「Fの五番と名乗った少年の死体があの場所から三キロほど離れた地点で発見されました」
『それは、つまり』
「ええ。管理局、あの少年達。それとは別の、第三勢力がいるということです」
『それも、我々が逃した敵をあっさりと倒せる戦力を有しているというのか』
「はい」

 艦長室に、リンディの声が通る。

 モニターの中のアーレンベルトは神妙に、その事実を口にする。

 その事実は、実におかしいことだった。

「私達が思っている異常に、この事件は複雑なようです」
『そうだな』

 管理局が逃した敵をあっさりと倒せる。

 それはつまり、管理局並み、あるいはそれ以上の戦力を有した組織が存在する事ではないだろうか。

 そして、それは管理局、ひいては次元世界の脅威となりえるのではないか。

『それに、この管理局の対応は異常だ』
「ええ。いくらなんでも、このランクの魔導師を百人も派遣するなんて、それでは他の任務にだって支障がでるでしょうし」

 もしかしたら今回の件はそういった様々な要因が絡んだ事件なのかもしれない。

 二人はそのことに気付いて、心のどこかで納得していた。

 だからこその、この大戦力。

 最早話し合いなどと言う悠長なことを念頭から捨てさった、正義の使者たりえない選択を、上層部はしたということなのだろう。

 つまり、火力での敵の排除。

『上層部も狸ばかりだからな』

 アーレンベルトも、またリンディも、上層部がそう綺麗なものではないということくらいは知っていた。

 だがここまでくると、その汚れはもう目のそらせられないものではないだろうか。

「そんなことを口にしてよろしいのですか?」
『構わんよ』

 管理局の行く末に不安を感じながら、二人は言葉を交わす。

『どうせこちらの感情など見透かされているのだろうしな』

 アーレンベルトのどこか嘲笑めいた笑み。

「とりあえず、まだ何も出来ませんね」
『歯がゆいものだな』

 それにリンディは小さく笑みを返し、デスクの脇に立てかけられた写真に視線をちらりと向ける。

 そこにはいつかの、自分の家族が映っている。

 そう。最愛の夫の姿も。

 管理局の任務中に死んでしまった夫の、その死に果たして意味はあったのだろうか。

 最近になって、リンディはそう思うようになってきた。

『しかし、話は変るが、彼女らは優秀だな』
「え……あ、はい」

 弾かれるように、リンディが顔を上げる。

『廊下で彼女らに割り振った小隊の面子が苦笑しているのを見かけたのだが』

 その視線の先で、表情を緩めたアーレンベルトが顎を撫でた。

『大人の威厳が形無し、と言っていたよ』
「あの子達もそれなりに場数を踏んでいますので」
『P・T事件に闇の書事件か』
「ご存知でしたか」

 少しばかり意外だったのか、リンディが軽く目を見開く。

 まさかあんな事件が中将の耳にまで届いているとは思わなかったのだ。

 何らかの被害が出たならともかく、実質最終的には大した被害も出なかった、それらの事件が。

『なに、嫌でも耳に入ってくるさ』

 なるほど。

 直接は中将の耳に入らずとも、誰かの話を聞いて知ったのだろう。

 忙しい身の上だろうに、アーレンベルトという人間はどこまでも真面目な性格をしているらしい。

 優秀な人材のこととなると、ここまで耳が聡くなるのだから。

「お嫌いですか、そういう局員は」
『私は陸の中将ほど経歴を気にはせんよ』

 そう言うアーレンベルとは誰の顔を思い浮かべたか、苦笑と、そして笑わない目をリンディに返す。

『優秀ならば、使うだけさ』

 リンディは、その言葉に何も返せなかった。

 その真意が、なんとなく掴めていたから。

『子供をあんな戦場に駆り立てる私は、最低かね?』

 そんなリンディに変わり、アーレンベルト自身から訊いてきた。

「いえ……」

 それに小さく首をふり、リンディは微笑む。

「それでお辛いのは、貴方でしょうから」
『……やれやれ、君といい、君の夫といい、どうして私をこうも手玉にとってしまうのだろうな?』
「さあ?」

 夫の元上司であり友人だった男に、リンディは再度、小さな笑みでこたえた。





「やったじゃん、皆!」

 そういって、なのはとフェイトの間に突如としてエイミィが肩を組むように割り込んできた。

「うわっ」
「危ないよ」

 倒れそうになるのを何とか堪えて、二人はエイミィを引き剥がす。

 それに不満そうな表情を浮かべながらも、エイミィは明るい声で言う。

「三人ともこんなに立派になって、無事で帰ってきてくれてお姉さん嬉しいよ?」

 その言葉に、なのはとフェイト、はやては小さく笑みながら、首を振る。

「皆のお陰だよ」
「うん。私達だけじゃないから」
「せやな」

 三人とも、その言葉だけでエイミィが自分達を心配してくれていたのだとわかって、嬉しくなると同時に、どこか気まずいもを感じていた。

 何の成果も出せなかったのに、こんな言葉を貰っていいのだろうか、という懸念が。

 特にその傾向は、はやてに強く現れていた。

「結局あの機械の兵隊らも全部砕けてしもうたし、あの変な奴も逃してしもうた」

 そして、そのせいでその変な奴、Fの五番と名乗った少年が誰かに殺されてしまった、と続ける事ははやてには出来なかった。

 それを行った人物に思い当たるはやてだからこそ、尚更に。

「でも、全員無事に帰ってきたからオッケーなんだよ」

 そんな三人に何か感じるものがあったのか。

 エイミィが一層に明るい声でそう三人の方を代わる代わるに叩く。

「誰かが欠けちゃったら、それこそ最悪じゃん?」

 その言葉に、なのはとフェイトははっとした。

 そうだ。

 今回は、誰も犠牲にならなかった。

 守れたとは言わないが、しかし力を合わせて無事に帰ってこられたのだ。

 そう気付き、そして何故か形としての成果ばかりを追い続けた自分を叱咤した。

 人を守るために戦う。そう決めたはずなのに、なのは達はあやうくそれを疎かにするところだったのだ。

「うん」
「そうだよね」

 頷いて、再度自分達の目的を、なのは達は確認する。

 成果など二の次でいい。

 今は、皆の安全を考える。

 その決意を思い出した二人を見て、エイミィは内心で頷き、ふいにその視線をはやてにむけた。

「はやてちゃん?」
「な、なんや?」

 エイミィの声に、必要以上に動揺するはやて。

「どうしたの?」

 尋ねるが、はやては何も答えない。

 はやては、エイミィの言葉を素直に受け止める事ができなかった。

 確かに、はやてにとっても誰も犠牲にならなかったことは嬉しい事だ。

 だがそこではやてがなのはやフェイトと違うのは、成果を求めている点。

 成果など、確かに二の次でいいだろう。それははやても思う。

 だが、成果が得られないのならばこの事件はさらに長引き、そして犠牲が出る可能性が大きくなるということを、はやては理解していた。

 だからこそ、何の犠牲も出さず、尚且つ成果を得たかったのだ。

 なのに今、この様だ。と、はやては誰にも気付かれない自嘲を零す。

「なんでもあらへんよ」

 嘘の笑顔を貼り付けて、はやてはエイミィに答える。

 こんなもので、エイミィや、なのはやフェイトを誤魔化せはしないだろう。

 だが、正直に自分を吐露できないはやては、そうするしかなかった。

 なのはが、はやてに何か言おうと口を開いたその時、

「あ、電話やな」
 はやての携帯電話が、着信のアラームを響かせた。

 これ幸いとなのはの追求から逃れようとはやては電話を取り出す。

 そして、その着信が誰のものからか確認して、はやては一瞬だけ、表情を強張らせた。

「皆先に行っといてや、すぐおいつくから」
「う、うん」

 はやての言葉に、流石になのは達も邪魔は出来ない。

 去っていくその後姿を数秒見送って、はやては電話を耳にあてた。

『やあ、はやて』

 そこから響いたのは、“魔王”の美しい声だった。

『成果は無かったようだな』

 はやては必死に、その魔的な力の誘惑に、立ち向かう。





「最近、はやてちゃん、様子おかしいよね」
「うん、私もそう思う」

 なのはとフェイトは見慣れた町並みを歩いていた。

 とりあえず戦闘後の生き抜き、ということで、リンディによって一旦なのは達は元の世界に戻ってきていた。

 その気遣いに素直にしたがって、なのはとフェイトは散歩に励んでいるのだ。

 本当ははやても誘いたかったのだが、どこかおかしい様子で断られてしまっていた。

「大丈夫かな」

 その一方で、はやてが賢明に戦闘技術を磨いている事も、なのは達は知っていた。それこそ、異常なほどに熱心に。

 それがどうしてか、と聞かれれば、二人には一応の答えならば用意できる。

 あの日、夜天の王を消し去った二人だから、その答えは用意できる。

 きっとはやては誰にも悲しんで欲しくないのだろう。

 大切な人を失う悲しみを、味あわせたくない。

 と同時に、味わいたくも無いのだ。

 だからこその、あの入れ込み様ではないだろうか。

 その正解を直接本人に聞く勇気は、なのは達にはない。

 聞いて、それにはやてが正直に答えるとは思えなかった。

 それ以前に、それを二人が聞くということは、きっとはやてにとっては苦痛でしかない。

 それははやて自身から明かしてくれる時に知るべきことなのだろう。

「信じてあげようよ」

 フェイトが、なのはに小さく言う。

 どこか自信なさげだが、それでも力強い。

 だからなのはも、それに頷けた。

「そうだね。うん、信じないとね」

 友達なのだから、などという当たり前のことは言わない。

 そうだ。自分達に今出来ることははやてを信じ、そして支える事に他ならないのだろう。

 二人が互いに頷きあう、その時。

「あれ?」

 ふと、声が上がった。

 二人のものではない。だが、二人にとって聞き覚えのある声。

「なのはにフェイトじゃないか」

 声を上げたのは、なのは達の学校の鞄を片手に、男子の制服をきた二人組み。

「士郎君?」
「志貴?」

 学校帰りらしい二人が、なのはとフェイトに近づいてきた。

「学校サボって何やってるんだ?」

 そして、少し苦笑気味に志貴が尋ねた。

「ええっ!」
「ち、違うよ!」

 サボってなどいない、と二人は続ける事ができなかった。

 今日は、普通に学校があった。

 そして、今私服で歩いているなのはとフェイトは、制服姿の士郎と志貴から見たら、どう映るだろう。

 まず間違いなくサボりであろう。問答無用のサボりである。白日の下にさらされるまでも無く分かりきっているサボりであった。

「よ、用事があったんだよ?」
「う、うん。そう!」

 しかしここで何も言い返さなくては、何の理由もなしにサボってしまう不良生徒に見られてしまう、となのは達が慌てていいわけじみた発言を口にする。

 それに、士郎と志貴はおかしそうに笑った。

「そんなに慌てなくても、なあ?」
「ああ。用事があるなら仕方ない」

 これで相手がアリサやすずかならば事情を知っているから説明も楽なのに、と二人は思うが、しかし士郎と志貴が相手ではそれは無理である。

 いや、事実としてはこの二人もなのは達の事情を十二分に知っているのだが、それをおくびにも出しはしない。

「な、何か含みを感じるよっ!」
「なんで笑うの?」

 わたわたと両手を振り回して言う二人に、今度こそ士郎と志貴は声をあげて笑ってしまった。

「含みなんて無いよ」
「しかし、反応が面白いな」
「あう」
「うぅ」

 赤くなる顔を伏せて、なのはとフェイトは返す言葉も無く呻いた。

 何だか知らないが、この士郎と志貴が相手となると、なのはとフェイトはどうも調子が出ない。

 これで相手がユーノやクロノならばまだやりようがあったろう。

 そこらへんが、士郎と志貴の格の違いと言うものだろう。

 何の格かなど問うべくも無い。

 一級建築士としての、である。

 ちなみになんの建築かなども問うべくも無い。

 男女の好感度などを一般的に三文字カタカナで表現する英単語である。

「それで、用事は終ったの?」

 志貴が尋ねると、なのはとフェイトはすこしばかりきまずそうに視線をそらせて、口を開く。

「それが、」
「まだ終ってなかったり、」
「もう少し長引いたり、」
「しちゃいそうかも」

 フェイトとなのはが交互に見事なシンクロで答えた。

 それにもまた可笑しさを感じながら、二人は残念そうな表情を作る。

「そっか、一緒の学園生活はもう少し先になりそうだね」
「ま、用事が早く終ることを祈るよ」

 そんな二人に、なのはとフェイトは申し訳なさそうに肩を狭めた。

「本当は早く学校行きたいんだけどね」

 なのはの言葉に、士郎が首を傾けて口を開いた。

「けど、大事な用事なんだろ?」

 その通りである。

「学校なんて、って言うのは駄目かもしれないけど、勉強よりも大切な事って、たくさんあるからね」

 士郎の言葉に、志貴も付け加える。

「そうかな」
「そうだよ」

 気の引けた様子のフェイトに、志貴が断言する。

「まあ、俺達に出来ることがあったら言ってくれ」
「出来る限りでは、手伝うから」

 言いながら、しかし士郎と志貴は自分に対していつもと同じ嫌悪感を滲ませた。

 あまりにも白々しい台詞だ。

 いつだって助けようとすれば助けられたのに、それでも助けなかったのは、他でもない二人自身なのだ。

 それなのに、今はこんな風に言うなど、とんだ偽善者である。

 それでも二人はその仮面を崩さない。

 今はそれが最善と信じているから。

「うん、ありがと」
「もし困ったら、言うね」

 なのはとフェイトがその言葉に口元をほころばせて、はにかむ。

 一瞬、士郎と志貴はその笑顔に、思わず異性としての魅力を感じてしまった。

 だがいかんせん、二人の精神年齢は二十代。

 慌ててその思考を二人は振り払い、笑顔を繕う。

 精神は肉体にひっぱられる、という話は聞くが、しかしそれでもこの年齢差は考え物である。

 このままでは、士郎と志貴は、危ない人確定だ。





「リィン……私、焦っとんのか?」
「……それは」

 アースラの一室。

 リンデイの言葉にもなのは達の誘いにも帰ることなく、はやては魔法を構築しながら、リィンフォースに尋ねた。

 その問いに、だがリィンフォースは答えられない。

 だが答えは、すでにはやても分かっていた。

 焦っている。それは誰が見ても明らかだ。

「分かっとる」

 はやて自身だって、分かっていた。

「だけどな、それでも私は強くならなきゃいかんのや」
「マイスター……」

 真剣な眼差しのはやてを、リィンフォースが胸で手を合わせて心配そうな眼で見る。

「もう何も無くしたくない」

 はやては、まるで自分に言い聞かせるかのように言う。

「あんな想い、誰にもしてほしくない」

 雪が、はやての脳裏にちらつく。

「リィン……付き合ってくれるか?」

 そのどこか危うい瞳に、リィンフォースは、優しく微笑みかける。

「当然です、私はいつでも、マイスターの側に」

 いって、小さくリィンフォースは胸を張った。

「一体、こんな当たり前の事を何回言わせる気ですか?」
「ありがとな」

 はやての小さな手が、リィンフォースのさらに小さな頭を撫でた。





 アヴァロン艦内の小さな訓練場。

 この間の森での戦闘とは違い、何の障害物もない四角い空間の中を、志貴と士郎は駆ける。

「擬似魔術回路作成!」
「足場展開!」
『『イエス、マイロード』』

 と、士郎の赤い外套に百二十一本の光の線が描かれ、黒い外套をなびかせて志貴が煌きに足をかけた。

 これもまた、普段の訓練とは違う光景。

 デバイスの一次開放。

 士郎は、彼本来の世界とミッドチルダの技術を結集させて作った、本物の魔術回路ほどではないにしろ魔力を通して魔術の発動をバックアップする回路を回転させる。

 志貴は、デバイス展開時の構成パーツの召喚の技術を転用し、空間に小さな透明な三角形のパネルを展開して三次元戦闘の基礎にする。

 実戦時の二人の戦闘スタイルである。

 二人はより一層実戦に近い状態での訓練を行っているのだ。

 その理由の大きな要因の一つは、来るべき大きな戦いに向けて。

 そしてもう一つ。

 少女達を上手く助けられない、そんな自分達への怒りの発散。

 後者は極めて幼稚な理由だ。

 それは二人も分かっている。

 だが、それでもこうもしなければやっていられなかった。

「同調、開始(トレース、オン)!」

 士郎が、自らの魔術を発動する。

 肉体を強化して、志貴の人外的なスピードに対して少しでも差を縮める。その為に、魔術回路、そして擬似魔術回路に全力で魔力を通す。

 その圧力に、擬似魔術回路の一本が砕けるように散った。

『擬似魔術回路再構築まで三分』
「投影、開始(トレース、オン」!」

 己のデバイスの言葉を殆ど聞き流し、士郎はよく手に馴染む夫婦剣、干将・莫耶を投影、構える。

 そこにすかさず交わった、志貴の短刀。

 莫耶の刃が真っ二つに切断され、その刃が士郎の咽喉に迫る。

 が、それを干将で打ち落とし、後方に一歩で十メートル近く跳ぶ。

 その跳躍の最中に投げられた干将を切り裂いて、志貴はすぐさまその軌道を追った。

 地面に足を着けた士郎はすぐさま次の投影をする。

 投影したのは、ボウガン。

 それもただのボウガンではない。通常のよりも、二回りは大きいボウガンである。

 そこに番えられているのは、捩れた螺旋の剣。

「カラドボルグ!」

 その巨大なボウガンを片手で構え、士郎は剣を志貴に放つ。が、志貴は空中に生み出した煌きを蹴り、方向転換、あっさりとその剣を回避してしまう。

 が、

「ブロークンファンタズム!」

 その捩れた剣が空中で突如として爆発し、その爆風が志貴を吹き飛ばした。

 僅かに体のバランスを崩した志貴だが、しかしすぎさま煌きを足場に立て直すと、まるで摩擦も何も無い無重力化でゴムボールがバウンドするかのような動きで、士郎へと迫る。

 その不規則な動きに、士郎は特定方向への攻撃の選択を捨て、全方位へと剣を投影、放つ。

 今度は志貴もそれを避けはしなかった。

 無数に放たれた剣の内の一本を切り裂き、それを霧散させる。

 と、その霧散と同時に他の剣が爆発する。

 だが、霧散した剣があった場所だけは爆発の穴となる。

 その穴から、志貴は士郎へと肉薄した。

 火花を散らせ、かろうじて士郎は即座に投影した長剣で志貴の短刀を迎え撃ち、それを弾く。

 スピードならばともかく、力でいうのならば今は士郎に一分の優位がある。

 宙に投げ出された志貴の身体に剣を投げつけ、瞬時に士郎は駆け出す。

 空中で剣切り裂き、即座に士郎を迎え撃とうと志貴が煌きを跳ねる。

 二人の姿が交わる、その瞬間。

 志貴の短刀が蛇の顎のように士郎の腕に絡まり、しかし士郎はそれをなんとか振りほどき、それとは逆の手に握ったナイフを手首のスナップだけで投げつけ、さらに逆に志貴の腕を掴む。

 士郎に掴まれたせいで回避が出来ない志貴はそのナイフを指二つで受けとめ、自分の腕を掴む士郎の腕へとそれを突き刺そうとする、が、その刃が士郎の腕に刺さる直前に霧散、それに気を取られる事なく志貴は士郎の手を掴み返し、その足を払う。

 宙に逆さまになった士郎の身体を地面へと志貴が振り落とす。

 それを、士郎は地面に手を当てて、自分の体重による衝撃を支え、そのまま腕を中心に身体を振り回し、志貴を吹き飛ばす。

 わざと自分から後ろに跳んで、志貴は士郎の攻撃を殺し、そのまま天上すれすれの場所まで駆け上がる。

 その志貴を囲うように天上に五本の剣が突き刺さり、爆発。

 その一瞬前に爆発圏内から脱出した志貴に、士郎が剣を振り下ろす。

 斬撃を短刀の刀身で流して、そのまま士郎の腹に爪先を打ち込み、志貴はさらに追撃。懐から士郎の脇に短刀を走らせる。

 士郎はその短刀を紙一重で回避すると、滅多には投影しない槍を志貴に突き出した。

 その長さを後退だけで裂け切れずに、志貴の頬を血の筋が出来る。

 その槍を瞬時に四つに解体し、志貴は士郎と一際距離を離した。

「……やるじゃないか」

 頬を撫でながら言う志貴に、士郎が腹を押さえる。

「これでもBランクの法具を取り揃えたんだがな」

 いつの間にか、士郎の外套に描かれる光の線は最初の半分程度になっていた。

「その眼は反則だよ、まったく」
「お前のその武器の豊富さもな」

 互いに苦笑して、二人の外套が私服へと戻る。

「やってられるか」
「こっちこそ」

 そう言って二人は、拳を打ち合わせる。

 そして拳を会わせたまま、言葉を交わす。

「せめて、あの優しい女の子達くらい守ってみせないとな」
「ああ。男が女の子を守れないなんて、そんなのは格好がつかない」

 その瞳は、真剣だ。

「本当のところ、魔法士だって殺したくない」

 士郎が、ぽつりと零す。

「だからお前は甘いというんだ」

 その呟きに志貴はばっさりと言い捨てた。

「分かっているさ。今の俺に十を救える力は無い」

 士郎の鋭い鷹の瞳が、志貴の直死の瞳と交わる。

「だったら、せめて九は救ってみせる」
「いい覚悟だ」

 その言葉に、志貴は――“殺人貴”は笑む。

 全てを救う方法なんて、簡単には手に入らない。それは、“殺人貴”だからこそ良く知っていた。

「だけど、諦めたわけじゃない」

 そんな“殺人貴”に、未だ迷いの中にある“正義の味方”は言い放つ。

「そうやって、いつか全部を失くすつもりか?」
「最初から諦めて、手に入るものなんてものは無い」
「分不相応だよ、全てに対する正義なんてもの、人間にはな」

 “正義の味方”の答えに、“殺人貴”は肩を震わせて笑う。

「全ての正義じゃない。全てを救う正義だ」
「同じだ。所詮は押し付けがましい正義に他ならない」

 “殺人貴”の言葉は、正しい。

 そう。嫌って言うくらいに正しい。

「なら聞くが、お前は死の救いを求める者を殺せるか?」

 問いに、“正義の味方は黙り込む。

「お前はきっと死以外の救いを探すのさ」

 “殺人貴”の笑みが、“正義の味方”の感情を逆撫でる。

「そして、その者の救いを潰し、不幸にする」
「それは経験論か?」

 ふいに、自身でも意図せぬ言葉が“正義の味方”の口から出た。

「そうだ」

 “殺人貴”は、頷いた。

「だが俺は殺せと言われて殺せるほど優しくない。死の救いを与えるくらいなら、俺は正義ではなく、悪でいい」
「俺はお前とは違う」
「当然だ」
「俺は、それでも正義を往く」
「……水掛け論か」

 ふと、二人の合わせられた拳が離される。

 そして、

「この、理想論者の大馬鹿がっ!」
「理想を追い続けて、何が悪いっ!」 

 二人の拳が、二人の顔面に叩きつけられた。

 



「成果は無かったようだな」

 その日の昼休み。恭平は一人屋上で、携帯電話を耳に当てていた。

「どうだ?」

 相手は、言うまでもない。

「自分の力に満足は出来ているか?」

 電話の向こうで相手が息を呑むのを感じて、恭平は――“魔王”は着実な手ごたえを感じていた。

 これならば、と。

「果たして、どうだろう?」

 相手の反論に、余裕を持って“魔王”は答える。

「それは本当に君が望むものに届いているのか?」

 明らかな同様が、電話越しにも伝わってきた。

 そこに、“魔王”は畳み掛けた。

「私の仲間になれ」

 それは、以前にも口にした言葉。

 だが恐らくは、“魔王”の相手にとって、その言葉は前回よりも、ずっと重く聞こえただろう。

「力が欲しいのだろう?」

 “魔王”は、事前に相手のことは調べ尽くしていた。

 どんな事件がきっかけで魔法に関わったのかも。

 その事件の顛末も。

 その事件の後の経緯も。

 その従者も。

 そのデバイスも。

 管理局のデータバンクに入っているだけの情報を、“魔王”は既に入手していた。

 それら全てを鑑みて、“魔王”は確信する。

 相手の、その歯がゆさを。

「今回は被害は出なかったようだな」

 大きく揺さぶった後で、さらに小刻みに揺さぶる。

 相手は賢い。

 ならば、その賢さだけ扱いやすい。

 “魔王”はそう考える。

 賢いという事は、有利であり、そして不利でもある。

 賢ければ賢いほど、要らない不安というものは芽生えるものだ。その賢さを持つ者が押さないのならば、その不安を割り切る事すらできない。

 そんな相手に、“魔王”は問いかける。

「だが、軽症くらいはいるだろう?」

 たかが軽症。

 普通ならばそれだけで済むのだろう。

 だが、一つ先を考える人間はこう考える。

 次もまた、軽症で済ませられるのだろうか、と。

 その懸念を“魔王”は抉る。

「良かったな。今回は敵が本気でなくて」

 抉り、その懸念をさらに大きくしていく。

「もし奴等が本気になれば、とうに魔導師の百人やそこら、数分も持たないだろうよ」

 わざと大袈裟に言って、不安を募らせる。

 事実として数分も持つかどうか、それは“魔王”とてやってみなければ分からない。

 しかし、大した情報も持たない相手は、きっと“魔王”の言葉を少なからず真に受けただろう。

「それで、君は一体何を望む?」

 相手の冷静を削り、“魔王”は尋ねる。

「力ではないのか?」

 それに答える、相手の声。

「そうか」

 “魔王”は小さく笑む。

「良いだろう」

 そして携帯電話を“魔王”は懐にしまう。

「……もうすぐ詰みか」

 口の端をゆがめて、“魔王”は校舎の中へと入っていく。
 




「……お前達、またか」

 アヴァロンに帰って、恭平が開口一番に言った発言がそれだった。

「こいつが頑固すぎるんだ!」
「あいつが分からず屋なんだよ!」

 互いを指差して、士郎と志貴が双方をなじる。

「あー、分かった分かった」

 もう見慣れたといわんばかりに恭平は片手でそんな二人を払うようなジェスチャーをすると椅子に座る。

「なんだその反応!」
「ちゃんと聞けよ!」

 息ぴったりじゃないか、と思いながら恭平は溜息をつく。

「どうせ士郎が“正義の味方”の主張をして、志貴が“殺人貴”の意見をぶつけたんだろう?」
「そうだけどさ!」
「でもよ!」

 何でそんなに仲いいのに喧嘩ができるのだろう、と考えながら、恭平は二人の舌戦を何気なく眺める。

「人の理想をとやかく言う権利あんのかよ!」
「それで道を踏み外されたらこっちが迷惑だ!」
「なんだと!」
「なんだよ!」

 本当に、どうしてこの二人はこんなに仲が悪いようで良いのだろうか。

 とりあえず、今日の夕食は遅くなりそうだ。





あとがき
こんにちは、あるいはこんばんは。
貴方の街の産業廃棄物、緋塚です。
最近『。』の入力がしにくくて地味に困ってます。

もしかしたらレジアスはまだ中将になっていないのでは。
そんな懸念が無いこともありませんが、気にしない方向で。

さて、では一話に出ておきながら今まで全く説明の無かった能力の説明でもして行数稼ぎでもさせていらだきます。

擬似魔術回路、ですが。

ノリで作りました。すみません。

まあだからといって手抜きではありませんよ?
ミッドとかのデバイスなんかの技術を応用して、魔力を流すことの出来る、できる限り魔術回路に似せた体外の回路、という感じです。

きっとミッドチルダ技術にならそういうことも出来ると作者は信じています。

志貴の煌きの足場は、足場です。
足場以外の何物でもありません。きっと。
後々、

あの正体は……! 

みたいな事には、なりそうだったり、ならなそうだったり。

それとこの足場、デバイス展開の技術流用って設定なんで、魔力はそう必要ないと考えております。
なので魔術師でも魔導師でもない志貴にも使えるのです。

あれ、じゃあ空中固定はどうやってるの?

仕様です。

今回も拙作に目を通していただき、ありがとうございました。





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に下さると嬉しいです。