イルドです。

 空から白い雪がちらほらと舞い、あぁもう今年も残りわずかですねぇなどと思う今日この頃、皆さんいかがお過ごしでしょうか?

 僕ら第十三技術部はというと、まぁ相変わらず隔離施設でナンバーズの皆さんの更正プログラムをお手伝いしています。

 正直な話、チンクさんとディエチさんに関しては“更正プログラム必要ないんじゃない?”などと義兄さんたちと話す事もしばしば。

 あ、新しいレスキューデバイスの開発も順調ですよ?

 ちょっと趣味に走り始めたんで大変な気もしますが、まぁ何とかなりますよ、多分。

 ………ん、向こうで義兄さんが時計を指して何か言ってますね……あ、時間。

 えー今日のお話は。

・咲希、胸を揉まれる。
・エンス、上洛する。
・イルド、下克上。

 の三本をお送りします。

 すみません嘘です。

 てゆーか、僕がシャマルさんに告白した日から随分経ってますが。

 まだ。

 返事を。

 もらって。

 いませんよ。




◆Three Arrow of Gold −After Story−◆

 ▼『イルドがテンションを取り戻すまで』▼




 海上隔離施設。

 昼休みの時間を迎えた面会室兼講習室に異様な空気が漂っていた。

 チンク達の視線が集まる先。

 白衣を着た、眼帯の青年がいる。

 部屋の隅、壁へと身体を向けて小さく体育座りをしたイルドがそこにいた。

「………上」

 ノートPCを弄りながらときたまか細い声で呟くイルドのその後ろ姿に、セインが何か可哀想なものを見るような目をノーヴェとウェンディに向けて言う。

「二人があんなこと言うから…」

 セインの言葉に、チンク・ディエチ・オットー・ディード・アギトの五人が黙って頷いて同意を示す。ちなみにセッテとルーテシアは意味を理解していないらしく、沈黙。

 姉妹のその反応に、ノーヴェとウェンディが思わず後ずさり。

「うぇ、だって言っちゃったもんはしょうがないッスよ!? そう思うッスよね、ノーヴェ!?」

「あぁ!? んなイキナリ話振るんじゃねぇよ!?」

「ノーヴェ、酷いッスよ! あたしを置いて逃げるつもりッスね!?」

「うるせぇよウェンディ! もとはといえばお前があんなこと言うから!」

「あぁー! そう言うノーヴェだって!」

 慌てふためく赤毛の妹たちの様子にチンクはため息をついて、先ほど起きた出来事を思い返した。


 ◆◆◆◆◆◆


 数十分前。

 更正プログラムの講師を務めるギンガ・ナカジマが午前の授業の終わりを告げ、ウェンディを先頭にして姉妹達は食堂へと向かった。

 姉妹揃って食堂に着くと。

「お前達これから昼か?」

「みなさんお疲れ様です」

「水を持ってくる、イルド手伝え」

 一足先に昼食を終えていたエンスたち第十三技術部の面々がいたので、チンクたちは注文を済ましてから彼らと同じテーブルについた。

 このとき同じ席に着かなければこんな面倒な事は起きなかったのであったが、その時のチンクたちにそれが予想できるわけもなかった。

「へー、イルドってシャマルさんに告白してたんだ」

「はははは、まだ返事はもらってませんけど」

 セインの言葉に苦笑しながらそう返したイルドに、オットーの声が続く。

「で、告白したのはいつ?」

 その問いにイルドは天井を見上げて黙考。

 するとエンスが静かに答えた。

「十一月のはじめだな」

 エンスの言葉に一同、沈黙。


−いま、十二月だよ? もしかして一ヶ月以上返事なし?−


 微妙に気まずい空気が漂うなか、ウェンディの明るい声が響いた。

「イル兄、振られたんじゃないッスか?」


−鬼か、ウェンディ!−


 チンクたちが心のなかでウェンディに突っ込みを入れた瞬間、今度はノーヴェがつまらなさそうにイルドを一瞥してから、呟く。

「お前、貧弱そうだからな」


−お前もか、ノーヴェ!−


 イルドに対して容赦無い会話が続くなか、心のなかでチンクたちは“二人とも少し黙れ!”と叫ぶが赤毛コンビはそれに気づかずさらに会話を続行。

 ついでチンクたちはイルドの身体が徐々に小さくなっていくような錯覚に襲われた。

 そして。

「イル兄、やっぱ駄目じゃないッスか?」

「お前とあの金髪ねーちゃんじゃ無理だろ」

 赤毛コンビのトドメの一撃。

 直後。

「やっぱり僕みたいな地味なのじゃ金髪美人なシャマルさんと釣り合い取れませんよねぇーーーーーーーーー!」

 両手で顔を伏せたイルドは、全速力でその場から逃げ出した。


 ◆◆◆◆◆◆


「…………今日の午後のプログラム、イルドさんが担当ですから二人とも謝って立ち直らせてください」

 ギンガの言葉にセインたちが頷き、ノーヴェとウェンディが気まずそうに顔を見合わせる。

「あー…ウェンディ…」

「んー…行ってくるッス…」

 しぶしぶウェンディとノーヴェが、部屋の隅で体育座りをしているイルドへと向かい、チンクたちが見守るなか赤毛コンビがイルドに頭を下げて何やら言っている。

 そして、何度か言葉を交わした直後。

 イルドが勢いよく倒れ、また顔を両手で伏せて今度はシクシクと泣き始めた。

「二人ともなに言ったぁ!?」

 慌てて戻ってきた二人にセインが突っ込むと、赤毛コンビは言いにくそうに答えた。

「……んと、女は他にもいるって言った」

「……新しい恋を見つけるッスって言ったッス」

「「おバカぁ!」」 

 イルドのシクシクという鳴き声が漂うなか、チンクとセインの声が響く。

 そこで。

「エンスは何も言わないのですか?」

 高みの見物を決め込んでいたエンスと咲希へ向けてセッテが問いかけると、イルドの義兄は瞳を弓のようにしならせて微かに笑み。

「我はしばらくお前たちのやりよう見せてもらう」

「そうだな、これも対人関係の授業と思え」

 エンスに続いて咲希もそう告げて、我関せずという風に一歩下がる。

 二人のその対応にディードが挙手。

「授業という事はポイントでも貰えるのですか?」

「ふむ、そうだな。イルドを立ち直らせる事が出来た奴には一週間“不死屋”のケーキを食後のデザートに付けてやる。ちなみにウェンディとノーヴェはすでにアウトな」

「乗ったぁーーーー!」

 咲希の賞品提案に、右の握り拳を挙げたセインが勢いよくジャンプした。


 ◆◆◆◆◆◆


 セインの場合。

「大丈夫、イルドみたいな地味なのが好きな人どこかにいるって!」

「何処かって何処にぃーーーーーー!?」


 ディードの場合。

「眼帯好きな人もたぶんいますよ」

「眼帯にしか価値のない僕ーーーーー!」


 セッテの場合。

「白衣好きな人もいるらしいです」

「中身(僕)はいらないんですかぁーーー!」


 オットーの場合。

「そんなんだから主人公に見えないって言われるんだよ」

「ですよねぇーーーーーーーーーーーー!」


 ◆◆◆◆◆◆


 部屋の隅で陸に揚げられたマグロのようにぐったりと横たわったイルドは目の幅涙を流しながら、再びノートPCをいじり始めた。

 何とも言えないイルドの後ろ姿に、さすがにアギトが同情する。

「励ますどころか、全員でトドメを刺しに行っただけじゃねーか」

「……イルド死んだ?」

「まだ死んでません!」

「ギンガのほうが酷いな」

 咲希の呟きを一同無視するなか、ルーテシアがイルドへと向けて一歩を踏み出した。

「ん、今度はお嬢か」

「頑張る」

 親指を立てた右手をエンスに向けたルーテシアに続いて、アギトも寄り添うようにして続く。

「……ルルールルールールールールーー……by仮面○イダースー○ー1」

「イルド呼んでる?」

「いや違うって、あれはたんに歌を口ずさんでるだけだ」

 横たわったままの体勢でいまだノートPCを弄っているイルドの背に、ルーテシアが先ほどから抱いていた疑問の言葉をかける。

「イルド、さっきから何やってるの?」

 ルーテシアの問いに対してイルドは振り向きもせず液晶画面へと答える。


「十八禁ゲームです」


 直後。

「子どもになんてことを言うんですかぁーーー!」

 リボルバーナックルを装備したギンガの拳が、イルドを撃ち放った。

「……ところでお聞きしたいことがあるのですが」

 ギンガの一撃によって沈黙したイルドを一度見やってから挙手したディードに、エンスが頷き、沈黙をもって続きを促す。

「イルド兄様は今まで特定の女性とお付き合いした事はないのですか?」

「ふむ、実に良い質問だ。ディードに意味も無くポイント三点プラス」

 エンスの言葉に咲希は懐から手帳を取り出して何かを書き込み、エンスはそれを見もせずに説明を始める。

「確かに我が義弟イルドはいまだ特定の女性と深く付き合った経験はない。今年で十八になったというのに誠に残念なことだ」

 一同、黙ってまだ横たわっているイルドを見やり、再び視線をエンスへと戻す。

「しかし、義弟イルドの名誉のために言っておくが、女に興味がないわけでもない。その手の本やゲームなど隠し持っているし、むしろ技術部などの女性職員からはけっこうな人気を得ていたのだ」

 エンスのその言葉に再び一同は絶賛気絶中のイルドを見やってから、疑いの声を上げた。

「「「「「「嘘だ!」」」」」」

「いやいや、嘘ではないぞ。義弟はあの性格だからな、わりと受けはよい。しかし…」

 右手を挙げて一同の驚きを制したエンスは、しかし、そこで一度ため息をついてから無念に彩られた声で話しを再開した。

「しかし、あやつのその性格故にそれ以上の関係に進展せずに“良い同僚”という程度の扱いしか受けておらなんだ」

「あぁ、このままだとおそらく“機動戦士ガンダム◇◇”に出ている“カタ○リ”とかいう技術者のようになるんじゃないかと俺も心配だ」

「よし、その“◇”で伏せ字にした部分“○”にするなよ。伏せ字だけど伏せ字にならないからな」

「あぁ、気をつけよう。しかし、あれだ。イルドは“カ○ギリ”と同類の気がしてならなくてな、惚れた女に裏切られたと思い込んで敵に回るタイプだと思うぞ。しかもあいつの場合さらに悪ノリして仮面を付けたりするぞ多分」

「だがな咲希。それは別次元のイルドの話しだ」

 どうでもいいことを注意するエンスに、今度はディエチが挙手。

「はい質問。私、そのシャマルって人のこと詳しく知らないけどどんな人?」

 ディエチの問いに、エンスと咲希は顔を見合わせて逡巡。一拍の間を置いて二人は首をかしげながら答える。

「……確か“A’s”初登場だと高町一等空尉のリンカーコアをいきなりぶちまけたよな」

「……他にもサングラスにコートとか言うあまりにもあまりな変装で幼女たちを見張っていたな」

「……それと僕、アニメ本編だと廃棄都市で縛られた」

 咲希・エンスに続いて告げられたオットーの答えに、思わず一同の身体が後ずさる。だが、それに構わずエンスは指折りながら印象を述べた。

「残る外見的印象は…金髪・若奥様・年増・白衣・料理ベタ・秘密の保健室〜以下略」

「え、なに、それ? どーいう人? てゆーか気になる単語があるんだけど?」

 セインのもっともな反応に、エンスと咲希は声を揃えて返す。


「「どっちにしろ出番が少ないから微妙だ」」


 二人のその言葉に対し、耳を両手でふさいだギンガは我関せずという風に沈黙を守り、チンクたちは首をさらにかしげるなか、一通り聞いた情報をまとめたセッテはこう締めくくった。

「すなわちマニアックな人だという事ですね」

 親指を立てた右手を掲げて見せたエンスは、さらに補足。

「あぁ、その通りだ。そしてイルドも酔狂な奴で、ギャルゲーだと一回目のプレイで四番五番手くらいのヒロインに速攻で特攻かけるからな。あと大きな声では言えないがこの前も義弟は次元ネット通販“ゾマホン”で購入したエロゲー“国辱!俺たちのメキメキメモリアル・フィニッシュホールド!!〜四回目の雪辱戦?〜”でも同じ事したうえ玉砕していたからな」

 義弟の個人情報を暴露し始めた義兄の言葉に、何かを思いついたウェンディが勢いを付けて挙手。

「てことは、あたしたち姉妹の場合だとイル兄はクア姉やトーレ姉を選ぶってことッスか! なんてマニアックなイル兄ッス!」

「あーそうかもしれんな」

「色々と突っ込みどころがあるが敢えて無視するが、お前たちそれでいいのか?」

「もちろんよくは無い」

 呆れを含んだチンクの声に瞳を閉じて微笑するエンスに、ディエチはさらに呆れた様子で一言。

「かっこつけて言う事じゃないよ」

 さらに一同の後ろで、セッテが「トーレはマニアックじゃありません」とウェンディをつるし上げていた。


 ◆◆◆◆◆◆


 それからさらに十分後。

 時間が来たエンスと咲希は研究室へと戻り、立ち上がる程度には立ち直ったイルドが午後のプログラムを始めた。

 始めたのだが。

「えー今日は僕すごいテンション低いので皆さん読書してもらいます」

「「ほんとテンション低いな!」」

「どういたしまして」

「「褒めてない!」」

 セインとチンクの突っ込みにイルドは丁寧にお辞儀するなか、渡された小説の表紙をオットーが読み上げる。

「……電○文庫“終わりのク▽ニクル”?」

「イエスですイエスですよ。あと“▽”の部分を“□”に変えないでくださいね。伏せ字の意味ありませんから」

 心のなかで一同「二度ネタ禁止ー!」と叫ぶが、イルドは気づかず再びノートPCを起動させてゲーム開始。

「うぃーす、イル兄しつもーんッス」

「はい何ですかウェンディさん僕いま貴女が下げてくださったテンションゲージ上げるためにゲームしようと思っているんですから素早く手早く理論的かつ論理的で簡潔にしてわかりやすく三行以内におさめた文章で問いかけてくれないとさらに僕のテンションゲージがマイナス入りますので質問しないでくれるとさらに嬉しくなってゲームが進むのでどうにかしてくださいちなみに抑揚無く喋っているのですごいテンション低いと思ってくださいあと句読点無いと読みにくいのでこのネタはこれが最初で最後になるはずですよさらに言いますがワンブレスで言い切りました誰か褒めて」

「十八禁ゲームってどんなゲームッスか?」

「僕の長台詞、華麗にスルーしましたねウェンディさん。まぁいいです、十八禁ゲームとは正式には

“十八歳以上のキャラクター出演禁止&十八歳以上の人間プレイ禁止ゲーム”

の意味です。エッチなゲームじゃなくて健全かつ児童向けの安心安全な悪党殲滅型殺戮ゲームですよ? ちなみに今はワンブレスじゃありません」

 何故か疑問系に終わったイルドの説明に出てきた“十八歳以上の人間プレイ禁止”という言葉に、眉を疑問の形に変えたディエチが問う。

「………イルド、今年で十八歳て聞いたけど?」

「あぁ、安心してくださいディエチさん。こんな事もあろうかとカレンダー機能付き時計の電池を抜いておいたので、日付は僕の誕生日の前日で止まったままなので僕まだ十七歳ですから。あとはじめて“こんな事もあろうかと”て言葉を使いましたよ」

「時計の意味がないですね」

 セッテの声にオットーが頷くなか、ディードが挙手して質問。

「なんですディードさん?」

「イルド兄様はシャマル医務官にどうして惚れたんですか?」

 直後。

 凍り付いたようにイルドの身体が止まった。

 まるで彫像のように止まったイルドであったがきっかり十秒後、その活動を再開。

 しかし。

「ディードさん、いい質問です! ナイス質問、グッド質問、ワンダフル質問、ビューティフル質問、パーフェクト質問、マーヴェラス質問、レインボー質問です! もはや僕自身なに言っているのかわかりませんが問われたなら答えるのが礼儀というモノでしょう! 答えます答えますよ! えぇ、これが僕の真理!」

 ノートPCを破壊するかのような勢いで閉じたイルドは教卓に両手をついて宣言。

「当初予定していた読書の時間を変更して、これから僕の嬉し恥ずかしときめきハートな恋話しをします! みなさん、心して聞くように!」

 状況を理解していないセットとルーテシア以外の面々が呆然とするなか、普段の三倍以上のテンションを取り戻したイルドの悪夢の授業が始まった。

 そして、午後のプログラムが始まってから三時間後の講習室。

「それで入院中のあいだもシャマルさんが見舞いに来てくれて……」

 チンクたちが机に突っ伏し、セッテ一人だけが話しを聞き入っているなか、うっすらとほほを紅く染めたイルドはときたまクネクネしながらシャマルへの恋心を延々と話し続けていた。


 そして翌日。

 当然ながら隔離施設の暗黙のルールに“イルドに恋バナをさせるな”という禁止令が加わった。


 それに対してイルドは。

「みなさん、そんなに恥ずかしがらなくてもいいんですけどねー。それとも皆さんに恋バナはやっぱりまだ早かったんですかねー?」

 琵琶を奏でつつ、そうのたまった。





◆◆◆ 後書き ◆◆◆


 ………何だこれ?

 あ、皆さんどうもお久しぶりですKKです。

 お読みくださってありがとうございます。

 『TAG』を終えてしばらく一読者に戻っていましたが、管理人リョウ様や多くの投稿作家さまたちの作品を読んでいるうちに再燃し、また書いてしまいました。

 この『After』は気まぐれの産物なので、もしかしたらこれが最後になるかもしれません。まぁ、次やるんだったら咲希かエンスで行きたいような。

 それとコメディー風味が基本ですので、『TAG』と違ってバトルはないですよ?

 あとどうでもいいことですが、イルドは基本的にマイペースなノホホン兄ちゃんですから普段だとこんな感じです。


 最後に。
 展示してくださった管理人リョウ様とお読みくださった方々、本当にありがとうございます。









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