果てなく広がる荒野、そこに一つだけぽつりと存在する巨大な岩の上に、小さな影が三つ。
「……魔法士を十二視認。その後方に約百の機械兵」
 赤い髪、赤い外套の少年がそう言って、その手に握り締めた漆黒の弓を引き絞る。だが、そこに番えられた矢はない。
「ではプランD。遠距離殲滅後、接近戦において敵の殲滅を」
 それを聞いて口を開いたのは、灰色の、まるで燕尾服のような雰囲気を纏わせた外套を着る不敵な笑みの少年。
「了解。戦闘時間は?」
 尋ねたのは、さも闇を凝縮したかのような黒い外套を羽織った眼鏡をかけた少年。
 しかし、その眼鏡を少年は外し、するとその下から仄かに蒼い光を纏う眼が現れた。
「十分。もしそれ以上苦戦するようなら撤退する。撤退ルートは私が確保しておくから安心しておけ」
 どこか圧倒的な雰囲気を纏わせて、灰の少年――鮫島恭平は笑みを深くする。
「戦うのは俺達だけか?」
 それに柔らかな、有り体に言ってしまえば呑気に笑い、赤の少年――衛宮士郎は肩をすくめる。
「仕方ないさ。恭平は頭脳派だからね」
 それと同じように、だがこちらはどこか静寂さを篭めた笑みを浮かべ、黒の少年――七夜志貴は懐から愛用する短刀を取り出す。
「志貴の言うとおりだ。私はわざわざ玩具と遊ぶ気にはなれない」
「そっか」
 恭平の答えに苦笑して、士郎は遠方の黒い塊にしか見えない敵の群れを見つめる。
「トレース、オン」
 そして、その呟きに突如として現われ、弓に番えられた、捩れた剣。
「もう始めるのか?」
 その動作に驚くことも無く、志貴は短刀の刃を眺めながら尋ねる。
 どこか、その瞳には冷徹な光が灯っている。
「構わないだろう?」
 首だけ恭平に向ける士郎の瞳は、志貴とは対照的に燃え上がる炎が篭っている。
「ああ」
 そして、やはり頷く恭平の瞳にも、普通ではない光。
 それこそが、最も異常だろう。
 愉悦。
「ゲームを始めよう」
「いい身分だな」
「だが、恭平らしい」
 そして、ゆっくりと、士郎の指が動き、

 ――ヒュッ

「壊れた幻想(ブロークンファンタズム)」

 爆音が、小さく世界を震わせた。
「魔法士三、機械兵約四十撃破。残像魔法士がこちらに先行、速度から見て、全員騎士だな。機械兵もそれに続いてくる。志貴、いいな?」
「ああ」
 告げる士郎の横を、緩やかな動きで志貴が通り抜ける。
 黒い外套を靡かせるその姿は、まるで死神。
「万象写す天の鏡(ヤタノカガミ)、足場を頼む」
『イエス、マイロード』
 その死神の声に、どこからともなく無機質な声が応え、いくつもの煌きが空中に浮んだ。
 そして、その煌きの向こうに見える、九つの影。そのどれもが目にも留まらぬスピードで交差しつつ、三人へと向かってきていた。
 志貴はそれを視界に納めて、そして、巨岩の上から跳んだ。
 その高さは到底人が落ちて無事で済むような高度ではなかった。が、しかしそれ以前に、志貴は地面に落ちることが無かった。
 志貴は、今生まれた煌きに足をつけたかと思うと、すぐに跳ねて次の煌きに、さらに次に、というふうに、正に煌きが鏡に反射するかのように移動した。
 だが、今は煌きが鏡に反射しているのではなく、志貴が輝きに反射しているのだが。
 ある意味、それは当然のようにも思える。
 光と闇。
 煌きと死神。
 それらは相容れることなく、ならば、反射するのは当然のことなのだろう。
「案外初弾での殲滅数が少ないな……敵の動きは?」
 そんな志貴が地に向かって反射していくのを見届けながら、恭平が士郎に尋ねる。
「三つの部隊に分かれて左右と正面から向かってきている」
「随分と安直ではあるが、しかし最善か」
 少なくとも、下手に戦力を分断して戦うよりかは賢い選択だろう。
「仕方ない。構わん、いくらか本気を出せ」
「……疲れるんだけどな」
「文句は後だ」
「はいはい」
 言葉を交わして、士郎が苦笑しながら、自分の手を追おうグローブを見る。そこには、大きな赤い宝石が埋め込まれていた。
 志貴もまた、これの黒いものをつけていた。
「万象掃う破の剣(アマノムラクモノツルギ)、擬似魔術回路を」
『イエス、マイロード』
 士郎の命令に応じるかのように点滅する宝石から聞こえる声。どうやら、先程の志貴のものも志貴のグローブの宝石から聞こえていたようだ。
 すると、まるで機械回路のような幾何学を描いて、士郎の外套に幾つもの光の線が描かれた。
『二十八から百四十八の擬似魔術回路作成』
「よし」
 士郎が頷くと、その手から漆黒の弓がまるで煙のように霧散してしまう。
「全投影連続層射(ソードバレルフルオープン)」
 そしてその代わりのように士郎の背後に現れたのは、数十、いや、それどころか百を越えるであろう多種多様、古今東西の形状の剣の軍勢。
 それらの剣尖が向けられるのは、彼方の群れ。
 ゆっくりと、士郎の腕があげられる。
「射出」
 次の瞬間、その腕が振り下ろされ、そして剣の軍勢が動いた。
 まるで、それは剣の雨。
 高速度で打ち出された剣の数々が、遠方の群れへと向かって飛翔する。
 その射出から数秒後、
「壊れた幻想(ブロークンファンタズム)」
 士郎の声で、三つに分かれた群れがある箇所で、巨大な焔が生まれた。
 爆音。
 先程の一射とは比べ物にもなら無い、ここまで離れた士郎の肌すら痺れさせるような、遠雷にも似た轟き。
「敵全破壊を確認」
「では、志貴の支援を」
「了解」
 その爆発の終焉を見届けて、士郎は再びどこからともなく現れた弓を掴み、岩の縁から下方を見下ろした。
 そこに広がるのは、まるで何かの舞台だった。
 九つの人影が飛び交い、そして煌きの中を反射する漆黒の影。
 どれも、人の眼で捉えるには速すぎる存在。
 だがそれを正確に、それこそ指先一つの動きすら視認して、士郎は弓を構える。
「油断するな。いくら粗製騎士とはいえ、魔法士だ」
「情報解体すら使えないようじゃ、な」
「まあ、それもそうか」
 咽喉を鳴らせる恭平が、ゆっくりと士郎に背を向け、互いに背を向ける形になる。
「では私は帰りの準備でもしよう――万象紡ぐ淵の魂(ヤサカニノマガタマ)」
『イエス、マイロード』
 そして生まれるのは、灰色の光で出来た光の円。
 それを見ることなく、士郎はどこからとも無く捩れた剣を取り出して、弓に番える。
 下方に広がる激戦は、さらにその速度を増していた。





 志貴は何の予備動作も無く、不可視の足場を蹴る。
 それだけで生まれた途轍もない推進が次の不可視の足場へと志貴を導き、今度は志貴はそれ以上跳ぶ事も無く、蜘蛛のように這う形で足場に留まった。
 人間には有り得ないような不規則的な動きや、斜めに展開された足場に留まるそれは、正真正銘重力と言うものを完全に無視していた。
 志貴の眼前に舞うのは、九つの眼にも留まらぬ影。そのどれももまた、人間の到底届かぬ速度で地面を動き、志貴を囲うように動いている。
 だが、と志貴は小さく笑む。
「鈍い」
 志貴よりも、遅い。
 さらに、足場も志貴とは違って地面だけ。
 数だけの敵など、敵ですらなかった。
 志貴は笑みを崩すことなく足場を跳び、そして地面へと、何もない地面へと向かう。
 だが何もなかったのはその瞬間のみ。一瞬すればそこには、現れた一つの影。
 虚ろな瞳を携えた、銀髪の少年。年齢は、志貴よりも下だろうか。
 その少年が自分の身丈の二倍近い剣を両手に構え、そこに立っていた。
 どうやら、志貴をそのまま一刀両断にするつもりらしい。
 心の中で志貴は苛立ちを覚える。
 まさか、そんな単純な動きで自分を捉えられるつもりか、と。
 剣が振り上げられるのは、まさに瞬きの間、そしてそれは、振り下ろされるのも。
 だが、それが志貴を切り裂く事はなかった。
 志貴は再び空中に足場を作り出し、そしてそれを利用して少年の背後に回りこんでいた。
 そこで手に持つ短刀を少年の首を振るおうとして、しかしその動きが突如として変わる。
 攻撃から、回避へ。
 瞬時に空に跳んだ志貴が居た場所、つまり大剣を構える少年の位置に殺到する、やはり巨大な五つの剣尖。そのどれもが、使い手は少年少女。
 当然のように、今志貴が倒そうとした少年の胸を、腕を、首を、足を、腰を貫き、それらは志貴がいた空に突き刺さっていた。
「……はっ」
 志貴は吐き気を覚える。
 いくら自我がないからといって、仲間をそこまで簡単に捨てるか。
 九人から八人になった敵に嫌悪と吐き気を覚えながら、志貴は跳ねる。動きを止めれば例え空中であっても、この程度の高度では連中に捕まるのは目に見えていることだった。
 いくら志貴の方が早いといっても、やはり数という要素は大きい。負けることは無いが、しかしそうそう簡単に勝てるわけでもないのだ。
「生まれてこない方がマシだったろうに」
 志貴も分かっている。
 彼らに罪は無い。彼らはただ作られ、思考を奪われ、兵器として使われているだけなのだ。
 だからこそ、楽にしてやろう。
 嫌悪が、志貴に力を与えた。
 小細工をやめて、志貴は音も無く地面に落ちる、とその爪先が地に触れると同時、志貴の姿がぶれるように消えた。
 そして今仲間を貫いた五人の首から、鮮血が噴出す。
 志貴が現れたのは、志貴が着地した位置から五人を挟んでちょうど正反対の位置。
「すまないな」
 弔いは、それだけ。
 志貴はすぐに、それだけで人が殺せそうな鋭い視線を、自分に三方から迫る三人にめぐらせた。
 志貴は、地面に立ったまま動かず、剣を構えて自分を狙う三人を確認する。
 その刃が到達するまで、僅か十分の一秒もないだろう。
 その間だけで、志貴は勝利を手にする。
 右手から迫る剣に向かって短刀を一振り。それで、綺麗に大剣が二つに切れる。そのままの動きで左手から迫る大剣を両断。
 屈んで、背後から迫る大剣を回避。頭上を過ぎる大剣の腹を切り裂く。
 本当に光が瞬くよりも早い決着。
 三つの大剣は破壊され、そしてそれを所有していた二人の少年の一人の少女の動きが、途端に遅くなる。
 そこに降り注いだ、三つの閃光。
 その三閃は正確に、彼らの心臓を貫き、彼らを殺傷した。
 志貴は崩れた三人の真ん中で、ゆっくりと立ち上がって上を見上げる。
 そこには、岩の上からこちらに黒い弓を向けた赤い弓兵の姿。
『お前だけに、辛い思いはさせないさ』
 頭の中に響く士郎の声に、志貴は苦笑を禁じえなかった。
『……格好つけるなよ』
 本当は、士郎はどんな状態であれ人、それも子供など傷つけたくすらないくせに。
 志貴はその察して余りある士郎の心情を思い、もっと早く片をつけられなかった自分が情けなくなる。
 もっと早くしていれば、士郎に余計な手間をかけさせることもなかっただろうに。
『友情もいいが、そろそろ撤退だ。管理局が到着した。逃げるぞ』
 そんな悔いの念を中断させたのは、恭平の冷静な声。
『分かった』
 念でそう返して、そして志貴は煌きを足場に、岩の上へと上っていった。
 もうこの世界に、用はない。





「なんや、これ」
 前々から魔力の異常に確認された世界に到着した時空管理局の魔導師、八神はやてが空を飛びながら呆然と呟く。
 眼下に広がるのは、荒野を覆い尽くすほどの機械の残骸。その原型すら留まらぬほど、それらは破壊しつくされていた。
 まだ煙を挙げているところを見ると、どうやら破壊されて間もないらしい。
「凄い……」
「うん」
 そのはやての隣で、二人の少女。高町なのはとフェイト・テスタロッサ・ハラオウンもまた、呆然と呟いた。
 三人とも、管理局ではそれなりに名の通った強力な魔導師ではあるが、しかそその三人をもってしても、そこに広がる光景は異常としか形容できなかった。
「魔力の残滓が……殆ど無い?」
 まるで理解できないと言わんばかりの声ではやてが言うと、なのはが小さく首を振った。
「違う……これ、吹き飛ばされてるんじゃないかな?」
 その卓越した才能が、なのはにその事実を教えていた。
 はやてとフェイトも、なのはのその言葉がきっかけでその可能性を見出した。というよりも、確信した。
「うん、そんな気がする」
「そやな、何か知らんけど、そんな感じやな」
 それを認識して、一層三人は顔から血が引いていくのを感じた。
「ランク指定したら、暫定でどれくらいかな?」
 訊いたのは、フェイトだった。
 答えようとはやてが口を開いて、しかし何も言えずに口を閉じて首を小さく振るう。
「分からん。そもそもこれが一魔導師によって行われたものかも妖しいな。もしかしたら戦艦に搭載されてるような兵器によってかもしれん」
「けど、それでも魔力は吹き飛ばないよね?」
 はやての推察は、なのはの言葉で打ち止めにされてしまう。
「新しい兵器かもしれないけど、それだと厄介だね」
「うん」
「そやな」
 フェイトは戦慄が背筋を伝うのを感じながらそう言って、二人もそれに同意する。
「管理局でも持ってない新しい種類の兵器か……こりゃ、難敵登場ってやつかね?」
 茶化すようにはやてはそう口にするが、しかし、それでも緊張が和らぐ事はなかった。
『なのはさん、フェイト、はやてちゃん』
 その緊張を、さらに強めたのは三人の目の前に突然現れた映像に移った人物、三人の上司に当たるリンディ・ハラオウンの声だった。それも、いつもなら柔らかいそれが、今は心なしか堅い。
『そこから葉なれたところで、クロノが人の死体を発見したわ。死者は十二人』
 緊張は、最早恐怖にすら近づいた。
 三人は今は小学校五年生。人の死というものを耳にして、それも仕方のないことだろう。いくら管理局の仕事をこなすようになってしばらく経つといっても、それまでは何てことはない、そこそこのロストロギア回収や見てくればかりの遺物兵器の破壊ばかりだったのだ。
『傷口から推定すると、敵は最低でも二人以上いるわ。近距離からの攻撃と遠距離からの攻撃が確認できたの』
 冷淡に言う、フェイトの義理の母でもあるリンディは恐らくは今までにも何回か、もしかしたら何十回かはこういうケースに遭遇した事があるのか、至って冷静に言う。
 だがそれもどこか怒気を孕んでいるのは、三人の気のせいではないだろう。
『どの子も年齢は、多分なのはさん達と同じくらい。女の子も何人かいるわ』
 その事実は、なのは達を動揺させるばかりだった。
 自分に近い存在が死んでいる。それは、幼い少女達には過酷な現実。
 いつもなら現場に急行しろと言うリンディも、今はそんなことは口にしない。三人のことを思い、現場を見せないという配慮をしているのだろう。
「あの……身元は?」
『不明よ』
 すぐに帰ってくる声。
 なのはは思わず肩を小さく震わせてしまった。
『……いいわ、もう戻ってきて、皆』
 暫くの沈黙の後、リンディはそう言って、念話を終了した。彼女も少女達にこんな話をすることに疲労してしまったのだろう。
 元来優しい性格のリイディだからこそ、より一層に。
 すぐに動けうるのは、三人の中には居なかった。こういう時にそれぞれを支えてくれる友人も、使い魔も、騎士達も、今は各々の任務で別々に行動している。
「帰ろう」
 ようやく口を開いたのは、なのは。
 それに無言で頷いて、三人は元来た空を戻る。
 転送地点に着くまでに、三人は身体を震えを抑えることが、出来なかった。





あとがき
ついにやっちまった、と後悔しています。
というか節操なしで御免なさいとしか言いようがありません。
酔った勢いで投稿してしまいました。ちなみにちゃんと内容書いたときは酔ってませんでしたのでご安心を。
いえ、何を安心しろという話なんですがね、
とにかく衝動的に書いて、思わずメールを起動、挨拶なんかの本文を書いてこのサイトに投稿した次第なんです。
……正直、投稿ってこんなに勇気がいるんですね。

今、自分でここまでのあとがきを読み返してみたんですが……、
つまらないと思いません? ええ、つまらなくてすみません、いや本当に。
とりあえず、勇気を出して投稿してみたんで、良かったら楽しんでみてください。
そんな衝動的に書いていて、スランプになったら承知しないぞ、という方はなるべくカルシウムを取った後に読んでいただければ幸いです。
私は貧血気味ですが、レバーが嫌いなのでほうれん草で対応(できるかどうかわからないけど)しています。
はい、最後の辺り意味が分かりません、すみません。
では、





作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板

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