『それで、君は一体何を望む?』

 “魔王”が尋ねてくる。

『力ではないのか?』

 彼女は、それにはっきりと、答えた。

『そうか』

 返事に、“魔王”はどこか満足げに、そう言う。

『良いだろう』

 何がいいものか、と彼女は毒づく。

 電話が切れる。

 携帯電話を握り締め、彼女は唇を噛む。

「この、畜生が……っ!」





「撃ち貫き砕け、波動の戒めよ……!」

 はやての怒声にも近い声が、空を震わせる。

「ブレイクモーション・ダブルエッジ!」

 そしてそんなはやてから放たれた、二つの衝撃波が、その眼下に広がる機械兵の海を切り開く。

 一撃目の衝撃が機械兵の外殻を砕き、そしてその中身を二撃目がバラバラに吹き飛ばす。

 その切り開かれた空間にはやては降り立ち、自分に殺到する機械兵を横目に、シュベルトクロイツの先端を地面に当てる。

「クライムクエイク!」

 はやての声と共に、地面が砕けた。

 いや、勢い良く空に向けて突き出した。

 そしてその突き出した地面に生まれた地割れに機械兵が飲み込まれてしまう。

 その地割れの奥では、まるで岩がミキサーのように高速でかき混ぜられ、そこに放り込まれた機械兵は、粉々になってしまった。

 その砕けた破片の一つが飛び、はやての頬を切り裂く。

「アクセルシューター!」
「プラズマランサー!」

 僅かに残された機械兵を、桜色の弾丸と金色の槍が貫いた。

「はやてちゃん、大丈夫!?」

 空から降りて、慌てた様子でなのはがはやてに走りよる。

「どうしたん?」

 その言葉に一瞬はやてはなのはが何をそんなに心配しているのかが分からなかった。

「どうした、って……はやて、頬」
「ん、ああ」

 フェイトの指摘に、はやてはそこで始めて自分が頬から血を流している事に気付いた。

「心配性やなあ、こんなん大した事あらへんよ」

 そう言って、はやては笑んでなのはに言う。

 だが、なのははそんな言葉で納得は出来なかった。

「でも……」

 どうにも、最近、はやての行動が端から端まで、全部焦っているように見せるのだ。

 そして、その焦りが、いつかはやてをどうにかしてしまうのではないか。

 そんな懸念が、戦闘の度になのはとフェイトを心配させていた。

「それより、ほら。回収や」

 はやてがシュベルトクロイツで地面を叩くと、その傍らの地面が突き出し、そこに半分埋まるように機械兵が何機か捕らえられていた。

 どうやら、先程の広範囲魔法の中で器用に捕らえたらしい。

 そんな無茶な魔法の使い方も、二人のはやてにたいする心配を余計に駆り立てていた。

 時間はかかるかもしれないし検体の回収も出来ないかもしれないが、安全に遠距離から魔法で攻撃すればいいのに、はやてはそれをしない。

 まずはやての魔法は殆どが後方支援のものだ。

 なのに、戦闘開始とともになのは達よりも前に出て、消費など気にせずに広範囲魔法を連発している。

 そんなはやてを、リンディ達も注意するのだが、はやては注意されるたびにそれを適当に誤魔化してしまう。

 いっそ戦闘への参加を禁止するという話も出たが、それは未だに実行されていない。

 一つは、なのは達がそんなことをしないように頼み込んだから。

 そしてもう一つ。こちらが最も大きな理由。

 今のはやてを戦闘から遠ざけたら、いったいどうなるかが分からなかったからだ。

 単独での世界移動はそこそこに高度な魔法だが、しかしはやてはその魔法が使える。

 もし戦闘を禁止したら、アースラから離脱してでもはやては戦い続けるのではないか。そういう懸念があった。

 だからこそ、せめて手元に置いて目を光らせているのだ。

「はやてちゃん、本当に大丈夫?」

 再度、なのはは尋ねる。

 三人の周囲に、他の局員の姿はない。

 同時に違う世界で機械兵が出現したから、分かれて行動しているのだ。

 魔法士ならともかく、機械兵ならば優秀な局員ならば十分に対応できるという判断が下されているのだ。

 それに、はやての戦い方では、むしろ味方が多いほうがやりにくい。

 巻き込んでしまう恐れがあるのだ。

 だから専ら、最近でははやてと行動するのは、なのはとフェイトだけになっている。

「大丈夫や、こんなん怪我のうちにも入らんで。そんなに心配なら、ほら」

 そういって、はやては自分の頬の傷に指先をあてて、治癒魔法を使う。

 この程度の切り傷ならば、あっというまにふさがってしまう。

「これで安心か?」

 安心させるように、はやてはなのはに笑顔を向ける。

「うん……」

 小さく、納得いかなそうになのはは頷く。

「駄目だよ、はやて」

 だが、意外なことに、フェイトが否定の言葉を口にした。

 はやてだけでなく、なのはも目を大きくする。

 フェイトが、真剣な目をはやてに向けていた。

「そうやって魔法に頼るのは、よくない」

 そして、その目には、

「傷は、全部が治せるものじゃないんだよ?」

 微かに光を屈折させるものが浮んでいた。

「あ、あのな、フェイト……?」

 そんなフェイトに、しどろもどになりながら、はやてが何か言おうとして、だが何も言えない。

「ごめん、なんでもない」

 そんなはやてから顔をそむけて、フェイトが即座に転送の魔法を組上げて、消えてしまう。

 だが、はやては見てしまった。

 乾いた地面に、一つだけ水滴が落ちた跡があるのを。

「はやてちゃん……」
「分かっとる」

 なのはの言葉を最後まで聞かずに、はやては頭を掻く。

「今回は全面的に私が悪い」

 だが、自分でも分かっていても、はやては自分を止められない。

 そしてはやて自身に止められないのなら、誰にも止められるはずがない。

「ちゃんと、後で謝ってね?」
「ああ、約束や」

 はやてが頷くのを見て、なのはは静かに転送の魔法を使った。

 残されたはやては、滅多に見せない気弱な表情で、空を見上げる。

「あかんな」

 崩れそうになる身体を、はやてはシュベルトクロイツで支える。

「泣かせてもうた」

 何故か流れそうになる涙を必死でこらえて、はやては空を見る。

 思い浮かんだのは、“魔王”の言葉。

 “魔王”は、的確にはやての弱いところを突いていた。

 力。

 はやては確かに、望んでいた。

 はやては、誰もを守れる、誰も悲しませないですむ力を、望んでいた。

「もう少し、もう少しだけ、私のこと、許してや」

 呟いて、はやては自分の言葉に首を振るう。

「もしかしたら、許してくれんかもなあ」





「あの三人休みすぎよっ!」
「だからって物に当たるなよ」

 なのは達の親友であるアリサが、士郎の机を派手に叩いた。そのせいで机の上のパック牛乳が倒れそうになるのを、士郎は慌てて支える。

「この調子で進級できるのっ!?」
「アリサちゃん……小学校は留年とか無いよ?」

 その士郎の言葉を無視して叫ぶアリサに、その隣のすずかが控えめに指摘する。

 が、やっぱり無視。

「もう一週間以上経ってるのよ、最後に姿見てから!」
「ああ、俺達は昨日会ったよな?」
「そうだな」
「なんですって!?」

 志貴の言葉に頷く士郎の襟首がアリサに掴まれる。

「なんで俺なんだ?」
「目の前にいるから」
「理不尽だ……」

 言いながら、士郎はストローを加えて牛乳を飲む。

 襟首を掴まれながらそんあことをするものだから、その姿はちょっと滑稽だ。

「そういえば、今日は恭平君も居ないんだね?」

 ふと、すずかが尋ねた。

「ああ。恭平はちょっと体調崩しちゃってね」

 答える志貴の言葉は、もちろん嘘だ。

 恭平は体調など崩しては居ない。

 だが、なのは達の戦闘観察に行っている、などと言えるわけも無い。

 学校となのは達の戦闘が重なった時は、もっぱら恭平は学校を体調不良で休んでいる。

「そうなんだ、大丈夫?」
「ああ、ちょっと今朝、家を出ようとしたら倒れただけだよ」
「それって大丈夫なの?」

 志貴の返事に、すずかが首をかしげる。

「うん、いつものことだよ」

 ちなみに志貴の嘘は、志貴の経験を元に吐かれている。

「アンタと恭平って、いっつも調子が悪いのね」
「まあね」

 アリサの言葉に頷いて、志貴はコンビニのサンドイッチを口に運ぶ。やはり味は士郎のものには劣っている。

「士郎ほど頑丈じゃないし」
「凄い含みがないか、それ?」

 ぽつりと零された志貴の言葉に、すかさず士郎が尋ねる。

「そういえば、聞きたいんだけどさ」

 見事に士郎の発言は無かったものと扱い、志貴がアリサとすずかを見る。

「なに?」
「アリサとすずかはまだ分かるんだ。二人って言っちゃ悪いけどお嬢様だろ?」
「まあね」

 そこで皮肉でも何でもなく頷けるアリサは大物だな、と士郎はなんとなく思う。

「だけど、その二人となのはが出会う切欠ってなんだったのかな、ってさ」
「別に面白いことでもないよ、ちょっとアリサちゃんが私のことを虐めたのが切欠」
「へ?」
「す、すずかっ!」

 顔を赤くしてすずかの口を塞ごうとするアリサの手を押さえて、士郎は視線ですずかに続きを催促する。

 ちょっと襟首をつかまれた仕返しも入っているのだろう。

「そこになのはちゃんが来てね――」

 平和な小学校の昼休みに、恥ずかしそうなアリサの叫びが木霊した。

 その後、士郎と志貴が盛大に八つ当たりされたのは言うまでもない。





「学校はどうだった?」

 背後で扉が開く気配がして、恭平が視線をモニターから逸らさずに声をかける、

「正直、楽しいもんだ」
「勉強も分かりきってる事だけだし」

 恭平に答えて、士郎と志貴は恭平が見るモニターを横から覗いた。

「うわ、凄いな」

 呟いたのは、士郎。

 モニターの中では、はやての魔法らしい地割れが機械兵を飲み込み、粉々に砕いていた。

「四時間前の戦闘だ。それからは変化は無いな」

 補足して、恭平はモニターを閉じる。

「無茶な戦い方だな」

 言って、志貴が軽く責めるような視線を、恭平に向ける。

 おそらくは、あんな風にはやてが戦う理由は、恭平にあるのだろうから。

「そんな目で見るな」

 それをあっさりと受け流して、恭平は既に冷たくなったコーヒーを飲む。

「これでも私なりに最大限の優しさを見せているのだがな」
「本当か妖しいもんだな」
「さて、そう言われると困るな」

 全然困った素振りは見せずに、恭平が肩をすくめる。

「どういうつもりなんだ?」

 新しいコーヒーを入れながら、士郎が訊く。

「とりあえずは、あの三人に私達を手伝ってもらう」
「素直に手伝ってくれるのか?」
「くれないだろうな」

 恭平はそう言うが、しかしその崩れぬ笑みに、どうせ何か裂くがあるのだろうということを二人は察した。

「まずは、はやてをこちらに取り込む」

 出来るのか、とは尋ねなかった。

 恭平が言うのならば、それは出来るということなのだろう。

「それを餌に、残りの二人もこちらに引き込む」
「単純な策なんだな」

 志貴は言うが、しかしそれは、単純ではあるが簡単ではない。

 まず、はやてをどう取り込むのだろうか。

 恭平がどんな策を繰っているのかは、士郎と志貴は知らない。

「そして三人に力を与えた後、一気に攻め込む」

 恭平の笑みに、二人は顔を見合わせて、静かに頷く。

 その時に少女達を守る覚悟を、しっかり固めて。





 アースラ艦内は、慌しい雰囲気に包まれていた。

 次々に各世界に現れる機械兵の群れ。

 それに、情報の処理速度が間に合っていないのだ。

 部隊を三十編成し、事態の解決にあててはいるものの、それに対する機械兵の量が半端ではない。

 次々に局員が転送ポートから、付近の世界に送り出される。

 アースラ含めて七隻の艦体も、今は三部隊に分かれて行動していた。

 アースラは、アーレンベルトの乗る旗艦を含める、三隻で行動している。

 次元空間だけは、静かに三隻の次元航行艦を浮ばせている。

 その、筈だった。

 突如として、次元が微弱な振動を始めたのだ。

「な、なにが起きたの!?」

 アースラのブリッジで、リンディが叫ぶように尋ねると、エイミィが驚愕の声を上げた。

「じ、次元震です! 大規模の次元震が付近世界から突如として発生。発生世界は崩壊、次元震、こちらに向かっています!」
「全速で震源から離れて!」
「はいっ!」

 リンディの即座の指示に、アースラの速度が上昇する。それに並行する二隻もやはり、同じように加速。

「次元震、大きいのが来ますっ!」
「各員、衝撃に備えて!」

 リンディの声が艦内に響き渡り、局員達が近くのものを掴み、振動に備える。

 そして、次元震がアースラを襲う。

 まともに経っていられないほどの振動に耐えながら、リンディは他の二隻の情報を確認する。

「っ、後方艦、次元震にのみこまれましたっ!」

 エイミィの声に、ブリッジに戦慄が走る。

 どうやら、のみこまれたのはアーレンベルトが乗る方ではなかったようだ。

 だが、それは安心できる事ではない。

 直ぐ後方にまで、最新の艦をあっさりと飲み込む次元震が迫っているのだから。

 と、徐々に振動が収まり始めた。

「次元震域から離脱、本艦の損傷は十三パーセント!」

 その報告に、歓声よりもまず、安堵の静寂が落ちた。

「い、いえ! 待ってください」

 だが、その安堵も束の間。

「じ、次元震が様々なところで連鎖するように発生しています! かろうじてこのあたりには起きていませんが……管理局の艦が五隻、通信を途絶しました……」

 更なる戦慄が、空気を凍えさせた。

 五隻。つまり、艦隊で残ったのは、アースラとアーレンベルトの艦だけになってしまったと、そういうことなのだ。

 それに、連続して発生する次元震など、誰も聞いたことがなかった。

「まるで次元震がこちらを囲むようにして発生しています。そのせいで、次元震外との連絡が出来ず、それに脱出も出来ません」

 その状況に、誰もが息を呑んだ。

 次元の中で、二隻の艦が、孤立した。

『はじめまして、時空管理局の方々』

 その二隻のモニターに、現れた姿があった。





『それで、君は一体何を望む?』

 “魔王”が尋ねてくる。

『力ではないのか?』

 彼女は、それにはっきりと、答えた。


「お前の助けなんか、いらん!」


 だが、それでも。

 そう答えても。

 はやての心は、ひどく不安定だった。





あとがき
あれ?
おかしいな。
やっぱり局員の数は減っちゃうのか。

ごめんなさい。

「管理局なめてんのか」

と言われたら

「ぶっちゃけこの話じゃ雑魚です」

としか答えられません。
登場人物、皆チートだから仕方ないんです。

新しい登場人物の出現です(話題転換)
一行のみの発言ですが、超重要な立ち位置にいる人ですね。

次の話から、物語がちょっと加速していきます。

敵の全貌とか、そんなのを明らかにしていく予定です。
当然、登場人物も増えていきます。

これ以上さらに増えるのか、って話ですが、勘弁してください。

あと、もちろん、言うまでも無いとは思いますが、

新しい登場人物も皆チートです。

強いの大好き緋塚の書く物語なんでしょうがないな、と諦めてください。

それでは、ここいらで。
そそくさと走り去らせていただきます。

読んでくださり、ありがとうございました。




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