ヴァンドレッド ソード&マジックス

 

 序章

 

 剣――それは様々な用途で用いられる。調理、狩猟等、人によって様々だ。そして、様々な形をした剣は戦いにも使われる。叩き切る為、突くため、携帯に優れる暗殺剣エトセトラエトセトラ。

 そして、様々な技術を身につけた剣士達は名誉のため、誇りのために戦地へと赴き、その身を呈して戦う。

 彼らの持つ剣は誇りそのものであり、決して折れないという意思の現われとされた。彼らは戦う。名誉のために、誇りのために、自らの国と戦友達のために。

 

 魔法――これもまた様々な用途に用いられる。家の火を灯し、品物を調理し、材木を切り出す等。そして、より強力になった人の魔力はやはり戦争に使われた。家を焼き、人を凍らせ、大地を薙ぎ裂く。

 そして、様々な呪文やそれを記した書物は人々の間を行き渡り、改変され、強化される。そして、それらを身につけたものは戦場でその真価を見せた。そして、彼女達は戦地へと赴いた。家族を、隣人を、友人を護るために。

 

 考えられないことだが、お互いの国に異性は存在せず、同性のみで生活を営んでいるのである。

 子のなし方も変わっている。男は、特定の二者の血をある宝珠(オーブ)に垂らす。するとオーブがその血を吸収し、両者の遺伝子を結合、変化させて組み上げ、自身を分離させるのである。そして分離した側は数分間輝きながら大きくなる。光が収まるとそこには幼子ができていると言う仕掛けだ。そのオーブは「聖体」と称されると共に、神から授けられた物と伝えれられ、神殿へと安置される。

 しかし、女の方はオーブに血を垂らすところまでは同じだが、ここから少々違う。

 分離したオーブは分解し、用意された「聖杯」と呼ばれる中に満たされた水に溶け込む。そして、母親役の「ファーマ」がそれを飲み干すことで子が宿るのである。飲んだものがどうして子宮に行き届くのかはまったく謎だが、やはりこれも「聖なる儀式」として、神殿の中でのみ行われていた。

 

 そんな神聖な場所の近くを歩いている少年がいる。手にはトレイを持ち、茶色い物が山盛りにされていた。

 男の国「タラーク」で唯一生産され食べられている食料のペレットである。

 彼のほかにも多くの男が、汚れた姿でそこら中に座り込み、ペレットを食べながら談笑している。

 彼らは全て鍛冶屋だった。タラークの栄誉ある兵士のために剣や鎧を作るのである。いつもは暗い地下に閉じこもり、火を目の前にして槌を振るっている人々だ。今は休憩時間だった。

 少年は他の男達よりやや離れたところに座り、神殿の壁にもたれる。

 すると、それを見計らったように一人の男が剣を片手に立ち上がった。

「おい!皆聞いてくれ!!」

 その周辺全てに届くような大声で呼びかける。少年以外のほぼ全員が彼を注目する。

「これは何だと思う!」

 と、持っている装飾も無く、刃も無い形にしただけの剣を掲げる。

「おい!勘弁してくれ!」

「俺たちは日がな一日そいつを見てんだぞ!今更どうしたってんだ!」

「……そう、コイツは俺たちが毎日叩いては剣士様たちのために作っている剣の原型だ!」

 何が言いたいのか当たり前のことを言った。

「だが、剣士様が使ってるのは剣だけじゃない。鎧もあれば盾もある!それをどこで作っていると思う!」

 剣と鎧、盾はまったく部署が違う場所で作られている。そして、お互いに作っている完成品を見たことも無い。完成品はまとめて剣士のいる駐屯地に鎧と共に送られてしまうからだ。もしくは倉庫に。

「それが、どうした?」

「言いたいことは何だよ?」

「よく聞いてくれた!なんと俺達の中にこの装備一式を持ってこようという豪傑が現れた!!」

 周囲がざわつく。何しろ装備は全て馬車に載せられたり、倉庫に保管されたりしてまったく違う場所に行くのである。しかも、彼らは鍛冶場以外への出入りを禁じられており、もし違反した場合公開処刑という重罪が待っている。

「誰だ!?そんな、命知らずなことを言うやつは!」

「頭どうかしてんじゃねぇのか!?」

「では、紹介しよう。その豪傑は、そこのヒビキ・トカイよ!」

 言って剣でビシッと少年を指した。

 指された少年は食べるのをやめ、ゆっくり顔を上げた。

「お前言ってたよな。俺は皆とは違う、誰よりの強い騎士になるとかよ!」

 騎士とは、剣士の中でも特に剣技に優れ、数々の武勲を挙げた者たちの中からごく数名が選ばれる特別な階級のことだ。彼らは主に幹部に属し、大隊規模の指揮を任されている。それほどに強く、信頼の厚い存在でなくてはならないのである。

「はぁ!?ふざけんじゃねぇぞ!お前」

「てめぇなんかが騎士になれるわけねぇだろうが!」

「それ以前に剣士にだってなれるわけがねぇ」

 数々の罵倒が飛び交う中、ついにヒビキがペレットを蹴飛ばして立ち上がった。

「なる!!誰よりも強い騎士になってやるんだ!」

「だったら、それだけの度胸ってやつを見せてみな!

 持ってくるんだろうな、剣士の装備一式をよ!」

 言って男は原型をヒビキの前に放り出した。

 ガンッ!

 ヒビキが原型のつばに近い部分を弾くように踏んだ。すると、原型が反動で宙に浮く。器用に掴むと地面に突き立てた。

「おう!!やってやんぜ!」

 

 

「……と、勢いつけたはいいんだがな」

 ヒビキは装備の運び込まれている荷馬車の保管庫までたどり着いていた。持ち前の敏捷さと鍛冶で身につけた腕力とで壁を乗り越え、気づかれないようにここまでやって来たのだが、さすがに保管庫の前は警戒が厳重だった。木造の巨大な倉庫で、ここには約千着の装備が保管されており出陣を待っている状態。と聞いている。情報を流した男がヒビキの成功に賭けているかどうかだが。

「さて、どうやって中に潜り込むか……」

 見張りが常にあたりを巡回しておりうかつに飛び込むのは死を意味する。あれこれ考えているううちに、意外なことが起こった。

 別の場所から来た兵士が見張りに何事か話しかけ連れて行ってしまったのである。

「お?こいつは、ツイてるぜ」

 ヒビキは素早く倉庫に取り付くと、あたりを警戒しつつ倉庫内に入った。

 

 倉庫内に入ったヒビキ。数十台の荷馬車のうち一台によじ登り深夜を待って持ち出そうと考えた彼だが、致命的なことにそのまま眠り込んでしまった。さらに、先ほど離れていった兵士が今度は馬を連れて戻ってきたのである。そして、倉庫を開放すると荷馬車に馬をつなぎ、十数台を引っ張ってどこかへと運び出す。そしてその中に、ヒビキの乗った馬車も含まれていた。

 

 

「全員!無礼講!!」

 深夜の前線基地「イカヅチ」では、今宵新たに訓練を終えた剣士達が明日初陣を迎えるに当たり、祝宴を開いている途中だった。最初のおえらい騎士様方の説教が済み、ようやく気が楽になったところだった。

 イカヅチはメジェール侵攻作戦の中でも重要な位置を占めており、余計に人手を割かれている場所でもある。東に森がある以外はほとんど草原といった趣の地形だ。

 さらに今日は新兵の出陣の日と言うこともあり、式典のために本国から貴重な宝剣が持ち込まれていた。一見装飾が派手な剣と言うだけだが、そのつばにはめ込まれた深緑の宝玉は神秘的な光を発し、これを手にするものは歴史を変えるとも言われている。この剣の派生は、タラーク国が生まれた当時に持ち込まれたという説や、かつて神が降臨し当時の支配者に権力の証として与えられたものであるとも言われている。その剣は今、広場の中央に安置された銅像の手に持たされていた。その像はこの地を治める王グラン・パを模した物であった。

「お前は諜報部を志願したんだってなぁ。何でまたそんな酔狂な場所を?」

「決まってるだろ。隙あらば奴らのねぐらの一つでも吹き飛ばせればと思ってよ」

「ははは……、確かにアソコはそういう部署だったな」

 剣士達が語り合う中、彼はイキナリ声をかけた。

「やぁやぁ皆さん、楽しんでますかぁ?」

 軽い口調で話しかけたのは、胸元に紋章を刻み込んだ鎧を来た身なりのいい男だった。その手には並べられたペレットとは色の違うペレットがあった。

「どうですこれ。そこいらのペレットとは違って数種類の薬草を調合した、“滋養強壮丸”て言うものなんけどね……」

「あー、わりぃな。今腹いっぱいなんだわ」

 断ると、その男は「あ、そう?」と言い残し、また別の通りすがりの人にそのペレットを勧める。

「何だよアレ」

「ガルサス農園の3代目。俺達の胃袋はアイツに支えられてるようなもんだ」

「け、成り上がり野郎か」

「くそ、雰囲気ぶち壊しじゃねぇか」

 そんな彼らと少し離れた場所で酒を飲む男がいた。彼らの中には珍しい長髪で、鎧も軽装鎧を身につけている。付近の男がいろいろ話しかけるが我関せずと言った顔でちびちび杯をあおっている。彼の名はドゥエロ・マクファイル。衛生部隊を志願した変り種である。しかも、その剣術から身体能力にいたるまで、誰よりも抜きん出ているにも拘らずである。

 

 その頃、

「ふあ〜〜〜、よく寝たぜ」

 ヒビキはのん気にあくびを上げて、体を起こした。

「さて……、そろそろ夜になったかな?」

 かぶっていた布を押しのけ、幌をかぶった荷馬車から降りる。

「え……」

 かくしてヒビキの目に入ってきたのは、いくつ物かがり火と剣士達、そして、

「き、貴様!どうやってもぐりこんだ!!」

 見張りの兵士の視線だった。

 

 オオ……!

 突如、宴会場の一角から怒声が上がる。

「貴様ーー!待ちやがれ!!」

「捕らえろ!!捕らえるんだ!!」

「くそーっ!どうなってやがんだ!」

 ヒビキは慌ててよけていく剣士達の間を抜けて広場の銅像へと向かって走る。そして、あろう事か銅像に上ってしまったのである。

「貴様、降りて来い!」

「恐れ多くもグラン・パ様の銅像に!」

 さすがに崇めているグラン・パの像に上るわけにも行かず彼らは下から怒鳴る。

「誰が、降りるか!」

 ヒビキは怒鳴っておいてから顔を上げた。そして、その目に宝剣が映る。

「ん……?」

 かがり火の炎を映して深緑の宝玉が怪しく光る。引き込まれるような錯覚を覚えるヒビキの耳に聞き捨てならない声が入ってきた。

「がんばれー、チビー!!」

「!! 誰だ、今チビって言ったやつは!!」

 「チビ」の一言に反応してヒビキは銅像から飛び降りる。もちろんそれを逃さずに衛兵は彼を取り押さえ、後頭部への一撃とともに彼の作戦は幕を閉じた。

 

 その様子を遠眼鏡(単眼鏡?中世で使われていた伸縮させてピントを合わせるもの)で見ていた者が一人いた。その者はざっと基地内の様子を見回すとすぐにその場を離れる。

 十数秒で仲間の元へと走り戻ると、基地内の様子をその者の頭と思われる者へ報告した。

「お頭、大物がかかったようですね」

 脇に立つ副官がござに腰を下ろす頭に対して言った。

「あたりまえさぁね」

 頭が顔を上げた。かなり年齢を重ねているが、その双眼は強い意志を宿している。

「なんたって、今日は星がよく見えてるからねぇ」

「よし、全隊突撃準備。派手に行くぞ」

「はっ!」

 かしずく部下、副官や幹部、そして頭とその全員が女であった。

 

 

「くそーっ!一思いに殺したらどうだ!!」

 幹の太い気に縛られるというなんとも恥ずかしい格好でヒビキは兵士に怒鳴った。

「貴様は公開処刑と決まった。せいぜい今のうちに気の持ちようを考えておくんだな」

「まったく、余計な考えを起こさなければこうならなかったかも知れねぇのによ」

 皮肉の笑みさえ浮かべて、兵士達はその場を立ち去る。

「くそーーーーっ!!」

 大声で叫んだところで、ここは荷馬車の陰。それに、宴会場では音楽も流れ出した。ヒビキの声はさすがに大衆の喧騒に溶かされてしまう。

「ちきしょう……」

 段々と語気が弱まり、荒い息だけがその場の音を支配する。

 ヒビキは自分の行いを振り返っていた。

 仲間からの挑発に乗ってしまった自分。浴びせられた罵倒や侮辱。その一言一言が彼の精神を蝕み、気力を奪っていく。

「調子に乗るんじゃねぇぞ!」

「テメェなんかが騎士になれるはずねぇだろうが!」

「俺たちゃ一生鍛冶生活なんだよ。余計な夢見てると命縮めるぜ。」

「くっ……」

 ヒビキが奥歯をかみ締める。

「俺は……ここでおわっちまうのか?」

 天を仰ぎ、そうつぶやいた。

 その頃、総隊長はというと。

「おのれ、あの坊主のおかげでせっかくの式典に水をさされたわ」

「総隊長、明日の予定はいかがなされますか?」

 横に従えている副官がおずおずと聞く。

「変更は無い。予定通り、山岳地帯へと進攻する。“村正”の到着はまだなのか?」

「はっ、何かと重いシロモノなので、後四半時は掛かるかと」

「村正さえ到着すれば、女どもの妖術など軽く吹き飛ばせるのだ。急がせよと使者を出せ」

「は、御意に」

 部下に指示を出し、窓のほうを振り仰いだその時、総隊長は信じられないものを目にした。

 

 それは無数の赤い光。森から無数に飛び出して天へと上っていく。まるで花火が打ち上げられたかのような幻想的な光景。

 しかし、……花火は花火でも地上で爆発する花火はいやなもの。そして、その例に漏れることなく、その光は放物線を描き落下してくる。

 ドゴガァァァ!!

 落下、そして大爆発。一気に基地内はパニックになった。

「奇襲だーー!!」

「女どもの奇襲だーー!!」

「逃げろーー!!」

「逃げるな!戦えー!」

 次々と落下し、大爆発を起こす火球。無差別に攻撃しているようで実は掘っ立て小屋や、荷馬車など物資を中心に焼かれている。そして、

 オオオーー!!

 時の声とともに森から一気に人が飛び出してきた。手に手に様々な剣を持ち、手近な男達に斬りかかって行く。

「雷よ!」

「唸れ!風よ!!」

「炎よ、焼き払え!!」

 様々な呪文が彼女たちの口から解き放たれ、風が、炎が、雷が、氷が男達に容赦なく襲い掛かる。

 コレに対し男達は剣、もしくは弓のみという圧倒的不利な状況に置かれた。「男は魔法を使えない」という決定的な弱みに付け込まれた奇襲だ。

「だめです!完全に分断されました!」

「マボロシ隊との連絡が取れません!すでにやられたものと」

 小屋の外に飛び出していた総隊長は途切れ途切れに届く報告を上の空で聞いていた。

「こんな、こんな馬鹿なことが……」

「総隊長!」

「総隊長!ご決断を!!」

 無論普通ならこんな状態で反撃を命じる馬鹿などいはしない。総隊長は苦渋に満ちた表情で叫んだ。

「撤退だ!!撤退させろ!!」

『はっ!』

「総隊長もお早く!」

「くっ……!」

 

 

「何だ!?何の騒ぎだ!」

 いきなり馬車の向こうで爆発が起こった。さらに断続的に爆発が起こり、時の声が聞こえてくる。

「まさか……戦いか?」

 その時、

 ゴガァァ!!

「!!」

 いきなり目の前の馬車が大爆発を起こした。武器を満載した荷馬車がである。

「うわぁぁぁ!!」

 ドスドスドス……!

 剣が、槍が散乱してヒビキの周囲に突き刺さる。

「は、はは……俺って悪運強……」

 縛られつつも器用に体をひねったすぐ近くに刃かきらめいて見える。さらに、

「ん?あ、切れてやがる!」

 極限まで運が強いのか、ヒビキを縛っていた紐が刺さった短剣に切り裂かれていた。

 両手のヒモを解き、広場へと躍り出るヒビキ。すでに戦場は他へ移ったのか、広場は死体以外はまったく人の気配が無い。

「くそ、完全な奇襲じゃねぇか!」

 ヒビキは広場を走った。とにかく安全な場所への移動が先決だ。

 そして、倒れた銅像の横を走りぬけようとしたとき、

 ごちんっ!

『うあっ!!?』

 何かに激突して反動で倒れるヒビキ。

「いってぇぇぇぇぇ!!」

 派手におでこをぶつけたらしく、頭を抑える。

「テメェどこみて……、!?」

 ぶつかった相手を見たヒビキは途中で言葉が凍った。

「いたたた……」

 ぶつかった相手。それは人の顔ではなかった。まぁ、正確には覆面である。黒覆面で中世の義賊に似た感じである。背中には大剣を担ぎ、体は軽装鎧で覆っているが、前衛に立って戦うような感じの女ではない。腕の細さからして大剣を振り回せるのかという疑問がヒビキの脳裏に浮かんでくる。

 そして、その女と目があった。

「うっわぁぁぁ!!ホントに男の人だぁぁぁ!!」

 いきなり立ち上がると覆面を取り、世にも珍しいものを見る目でヒビキに近づく。

「あたしディータ・リーベライ!ね、言葉わかる?」

「あ、う、え……」

 いきなりのハイテンションに完全に自分の気を乱されたヒビキは後ずさる。その足が、何かに触れた。

 それは、銅像の手に持たされていた宝剣だった。銅像が倒れて零れ落ちたらしい。

 ヒビキはディータに注意しながら剣をまたぎ、剣の柄に近い部分を弾く様に踏みつけた。

 ッキィィィン!

 跳ね上がった剣はヒビキがキャッチし、一直線にディータに構える。これに反応してディータも剣を抜くのかと思いきや、

「うっわー、スゴーイ!剣士さん、スゴーイ!」

「……あぁ?」

 どうやら剣を蹴り上げたことに対して感心されている様だが、

「ねぇねぇ、それってどうやるの?もっかいやって!」

 刃物を目の前にして臆するどころか自分のテンションをさらに上げるつわもの。さすがについていけない。

「は、はは……さいなら!」

 ヒビキは構えをとき、踵を返す。

「あ、待ってよ!剣士さーん!!」

 それを追うディータ。しかし、二人は気づいていない。ヒビキの持っている剣、それがうっすらと光を放っていることに。

 

 

 落ち延びた、総隊長と数個の小隊はだいぶ後方へと退却を余儀なくされた。すでにほとんどの兵が傷つき、まともに戦える状態ではない。

「おのれ、女どもめ!夜襲とは卑怯な真似を」

「恐れながら、奴らは山賊ではないかと思われます」

 副官が言った。

「何?」

「あの女ども、剣を所持していました。女が剣を所持しないのは調査で分かっている事。女が剣を所持しているのは山賊団だけでございます。

 なんとなれば物資を渡し、和議を申しいれれば……」

「報告します!」

 副官の発言の途中で、兵士の一人がやってきて言った。

「何だ?」

「“村正”輸送部隊。ただいま到着いたしました」

「“村正”が来たのか!」

 総隊長の目が光った。

 

 

「馬鹿な真似はするな!下手に動けば焼き捨てる!」

 彼女達の数人は逃げ遅れた男達を集めていた。さらに十数人が物資の運び出しをしている。

「あつつ……、ちょっとパイ。もっと慎重にやってよ」

「無理言わないでよ。こんな不衛生な場所で」

 どうやら衛生兵らしい少女が一人の女剣士の腕を治療している。彼女が手をかざし、呪文を口ずさむと腕の傷が少しずつ消えていくのである。しかし、女側もけが人が大量にいる。それを見て捕虜組みの一人、ドゥエロが立ち上がった。彼は、退却命令の聞こえてこない基地の外れの方にいたために逃げるのが遅れて捕まっていた。

「貴様、座っていろ!」

 すかさず兵士が声をかけるが、

「心配ない。私は衛生兵だ。」

「……何?」

「患者を診たいだけだよ」

 そして、別の場所では、

「まったく、大物って聞くから期待してきたのに。ガラクタばかりじゃない」

 言って、手に持った兜を投げ捨てたのはドの上に「超」を付けてもいいぐらいの派手なローブに身を包み、赤い宝玉の付いた杖を持つ魔道士姿の女性。名をジュラ・ベーシル・エルデンという。

 そしてそんな不機嫌な彼女に声をかける兵が一人、

「ディータはどこだ?」

 メイア・ギズボーン。戦闘部隊リーダー。白銀軽装鎧に身を包み、得物はバトルロングソード(ブロードソード類。刀身の肉厚があるため、斬るだけでなく打撃兵器としても使用可能。全長100cm。刀身81cm)。

タラーク、メジェール双方から「白銀の悪魔」と呼ばれ恐れられている。

「知らないわよ。真っ先に突っ込んでってそれっきりよ。

 だから、新人連れてくるのは反対だったのよ」

「探しに行くぞ。」

「ほんとにもう……」

 

 

「設置急げーー!!」

「魔法玉の用意はまだか!」

 退却したタラーク軍内には今やたらと巨大な砲台が据えられようとしていた。

「総隊長!本気でありますか!?」

 さすがに副官も声を荒げる。総隊長が“村正”でイカヅチ基地ごと山賊達を吹き飛ばそうというのだから。

「本気だが?」

「奴らは山賊です!物資を奪えば退却するでしょう!何も吹き飛ばすことは」

 しかし、総隊長は副官の襟首をつかんで、引き寄せ言った。

「貴様。奴らは何だ?」

「は……、山賊……であります」

「違う!山賊である前に女なのだよ!肩書きが何であれ、彼奴らは我々の敵なのだ!

 それを吹き飛ばして何が悪いというのかね」

 突き放される副官。

「し、……しかし、捕虜達は……」

「“村正”はまだか!」

 もはや、総隊長には吹き飛ばすこと以外頭になかった。

 

 

 メイアとジュラがディータを探し始めて数分後、ヒビキを追いかけるディータを発見。

「ディータ!?」

「見た?男追いかけてたよ」

「行くぞ!」

 一方ヒビキのほうはいい加減に疲れが見え始める。

「くそ、ついてくんじゃねぇよ!」

「どうしてー?ディータはピースフルレースなのよー!」

「言ってる事がわかんねぇ〜!」

「ディーター!!」

 いきなり左から声が掛かった。ヒビキが振り向くとそこにはこちらに駆けてくる人影二人。しかも一人はかなりの足の早さだ。

 メイアは腰からスローイングダガーを引き抜くと振りかぶってヒビキに投げる。弾丸もかくやという速度で飛ぶダガー……。

「!!?」

 ヒビキが気が付いたときにはすでにダガーは目の前のあった。その時、

 ブゥン……

「――!?」

 剣が、ヒビキの意思と関係なく剣が跳ね上がり、ダガーを叩き落した。跳ね上がった余力でヒビキの体は回転し、360度回転して何事も無かったかのように走り続ける。

『なっ!!?』

 思わずディータとジュラの足が止まる。そこにメイアが飛びついた。

「ディータ!引き上げるぞ!」

「あ、……うん」

 唖然とした表情で走り去る姿を見つめるディータ。もちろん、引き上げるために走り始めたメイアもまた、内心ありえないと思っていた。何しろ、暗闇で小さなダガーを剣一本で叩き落とす、というのがどれほどのスキルがいるかをよく知っているからだ。

 

 

「“村正”、充填完了しました!」

「角度修正、右10度!仰角30度!」

「方位よし!!」

「発射準備完了!」

 その声と同時に総隊長は剣をまっすぐ基地に向けて叫んだ。

「よーし、撃てーー!!」

 次の瞬間、轟音が響き渡った。砲身から赤い火の玉が飛び出し、まっすぐ基地に向かっていく。

 

 

「……砲弾だーー!!」

 誰かが叫んだ。メイア達がその方向に目をやると、大きな火の玉がまっすぐこちらにやって来る。

「急げ!」

 すでにほとんどの仲間が撤退し終わっている。彼女達は最後尾だ。

「間に合わないわよ!」

「ひぃーーん!!」

 砲弾が迫る。さすがにメイアが覚悟を決めた時、

「猛る炎よ、吹きすさぶ風よ。我等が元に集いて我等を守れ!」

 ジュラが呪文とともに魔法を発動する。

 そして、

 ゴア……ッ!!

 熱風と強烈な衝撃波が彼女達を襲う。

 衝撃波に吹き飛ばされる、小屋、荷馬車、物資の数々。その砲弾は当たり全てを吹っ飛ばした。

 

「着弾しました!」

 歓声が上がるタラーク軍。しかし、総隊長は、

「第二射用意!!右20度修正!」

「は、……し、しかしあれだけ吹き飛べば」

「二度は言わんぞ」

「は、はっ!第二射用意―!」

「……完膚なきまでに叩き潰すのだ。完膚なきまでな……」

 何が彼をそうさせるのか、彼の目はかなり血走っていた。

 

 煙がくすぶる基地内で、何かが身を起こす。

「う、ぐ……ケホ、ケホ」

 メイアだ。さすがに吹き飛ばされたときにダメージが残っているのかふらつく。

 そのすぐ横でジュラも身を起こす。こちらもかなりひどい有様だ。

「間一髪……、間に合ったわね」

 直前にかけた防御魔法が効果を発揮したらしい。さすがに衝撃波までは防御しきれなかったが。

「連中はしつこい。……また来る前に逃げるんだ。

 ディータは?……ディータ!」

「メイア!あそこ!」

 ジュラが指す先。そこには吹き飛んだ小屋の柱に潰される様に横たわるディータの姿が。

「ディータ!!」

 駆け寄る二人。近づいてみれば、柱はディータの足を潰してしまっている。

「ディータ!大丈夫か!?」

 反応が無い。しかし、死んでいるわけでもない。どうやらショックで気絶しているらしい。

「柱を!」

「OK!」

 ジュラが杖をかざし、呪文を滑らせる。杖が輝き、柱が微妙に動いた。だが柱はかなり重い。

「おもい……!」

 メイアも手を貸して持ち上げるが、どうしても引き出すためにもう一人いる。

「くそっ!時間がないのに……!」

「いっそ、木を、吹き飛ばしたら?」

「馬鹿を言うな。ディータを巻き込む。特にジュラのは」

「失礼ね……」

 派手好きのジュラは派手・極大な呪文しか知らないという、魔道士としてどうなんだ的な欠点があった。この物を持ち上げるというのは生活内での基本魔法なので知っているに過ぎない。

「どうする……どうすればいい」

 その時、遠くで鈍い音がした。

 ハッとしてかなたを見上げれば、またあの砲弾が飛んでくる。

「まずい!」

「メイア、早く!」

「しかし……!」

 ガッ!

 いきなり、木の反対側に人が現れて剣をてこ代わりに木と地面の間に突っ込んだ。

「! お、お前は!」

「あんた……!」

 二人が目にしたのはあのまま逃げたはずのヒビキだった。

「何ボケッとしてんだ!!俺が持ち上げるから引っ張り出せ!」

「……無茶をするな!剣が折れる!!」

「知ったことかよ!」

 ヒビキは力の限り剣に体重をかける。そして、柱は浮き上がった。

 メイアがすばやくディータを引っ張り出す。

「逃げろ!!」

「言われなくとも!」

 ディータを担ぎ、走り出す3人。しかし、逃げるにはもはや時間はなかった。

 

「お頭!メイア達が!」

 森の中でマグノ達は事の成り行きを見守っていた。出ていこうにももはやどうしようもない。

「当たるも八卦、当たらぬも八卦……」

 祈るようにマグノはそういった。

 

 砲弾がすぐそこまで近づく。ジュラが呪文を唱えようとするが、息が上がって声がまとまらない。

「くそっ……!」

 メイアもディータを背負っている分速度が落ちている。

「こんなところで……」

 ジュラがうめいた。

 逆に、ヒビキはなぜか心が落ち着いていた。どうして敵である女を助けたか。ただ放っておけなかったという理由だろうか。もはやどうでもいい。死を目の前にして。だが、

「こんな所で、こんなところで、終わってたまるかよぉぉぉ!!」

 剣が輝く。直後に砲弾が至近距離に着弾した。

 

『!!!??』

 基地が、まるごと光に包まれた。その光は森にまで達し、待機していたマグノ達までもその中に取り込んだ。

 

 

 

 

 消え行く意識の中で……

 

 

 彼は声を聞いた気がした。

 

 

『あなたを主と認めましょう。

 

 命ある限り、……私はあなたを……あなたの友を守りましょう』

 

 

 ほんの一瞬見えたその顔は……、

 

 

 輝く無垢な少女だった。

 

 

 

 

 

 ヴァンドレッド ソード&マジックス<序章> END

 

 

 

2003/03/12

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