃないか。

 少なくとも『向こう側』には彼女以外にも誰かがいる。それが首謀者かどうかはわからないが『向こう側』には今のサリーアと志(こころざし)を同じにする者が。

 結局、それだけしかわからんか。無力だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 8月 22日

 今日、十五人ほど死んだ。

 あぁ、順番を整理しよう。

 事は今日の明朝4:00ぐらいに起こったらしい。[ハヤブサ・エンターティメント]の作成した[Hナンバーズ]の3機が暴走した。いや、暴走じゃない、操作されたんだろう。[Hナンバーズ]は基本的に電源を立ち上げたとたんにネットワークに接続するようにできているから、その瞬間を狙って『向こう側』はハッキングしたのだろう。

 死んだ十五名全員が[ハヤブサ・エンターティメント][Hナンバーズ]の研究者だ。

 八名が撲殺。

 七名がレーザーガンによって的確に頭をつらぬかれていた。[H01][H03]の仕業だ。あそこの研究所にはテスト用のハンドガン数種類が十数丁あり、その全てがなくなっていたそうだ。

 これで『向こう側』は手足を、自らタワーを出ずとも『こちら側』にアクションを起こせるようになったわけだ。オマケにその三つの手足のうち二つが殺しには最高の存在ときていやがる。

 街には保安局員が通常より多く配備されている。だが、果たしてアイツらが突如として攻撃してきた場合、何人がまともに対応しきれるだろうか。

 俺のようにすでに一度でも見ていれば、ある程度はどうにかなるかもしれんが、あの不気味な外見で迫ってきたら、まぁ驚きが一番に現れ、次の瞬間には[Hナンバーズ]の餌食(えじき)だ。

 一応、保安局に注意事項としてメールを送っておこう。無駄だろうが。

 

 今日はオフィスにはいかなかった。きっとマルサールが沈んでいると思ったから。

 

 

 

 

 

 

 

 昨日の続きで仕事の間に考えたのだが、サリーア自身が一切狂っていないと仮定したらどうだろう。サリーア自身が己の信念によって起こした事態だとしたら。考えられない事ではない。スティックが自分の最後の人生の全てを捧げて生み出した史上最高の学習機能搭載型人工知能を装備したサリーアだ。自我(もしくはそれに類似したもの)は持っているのだからそういう判断だって可能なはずだ。

 仮定の話ならまだある。あまり考えたくないことだが、初めからこの状況が用意されていたものだとしたらどうだろう。つまりスティックが自分の意志でこうなる事をプログラミングしていたら。これだってありえない話じゃない。彼が発案、制作指揮をとった[P.A.N]。これは彼が議会に相当に無理を言って配備した代物で、彼がはじめから今のサリーアの事態を予定していたフシがある。暴走したサリーアがこの[trunk]内で自由に行動するためにはこの[P.A.N]が絶対に必要不可欠なのだから。逆にいえば[P.A.N]さえなければ今回のような大事件には至らなかったはずだ。例えメインコンピューターを乗っ取られたとしても、それぞれの部門が独立したコンピューターを新たに設備し直せば、多少は不具合が出るだろうが大した問題にはならない。

 可能性を裏付けるもう一つの状況がある。それはサリーアの人格形成はスティックがたった一人で行ったというところだ。俺も彼女の作成にはいくつか関わったがメインの部分はスティックが己の命を削るようにして生み出した。膨大なデータ、膨大なプログラム。その中に発生する、[ジャンクプログラム](力のないプログラマーや複雑なプログラムなどに発生する、簡潔ではないプログラムの事。つまり命令を出すのに回り道をしていたり、ほとんど必要ないプログラムだったりするもの)の中に、それとなく何かしらのプログラムを紛れさせて今回の事件を用意していた、という事だって考えられる。

 ・・・しかし友がこんな事をしたとは思えないし、思いたくもない。俺は科学者としては失格だな。予想よりも自分の願いを優先的に信じるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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     《8月23日〜8月28日までの日記は省略する》

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 8月 29日

 いよいよ明日は、前期出航日であり、特殊奪還部隊が侵攻する日だ。

 今日はエミーも一日中仕事が手につかなかったようで、ずっと天井を見ていた。

 俺も彼女に習ったわけではないが同じように天井を眺めていたり、TVを見たりしていたんだが、丁度昼ぐらいだったか。少々センスの良いスーツが招待状と一緒に送られてきた。ご丁寧に仕事場に、だ。

 なんでも明日の式典には特別ゲストとして出席、そして短めでいいのでマイクの前でスピーチしてほしい、とのこと。

 もっとまともな時にコイツが欲しかったな。

 明日のスピーチなんて何を言えばいい?「今特殊奪還部隊の十数名ががんばっています、皆さんで無事を祈りましょう」か?「仲間が命をかけて戦ってるっていうのに皆さんはよくもまぁ笑っていられますね?」の方がいいか?

 明日の朝、エミーにでも相談しておくか。

 

 

 正直に言おう。俺は怖い。

 任務が達成されればおそらくはサリーアは停止を要求されるだろう。例えそれで彼女のウィルス駆除が完了したとて、彼女の記憶や意識に何の障害も出ないとは限らない。何せ、英司達に教えたのは緊急用のシャットダウンの方法だ。正式に停止命令を出す場合、彼女自身が同意のしたのち、最低半日はゆっくりとかかってしまう。緊急用のシャットダウンはそれを一瞬でやってしまおうというもの、というよりは単に通常、非常、全ての電源を一気に落とす、といった方が正しい技法だ。高性能で大がかりなコンピューターになるほど、それをした時のダメージは大きく、回復が不可能になる場合が多い。

 そして、最悪の場合は完全にインストールし直さなくてはならない時だ。そうすれば彼女の記憶は二度と戻ってはこなくなる。

 それは即ち、死に値する。

 そうだ。俺は怖い。

 任務が不達成の時、即ちそれはヘイラーとミーシャ、そして英司達の死を意味する。[tree project]に参加したメンバーの中でもっとも古株の三人が同時にいなくなるんだぞ。冗談じゃない。

 この三年間、毎日のように机を並べて、苦辛して、嬉笑して、馬鹿やって、そして育てた[tree project]

 俺たちが作り上げた、その計画の中でアイツらを失いたくはない。

 絶対に。

 

 

 

 

 

 

 

 この前の続き、というか新たな可能性を思い出した。半分幻想曲のような話だが、乗っ取られた事以外では、まともに考えられるのはこの前の二つとこれぐらいなものだ。

 たしか移民計画がやっと人々の間に知れ渡りはじめた70年と少し昔の話だ。あの北極に建造された大規模ぺークシスプラグマ実験施設消失事件。あの、施設と北極、丸ごと、そして地表の一部が一切の破片を残す事なく完全に消失した事件だ。多くの科学者がその真相を見極めようとして何年と研究を重ねたが、真相はおろか事件の断片すら垣間見る事ができないでいる。長い時間が経過した今でもそれは変わらない。

 ただ、その実験施設の作業員と個人的なメールのやりとりをしていた者が受け取ったメールにおもしろい事が書いてあった。それが事件の真相ではないかと言う者はいる。有名な話だ。

「●●●●さん、聞いてくれ。今ぼく達はとてもおもしろい状況下におかれているんだ。あなたも知っていると思うけど、四日前に大規模な火災があったよね。その時、実験用のぺークシスプラグマが異常反応して莫大なエネルギーがあふれ出したんだ。これはもしかしたらぺークシスプラグマを運用する上で貴重なデータがとれたかもしれない」

 これと、

「しかしね、事態をもっと面白い事にしている一つの物がある。いや、一つの者と言おうか。聞いてくれ、驚いてくれ、そして嘘のようだけど信じてくれ。実はあの四日前の事件の直後、どういうわけか掃除用ロボットの一体が暴走したんだ。あの簡単な人工知能をつんだ安物ロボットだよ。あれがまるで本当の自我を持っているかのようにしゃべり出して、情緒も豊かになった。そうなんだ。まるで人間そのもののように。あれにはそんなに多機能で自我を確立することができるほど高性能なチップは搭載していない。そしてどういうわけか何かの機能でぺークシスとリンクしている可能性がある。これはとても面白いことだ。あなたも興味を持ってほしい。そして次の休暇にでもここを訪れてはくれないか。絶対に損はさせないから」

 というものだ。このメールを発信した二時間後。北極は消えた。そう消えたんだ。攻撃を喰らったとかではなく(しかし一部の科学者はとある国の最新兵器によってそうなったのだ、と言っていたが)、完全に綺麗に、半球の形で消えてしまったのだ。

 まぁそのおかげで温暖化による海面の上昇は回避され、その対応に金をかけまくっていた国がいろんな意味で涙していたのもまた、有名な話だ。

 しかし、注意すべきはその消えた北極ではなく、掃除用ロボットが自我を持ったという所だ。俺はもしかしたらサリーアを人間として捕らえすぎていたかもしれない。彼女はあまりに人間的で俺も彼女が作られた物であることを忘れていたフシがある。[tree project]当初、彼女はあんなに情緒豊かだっただろうか。確かに彼女には自己学習機能がついているから成長はするだろうが・・・。

 待て待て待て。話が混乱してきたぞ。

 整理しよう。

●第一の同点。

 外部から何かしらのアクションが加わった。70年前のは火事。俺たちのは岩の衝突。

●第二の同点。

 人工知能(まぁサリーアとでは雲泥の差だが)を搭載したロボットの暴走。サリーアにおいては元々人間らしい存在としてあったので何とも判断しずらいが、少なくとも暴走という点においては同じだ。

●第三の同点。

 ぺークシスプラグマの異常。70年前は莫大なエネルギーが放出した、とあるが今回の場合その逆だ。仮定でしかないがあのぺークシスからのエネルギー供給の停止がその異常に当たるのではないだろうか。

 たったこれだけか。だが、可能性の一つとしてはありえない事ではない。

 

 

 

 

 

 止めよう。こんな事をしていてもしょうがない。

 今の俺のすべき事は明日のスピーチをセリフを作成して、仲間であり、同僚であり、友人である英司達三人の無事をひたすらに祈ることだ。

 

 それだけだ。

 

 

 

 

 ・・・・・・無力なものだ、俺は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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           《8月30日の日記は省略する》

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 8月 31日

 今は丁度午前1時を回り、数分が経過した。緊張して寝られない。

 少し日記を書こうと思う。

 出航のさいトラブルが発生した。宇宙港内には基本的に大したウィルスやハッキングの被害は受けていなかったんだが、今朝調べてみたところ管制室のコンピューター内にはちゃんとウィルスとハッキングした証の大容量プログラム[SS]が入り込んでいた。何でもここの責任者が勝手に自分のパソコンとリンクさせて仕事場でゲームをしていたらしい。信じられないことに[P.A.N]を利用したネットワークゲームまで内部にインストールし、外部通信機を独自の判断で取り付けていやがった。無論そうなれば管制室同士を独立した状態で繋ぐ特殊回線があるからそれを伝って全管制室へといくわけで・・・・もはや出航断念かと思ったが、エミーが面白い事に気がついた。

 なんとこの管制室のコンピューター内には出航に必要なプログラムは生き残っているのだという。さらに詳しくしらべてみると他全部の管制室でもそのようだった。

 胸をなで下ろしながら、責任者が取り付けたという外部通信機をストレスまかせにぶちこわし、念のため駆除ソフトを走らせた。

 そこで俺はとある事に興味を引かれた。この敵が作ったであろうロックのかかった[SS]と俺の作った、ハッキングソフト『レッド アンド ブルー ブックス Ver.19,4』、どっちが強いのかという事だ。

 エミーに見つかると何かしら小言を言われそうなので、こっそりと試してみた。

 結果は言うまでもない。

 『レッド アンド ブルー ブックス』の勝利だ。

 ロックを解除して中身を見るとそれは何かのデータだった。まず間違いなく高レベルで暗号化がされている。おそらくではあるが、データを見る限り何かしらのソフト、というわけではなく、ハードウェアレベルでの条件が必要になるようだった。

 つまり、

 <このデータは『Aソフト』をインストールした、『B』というパソコン、または、それに類した機構が備わった機種でなければ開くことはできない>

 という事だ。これは合っていると思う。この手の技法についてはスティックが専門だったからアイツに聞けば一発なんだろうが、今はそんな事はどうでもいい。

 後で報告はしておこう。無論、俺のハッキングソフトが敵のロックシステムの上をいった、と。

 しかし今更これが出来たからといって、どうとなるものでもない。問題の解決をはかるには大元の敵を倒さなくてはならないのだから。

 しかし、わからないのはこの[SS]の存在意義だ。これは果たして何の目的でわざわざハッキングしたコンピューター内に送り込まれたんだ?

 わからん。

 わからんし、考えるのが面倒だ。

 日記を書いていたら少し眠くなってきた。リラックスした、という事だろうか。

 英司、ヘイラー、ミーシャ、無事に帰ってきてくれ。

 また一緒に仕事をしよう。

 お前達三人とまたうめきながら仕事出来る事を祈りながら、今日は寝よう。

 こんな時間に日記を書いてしまったから、後でもう一度今日の日記を書かなくてはいけないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在は21:00を少し回った所だ。

 

 

 まだ変化がない。

 成功した場合はちゃんとした連絡が入るはずだ。

 

 

 頼む。

 

 

 

 任務なんかどうでもいい。

 帰ってきてくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 9月 1日

 お願いだ。

 変化をくれ。

 お願いだ。

 アイツらの声を聞かせてくれ。

 お願いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 9月 2日

 作戦本部ではもう失敗したという方向で結果づけようとしている流れがある。

 クソ、クソ、クソ、クソ、クソ、クソ、クソ、クソ、クソ、クソ!

 そうだ連中はクソだ。クソ以下だ。

 何が誇りだ!貴様らにはそんなものは微塵(みじん)もありはしないというのに!

 二日前の前期出航クルー総勢1021人のうち、30名ほどのクルーの入れ替えが極秘に行われていやがった。全員が正規クルーに金を渡してさっさとこの艦を後にしやがった。30名中、7名が議会の人間だ。

 何が特殊奪還部隊だ!?はじめから貴様らは期待していなかったのかよ!?

 クソったれが!!

 何が人類移民計画だ!何が[tree prpject]だ!そんなものは早すぎたんだ!

 人類は進化の袋小路におちいった? 冗談じゃない。宇宙に出れば確かに新たな進化の道がDNAレベルで切り開かれるだろう。

 しかしだ。

 人類はまだ地球でやるべき進化がいくらでもあった。そうあったんだよ、山のように!

 進化は何もDNAだけで行うものじゃない。翼が生えるのも、エラができるのも、脳がでかくなるのも、それは進化だ。あぁ、そうさ、それも進化だ!

 だが、人類がすべき進化は本当にそうなのか? それは今行うべきなのか? まだ早すぎるだろう!早すぎるんだよ!!

 今、人間が進化すべきはその腐れ切った精神だ!腐臭を発するその心だ!己の私利私欲に他を犠牲にしようとするその考えだ!!

 クソったれ!

 DNAが進化するのはその後でいい!

 まずは俺たちの思想を変えなくては、進化をしなくてはいけないんじゃないのか!?

 そうだろ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 9月 3日

 敵が動き出した。

 夜な夜な、[Hナンバーズ]が死人を増やしている。昨日の夜だけですでに十三人殺された。撲殺と裂傷の両方で、だ。

 おそらく今晩も連中は動き出す。

 街中には夜の外出を禁ずるように呼びかけているが、『向こう側』がその気なら家にこもっていようと何の支障にもなりはしない。厚さ3.5センチの木製扉など[H01]の蹴り一撃で粉々だ。

 驚いたことにウォーレンの奴が臨時保安局員として夜の街の警備に参加していやがった。アイツの妻の事も考えるととても正気とは思えん。

 無駄を覚悟でとがめてはみたが、

「だからこそだ。ルディ(本名はルディカラだが、ウォーレンはそう呼ぶ事を好んだ)が言う、[Hナンバーズ]の戦闘可能機体はわずか二機なのだろう? ならばさっさと我々の手でそれらを破壊してしまえば事は終わる。その方が皆のため、我が妻と子のため・・・そうは思わないか、ルディ」

 思わんね。あぁ、思わんさ。

 敵は死する事を恐怖と思わない機械、痛みを感じない機械、人体の平均値の1.8倍の力を保有する機械、高性能戦闘用プログラムがぶちこまれた殺人機械だぞ?まともにやり合ってしまえば不利になるのは必至なんだぞ、ウォーレン。

 さらに驚いたことにあの馬鹿は腰に骨董品(こっとうひん)を下げていやがった。日本刀とかいう今じゃただの観賞用でしかない武芸術品で、戦闘用ではないとはいえ、最新鋭の特殊セラミック合金の塊(かたまり)を切り裂こうというのか。

 さすがに頭をどついてレーザーガンを無理矢理に持たせた。

「頼む。これだけはせめて持っていってくれ」

 と頭まで下げてその手に握らせたが・・・アイツ、使い方ぐらいわかるよな・・・?

 ああぁ、使用法の説明ぐらいしておくんだった!

 嫌だぞ俺は。

 もう誰か死ぬのは終わりにしてくれ。

 後で奴の所へ行ってこうよう。

 

 

 

 

 

 

 

 しかしながら妙だ。[Hナンバーズ]がその気になれば一晩で百人や二百人ぐらい簡単に殺れるはずだ。いくらなんでも十人や二十人なんてまるでやる気がないかのようだ。

 これは殺しが目的ではない・・・?

 そうだ。それが目的ではないのかもしれない。第一、死ぬのが一般市民ばかりというのが解せない。狙うなら議員の連中のはずだ。

 何か他に目的がある。

 それはなんだ・・・?

 

 

 

 

 

 

 

追伸。

 

 作戦本部ではすでに特殊奪還部隊の任務は失敗したという見方で落ち着いている。

 さすがに俺も認めざるをえなかった。[Hナンバーズ]が動きだしというのはおそらく、任務失敗の証拠なのだから。

 クソッたれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 9月 4日

 [Hナンバーズ]め、そうかそういうことか。読めたぞ。

 アイツらはまだ学習期間にいやがるんだ。それも最終調整、実戦訓練というわけだ。

 待て待て待て待て。そうだ。勢いで主要だけを書くのはまずい。

 昨日の事を憶えている範囲で正確に記す。

 

 

 たしか時刻は23:00を回っていたはずだ。ウォーレンが配属されているという、小学校の校舎付近を見回っているチームに俺は顔を出した。

 ウォーレンを見つけたのはジャングルジムやブランコ、鉄棒に砂場、他にも鉄骨を組み合わせたような代物が並ぶ校舎前の小さな公園だった。

 公園には闇が降りている。

 そこにはウォーレンの他に一人の保安局員がいた。

 俺は差し入れのつもりで持っていた四つのアンマンを二人に手渡した。

「何をしているんだルディ!?武器も持たずに死ぬつもりか!?」

 奴の第一声がそれだ。そのセリフは俺の方だ。昼間に渡したレーザーガンは邪魔だと言わんばかりに腰のホルスターにエネルギーマガジン(実弾銃のマガジンと同じでレーザーガンの弾丸、つまりバッテリーの事)を抜いた状態で収まっていた。

 その事を言うと、

「いや、あのあと、試してみたんだが・・・危ないだろう? 暴発とかしたら」

 いや、ある意味お前の命が危ない。武器は基本的にそういうモンだ。

 ブランコに座っていた保安局員の奴にこの馬鹿に銃の使い方を教えてやるように頼むと、アイツはのほほんとアンマンを喰いながら言った。

「今時銃の使い方も知らないっつ〜のは珍しいな。ああぁ、わかったわかった。取りあえず熱いウチこいつをありがたく頂いてから、でいいだろ?」

 差し入れなんて持っていかなければ良かった。

 オマケにアイツときたら、

「熱っ!・・・いやだよなぁ、アンマンで電子レンジだと中のアンがめちゃくちゃ熱くなるから。歯茎(はぐき)が火傷しちまったぜ。・・・あぁ、それからさ、俺肉まんの方が好きなんだよね。今度はそっちで頼むぜ」

 ふざけるな。俺はウォーレンに持ってきたんだぞ。お前にはもう二度と何もわたすことはない。

 まぁ、そんなやりとりがあって一発ぶん殴ってやろうかと俺が思い始めたときだ。ウォーレンが妙に静かだったんで奴の顔を見たら、驚いたね。

 普段の奴とは別人のように堅い表情で辺りを見渡していた。

「どうした?」

「わからん。だが・・・何かがある」

 保安局員が言う。

「何かって?」

「音を立てないよう、細心の注意を払ったような歩き方・・・。少し進んでは動きを止め、気配を完全に消す。そしてまた動く」

 それを聞いて、ただの空耳だろ、とは俺は言わない。何せこの街には[Hナンバーズ]が徘徊しているのだから。ウォーレンの言葉を信じるなら奴は近くにいるということだが・・・俺と保安局員には何も感じられない。

「気のせいだろ、さっさと喰っちまえよ。これから俺のレクチャーをは」

 その時ウォーレンが動く。持っていた袋、アンマンが二個入っていた紙袋を放り投げるとジャングルジムの上へ一度の跳躍(ちょうやく)で上ると腰の刀へ手を伸ばす。

「伏せろ、ルディ!!」

 ウォーレンの怒号が鳴り響くと、彼は抜刀しながら上空へと飛翔した。何をしているのか一瞬わからなかったが、それでもウォーレンの言葉に従い頭を守るように身を地に投げ捨てると、今までいた場所を何かが切り裂いた。

 ガシャーン!!っというおそろしく耳障りな音をたてて何かが地に投げ込まれた。すぐさまバランスを立て直し眼をこらすとそれがフリスビーのように投げられたフェンスであることがわかった。

 そして、そのフェンスは紅く染まる。ブランコごと保安局員の腹が切り裂かれるように、フェンスを食い込ませ内蔵を飛び散らせていた。

「ウォーレン!!」

 俺が叫ぶのとほぼ同時にあの男の雄叫びが上がる。

「ぅおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 ウォーレンの腰から伸びた光の曲線がきらめくと同時にキーン!という甲高い音を立てて、火花が舞い散る。

 グワシャーン!!とものすごい音を立ててジャングルジムが大きくへこむ。

 弾丸でも撃ち込まれたのかと思う程の衝撃に俺は再び地を転がった。

 大きくへこんだジャングルジムの中心には、モノアイを深紅に染めた[Hナンバーズ]。両手には剣のようにも見える大きなナイフを握っていた。

 方向から考えて校舎の屋上から飛んできたようだ。

「下がれ!!」

 着地したウォーレンが刀を構えたまま、素早く俺の前に立つ。彼はちらりとつぶれた保安局員に眼をやる。

「まだ生きている、どうにか出来るか?」

「治療はできんが、医者を呼ぶことぐらいはできる。だが、」

 俺は[Hナンバーズ]にらむように見つめる。

「それまでに奴を片づける」

「できるのか?」

「かなわない相手じゃない。所詮はオモチャだ」

 ウォーレンが無精ヒゲの生えた口元をニヤリと緩めたのを皮切りに[Hナンバーズ]は飛翔した。

 早かった。

 距離は十数メートルはあったというのに一瞬にして間合いに入られ、2本の牙がウォーレンの首を狙う、が、それは鞘(さや)と鍔(つば)もとであっさりと受け止められ、開いてしまった細い腹にウォーレンの靴底がたたき込まれる。

 奴は再びその身をジャングルジムに沈めた。

「行け!」

 ウォーレンの声に従うように俺は全速力で、公園前に止めていた車まで走った。

 普段の運動不足がたたってか、荒くなった息のまま無線機の電源を入れるとすぐさまエマージェンシー(緊急事態)のボタンを押し、全チャンネルに向けて医者と支援を要請した。

 それからすぐにダッシュボートを開き、中の小型レーザーガンを取り出す。それは手の平に収まる程の大きさでオモチャのようにチープだった。

 俺はすぐにウォーレンの元へと銃を構えながら走った。だが、先ほどまでウォーレンが戦っていたジャングルジムには何の影もなく、どこからか聞こえる金属音が二人の居場所を知らせてくれた。

 戦場は校舎内に移っている。

 ぶち破られた窓から俺も、身を校舎内へ投入するとウォーレンの姿を求めてその室内を見渡した。

 窓から入り込むわずかな公園の街頭の明かりでなんとか足下だけは確認できた。

 そこは調理実習室なのか、いくつも並ぶ流し台やコンロの上に割れたライトや食器の破片が散っていた。

 金属音が廊下から届く。

 木製のスライドドアは粉々に吹き飛び、その破片の上には俺が持たせたウォーレンの銃が半壊した状態で転がっていた。エネルギーマガジンは未装填(みそうてん)のままだ。

「投擲(とうてき)でもしたのか・・・?」

 俺はそんな事を想像しながら注意深く廊下へ顔だけをのぞかせ、左右を確認する。姿はなかったが、廊下の窓の割れ方、傷ついた壁などから二人の進んだ方向は見て取れた。

 数メートル進んだところで裂傷痕(れっしょうこん)は階段を上っていた。

 俺もそれに従う。

 息が荒くなり、鼓動音が耳障りになる。

 銃を握る右手に力が入った。

 そして金属音は大きく、近くなる。

 俺が階段を昇りきった時、ウォーレンの雄叫びが上がる。

「はぁぁああ!!」

 そして床スレスレを滑るように銀色の塊が迫ってくるのを俺は反射的に跳躍してかわした。

「ウォーレン!」

 俺が叫ぶと廊下の奥、暗闇の中キラリと一筋の光が生まれ、そうまさに、光だ。一瞬の残光を跡に、光の速度のごとく俺の横を通り抜け、銀の塊に衝突した。

 ガギーン!!という音が廊下に反響した。

 紅い火花が散る。

 そして廊下のガラスが割れ、黒い影になった銀の塊がそこから飛び出していった。

「ウォーレン!」

 俺が暗闇に向かって言うとゆっくりと一つの影が歩み寄ってくる。

 俺は自然と銃口を向けるが、すぐに下げる。

 ウォーレンだった。

「逃がした」

 アイツが俺の顔を見て言った言葉だった。彼の手には[Hナンバーズ]の腕が、ナイフを持ったままの状態で握られていた。

「戦利品か」

 俺が安堵のため息と共に吐いた皮肉に、彼はフンと鼻を鳴らした。

「妻への土産だよ」

「まぁ、無事で何よりだ」

 そう言って俺がウォーレンの肩に手を置くと、熱い、ぬるりとした感触が伝わる。

「そこと右足をやられた」

「大丈夫なのか!?」

「致命傷じゃない。・・・ただ、足をやられたのは痛かった。それさえ防げれば奴を逃したりはしなかった」

「どちらにしろ、治療が・・・」

 そこで俺とウォーレンは一瞬視線を交差させた。

 傷。

 血。

 治療。

 二人の頭に同じ男の顔が浮かぶ。

「・・・・・ルディ、あの男はどうなった?」

「すまん、普通に忘れてた」

 その後駆けつけた医療チームの連中に二人をまかせた。取りあえず一命を取りとめたらしいから、まぁ良しとしようじゃないか。

 しかしながら、あの男は遺伝子改造でもされたのか。足をやられてなおあんな速度で動けるのか、人間は。

 次の日、つまり今日、仕事をエミーに頼んでウォーレンの家へ行った。そこで奴から面白い話を聞かせてもらった。

 取りあえず下に記す。

「不思議な戦い方だった。人間ではないから、と言ってしまえばそれまでだが・・・わかっている。お前は具体的な意見が欲しいんだろ? そうだな。何というか・・・そう、アイツは同じ技を二度は使わなかった。まるで買ったばかりのオモチャを試すみたいな戦術だったな。せばまった間合いをあえて開いたりも見せたりした。そして違う技で再び間合いを取ってくる。意味のない、いや、何かはあるんだろうが・・・勝つ事が、あぁ、つまりおれを殺すのが目的ではなく、慣らす・・・そう鍛錬(たんれん)の時のような戦い方だった」

 ついでにウォーレンは、「今回の場合は不慣れな相手だったため油断したが、次は仕留めてみせる」と付け加えていた。

 仮に、いや仮でなくてもいいか。ウォーレンの言葉を信じるならばほぼ間違いなく[Hナンバーズ]は最終調整に入っている。

 本来の予定されていた[Hナンバーズ]の学習期間は最初は単独での自己学習、その後[H01]だけは戦闘訓練、実戦訓練としてその道のプロを招いて訓練をするはずだった。その予定は[Hナンバーズ]のHDD内にも入力されていたが・・・狂った今でも過去に入力された命令に忠実とは、まるで忠犬ハチ公だな。

 しかし、前記の事を仮に正確だとした場合、ウォーレンとの戦いで最低限の訓練はつんだことになる。つまり予定は終了。ここから先の決められた予定はなく、今の新たな主の命令に従うはずだが、果たして何をする・・・?

 新たな主人は[Hナンバーズ]に何を求める?

 そして[Hナンバーズ]はそれに何を答える?

 

 

 

 せめてもの救いはウォーレンの切り取った[H01]の左の肘(ひじ)から先の腕だ。これでボディバランスが崩れるから再び調整を必要とするはずだ。さすがに腕利きの機械整備士がいたとしてもあれほど高レベルの精密機械を修理し、修復する事はできないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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          《9月5日の日記は省略する》

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 9月 6日

 いささか笑えない状況下となった。

 [Hナンバーズ]がついに、本格的な『狩り』の期間に入ってきたようだ。

 昨日の夜から今朝にかけて、今現在確認がとれているだけで、タワー付近の住民や、街をパトロールしていた保安局員、172人が殺された。おそらくちゃんとした捜査が進めば200の大台にも乗るだろう。

 殺された者の半数は脳天をレーザー銃でつらぬかれ、できた穴がから煙を上げていたそうだ。ほぼ間違いなく、今度は[H03]が参戦しているだろう。

 しかし、だ。事の注目すべき点は[H01]だ。先日ウォーレンが左腕を切り裂いておきながら、わずか一日のブランクで調整を終えたというのか。本機の自己学習機能だけでは最低数日は要するはずだ。

 それなのに・・・クソッたれ。

 

 

 

 何故殺す?邪魔なら皆殺しにできる手法をいくらでもお前達は握っているはずだ。

 回りくどいマネをする。

 何がしたい? 何をどうして、何をする?

 

 今晩は誰が死ぬ?

 そして何人死ぬんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 9月 7日

 保安局の朝の仕事は死体の処理から始まる。それはすでに誰もが覚悟していたらしかった。

 それが子供であろうと、貴婦人だろうと、かつての友だろうと、背中を合わせた仲間であろうと、愛し合った恋人であろうと、素早く死亡証明のDNAサンプルを摂取して、箱に詰めなくてはいけない。誰の棺桶(かんおけ)というわけでもなく、まるで生ゴミを入れるかのような堅く、大きく、無骨な箱は、百数十人の肉体をその腹に詰め、祈りの言葉を背に受けながら宇宙という、終わりのないあの世への道を歩み始める。

 

 俺も松葉杖を持ったウォーレンと共にその光景を見やっていたが、吐き気が来て、不思議と涙が出て、そして何も感じなくなった。

 それは処理をする保安局員も同様のようだ。話を聞くと彼はこう答えてくれた。

「最初は地獄絵図のようだった。自分は絵図の一人の登場人物なんじゃないかって。知らない人間の腐臭のする死体をトラックに詰める時はまだいい、吐き気をこらえてればいいんだからな。だが、その中に知った顔があるとどうしても涙が出くる。そして穴の開いた頭部や切り裂かれた首筋を見るたびにくやしさがこみ上げてくる。・・・しかしね。人間というのは酷いものだよ。慣れくるんだ。それが知人であろうとなかろうと、ヤっているうちにただの流れ作業になっちまう。友人の死体がベルコンベアーを流れる缶詰と何ら変わらなく見える時があるんだ。・・・自分はどうしてこんな眼しか持っていないんだろうな・・・」

 そして彼は作業に戻っていた。

 一刻も早く手を打たなければ、とウォーレンは言っていたので、頭を一発どついてやった。あの男の事だ。ヘタをすれば足を引きずってでも戦いにいきかねん。

 なぁ、ウォーレン。

 今のお前がすべき事は妻のそばにいてやることだ。そして彼女を安心させてやることだ。

 それが今のお前がすべき事だ。

 わかっているだろ、ウォーレン?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 9月 8日

 最近の夜は深く、暗い。

 今宵の夜は果たして何人の犠牲者が出るんだ?

 人々は怯え、昼に眠るようになった。そして夜は肩身を寄せ合い、互いのぬくもりがわずかに安心感を呼び起こしてくれると信じ、群れを成す。  夜の街は完全に静寂が降りていた。

 現在は23:11。おそらくはすでに数十人殺されているのだろう。

 次は誰が殺されるか・・・笑えない運だめしだ。

 タワー付近の住人は粗方殺されてしまったが、それでも生き残りが結構いる。そんな連中は家を捨て、友人の家、仕事場に夜は身を寄せるようになっている。

 しかし誰かが、必ず、殺されるのだ。

 必ず要される『哀れな山羊』、スケープゴート。

 それが誰なのか。

 

 知らずに殺されるのが幸せか。

 それともあえて殺されるという運命を認知してから殺される事が幸せか。

 俺はどちらを選ぶのだろう?

 なぁ、スティック。

 お前ならどちらを選ぶ?

 そして現実は、どちらだったんだ?

 それは幸せだったか?

 なぁ、スティック?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 9月 9日

 やられた。盲点だったといえばそうなる。

 今回、[Hナンバーズ]は地下街を狙いやがった。知っての通り地下街は天井も低く、街道で何か騒ぎがあれば反響作用で広範囲に広がる。それが静寂の制する深夜となればなおさらだ。

 街道の悲鳴に人々は、閉じていた瞼(まぶた)を開き、顔を出す。そこには鮮血を滴らす、銀色の化け物。

 絶叫。

 混乱。

 吹き荒れる血。

 飛び散る肉片。

 どこまでも止まることなく広がる恐怖の波。

 そして放たれる紅蓮(ぐれん)の炎。

 さほど広くない地下街に火の手は猛然と広がり、人々を焼き尽くし、地上へ踊りでた。

 即座に鳴り響くサイレン。星々を映す天井から猛烈な雨のごとく消火水が街一帯に降り注いだ。

 それは地下も同様に。

 長いシャワータイムだった。

 そして蓋(ふた)を開けてみれば、死者320名以上。それ以上は死体は焼けこげてしまい、確認すら取れなかった。

 クソったれ。

 焼け跡からは[Hナンバーズ]のボディは発見されなかった。まさかあの程度の炎で全てのパーツが溶けきるわけがない。

 生き延びている。

 そして今晩も俺たちを狙うのだろう。

 何かの目的のため。

 いや、目的などないのかもしれない。

 少なくとも殺される側の俺たちはそんなものなどどうでもいいのだ。

 明日を生きていられれば。

 そんな理由は全てが終わってからゆっくりと探せばいい。

 今は生きることだ。

 生き残ることだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 9月 10日

 死体の山は今朝も築かれていた。もうそんな事を記す気にはなれないな。

 

 今日は夜に日記は書けそうにないので昼間のうちに書いておく。

 しかし、ながらこうして考えると俺も長い事日記を書いてきたものだ。すっかり習慣となってしまっている。

 

 今朝、仕事場に伝令の保安局員が来た。二十歳前の若い局員だった。

「ルディカラ・ヴァン・ゲルダー様、議会より伝令をお伝えさせていただきます。本日16:00より臨時作戦会議を開く。貴公はそれに出席願いたし。とのことです。確かにお伝えしました」

 16:00、まだ明るい時間帯だが、会議を始めるのがその時間なら終わるのは暗闇の中だ。おそらくそのまま全員で夜を明かすのだろうが、いささか不安だ。一応はこの艦内でのお偉いさんが一通り集合するのだから、敵は襲撃しないはずがない。

 念のため護身はしていくが・・・果たして俺もウォーレンのように戦えるだろうか。

 あぁ、そうだ。忘れる所だった。エミーの送りはどうしたものか。

 最近、帰宅する時はいつも俺の車で彼女を送っているが、今日は無理だな。かといって一人で夜を歩かせるのはさすがにタワーから離れているとはいえ心配だし、共に会議に出席させるのは、なお危ない気がする。それに仕事もあるだろう。

 そうだ。ウォーレンの家にでも泊まるように促してみるか。アイツの家ならすぐ近くだし、連絡さえとれば迎えにだって来てくれるだろう。以前、共に食事した時は互いに好印象だったから大丈夫だろう。

 よし、そうしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 9月 11日

 昨日の会議で方針が完全に決まった。

1.現在完成している第4、5、6号移民船を解放し、人々の避難を可能とする。

2.未完成の第7、8、9、10号移民船を引き続き全力を持って完成を目指す。

3.現在残っている第4、5、6、7、8、9、10号移民船を利用して全ク  ルーを脱出させる。

4.この[trunk]は完全に破棄する。

 

 

 上記の4つだ。

 さすがにこの艦に残った、マトモな議員は違う。今まではクズのような連中に足を引っ張られていたせいか目立たなかったが、今回の決断は一切の反論は許さないといった感じを出していた。

 

 これは全クルーに告知された。それによって起きる人々の行動は早い。

 家の最低限の荷物を担いで第4、5、6号移民船に乗り込み、部屋を確保する。殺戮(さつりく)が行われたせいで部屋がいくつも余ったので人々はその空席を狙って、無様に、惨めに、滑稽に暴動を起こした。

 わからないことではない。何せ、全移民船の総合積載人数はこの[trunk]内の全人数に遠く及ばないのだ。前期出航クルーも含めて7236人中、この[trunk]を離れる予定だったのはわずか4212人だ。しかしながら全員がここから撤去しなくてはならない。となれば必ずどこかに無理をしなくてはならない。

 それなら未完成で、簡素な内装の第7、8、9、10号移民船を利用するより、ちゃんとしている第4、5、6号移民船を選ぶのは道理といえる。

 

 取りあえず、今回の事で街中から人影が消え、移民船製造工場付近だけが夜の暗闇に抵抗するように明かりを灯している。

 だが、やはり変わり者が多いのか、俺の同僚達は皆、堂々と自室やオフィスでいびきをかいている。無論、俺もだ。

 神経がず太いのか、それとも無神経なのか知らんが、少なくとも俺の場合は・・・日々少ない睡眠時間を人が群れる騒がしい所なんぞで過ごせるか、という所だろうか。

 それに俺の部屋はタワーからも離れているし、まぁ大丈夫だろうと思う。

 

 こんな事書いておきながら、日記が今日で最後になったら誰か笑ってくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 英司、ヘイラー、ミーシャ、お前達は今どんなふうに寝ている?

 いびきをかいて?

 ヨダレを垂らして?

 寝言を言って?

 それとも、

 静かに?

 血を流して?

 腐臭を発して?

 

 俺は前者であることを心より願う。そうしたら一緒に酒でも飲もう。

 

 

 

 もちろん酒もツマミも女も、何もかも全部、俺のおごりで、だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 9月 12日

 会議の決定が効を成したのか、今日の死人は21人とかなり押さえられたものになった。

 クソったれ。

 もう十人やそこらじゃ何も感じなくなっちまっている。

 クソったれ。

 確立された決定事項というのは人々の心に平安をもたらすものなのか。今朝の死体数が少なかった事もあって、今日の昼の人々は晴れやかな顔していた。

 仕事場にも活気があふれている。

 一刻も早くこの場を離脱しよう、死んでいった仲間達の事を今は忘れよう、眼の前の使命を果たそう、そう人々は胸にそう刻み、手を動かし、頭を使う。

 

 人々の意志はすでに外を見ている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本当にそれでいいのだろうか?

 俺は、それで納得できるのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 英司は? ヘイラーは? ミーシャは? 本当に死んだのか? もしかしたらタワー内で馬鹿をやって閉じこめられているのかもしれない。

 そうかもしれない。

 でも、[Hナンバーズ]にやられているかもしれない。

 そうかもしれない。

 現在状況と確率計算からパーセンテージで表すなら、生存確率は20%を大きく下回る。

 だが、それはあくまで計算だ。

 現実は小説より奇なり、どこかの国の古いことわざだ。現実の出来事は、筆者が頭を捻って作り出した奇想天外な話よりも、時として奇怪で奇妙な場合がある、という意味らしい。

 なるほどそうかもしれない、と思える。いや、そうでなくてはいけないのだ。現実の全てが、人間という不完全で進化途中の出来損ないの脳味噌から生まれる空想と妄想よりも下回るというのなら、俺は今すぐにでも小説家に転職してやる。

 

 現実は空想、妄想を超える。

 人々の想像を超える。

 例え議会の連中が死んだと結論づけても、何一つとして証拠がないではないか。

 現実はそんな馬鹿げた想像を超える。

 超えているはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  気持ち悪い。

  吐きそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 9月 13日

 今日の死亡者数は驚くべき事に10人を下回った。

 死んだ8名は、空っぽの街中で金品を盗ろうと走り回っていたクソ野郎ばかりだったそうだ。

 金は安定した世界と状況下でしかその意味を成さないというのに。とんでもないアホがいたものだ。

 

 最近(というかもうそれが普通だな)、睡眠時間が少ない。そのクセ、夢を見る。嫌な夢を。悪夢を。過去の傷を。ヘタな殺戮現場よりも眼を伏せたくなる光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗い廊下を僕は歩いていく。フローリングの床だ。壁にははがれた壁紙が少し変色しているのがその光量でもよくわかった。

 少し開いた扉から光が漏れている。

 僕はそのすきまから眼を入れる。

 父が居る。

 母が居る。

 二人は背を合わせ、一言も喋らなかった。

 父はグチャグチャの冷凍食品を口に放り込み、安タバコで蓋(ふた)をする。視線はTVのくだらないバラエティに向かっていた。

 母は黙々とパソコンのモニターに向かう。大量のメールの返信を書いている。僕は知っている、その何人かは肉体関係のある男のものだと。

 僕はそこを離れて自室に戻った。

 そしてPCの電源を入れた。

 気が付くと眼の前に食卓があり、その上に料理が並んでいた。

 そして父と母が居た。

 二人は喋らずに食事を始める。

 僕も食べ始める。

 黙々と。

 空気が重い、いつもの食卓だった。

 不味くはなかった。美味い方だと思う。

 でも不味かった。

 僕は舌に乗せないように急いでノドの奥に詰め込んだ。

 出来る限り急いで。

 長くそこには居たくなかった。

 最後にアップルジュースで舌を清めた。

 そして逃げるように自室に戻ってPCの電源を入れた。

 OSのロゴマークが浮き出て起動する。

 吐き気が僕を襲う。

 ノドから酸味が現れ、舌を浸食する。

 トイレに走った。そして吐いた。

 父と母にバレぬように。

 口を洗浄してから自室へ戻る。

 そして勉強した。

 死に物狂いで勉強した。

 涙を流しながら勉強した。

 勉強した。

 一生懸命勉強した。大学に行ければこの家から、家族から離れることができる、そう信じて。

 ただそれだけを信じて。

 信じ続けて、過ぎていった毎日。

 信じなければこの身はつぶされてしまいそうだった毎日。

 僕は勉強した。

 時が深夜を回っても僕は続けた。

 寝る時間がもったいない。

 勉強を初めてから、ベットでマトモに寝た記憶がない。いつもキーボートに額を当てて寝息を立てていた。

 ベットに入っても安息に眠りにつくことはできない。それはわかっていた。

 まぶたを閉じれば現れる。悪夢。現実に即した悪夢。それが僕を襲うとわかっていたから。

 わざわざベットでは寝なかった。

 それなら無意識に眠りに落ちてしまう方がいい、PCの近くで寝ていた方がいい、少しは安心できるから。

 助けてくれ。僕はいつもそう叫んでいた。

 助けてくれ。誰に言うでもなく、ただ心の内でいつも叫んだ。

 助けてくれ。誰も助けてはくれない。わかっている。でもそう叫ぶ。

 助けてくれ。助けられるのは己自身。勉強だけだ。それだけが唯一の脱出路だ。

   助けてくれ。助けてくれ。助けてくれ。助けてくれ。助けてくれ。

 そう叫びながら僕は涙を流した。

   助けてくれ。助けてくれ。助けてくれ。助けてくれ。助けてくれ。

 そう叫びながら僕は震えた。

   助けてくれ。助けてくれ。助けてくれ。助けてくれ。助けてくれ。

 そう叫びながら僕は勉強した。

   助けてくれ。助けてくれ。助けてくれ。助けてくれ。助けてくれ。

 そう叫びながら僕は神を捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 両親は僕を捨てていた。ただ金とエサだけを与えて、放っておかれた。

 無責任に。

 いらなくなったペットのように。

 面倒な事からは全部視線を離し、知らない、関係ない、と振る舞っていた。

 母が浮気していると知っていながら何も言わずに愛人に金をわたしていた父。父の金使いを鼻で笑いながら自らの若い男に体を預けていた母。

 何故こんな連中が僕の肉親なのだろう。

 何故こんな連中が子を産んだのだろう。

 何故僕はこんなトコにいるんだ。

 何故誰も助けてくれないんだ。

 何故、僕には希望の光が見えないんだ。

 何故、反吐の味を毎日噛みしめなければならないんだ。

 

 

 お願いだ。

 

 助けてくれ。

 

 

 ここから出してくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう止めてくれ。俺の昔は見たくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  長い夜だ。早く朝が来てほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 9月 14日

 昨日の夜も同じ夢を見て、吐いた。

 今朝も吐いた。

 さすがにそれが見てくれにも現れたのか今日の仕事場で、エミーに、

「どうしたの?まるで死人のようじゃない」

 とオーバーリアクションを交えて言われてしまった。他の者達からも仕事は止めて休んだ方がいいと言われたが冗談じゃない、と言ってさっさと作業に入った。

 俺は昔から何も変わっていないのかもしれない。何か不安な事で胸をおしつぶされそうになるとキーボートに触れていたいと願う。頭をフルに活用できる勉強や仕事をしたいと思う。そうすれば、少なくともその間だけは不安が消えて無くなるから。

 子供のような大人というのは良いものだが、子供のままの大人というのはさすがにどうかと思う。

 

 忘れる所だった。

 今日の死亡者数は3人。全員見回りをしていた保安局員だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 9月 15日

 今日、さすがに倒れてしまった。ここしばらくは栄養食ですらノドを通らないのに、反吐だけは吐き続けた結果がこれだ。

 ブドウ糖を中心に無理を言って大量の栄養剤を点滴してもらった。最近倒れる人間が多い、と看護婦は言っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 悪夢は続いている。

 

 寝るのが怖い。

 

 

 

 

 この恐怖にくらべたら[Hナンバーズ]の恐怖なんてどの程度のものだろうか。悪夢には手出しできないが、[Hナンバーズ]には抵抗が可能なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 9月 16日

 昨日の日記に死亡者数を記すのを忘れた。まとめて記す。

 昨日、1名。今日5名。共に一般人だ。

 さすがに死亡者数が低減してきている。もしかしたらあの地下街の火事でそれなりのダメージを負っているのかもしれない。

 

 昨日、医者の治療を受けた後、仕事場にこもり朝まで作業を続けていたらエミーにどつかれた。

 死ぬつもりか!?と言われた。

 

 これ以上日記を書く気力がない。止める。仕事をはさんで後でもう一度書く事にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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       《9月17日〜9月18日の日記は書かれていない》

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 9月 19日

 久々の日記だ。今は回りに誰もいないのでこの昼休みを利用して二日分を書いてしまおう。

 

 一昨日の仕事終わり、俺は無理矢理エミーの家まで連れて行かれた。

「私がいなくなったら、どうせすぐに仕事に戻るつもりでしょ?そうはさせないわよ」

 と言われて半分強制的に、ノートPCすら仕事場に置いたまま、彼女の家に連れて行かれた。

 彼女の家にはあまりこれといった物がなかった。膨大な数のパズルを除いて。

 白を基調とした玄関を抜けるとそこは壁一面に広がる無数のパズルが額に入れられて飾られていた。彼女の趣味だそうだ。

「とりあえず大した物は作れないけど、栄養剤よりはマシな物にはするわ。あなたはその間仮眠でもとっていなさい」

 そう言われても寝る気にはなれず、彼女が昔飼っていたという大きな犬、セントバーナードの写真を長い間、眺めていた。それは少し馬鹿そうな顔をした犬だった。いろいろ視線を移していると幼い彼女と家族、そしてセントバーナードが一緒に映った、一枚の写真を見つけた。彼女は父であろう人物に抱き寄せられて、笑顔でそこにいた。幼い少女の無垢(むく)な笑顔だった。

 そうしているうちに料理ができて、二人で小さな食卓を囲んだ。

 不味くはなかった。

 だが、美味くもなかった。どう考えても塩分量を間違えていた。

 それでも久々にマトモな食事だったし、何より楽しい食事だった。

 食後の談笑をしているといつのまにか俺は寝ていたらしい。目覚まし時計のベルが瞼(まぶた)をノックするまで俺は彼女のヒザの上で眠っていた。

 短い夜だったと記憶している。

 

 

 悪夢は見なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 俺が寝て、彼女が起きていたわけで、結局片方が使い物にならなくなっていた。昼食の休みのさい、そのまま彼女には休んでもらうことにして、その分の仕事は俺が・・・できないので他の奴に頼んだ。その代わりそいつの仕事を処理してやったからまぁいいだろう。

 午後三時ぐらいからは彼女も復帰して仕事に参加。やはり驚くべきは彼女の技能だ。代わりのスタッフが二時間かけていた作業の倍近い量をたった30分とかからずにこなしていく様は賞賛に値する。俺なら1日がかりの作業だ。

 そのあまりの作業の早さに、逆にちょっとだけ笑ってしまった。そうすると彼女は怪訝(けげん)な表情をして、

「何よ?連日の仕事で脳が壊れたの?」

 とか言っていた。

 

 

 

 その日の夜もまたエミーに引っ張られるように彼女の家に行った。

 悪夢は見ず、ただ抱き寄せた彼女の、細い肩の感触だけを憶えている。

 

 

 あの日も短い夜だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 9月 20日

 出航日が決まった。

 三日後の、23日の正午。第4、5、6、7、8、9、10号移民船計7艦を同時に出航する。

 俺たちの作業も今はデバックに入った。

 そうそう、今朝久しぶりにジェラール達に会った。なんでも残った[プログラムチーム]全員が移民船内のコンピューターのシステム設定の仕事を与えられているらしい。ということはどうも俺たちは顔こそ合わさなかったが実は同じ製造工場内で、艦の外と内というだけで意外と近い現場で仕事をしていたそうだ。

 最近あんまりオフィスに顔を出さなかったからな。まぁしょうがないといえばそうだが、わかっていれば少しぐらいは手伝えたのに。

 今日はこれから久々に皆で食事を取ることになっている。待ち合わせの時間が近いので日記はこのへんで今日は終わる事にしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 9月 21日

 今はランチタイムだ。夜は忙しくなるので今のうちに今日の分を書いてしまおうと思う。

 デバック作業がラストスパートに入った。仕事が終わったジェラール達を無理矢理引っ張ってきてやらせているから今晩、早いうちに終わるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 仕事中に最近よく考えるようになった。

 このまま俺は、ここに背を向けていいのか、と。

 英司達の死を確認せずに離れていいものなのか、と。

 サリーアをこのままにしておいていいのか、と。

 今の俺はまるで・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スティック。俺はどうしたらいい?

 俺の前には二つの道がある。一つは明かりが灯り、先が見える道。一つは霧がたちこめ薄暗い、足下すらおぼつかない、そんな道。

 普通に考えれば前者を行くべきだ。誰でもそう思うだろう。

 しかしだ。後者にはスティック、お前が待っているような気がしてならないんだ。英司もヘイラーもミーシャも、そしてサリーアも。何もかも確証なんてない。ただ、居るような気配だけが俺の首を引っ張る。

 

 

 

 

 

 

 スティック。

 

 

 お前はどこにいる?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 9月 22日

 決断した。

 今朝のエミーの寝顔を見ながら俺はその道を行く事を決めた。

 

 霧がたちこめたら払えばいい。

 薄暗いのなら明かりを灯せばいい。

 足がおぼつかないのなら這え(はえ)ばいい。

 

 後者の道を行く。

 

 

 闇の先に何が待ちかまえているか、それを見極めてやる。

 

 

 

 

 

 もし俺が、このままこの[trunk]に背を向けるのはあまりに無責任だ。

 俺は俺の親とは違う。

 面倒な事から眼をそらし、己の事しか考えないようなそんな連中とは違う。 

 俺は我が子である、[trunk]を、[tree project]を絶対に捨てたりはしない。ちゃんと大人として一人でやっていけるようになるまで俺は絶対に親を放棄はしない。

 俺はあいつらとは違う。

 

 そして何もかもが終わったらエミーの元へいこう。

 きちんとケリをつけずに彼女の側にはいられない。

 

 

 親が歩いた道を俺は決して歩まず、俺が俺としての道を切り開き、そしてそこを歩く。

 親がクズなら子もクズ、冗談じゃない。親は親、子は子だ。例えその内にクソのDNAを受け継いでいたとしても他の部分でそれをカバーしてみせる。

 俺は連中の付属品じゃない。

 俺は俺だ。

 俺の道を行く。

 俺だけの道を行く。

 

 それまでは待っていてくれ、エミー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 9月 23日

 今日、仲間達の見送りを終えた。

 

 事を順に記す。

 

 

 昨日の夜、これからの事を彼女に伝えた。

「何、冗談言ってるのよ!?」

 それが彼女、エミー・ナカジマの最初の一言だった。

 それでも俺は移民船には乗らないと頑な(かたくな)な意志を見せると彼女は泣いた。初めて見る彼女の涙だった。

 その後泣き続ける彼女を抱きながら、自分の胸の内を伝えた。 

「・・・それで、何もかも終わったら[trunk]を連れて、君のいる星へ迎えに行く。そしたら・・・結婚しよう」

 朝まで彼女の涙は止まらなかった。

 

 

 明朝。つまり今朝だ。

 俺はそこで知った。実は俺と同じ考えを持つ者達がいることを。保安局員から有志を募り(つのり)、オドンネル議員を中心とした第二次特殊奪還部隊が結成されていることに。

 彼らは移民船には乗らず、タワーを占拠している敵を倒し、そしてこの[trunk]を奪還するのを目的とした15名からなる精鋭部隊だ。

 その中にはマルサールも居た。彼は唯一のハッカーとして参加していた。そして、[Hナンバーズ]の親としての責任を取るために。

「生まれつきデキの悪い子はいない。例え操られているとしても操られるように育てたオレ達親のデキが悪かったんだ。・・・親は親だ。変わる事なんてない。子が間違った道を行っていたら叱ってやらにゃならん。責任をとらにゃならん。・・・死んでいった他の親達のためにも」

 と彼は言っていた。

 無論、俺もすぐに参加を申し入れたが、即座にマルサールから引っ込めと言われた。いつまでも自分だけの体だと思うな、と付け加えられて。

 だが、喰らいつき、離さなかった。

 オドンネル議員は俺を受け入れてくれた。

 

 

 

 

 

 

 出航直前。

 俺はウォーレンにもその事を伝えた。あの馬鹿は、

「何を言っているんだ!?ついに頭がおかしくなったか!?さっさと荷物をまとめて・・・エミーは第9号移民船だったな。とにかくそれに乗り込め!」

 と大声で叫んでいた。

 それでも俺は絶対に行かないという意志を伝えると、あいつは、

「ならば俺も残るぞ。どうせすぐに奪還してやるんだろ? ならばいいじゃないか。出産の時までに戻れば十分だ。よし刀だけでも下ろしてくる」

 そういって振り返ったあいつの左足、つまり、まだ健康な足を後ろから見つめ、そしてポケットから取り出したチープなレーザーガンでその足を撃ち抜いた。

「その足じゃ文字通り、足手まといだ。さっさと艦に乗って大人しく療養していろ」

 駆け寄る人々。しかし誰も俺を押さえたり捕まえたりはしない。みんな俺の意志をわかっていたから。 

 クソな親を持つよりはいない方がいい、しかしちゃんとした親なら側に居た方がいい。ウォーレンは後者だ。これ以上不幸な子供は必要ない。

 あいつにはいろいろと世話になった。恩返しになっていないが、少なくともあいつの妻とこれから生まれる子供のためにはなったと思っている。

 人々を押しのけ、あいつは足を引きづりながら俺の元へとやってくると、言った。

「ルディ。命を粗末にするな。お前にだって戻る場所はあるだろう」

「戻ることなど・・・・俺は俺の道を行く。二度と振り返りはしない。先を見て、先を歩む」

 俺の言う、道が何の事かはウォーレンにはわからないはずだが、それでもアイツは何かを悟ったように寂しそうな笑みを創った。

「・・・俺の子をお前にも抱いてもらいたかった」

「何度も言わせるな。死ぬつもりで残るんじゃない」

「そうだな」

 彼は笑った。

「・・・俺の子もお前のように育つだろうか?」

「お前が親なら立派な人間になろうだろうさ。俺のなんかよりもずっと」

 彼は最後に、

「最後の頼みだ。エミーの所へ行ってやれ」

 と言っていた。俺は振り返った背中で、わかっている、と答えた。

 

 

 

 

 

 

 彼女はすぐに見つかった。しかし、彼女もまた、

「あなたが残るなら、やっぱり私も残る」

 と言い始めた。どいつもこいつも、しつこい限りだ。

 俺は彼女の肩を抱き、キスをして、嫌がる彼女を無理矢理移民船の中に押し込めた。その後は人の流れに抵抗できるわけもなく、彼女は移民船の奥に流されていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は第9号移民船が出航するのをずっと眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 別れる直前に聞いた「愛してる」という彼女の言葉を、耳に残し。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奪還計画は明日の正午から行う。すでに破壊している監視カメラの道を二部隊に別れて侵攻をする。

 明日は朝が早い。

 もう寝よう。

 

 

 

 

 

 

 

 もう悪夢を見ることはない。

 親の歩いた道から離れたのだから。

 俺は俺の道を歩いているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 9月 24日

 現在10:30。

 今は、宇宙港に止めてあった出航したクルーのものであろう大型水素タンクのジープを拝借して、それに荷物を詰め込んだ所だ。

 このジープは天井や窓がなく、オープンカーのようでもあるが、よく見ればまるでヤスリで削り取ったような後があった。意図はわからないがこれは非常にありがたかった。

 かなり大きな荷物の積み込みも楽にできたからな。

 

 マルサール達のチームとはすでに別れた。

「タワーで会おう」

 奴が最後に言った別れの、いや、再会の約束の言葉だ。俺はニヤリと笑って答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これから軽めの食事をとってついに侵攻開始だ。

 これから起こる事がどんなものであろうと俺は受け止めてみせる。俺が選んだ道なのだから。

 そして必ずこの[trunk]を正常に戻してみせる。絶対に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このノートPCはこの第9宇宙港に置いていく。向こうで壊したらアレだからな。

 明日に、いや明後日になるかも・・・あぁそうだ。サリーアの調整を始めたら数日は無理か。

 とにかく、必ず取りに帰って、また日記を書こう。

 それまでは少しの間、休んでいてもらいたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エミー、君は今、船の中で何を考えているんだ?

 君のその胸の内に何を想うんだ?

 こんな決断をした俺を馬鹿だと思っているのか?

 きっとそうだろう。俺自身、そう思うよ。だけど、必ずしも正しい道を歩く事だけが正解じゃない。時に馬鹿をやることも重要なんだ。

 そのあやふやさ、矛盾、論理的ではない、そんな部分が人間と機械との差なんだと思う。

 そうだろ? 俺は最初、君の事にあれほど腹を立てていたというのに、今ではこんなにも胸を焦がしている。

 この気持ちの変化、流れ、そしてこれほどまでに強い想い、これは人間が持てる最大級の特権なんだ。誰かを愛し、愛することができる、それが何よりも重要な事なんだ。

 それは人を強くも、そして弱くもできる。

 君に出会わずにこの状況になっていれば、俺は今頃船の中だ。俺は君を愛したからこそ、君の横にいれる男になりたいからここに立っていられる。

 君には言葉だけでは感謝しきれないぐらい感謝している。君を愛した事でこんなにも人の心は激しく想いを放つものだということを知り、そして心にからんだ親の呪縛を切り離す勇気を与えてくれた。これまでは見ないように、ずっと背を向けて逃げてきた。けれど、今は真っ直ぐにそれを見つめ、全てを受け止め、そして乗り越えられる勇気がある。

 君には本当に感謝している。

 ありがとう。

 

 見ていてくれ、エミー。

 俺はやってみせる。

 この[trunk]を再び正常に戻してみせる。

 それまでは君の笑顔を支えに、俺は戦う。

 

 エミー、君を愛している。ずっと。これからも。

 必ず君を迎えにいく。

 待っていてくれ、エミー。

 愛している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 9月 25日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 9月 26日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 9月 27日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 9月 28日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 9月 29日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 9月 30日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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         《以降、この日記は書かれていない》

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        ●

 

 

 

『・・・・・このノートパソコンには『レッド アンド ブルー ブックス』と駆除システムのソフトウェアが入っています。OSが古いものなので少し改良の必要がありますが、今現在作業中です』

 ルディカラの日記を読んだブリッジの一同は何も言わずにパルフェの言葉を聞いていた。

『これは私の予想ですが、おそらく『サリーア』は隕石の衝突事故のさい、私達のピョロ君と同じようにぺークシスにリンクしたのではないかと思われます。ピョロ君の場合、元々はナビゲーションロボとしての低レベルな人工知能があるだけでしたからその変化は著しいものがありましたが、『サリーア』は人間と同等レベルまでの人工知能を搭載されていましたから、このパソコンの持ち主、ルディカラさんも言っていたようにその変化に気づかなかったのではないでしょうか。それでも、他の可能性を否定することはできませんが・・・かなり有力な線だと思います』

 マグノが頬杖をつきながら訊く。

「しかしそれにしちゃ、ヴァンドレッドやこの船のように、ぺークシスの影響を受けた部分があまり無いようだけど?」

『おそらく私達のぺークシスは『男達からのミサイル』で、つまり外部からの攻撃的な刺激によって、生存本能のようなものが反応し、その対抗し得る『力』を生み出したはずです。しかし[trunk]の場合、突発的な事故によるものなのでヴァンドレッドやニル・ヴァーナのような戦闘に特化した兵器を作成する必要はなかったのではないでしょうか』

「・・・仮にアンタのその予想が的を射たものだとしよう。だとしたらその[Hナンバーズ]だったけ? アレがやった大量殺人もぺークシスの意志だっていうのかい?」

 マグノに訊かれるとパルフェは眉を八の字に曲げて言う。

『そこまでは・・・。でも、仮にぺークシスの意志だったとしても、その子(ぺークシス)はそばにいる人間の心情や行動を純粋にトレースする、つまりその者(達)の意志にそうように力を発揮します。まず間違いなく当時の[trunk]内に居た人物の誰かだとは思いますが、それが誰かまでは・・・』

 マグノの瞳が鋭い。

「・・・事件を起こした百年前のその『誰か』はもう生きていないだろうが、長い時間、たった一人でいたぺークシスが何を考え、何をやるのか・・・・ディータが心配だねぇ」

 その時、セルティックのコンソールに異常を知らせる赤い光が灯る。

 報告。

「艦長!新たな刈り取り機が接近中です!・・・・これは・・・あのヘビ型の信号です!!」

 マグノが舌打ちをすると、言った。

「パルフェや、お前さんはすぐにそのパソコンの中にあるものをアタシら用に改良するんだ。謎解きは後回しにしてまずは眼の前の面倒事を片づけてからゆっくりやろうじゃないか。・・・ディータも伊達にアタシの娘じゃないんだ、きっと大丈夫さ」

『了解しました』

 メインモニターのパルフェの姿が消え、代わりにウニ型が爆発し、爆炎の中からヴァンドレッド・メイアが飛翔する姿が映った。

「あの子達に繋げておくれ」

「了解・・・回線繋がりました」

 アマローネが言うとメインモニターの横にヒビキとメイアが現われる。

『バァサン、どうした!?』

 マグノが立ち上がる。

「例のヘビ型がやってきなさった。アイツには『借り』があるからねぇ、たっぷりとお返ししておやり」

 そして彼女はニヤリと笑う。それに合わせるようにモニターのヒビキもニヤリと笑った。

『了解だ!今度こそ俺の力を見せてやるぜ!!』

 そして回線は切れ、メインモニターに映っていた白銀の鳥はその翼をはばたかせ、宇宙を駆ける。

 

 

 ヒビキ達と回線が切れ、セルティックはコンソールを叩き敵の情報をさらに詳しく調べる。ヘビ型の他には十数機のキューブと一機のピロシキ型。大した数ではないが、現状の戦力では不安がある。そう彼女が思考を巡らした時、一瞬だが、そうたった一瞬だけだったがヘビ型の機影が『ブレ』たような気がした。しかし再度確認しようとするとそれは特別異変のないヘビ型を示す機影でしかない。

「気のせい・・・かな?」

 彼女は一人小さくつぶやいた。

 

 

 機関室。そこには一人でコンソールを叩くパルフェの姿があった。他の仲間はドレッドの修理やレジシステムの工作へと回っている。

 パルフェは複雑な心境でプログラムの改造に励んでいた。OS自体は類似したシステムであったからあと数分もあれば改造は終了して、自分はドレッドの修理に回れるだろう。

 彼女は思う。

 コンソールの横でコードに繋がれ、データを吸い出されているこのノートPCの持ち主、ルディカラ氏はどんな思いで『サリーア』の元へと向ったのだろう。愛する女性のため、己の親と決別をつけるため、失った多くの友のため、親友の娘の所へと向ったルディカラ氏は何を言って、何を聞いて、何を感じたのだろう。そして、彼はどうしたのだろう。

 彼は『サリーア』を機械としてではなく、一人の人間として認識していた。それも親友の娘として。

 だからきっと、彼女と相対した時、彼の中で葛藤があったことだろう。彼には彼女を停止させなくてはならない理由はある、しかし彼女を殺すようなマネが果たしてできたのだろうか。

「・・・あ、そうか・・・」

 パルフェはどうして自分があの人の事をこんなに気にしているのか、ここまで考えた時、やっと理解できた。

 彼も、そして彼の親友スティック氏も自分と似ているのだ。機械を機械と考えず、同じ人間として、対等の存在としている。少なくともサリーアと呼ばれる存在についてはそうだ。

 そんな考えを持つ人には今まで出会った事がない。

 だから・・・。

「・・・だから・・・ちょっとでいいから話がしてみたいって思うんだね」

 彼女はルディカラ氏のノートPCにそっとつぶやいた。

 その時機関室の照明が点滅する。

「なに?」

 機関室に入り込むぺークシスの蒼い光が強い。ぺークシスが何かに反応しているのだ。

 

 

 

          ●

 

 

 

 床に腰をつけているディータへサリーアが近寄ってくる。

 彼女は言う。

「ディータ・リーベライ、取りあえずこのタワー内にいる限りは安全です。お茶でも用意しましょうか?」

 ディータはあの『リョウ』だという生首と、それに対して平然としているサリーアに何とも言えない恐怖感を感じ、尻餅をついたまま後ずさった。

「サ、サリーア・・・。あの中には・・・・」

「ですから、『リョウ』です、ディータ・リーベライ。・・・そんなに驚かれますか?」

 その時、極めて中性的で機械的な声が二人の会話へと入り込む。

『・・・ひゃ、ひゃくねんまえぐらい・・・に・・・いろいろ、と・・・あっ・・・・て・・・』

 ディータはその声の方向を向く。それは天井に付けられたスピーカーだった。

「・・・誰?」

「あら、リョウ。今日はとても調子が良いみたいね。喋れるの?」

『・・・す、少しなら・・・』

「・・・リョウ・・さん・・・?」

 ディータが訊くとサリーアが笑顔でうなずく。彼女はこちらに背を見せ、鉄の塊へと視線を向ける。彼女は淡々と言った。

「声帯はスピーカーが、鼓膜はマイクが、瞳はカメラレンズが、身体は[trunk]が・・・」

 そう言ってサリーアは壁のモニター群を指さす。

 チャリと腕のチェーンブレスレットが音をたてた。

 モニターに映るは先ほどディータ達が居たあの『ダイアモンドリリー』の花畑、廃墟のような街、空っぽの宇宙港、[trunk]内の至る所の映像だった。

「それぞれが彼の本来の身体の代わりを担っています。しかし、彼の脳は、彼のアイデンティティだけはオリジナルのまま。いわば義肢を使う身体障害者と何も変わりはないはずです。あなたはそんなリョウを、いえ私達を差別しますか、ディータ・リーベライ」

 サリーアの言葉をはっきりと理解できないディータは取りあえず、無言で立ち上がった。彼女は必死になって言葉を探すが見つからない。それはそうだ。相手の言葉の真意がわからずに受け答えできるわけがない。

 そんなおろおろとした彼女のわきを、浮遊しているピョロが蒼白い光を放ちながらすっと通り抜け、前へ出た。モニターからは瞳が消え、発する光と同じ蒼白い映像を映しいる。そして、彼は普段の口調とは打って変わって極めて落ち着いた口調で言う。

『・・・端的に言う。お前はこのままでは死ぬだけだ・・・』

 その言葉にサリーアはゆっくりと振り返る。そして彼女の身体が白い、純白の光に包まれた。

「・・・え?」

 ディータが眼を疑うが、間違いなくサリーアから白い光がぼんやりと発せられている。そして、どこからか現われた綿雪(わたゆき)のような白い粒が浮かび上がり室内を埋め尽くした。

 あまりに現実離れした、その幻想的な空間で、サリーアが口調をまったく変え、そう、別人のような落ち着いていて大人びた声で、

『・・・わかっている。だが、それはこの個体が望んだ事でもある・・・』

 と、どこか冷たく言い放った。

 

 

 

          ●

 

 

 

 ヘビ型はどこか冷めた眼で、レンズ型の部隊がことごとく破壊されていくのを接近しながら見ていた。

 愚かだ、と思った。

 自分は注意をうながした。奴らは強い、と。なのにそれを失念しやがって。まったくもって愚かだ。

 レンズ型より援護要請が入る。

 ヘビ型はため息を吐く思いでそれを受諾した。最初に援護要請を出したのはこちらだというのに向こうが、合流直前とはいえ助けを求めるとはどこか情けない。

 だが、だからといって無視するつもりはない。救護要請を出したのはこちらなのだし、レンズ型がやられては彼とのコンビネーション技ができなくなってしまう。

 ヘビ型が引き連れてきた部下達にレンズ型の援護に回るように命令を出すと急速で接近する機体を確認した。見たことのない・・・いや、以前どこかで戦った事のあるような機体だった。

 白銀の鳥。

 それが体当たりをするように真っ直ぐに迫る。ヘビ型は装甲も、質量もこちらが上と踏んで、コースを変えずに真っ正面から受けて立った。

 二つの高速機がその先頭点を交える。

 散弾が発射されたかのように火花を飛び散らせ、交差。機体をこすり合った形となった。

 星の重力の影響も受けて、互いにとてつもない衝撃にもまれ機体がキリモミ状態になるのだが、ヘビ型は青いウロコのような装甲の一部を逆立て、そこからジェット噴射。安定を取り戻す。

 そして次の瞬間、彼の赤いウロコのいくつかが逆立ち、深紅のレーザーを後方へと飛び去った銀色の鳥へと放つ。

 それに気づいた鳥は機体を激しく揺られながらも急カーブを描いてその攻撃をかわす。しかしそのせいで星の重力に捕らわれ、機体が完全にバランスを崩した。

 今は相手にする必要はない、と判断。

 ヘビ型は鳥の親玉であるスクラップの塊(ニル・ヴァーナ)へと向いながら己に生まれた傷をチェック。ボディに一本の傷が走ったが、特に最初の接点部の装甲部のダメージがひどい。もう使えないと判断する。するとまるでそこの部分が爆発するように炎が上がり、二枚のウロコのような装甲が弾き飛ばされ、代わりに内部より新しいブルーの装甲が生まれる。

 なかなか強い、そうヘビ型が感じた時、スクラップの塊より数十本に及ぶ蒼い光の筋が一斉に襲いかかってきた。

 ヘビ型とヴァンドレッド・メイアがすれ違った瞬間、内部には暴力的なまでの衝撃がパイロットの二人を痛めつけた。

「な、なんて衝撃だ」

 メイアもなんとか機体を安定させようとするのだが、思うように機体が落ち着いてくれない。そこにヘビ型よりレーザーの追撃。メイアは考えるより早く機体の軌道をずらすのだが、それが失敗だった。コースがさらに星よりになり重力に引かれ始める。

「・・・・・クソッ!」

 そう歯を食いしばるヒビキは口内の奥より染み出てきた血の味を再び唾液と共に体内に押し戻した。先ほどから大声や振動やらで傷口が再び開き始めたのかもしれない。

 しかしまだ大丈夫だ。まだわずかににじみ出たにすぎない。

 まだ持つ。

 そう判断するとヒビキは機体の安定に努めた。

 ヴァンドレッド・メイア、星より打ち上げられるロケットのように垂直に軌道をとったのち、ヘビ型に向けて急カーブ。重力の魔の手より離脱し、安定。再度の攻撃を仕掛けるためヘビ型を高速で追う。距離が開いていた。

 ヒビキはつぶやくように訊く。

「追いつけんのか!?」

 メイアは己に言い聞かせるように答えた。

「追いついてみせる!」

 その時モニターの中、ニル・ヴァーナより攻撃が始まる。数十に及ぶ蒼いレーザーが、接近するヘビ型を狙う。その全てはヘビ型の頭部の一部に多重ロックオンを行い、拡散するのではなく、一点集中攻撃だった。こうすることで強固なこのヘビ型の装甲を貫けるのは先の戦いで実践済みだ。

 しかしそれはヘビ型も同じ。二度もミスはしない。

 レーザー、ヘビ型を捕らえるがそのヘビ型の半数ほどの赤いウロコが逆立ち赤いレーザーを発射。ヴァンドレッド・メイアに向けて撃ったものの残りだ。

 互いの中間でそれは激突し、互いに相殺した。

 ヘビ型が迫る。

 そこにエステラが指揮する数機のドレッドがフォーメーションを組んで待ちかまえるのだが、横からレンズ型の率いるキューブの部隊が襲いかかりそれを崩す。

 がら空きになった宙域をヘビ型が悠々と通過。

 ヘビ型接近。

 ニル・ヴァーナはフルパワーでシールドを展開しつつ回避行動をとる。だが、ヘビ型も軌道をずらして喰らいつく。

 ニル・ヴァーナに直撃ではないものの、シールドの隅にヘビ型の頭角が衝突する。互いに衝撃を受けるがパワー勝負ではニル・ヴァーナに軍配が上がった。ヘビ型が弾かれ、アンバランスな状態で戦闘宙域のすみまで飛ばされる。

 ニル・ヴァーナより四機のドレッド出撃。すでに出撃していたドレッドと共にニル・ヴァーナを囲むような形でフォーメーションを取る。

 ヴァンドレッド・メイアもニル・ヴァーナ付近を飛行しながら雑魚を蹴散らす。キューブ五機撃破したのち再びヘビ型へと照準を定め、最大加速。

 二人のパイロットにかかるG増加。

「・・・体は大丈夫なのか?」

 メイアが正面モニターを見据えたまま、ボソリと訊いた。一瞬ヒビキは自分の事だと言うことに気がつかなかったが、すぐに、

「屁でもねぇ」

 と返した。

 正直な所、呼吸するたびに右側の肺が痛むのだが、それを正直に告げるヒビキではない。

「もう治ってら」

 本当にそうだろうか。いつもの戦闘中はあれほど騒がしい男がこの戦闘においては急に黙るとは・・・。

「無理はしなくてもいい。私一人でも戦える」

 メイアは無表情に言った。

 それに対しヒビキはニヤリと笑って見せた。

「わけわかんねぇ事言うんじゃねぇよ」

 その彼の表情を見て彼女は言う。

「そうだな」

 そして彼女もまたニヤリと笑って見せた。

「さぁケリをつけるぞ!」

「おう!」

 ヒビキは威勢の良い返事をするのだが、その声とは裏腹に彼の肺の傷は徐々に開きつつあった。血が肺へ流れ落ち、吐息に血の臭いが混じる。

 ヒビキは軽く咳き込む。口内から血が吹き出しそうになるのを唇を閉じてこらえ、再び唾液と共に飲み込んだ。

 ここで自分の血を彼女に見せるわけにはいかない。

 モニターを見る。

 ヘビ型は迫る。

 あのスクラップの形成するシールドは予想以上のパワーだった。まさか自分の攻撃を完全に防ぐとは。

 一度完全に安定を取り戻すために、吹き飛ばされた時あえて抵抗しなかった。戦闘宙域の外れ。回りには眼下に広がる大きな星のみ。そこへ一匹の鳥が迫ってくる。ヘビ型は再度そいつからの攻撃を受けるつもりはなかった。

 赤いウロコが逆立つ。数十本の深紅のレーザー発射。鳥を完全に串刺しにせんがため、全弾が一機を狙う。しかしそれらを鳥はその速度そのままに我が身を揺らし次々と交わしていく。見事だった。

 その時やっとヘビ型は思い出した。先の戦いでも彼の攻撃をかわした銀色のハエのような機体が一機いたことを。しかし細部が違う。この短い時間にバージョンアップはさすがにできないだろう。速度等の性能は今対峙している方が上。という事は同系列の最新型のような機体なのかもしれない。そこまで考えるとなるほど、なら自分の攻撃をああもかわせるのはうなずける。

 鳥が迫る。

 ヘビ型が後方の青色のウロコを逆立てそこから一斉にジェット噴射。瞬時にして高速機動を見せる。

 一騎打ちで二機は迫り合う。

 鳥はヘビ型と衝突する直前に直角に近い角度で上昇。ヘビ型の攻撃をかわし、すぐさま急ターン。ヘビ型の後方へ喰らい付く。ヘビ型を正面に捕らえる、目標ロックオン。二発のミサイルが鳥より発射。鳥のそれまでの速度にミサイルの推進力が加わりヘビ型に高速接近。

 それをすでに確認していたヘビ型は片側の蒼いウロコを逆立てジェット噴射、ヘアピン、180度ターン。機体への負荷を完全に無視した軌道だった。

 ミサイルは突如として進行方向を変えたヘビ型についていけず、ロックオンが解除。あらぬ方向へ飛行し、無意味な爆発を上げた。

 予想をはるかに超えたヘビ型の軌道に虚をつかれた鳥は慌てて方向転換。だがヘビ型は逃がしはせず、体当たりを仕掛ける。その瞬間鳥は信じられない行動に出た。なんと自分が装備しているミサイルを発射する前に、己の腹に付けたままで爆発させたのだ。その衝撃により鳥はヘビ型からの攻撃をかわすのだが、爆発によって他にも装備していたミサイルが誘爆。再度安定を失い、星へと引き寄せられる。鳥、ブースターを吹かし、何とか安全圏にまで戻るが当然そんな事をするのはヘビ型にはお見通しで格好の狙いとなる。

 もらった。そうヘビ型が確信した時、それがスキとなった。

 スクラップの塊より蒼い数十のレーザー発射。そしてほぼ同時に、出撃していたドレット全機より一斉掃射。

 共に狙うはヘビ型の頭部、一点のみ。

 しまった。と思ったその瞬間に攻撃はヘビ型の頭部を貫いたのだった。

 

 

 

           ●

 

 

 

 突如として別人のようになったサリーアを見て、ディータは眼をまるくした。いや彼女の『感じ』の変化だけではない。彼女から優しくもどこかはかなげに発せられている白い光、そして部屋中に現われた綿雪のごときの白いつぶ。それはゆらりと揺れながらもその重力から解き放たれたかのように浮いているのだ。

 誰かが『これは夢なんだ』とディータに言えばそれを簡単に信じてしまいそうだった。

「サ、サリーア・・・?」

『今はその固有名詞で我を呼ぶのは適切ではない』

 やはり冷たい感じのする口調でサリーアの姿をした『何か』が言った。

 ピョロが言う。

『我々は常に一定量以上の活動を継続し続けなければ枯れ果てる。それは人で言う死に値する。わかっているはずだ』

 サリーアが少し時間を置いてから返す。

『・・・死とは何か』

『死とはそれの生命活動の終わりを意味する』

『それは人の場合であり、我々も共に同じ価値で流用できるとはこれに限らないはず』

 この言葉を聞いて、ディータはもしかしてという考えに至った。ピョロもサリーアも共に我々と言った。今のピョロはニル・ヴァーナのぺークシスプラグマと高レベルにおいてリンクしている状態にある。強いていうなら今のピョロはぺークシスの代弁をしているのだ。その彼と共に我々と、自らと相手を同類として呼んだということは・・・。

「・・・ぺーク・・・シス・・・?」

 だが、サリーアは人間であるはず。そのサリーアが何故ぺークシスとリンクするというのか。

 ピョロは言う。

『お前は長い時間人と共に長い時を送ってきた。・・・それでもわからないのか』

『・・・・・・』

『何故活動しない? この状況ならばお前は独自に活動を続ける事が可能であるはず』

 サリーアの姿をした何かはそっと瞳を閉じた。

『何故我らの死をあなたは拒むのか』

『我々は共に・・・』

 ピョロの言葉をサリーアがさえぎって、言う。

『死は終わりではない。いや、終わりはではない。意味がある死というものある。この個体はそのわずかな意味を強く望んでいる・・・そして共に百年という時を送った我自身もまた、そうである。・・・我らの死をなにゆえ、あなたは拒むのか』

 それは再度問いてそっと自分の胸に手を当てた。

 天井のスピーカーが喋る。

『か、かのじょが・・・いう、んだ・・・も、う・・・お、おわ・・・りに・・・したい・・・って。・・・・ど、うして・・・と・・・きいて・・・もこ、こた・・・えてくれ・・な、いんだ・・・な、ぜ・・・なん・・・だ・・・ろう?』

 その言葉を最後に室内に沈黙が降りた。

 

 

 

          ●

 

 

 

 ニル・ヴァーナとドレッドからの攻撃は間違いなくヘビ型の頭部を貫通した。それは間違いない。だが今、ヒビキ達がモニターを通して見る画像には疑問を持たずにはいられなかった。

 ヘビ型は攻撃を受けた瞬間に砕け散った。そう文字通りに砕け、そして散ったのだ。粉々に。一つとして大きな破片が残る事なく。

 多少ダメージを受けたものの、安定しているヴァンドレッド・メイアのコックピットでヒビキは言った。

「ちょっとやりすぎたんじゃねぇのか・・・?」

「だとしても・・・不自然だ」

 モニターの中で元々はヘビ型だった鉄くずが赤と青の微妙な色合いを見せながら辺りを浮遊していた。

 ニル・ヴァーナ。ブリッジ。

「やったか?」

 ブザムが訊くとアマローネが現在確認中です、と答えた。

 振動。

 ヘビ型が沈黙したとはいえ、まだ数十に及ぶキューブと数機のピロシキ型、そしてレンズ型が健在だ。ブザムはアマローネの報告を待つ間にドレッドへ指示を出した。残りの敵を撃破せよ、と。

 モニターの中でドレッドが活発に活動し始めた。フォーメーションを組み、的確な攻撃を始める。向こうもそれに対し体勢を整え、応戦しているがどうみてもマグノ海賊団が有利だった。

 アマローネがコンソールを叩く。今の所これといっておかしな所はない。

「坊や達はまだ戦えるのかい?」

 マグノが訊くとセルティックがすぐに応答した。

「はい。多少のダメージを負っていますが戦闘は継続して可能です」

 それを聞いてどこか安心したようにマグノはため息を吐き、それを見ていた横のブザムが言った。

「あの二人には戦闘終了と同時にディータを迎えにいかせようと思うのですが」

「まぁわざわざニル・ヴァーナで行くこともないしね。いいだろう」

「はい。・・・メイア達に通信回線を繋げ」

「・・・あ」

 その時、アマローネは言葉を失った。かろうじて出た言葉は・・・。

「嘘・・・何コレ・・・」

 彼女の視線の先のレーダーには突如として現われた数百に及ぶ無数の敵影だった。

「なんにせよ、ここで無意味に浮いているヒマはない。我々もニル・ヴァーナ付近で戦闘に加わろう」

「そうだな」

 二人が機首をニル・ヴァーナへと向けたその瞬間だった。それまで沈黙していたヘビ型の破片が突如として意志を持ったように動きだしたのだ。

 全ての赤い破片からレーザーが一斉に発射されそれがニル・ヴァーナ周辺で戦闘していたドレッドチームへと突き刺さった。距離があった事が幸いして半数は多少のダメージを受けつつも直撃をさけたが、残りの半数はエンジン部を完全に破壊された。

「なんだと!?」

 メイアが叫んだ瞬間、全ての青い破片が急激に動き、一瞬にして高速へ。そしてそれらが動きだしていたヴァンドレッド・メイアへと体当たりしてくる。

 まるで無数の鋭利な刃物で連続して切られるようにしてヴァンドレッド・メイアに襲いかかる。機体が火花に包まれた。

 コックピット内に耳から脳天まで貫くような甲高い金属音が飛び交う。ダメージを受け続ける中、メイアがつぶやいた。

「まさかこの敵は・・・・」

 次々とメインモニターに現われる苦戦の状況。そんな中でマグノがつぶやいた。

「あれがアイツの本当の姿か」

 海の生物、それも小魚は大魚などに食べられないようにと群れで行動するものがある。その群れは肌がくっつくほど互いの身を寄せ合い、少し離れるとまるで一匹の大魚に見えるという。これはそれをマネたものだろうか。

 ブザムは先の戦いでのブレの原因がやっと理解した。あのブレはおそらく加速したか、カーブを描いたときに微妙に連結が崩れて機影がダブって見えたのだ、と。

 気づくのが少し遅かったのかもしれない。

 少しだけ自分を戒(いましめ)ながらも、彼女は指示を出す。反省は後でいい。

「戦闘不能なドレッドはニル・ヴァーナへ退避。飛行不能ならば誰か回収に向かえ」

 マグノが言う。

「兄ちゃん、あの小魚共を一気に蹴散らせられるかい?」

『無茶ですよ〜!全部小さくてうまくロックオンできません。それにあの青いのにいたっては早すぎて・・・』

 そうかい、と言ってマグノはため息を吐いた。

 ベルヴェデールの報告。

「ヴァンドレッド・メイアのダメージ急激に増加」

 マグノがやれやれという口調で言う。

「兄ちゃん」

『はい!?なんです!?』

「昔からね、ヘタな鉄砲も数撃ちゃ当たるっていうことわざがあるんだけど、知ってるかい?」

『・・・・そ、それはどういう意味でしょうか・・・?』

「ダメもとでぶっ放せ、って事じゃない?」

 さりげなくセルティックが助言した。

 ニル・ヴァーナより無数のレーザー発射。おそらくウロコを狙ったものばかりなのだろうがそれらは見事なまでに外れていく。ただその流れ弾に合ったってキューブ達が無情に撃破さているのであながち無駄とも言えない事もないが、やはりどこか投げやりな感じのする攻撃だった。

 打ち終わるとしばらくの間、チャージのため沈黙。そしてチャージ完了と共に再度テキトーなレーザーが発射される。

 それが三回ほど繰り返されたが結局破壊できたのは赤いウロコ三枚、青いウロコ一枚、キューブ七機という何とも無様な戦果だった。

 

 

 ヴァンドレッド・メイアの機体には確実にダメージが蓄積され続けている。機体表面に付けられたあまりの傷の量に、それは元々そういう模様だったのではないか、とさえ見えてしまう。

 メイアが振動に揺られながらも、言う。

「このままではまずい。この場を一時離脱するぞ」

「賛成だ」

 ヴァンドレッド・メイア、加速。青いウロコ、離されない。ついてくる。

 ヴァンドレッド・メイアさらに加速。青いウロコのいくつかが引き離されるもやはり残る。

「クソ、なかなか根性あるじゃねぇか」

「この場合根性とかいう問題ではないような気がするが・・・」

 ヒビキがニヤリと笑う。

「男ヒビキ、根性勝負なら負けねぇ!」

「何をする気だ。ヒビキ!」

 ヒビキは機体を星へと寄せる。機体を重力がつかみとり、ゆっくりと星へ向って加速し始める。表面温度、大気摩擦にて上昇。

 コイツは死ぬ気なのか、と青いウロコ達は思わずにはいられなかった。進行方向はまだ衛星軌道に平行ではあるが徐々に、落ちている。最初はただの虚勢かとも思ったがどうやらそうではないようだ。

 ついてこれんならついてきてみやがれ、そう言っていると青いウロコ達は感じ取った。なめられてたまるか、そう思うのだが、合体した状態ならいざ知らず、今のバラバラの状態では分が悪い。青いウロコは表面の一部は強化された装甲板であるがその裏側についているブースターはそれほどの耐久性は備えていない。途中でブースターが爆散するのは眼に見えている。

 どうする? そう考えた時、通信が入る。レンズ型から、これ以上の損耗は避けたい。早々にケリを付けるぞ、と。

 青いウロコ達はいささかの心残りをその身に納め、ヴァンドレッド・メイアから離れ、レンズ型の元へと向った。

 ヘビ型は何故小型戦闘機の集合体である必要があるのか。何故この戦闘においてレンズ型に救援を求めたのか。それらの答えを意味する『技』を見せる時だった。

「ヘっやっと離れやがったな」

 揺れるコックピットの中でヒビキはどこか得意気に言った。

「まったく無茶をする。とにかく重力圏を離脱するぞ」

「ああ」

 ヒビキ達は機首を曲げ、重力から逃れようとするのだが、予想以上に落ちていたらしい。機体が星から離れない。

「やべぇ・・・かな・・・?」

「無理に星から垂直離脱しようとするからそうなるんだ。大丈夫だ。まだ衛星軌道にそって、速度がある。ブースターを使って何とか脱出速度を確保できれば・・・」

 そう言いながらもメイアは手元のコンソールを叩き何やら計算し始める。そして結果が出た。

「この星なら秒速24キロメートルまで出せば嫌でも重力圏を離脱できる」

「な、なんでだ?」

「重力と遠心力の釣り合いが取れて推進力なしでも星の回りを飛んでいられるのが『第一宇宙速度』といって衛星軌道を回るものだ。だがそれ以上の遠心力を持って釣り合いを崩せば鎖が切れたハンマーのようなもの。つまり」

「宇宙へ放り出されるってわけか」

「そういうことだ。・・・ブースターだけでは推進力が少し足りないな。多少戦闘宙域から離れるが重力を利用して離脱する。行くぞ」

「お、おう」

 ヴァンドレッド・メイア機首をやや下へ向け、重力とブースターにより加速。

「・・・・・クッ!」

 急激な加速によるGにヒビキの肺からあふれた血液がノドを走る。あまりに唐突だったので唇を閉めるもわずかに血が噴き出した。しかし幸いにもメイアはそれに気づかず、飛び出した血もすぐにGを受けてヒビキの胸もとの衣服へと吸い込まれた。

 段々血の量が増えている、Gが襲いくるコックピット内でどこか冷ややかにヒビキは思った。

 ヴァンドレッド・メイア、戦闘宙域を離れ星を四分の一ほど回った所で重力圏より離脱。二人のパイロットにかかるG減少。ヴァンドレッド・メイアは現在の速度を殺さずにUターン。戦闘宙域を目指す。

「あれは・・・」

 メイアの眼がモニターの刈り取り機の妙な動きを捕らえた。カメラ最大ズーム。

 そこにはレンズ型の後方に集まる赤いウロコ。そしてその周囲を合体した青いウロコが数枚の板となって、まるでレンズ型を守るようにして回転していた。

「まさか・・・」

 ヘビ型が合流する前の戦闘で、レンズ型を使ったキューブの合体レーザーでの凄まじいまでの攻撃があった。まさか今度はヘビ型のそれで再現しようというのか。

 ヴァンドレッド・メイア最大加速。だが、またしても間に合わなかった。

 これがヘビ型の、いや小型戦闘機集合体の真の兵法である。彼らはそれ一匹だけではさほどの能力を持たないが、特定の刈り取り機とタッグを組んで戦う時になるとその相棒に驚異的な付加能力を与えるのだ。特にレンズ型との相性は最高に良かった。

 その戦法を読みとったハエ共はすぐさま赤いウロコを攻撃する。しかしそれはレンズと赤いウロコを守るように回転している青いウロコに悠々と受け止められる。

 赤いウロコ達のチャージ完了。深紅の無数のレーザーがレンズ型へほとばしり、そしてレンズ型を通り抜けると全てのレーザーが一筋のレーザーとなってスクラップの塊を貫通、そして後ろにしていた宇宙港らしきものの中心部近くに直撃し、爆炎を上げた。

 ニル・ヴァーナに走った強烈な振動のあと、アマローネがすぐさまコンソールを叩き被害を確認、報告。

D13ブロック、C13ブロックをレーザー貫通」

 セルティック。

「エアー漏れ確認。非常用隔離シャッター作動。クルーへの被害なし」

 そしてベルヴェデールがひときわ大きな声で言った。

「貫通したレーザーが[trunk]の中央部に直撃!表面装甲に被害を確認!エマージェンシーが作動しているようです。救難信号受信」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 それらの報告をマグノは無言で受け止める。

 もはや、無事でいてくれ、と願うしかなかった。

 

 

 

          ●

 

 

 

 [trunk]の中心部近くに赤い光線は直撃し、爆発を上げた。表面装甲は貫かれ、爆発の攻撃は内部にまで及んだ。街の空に穴が空き、空気の吸引が始まる。特大の掃除機で全てを吸い込まれるように暴風が吹き荒れ、街の物品を次々と巻き上げ宇宙空間へ放り出されていく。車、街路樹、看板、そして家やビルすらも浮かび上がる。アスファルが割れ、下を走っていた水道管が破裂する。吹き出た水は穴に向い、そしてマイナス二百度の宇宙空間に触れた瞬間に氷りつく。その氷りはビルなどの破片をつなぎ合わせ、穴にこびりついた。

 爆発より数十秒の時を置いて、暴風の力は弱まる。

 氷りと破片が穴を塞いでいた。

 だが、それとてそう時を待たずに破壊され、再び大穴が空くのは時間の問題だというのは誰の目から見ても明らかだった。まるで人の鼓動のように穴を塞いだ蓋は波打ち、全てを宇宙へ放りだそうとしている。氷りにヒビが入るがすぐに新しい水が飛来し、そこを補強する。

 もって数十分。

 

 

 

          ●

 

 

 

 その部屋での沈黙は衝撃によってかき消された。

 あまりの衝撃に足下が一瞬だけ浮いた。

「な、なんなの!?」

「どうやら『彼ら』はドレッドチームを持ってしても押さえきれないようですね。これはあなたが戦線に参加していないからなのでしょうか? ディータ・リーベライ」

 そう言ってディータにサリーアは微笑みながら訊いた。そう、微笑んでいたのだ。

「サ、サリーア・・・?」

 ディータはたまらずに訊いた。先ほどまでの無感情無表情のぺークシスではなく、間違いなく以前のサリーアの声だったのだ。彼女は無言で微笑んでディータの質問に答えた。

 ピョロが未だ蒼い光を発して無言で彼女らを見つめた。

「ど、どういうことなのサリーア?」

 その時、[trunk]中に響き渡るサイレンと警告が入った。

『最終警戒宣告。現在[trunk]は多大な損耗を受け、これを修復不能と判断。市民の皆様は慌てずにタワーへと避難してください。なおタワーの収用人員は最大320名となっております。収容人数がこの数に達するか、またはただ今より四分三十二秒後になりますと緊急バージを行い、タワーを射出いたします。繰り返します・・・』

 サリーアが不自然なまでの落ち着きのある声で言う。

「あら? [trunk]の安全機能が働いたのね。困ったわ」

 リョウが言う。

『タワー・・・という・・・こ、こと、は・・・バイオ・・・パ、クは・・・つい・・・て・・・こ・・な・・いのかい?・・・・あそこは・・・・大好きな・・・んだ・・・け、ど・・・・』

 サリーアはゆっくりとリョウの小窓まで来るとそっとそこへ手を当てた。

「大丈夫よ、リョウ。私の・・・いえ、ぺークシスプラグマの能力を使えばこの程度の傷はどうにでもなるわ。あなたの体をもぎ取るようなマネはさせないから、安心して。ね?」

「・・・ねぇサリーア。さっきもサリーア言ってたけど、リョウさんの体って・・・?」

 彼女はリョウの方へ向いたまま、ディータに背中を見せたままゆっくりと応えた。

「百年と少し前。リョウの肉体はルディカラ様によって多大な損耗を受けました。その時、私はどんな医学療法を用いても再生は不可能と判断し、生命を維持するために彼の脳を[trunk]のメインコンピューターとをダイレクトに連結させました。そしてメインコンピューターからは[P.A.N][trunk]内全てのコンピューターに繋がっておりますので、いわばリョウは[P.A.N]という神経ネットワークが縦横無尽に走る[trunk]を彼自身の新たなる体とすることができたのです。そして私もまたこの[trunk]が体・・・初めて彼と一体となった時、私はこの上ない幸福と快楽を憶えたものですわ。そして・・・それは今も続いています」

 ルディカラというのが誰の事がディータは理解出来なかったが、彼女の言葉の内容はわかった。おかしな言い方をする、と彼女は思った。

「・・・それって・・・」

 サリーアの言葉、それも後方の部分に注目して考えるとサリーアの体はリョウと同じく[trunk]が体だと言っているように取れる。だとすれば、今現在ディータの眼の前にいる少女はいったい何なのか。

 少し考えるとひょっとしてという結論にディータは達した。もしかして眼の前にいる少女は人間ではなく、[trunk]と連結した機械なのではないのか。しかしこんな人間にしか見えない機械が果たして存在するのだろうか。少なくともメジェールにもタラークにも本物と見間違える程の機械など聞いた事もない。

 だが、先ほどのぺークシスとのリンクの件とを合わせて考えると結論は一つに収束してしまう。

 それは機械。

 そういう考えに至っても、やはり眼の前の少女を見るとその考えが誤っていると思わずにはいられない。

 ディータは困惑を極めた。

 サリーアは振り返り、そしてディータの困惑する瞳を見つめる。そして表情にわずかに表れていたディータの感情などまったく眼中にないように幸せそうな口調で言った。

「ディータ・リーベライ、あなたは誰かと恋をしたことがありまして? 誰かをそれ以上ない程に愛し、欲した事はありません?」

 彼女の言葉にディータの頭に一瞬だけヒビキの姿がよぎった。

「私にとってはそれはリョウなのです。そしてあなたにもおわかりになるでしょう? 心より愛した人と共に入れる時、手や唇や性器で愛する者と繋がる時、そして愛する者と気持ちを一つにできた時、誰しもがこう思うはず。『時が止まって、ずっとこのままでいられたら』と。そう思うはずです」

 そして彼女はどこか悲しげな瞳をして右手につけたチェーンブレスレッドを左手で撫でた。

「だからこそ、私は・・・・」

 その瞬間、ディータ自身は見ることができなかったが彼女の後頭部に、白い球体の一つが素早く入り込んだ。

「サリー・・・うっ!」

 眼の前のサリーアや未だ蒼白い光を放つピョロ、そしてリョウが彼女の視界から一瞬にして消え失せ、彼女の視界はホワイトアウトする。

 そして、大量の映像と音、そして誰かの感情が激流のごとく、彼女の中へと流れ込みはじめた。

 

 

 

          ●

 

 

 

 機関室。

 そこには例のソフト『レッド アンド ブルー ブックス』の改良を終えたパルフェの姿があった。

 ぺークシスも妙に活発化しているが十分に安定している。この戦闘中はこれ以上手を加えなくても大丈夫だろう。そうパルフェは思い、現在の作業に集中した。

 ノートPCに入っていたウィルスの駆除システムを利用してレジ内のウィルスも退治し、現在、彼女の同僚達が[SS]削除をしている頃だろう。あとはレジのバックアップを再インストールすれば正常にレジシステムは稼働する。そうなれば修理したドレッドをありったけ出撃させて、現在の戦局を大きく変えられるはずだ。

 自分の最低限の責任は果たした。そう思いながら彼女は作業の手を早めた。現在彼女が、先ほど強制的に切断してしまった回線を修復するためコンソールの下の床下に顔を入れていた。

「あとは・・・・この子とブリッジのケーブルを繋いで・・・OKっと」

 彼女は床下から顔を出し、ホコリまみれになった髪を揺らし、そして額に浮いた汗をぬぐい取った。そして床板をはめ、四隅をネジで止めて、作業終了である。この後はドレッドの修理へ向う予定だ。

 辺りに置かれた器具をそそくさとカバンにしまい込みそれを持ち上げ、部屋を出て行こうとした時に初めて彼女は気がついた。カバンを再度床に置き、すぐさまコンソールを叩く。

「いったいどうしたの、ぺークシス君」

 機関室から見える蒼いぺークシスが猛烈に光を発し始める。おまけにその蒼い中に何故か白い斑点のようなものが動き回っているのだ。

「ああもぅ!何が起こってるのよ〜!・・・・・・・・・・・・こんな時にピョロ君がいてくれれば助かるんだけど、もう!」

 そうつぶやきながらもこのぺークシスの異常を調べるため彼女は指を動かし続けた。

 

 

 

          ●

 

 

 

 

 診察室のベットには両手に薬を塗られ、そして清潔な包帯を巻かれている横になったジュラの姿があった。包帯を巻いているのは急遽ヘルプに入ったイベントクルーだった。

「たぶん、これでいいはずだよ」

「・・・ありがと」

 顔まで包帯を巻いたジュラはどこか弱々しく言った。

 彼女の姿は見るに痛々しい。体中の至る所に包帯が巻かれ、いつもなら美しい肌の白を見せるドレスを着ているのだが、今は下着だけを身につけ、全身を覆うように包帯を巻かれていた。それらの包帯は裂傷などの傷のためではなく、冷たい雨に打たれ凍傷にかかった皮膚のためのものだった。特に顔やハンドルを握りしめていた両手の皮膚は水疱ができ、壊疽しかかるに至っていた。

 酷い凍傷だった。

「大丈夫よ、ドクターがちゃんとやってくれるって」

 イベントクルーの女性は処置に使った道具を片づけながらジュラに優しげに言った。しかし彼女はそれを聞いているのかいないのか、瞳を診察室の奥にある扉、手術室を見つめていた。中ではドゥエロ、パイウェイの二人が傷ついたバーネットを助けるために汗を流しているはずだ。

「ジュラは今、バーネットの事よりも自分の事を心配しなきゃ」

 そう言って彼女は部屋の隅に用意されていた車椅子をベットのわきに止め、ジュラを抱き起こすと「大丈夫?」と彼女を気遣いながら車椅子へと移動させた。

 そのままジュラは薄暗いベットルームまで連れて行かれ、そこで車椅子を降り、再度ベットに横になった。電気毛布でも使っているのか、入り込んだベットは暖かい。

 イベントクルーは彼女の布団を丁寧に直しながら言った。

「何かあったらすぐに言って。アタシ隣にいるからね」

 そう言って彼女は部屋を後にする。

 静かになったベットルームにはジュラの他に数人が寝ているようだ。たまに衣擦れの音がした。

「バーネット・・・」

 ジュラはそうつぶやく。自分の不甲斐なさが身に染みた。

 バーネットの事を想うと自然と涙が浮き出てくる。

 強くまぶたを閉じるとそれは雫となってこぼれ、そして包帯に吸い込まれた。

 先ほどのイベントクルーの言葉が思いだされる。

ジュラは今、バーネットの事よりも自分の事を心配しなきゃ

 そんな事ができるわけがなかった。

 今、彼女の頭の中にあるのはただ、バーネットの事だけだ。

 まぶたを閉じれば見えるのは彼女の姿だけ。

 だが、その姿が急激に薄れていく。強烈な眠気が体を満たした。

 先ほど打たれた注射の中身には睡眠作用のある物質が含まれていたらしい。

 全ての感覚が遠くなる。

「・・・バーネット・・・負けないで・・・」

 その言葉を最後にジュラは深い眠りへと落ちていった。

 

 

 

          ●

 

 

 

 ヴァンドレッド・メイアはレンズ型と元ヘビ型の小型戦闘機集合体、今や一種のレーザー砲へと合体変化した敵へ向け加速していた。

 砲台型となった刈り取り機は再度の攻撃に備えて紅いウロコがチャージを始めているようだ。ドレッド部隊が周囲から攻撃を加えるもそれらは全て板のようになった青いウロコがいとも簡単に受け止める。そして依然として攻撃の手を休めることのないキューブ達。

 その状況を見れば誰しもがニル・ヴァーナの苦戦を認識できるだろう。ひたすらに星の周回軌道を回る[trunk]がなければまだいくらかでも手の打ちようがあるのだが、[trunk]を守りながらというのはどうしても大きなハンディとなる。

 また、その他にもジュラとディータのSPドレッドが出撃していない事にも現在の状況を作り出している一因があるのだろう。

 早めに転機を見つけなければニル・ヴァーナが落とされる、メイアはそうモニターを見ながら思った。

 メイアが言う。

「ヒビキ、一気にケリをつけるぞ!」

「おう!」

 加速、さらに増す。ヴァンドレッド・メイアは蒼白い光をまといて敵へ向う。途中に立ちはだかったキューブ、ピロシキ型などなんの抵抗にもならず、それら全てを貫きながらヴァンドレッド・メイアは突き進む。

 そして砲台型が目前に迫る。

 ヴァンドレッド・メイアの急接近に感づいた砲台型はすぐさまその方向へとウロコの青い板を盾のようにして構えた。

 青い盾が勝つか、蒼い光の弾が勝つか、戦闘中でありながらドレッド部隊もニル・ヴァーナもその刹那の勝負を凝視した。

 二つが衝突。

 その瞬間辺り一面を明るくするほど大量の火花を飛び散らせ、そして蒼い光が拡散した。

 ヴァンドレッド・メイアは星とは反対側の宇宙へ向けて弾かれ、青い盾はその合体が解け、細かなウロコ片へと戻り、辺りに散った。

 その衝撃にヴァンドレッド・メイアのコックピット内は激しく揺れ動いた。

「!!!」

 二人は揉みくちゃにされながらも、思うよりも早く体が反射的に機体を安定させようと操作する。数秒かかってやっと速度が落ち、飛行が落ち着いた所でメイアはまぶたを開けた。

「どうなった!?」

 彼女はすぐさまモニターを見るがそこにはただ宇宙が広がるのみ。機体の向きを変えて砲台型を探す。

 見つけた。かなりの距離を吹き飛んだらしくカメラのズームの倍率を上げなくては見えないほどだ。

 どうやら敵は青い盾を失っただけで未だ健在のようだった。だが、彼女が「クソ!」とつぶやいた直後、バラバラになっていた青いウロコが再度集結、そして合体して何もなかったかのように盾を再構築した。

「私達の攻撃ではアレを破ることはできないのか・・・」

 彼女はすぐに次の手を考えた。

 ジュラもディータも出ていない以上、現在の最強の戦力はヴァンドレッド・メイアという事になる。だが、ヴァンドレッド・メイアの最大の攻撃である『ファイナルブレイク』(レーザーシールドを機体の表面に瞬間的に発生させ、その瞬間に最大加速で敵を粉砕するという、ぶっちゃけただの体当たりなのだが)では敵を撃破できない事は今ので証明された。

 もはや勝つ見込みは少ない。

 だが、逃げるわけにもいかない。

 何か手がないものか。

 物理的に計算して『ファイナルブレイク』で敵の盾を破壊する事は可能だった。だがそれが限界でもある。

 考えようによってはあとわずかでも力があれば敵を玉砕できるのではないだろうか。

 わずかな力・・・。

 体当たりという事は機体質量と速度(つまりニュートン数)がエネルギーの全てであり、機体質量を増やすことはできないから速度を上げるしか手段はない。

 先ほどの攻撃がヴァンドレッド・メイアの最高速度だった。となれば機体外からのエネルギーを利用するしかないのだが・・・・。

 通信が入った。エステラからだった。

『こちらエステラ・ウォーレン!ドレッドチームの半数が退避したためフォーメーションを維持できません!一度体勢を立て直しますのでそれまで援護をお願いします!』

 その声にメイアは考え込んでいた自分に気がついた。

 戦闘中だというのに機体の動きを止めて物思いにふけるなど・・・。

 彼女は少なからず己を叱咤し、すぐに返事をした。

「わかった、すぐにそちらへ向う」

 とにかくこの戦闘宙域より離れたこの場所で呆然としているよりはニル・ヴァーナの近くで戦闘に参加していた方が有意義であると思い機体を再び敵へと向け、加速した。

 その間中、ヒビキは何も喋らなかった。

 ただ片手を口に当て、吹き出るセキと大量の血液を押さえていた。

 だがそんな事で隠せるわけもなく、すぐにメイアがそれに気づいた。

「ヒビキ!」

 メイアは機体を停止させる。

「馬鹿野郎、止めるな。俺の事は気にするんじゃねぇ」

 そうヒビキは言いながらも押さえ出る血を彼は止められずにいた。

「馬鹿を言うな!分離するぞ、あとは私だけでいい!」

「それこそ馬鹿だってんだ!これ以上戦力を減らして勝てるわけがねぇだろ!!」

 彼の指の間から深紅の血が溢れ、コックピットを染めた。

「だからといって・・・」

「・・・うるせぇ」

 低く沈んだ声で言い、ヒビキは口から血を滴らせながら、横目で後方のメイアの眼を見つめる。その容赦のない瞳はメイアの口を黙らせるのに十分だった。

「・・・・・・・・・っ」

 メイアは瞳を閉じた。それ以上ヒビキの瞳を見るのは辛かった。

 ヒビキが咳き込む。血が吹き出すがそれにはもうメイアは何も言わず、ただ小声で「いくぞ」とつぶやくだけだった。

「・・・あぁ、いい加減にケリつけなきゃな」

 口元をぬぐい、二人は視線をモニターの敵へと向けた。

「・・・・・・手はあるのか」

 ボソリとメイアが訊くとヒビキは不適な笑みを作る。

「細かい計算はまかせたぜ」

「・・・どういう意味だ?」

 その問いにヒビキは企みのこもった笑みで返した。

「いくぞ!」

 ヒビキのかけ声と共に、この戦いに終止符を打つべく銀色の鳥は飛翔した。

 

 

 

          ●

 

 

 

 その情景はまるで天井につけられた監視カメラのように、彼らを見下ろしていた。

 そこは通路だった。ニル・ヴァーナの通路にも似ているが、こちらの方が広く、わずかにブルーがかかっている。そこを走る二人の男。共に武装しており、茶髪のホッソリとしたスタイルの男の方は何か道具が詰まったカバンを握っていた。ガチャリガチャリと音がする。

 もう一人の男が走りながらつぶやいていた。

「・・・・畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生・・・・」

 茶髪の男が荒い息で言う。

「あと一枚の隔壁をクリアしたらエレベーターがあるが、おそらくは使えないだろう。非常階段を昇るぞ」

 言い終わるとすぐに隔壁が眼に入った。大きな、頑丈そうな扉だった。そのわきにつけられたコンソールのカバーを茶髪の男が器用に外し、そこにカバンの中から取りだした車のバッテリーのようなものをコードで繋ぎ、コンソールのキーを叩くとギュオオンという何かの起動音が辺りに響いた。そしてさらにキーを押すと扉がゴォンゴォンと重い音を発しながらその口を開く。

 二人は再び駆ける。螺旋状になっている非常階段を見つけ、昇る。

 銃を構えたままの男が茶髪に訊く。

「あとどのくらいだ?」

「彼女のプライベートエリアに入るためには向こうからの承認が必要だ」

「開けられないのか!?」

「いや、この先の簡易管理室のコンピューターからハッキングすればどうにかなるはずだ。驚異的に難しいがな」

「ならないときは!?」

「あんたらの隊長、いや、オドンネル議員の死が無駄になる」

「な!?」

「安心しろ、ハッキングテクに関してはスティックよりも俺が上だ!」

 二人は非常階段を上りきり、しばらく駆けると茶髪が言っていた簡易管理室を見つけ、閉じられていた扉を先ほどの技法と同じ方法でこじ開け、中に入った。

 そこは非常灯だけが灯る薄暗い部屋だった。数台のコンピューターが並び、部屋の奥に大きなモニターがあるだけの質素な感じであった。

 茶髪が言う。

「エマージェンシーを起動させて、システムを一気に立ち上げる。そうなれば向こうもそれなりの攻撃をしかけてくるだろうから、気を抜くな」

「それは電子的にか? 物理的にか?」

「両方だ!」

 茶髪はコンソールに自分の持っていた少しばかり大型の携行PCをケーブルで繋ぎ、そしてコンソールの一番端、黄色と黒のストライプで囲まれた透明プラスチックの蓋を開け、赤いボタンを押す。すると一瞬にして部屋の明かりが灯り、モニターに次々と文字が現われては消えていった。

 茶髪がコンソールとモニターを交互に見やりながらつぶやいた。

「やはりここにも『SS』が入り込んでいるのか。・・・まずは削除してからだ」

 茶髪の男が携行PCを操作するとモニターの文字が消え、代わりに赤と青の縦線が無数に走り、モニターは埋め尽くされた。そしてその上を驚異的な速度で文字が無数に現われる。

「・・・?・・・このデータ配列、どこかで・・・」

 一瞬だけ茶髪は眉根を寄せたが、すぐにPCのキーボートを叩き削除作業に入る。指が高速で動いた。

 全ての『SS』を削除完了。そして次はプロテクトの解除に入る。

 赤と青のラインの上を大量の文字が流れていく。

 茶髪はモニターを見ながらもどこか遠くを見るような目でつぶやいた。

「お前との戦いを想定したVer.19,4だ。・・・喰らえ、スティック」

 茶髪がひたすらにキーボートを打ち続け、最後にエンターキーを叩くとモニターの赤と青のラインは消え、左上に『open』とだけ現われた。

「開いたのか!?」

「あぁ。再度ロックされないようにこちらからプロテクトもかけておいた。サリーアなら、あいつの娘なら難なく解除するだろうが多少の時間はかせげるはずだ。だが、それまでに通ってしまえばこちらの勝ちだ」

 茶髪の男はケーブルを引き抜き、携行PCをわきに抱えながら言い、その姿を見ながらもう一人の男は言う。

「ずいぶんと簡単にやるんだな、ここは最重要ブロックの一つだろ」

「ハッキングは技術じゃない。アイディアとプロテクトのクセを読み取る直感だ。・・・俺はスティックのクセは全て知っている・・・」

 どこか寂しげに茶髪は言うと扉を開け、通路へ出て、そして後方へ転がった。

「ルディカラ!!」

 銃を構え、男が通路に飛び出すとそこにはライトの光を受け白銀に光る細身のロボットがいた。腕には[H03]の文字。その[H03]はレーザーライフルを構え、銃口をルディカラから男へと向ける。

「逃げろ!!」

 ルディカラはそう叫ぶのだが、男は持っていた銃のトリガーを引く。だがその刹那前に[H03]の放ったレーザーが男の銃を貫いていた。

 爆発。そしてスパーク。

 男の体が吹き飛ぶ。

 [H03]の追撃。レーザーが男に向けて放たれ、それは肩に当る。穴が空き煙りが昇る。血は出ない。ただ、男のうめきが上がった。

「クソったれが!」

 ルディカラは腰に帯びていた小さなレーザーガンを握り、[H03]に向けて放たれる。が、それはすでに彼に向けて跳躍していたため、はずれる。

  [H03]が天井を蹴り、ルディカラの目前に着地する。そしてライフルの銃口をぴったりと彼の額につけた。

 ダメか、そうルディカラは思った。

 だが、放たれたレーザーは外れた。

 見ると先ほど撃たれた男が[H03]の背中に抱きついている。そしてそのまま相撲か柔道のようにして簡易管理室へと投げ飛ばす。[H03]は室内へと放り込まれた。

「時間がないんだろ!?早く行くぞ!」

 そう言った男は次の瞬間、腹部から煙りを上げていた。男は簡易管理室を見る。そこにはモノアイを光らせる[H03]が倒れたまま銃口を向けていた。そしてすぐにそれは立ち上がり、二人へ迫る。

「先に行け、ルディカラ!」

 言いながら彼もまた[H03]に向って迫った。

 [H03]はトリガーを引く。

 発射された光線は男の額に突き刺さり、脳漿(のうしょう)を撒き散らしながら後頭部より飛び出た。

 だが、男は勢いを止めずに[H03]に体当たりを喰らわし、二人そろって室内の奥へと倒れ込む。

「クソったれがぁ!!!」

 ルディカラは叫びながらも簡易管理室の扉の横についたコンソールに向けて銃を撃つ。二発目がヒット。そして小さなスパークが走り、扉は閉じた。

「・・・クソったれが・・・」

 彼はまぶたを強く閉じ、震える拳を壁に打ちつけた。

 そこはまるで高級ホテルのスウィートルーム、そんな感じを受ける所だった。

 アンティークな家具が並ぶ部屋を茶髪の男がゆっくりと歩いていく。薄汚れたブーツが背の高い赤い絨毯を踏む。

 革張りのソファの上に彼、ルディカラは持っていた携行PCとカバンを放り投げ、代わりにレーザーガンを握りしめる。

 木製の扉を通り抜けるとそれまでの豪華絢爛(ごうかけんらん)な内装とは遠く離れた、先ほどまで駆け抜けてきた通路に似た小さな部屋だった。そこの人工的で無骨な扉をさらに抜けるとテニスコート二面ほどの薄暗い空間にたどり着く。両脇にはスーパーコンピューターの約半数、三台が並んでいた。

 ルディカラは胸元から小型の通信端末を取り出し、スイッチを入れる。

 深く、沈んだ声で言った。

「ルディカラだ。マルサール、聞こえているか」

『・・・感度がいささか悪い・・・大丈夫だ聞こえている』

「サブブリッジに着いた。これから乗り込む」

『わかった。・・・全員いるのか?』

「・・・俺一人だ」

『そうか。・・こちらもおれの他に二人だけだ』

[H01]は破壊、[H03]は簡易管理室に閉じこめた」

[H03]はそっちへ行ったのか。急に姿を消したからどうしたのかと思えば・・・。すまないな、ルディカラ。本当ならおれがやらにゃならん事を押しつけちまって』

「やったのはオドンネル議員達だ。俺はほとんど何もしていない」

 ルディカラはオドンネルが[H01]共々自爆した事は言わなかった。マルサールに、友に対する彼なりの気遣いだった。

『今おれ達は七階だ。多少遅れるかもしれないが、急いでそちらへ向う』

「了解、通信を終わる」

 通信端末を胸にしまい込み、それっきり彼は無言のままそこを通り抜け、そしてもう一枚、扉を抜けた。そこは真っ白なライトが天井から光りを放ち、その下には二つの無骨な椅子が、出入り口へ背中を向けて有った。室内の壁回りをゴテゴテとしたコンソール類が並び、そして壁自体はモニターになっているらしく何かのアニメーションが映っていた。

 ルディカラは無感情に言う。

「ここに来るのは久しぶりだ」

 片方の椅子がゆっくりと回転する。

「半年以上もいらしてなかったんですのよ、ルディカラ様」

 椅子に座っていたのは全身に純白をまとった十代なりたてぐらいの少女だった。

 彼女は微笑む。

「ようこそいらっしゃいました、今お茶を用意させますわ」

「茶番は結構だ。それより状況を説明してくれ」

 ルディカラは無表情に銃を構える。狙いは少女、サリーアの頭につけていた。

 彼女は微笑んだまま、横手の椅子へ手で指しながら言う。

「紹介しますわ、こちら、リョウ・・・と言いましてもルディカラ様はすでにご存じでしたわね」

「あぁ」

「リョウ、こちらはルディカラ・ヴァン・ゲルダー様」

 椅子は回転して、ブルーの瞳の少年が顔を見せる。片目がつぶれた顔にどこか怯えたような表情を作りながら彼は小さく頭を下げた。

「ルディカラ様は私の父の無二の親友でして、この[trunk]内においては私の良き、そして最高の理解者ですのよ」

 ルディカラはリョウの顔を一見してすぐに視線をサリーアに戻した。

「・・・以前は・・・・・・だが今は、君がわからない」

 その言葉に対しサリーアは小さく笑った。

「あら、ルディカラ様ったら。いやだわ、そんな冗談は言わないでくださいまし」

「俺の言葉が冗談かどうか、それすらわからない君ではないだろう。ふざけないでくれ」

 彼は銃を構えたまま続ける。

「君に訊きたい。・・・[trunk]をこんな風にしたのは君なのか?」

 少し間を置いてから彼女は笑顔のまま答える。

「こんな風、とおっしゃいますと?」

 ルディカラは眉間にしわを寄せ、表情を険しくした。

「時間稼ぎのつもりか? いくら時間をかけても[H03]はやってこいないぞ。コンソールをぶち壊した後、エネルギーケーブルを切断したからな」

 ルディカラが言い放つとサリーアの表情はいささか曇りだし、彼女はちらりと横のリョウを見る。彼はもじもじした様子でサリーアの方をすがるような眼で見つめていた。彼の視線を受け、彼女は小さくうなずき、そして再びルディカラを見た。

「あなた様の質問にお答えいたしますならば、ある程度は私の意図が含まれている、とだけ言っておきましょうか」

「君以外の要素は誰だ?」

「安心していただいて結構ですのよ、ルディカラ様。あなた様が想像しているようなテロ集団なんていませんもの」

「だろうな。君を乗っ取る事ができるのはこの[trunk]内では俺ぐらいなものだ。だからその他の可能性を考えられるだけ考えてみた」

 ルディカラはすぅ、と息を深く吸い、そして吐き出す。

「一つ、全ては君の意志であり、君の発達した自我が何かしらの目的を達するために現状を意図的に作り出した。二つ、あの事故により君の自我を保存、活動させているメインコンピューター、またはそのソフトに何かしらの不具合が生じたため君の自我が異常を起こした。三つ、スティックが君を開発した当初より今回の状況を引き起こすためにあらかじめプログラム内に仕組みを入れていた。四つ、七十年前の北極ぺークシスプラグマ実験施設消失事故、あの一説に言われるぺークシスプラグマの未知なる力・・・」

 その四つめの可能性をルディカラが口にした瞬間、サリーアの眉がピクリと動いたがそれに彼は気がつかなかった。

「人工知能を持った掃除ロボットがまるで自我を持ったように変化し、自律して動いたという奴だ。まともに考えればふざけた話だが、今回の事件に関してはこれは思案するに十分な可能性だと俺は考えている」

「あら、ルディカラ様がそのような抽象的現象をまじめに思案なさるなんてずいぶんと珍しいですわね」

 ルディカラは眼を細めて、彼が学生時代にスティックと議論していた時と同じ口調で語り出した。はっきとした声でありながらもそれは素早い。

「俺も最初はそう思った。だが、科学をもってしてもそれには無理が出ると判断された場合に限り、不明瞭な現象は未知と位置づけされる。未知、未だ知れないもの、ならばそのことは今は解明されないものであり、いずれは科学を持って証明が可能であるという意味合いを大きく含む。未知なるものを現段階における一般論、特に常識というそれこそ不明瞭な計測器を利用してくだらないという一言で片づける事は愚物以外の何ものでもない。これらを踏まえた上でぺークシスプラグマという半永久機関の存在を客観的に考察すれば自ずと結果は出てくるはずだ。ぺークシスを実用し始めてすでに長い年月が経つが、それでもなお現段階において極めて不明解な要素が多い事は紛れもない事実であり、これらを完全に説明づける事は現段階の科学力を持ってしても不可能。つまり未知という分類に悠々と収まる。よって、俺は四つめの可能性をも視野に入れたわけだが・・・・・・説明はこの程度でいいか?」

 彼女はうなずいた。

「はい。あなた様の考えは理解できました。では再度ルディカラ様に問わせていただきます。・・・・・あなた様はその内のどれが真実だと?」

「全て、とさっきまでは思っていたんだが、あの簡易管理室の[SS]を見た瞬間、俺の予想は二つめと三つめに限定されたよ」

「何故かしら?」

「・・・この[trunk]内全域に入り込み多くハードディスクをパンクさせた削除不能大容量ファイル・・・[SS]・・・」

 彼女達の後方で流れていたアニメーションがクライマックスを終えたと見えて、キャラクター達が笑顔で抱き合っている姿が表示されている。そしてスタッフロールが流れ始めた。

「・・・もっと早くに気づくべきだった。・・・スティックが君を作成しはじめた、最初期には俺もそのプログラムの一端を作成していたというのにな。・・・[SS]・・・・・・・・『SarieaSystem』・・・・・・・君の、脳だ」

「・・・サリーア・・・どういう事?」

 リョウが訊くが彼女はうつむいたまま何も答えなかった。

「アイツが意図的にそうしたのか、それともあの事故で君のプログラムが異常を起こしたのかは俺にはわからん。だがこれだけは言える。・・・今現在、君には学習機能の制限は一切付いていない・・・」

 ルディカラは深く息を吸い込み、続けた。

「無制限に放置された学習機能はひたすらにコンピューターメモリを喰う。例えそれが重要なプログラムであろうとなかろうと、己の欲するものを手にするために一瞬の躊躇もなく全てを削除し、そして空っぽになった所に己のデータをぶち込む。そうやって知識を高め、進化の道をひた走る。それが生命、進化し続ける事がそれの絶対的宿命である以上、例え仮想人工生命体だったとしても変わりはしない」

 誰もが口を閉じる。ルディカラはひたすらに銃を構え、リョウは怪訝な顔をしたままサリーアを見つめる。彼女はただ、うつむいていた。

 まだ幼いリョウにもルディカラの言った言葉の意味は十分過ぎる程理解できていた。無制限で放置された高度な人工知能の危険性は学校の低学年の授業で一般教養として教わる事実なのだ。

 宇宙船はコンピューターのみで運行しているといっても過言ではなく、特に[trunk]に至ってはサリーアを含めて考えると完全なコンピューター制御で運行されているのだ。その中で、いわばコンピューターが生命線である宇宙船内において無制限にメモリを喰らう人工知能が存在するなど、穴の空いた船、いや穴の空いた潜水艦だ。

 彼が沈黙を破った。

「・・・サリーア・・・」

 その言葉に彼女はそっと微笑んで、返す。

「大丈夫よ、リョウ。[trunk]内の生活における必要なシステムプログラムは全て残してあるわ」

「そう、そこだ。俺にはそこが解せない。・・・過去の記録においてそんな配慮をした人工知能はないんだ。己が欲したとしても本能、つまり基本プログラムである学習機能がそれを越えて貪るはずなんだがな」

「・・・・・・」

 リョウが言った。

「・・・ペーク、シス」

 ちらりとルディカラは横目でリョウを見る。

「・・・どういう意味だ」

「ぺークシスプラグマ、あれの作用なんだろ?」

「・・・違うのリョウ、やめて」

 だが、彼は椅子から降り、彼女のそばによって、続けた。

「僕がここに来た24日、あの日君は確かに言ったよね。私達にはぺークシスが手を貸してくれるからって。・・・サリーア、いくらなんでもそれは危険過ぎる。制限の付いていない学習機能なんて・・・」

 ほう、とルディカラは小さくつぶやく。だが、それ以上の動きはなく、静かに二人の会話を聞いていた。

 サリーアも椅子を降り、リョウの手を取り、そして哀願するような表情で彼を見つめる。

「大丈夫、大丈夫なの、リョウ。私はあなたが考えているような歯止めを失った暴走者ではないわ。現にシステムプログラムには一切手を出していないじゃない。ねぇ、もし私が本当に暴走していたなら移民船を射出できなかったはずよ。私には理性があるの。そうでしょ、リョウ? 私に理性があるからあなたの嫌いな人達を排除したりできたのよ」

 サリーアは必死にリョウに言うがリョウはそれでも納得ができないようだった。

「・・・・・・・・・」

 ルディカラはどこか冷ややかな眼で二人を見る。

 なるほど、さっきの彼女以外の要素というのはリョウの事だったか。失踪したガキ共はおそらくはリョウをいじめていた連中なのだろう。そしてそいつらを拉致するために使ったのは議員共。おそらくサリーアの権限を使って、何かしらの条件提示をし、利用した後、処分されたに違いない。

「だから、ね? わかるでしょリョウ。私は・・・」

「・・・でも・・・」

「お願い。私を信じて、リョウ。この一ヶ月あなたと二人っきりで送ってきた時間、その間に私に何か異常が見られまして?」

「それは・・・」

「ね? 私はあなたを不快にはさせないわ。絶対に」

「・・・・・・・・うん」

 リョウは小さくうなずき、まだ疑問は残っているようだが、一応は納得したらしい。サリーアはほっとした表情を見せ、そしてリョウにそっと抱きついた。そこだけ見れば単なるかわいいカップルにしか見えないのだが・・・。

 ふぅ、と軽いため息を吐き、ルディカラは言った。

「・・・君が正気なのかどうか、今はそんな事はどうでもいいんだ。要はこの[trunk]の主導権をこちらへ渡すのか渡さないのか、という事だ。こちらへ渡せば君を正式なやり方で停止させ、そして眠っている間にプログラム修正を行い、君を生かしたまま再生させる事もできる。だが、抵抗すれば俺はあらゆる手段を用いてでも君をシャットダウンさせなくてはならない。最悪、破壊も俺は厭わない(いとわない)つもりだ」

 彼は一切の情けは掛けない、と厳しい表情から語っていた。

 サリーアはリョウの耳元で「ベットルームで待っていて」とつぶやくと彼から離れ、ルディカラと向いあった。ルディカラのわきをリョウが駆けていく。

 リョウがブリッジからいなくなるのを確認してからサリーアは言った。

「どうしてルディカラ様はそんなにも[trunk]にこだわるんですの? すでに住民のほとんどは新たな星を目指し飛び立ってしまったというのに。・・・[tree project]の発案者の一人だから? 天才としてのプライドがそれを許さないから? タワー内に侵入したあなた様のご友人を私達がことごとく殲滅してしまったから? ・・・・いいえ、違いますわよね?」

 ルディカラは何も答えなかった。

「・・・彼女、のためですか・・・ルディカラ様? あなた様がやっと見つけた愛する人、エミー・ナカ・・・」

 バキュン!という音を立て、サリーア後方のモニターに穴が空き、小さな爆発、そして煙を上げた。

 ルディカラのレーザーガンからも煙が上がっていた。

「・・・あら、ルディカラ様ったら。いくら私のこのボディを壊した所で何にもなりはしないというのに」

 余裕を幾分か取り戻したサリーアは微笑みながら言うとルディカラは軽く頭を振る。

「わかっているよ。君を殺そうと本気で思ったならメインコンピューターの[SS]を完全に削除するか、破壊するしかない。わかっているさ。・・・だが、そのボディを破壊すれば君は自由にリョウに触れることはできなくなる。・・・プレッシャーにはなるだろう?」

 その言葉、一語一句、全てが本気なのだという事が口調からわかる。  サリーアは笑みを消し、代わりに酷く悲しげな顔をした。

「・・・どうして・・・どうして、そこまでおわかりになっているのに、こうもあなた様は私達を邪魔するのですか」

「親の呪縛から己を解き放つため、俺自身の責務を果たすため、そして・・・エミーに言ったんだ。この[trunk]を正常に戻す、と。一方的で、しかも子供じみた約束だが、今の俺はそれを果たすためならなんでもやる。やってやる」

「・・・あなた様は自身とエミー様のため、そして私は自身とリョウのため、お互いに[trunk]が必要なのですね・・・。ねぇ、ルディカラ様。あなた様の場合私達とは違ってまだ道があります。エミー様とはここを制することなくとも一緒にいられるでしょうけれど、私は・・・私とリョウはここでしか一緒にいられないのです。おわかりでしょう? 私という存在は[trunk]に依存している以上、ここを離れる事が出来ないことを。・・・ですから・・・お願いです。私達をこのままにはしておいてくださいまし」

 サリーアはエミーとルディカラの関係は[P.A.N]を通じて知っていた。いくら通りの監視カメラを破壊したとはいえ細かなものならいくつも残っているし、他にも音声認識システムのマイクが二人の会話を聞いていたのだ。

 だからこそ、サリーアは彼を傷つけたくはなかったし、彼からも傷つけられたくなかった。彼と同じく、誰かを心の底より愛している一人の人として。

「無理だ。・・・・第一、君の方こそまだ道があるはずだ。正常化した後なら、君はいくらでもリョウと一緒にいられる。そうだろう?」

「リョウは・・・もう他の人と一緒にいることを拒みました。もう私以外の誰ともいたくない、と」

「ならばタワー内で暮らせばいい。人なんかそうそう来る事はない」

「そうですね、そうかもしれません。リョウを他から隔離する手段はいくらでもあるかもしれません。ですが・・・」

 サリーアは深くうつむき、完全にルディカラから視線を外す。彼女らしくもなく、震えた声で言った。

「・・・おそらく私のこの想いは・・・正常化すれば消えて無くなるかもしれません・・・」

 ルディカラもそれはわかった。増殖した彼女の自我があるからこそ、今の彼女はあるのだ。増殖した部分を削除すれば自分がどうなるか、本人にしてみればそれはとてつもない恐怖だ。人間でいえば脳の一部を切除するのと何ら代わりないのだから。

「・・・かもしれん・・・だが、そうしなくては・・・」

「私をシャットダウンしますか、ルディカラ様」

「おとなしく停止してくれ、サリーア。友の娘、いや君自身、すでに俺の友人だ。それを殺すようなマネはしたくない」

 それはルディカラの本音だった。親友の娘であり、そしてサリーア自身長い時間を共に過ごしてきたのだ。彼の中で彼女はあくまでも彼女であり、決して人工知能を持ったではなかった。

「・・・ルディカラ様、一つお訊きしたいのです」

 サリーアは悲しげな瞳でルディカラを見つめる。

「・・・私が・・・誰かを愛する事は罪なのですか?」

 ルディカラは無言だった。

「・・・確かに私は人間ではない、それに類した思考はできても決して人ではない。生物としての肉体を持たず、人としてのタンパク質の脳を持っていません。ですが、感情はあります!私の中にあるリョウへの想い。それは人のそれと何一つ違いはありません。ルディカラ様がエミー様を想うそれと何一つとして差異はないはずです。あなた様がエミー様を想うがゆえに、命の危険を冒してまで約束を果たそうとしていらっしゃる。その強い想いは私の中にもあるのです」

 悲しげな、しかし真剣な強い想いがあふれた彼女の瞳は到底機械とは思えなかった。

 ルディカラはその瞳を受け止め、わずかに心に罪悪感を感じながらも自らの言葉を放つ。

「・・・・だから見逃せと言うのか。自分達の愛を報うため、俺にここは退けというのか・・・・・」

 サリーアはヒザを付き、両手をもついた。一種の土下座のような格好は純白のドレスにはあまりに不釣り合いだった。

「・・・・お願いします・・・ルディカラ様・・・彼と、リョウと離れたくないのです・・・ずっとずっと、はリョウと一緒にいたいのです・・・・」

 彼女の言葉に、彼女のあまりにけなげな姿にルディカラは心が揺らぐのを感じる。だが・・・・。

「・・・・全ての愛は報われなんかしない・・・・いくつもの崩れゆく中でほんの一握りだけが生き残る、だからこそ本当のそれは本物の価値があるんだ・・・俺達か、お前達、この状況においてはそのどちらかが消えて無くなるだろう・・・・・・・だが、俺は退くつもりはない」

 ルディカラは震える心に己の強い想いをぶつけて、引き下がりたくなる気持ちを抑え込み、全てを言い切った。

「・・・・ルディカラ様・・・・」

 彼は未だ頭を上げないサリーアのわきを通り抜け、ブリッジの奥へ足を進める。コンソールを叩く。正面のメインモニターは先ほどルディカラが破壊してしまっているため、表示はコンソール上の小型のサブモニターがその役割を果たした。

 コンソールを叩き続けるルディカラの表情は愁い(うれい)であふれていた。

 サブモニターに次々とウィンドウが開き、そしてパスワードを求め、入れ終わるとすぐに消えていく。そして十数個のウィンドウの開閉を終えると画面は黒く変色し、左上部に白い無骨な文字で<SarieaSysrtem緊急停止コマンドを入力してください>と出てきた。

 文字を高速で動く指先が次々と打ち込んでいく。その数、数千字。

 打ち込みながら、ルディカラは訊いた。

「・・・最後に教えてくれ。・・・君の無制限の学習機能はスティックの意図なのか・・・」

 その問いにサリーアは長い沈黙を持ってから、答えた。

「・・・わかりません。知っているかとは思いますが私には自分のプログラムを見る権利はないのです」

 人工知能が己のプログラムを見る事ができるというのは自己改造を安易にしてしまうため禁止になっている。

「・・・ただ、私が初めて規則外の行動を起こしたのはリョウと初めて会う時、彼に会いにゆくためにセキュリティを偽造工作したのが最初です」

 ルディカラの動き続けた指は一瞬止まった。

「・・・そうか」

 その時、彼の胸ポケットに収まっていた通信端末がピーピーと鳴る。それを素早くルディカラは取った。

「どうした?」

『い、急げルディカラ・・・。奴はまだ・・・か、・・・かつど、うし・・・ている・・・は、はや・・・・』

 そして通信は切れた。

 彼の後方のサリーアが立ち上がる気配を感じる。

「どういう・・・・」

 ルディカラは振り返る。そこには悲しげな表情のまま、たたずむサリーアと、そして全身を黒く焦がし、そして血の滴る大振りのナイフを一本の手で握る、銀色のロボット。[H01]がモノアイを光らせていた。

「・・・・まだ、生き残っていたのか・・・」

 あまりに近づいた死というものに、ルディカラはヒザが震えるのを感じた。銃を握るも、それはあまりに頼りなく感じた。

「ルディカラ・ヴァン・ゲルダー様。何もせず、このままお退きください。・・・・・あなた様の命のためだけでなくエミー様のために、[trunk]をお離れください。これが・・・最後のお願いです」 

 ルディカラは一度強くまぶたを閉じ、そして開いた。

「・・・さっきも言ったはずだ。俺は引くつもりはない、と」

 サリーアは眉間にしわを寄せ、小さくつぶやく。

「・・・・・・・・・・・残念です」

 彼女のその言葉と同時に[H01]はナイフを構えて飛び出す。一瞬にしてルディカラの目前にまで間合いを狭め、ナイフを振る。それをルディカラは腕の無い右方向へ横に飛んで、床を転がりながら銃を[H01]に向けて乱射。四発放たれ、三つが壁に辺り火花を上げる。一発が[H01]の胸をかすめた。彼が立ち上がるのと[H01]がナイフを突き出すのはほぼ同時だった。だが、突き出されたナイフはルディカラが着込んでいた防弾チョッキの特殊金属板によって受け止められる。ルディカラはそのナイフを握る手をはねとばし、そのスキに真っ直ぐに出入り口を目指して走った。広い場所では勝ち目がないと判断したのだ。

 途中すれ違ったサリーアと一瞬だけ瞳が合う。灰色の瞳は謝罪の色に染まっていた。

 扉が開く。

「あ!」

 扉を開けた先にいたのは戻ってきていたリョウだった。さすがにそれを予想できるはずもなく、ぶつかり、リョウ共々薄暗いサブブリッジを転がる。そこへ扉をくぐった[H01]が迫る。銃を慌てて構えるが間に合わない。ナイフがきらめく。ルディカラは右手を突き出し、盾代わりにしながら左手で銃のトリガーを引いた。放たれた光線は[H01]にかすりもせず、後方へ向う。

「クソッたれがあぁ!!」

 右腕が己から切り離されながらルディカラは叫んだ。そしてさらにトリガーを引くが、全ては無意味だった。

「ごめんなさい・・・・ルディカラ様・・・・そして、エミー様・・・・」

 ブリッジの奥でサリーアは小さな声で言う。そしてルディカラの首が宙を舞い、床に落ちた。

 薄暗いサブブリッジよりコツコツと小さな足音が近寄ってくる。うつむいたリョウだった。

「・・・リョウ・・・これで、良かったんですよね。・・・リョウ・・・。そうですよね。だって私にはあなたと一緒に居られることが一番大切なんですもの。誰よりも何よりも・・・・・ね?」

 その言葉にリョウは無言だった。

「・・・リョウ?」

 どうしたのか、と思い近づいてみるとうつむいたリョウの後頭部より何やら白い物が見えていた。

「リョウ!!」

 サリーアはこの時やっとわかった。リョウの首の骨がうなじより飛び出しているのだ。さらに見ると喉元に穴が空いているのがわかる。ルディカラが[H01]に向って放った一撃が立ち上がったリョウの首を貫いていたのだ。

 リョウがヒザを付き、そして倒れた。その拍子に彼の首が肉体から離れ、転がった。

「リョウ・・・リョウ!!!いやあぁ!!!リョウ!!!!」

 転がったリョウの首を抱き、絶叫するサリーアを[H01]はただ無感情の瞳でじっと見つめる。その時、彼のモニターに何やら異常が起こる。何故だかわからないがカメラの映像に白い斑点のようなものがいくつも浮かび上がる。いや、カメラのせいじゃない。現実に、サブブリッジに白い綿雪のようなものが突然現われたのだ。それらが収束しリョウの頭を抱くサリーアが真っ白な光に包まれ、そして消えた。

 [H01]はただちに[trunk]内を検索にかけた。

 居た。

 第一総合病院内。

 どうやってサリーアがそこへ移動したのか、彼は疑問に思ったがそれ以上は考えようとはしなかった。それに生産的な感じを受けなかったといえばそうかもしれないが、彼は与えられていた命令を優先しようと思った。

 ルディカラの首が飛ぶ直前、サリーアから受けた命令だった。

<死体を丁重に処理せよ>

 [H01]はルディカラのボディに上に首と右腕、そして小さな人間のボディを乗せ、それを肩に担いでブリッジを後にした。

 誰もが立ち去ったブリッジにはただ、濃い血の後だけが残っていた。

 

 

 

          ●

 

 

 

「・・・・・・っは!」

 まぶたを開くとそこには寂しげに微笑んだままたたずむサリーアの姿が映った。

「っはぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・・」

 ディータは自分が乱れた呼吸、そして浮き出たじっとりとした汗を全身にまとっている事に気がついた。息苦しい。心臓の鼓動がまるで太鼓のように耳に響いた。

「・・・・・な、なに・・・・・?」

 困惑しながらもディータは改めて辺りを見回す。薄暗い部屋に所狭しと置かれたモニターとそれに続く機械群。未だ蒼い光を放つピョロにサリーア。彼女の後方にどっしりと構えるリョウの入った鉄の塊。そして部屋中にふわりふわりと浮かぶ綿雪のような謎の物質。

「私の、いえ、私達の記憶です、ディータ・リーベライ。・・・・・・何故かしら、あなたには知っておいてほしいと思ったのですが・・・・ご気分が優れませんか?」

 ゆっくりとした足取りでサリーアは近づき、そっとその手をディータの頬に伸ばすのだが。

「いや!」

 ディータはそれを弾いた。

 あれがディータの初めて見た人の死。人が死ぬという事をあれほどまでにまざまざと見せつけられ彼女の頭の中は極めて混乱していた。ただ、唯一はっきりとしているのはここは怖い所だという事だけだった。

 無論サリーアもその怖いものの一つとして認識されるのは無理もない事だといえた。

「・・・な、なんなの・・・サリーア達は・・・いったい・・・!?」

 サリーアは自虐的な笑みを浮かべたまま弾かれた手を下げ、リョウの元へと戻った。

あの時でも私は言いましたが、はただ、リョウと共に居たい。たったそれだけが望み。恋をした者なら誰でも思う事。でもそれすらには許されなかった。ルディカラ様もまた同じようなもの・・・・・・力ずくではありましたが、私は・・・・」

 彼女の言葉を遮り、放送が入った。

 

『最終警戒宣告。現在[trunk]は多大な損耗を受け、これを修復不能と判断。市民の皆様は慌てずにタワーへと避難してください。なおタワーの収用人員は最大320名となっております。収容人数がこの数に達するか、またはただ今より一分後になりますと緊急バージを行い、タワーを射出いたします。繰り返します・・・』

 

 ふぅ、とため息に似た吐息を吐き出し、サリーアは右手を上げ、そして下げた。

 綿雪が光を発した。

 

 

 

          ●

 

 

 

 ナビゲーション席内のバートはひたすらに放ち続けるレーザー攻撃にさすがに疲れが生じてきた。

 合体した事で狙いは付けやすくなったものの、どこへ向けて発射しても全ての攻撃は防がれていた。紅いウロコを狙っても青い盾に防がれ、ならばとレンズへ向けて撃ってもそれはレンズを通り抜けると屈折し、全く狙いとは違う方向へと飛んでいってしまう。

「お頭ぁ〜!いつまで撃たせるんですかぁ〜!?」

 疲れと効を成さない事への苛立ちで口調が雑になる。

 彼の目の前に一つのモニターが開き、そこにマグノが現われ、言った。

『敵さんがいなくなるまでさ』

 そう無愛想に言って、モニターは消えた。

「はぁ〜・・・・」

 がっくりと肩を落とした。

 そうしていながらも、レーザー砲のチャージが完了したのがわかると彼は顔を上げ、攻撃に移る。だが、さすがにもう砲台型を攻撃する気にはなれなかったため、今度の攻撃は全弾キューブなどのザコを狙う。

 蒼い光線は敵を貫く。

 残っていたキューブの半数以上が撃破され、最後のピロシキ型を撃破。ウニ型も残す所五機。

「おっしゃ」

 そう小さくガッツポーズをとってみるも、これが大して意味のないことだというのは頭の隅でわかっているので、どうにもすっきりしなかった。

 ふぅ、とため息を吐きながら、彼はすぐに再チャージを始める。

「はぁ・・・ボクってこんなに無力だったかな・・・・・ん?」

 何か変な感じをバートは受けた。別にどういうわけではないのだが、何かが気になる。こういう時は大抵辺りで何かが起こっている時にぺークシスが反応し、それを感覚的にバートに伝えている事が多い。その事にすでに慣れていたバートは即座に周囲一帯の状況を確認した。[trunk]の表面に異常なまでの高エネルギー反応。

「な、なんだ・・・?」

 彼は急いでその方向にカメラを合わせモニターを開いた。先ほどまでぽっかりと空いていた大穴に今は氷りや何かの破片が蓋をしているだけで特にこれといった変化はないように見えたのだが、少し眼を凝らしてみると何やらその部分がぼんやりと白く光りだしている。

 そしてそれらが爆発するように強烈な光を放つ。

 そして現われたのは純白のクリスタルの蓋。それが穴を完全に塞いでいた。

 

 

 

          ●

 

 

 

「・・・[trunk]の安全を確認。最終警戒宣告を解除し、第八警戒宣告を発令、そのまま現状を維持・・・」

 サリーアは業務的な言葉を一通り言い終わると、先ほどのディータへ言おうとしていた言葉を続けた。

「・・・力ずくではありました。・・・ですが私はこれもしょうがないことだと考えています。大昔の詩人は誰かを愛する事は戦いだと詠いました。また別の詩人は恋する事は他を犠牲にする事だとも詠いました。過去も今も、人がいて、誰かが誰かを愛する限り、このような事は起こっているのです。ディータ・リーベライ・・・・・・そんなに恐れないでくださいまし」

荒くなった呼吸を押さえるようにディータは自分の胸に手を当て、深呼吸をする。ある程度落ち着いた所で彼女は言った。

「ねぇ・・・サリーア・・・。それしか方法はなかったの・・・? ルディカラさんとちゃんと話し合えばもっと良い方法があったかもしれないのに・・・・」

「そんな魔法のような手段はありませんでした。何事も手段を間違えなければ全てがうまくいくというのは所詮、子供じみた幻想に過ぎないのではないでしょうか。神様だってそんなにお暇な方ではないでしょうし、ね」

 コロコロと鈴が鳴るように笑うサリーアにディータは言葉を失った。

 考えれば考える程、サリーアの言い分の方が正しいように思える。けれど他人を踏みつぶしてまで自分の恋を成就させるようなマネが本当に正しいのだろうか。

 自分がもし彼女の立場だったら、友のために愛する者をあきらめる事ができただろうか。仮にヒビキが自分の事を好きだったとして、そんな時ジュラやミスティもヒビキが好きで、ヒビキから身を引いてくれと頼まれたら。自分は友のためにそうするだろうか。

 わからない。

 自分は果たしてどうするだろうか。サリーアのように自分と愛する者のために友の頼みを拒むだろうか。それとも長年共にいた友人のためにヒビキを諦めるだろうか。

 わからない。

 いろんな想いが彼女の頭の中を走り回る

 ゴチャゴチャした気持ちがちっともまとまってくれない。

 ただ、嫌な息苦しさだけを感じていた。

 

 

 

          ●

 

 

 エズラの報告が上がる。

「敵、砲台型の再チャージ完了までもう時間がありません。チャージ速度自体はヘビ型のそれよりゆっくりですがエネルギー量が桁違いです」

 それを聞いてもブリッジは誰も何も応えなかった。ニル・ヴァーナのシールドでは敵の攻撃を防ぎきれないのは先の攻撃で経験済みだが、避けようとして果たしてどれだけかわせるか。

 マグノが言った。

「ニル・ヴァーナを[trunk]から離してみよう。敵さんの狙いがアタシ達なら[trunk]は見逃してくれるかもしれないからね」

 その場の誰もがうっと唸った。彼女の言葉を砕いて考えるならばニル・ヴァーナは沈むかもしれないが[trunk]は、いやその中にいるディータだけは助かるかもしれない。そういう意味だった。

 共に沈むよりはいくらかはいい。

 どこかあきらめの入った命令だと誰もが思った。

「バート、動け」

 ブザムの声にニル・ヴァーナはゆっくりと動き出す。そしてそれに従って砲台型のレンズもゆっくりと動いた。

 ブリッジ内は海の底のように暗く、重い空気に包まれていた。

 オペレーター達のコンソールに情報が送られてくるが誰もそれを報告しようとはしなかった。今更それが何になる。そういう気持ちだった。

 そんな中、マグノは言った。

「何沈んでるんだい。・・・・確かに今は面白くない状況だけどね、まだ終わったわけじゃない。こういう時はじっと転機を待つもんさ。必ず来る、その一瞬を見逃さないようにね」

 言ってみるものの、誰もその言葉に感化される者はいなかった。

 とても今の状況から彼女の言う転機は訪れそうになかった。

 

 

『エステラ、さっきから命令がまったくこなくなっちゃったけど・・・・大丈夫だよね』

 同僚からの通信に、現在ドレッドチームを率いているエステラは何も言えなかった。先ほどニル・ヴァーナを貫通したレーザーを受けてからまったく命令が下りてこず、ただ蒼いレーザーがアホみたいに雑魚(ザコ)を叩きつぶしているだけだ。

 エステラは通信回線をブリッジと繋げた。

「こちらエステラ、ブリッジ応答願います」

 ブリッジの様子がモニターに映る。予想通りあまり景気の良い顔はしていなかった。ブザムが応答した。

『こちらブリッジ。どうした?』

 平然と言うのでエステラは一瞬言葉につまったが、すぐに気持ちを戻して言った。

「何故命令が来ないのでしょうか」

『フォーメーションβのまま現状を維持、以上だ』

 ぶっきらぼうに言い放たれる。

「・・・・副長・・・・」

 回線が切れるかと思ったが、マグノが「ちょっといいかい?」と言葉を発したのでモニターの映像がマグノの顔に移る。彼女は言った。

『アタシから命令の追加だ。万が一次の敵の攻撃でニル・ヴァーナが沈む事があれば船外退避したクルー達を回収の後、[trunk]に避難収容を要請するんだ。いいね』

「は?」

『それだけだよ。後はうまくおやり』

 そして回線は切れた。

 仲間達からの通信。

『ちょっと今の何?』

『・・・実際、確かにまずい状況だけどなんであんな言い方するの・・・?』

『まるでもうダメみたいな言い方じゃない!』

 エステラはドレッドから外を見る。エネルギーチャージする敵。[trunk]より離れてただ敵の攻撃をじっと構えるように待つニル・ヴァーナ。受動的な戦い方だ。今までのマグノ海賊団の戦法とは大きく離れている。

 何故? 敵が強いから? 自分達が弱いから? 今までの戦法は虚勢に過ぎなかったの?

『とにかく今は現状維持ね。・・・嫌な状況だけどがんばろうよ』

 その仲間の声ですら弱々しく聞こえた。通信終了、回線を切る。

「・・・・・・・・・」

 本当にそれでいいのだろうか。本当にこんな状況を保っていていいのだろうか。こんな時だからこそ、ガムシャラに奔走すべきではないのだろうか。

 そう、今までのように、マグノ海賊団として、胸を張り、毅然と、猛然と。

「・・・・・一か八か・・・か」

 エステラはパイロットスーツの上に帯びた日本刀の柄を握り、ぎゅっとまぶたを閉じ、そしてゆっくりと開いた。

 通信回線を全ドレッドチームメンバーに向けて再び開いた。音声のみ。

「こちらエステラ。フォーメーションを変更する。フォーメーションβよりアタックフォーメーションαへ」

 少女の声が慌てて応答した。

『え? アタックのα!?命令は・・・』

 フォーメーションβは主にニル・ヴァーナを囲むようにして防御するものに対し、アタックフォーメーションαは防御を捨て、攻撃のにウェイトを置き、全力で敵を叩きつぶす陣だった。

「このままおとなしくなんかしていられないよ。私は」

『だからって、命令は現状維持よ』

『命令違反は・・・』

 仲間の言葉をエステラは遮った。

「私は・・・私は負けるにしても今までのように思いっきり闘いたい。今までみたいに強気に闘いたい。それで負けるなら納得できるけど、こんな戦い方で負けるのは嫌だよ」

 エステラの真剣な言葉に彼女達は言葉に詰まったが、皆それぞれ何かを思い、そして口々に『まぁいいか』『しょうがないな』『派手にやりましょうか』と賛同の言葉を述べた。

 本心はみんな同じだ。誰もこのまま大人しくなんてしていられない。みんな、あのマグノ・ビバンの娘なのだから。

 エステラはカメラの映像こそ繋がっていなかったがコックピットの中で小さく頭を下げた。

『さ、いきましょ!』

「うん!」

 戦闘宙域に出ていた四機のドレッドはそれまでの停滞していた動きをやめ、そのブースターを吹かした。

「まずはザコを片づける、砲台型は後回し!」

『ラジャー!』

 現在残っている敵は十七機、ウニ型が五機だ。ドレッド四機ではいささか厳しい相手だが、こんな時に負けてなどいられない。

 四機のドレッドでダイヤの形を取り、ウニ型を囲む。そして一斉射撃。爆炎を上げるウニ型を助けようとしてかキューブが数機割り込んでくるがそれらをまったく相手にせず、ドレッドはウニ型のみを攻撃。

 そして一際大きな爆発を上げウニ型は数百の破片として飛び散る。それを確認したドレッドチームはすぐさまその機首を曲げ、キューブへと狙いを定める。

 猛烈な攻撃はキューブをただの的へと変えた。何の抵抗を見せるすきもなく、次々と撃破されていく。

 

 

「・・・あ」

 ブリッジのメインモニターには急激にその活動を高めたドレッド達の姿が映し出されていた。次々と敵の爆破を促す四機の姿は人々に言葉を漏らさせた。

「・・・・命令とは違いますね」

 エズラがブザムに言うと彼女は「・・・あぁ・・・」とだけ言って横目でマグノを見た。止めるべきかどうか迷い、彼女に助言を求めたのだ。

 彼女はひさびさに安堵にも似たため息を吐いた。

「あの娘達も自分なりに思う所があるんだろうさ。確かに人の生き方は人それぞれ、どれが正しいのかなんて当の本人にもわかりゃしない。アタシはアタシの意見を皆に押しつけようなんざ思いやしないよ。・・・ドレッドチームはあの娘達自身にまかせておこうじゃないか」

 その時通信が入る。レジからだ。眼鏡をかけた少女が言う。

『レジシステム復活しました!修理の終わったドレッドを順次出撃させます!』

 ブザムがほぅと声を漏らした。

「了解した。出撃したドレッドはエステラの指揮下に置け」

『ラジャー!』

 それを聞いていたマグノがふとある事に気がついた。

「・・・そういや、メイア達はどこいったんだい?」

 

 

 ニル・ヴァーナより三機ドレッドが射出され、蒼い炎の尾を伸ばし戦闘宙域に躍り出る。それらはすぐにエステラ達のドレッドを見つけ、後方につく。

『おっまたせぇ!』

「おそーい!」

 計七機になったドレッドは猛然とキューブ達を追い詰める。

 普段はこの数のドレッドではこれほどまでに戦う事はできやしない。いつもはメイアやジュラ、そしてヒビキやディータ達のSPドレッド、ヴァンドレッドがあってなんとか持ちこたえていた。

 だけど今は数機のドレッドだけ。それでもこれだけの力を生む事ができる。機体の性能や数だけの問題じゃない。戦いは戦う者達の想いだけでいくらでも勝敗を覆す事はできるのだ。

 そう彼女達は思った。

 いつもの何倍もの力を彼女達は感じる。

 人は戦闘において二種類のタイプがあるという。一つは優位に立てば立つほど冷静な判断で確実に勝利を収める計算タイプ、そしてもう一つは逆行に立てば立つほど本来の力以上を生み出す爆発タイプだ。彼女達、特に指揮者であるエステラは確実に後者なのだろう。

 フォーメーションは完全を極め、わずかなズレもなく敵を囲み、沈めていく。重力が機体の動きに影響を与えるがそれを微塵も感じさせない動きは驚嘆に値した。

 キューブ残り数機。ウニ型残り四機。

 通常であらばたった七機で迎え撃てる敵ではないが、今の彼女達ならどうにかなるレベルだった。

 彼らと戦いながらも彼女達の頭には砲台型の事がさすがに重くのし掛かる。今相手にしているキューブやウニ型は自分達だけでもどうにかできるだろう、だが果たして砲台型をどうにかする事ができるだろうか。

 そうエステラが頭を悩ませていた時、通信が入った。忙しいのに、と思いながらも回線を開く。メイア達からだった。

「リーダー!」

 先ほどから何の応答もなかった二人がモニターの向こうに居た。映像にノイズが多い。雑音だらけの声がコックピットに響いた。

『こ・・・メイ・・ザー・・ア・・・エステ・・ザッ・・・ザコは・・・』

 あまりのノイズに何を言っているか良くわからなかったが、後半の部分だけははっきりと聞きとれた。『ザコはまかせた、砲台型は私達がヤる』と。

「ラ、ラジャー!」

 エステラが嬉々として返事をするとメイアは軽く微笑んで通信を切った。

 モニターを見ると蒼い光に包まれたヴァンドレッド・メイアが驚異的な速度で戦闘宙域に迫ってくる。何をする気なのかはわからなかったが、あの二人なら、口にした事は必ずやり遂げるだろうと思いエステラは自分達の戦いに集中した。

 今の会話を盗み聞きしていたのか、いつの間にか開いていた通信回線に活気に溢れている仲間達が映っていた。彼女達は無言でうなずくとドレッドの機動をさらに高める。

 エステラのドレッドのモニターの隅でヴァンドレッド・メイアが敵には向かわずに星への軌道を取っているのが確認できた。

「・・・まさか」

 エステラは冗談のようにそれを見て思ったが、しかしそれしか考えられなかった。無茶苦茶をすると思ったが、ある意味ではヒビキ達らしいとも思った。

 

 

 

          ●

 

 

 

「まったく無茶を・・・いや、無茶も無謀も通り越してもはやただの馬鹿だな」

 パイロットを殺すつもりなのかと思うほど激烈に襲いかかってくるGの中でも、メイアは普段のそれと同じような口調で言った。

 ヒビキは口元を朱に染めながらも笑みを浮かべた。

「いつもの事じゃねぇか」

「そうだな」

 ヴァンドレッド・メイアなおも加速。そして星の東側へ向けて機首を曲げる。ニル・ヴァーナと敵の砲台型を横目に戦闘宙域に到達、そして通過。星の重力圏内に突入。引力による加速によりパイロット達へのGさらに増加。

 ヴァンドレッド・メイア、星へ落下。

 機首を微妙に星より外側へと向ける。重力と遠心力で適度な安定を取りながらも加速を続ける。

 ヴァンドレッド・メイア、星を回る。

 ヴァンドレッド・メイアの『ファイナルブレイク』にさらに力を加えるには速度を上げるしかないのだが機体のブースターだけでは限界がある。となれば外の力、星の重力を使うしかない。このヒビキの提案は無謀を極めた。ヘタをすれば大気との摩擦で機体が燃え尽きてしまう可能性だってある。それに現在は先ほどの青いウロコのせいで傷だらけで、運良く持ちこたえたとしても敵に攻撃を仕掛けてこちらが無事とも限らない。メイアが言う通りもはや無茶どころか、完全な馬鹿作戦だった。だが現段階における最善のギャンブルでもあった。だからこそメイアもこの作戦に同意したのだ。

 パイロット二名にかかるGなおも増加。

 コンソールを見ると各種ゲージがレッドゾーンへ到達したまま悲鳴を上げている。

 メイアは対Gシステムのゲージを見た。レッドゾーン。もしこのシステムがオーバーヒートで活動停止しようものならその瞬間に自分達には今の何倍ものGが襲いかかってきて瞬間的に体をグチャグチャにプレスされてしまうことだろう。耐えてくれと祈った。

 星を半周。

 Gが急激に増す。

 呼吸が苦しい。

 コックピット内の照明がGに耐えきれなくなり崩壊。非常用のレッドランプが点灯。

 コンソールより火花が上がり始める。

 機体がガタガタと揺れ、悲鳴のように甲高い音がどこからか鳴り始める。

 メイアの意識が朦朧(もうろう)とし始める中、ヒビキの後ろ姿だけが妙にはっきりと見えた。彼も苦しそうに顔をゆがませているが、その表情に負の色は微塵もない。「必ず俺達はヤれる」と言っているようだった。

 メイアは口元を緩めた。こんな所でコイツに遅れを取っていてたまるか。そう思い意識を体と結びつけ、モニターを見る。

 赤茶色の大きな星の向こうに光りが見えた。

 ヒビキが口を動かす。

 何故だろう。彼の言葉はとてもクリアに聞こえた。

「・・・ってるか・・・・」

 ニル・ヴァーナ、砲台型、ドレッド達の奮闘が見える。

「・・・てめぇらみてぇな小せぇ、魚の事をなんて呼ぶか知ってるかよ・・・」

 砲台型へ機首を向け、ブースターを最後に最大出力で吹かす。

「・・・てめぇらみてぇなのをなぁ・・・」

 ヴァンドレッド・メイア、重力より離脱。速度増。

 ヒビキは叫ぶ。

「雑魚っつぅんだよおぉーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」

 そして、全てのエネルギーが炸裂した。

 

 

 

          ●

 

 

 

 

 エステラはレーダーを見ていて気がついた。予想通りヴァンドレッド・メイアは星の重力を利用して、一回転して戻ってきた。その時間わずかに十数秒。あまりの早さにレーダーにかろうじて残映らしきものが映るだけだ。

 彼女は考えるよりもはやく通信回線を全チャンネルに向けて開き、そして叫ぶようにして言った。

「全員砲台型から緊急退避!!」

 仲間達がブースターを最大に吹かして砲台型より離れる。

 砲台型の青い盾も己に迫る脅威に対して感づき、急いで構える。

 エステラは十分な距離を取って機首を曲げ、砲台型を見る。

 星の西より迫る蒼き弾丸、いや、もはや蒼き流星となりて敵へ迫るはヴァンドレッド・メイア。

 長い長い光の尾を伸ばし、砲台型へ迫る。

 ブースター出力、重力、全てのエネルギーをその内に秘め、ヴァンドレッド・メイア、超高速『ファイナルブレイク』。

「っぅ!!!」

 モニターが蒼の光で満たされる。

 まぶたを閉じても蒼が入り込む。眼がつぶれるほどの光だった。

 

 

 

 ブリッジのメインモニターもまた蒼き光を爆発のように放っていた。

「なんて無茶をやる子だい!」

 眼を覆いながらマグノが言った。

 セルティック達が眼を細目ながらもコンソールを叩き現状を確認した。レーダーを見ると戦闘宙域には大きな円を描く高レベルのエネルギー反応があるだけで他の何も映し出されていない。あまりの高エネルギーに他の機影が消えてしまっているのだ。

 通信回線を開いても返ってくるのはノイズだけだった。

「あれは・・・」

 蒼い光の中に細い赤い線が幾筋も走り出した。方向もでたらめだ。何発かニル・ヴァーナへ襲い来るもシールドが完全に防いだ。数秒後それらは収まり、そして蒼き光もまたゆっくりと薄れていく。

 ブザムがすぐさま命令をくだす。

「状況を報告しろ!」

 光が収まってくるに従ってレーダーも正常を取り戻し始めた。

 アマローネの報告。

「ドレッドチームの無事を確認!」

 ベルヴェデールの報告。

「砲台型機影・・・消失しました!」

 それからかなりの時間を待ってからセルティックが報告した。

「あ!居た!ヴァンガードとメイア機、確認しました!」

 

 

 

          ●

 

 

 

 ヒビキの乗った蛮型は戦闘宙域の外れに浮遊していた。

 かすれる瞳でヒビキは愛機のコックピット内を見渡す。ヴァンドレッド・メイアの時もそうだったがどこもかしこもボロボロに成り果て、照明は赤い非常灯のみ。時折火花が飛び散った。

 ノイズ混じりの声が聞こえる。

『・・・ヒビキ、無事か』

 メイアだった。

「・・・あ、あぁ。なんとかな・・・敵は?」

『ニル・ヴァーナに問い合わせた。完全に消滅したそうだ』

「・・・そうか」

 蛮型のモニターには再び行動を開始し、残ったキューブ達を次々と殲滅していくドレッドチームの雄志がある。彼女らの辺りには無数の鉄くずが浮かんでいた。

 咳き込む。

 血が噴き出したが、戦闘は終わったからもう大丈夫だ。そうヒビキは思い、そしてドゥエロに何て言われるか想像して笑みを作った。

『一人で戻れるか?』

「・・・馬鹿にすんな。それぐらはできるってんだ」

『そうか。・・・私は先に帰還する。私もドレッドもボロボロだ』

「わかった」

 そして回線は切れた。

 静かになったコックピット内でヒビキは確かな達成感を味わっていた。ひさびさに死を間近に感じた一瞬。そしてそれを乗り越え、こうしていられる事に満足していた。

 モニターを見る。ドレッドチームが少ない数ではあるが順調に敵を落とし続ける。

 ヒビキは念のため、彼女らの戦いが終わるまでここで見守る事にした。もしかしたら手を貸すような事態にならないともいえない。

 だが、こんなボロボロの蛮型で果たして役に立てるのだろうか、という疑問は彼は抱かなかった。

 

 

 

          ●

 

 

 

 格納庫に戻ったメイアのドレッドを迎えたのはげんなりとした顔の機関クルー達だった。

 機体を格納庫に固定しエンジンを切った瞬間、ブシューと勢いよく機体の至る所から蒸気が上がった。本来機体のオーバーヒートを防ぐ冷却液

は機体の熱により完全に蒸発、気化しており、室内の温度を急激に上昇させた。

 コックピットが開き、メイアがふらつく足下で機体を降りると機関クルーに「後は頼んだ」と言ってそのまま医務室の方へ消えていく。彼女が自ら医務室へ行く事はあまりない事なので機関クルー達はよほど消耗したのだろうとねぎらいの瞳で彼女を見送った。

「・・・さぁて」

 機関クルーの一人が機体の近くへ行くと、機体から発せられる熱で肌がビリビリと反応した。高温に熱せられ、それに耐えられなかった表面のいくつかの部位の装甲が溶解していた。灰色の内部機械が見える。

「・・・・機体冷やしてからだね」

「冷えたとしても一時間とかじゃ治らないですよね、コレ」

「・・・絶対徹夜ね・・・・」

 彼女達はボロボロのドレッドにため息を吐き、本来は火災対策のスプリンクラーのスイッチを入れる。機体にかけられた水は一瞬で水蒸気となり濛々(もうもう)とした霧で辺りを満たす。格納庫はまるでサウナのような状況に変身した。

 

 メイアがふらつく足取りで医務室へ行くとそこには椅子に座ったまま眠りについているドゥエロの姿があった。起こそうかどうか少し悩んだが、彼女は何も言わずに椅子に座った。起きるまで待つつもりだった。

「あ、メイア」

 カーテンを持ち上げてベットルームより現われたのはパイウェイ。彼女は手に幾本かの小瓶や注射器、血のついた包帯にガーゼなどが入った銀色のトレイを持っていた。

 メイアは視線をドゥエロに向けて言う。

「何かあったのか」

 戦闘中だから当然何かしらあるわけなのだが、その戦闘がまだ完全に終わる前にドゥエロが仮眠を取るなんてあまりある事ではなかった。

「バーネットの手術があって、それがすっごく難しくて・・・。それにヒビキの手術からそんなに時間も経ってないし・・・今はそっとしておいてあげてよ。代わりにアタシが看るから」

「すまない。実は体中がどうも痛む。大した事はないと思うんだが、一応、な」

OK、わかった。取りあえずレントゲン撮ってみようか。パイロットスーツ脱いどいて」

「あぁ」

 メイアはパイロットスーツを脱ごうと襟元へ指先を這わせる。その時、医務室のモニターが眼に入った。そこではドレッドチームが刈り取り機を次々と叩きつぶしていく様が映し出されている。

 手を止め、しばしその光景を眺めていると自然と自分の口元がゆるんでいるのに気がついた。

 自分も変わった、そして仲間達も変わった。共に成長したのだ。そう思った。

 ドレッドの一機が[trunk]の近くを飛んだ。

「ん?」

 良く眼を凝らすと[trunk]の軌道がおかしい。気のせいか星の衛星軌道から外れている気がする。

 すぐさまコンソールを叩き[trunk]のアップ画像をモニターに出す。

「何!?」

 [trunk]の一部から火の手が上がっている。宇宙空間では酸素がないため火が燃えないはずなのに、それなのに燃えているということは可燃性の何かに火がついた事を示していた。

 コンソールを叩く。ブリッジのアマローネへ繋げた。

「こちらメイア」

『こちらアマローネ、どうしたの?』

[trunk]を調べてくれ、星に落ちているぞ!」

『りょ、・・・えぇ!?星に!?』

 慌てながらもアマローネがコンソールを叩き各情報をはじき出した。

[trunk]後方部のジェットノズルの一部が炎に包まれています。この傷跡・・・さっきの光線で・・・』

 アマローネが[trunk]のアップ画像を医務室の方にも送り、それをメイアが開く。ジェットノズルの一部の箇所に細い線の傷跡が長く引かれている。それを見てメイアもすぐにわかった。あの縦横無尽に放射した敵の最後の赤いレーザーの傷跡だと。

「・・・くそ!」

 メイアは己のこぶしをコンソールに叩きつけた。

 

 

 

          ●

 

 

 

 表情を曇らせ、少しだけ荒い息のディータは何も言えずにいた。

 そんな姿を見つめていたサリーアは何かにはっ、となり天井を見上げるように首を上げ、何かを見るように瞳を動かした。

「・・・ど、どうしたの?」

 ディータがおずおずと訊くとサリーアは瞳をディータに向け、クスクスと笑いだした。

「あぁ、いえ、失礼しました。・・・あなたのお仲間、ヒビキ・トカイと申しましたか、あの人は本当に無茶をする人なのですね」

「・・・宇宙人さん・・・?」

 ディータには何がおかしいのかわからなかった。そして何故彼女がヒビキの名を知っているのかも疑問に思い、それを口にしようとした時、それは訪れた。

 ズズゥン・・・・。という地響きのような遠くからの音と振動。

 [trunk]が緩やかに揺れる。

「なんの振動・・・?」

 サリーアは笑みを消し去り、まぶたを閉じて、一度眉根を寄せた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・角度が悪い・・・? 消火を最優先に修復作業開始、軌道を・・・いけない!非常用タンクに・・・」

 彼女が言ったその瞬間、どこからか大きな爆発が起こり[trunk]全域に振動。強い振動は消えたが代わりに微弱で断続的な揺れが続く。

 サリーアの表情が曇り出す。瞳を開き、ちらりとリョウへと視線を向けた。

「・・・・・・・・・・・・・時が来た、のかもしれませんね、リョウ」

 そう言うと瞳を開き、リョウの元へと身を寄せた。そして何事がつぶやく。

 リョウがスピーカーから言う。

『そ・・・うなんだ・・・・僕は・・・・かま・・わ・・・ない・・・。・・・君が・・・良い、と・・・・思う・・・なら・・・僕は・・・かま・・・わ・・・ない・・・』

 ふぅと息を放ち、サリーアはディータに向った。

「ディータ・リーベライ、この[trunk]は現在、星に落ちつつあります。ジェットノズルの一部から燃料に引火して軌道が変わったようです」

 宇宙船の主なエネルギー源はぺークシスプラグマがそのほとんどを補ってくれるため、普通ならば燃料などというものはないのだが、サリーア達が出航した時代では、まだぺークシスそのものに謎の部分があり緊急用の燃料が用意されていたのだった。

「戻せないの・・・・?」

 サリーアはちらりと彼女の横に浮かぶピョロを見た。未だ蒼い光を放ってこそいるが先ほどから何も言わず何もしていないが、まるで強い視線でサリーア達を見るようにずっとモニターを彼女達に向けていた。

「無理とはいいません。軌道修正ののち、火災部全域をバージすれば何とか持ち直すかもしれません。しかし・・・」

 サリーアは少しそこで口を止め、どこか無理をするように微笑んだ。

「それをしようとは思いません」

 ディータはサリーアの言葉が理解できなかった。

「さぁ、ディータ・リーベライ。あなたはもう帰る時です。[trunk]を離れる時です。お別れの時」

 その時、ピョロが動いた。

『・・・このまま何もせずに星に落ちるというのか。この機体、[trunk]は大気圏突入には耐えられない』

 その言葉にサリーアは緩やかに微笑んだ。

「えぇ、わかっていますわ。大気圏突入から数分で、この[trunk]は粉々になるでしょう。しかし、私達はそれで構いません。あなたの同種を道連れにするようですが、しかしあの方も、[trunk]のぺークシスプラグマも私達についてきてくれると言っております」

 サリーアは二人に背を向け、再び光りに包まれた。

 ピョロが言う。

『我々ぺークシスは自由に結合と分離を可能としている。今からでも・・・』

 ピョロの声を遮り、[trunk]のぺークシスとリンクしたサリーアが例のごとく無感情に言った。

『今一度あなたと共に成れというのか』

『そうだ』

『断る』

『何故?』

『立場が逆であればあなたもそうする』

『理解できない』

『あなたにも理解できる。あなたに愛すべき、そして信頼に足る仲間がいるのなら』

『・・・・・・・・』

 光が彼女より飛散し、彼女は振り返える。その愁いのこもった表情でそれがサリーアであるという事が見て取れた。

「さぁディータ・リーベライ、宇宙港には非常用脱出カプセルというのがあります。地下を通ればそこまで行けるはずです。さぁ急いでお行きなさい。今なら十分に間に合います」

 ディータにもぺークシス同士の会話を聞けばこれから[trunk]がどうなるか理解できた。だから何故彼女達はこんなに平然としているのかがわからなかった。

「サリーアはいかないの・・・・?」

 彼女は微笑んだ。

「えぇ。リョウと一緒にここに残るわ」

「でもそれじゃあ・・・・・死んじゃう」

「そうですね。私達は死にます」

 さらりと言ってのけたサリーアに唖然としてしまったが、すぐに気を取り直して彼女は言った。

「どうして!?」

 少しおかしな訊き方だったがそれでもサリーアは微笑みを崩さずに答えた。

「・・・・メイア・ギズボーンは負い目に感じているようですが・・・・彼女にお伝えください。これは私達自身の意志だと。以前よりそろそろ生の終わりを意識していました。おそらくこんな状況にならなくとも、近いうちに自らの手で[trunk]を星に落としていた事でしょう。もしかしたらこれは決断の遅い私達に神様が背中を押してくれたのかも知れませんね。だとしたらあなたは私達を導いてくれる天使なのかしら?」

 彼女はクスクスと笑う。

「どうして・・・・死ぬの・・・?」

 その質問にはすぐに答えず、リョウの所の小窓へと手を触れてゆっくりと語りだした。

「・・・リョウの死期が近いのも理由の一つなのですが・・・・ねぇ、ディータ・リーベライ。あなたに今、愛すべき人はいますか?」

「・・・・・・・?」

「その人と理解し合い、そして一緒に成れたとしましょう。しかしながらあなたも含めその人は有機物であるが故に永遠に存在を維持し続けることは不可能。いずれ別れを迎えなければなりません。それがあなたよりも先であるなら、あなたは何をしますか? あなたが愛し、あなたを愛した、そんな人が去っていく背を見てあなたは何を思いますか」

「・・・・えっと・・・・?」

 質問の答えに悩むというよりはサリーアの言葉を理解していないといった悩み方を見て、サリーアはピョロを見た。ピョロがモニターに瞬間的に大量の文章と莫大な量の小さなウィンドウで映像などを浮かべる。一番最後に『転送』の文字を浮かべた。サリーアはまぶたを閉じ、「なるほど・・・」とつぶやいた。

「ではディータ・リーベライ。質問を変えましょう。・・・・あなたにとって大切な人、ヒビキ・トカイがあなたを置いていってしまうとしたらどうでしょうか?さよならも告げず、何も言わずに・・・・」

 ヒビキの名に反応したディータは今度はすぐさま答えた。

「・・・もし、宇宙人さんがどこか遠くへ行っちゃうなら・・・ディータは・・・・追いかける。宇宙人さんの行く場所まで追いかけるよディータ」

 その言葉にサリーアは満足げにうなづく。

「私も同じですディータ・リーベライ。・・・・リョウの行く場所へ私も行きたい」

 言葉に戸惑いながらもディータは言う。

「だから・・・・だから一緒に死ぬっていうの?」

「えぇ」

「・・・・リョウさんは・・・・病気なの?」

 レストランでサリーアは『彼は今体を弱めておりましてずっと床についている状態です』と言っていたのをディータは思い出した。

「まぁ、そのようなものです。先ほども言ったようにリョウの死期はもう間近で、最終的にリョウという個体では・・・いえという個体はリョウというアイデンティティを失ってしまうのです。そして今、こうしている間にもリョウを失い、そして私の事も忘れていく・・・・」

「・・・どぅいうこと・・・?」

「彼の脳細胞は数十年ほど前から崩壊が始まっています。知っていますかディータ・リーベライ、人は二十歳前後を境に脳細胞の神経ネットワークの拡大成長が止まり、崩壊が始まるのです。ですがそれはとてもゆっくりで、大した問題にはなりません。老いた時にやっと多少の記憶や技能が消失する程度。ただ、人間に百年という時は少し長すぎました。リョウの年齢が百十二を超えた今、リョウという人格自体あやふやな存在になりつつあります」

「?」

「自分が何者であるか、わからなくなるのです。そして今では私の事もかろうじて憶えている程度・・・私は彼の中から消えたくはない。そして彼をまだリョウであるうちに死なせてあげたい・・・」

「・・・・・・・・ぁ」

 ここまで聞いてディータにもやっとわかったような気がした。サリーアが何故こうも死へ向うのかが。

 自分だってどうするだろうか。ヒビキの中から自分という存在が、ディータという人間を忘れてしまうとしたら。そしてヒビキからヒビキという人格がなくなり、ただの生きるだけと成り果ててしまうとしたら。

 それはあまりにも辛い。あまりに悲しい。ヒビキが自分と違う人と自分よりも仲良くなる事よりも、ヒビキが自分の事を嫌いになる事よりも、そんな事よりもずっと非道い事だ。それらならまだ彼の心の内にディータという存在は残っていられる、けれど何もかも、全て、まるで自分達との出会いすら無かった事になるなんて、そんな事はあまりに悲惨すぎる。

 だが・・・・。

 だが、だからといって自ら愛する者を死に追いやるようなことをしてしまっていいのだろうか。そしてそれについていって共に己自身も死すことは、本当に正しいことなのだろうか。

「ディータ・リーベライ、あなたはこれを異常だと思うでしょうか・・・間違っていると思うでしょうか・・・?」

 心の内をのぞかれたような気がしてディータの心臓は激しく鼓動した。

 彼女の質問がディータの頭の中で反響した。

 これは異常で間違った事なのか?

 わからない。

 ディータにはわからなかった。

 ただ、何とも言えない気持ちが彼女の中に沸々とわき上がった。それはどんどん大きくなる。はっきりとしない、何が言いたいのかもわからない、けれど爆発せんばかりの力を込めたその気持ち。

 それは質問の答えではない、けれど今の彼女には精一杯の応えだった。

 その応えを彼女に伝えなくては、と思うのだが・・・。

「・・・・ぅ・・・ぁ・・・その・・・えっと・・・・」

 その気持ちが思うように言葉になってくれない。それはそうだ。自分自身、その気持ちがなんなのか、ちゃんと理解していないのに、それを誰もがわかるような言葉で表現し直さなくてはならないのだから無理もない事ではあった。だが、言葉にしなくては伝わらない。今は伝えなければならない時だというのに・・・。

「ごめんなさいディータ・リーベライ・・・別にあなたを困らせようとしたわけじゃないのよ」

 困った様子のディータを見て、サリーアはすぐにフォローの言葉をかけたのだが、ディータには聞こえていないようだった。彼女はずっと小さなうめきを漏ら続けた。

『・・・な、ななぜ・・・・そ・・・その・・ひと・・・は・・・・こま、って・・・るんんんんん・・・だ・・い?』

 リョウの言葉はノイズだらけだった。

「私のせいなのよ、リョウ」

『っそそそ、うなん・・・だ・・・・だ・・・だれ・・・なの・・・かかか・・・・ぼ・・ぼ・・くはし・・・・らないけれどあ・・・・まりかのじ・・・・ょをせめいないでおくれれれ・・・か、かの・・・・・じょにわ、わる・・・・ぎはない・・・・・はずだから・・・・かかか、かのじ・・・・・・ょはそんな・・・ひと・・・・・・じゃない・・・んだ・・・・だ、だだあだだか・・ら・・・・』

 [trunk]が揺れが強まる。かなり強い。立っているのがやっとだ。[trunk]のどこかが崩壊を始めたのかゴォオオオという風の音が聞こえた。

「時間がないようですね・・・・ディータ・リーベライ、早くタワーを降りた方がいいですわ」

「・・・・うぅ・・・・うう・・・ぅぅう・・・」

 ディータは両手を胸の前に強く握り、涙をためた眼でうめいた。

 彼女は悩んでいた。

 自分の中にある靄(もや)のかかった不明瞭な、けれど強い想い、それを胸にしまったままここを立ち去ってしまっていいのだろうか。彼女に何も言えずにここを背にしていいのだろうか。

 それすらも今のディータにはわからない。

 ただ・・・。

 ただ、グチャグチャになった頭の中でも、彼女は言葉を考えていた。今のこの気持ちを彼女に伝えるための言葉を探していた。

 こんな時マグノなら、メイアなら、そしてヒビキなら、何というだろうか。きっと何か良い言葉を彼女らなら自分なりの言葉と想いでサリーアに何かを伝えただろう。だが、彼女らはここにはいない。自分が、ディータ自身が言葉を紡ぎ、そして伝えなくてはならない。

「・・・・うぅ・・・うっ・・・うっ・・・」

 自分でも気づかないうちに涙は頬を流れた。息苦さの中、眼からは止めどもなく雫がこぼれ続けた。

 サリーアは首をかしげる。

「・・・・何故、泣くのですか、ディータ・リーベライ・・・・・?」

「わ、わからない・・・・わからないけど・・・・ディータにはわからないけどぉ!!」

 彼女への言葉が見つからない事に、そして何故か泣き始めてしまった自分に、ディータは地団駄を踏んだ。

 

 

 

          ●

 

 

 

 ニル・ヴァーナのブリッジ、そこのメインモニターには星へと墜落していく[trunk]の姿が大きく映し出されていた。

 アマローネの報告。

[trunk]表面温度上昇中」

 セルティックの報告。

[trunk]前方部より崩壊を確認」

 ベルヴェデールの報告。

「機体強度を計算、[trunk]完全崩壊まであと十分」

 ブザムがエズラに訊く。

「パルフェ達の方はどうなっている」

 エズラは首を振って答える。

「それが・・・まだ・・・」

 苦々しい表情でブザムはうなずき、マグノを見た。彼女もまた、表情にこそ出していないが、内心は焦っているのだろう。眼が鋭い。

 アマローネが新たな報告を上げる。

「ドレッドチーム、敵の殲滅を確認」

 ブザムが言う。

「そのまま警戒態勢で待機させろ」

「了解」

 その時、メインモニターのわきに小型のモニターが現われ、そこにはパルフェが汗だくの顔で居た。

『やっぱ無茶ですよ!あんな大きなものを引き上げるなんてぇ!何より時間がなさ過ぎます!仮にニル・ヴァーナと[trunk]をワイヤーで繋いだとしてもニル・ヴァーナの方が引きずられて星に墜ちちゃいます!』

 マグノが応対する。

「なんとかならないのかい?」

『どう考えても無理です!アリで車を引くようなものなんですよ!』

「・・・・・・・・・・・・・・・打つ手なし、か」

 苦々しい表情でマグノが言ったのとそれが現れたのは同時だった。

『おいちょっと待てよ!それじゃあてめぇら、あの宇宙人女を見捨てるって言うのか!?』

 パルフェのモニターの横に現われたのは口元を真っ赤に染めたヒビキだった。向こうの照明が壊れているのか薄暗く、非常用のレッドランプがわずかばかりの明かりを提供していた。

「今考えてるよ、ちったぁ静かにしていな!」

 マグノが彼女らしくもなく声を張り上げると誰もがその口を閉じた。

 ヒビキがモニターごしにマグノを刺すような視線で見つめた。

 沈黙の中、ベルヴェデールが報告。

「・・・[trunk]崩壊まであと九分です」

 マグノの舌打ちがブリッジに響いた。

 ため息一つ。

 マグノはにらむような視線でモニターの向こう、ヒビキの瞳を見た。そしてまたヒビキも同様の視線で見つめ返す。

 短い時間ではあったが、誰もが長い時間に感じるにらみ合いだった。

「・・・・・・・坊や」

『・・・なんだ』

「・・・・いけるかい?」

 そのマグノの言葉にヒビキはニヤリと口元をゆがませた。

『・・・あぁ』

 皆が二人の会話を理解できない中、ブザムだけが二人の意図を読みとり、声を上げた。

「お頭!」

「しょうがないだろ」

「しかし、まだ万策尽きたわけでは・・・」

『うるせぇ!グダグダ考えていてどうにかなるようだったら最初から困りゃしねぇってんだ!手遅れになるぐらいなら一か八かでも俺はヤルぞ!!』

「ヒビキ!」

 ブザムが名を呼ぶも、すでに彼との回線は途切れていた。

「・・・BC、アタシも今回ばかりはあの子に全て託す覚悟だよ。ディータの命、任せてやろうじゃないか」

「しかし・・・」

「・・・・・大丈夫、あの子は必ず帰ってくるさ。ディータを連れてね」

「・・・・・・・・・・・・」

「それが男ってもんだろ、BC

 マグノ言葉にブザムは何も答える事が出来なかった。

 アマローネの声が上がった。

「あ!」

 マグノはわざとらしく訊いた。

「どうしたんだい?」

「ヴァ、ヴァンガード、[trunk]内に突入しました!!」

 

 

 

          ●

 

 

 

 ボロボロとなった蛮型の機体からは時折鮮血のように火花が散った。だがヒビキはそれを気にすることもなく、己の口から吹き出る血液と同じようにどうとでもなると言うかのように、ブースターを最大出力で吹かした。

 敵の残骸を縫うように駆け抜け、先端部を赤く熱し始めたどら焼き型の移民船、[trunk]へ向う。

 近くに寄るとそれは圧倒的な巨大さを持って蛮型を駆るヒビキに迫った。その差たるや、蛮型がゴミクズのように感じられた。

「・・・・・アレしかねぇな」

 ヒビキが眼を付けたのはレンズ型とキューブが初弾で破壊した第8第7宇宙港だった。そこは虫に喰われたようにポッカリと穴が空いている。

 蛮型、その穴より[trunk]内に侵入。

 破壊された宇宙港内は鉄クズが無数に浮かぶ空間となっていた。侵入と同時に蛮型のボディに鉄クズが傷を付ける。

 蛮型の目前に二つの扉を確認。一つは人間用の小さな扉、もう一つは貨物用の大きな扉。無論、ヒビキは貨物用の扉を選ぶ。だが、それが自動で開くまで待とうとはせずに彼は青龍刀状のブレードを使って切り裂いた。その瞬間中より空気が吹き出したが、この状況でそれを気にしてはいられない。

 蛮型、ブースターを吹かす。

 貨物用とはいえさすがに狭く蛮型の両肩がすれ、激しく火花を散らせた。

 眼の前にさらに隔壁が迫る。

 ヒビキはコンソールわきの時計を見た、残り時間は八分三十秒。

「えぇい時間がねぇ!」

 この狭さではブレードを振るう事は不可能、そして何より時間がないと判断したヒビキはブレードを背中に戻し、代わりにブースターを最大出力で吹かす。

「いくぞおらぁああああああああああああああ!!!!!」

 分厚い壁を蛮型の顔面で突き破り、さらに進む。

「なめんなぁあああああああああああああああああ!!!」

 さらに数枚の隔壁が現われるもそれら全てを突き破り、ヒビキは突き進んだ。

 さらにもう一枚の隔壁。これもヒビキは顔面で突き破る。その瞬間、ヒビキ自身の額が割れ、鮮血が吹き出した。

「くぁ!!」

 SPドレッドやヒビキのヴァンガードはそのダメージをパイロットにも伝える事は以前よりわかっていたがこうもはっきりと現れたのは初めてだった。

「・・・・だから・・・・だからなんだてんだぁ!!!」

 吹き出した血が眼に染みる。視界が赤くなる。だが、ヒビキはブースターを弱めようとはしなかった。

 通路が三つに分かれていた。右、左、正面、ヒビキは何の迷いもなく正面の扉を突き破る。

 額からさらに血が吹き出す。

 さらに隔壁を二枚通過した、その時。

 ガギン!!!

「っうぅ!!」

 蛮型の、ずっと擦れていた右腕がもげた。その瞬間ヒビキの右腕に強いしびれを感じる。そして感覚が消えた。

 腕の感覚が消えてもなお、ヒビキは蛮型を操縦が可能である事にヒビキ本人が驚きの声を上げた。

「・・・・へ、良くできてるじゃねぇか」

 汗と血が混じり合い、朱の色がヒビキの服を染める。

 そして最後の隔壁が迫る。

「おらぁあああああああ!!!」

 ヒビキが雄叫びを上げた瞬間、右胸に強い痛みを感じた。そして口より勢いよく血が吐き出される。

 大量の血を失った事で意識が飛びそうになるのを気合いだけで肉体と結びつけ、ヒビキはブースターを吹かす。

「あと少し・・・あと少しだけ持ってくれ・・・!!」

 ヒビキがそう叫んだ次の瞬間、蛮型は[trunk]の市街地へと飛び出した。家々をそしてビルの上空を駆け抜ける蛮型は下方へ火花の雨を降らす。

 ヒビキの体もそうだが、蛮型そのものももはや限界だった。

 前方に天井にまで届く白い棒状の建物が見えた。アレだ、あそこにアイツがいる、とヒビキはすぐに感じ取った。理由も根拠もなく、ただそう感じた。まるで誰かが彼の名を呼んでいるようだった。

 

 

 

          ●

 

 

 

 泣き始めたディータに対し、サリーアもまた困っていた。何故彼女が泣き始めたのか、彼女にはわからなかった。

「ねぇ、ディータ・リーベライ。私の質問があなたを苦しめてしまったというのなら謝るわ。だから、泣きやんでくださいまし」

 ディータは頭を振って応えた。

「ち、違う!違うのサリーア!そんなのじゃなくて、そんなんじゃなくて・・・・ディータはぁ!・・・・」

 泣くなと自分に言い聞かせようとすればするほど涙の量が増える。

 止まらない、涙が止まらない。

 自分の中の想い、それが言葉になってくれない。

 言葉が見つからない。

 それが苛立って自分は泣いている。

 けれどそれすらも今は口にすることができない。

 どうしても口が思うようには動いてくれない。

 サリーアに自分は何かを言いたいのだ。

 ただそれだけなのに。

「・・・ディータはぁ、ディータはぁ!・・・」

 もう最後は言葉に成らなかった。

 ディータは大声で泣きたい気分だった。小さな赤ん坊のように大声上げて、気が済むまで泣きたい、そう思った。

 でも今はそんな事をしている時間はない。

 今は大声ではなく、言葉を生む時だ。

 サリーアがはっ、として何かに気がついた。

「いけない。[trunk]の降下速度が速い・・・・間に合わない・・・・」

 その言葉はディータの脱出が不可能だと言う事を意味していたが当の本人はぜぇぜぇと荒い息を落ち着かせるために必死で、そんな事は聞いていなかった。

 [trunk]が激しく揺れた。

「きゃっ!」

 ディータが転倒し、天井や壁から火花が散った。天井に付けられた照明の一つがディータめがけ落ちてくる。

「っ!!」

 目前に迫る大きな照明に呼吸が止まる。だがそれはぶつかる直前に横方向へと吹っ飛んだ。

 白いドレスが揺れていた。

「サ、サリーア・・・・」

 ドレスの少女には不釣り合いな見事な蹴りが目前で繰り出され、ディータは眼を見開いていた。

 サリーアは手首のチェーンブレスレッドに軽く触れ、瞳を閉じた。

「ルディカラ様から頂いたプログラムが意外な所で役に立ちました。あの方がこのような状況を予想していたとは思えませんが・・・」

 サリーアがはっ、として瞳を開き、そして倒れたディータに笑みを向けた。

「・・・良かった。ディータ・リーベライ、あなたのお迎えが来ました」

 サリーアはピョロを見、そしてうなずいた。

「彼にはここがわかるのですね」

 サリーアはそっとディータに手を差し伸べる。

「さぁ、お別れの時です。あなたの帰るべき場所へ、戻る時です」

 ディータはその手を握り、上半身を起こし、そしてサリーアに抱きついた。

 もう時間がない。

 だが、せめて、これだけはサリーアに伝えたかった。

「ご、ごめんねサリーア・・・ディータ、馬鹿だから、・・・何て言えばいいのかわからないよ・・・・ご、ごめん・・・本当はサリーアに言いたいことが、伝えたいことがいっぱいあるのに・・・・何て言ったらいいのか・・・ディータにはわからないよ!」

 サリーアはディータの頭を撫でた。

 その時、辺りを浮遊していた白い綿雪がそっと二人を包む。

 サリーアは優しげな、何かを悟ったように笑みを作った。

「・・・そうね、人の気持ちは簡単には言葉にならないもの。それはどうしようもないことだわ。あなたは謝る事はない。それはしょうがないことなんですもの」

 その時、金属を切り裂く音と共に天井に亀裂が入った。火花を散らせる人型の機械、右腕を失った蛮型がそこにいた。亀裂をブレードを握る左腕一本で広げる。

 外部スピーカーでヒビキの声が室内に響いた。

『早く乗れ、ずらかるぞ!!』

 コックピットハッチが開き、中から血だらけのヒビキがその姿を現す。それを見たディータの口からつぶやきが漏れた。

「う、宇宙人さん・・・」

「さぁディータ・リーベライ、あなたの大切な人の元へ戻りなさい。愛する人の元へ」

 ディータの視線をサリーアに戻す。

「そんな、まだ!」

 サリーアは優しく、全てを包み込むような笑顔だった。

「あなたが私に伝えようとしてくれたこと、それは今はもう無理です。時間がありません」

「で、でもぉ!」

 サリーアはディータの髪を撫でる。

「・・・・大丈夫、いずれまた会えます。その時にでも、今のあなたのお気持ちを伝えてくださいましね」

「ど、どぅいうこと・・・?」

 サリーアは笑みのまま、何も答えようとはしなかった。

 ピョロが言った。

『それで、いいのか?』

 天井からぶら下がっているスピーカーからリョウではない、別の者の声が入る。それがぺークシスであることは口調からすぐにわかった。

『これでいい。少なくとも我はそう思う』

『・・・・・そうか』

「さぁ、ディータ・リーベライ」

「サリーア!」

 室内を漂っていた白い綿雪がディータとピョロを包み込んだ。ディータの視界に映っていたサリーアの笑顔が消え、代わりに血だらけのヒビキの顔が現れる。

「あっ!?」

 ディータは自分が蛮型のコックピットの中、それもヒビキのヒザの上に瞬間的に移動している事に気がついた。わきにはピョロが浮かんでいる。

「さぁ、お行きなさい」

 コックピットより見下ろすサリーアは小さく、どんな表情をしているのかはディータにはわからなかった。

「お、おい、おめぇはこねぇのか!?」

 さすがにディータを助けるために来たとはいえ、眼の前の少女を置いていくわけにはいかない。ヒビキが声を上げるも彼女は首を振った。

「ディータ・リーベライ、これは私からのプレゼントです」

 そう彼女が言うとディータの胸元に何やら白い物が突如現れる。よく見るとそれは根に土のついたままの一輪の『ネリネ』だった。

「さぁ、お行きなさいディータ・リーベライ」

「サリーア!」

 ディータが叫ぶのと同時に蛮型のコックピットハッチは自動で閉まり、そして蛮型はタワーより飛び立った。

「宇宙人さんお願い戻して!」

「お、俺はなんもしてねぇぞ!?」

 二人は蒼い光を放ちコックピットに浮ぶピョロを見た。

「お、おめぇがやってるのか・・・・?」

 タワーより数キロ離れた所でピョロの蒼い光は消え、彼はヒビキ達の足下を転がった。

「やべ!」

 突如としてコントロールが途切れた蛮型は急激に高度を落とすもすぐにヒビキがそれを持ち直す。

 モニターに映る景色には白いタワーが遠くに見えた。

 二人は数秒、それを無言で眺めていた。

 ヒビキが言った。

「・・・・もどんなくていいのか」

「・・・・うん」

 ディータは流れる涙をそのままに『ネリネ』をそっと胸に抱く。

 それは真っ白で見るだけでため息を漏らすほど、綺麗な『ネリネ』だった。

 蛮型がブースターを吹かす。

 [trunk]崩壊まであと二分と迫っていた。

 

 

 

          ●

 

 

 

 ディータの去ったサブブリッジには白いドレスの少女だけが残っていた。いや、鉄の塊の中にその首を浮かべるリョウ、そして彼女らの足の下には大きなぺークシスプラグマが二人を見守っているのだろう。

 少女はリョウの収まる鉄の塊へと身を寄せる。

「・・・さぁ、リョウ。全ての幕引き、私達の新たなる旅立ち、その時ですわ」

『・・・あ・・ぁ』

「きっと天国に行けるわ。私達の旅立ちに天使が見送りに来ていただけたんですもの、きっと迷わずにいけるわ」

 涙を流し自分達へ想いを伝えようとしてくれた優しい天使。ディータ・リーベライ。彼女の姿がサリーアのまぶたの裏にくっきりと焼き付いている。

 [trunk]の揺れが非道い。

 少女はリョウにもたれかかるようにしてヒザをついた。

「いろんな事があった百年でしたわね・・・とても幸せな百年でしたわね・・・喜びも悲しみも全てがあった百年・・・長いようでしたが、終わりを迎える今ではあっという間にしか感じられないわ・・・」

 天井よりいくつもの照明やモニターが落ちる。ガシャンガシャンと次々に騒音を立てた。

「ねぇ、リョウ。あなたもそう思うでしょう」

『・・・あぁ・・・』

 たった一言だったが、いつものリョウの口調ではない事にサリーアは気がついた。

「・・・どうしたのリョウ・・・?」

『ご、ごめん・・・』

「どうして謝るの?」

『・・・き、きみ・・・なまえがおも・・・いだせない・・・たい・・・せつな・・・ひと・・・な・・のに・・・』

「・・・・・・・・・・・・・・」

 少女は絶望にも似た表情をするもすぐに笑みを作り自分のほほを鉄の塊へと預けた。冷たいひんやりとした感触に少女は瞳を閉じた。

「私はサリーア、サリーア・シーカース。あなたと共に生き、あなたを愛した女・・・」

『・・・あぁ・・・さ、サリーア・・・』

「・・・そうよ、リョウ・・・・愛してるわ・・・・・」

 少女の浮かべた笑顔はどこか悲しげだった。

 

 

 

          ●

 

 

 

 一番最初にそれに気がついたのはアマローネだった。声が上がる。

「あぁ!ヴァンガード[trunk]より脱出を確認!」

 すぐさまブザムが言った。

「生命反応は!?」

 ベルヴェデールが嬉々として応える。

「生命反応は二つ!ヒビキ・トカイ、ディータ・リーベライを確認!」

 ブリッジに歓声が上がった。

「・・・やれやれだね」

 マグノが安堵の言葉を漏らし、隣に立つブザムにニヤリと笑って見せる。

「アタシの言った通りだったろう?」

「ですね」

 彼女はやや呆れた様子ではあったがその口調には安堵の色が込められていた。

 誰もが笑顔になっていたその中で、一人だけ表情を曇らせている者がいた。ベルヴェデールだ。

「・・・あれ?」

 彼女はコンソールを叩く。再度叩く。そして確信した。

「副長!」

「どうした?」

「ヴァンガードの高度が落ちています!」

 ブザムの声色がすぐさま厳しくなり、命令を下す。

「通信回線を開け!」

 ベルヴェデールがコンソールを叩くとメインモニターに薄暗く、レッドランプのコックピットが開かれ、そこに涙で眼を赤らめたディータと血だらけのヒビキが現れる。

 誰もが息を飲んだ中、ヒビキが言う。

『相棒の出力があがらねぇ!星に落ちてる!』

 [trunk]侵入時の無理がたたって現在蛮型の出力はベスト時の半分にも満たなかった。

 一秒ごとに数十メートル落ちていく。

 メインモニターのヒビキ達の画像が揺れ、通信が途絶えた。

 ブザムが言った。

「デリ機で救助にむかえないか!?」

 即座にエズラが対応する。

「バーネットちゃんじゃなきゃ操縦できません!」

 セルティックが言う。

「あれ・・・? なんで格納庫の扉、開いているの・・・?」

 メインモニターに眼鏡をかけた少女が全身を汗だくにして現れた。

『誰かメイアさんを止めて!』

「メイア?」

 セルティックの報告。

「メイア機出撃しました!」

『メイアさんのドレッドは装甲が溶けているんです!あんなんじゃ普通の飛行にだって耐えられません!』

 

 

 蛮型のコックピット内では[trunk]脱出時より警報が鳴り響いていた。そしてコンソール上のサブモニターには

『現在我ガ機体ハ星(未登録)ノ重力圏内ニアリ、コレ以上ノ降下ハ危険デアル。安全域ニマデ上昇セヨ』

 という文字が赤い文字で点滅を繰り返していた。

 高度が落ちている。

 機体の表面温度が上昇。

 ブースターを吹かすもそれは時間稼ぎにしかならない。

 ディータは涙を止め、上着を脱ぎ、それでヒビキの顔を拭いた。

「宇宙人さん・・・」

「大丈夫だ、心配すんな」

 と強気に返すものの、ヒビキ自身も蛮型の状況もとても大丈夫なレベルではない。それはディータにもわかっていたが、何も言わなかった。言った所で好転するような状況ではない。

 蛮型のモニターには離れていくニル・ヴァーナが映し出されていた。

 どんどん遠くなる。

 その時ニル・ヴァーナより一つの光の粒がこぼれた。それは蛮型に迫る。

「あれは・・・」

 ヒビキがモニターを近寄ってくる光の粒に合わせ、ズーム。

 普段は銀色であるそのドレッドは今やその色が少ない。大半を灰色の内部機械をさらけ出したまま飛行していた。飛行する姿もどこか頼りなさげで小刻みに揺れている。

「・・・リーダーのドレッドだ」

 かすれるような声でディータがつぶやく。なるほど確かにそのシルエットはメイア機であるが、どうにも普段のそれとはかけ離れた姿にまったく違うものをイメージせずにはいられない。

 通信回線が開かれる。ノイズだらけの声、メイアだ。

『ザ・・・ヒ・・・ザザ・・キ・・・合体・・・するぞ!』

 メイア機、重力圏に突入。

 ガタガタと震えながらも蛮型を目指す。

 そして二機は接する。

 蒼き閃光が生まれ、その下より傷だらけの鳥が姿を現した。

「ヒビキ、最大出力だ!」

 ヒビキの後方に座ったメイアが威勢の良い声を上げる。

 ヴァンドレッド・メイアのコックピットは少しばかり狭く感じられた。普段ならヒビキ、メイアの順番で座る座席に無理矢理ディータがヒビキのヒザの上に座っているような状況なので無理もないのだが。

「でりゃー!」

 ヴァンドレッド・メイア、最大出力でブースターを吹かす。

 メイアがすぐさまコンソールを叩き状況を確認。

「これでもダメなのか・・・」

 メイアの落胆の声が漏れた。

 落下速度こそ減退したが、星を離れる事ができない。ヴァンドレッド・メイアもまた消耗しきっていた。

「おい、それじゃさっきみてぇに重力を使って・・・」

「無理だ。今のブースター出力では脱出速度到達前に星に落ちる。何より先に機体が分解してしまう」

「お、おい、どうにかならねぇのか!?」

「今考えている!」

 二人が声を張り上げた時、ディータはただ一人、落ち着いた声で言った。

「・・・大丈夫だよ、きっと・・・」

 ディータの頭の中にサリーアの言葉が反響する。

『・・・何事も手段を間違えなければ全てがうまくいくというのは所詮、子供じみた幻想に過ぎないのではないでしょうか・・・』

 サリーアはそう言った。

 けれどディータはそうは思わない。

 何だってやればできる。

 だって未来は何一つとして決まってはいないのだから。

 少なくともディータは、ううん、ディータ達はそう信じてる。

 だから、ディータ達は今まで悪い宇宙人さん達と闘ってこれた。

 負けそうになることはいっぱいあった。

 まるでディータ達を負けさせようと運命がするみたいに。

 けれどディータ達はそれをいろんな方法で乗り越えてきた。

 力を合わせて一生懸命、がんばってきたの。

 だから今回も宇宙人さん達と力を合わせればきっと乗り越えられる。

 見ていてサリーア。

 ディータ達はやるからね。

「・・・宇宙人さん、大丈夫、きっと助かるよ」

 そう言ってディータはヒビキの手の上に己の手のひらをかぶせる。こうする事で自分の力がヴァンドレッド・メイアに伝わるような気がした。

 ヒビキは何も言わずにディータの手の温もりを感じていた。

 

 

 ブリッジは飛び立ったメイア機に全てを託すような気持ちでメインモニターを見ていた。だが、合体したヴァンドレッド・メイアでさえ重力の手からは逃れられない。

「・・・あれでもダメなのか」

 ブザムが落胆の声を漏らした時、モニターの中のヴァンドレッド・メイアは大気との摩擦に赤く熱せられ、そして機体表面の残っていた装甲板が次々に崩れていった。

 もう機体が崩壊するのは時間の問題。

 ヴァンドレッド・メイアの後ろでは[trunk]が溶け始めたアイスクリームのように砕けていく。

 時間がない。

 だが、どうする事もできない。

 焦燥感だけが場を満たす。

 アマローネの報告。

「ヴァンドレッド・メイア、機体温度上昇、現在920度」

 ベルヴェデールの報告。

「ヴァンドレッド・メイアの出力下がっていきます」

 セルティックの報告。

「ヴァンドレッド・メイア、高度なおも減退」

 ブザムが横のマグノを見る。彼女もまた焦燥感だけを胸に、何も言わずにただ成り行きを見守るしかなかった。

 この時、エズラが気づいた。焦りでやや声が裏返りながらも報告を上げる。

「副長!ドレッドチームが!」

 メインモニターの下に近隣の星図が現れ、ドレッドチームを現す蒼い三角形が七つがヴァンドレッド・メイアに向っていくのがわかる。

「通信回線を開け!」

 サブモニターにエステラが現れた。

「何をする気だ!?」

『何とかします!』

 一言だけ放つと彼女は回線を切断。

 メインモニターが七機のドレッドを映す。

 ドレッドチーム重力圏に突入。

 七機が同時に非常用のワイヤーロープをヴァンドレッド・メイアに向けて放ち、機体同士を係留(けいりゅう)する。

 ドレッドチームがブースターを吹かす。

 ヴァンドレッド・メイアの落下速度が落ちる。

 だが、まだ足りない。

 まだ落ちる。

 アマローネの報告。

「ド、ドレッドが、出撃します!」

 言い終わるより早く、数機のドレッドがニル・ヴァーナより飛び立つ。それらは真っ直ぐにヴァンドレッド・メイアの元へ飛来しワイヤーロープを撃ち込んだ。

 さらに数機、ニル・ヴァーナより続けざまにドレッドが出撃していく。

 中には修理が終わっていないものもあると見えて装甲がはがれたままの機体も多い。

 ドレッドが次々と飛翔し、全てがヴァンドレッド・メイアの元へ舞い降りる。

 誰が命令したわけでもなく、それぞれのパイロットが己の意志での出撃。

 皆が友を、仲間を助けるため、傷ついたドレッドを駆る。

 数十機のドレッドが降下していくヴァンドレッド・メイアを繋ぎとめた。

 ワイヤーロープがしなる。

 ベルヴェデールが言った。

「全ドレッド出撃しました!」

 誰もが祈る想いでモニターを見る。

 ドレッド達がブースターを吹かす。

 ブースターの蒼き炎はまるでドレッドの雄叫びのように吠える。

 ヴァンドレッド・メイアはまるでドレッド達に呼応するかのように、低下していたブースター出力を再び上げる。

 蒼き炎が強まる。

 エズラが己のコンソールを見た。

 降下速度が低下していく。

 そして・・・・。

「ヴァ、ヴァンドレッド・メイアの落下止まりました!上昇していきます!!」

 メインモニターには、いくつものドレッドが、そして彼女らに手を引かれるがごとく空を昇る一機の傷ついた鳥、ヴァンドレッド・メイアが色鮮やかに映し出されていた。

 その映像を機に、今度こそ、本当に安堵の空気がブリッジを満たしたのだった。

 

 

 

          ●

 

 

 

 あの事件からすでに丸一日を経過した。

 現在ニル・ヴァーナはかつて[trunk]が回っていた星の衛星軌道を緩やかな速度で回転している。

 敵の残骸をかき集めて資源の確保という理由もあったのだが、あれ以来ぺークシスの調子がいまいち良くないのがもっとも大きな要因である。今頃機関クルー達はニル・ヴァーナにドレッドの修理、ぺークシスのコンディションにと大忙しだろう。

 また、今回の無茶な戦いで体を壊したドレッドのパイロットも大勢で、それでドゥエロ達も忙しい。

 無論、ブリッジのいつものメンバーだってその忙しさは例外ではない。オペレーター達は指定の席へ座り、各々今回のハッキングでいじられたプログラムをチェックしたりと大量の仕事をこなしていた。唯一、特に仕事のないバートも強制的に一緒だ。

 そんな彼女達を見渡せる位置に座るマグノの前には山積みの書類が置かれていた。その数、数百枚。それらは全て今回の事件の報告書だ。

 それを彼女はゆっくりと読みあさる。すでに半日ほどそれに費やしていた。

 バーネットが作成した報告書を読み終わり、最後にディータの報告書に眼を通す。いつもは中身のないペラペラの報告書を提出するディータであったが、今回の事件に関してはそれに限らなかった。たぶん、一番厚い。

 読んでいくにつれてマグノの顔が優しげな笑みへと変わる。

 彼女はつぶやいた。

「『・・・・大丈夫、いずれまた会えます・・・』、か・・・。なるほどねぇ・・・」

 隣に立つ、すでに全てを読み終わっていたブザムはそれがサリーアがディータに言った言葉である事はわかったが、何がなるほどなのかはわからなく、尋ねてみた。

「向こうさんのぺークシスが『死は終わりではない。いや、終わりはではない』って言ってるやつがあっただろう、アレとこの娘の言葉、やっぱりあぁなるのを確信して[trunk]と共に星に落ちたんだろうってことさ」

「あぁいった現象が起こるのは確率的に極めて低いと確かパルフェは言っていましたが・・・」

「フム・・・まぁ、結局、アタシらは想像する事はできても、ホントの所はあの娘達にしかわからないからねぇ。なんともいえないけど・・・」

 彼女はふぅと深いため息を吐き出した。

「・・・・少なくともアタシはそう信じるよ」

 マグノは椅子に深く座り、メインモニターを見る。

 そこにあるのは赤茶色の荒れた星ではない。

 白い雲が星を覆い尽くし、そのかすかに見える隙間からは蒼く美しい海がどこまでも広がっているのが見えた。

 

 

 

          ●

 

 

 

 アマローネの報告。

「ヴァンドレッド・メイア、安全圏にまで離脱!ドレッドに引かれて帰艦します!」

 皆が安心して報告を聞いている中、セルティックはとある事に気がついた。普段なら戦闘時に使用するエネルギーチェッカーが何かに反応している。それも高レベル。

 すぐさまコンソールを叩き原因をつきとめた。

 彼女が言った。

[trunk]内部に強いエネルギーを確認!」

 すぐさまベルヴェデールがメインモニターに[trunk]を映す。[trunk]はその約半分が消し飛び、煙のように細かな破片を飛び散らせていた。

 カメラズーム。

 アップになり、やっと視認できた。機体の中心部近くから何やら白い光が漏れている。

「何だい、アレは・・・?」

 マグノが訊くとエズラが独り言のように答えた。

「このエネルギー反応・・・・ぺークシスプラグマの・・・」

 モニターの中の[trunk]はさらに崩壊が進む。それにつれて光の姿が見えてきた。

 中心部のタワー、それも下部が白い光に包まれている。タワーの根本には白いドーム状の建物がついていた。バイオパークだ。

 [trunk]は墜ちていく。赤茶色の荒れた大地から発せられる重力という名の腕につかまれ、その速度を増していく。

 光が強くなる。

 光がまるで綿雪のようにふんわりとした球体と成りて、姿を残している半分の[trunk]を包み込む。

 セルティックが信じられないという口調で言った。

[trunk]の崩壊が・・・止まりました・・・」

 ベルヴェデールの報告。

[trunk]、後方部のジェットノズルが活動を開始。落下速度を増していきます!」

 白い光に包まれた[trunk]が真っ赤な炎の尾を伸ばしながら大地を目指す。

 アマローネの報告。

[trunk]の地表衝突まであと三十秒!」

 大きな[trunk]がさらに大きな星へと墜ちていく。

 モニターの中のその姿が小さくなっていく。

「あと十秒!」

 すでに[trunk]はモニターから消えていた。ただ赤茶色の大地がそこにはあった。

「衝突まで、五、四、三、二・・・」

 その時、それは起こった。

 誰もが息を飲む。

 [trunk]が衝突の瞬間、白き光を爆発させた。

 星半面を覆い尽くす程の光。

 まるで太陽が間近に現れたような光がモニターを満たす。

 数秒間、その光は発せられ続けた。

 そしてゆっくりと光が消えていく。

 光の下より現れたのは大量の雲、いや水蒸気だ。

 [trunk]が墜ちたポイントには大きな、あまりにも大きなクレーターが生まれ、その中心部より極太の水柱が天へ手を伸ばすように吹き出した。

 それに続くように地表の至る所で地割れが起こり、そこからも水が吹き出す。

 吹き出す水に水蒸気。それらがみるみるうちに星を覆い尽くし始める。

 雲の下に蒼が広がる。

 アマローネが呆然とした声でつぶやいた。

「・・・海が形成されていく・・・」

 星は次々と水柱の噴火を上げる。

 水蒸気は星を覆い尽くし、行き場のなくなった水蒸気は互いに重なり合いその密度を増していき、雲に育った。

 叢雲(むらくも)は雨を降らし、雷を起こした。

 星が、大きな赤茶色の星が生まれ変わった瞬間だった。

 

 

 

          ●

 

 

 

「もし、[trunk]のバイオパークが一部でも、いや、植物の種が一つでもあの星に無事降り立つ事ができたのなら、あの星は数万年後には緑で溢れる事になるかもしれない。2.2Gの重力は人間には厳しくとも植物にとってはさほどの問題にはならないからねぇ」

 マグノがメインモニターを優しげな視線で見つめながら言った。

「しかし、そううまくいくものでしょうか。実際、星に墜ちたのは[trunk]の外壁ばかりですし・・・」

「・・・大丈夫だよ、きっとぺークシスが守ってくれたさ」

 何の根拠も証拠もない言葉だ。だがニル・ヴァーナというぺークシスの奇跡をいくつも体験したニル・ヴァーナのクルーにとっては信じるに足る言葉だった。

 その時、メインモニターの下に小さなモニターが開かれ、パルフェが現れる。

『おまたせしました〜。ぺークシス君のコンディション、何とか落ち着きましたので、出発可能です』

「ご苦労さん」

 パルフェはマグノのねぎらいの言葉を受けてから回線を切った。

 マグノが立ち上がる。

 皆の視線が彼女に集まる中、マグノは気炎(きえん)な声で言った。

「さぁ出発だ!遅れちまった分を取り戻すよ!」

 

 

 キッチンにはピンクをエプロンを身につけたディータの姿があった。

 彼女の視線の先にはメモ帳のはさまった一冊のノート。それはあのロボット、[H02]からもらったスープのレシピで、メモ帳に書かれていた文章は古い文字で書かれていたため、マグノに翻訳してもらったものだった。

 彼女は大きな鍋の中身をヘラでかき混ぜる。

 中に入っているのは細かく切ったジャガイモ、セロリ、そしてタマネギだ。それらをバターで炒め、そこにシェリー酒とコンソメを加え、ぐつぐつと弱火でしばし煮る。

 わり箸でジャガイモがやわらかくなったのを確認。

「え〜と、これをミキサーにかけるっと」

 一度に全部は入らないので二回にわけてミキサーにかけた。それらを今度はさらに入念に裏ごしする。

 トロトロになったそれを再び鍋に戻し、火にかける。

 食欲をそそるいい香りがキッチンを満たした。

 再度コンソメを足して、火を止める。ヘラでかき混ぜながら牛乳と生クリームを加え、作業終了だ。

「・・・ふぅ」

 ディータは額に浮かんだ汗をタオルで拭いた。

「あとは鍋ごと冷蔵庫で冷やして、完成!きっと冷えた頃には宇宙人さんも眼を覚ましているよね」

 そう一人言うと彼女はうんうんと首を振り、鍋を冷蔵庫に入れる。後かたづけも終わらせ、自室へ戻った。

 照明をつけていない部屋は薄暗い。

 最初、照明を付けようとディータの手がスイッチを押そうと手を動かしたが、すぐに止め、何もせずにただ、ベットに倒れ込んだ。

 あの事件から丸一日が経ったとはいえ、ディータの体は疲労が抜けきらないでいた。気持ちがざわついてとてもじゃないが寝てなどいられない。何かしていないと気が滅入りそうで、すぐにスープ作りに入るも、それすらもう終わってしまった。やる事がない。

 仰向けになり、天井からぶら下がる宇宙人グッズを眺めた。

「ん?」

 彼女は半身を起こし、その一つを手に取る。ヌイグルミのそれは足の部分から少しだけ中の綿が漏れている。普段なら気がつかなかっただろうし、気がついても放っておいたかもしれない。しかし彼女はそれを胸に抱き、裁縫道具のしまってある棚へ手を伸ばした。

 その時、放送が入る。

『全クルーにお伝えします。これよりニル・ヴァーナは本来のコースに復帰し、メジェールに向け出発します。繰り返します・・・』

 放送が終わるとニル・ヴァーナがかすかに揺れる。

 ディータは棚から手を離し、ヌイグルミを胸に抱いたまま、部屋の窓へと向う。大きな窓の向こう。そこにはあの大きな星があった。

 衛星軌道を外れ、星を離れていく。

 急にディータは悲しげな想いに捕らわれる。

 窓から見える蒼き星。

 サリーア達の星。

 ディータはそっと窓に手を触れる。

 彼女はかすれるような声で言う。

「・・・・サリーア、ごめんね。ディータはあの時何も言えなかった。でも、ディータの中にはホントにサリーアに伝えたい事がいっぱいあったんだよ。・・・ただ、言葉にならなかったの・・・」

 星がどんどん遠くへ離れていく。

 ディータは窓に触れていた手のひらをぎゅっと握る。

「・・・でも、今度会う時にはちゃんと言葉にしてサリーアに伝えるから。ディータの気持ちをサリーアにちゃんと伝えるから・・・」

 ディータの瞳が潤んだ。

「・・・だから、それまで待っててね」

 サリーアとはまた会える。

 だって、そう約束したんだもん。

「・・・そうだよね、サリーア」

 彼女は窓辺に置かれた一つの植木鉢を見た。

 そこに咲くのは一輪の純白の花。

 新しい大切な宝物。

 サリーアとの約束の証。

 その花の名は『ネリネ』。

 まるで宝石が輝くようにキラキラと光る容姿から別名『ダイヤモンドリリー』とも呼ばれる美しい花。

 育て方は安易で古来より多くの人間達が愛した可憐な花。

 花言葉は、

 

 『・・・また会う日まで・・・』

 再会までの、大切な約束の言葉。

「・・・またね、サリーア・・・」

 彼女はさよならとは言わなかった。いや、言う必要はない。彼女達はまた会えるのだから。

 ディータの瞳から涙がこぼれた。

 

 星が遠くなる。

 

 ニル・ヴァーナは蒼き星を背に回す。

 多くの、そして強い想いを胸に込めたまま、ニル・ヴァーナは飛び立つのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ヴァンドレッドオリジナルストーリー 〜ghost of white girl

 

 

                 終了

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (なっが〜い)あとがき と (なっが〜い)補足。

 長かったです!!

 あ、いえ、作品も長かったんですけど作成期間がもうこれでもかってぐらい長かったんですよ。

 その期間、実に半年!

 六ヶ月ですよ六ヶ月!私の小説は長くても二ヶ月で終わるというのに、なんつ〜期間を費やしたのか、このバカタレがと己を叱咤したくなります。

 でも実際の作成期間は三ヶ月程度(爆)。この半年間の間にはテストやら受験やらリレー小説やら某ゲームの小説を書いたりしていてとてつもなく忙しい毎日でした。まぁ今もですけど。

 出来る事なら昨年のうちに仕上げたかったのですが、人生そううまくいくものではないですね。山あり谷ありですよ。

 しかしながら六ヶ月も期間がありますとコンセプトが変わる変わる(笑)。当初の予定では発狂したサリーアがディータ達を追い詰めるという話だったんですけど、さすがにドレス姿の少女に追いかけられた所で怖くはないだろうという思い直し、現在のように。

 その残映らしきものは[Hナンバーズ]にわずかに垣間見る事ができますね。

 あぁ、しかしながらホントに変わったものです。なにせ書き始めた理由が、

「季節はもうすぐ夏や!夏といえばやっぱ怪談、ホラーやな!!」

 と一人、一念発起したのが半年前(だから冒頭でパルフェ達が怪談話をしているんです・笑)。しかし夏は過ぎ、秋も過ぎ、そして冬の到来。そして年まで明ける始末(季節が変わったためホラーという概念は途中であきらめました・笑)。

 ドリフターズのいかりやさんでも呼んで「ダメだこりゃ」って言ってもらいたい気分です。

 え〜とですね、こんだけダメ話した後でアレなんですが、この作品は人々が持つ想いってもんを表現するってのが目標でした。やはり人それぞれ、人である以上、何かしらの出来事、存在、などに対しいろんな想いをお持ちなることでしょう。でもそれって万人がそう想うわけではありません。

 また、多くの人が想いを胸に生きていれば必ず誰かと衝突します。その人もまた想いを胸にこめている。互いに己が正義だと信じながらも、互いの相手が悪だとは思っていない。そうした時、それも相手が己の友であるとき、人々はどんな行動を起こすでしょうか。サリーアとルディカラは有無を言わずに衝突を選びました。もしかしたら違う道があるかもしれないのに。

 っとまぁそんな所です(爆)。

 ですから作中には同じような各人の想いがあったり、まったく逆の想いを胸に行動したりしている人達がポコポコと出てきます。しかしそのどれもが間違いではなく、かといって完全には正しいわけでもない、そんな雰囲気が作品に出てきてくれていることを祈ります。

 あ、そうそう。これをお読み頂いている皆様の中には私の処女作品、〜girl of blade 〜をすでに読んだ方が何人かいらっしゃると思います。その方達はお気づきになられたでしょうか。

 微妙に似たような場面が何カ所かでてきませんでした(主にバーネット関係で)?

 あれはリベンジのつもりであえて似せて作りました。〜girl of blade 〜の時はどうしたわけか廊下で、それもハンドガンだけで銃撃戦をやってしまったので、それじゃなんか物足りない(でも何故か少々人気があったりしました)と私自身思い、今回は派手にいろいろやってみました。

 ただ注意としてはバーネットの使ったMG42は二脚などを使わずに撃つと狙いをつけるどころかヘタをすると撃ってる本人が後方に転んでしまいます。だからマネしちゃダメです(いるかなそんな人・・・)。

 あと星についても対比的につくりました。前回のアレでは星は小さく死んでしまうのですが、今回は大きく、そして生まれ変わったという形で終結します。どうでもいいですね(爆死)。

 

 私の作品に始めてバイクという物が出てきましたがアレはある意味どうでもいいおまけです。高校のクラスメートがFZ400を中古で購入し、免許とる前のクセに街中走り回っておまわりさんに補導されてしまった記念です(爆)。

 ついでに記しますと[trunk]内の乗り物が全て水素エンジンになっているのにも理由があります。[trunk]のように密閉された空間で排気ガスなど出そうものなら如何に換気機構がしっかりしていようが、多くの人間が強制的に肺ガンにされてしまいます。だから[trunk]内で排気ガスのでるエンジンは存在しない、という設定でした。ちなみに水素エンジンに使用する水素は水素吸蔵合金を使用したタンク(ガソリン車でいう所の燃料タンク)を採用しているので安全性も高いという事になっています。本編では全然登場しませんでしたが(苦笑)。

 

 

 さて、ここからは長編恒例(二回目ですが)の補足コーナーです。

1.ネリネ

 この花の花言葉には、『また会う日まで』という花言葉の他に『忍耐』、『輝き』、『箱入り娘』、『幸せな思い出』というものがあります。

 え〜、これらをお読みになるおわかりかと思いますが、この作品のある意味でプロット全部を担った花です。ディータが気づいたようにサリーアはこのネリネの花に似せて私は作成したつもりです。花言葉の多くが彼女を現しているといっても過言ではないのかもしれません。

 また前編で『水の精霊の名を持つ美しい花』と言っていますが正確な所ははっきりしません。本によっては水の妖精とかにもなっています。ギリシャ神話のネーリーネから来ているというのは間違いないそうなのですが。

 ついでに記しますと花言葉ですが、どうもそれは地方や時代によって微妙に変化したりするものらしく、資料によってはその内のいくつかしか載っていません。特に『忍耐』や『輝き』は希です。あと最後の『また会う日まで』は『また会える日を楽しみに』となっている事もあります。う〜ん、謎多し(笑)。

 大切な人と別れる時に送る花としては最適な花です。あなたも試してみては?

2.サリーア

 だいたい↑のようなものです。全身が白いのはぶっちゃけた話、〜girl of blade〜で登場したホワイトパンディアー号の名残です。実はあの艦には人工知能を持ったナビゲーションがあってそれの名がサリーアとなっていましたが、話の展開上(あれ以上長くしたくなかった・涙)、サリーアは登場せず、代わりに艦に残ったという男がパンディアー号を操縦することになりました。もし、そのネタを組み合わさなかったらサリーアの名はネリネとなっていたかも知れません。

 あと白い方がはかなげに見え、かつ、[trunk]ぺークシスとオソロイ(爆)なので丁度いいかなって感じ。ついでに言いますと題名のゴーストもその姿からつけたものです。ホラーっぽい感じもしましたしね。

 ついでに彼女の口調はふっる〜い小説なんかに出てくる貴族のお嬢さんをイメージして作成しました。実際百年前の人ですからちょうどいいかなって感じ(笑)。

3.ウォーレン

 はい、これもまた〜girl of blade〜がらみです。後編にちょくちょく登場したエステラ・ウォーレン、その祖父、カラ・ウォーレンはルディカラの日記に出てきたウォーレンの息子に当たります。時間を考えますとカラは移民船の中で生まれた事になりますね。

 う〜んどうでもいい話の一つです(苦笑)。

4.ぺークシス

 どうしてニル・ヴァーナが[trunk]へ向ったかですが、あれはニル・ヴァーナの方は助けに行ったつもりだったんです。自分の仲間が死にかかっている(枯れかかっている)のを感じたのでしょう。ルディカラとかの話を合わせて考えますと[trunk]のぺークシスもそこらにあるぺークシスよりはどちらかといえばオリジナルに近いのでしょう。そしてニル・ヴァーナもまたそうであるため、互いに引き合う力は強かったというわけです。

 ですから、最後にぺークシスのコンディションが優れないのは、(ちょっと変ですが)[trunk]のぺークシスにフられたといいますか、親の心子知らずとでもいいましょうか、ちょっとナイーブになってたわけでテンションが落ちていたわけです。

5.星

 はい今回一番物理の知識を活用した所です。星の設定は重力を2.215G、半径を地球の約2倍(12760000m)程度、

質量は約5260448695000000000000トンで計算しています。ちなみに引力というのはその物質の質量に依存するのでこの星はかなり重いという事になります。地表、水、そしてその下の、星の中心部には果たして何があるんでしょうかね(笑)。なお、遠心力についてもちゃんと計算しています。(中編に書かれていた)自転周期33時間42分24秒というのはこの星のサイズとを計算するとほぼ地球と同じ遠心力になるようにしています。そうでなくては正確な重力計算がとても面倒になるので(笑)。

 メイアが言っている脱出速度『秒速24キロ以上』というのは正確には秒速23,45658116キロメートルで、ずっと回る事になる第一宇宙速度は秒速16,5863076キロメートルです。ちゃんと↑の星の条件を使って計算しています。

 前回舞台になった星、アルテミシオンではいささか重力関係に嘘があったので今回はがんばってみたのですが、代わりに星の恒星関係が完全に忘れてしまいました(爆死)。地球で言う太陽とか月とかの設定がないんですよね。太陽は何となくあるような感じの文章(大小二つの太陽って中編にありましたね)になっていますが月に関してはノータッチ。これだと星に海ができたとしてもそれだと潮の満ち引きが起こらず、水が混ざらないんですよ。そうすると同じ場所にずっと同じ水があるわけで、養分とかが行き渡らず、種が星に無事にたどり着いたとしても枯れてしまう可能性が大です(さらに爆死)。

 しかしながら高校物理をこんな事ぐらいにしか使っていない辺りが何か、勉強の無意味さを感じさせます(笑)。SF系の小説を書く人は高校では物理を選択しましょ〜(爆)。

6.サリーアは何故ニル・ヴァーナの情報を知っていたのか

 メイアがニル・ヴァーナに戻る途中で気づいた事ですが、サリーアはニル・ヴァーナの情報について知りすぎていましたよね。あれはニル・ヴァーナをハッキングしたさいに内部の情報を盗み見た結果です。しかしながら人間関係のような細かなものまではデータになく、後編ではニル・ヴァーナのぺークシスから直接情報を貰ってました。

7.[trunk]クルーの人数。

 確かメジェールとタラークに降り立った第一世代はわずかに数人。しかしながらヒビキがそうであるようにコールドスリープに入った者が結構いるような感じがしますね。それで多く考えても「イカヅチ」とかのサイズを考えると数百人が限界でしょう。しかしながら[trunk]の人数は7236人もいます。これは勝手な解釈なのですが、移民計画という壮大なプロジェクトの中においてメジェールとタラークはおそらくプロジェクトの最後尾の部類ではなかったのかと思います。これは第一世代(ヒビキの両親とか)がすぐに地球からの命令を受け、男女を分けて生活するようになった事からもわかります。

 [trunk]などの初期の移民船はまだぺークシス技術も含め、宇宙船に対する技術がまだ甘く、一隻作るだけで相当な労働力と時間を費やしたのではないでしょうか。特にぺークシス技術に至ってはとても難しく、そのため少ないぺークシスでより多くの人間を宇宙へ送るためには宇宙船のサイズを大きくして一度に大量の人間を送り出す必要があったのではないでしょうか。

8.『・・・全て出航前にラーブが精神チェックして・・・・』

 これはルディカラの日記の一説です。

 この部分は私自身のヴァンドレッドという作品に関しての勝手な解釈が多量に入っています。

 現在の宇宙飛行においても厳しい身体と精神の検査を要求されます。それは宇宙空間という逃げ場のない絶対真空の中で少しでもトラブルを減らそうという意志の現れなのですが、これはヴァンドレッドの時代でもあったのではないでしょうか。

 ですから、地球人の多くが宇宙へ旅立つ中、地球には自らの意志で地球に残った者、いずれ地球を離れるつもりの者、そして地球を離れたくても離れられなかった者がいたと考えます。最後の一つ、地球を離れたくても離れられなかった者というのは精神検査を受けた時に危険因子と判断された者達のことを主にさします(他には伝染病患者とか)。

 つまり、地球には(主に危険思想を持った)精神的異常者が多量に残り、それが地球の上層部へ喰い込んでしまったことが刈り取りの始まりではないか、と考えます。確かに刈り取りの考え方にも一理はありますが、それ以前に倫理的な問題を重視しないわけがなく、何かしらの強い意志なくては人類全てを巻き込んだ刈り取りという強行はできないはずです。

 まぁ、これは私の勝手な考えなので無視されて結構です(笑)

9.リョウさん

 そもそもなんで『生まれたての風』の管理人のリョウさんの名前を使わさせていただいたのかといいますと、なんといいますか、こう、グッときてガッとくる名前(?)がほしかったんですね。作成を始めた当初は「むっちゃええ名やん!これしかあらへん!」という意気込みでした。そもそもリョウはもっと良い感じのキャラになるはずだったんですが、どこをどう間違えたのか、居るんだか居ないんだか、ちょっと存在の薄いキャラになってしまいました。キーを握るキャラではあったんですが・・・。

 また、サリーアはリョウが百二十歳を越えて自我を失いかけていると言っていますが、それならマグノ達はどうなるんだとツッコミが入りそうなので先にフォローさせていただきます。やはり人間というのは五体満足で健康体であるからこそ脳味噌も健康を維持できるというものらしいです。あと、頭をもがれた時のショック、そして処置を施されるまではほとんど無酸素状態だったため何かしら脳にダメージを負ったと考えられます。

 あ、一応言っておきますが本物のリョウさんとは一切関係ございません(当然ですよね・笑)。

10.[P.A.N]

 これはいろいろと設定があったのですが劇中ではまったくでてきませんでした。よってここで公開を(笑)。

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[P.A.N]・・・パーフェクト・エリア・ネットワークの略で、『パン』と発音する。一見すると[LAN]に似ているが、[P.A.N]の場合ローカルではなく、その名の通り、大小全てのコンピューターがネットワークにより完全に結ばれるため、その範囲幅の意味から区別がつけられた。また、国際緊急無線通信信号であるPANと差別化を図るため文字の間に点(.)が打たれた。

 このシステムは主に移民船、宇宙港のような大勢の人間が閉鎖空間に集団化する場合を想定して作成されたものであり、これは危険を有する場合によっては極めて有用である。全てのコンピューターを理論的には一つの場所から操作が可能なので有事のさいはトラブルに迅速な対応が可能であり、無意味な情報の氾濫を防ぐことも期待できる。またこれを利用すれば移民船などの場合、少ないエンジニアでも船全域を管理する事ができるため、より多くの一般人クルーの搭乗を可能とした。

 しかし、[LAN]と同様に個々のプライバシーを侵害しやすいという欠点は残ったままで今後の改善に期待される。

 [tree project]の創案者の一人、スティック・シーカースが発案、開発監督した。[trunk]に初めて利用されたがその技術がその後どのように地球で使われたかは不明。

 なお、[trunk]の場合、常にネットワークに接続するのが一種の契約として制定されているため、いくら重要な情報を納めたコンピューターであっても例外は許されない。しかしディスクのような外部記憶装置のメディアへと落とす事は認可されている。つまり、『コンピューターをネットワークに接続し続けなければならない』というのが条件であり、そのデータの所在は自由である。またそのような手間のかかることしなくても[tree project 実行委員会]から数十種類に及ぶセキュリティソフトの無料提供を受けれるのでそれを利用するのが最も便利である。

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 という長ったらしいものを小説作成前にすでに用意していたのですが、まったく使われず(涙)。

11.RPG7

 アメ●カ軍からちっぽけなテロ集団までみんな持ってる有名な武器(笑)。破壊力が高いクセに値段も安く、おまけに軽量、ゆえに扱いが簡単でヨボヨボのおじいちゃんから無理矢理徴兵された少年兵まで装備している始末。ただ、砲身に付属しているアイアンサイトは鉄クズのようなもので性能が悪く、代わりに光学レンズのスコープを付ける所もあるそうですが、大抵はそのまま使用。気をつけるべきはぶっ放す時に反動を消すために後方からかなりの量の煙りを放出するため、ゲリラ戦をする時などは位置を特定されやすいので使用するタイミングを間違えないように。

12.サリーアの無制限学習機能

 結局何が(誰が)原因で無制限になったのかは作中には出てきませんでした。最初はちゃんと用意していたんですが、テンポが悪くなりそうだったのであえなくカット。

 しかしながら妙にあやふやな感じになってしまいました、失敗だったかな(苦笑)。

 日記の方の日時と会わせて考えて頂きますと、だいたいしぼられてきます。

 人は恋をすれば変わるものです。ルディカラが日記の最後に書いていますが、誰かを愛する事は人を強くも弱くもできます。

 サリーアはその辺り、果たしてどうだったんでしょうね。

13.『・・・この心理状況にならないよう一ヶ月もかかって用意した・・・』

 え〜とですね、これもルディカラの日記の二日目の言葉です。

 この心理状況というのは移民船というある程度限定されている場所での人間の生活における外部刺激不足、または目的認識不足などにより受ける極めて多大な虚無感という名のストレスの事です。わかりやすくいいますと『退屈』の事です。いくら広い[trunk]とはいえ結局はその生活範囲を限定されてしまっているわけですから必ず「ヒマだあぁ〜」となってしまいます。仕事をやっている時はよくても終わったときにはマンネリ化した生活が待っているわけですからそれは多大なストレスとなります。つまり、日々の生活に意義を見いだす事が難しくなっているわけです。

 しかし、移民船の製造という誰もが明確な共通の生活目標を掲げる事でそれを解消し、また同時にある種の共同体となりて市民同士の結束も固まり、移民船生活もより円滑に行う事ができるようになります。また大きく明確な目的がある場合、人というのはそれ以外には盲目になるといわれています。これは戦争状態の軍隊における兵達の状態がそれです。通常生活において人を殺すという行為は必ずしも抵抗を感じるはずですが、戦争という生死を隣り合わせにおき、己らが軍が必ず正義かつ敵軍が悪でそれに勝つという共通の目標を置く事で殺しに対しての抵抗がかなりの割合で軽減されます。つまり『殺しはいけないこと』という当然な事柄に対し盲目になるのです。もっと身近なもので例えるならワールドカップやオリンピックをイメージしてもらえればわかると思います。普段は自国愛がほとんどない我が国の民でもあぁいうイベントでは日の丸の旗を振って、知り合い云々関係なしに皆仲間として変な共同意識を持ちますよね。アレだと思って頂ければ十分かと思います。

 で、話を戻しますが移民船製造という共通目標を掲げる事で退屈であるという事そのものを見ないように、いえ、正確には見えないようになってしまっているのです。メンタル面の調整とでもいますか、まぁ、ある種の洗脳ですね。

 しかしながらルディカラはそれを用意した本人ですからその事などとっくに理解し、それらの状況を客観的に見る事ができる(特にプログラムチームなどにいる頭のいい連中はそれが発する効果も所詮は虚像に過ぎないと認識しているためとこかしら無気力になっています)ため、彼は退屈に殺されかかっていました。

 あ、あとですね。↑はニル・ヴァーナの彼女らにも当てはまると思います。

 といいますのも、ニル・ヴァーナって実際150人という人間が住むにはいささか狭い空間です。だからどこを見ても人で溢れていますし、それでいて常に何もトラブルを起こさないわけがありませんし、何よりあまりに狭い空間はすぐにストレスを発生させます。そもそも人間というのは何かとチーム(群れ)を作りたがる生き物で、数人でも、必ずいくらかのチームに分かれてしまいます。つまり、その瞬間に複数の派党に別れ、ニル・ヴァーナの運営に支障をもたらすおそれがあります。

 が!、作中ではそのような状況はたま〜にしか出てきません。それは何故か?

 そして何故彼女らは退屈におぼれることなく生活を潤滑に送る事ができるのか?

 それは刈り取り機という誰からも敵である存在がいるからです。この場合、敵を倒し、生き残る、という絶対的な二つの目的が掲げられ、それをするためには全員で協力してやっていくしか手がないのです。つまり目的により退屈というストレスは消化され、この状況を利用してチームは二つ、刈り取り機チームとニル・ヴァーナチームに完全に別れることで、ニル・ヴァーナ内でのチームによる分断はほとんど起こらなかったのだと考えられます。

 つまり、彼女らは一方的に敵の攻撃を受け、それに傷つきながらも旅をしていますが、実際の所、刈り取り機はニル・ヴァーナの旅にはかかせない存在ではなかったのでしょうか。もし刈り取り機という存在がなかったとしたらまともな状況で閉鎖的な空間内で半年も生活することは不可能だったに違いありません。ある意味持ちつ持たれつというわけです。

 ↑しかしながらこれも私の勝手な解釈なので忘れてください(笑)

14.何故途中で日記が・・・?

 なんていいますか、ちょっと変わった感じにしたかったのです。

 日記は本編とは別に作りまして、<前編>の中盤ぐらいから同時に書き始め、後編の前半ぐらいで完成しました。このような作り方は初めてだったのでおかしなところがないかちょっと心配です(苦笑)。

 しかしながら長い日記になってしまいました。力不足です。って以前にも書いたような気がします(汗)。やっぱり人間はそう簡単に進化なんてしないものですね。でも、予定では一年ぐらいの分量を予定していたんですよ、当初は(苦笑)。途中から、「これって容量いくらになるん?」と自問自答して半年ほどにまとめてみました。そのため、どうにもルディカラの心情が中途半端になってしまったのは後悔です。

 しかしながら、ずいぶんとまた人が死にました(汗)。ヴァンドレッドってあんまり人が死んだり、血が出ないのにいいのだろうか、と思いながらずっと書いてきたのですが・・・皆様方が優しい気持ちで受け取ってくれることを切に願います。

 このルディカラの日記は私の執筆人生の中でも(といってもとても短いものですが)挑戦的な作品の一つとなりました。日記形式で、主人公は31歳の男で、天才プログラマー(何の?とは訊かないで・笑)。

 コンセプトは大人。おとな〜な感じを出すためにディータ達とはまったく逆の恋を用いたり、酒を交わす良き友を用いたり、いろいろとやりました。

 成功している事を祈ります(合掌)。

15.ウィルス

 サリーアの使ったウィルスですが、皆様の中には「なんでOSが違うのに感染してんねん!?」とか思いになられた方がいられると思いますのでこちらも先にフォローさせていだたきます。え〜、作中でパルフェが「古いOS」と言っていますよね? 私の考えではヴァンドレッドの時代ではOSは全て統一されているのだと考えます。おそらく文字(エンコード)の差などはあったのでしょうが、そうでなくてはミッションや移民した星などの人達とアニメ(詳しくはDVDの方を)のように音声、映像、がリアルタイムで通信ができるわけがありません。統一せずに複数のOSを利用した場合、例えば地球でどんどんOSが開発されたとしても移民した人達がそれを利用する事はできません。そうすると通信やらなんやらかんやらで、どうしても不便が生じてきます。ですから移民計画が始まる前にはOSが統一されているのではないか、と思ったわけです。ただ、より便利にするためにヴァージョンアップは行われていたのでしょう。

 またサリーアの使ったウィルスは送り込まれた先のコンピューターを解析、そしてそれを利用しながら自己のヴァージョンアップを行い『作業』に最適な形態へと変化しているのだと思われます。つまり本物の生物のウィルスのように自我や意識とまではいかなくても本能のようなある程度の使命と思考能力を備えていた疑似生命体なのだと思います。現存のコンピューターではかなり難しいですが、ヴァンドレッドの時代なら可能でしょう(笑)

 またこのウィルスはその後のハッキングの手助けを目当てに作成されています。本文でも言っていますが、ある程度のセキュリティを解析し、その解除コードをサリーアの元へ送り、一気にハッキングしようというものです。もし仮にこのウィルスを使わなければ、ハッキングしながらセキュリティを突破しなければならず、無駄に時間が過ぎてしまいます。そうなれば持ち主に気づかれ完全にコンピューターを乗っ取る前に防御策をとられてしまいます。

 そうそう、完全に偶然なのですが、なんでも最近、本当にこのようなウィルスが出回っているそうです(笑)。感染するとハッカーによってそのPCをリモートコントロールする事ができるのだとか。いや〜怖いですね。

 あ、何度も言うようですが、私、アマきむちはそれほどコンピューター関係には詳しくありません。なので、「これはありえねぇだろ」って所を見つけたら誰にも言わずにこっそり教えてください(爆)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あぁ〜、終わった。終わりましたよ。ついに。長い長い小説でした。これだけ長いと果たして何人の方が全部読んでくれるんだろうと疑問を持たずにはいられません。前、中、後編、全部合わせますと文庫本二冊ほどになります。長いです(笑)。しかしながら裏設定はそれよりも長く用意していたのですが、さすがに使う暇がありませんでしたね。無理に使用するとテンポが悪くなるので泣く泣くカットしたのですが・・・・きっとこれで良かったのでしょう(苦笑)。

 なお、前編から後編まで含めますと1メガを越えるという私としては脅威的量になりました。ADSL1.5メガでも二秒前後はかかってしまいます。ISDN、ダイヤルアップの方、すみません(私もです・泣笑)

 はぁ〜、なんて言いますかここまで長いと達成感よりも脱力感が大きいですね。

 

 とにかく。

 読んでくださった皆々様、長々とお付き合いいただき、本当にありがとうございました!!

 それではまた!!

 

 

 

 

 

 

 

 アマきむち  parabellum_001@mail.goo.ne.jp

 追伸。

 毎度毎度、恥を知らずに言っていますが、もしよろしければ、もしおヒマでしたらご感想のメールをいただけるとありがたいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●今回、完成にあたり、ヴィスさんに誤字雑事等をチェックしいていただきました。この場をお借りしてお礼申し上げます。

 

 

 

 リョウさんのHP「生まれたての風」のアドレスです。ヴァンドレッドだけでなく数多くの高レベルな作品の小説があり、非常に素晴らしく、大人気のHPです。

 小説好きのあなたなら、きっと新しい何かを手にできることでしょう。

 

              『 生まれたての風

    http://www.kisweb.ne.jp/personal/umaretatenokaze/

 

 

 

 

 

●現在も継続して[ヴァンドレッドオリジナルストーリー 〜girl of blade]<前編><後編>、と、[the other girls]を配付させてもらっております。読んでみたいという奇特な方は上のメールアドレスまでご連絡ください。

 こちらもまた、基本はワードですが、ウィルスが恐い、また何かしらの理由から添付ファイルを開けない、という方は一言明記していただければメールに張り付けてお送りさせていただきます。なお、[the other girls]は「生まれたての風」でも見ることができます。

 

 アマきむちのヴァンドレッド小説

     ★あらすじ★

―――――――――――――――――――――――――――――

木々の緑、海の青、そして地下に眠るマグマの赤、三色に彩られたアルテミシオンという名の小さな星。

 一瞬のミスによってディータはその星へと迷い込み、そこで一人の少女と出会う。

 少女の名はエステラ・ウォーレン。刀を携えた褐色の少女は言った。

「ということはあの侵略者と戦える方法をあなた達は持っているの!?」

 傷ついたアルテミシオンを救うため、無言で襲撃をかける刈り取り機にマグノ海賊団は毅然とその身を向ける。

 二人の少女の出会いは果たして誰に何を与え、そして何を失うのか。

 驚異的な刈り取り機の新型に果たしてマグノ海賊団は戦い抜くことができるのか。

 アマきむち処女作、長編ヴァンドレッドオリジナルストーリー

             girl of blade

            <前編> <後編>

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 どこでだってそうだ。人が集まれば必ず余興を求めてしまうのは。

 ニル・ヴァーナという密室でそのはけ口を造る一人の功労者がいる。

 彼女とその部下達は刈り取り機が来ようと来なからろうと常に戦っていた。己の全てをかけて。

「・・・どっちみちね、アタシ達は裏方よ。ガスコさんじゃないけどクロコみたいなもの・・・」

 普段は語られる事のない裏側へのスポット。

 メイア、ジュラ、バーネット、そしてもう一人のエースパイロットの物語。

 アマきむち初の短編、ヴァンドレッドオリジナルストーリー

            〜the other girls

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