「……やるな」

 士郎は、頬に一筋の汗を垂らして、そう呟いた。

 目の前には、士郎でも久しぶりに見るような圧倒的な、

「やるな……っ!」

 圧倒的なほどに豊富な食材と、充実した料理器具の数々。

「やるなぁああああああああああああああああ!」

 何か、異様にテンションの高い士郎。

 そんな士郎の様子に、その背後に立つアースラ食堂の料理長がビクリと震えた。

 しかし、士郎はそんなことを気にする余裕は無かった。

「ふ、ふふふ……ふははははは」

 今度は笑い出したっ!?

 なんて恐怖すら覚える料理長の視線の先で、士郎は指をわなわなと動かす。

 後に料理長が語るに、その時の士郎の指は、残像すら残していたという。

「料理長……」
「はひっ!?」

 突然声をかけられて、料理長が身体を強張らせる。

「料理を、させていただきたいっ!」

 ちなみにアヴァロンでは、余計なスペースを取るから、と料理に関しては最低限な設備しかなかった。

 そんなわけで、士郎としては、もう水を得た魚。薬を得たジャンキーである。

 料理長が、拒否できるはずが無かった。





「……やるな」

 志貴は、頬に一筋の汗を垂らして、そう呟いた。

 目の前には、志貴でも久しぶりに見るような圧倒的な、

「やるな……っ!」

 圧倒的なほどに広く整った、訓練場。

「やるなぁああああああああああああああああ!」

 何か、異様にテンションの高い志貴。

 そんな志貴の様子に、その背後に立つ警戒心も露なクロノがビクリと震えた。

 しかし、志貴はそんなことを気にする余裕は無かった。

「ふ、ふふふ……ふははははは」

 なんだ、この変態っ!?

 なんて恐怖すら覚えるクロノの視線の先で、志貴は身体をわなわなと奮わせた。

 後にクロノが語るに、その時の志貴の身体が、変な気で揺らめいていたという。

「執務官っ!」
「な、なんだっ!?」

 突然声をかけられて、クロノが身体を強張らせる。

「身体を、動かさせていただきたいっ!」

 ちなみにアヴァロンでは、艦そのものが小さいせいで、最低限の広さの訓練場しか存在しなかった。

 そんなわけで、志貴としては、もう水を得た魚。薬を得たジャンキーである。

 クロノが、拒否できるはずが無かった。





 流石に恭平は、そんな狂喜乱舞することは無かった。

「ふむ」

 アースラのブリッジ内、モニターを覗き、設備を一つ一つ確認しながら、小さく頷いたりしていた。

「あ、あのお?」

 その横で、説明役のようなものを押し付けられたエイミィが、冷や汗を流しながら恐る恐る声をかけた。

「む、ああ、申し訳ない」

 と、そこで恭平は自分がモニターに見入っていた事に気付いて、エイミィに謝罪した。

「あ、別にいいんだけど」

 いきなり謝られて、エイミィはしどろもどろしながら首を傾げた。

「何か、あったの?」
「いや」

 と、恭平が小さく首を横に揺らした。

「設備はいいのですが、プログラム面が少し残念ですね」

 グサリ、と。

 何かがエイミィの心を一突きにした。

「内部から見てみると良く分かります。残念だ、と」

 まあ、そりゃロストロギアなんかを集めて作り上げた艦に乗っている恭平から見れば、アースラは些か劣るものがあるだろう。

 ついてに言うと、士郎の解析能力でロストロギアを解析したデータを、恭平は頭に全部叩き込んでいたりする。

 つまり恭平の技術力を見る目は、酷く高水準なのだ。

「どうしてこんなに素晴らしい機材を使用して、これほどのものしか出来ないのでしょうか?」

 遠慮なく、知らず知らず恭平はエイミィを串刺しにしていく。

「で、でもほら、使い手にもよるんじゃない?」

 慌てて、エイミィはアースラの援護に入る。

「確かに。ですが、これでは使い手がよても限界があります」

 恭平が頷きつつも、そう言う。

 ならば、とエイミィが横からパネルと打って、モニターに一つのシュミレーターを起動する。

「じゃあ試そうよ」

 それは、アースラの機能を正確にトレースした機体を操作するシュミレーターだった。

「撃沈するまでの敵の撃破を得点にするの」
「ほう」

 そのアヴァロンには無いシュミレーターに、恭平が少なからず恭平は興味を惹かれた。

「管理局での平均得点は三十万点だよ」
「なるほど。ならばその二倍もいけばオペレーターの有能性が証明されますか」
「うん」

 エイミィには、自信があった。

 ちなみにエイミィの自己新記録は平均の三倍である。

「君もやってみなよ」

 そう言って、エイミィが同じシュミレーターをもう一つ、別のモニターに起動する。

 これで、力の差を見せ付けたいのだろう。

 非常に大人気ない意地である。

「お願いします」
「ふふん」

 そういって、二人はシュミレーターを起動した。





「唐辛子はありますかぁああああああああああああああ!」
「どうぞぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 意味不明。

 高町なのはがその光景を見て最初に感じたのは、その一言に尽きる。

 なにかしらないが、厨房の中では、とにかく意味の分からない光景が描かれていた。

 と、空中を唐辛子が飛び、それを一人の少年が空中でキャッチ、一瞬でそれを包丁で刻んで、中華鍋に放り込んだ。

「え、えっと……」

 なのはは、ちょっと士郎と話がしたかっただけなのだ。

 色々と聞きたいことがあったのだが、しかし、この状況では。

「はっはっは!」
「いよっ、次元一の料理人!」

 鍋を振る士郎を、料理長が褒め称えるこの状況では、それは出来そうにない。

 と、目の前に並べられた皿のうちの一つに、天ぷらがあった。

 そういえば最近、天ぷら食べてないな、と。

 場の空気に当てられたのか、なのはがそんな事を思う。

 そして、周囲を確認して、人の目がないことを確認して、なのはは、


 パクリ。


 と、海老の天ぷらを口に運んだ。

「……むぐっ!?」

 そして、目を剥いた。

 確かにそれは、最高に美味しい天ぷらだった。





「ふんふんふん」
「うぅ、も、止めてくれ」

 フェイトは、まず自分の眼を疑った。

 次に、これは夢だと思った。

 鼻歌混じりに壁を――そう、壁を途轍もないスピードで走る志貴と、地面にうつ伏せになって小さく何かを呟いているクロノ。

 こんな光景が、現実にありえるのだろうか。

「え、えっと……」

 おろおろとしながら、フェイトはとりあえずクロノに走りよった。

 自分の兄なのだ。もしここが夢の中でも、放っては置けなかった。

「フ、フェイト」
「ク、クロノッ」

 何か今生の別れのような雰囲気が、二人を包んだ。

「僕は、もう駄目だ。早く、逃げ……ろ」


 ガクリ。


「ク、クロノ!?」

 フェイトが、崩れ落ちたクロノの身体を揺さぶる。

「クロノ、クロノッ!」

 だが、クロノはもう、何の反応もしない。

 反応がない、息絶えたようだ。

 とは流石に言わない。

 微かに吐息は聞こえてきている。

「い、一体何が?」

 フェイトは、まず疑問に思うより先に、クロノの言葉に従い、逃げるべきだったのだ。

「やあ、フェイト」

 後ろから、誰かの声が聞こえた。

 気付けば、壁を走っていた少年の姿は、いつのまにか無くなっていた。

 ゆっくりと、フェイトは振り向き、そして、





「何してるんや?」

 ふと見つけた恭平に、はやては声をかけた。

 いくつか訊いておきたいこともあったのだ。

 しかし、多分それは訊けないだろう、とはやては理解した。

「む、ああ、少しな」
「呑気やな」

 はやては、そんな恭平の目の前のミニターを覗き込んだ。

「ゲームか?」
「まあそんなものだ」

 呑気やな、と。

 もう一度心の中ではやては溜息をついた。

「馬鹿か」
「いきなり何を言うかと思えば」

 恭平が、はやての言葉に苦笑する。

 その、恭平の横で、

「あのさ、怒ってもいいよねっ!?」

 モニターから視線を外さず、正確には外せず、エイミィが叫んだ。

 恭平とエイミィのモニターには、それぞれ戦艦が中小の艦を相手に戦闘を繰り広げていた。

 ちなみにエイミィのモニターの右上には九十三万点。

 恭平のモニターの右上には、九十五万点という表示があった。





 アースラ食堂には、今この世界にいる全ての局員が集まっていた。

 テーブルの上には、様々な料理が並べられている。

 どこかの誰かが作りすぎた為である。

 局員達は、どこか安心感のある表情で、それを口にしていた。

 一角では、クロノとフェイトが突っ伏しているが、気にしてはならない。

 とりあえずそのフォローはなのはがするだろう。

 二人の側でなのはが困惑している。

 そんな光景を見ながら、恭平達は今後の方針について話し合っていた。

「いいのか、こんな状態で」
「構いません。力みすぎというのは、むしろ逆に人の力を奪うものです」

 アーレンベルトがどこか呆れたような視線で尋ねると、恭平はコーラを飲みながら小さく笑んだ。

「それに、どこかの間抜けが調子に乗りすぎてしまったようですし」

 と、恭平の横で士郎が気まずそうに視線を彷徨わせた。

「ざまあ無いな」
「お前も、貴重な戦力を疲弊させてどうする」

 士郎を笑っていられずに、志貴も視線を彷徨わせた。

「意外ね」

 そんな三人に、リンディが微笑んだ。

「なのはちゃん達から聞いたとおりの人柄」
「それは、意外なのでしょうか?」

 恭平の問いに、リンディは頷いた。

「良い顔だけして、彼女達を利用しているのかと思ってたのだけれど」

 本当に、聞いていたとおりだった。

 士郎は純朴で、志貴は素朴。

 そして恭平は、そんな二人の兄的な人物。

「この二人に、そんな器用な真似を求められませんよ」

 言外に、自分だけならばそうしていた、と恭平が言う。

 言われた二人は、しかし言い返すことが出来なかった。

「それでは、ここからが本題ですが」

 そこで、恭平が話題を切り出した。

 既に最低限の事はリンディ達も伝えられている。

 “アッシュ”、魔法士についてのこと。

 そして恭平が補助魔法を得意とし、士郎と志貴がそれぞれレアスキル持ちであること。

 恭平には、魔術回路も魔眼もない。

 だからこそ、新しい身体に移る時に、リンカーコアを擬似的に再現したものを埋め込んでいたのだ。

 そこのあたりは、誤魔化して伝えてある。

 とはいえ、他にも隠している事はいくつもあった。

 それは嫌でも直ぐにバレることになるだろう。

「恐らく、“アッシュ”はゆっくりと襲って来るでしょう。先の宣言どおり、恐怖をこちらに植えつけるために」

 なんと悪趣味な事だろう。

 だが、今回はそれが助け舟となった。

「これは言ってしまえば、あちらの慢心、油断です」

 ならば、そこを突破口にすることも不可能ではない。

「何回かに分けて、あちらは襲って来るでしょう。そうですね、最初の襲撃はもう直ぐだと思います。既に残りは三十一時間、これ以上減ってはゆっくりも出来ないですからね」
「こんな状況ですぐには対応できないぞ」
「そうでしょうね」

 フィグノスの指摘を、恭平は認める。

 こんな宴会のような騒ぎで、対応など早々できないだろう。

「だが、構いません」

 それこそが、恭平の望むところだった。

「どういうつもりだ?」
「貴方達は、連中に恐怖心を抱きすぎている」

 圧倒的な戦力に、局員たちは少なからず恐れを抱いているのだ。

 既に精鋭が相当な数、あっさりと倒されてしまったのだからそれも仕方ないだろう。

「最初の襲撃ともなれば、小数での襲撃でしょう。そうですね、騎士が十人ほどでしょうか」

 だが、そんな局員の恐怖は厄介だった。

 恐怖心が無いのも困りものだが、ありすぎも困る。

 それではいざというときに力を出し切れないし、逃げ出すかもしれない。

 そんな行動は、無駄に被害を出すだけだ。

「まずは、その十人を我々が倒します」

 そうすれば、恐怖心も少しは減るに違いないだろう。

「その際には、はのは、フェイト、はやての三人に援護してもらいます」

 だが、単にあっさりと恭平達が魔法士を倒すのでは駄目だ。

「あんな子供達に、人を殺させるつもりか」
「違いますよ」

 フィグノスの嫌悪感の隠し切れない言葉に、恭平は首を横に振る。

「非殺傷設定でも構いません。要は行動を鈍らせればいいのです」

 粗製魔法士は殺すまで止まらない。

 だが、止まらないでも動きを鈍らせる事くらいは出来る。

「我々をあの三人が援護し、そして我々が奴らを倒す」

 そうすれば、きっと局員はこう思うだろう。

 自分達と恭平達が協力すれば、きっと生き残れる、と。

「あの子らでなくてはならないのか?」
「いけないことはありません」

 ですが、と恭平が続ける。

「できるだけ事情の知っている者のほうがいい。そして、彼女達には、残酷でも経験をつませておきたいのです」

 恭平の言葉に、フィグノスはそれ以上反論しない。

 ただ、リンディは少しだけ悲しげに笑んだ。

「優しいのね」

 残酷でも経験をつませる。

 それは他でもない、なのは達の為なのだろう。

「利害ですよ」

 肩をすくめ、それを恭平はやわらかく否定するが、それでも誰もが分かった。

 確かに利害の面もあるのだろう。

 だが、きっとそれだけではないのだろう、と。

 その瞬間。


 警報が、鳴り響いた。


「さあ、出番だ」





「”アッシュ“となのはの事は?」
「言ってはいない。あれがこちらを混乱させるための狂言とも考えられる」

 アースラの廊下を早足で歩きながら、はやては恭平の答えに安心した。 

 “アッシュ”がなのはと関連性がある、と知れたら、きっとなのはは余計な負担を背負うことになる。

 それは、はやてが避けたいことだった。

 それともう一つ。

「なんで二人を戦場に出すんや?」

 はやてが言うのは、なのはとhゥエイトのこと。

 二人を守りたいから力を得たというのに、それでは何の意味もないではないか、と責める視線に、恭平は表情一つ変えずに答える。

「自分で守るといい」

 確かに、その為の力ではある。

 だがそれよりも、彼女達を戦場に出さないのが一番のはずだ。

「言っておくが、押さえつけるだけ、あの二人は反発するぞ」

 だがきっと、戦場に出るなといわれても、なのはとフェイトは従わないだろう。

 はやても、言われて気付いた。

 それは少し前の自分と同じ部分があった。

 がむしゃらに戦い続けた自分に。

「そうあっさりと、上手くいくことなど無いさ」

 そう言われて、はやては苛立ちを覚えた。


 


あとがき
こんばんは、あるいはこんにちは、緋塚です。

やっちまった。
柄にも無くちょっと頭の飛んだ士郎と志貴を見て少しだけ後悔してます。

途中で恭平に『リンカコアを擬似的に〜〜』という部分がありますが、それは青崎製と思って欲しいです。
何となく作者の中では、魔術回路は魂とかにある機関、リンカコアは体の中にある機関、というイメージなので、リンカコアなら作れんじゃね?
という甘い考えが炸裂した結果こうなってしまったのです。
だって、ほら。恭平だけ何にもスキルないんじゃ不利じゃないですか。

まあ今回はそんなろころでしょうか。

それではまた。






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