夏の猛暑も去り、過ごしやすい季節になった。

自然の緑一色の景色も終わり木の葉が落ち始め、ミッドチルダに秋の訪れを感じさせる。


――そして、あの預言が生まれて半年が経った。


カリムの預言が指し示すのは、半年から数年先。もう、その範囲に入った。

結局、管理局は血眼になって捜索したが、預言を回避する手段は見つからなかった。

せめて混乱を防ぐため、市民には「ロストロギアによる災害の恐れがある」という名目で避難警報が出された。

ロストロギアの危険性は知れ渡っており、避難は遅滞なく行われた。

今、ミッドチルダ周辺は、人はおろか艦船すら近づいていない。





俺たちは別世界には避難せず、ラウディアの中で行く末を見守っていた。

何かあった時に連絡を取りやすいからと、俺がクロノに頼んで居させてもらっている。

艦内はあの時の煩さが嘘のようで、何もかもが終わったと思うほどに静まり返っていた。


艦船の窓から、人々が去ったミッドチルダが見える。

外から見たあの世界は、この騒動など全く異にせずに平和そのものだった。


ふと、持っていた通信機が鳴り出し辺りに響き渡った。

取り出して相手を確認してから受信し、鳴り響く着信音を止める。


「どうした、なのは」

「兄さん……今、お暇ですか?」

「ん……ああ、何もすることが無くて退屈していたところだ」

「そうですか、よかった」


無理をしていると分かる笑顔を作り、いつもと同じように振舞おうとしているのがわかる。

けれど言葉に気力が無い、どうして連絡してきたのかは大体予想がついた。





思っていた通り、何を言い出すか聞いてみればロストロギア捜査について話し出した。

ミッドにいる住人の日常を守るはずだったのに、それが出来なかった自責の念。

出していた空元気も弱まり、次第に本音が見え始めていた。


「こんなことになるなんて……」

「そう気落ちするなよ、まだ預言が防げなかったって完全に決まった訳じゃない。
これから逆転できる可能性だって残ってるだろ」

「でも……私、自分が無力なのが情けなくて」


かつて、人に魔法を放つことに怯えていたなのはが見つけた、教導官としての居場所。

優秀な魔導師であり、管理局内外問わず良い評判はいつも耳にしている。

それが、今回は 役に立てていない。


だが、俺には挫折を味わったというよりも、世間知らずのままだったという印象のほうが強かった。


「お前は人より大きな力を持っているじゃないか。
それに味を占めて、自分一人で何でも解決できるとでも思っていたのか?」

「いえ、そんなこと」

「いやあるな、だからそこまで責任を感じているんだろ」

「……っ」


指摘を受けて、なのはが黙り込む。

こいつが自分の力に溺れる人間でないのは百も承知だが、言わずにはいられない。


「俺が言えた事じゃないが、とりあえずお前はもっと他人を頼れ。
お前が思っているよりずっと、周囲の人間は有能だ」

「兄さん……」

「それとあまり思い詰めるな、事態は絶対にいい方向にむかっていくから」


なのはの態度が多少持ち直したのを確認して、通信を切った。

こいつの心配は多分杞憂で終わる。きっと、個人の力の限界を知るいい機会になる。




一息して、クロノが俺を見つけ急いだ足取りで近づいてくる。

見ただけで、何か重要な事項を言いに来たのだと伝わった。


「ここにいたか、探したぞ」

「どうした、そんなに急いで。何か進展でもあったのか」

「ああ。つい先ほど、あの探査機を使うことが会議で決定した。
近日中に、あれで広域的にミッド周辺の捜索を始める予定だ」

「あの探査機……新聞に取り上げられたあれか?」

「そうだ。知っての通り、あれは捜索する時に人体に有害な放射線が出る。
今まではミッドの住民への影響もあって使用出来なかったから、この避難している間を使ってやるつもりだ」

「……それを使えば、結果はでるんだな?」

「ああ。これで、預言に書いてあったロストロギアがどこに存在するかはっきりする。
何年もミッドに帰れないということは無い。 ……本当は、こんなものを使わず避難をする前に全てを終わらせたかったんだがな」


言って、クロノが悔しそうな表情をした。


管理局の当初の目的は、表沙汰にならず穏便に解決することだった。


局員ではない俺にだってその考えは理解できる。

誰にも迷惑をかけること無く解決出来たら、どんなに素晴らしいか。

けれど、それは不可能であり、叶えられない綺麗事。


だから、きっとこれが解決するために最低限の被害で済む手段。

そう、自分を納得させた。


「あ、ちょっと待ってくれ……どうした」

「艦長、ミッドチルダの一部で急激なエネルギーの上昇を確認しました。
現在も強くなっている模様です」


通信がきたのか、クロノの傍にモニターが浮き上がりミッドの監視をしていたスタッフから報告が入る。

本人は冷静になって話しているつもりらしいが、意味を成していない。

その声は荒立っていて、事情を知らない人間が聞いても状況が理解できる程だ。


「くそっ、もうロストロギアの影響が現れ始めたか… 急いで上層部に通信の準備をしろ、緊急会議を開く。
すまない、用事ができたようだ」


クロノが足早に去った。


――ついに始まった。


手に汗が滲み出し、心臓の音が耳で聞き取れそうなほど鳴り響く。

この時が来ることはずっと覚悟していたのに、今になって動揺している。

そんなに死ぬのが怖いか、今まで何度もその危機に瀕してきたというのに。




あの報告があってから、艦内が騒がしくなり始めている。

俺も、やることをしなければならない。

クロノもカリムも会議に出席している 今のうちに――


「お父様、どこへ行かれるのですか?そっちは……」

「!!…マリアか、ちょっと艦内の様子を見に行こうと思ってな」


出来る限り苛立ちを抑えて言った。多少声に感情が混ざってしまった気がするが、続ける。

今は一分でも時間が惜しい、自分でもマニアに見つかって焦っているのがわかる。


だが、今からすることを話したら絶対に反対される。

何をするかは、マリアに知られてはならない。


「そうでしたか。あの、よかったら私も御一緒してよろしいですか?」

「だめだ、お前は部屋の戻って早く寝ろ。こういう時は起きていると悪いことばかり考えるぞ」

「……」


断られるとは思っていなかったのか、不満そうな顔をした。

何かを言いたそうな視線をむけながらも そこから動こうとはせずに立ち止まっている。

この頑固さは誰に似たのかと考えながら、マリアの体をクラウディアの居住区の方向に向かせる。


「ほら、子供は速く寝ておけ。目が覚めたら、他のやつらが何とかしてくれてるから」


背中をゆっくりと押した。小さくて弱々しい背中だった。

マリアも仕方ないといった感じで、そのまま自分の部屋へと歩き出す。

部屋までついて行ってやりたいのは山々だが、今回は見送るだけで我慢してもらった。







行こうとして止められた通路に戻り、艦内の目的地へ急ぐ。

周囲の目など気にせず、一心不乱にその場所へと走る。

しかし、ここまで広いと色々考え物だ。

こういう時に、焦りばかりが生まれてしまう。


――やがて、転送ルームにたどり着いた。


自動ドアが開き、中に入ると同時に誰かいるか周囲を見回す。

隅々まで探すが、部屋に人は見当たらない。

今、転送スタッフは皆休憩を取っているらしい。


――この機を逃す手はない。


椅子に座り、画面を起動させた。操作はミヤから聞いて大方把握している。

今はあいつが一緒じゃないのがもどかしいが、文句を言っている時間は無い。

画面を見ながら、転送先をミッドチルダのエネルギー反応があった中心地付近に設定する。

場所は都市部から少し離れた街中で、住民が避難をしているのがありがたい。


こうしていると、あの時のエイミィを思い出す。

あいつのような手際の良さは無く、確実に、そして可能な限り早く入力していく。

ここに来るまでにがかかった遅れを取り戻せるよう、急がなければならない。



やがて入力を終わり、転送先の確認画面が映し出され決定する。

その数秒後、転送の準備が完了したメッセージが表示された。



さっさと片付けて、何事も無くここに戻ってこよう。

あいつが目覚めた時、傍にいられるように。



装置の上に立ち、転送を開始させミッドチルダへ向かった。
















まるで、この世で自分一人だけになった感覚がした。

周囲にあるのは、廃墟のような静けさと、それに対して違和感が出るような綺麗な街並み。

普段は人で溢れかえっているはずの大通りも、今は地平線が見えそうなほどだ。

走る車の音は聞こえず、行き交う人々の姿も無い。

店先に張ったままの広告が、ほんの数日前まで人が生活していた場所であったことを証明している。

あの頃の活気は全く無いが、寂しさは感じない。

自然の少ない街中ではあるが、かすかに聞こえてくる鳥や虫の鳴き声。


人間などいなくとも、この世界――この星は生きているのだと実感した。





走り始めて五分ほど経つ。

クラウディアから持ってきたレーダーに映る、エネルギーの反応元へ向かう。

反応は一箇所のみ。そこに、メーターが振り切れそうな程の威力を指していた。


もう、ほとんど距離は無いはず。


――あそこか。


建物の間から、光が放っているのが見える。


住民は避難していて誰もいない。


そのはずの場所に、ひとつの人影があった。


「こんな所で何をしているんだ」

「!!あ、あなたは……リョウスケ・グラシア!?」


話しかけられた人物の背中がビクリと震えながら、俺の名前を叫んだ。

レーダーの反応の中心にいる若い女、そいつは管理局の制服を着ていた。

よほど人が来るのが予想外だったのか、かなり取り乱している。


手に持っているのは、――以前フェイトが言っていた、搬送中に盗まれたロストロギア。


それを発動させ、その身に魔力を受けていた。


「お前が盗んだ犯人か……。管理局員がロストロギアを横領とは、世も末だな」

「あ、あなた死ぬ気!?ここはもうすぐ滅びるのよ!」

「避難するよりも優先しなければならない事が、目の前にあるじゃないか」

「そんな、どうして……だって、今は――」

目を白黒させながら、ここに自分以外の人間がいるのが信じられないといった顔をしている。

「莫大な魔力を得るロストロギア……ね。
普段は管理局がエネルギー反応を嗅ぎ付けて近づくことすら難しいが、今の状況なら預言のせいだと誤魔化せるからな。
自分の手から離れた後、地中深くに埋めて人に反応しないよう隠しておいたのを掘り出したって所か」


相手が立てていたであろう計画を当ててやる。

加えて、もし発動に失敗しても死ぬのは自分だけだ。

次元震が起きたとしても、無関係の人間を巻き込むことは無い。

こいつが、そこまでの配慮を考えているかどうかは別として。


当の犯人はロストロギアを握り締め、警戒したまま俺を睨みつけている。


「……もしかして、これが目的でここへ来たの?」

「なんだ、救助か何かの途中で反応に気付いてやって来たとでも思っているのか?
残念ながら、最初からそれを発動させていると確信を持ってミッドに来た。
だから、今更どう言い訳しようと無駄だ」


女の顔つきが変わる。

小細工は意味が無いと悟ったかのように。


「そう……
なんだ、バレてたんだ。今なら管理局の目を欺けるって思っていたのに」


先程とは打って変わって、冷静な口調だった。

開き直って落ち着きを取り戻したのか、もう取り乱している様子は無い。

不敵な笑みを浮かべながら、俺を見据えている。


「艦船や部隊の装置を狂わせたのもお前だな」

「ええ、そうよ。
住民が避難する前に預言を防がれでもしたら、折角のチャンスが台無しですもの。
出向の機会を使って、壊して回らせてもらったわ」

「……強くなりたいか?」

「もちろん。私達はこれに命を懸けて生きているのよ。
地位も、名声も、お金も、強くなければ手に入らないし大切なものだって守れない。
そんな世界にいるんだから」


最大の原因は、この世界の秩序だったのかもしれない。

やはり、女は命と引き換えにしてでも力を手に入れる覚悟があった。

それを見て、嫌悪感と同情心が一緒になってこみ上げて来る。

まるで、その姿が昔の俺自身を見ているようだったから。


「話はそれくらいにして、俺も教会騎士としてロストロギアを盗んだお前を拘束しなければならない。
素直に投降してくれるのなら、こちらとしても手間が省けてありがたいんだが」

「冗談。せっかく盗んだのに、捕まったら意味無いじゃない。
それに、私がそんなことするわけないって、あなたもわかっているでしょう?」


言うや否や、制服のポケットに手を入れ宝石のようなものを取り出す。

あの形と大きさ、そして女の職業、どんなものであるかは見当がつく。

女が何かを呟く。すると、それが輝き出し体が光に包まれた。

色は違えど、十年前のあの時から見続けてきた輝き。


やがて光が消え、制服からバリアジャケットの姿に変わった。

右手には、魔導師用の杖が握ってある。

管理局からの支給品だが、力がある者が使えば簡単に人を殺せる凶器。


――その杖の先端を、ゆっくりと俺に向けた。


「ねえ、今ミッドには私たち以外に誰もいないでしょ。
だから……もしここであなたが死んだとしても、災害に巻き込まれたっていう事に出来ると思わない?」

脅しではない。俺を生きて帰す気は無い眼をしている。

俺と対峙している相手に、管理局員としての誇りなど全く無い。

あるのは俺に対する明確な殺意と、自らの手を汚してまで成し遂げようとする野心。

ロストロギアが生み出した欲は、人を完全に変えていた。


「つまり、従う意思は無いと判断していいんだな」


返事を確認して、クラウディアから持ち出した折りたたみ式の剣を出す。

剣術の練習用にでも使うのか、倉庫に保管してあったものを拝借した。

軽く振ると、擦れた金属音を立てて柄から刃が伸びる。

デバイスと違い魔力は通らず、何か特別な効果があるわけでもない。

ミヤが一緒ならこの武器でも魔法が使えるが、今は俺一人。

敵は能力不明の魔導師。少なくとも、俺の方が分が悪いのは間違いない。


「今の私と戦うつもり?
邪魔が入ったせいで完全には力が身につかなかったけど、管理局の厄介者であるあなたを殺すくらい、造作も無いわよ」


自信と余裕に満ち溢れた表情を崩さないまま、言い放った。

もう、どちらも後戻りは出来ない。

戦うという手段から、逃れられなくなった。




今、この世界には俺達の他に人はいない。

だから、どんなに暴れようと他人を巻き込む心配は無い。

それが唯一の救いだった。


互いに武器を構え、睨み合う。


「――ひとつ聞いていい? どうして、このエネルギーが預言とは無関係だってわかったの」

「俺もお前と同じ、ずるい人間だからだよ」


応え終わるのを合図に、杖から砲撃が放たれた。


地面を蹴り、その場を離れ軌道から逃れる。

どの直後、近くにあった建物が攻撃に巻き込まれ、破片が辺りに飛び散った。

魔法の威力はなのはと比べても見劣りせず、道筋にあったものが軒並み瓦礫の山と化している。


――それを溜める動作もせず、カードリッジすら使わずに放った。


バリアジャケットを身に着けていない俺が受ければ、間違い無く跡形も残らない。

敵を甘く見すぎていたと、今になって自覚した。



続けて、魔力量に限界など無いのではないかと錯覚するほど、砲撃と魔力弾を乱射した。

辛うじて当たらないよう、足を動かし続ける。

相手の体は負担がかかっている様子も無く、リスクを負っているようにも見えない。

魔力の枯渇が見込めない分、長期戦はこちらの体力を奪うのみ。

なら、出来るだけ体力を温存して敵が見せた一瞬の隙を突くのが得策か。



攻撃がやむと同時に足をの動きを弱め、杖から放たれる攻撃をかわせる最低限の距離を相手と保つ。

斬りかかれるほど近くは無く、相手に付け入る機会をうかがえる程度の距離。


ふと、女が何かに気づいたのか、見当違いの方向に杖を向けた。

相手の考えが読めず、身を固める。


――何を企んでいるんだ。


燃料タンクの爆破狙いか。それとも、わざと無防備な姿を見せて俺の油断を誘っているのか。

女の口元は緩んだまま変わらず、今にも砲撃を放とうとしている。

その挑発とも思える態度に負け、向けられた杖の先に目を向けた。


そして、自分の目を疑う。

俺の視界に、いないはずの人物がいた。


咄嗟に持っていた剣を女に目掛けて投げる。

展開したシールドにより剣はバラバラに砕かれたものの、杖を持っていた手元は狂い、攻撃が逸れた。

そのまま走り出し、女に顔を向けたままそいつとの間に立った。


「マリア!!おまえ残っていろとあれほど!」

「だって、お父様が心配で……!」



単なる俺の見間違いだと思いたかった。

転送の履歴を見てここへ来たのか、俺の叱責に泣きそうな声で言い返している。


「その子、確かあなたの娘さんでしょ?
お父さんの心配をして、こんな所までやってくるなんていい子じゃない。
まあ、私としては殺す相手が増えて面倒だけど」


持ち合わせの武器は、今女に投げつけたあれしか無い。


丸腰の状態で マリアを守りながら戦うなど――


そう思った時、マリアの手に大事そうに抱えているものが眼に入った。

腕に隠れていてよく見えないが、察しはつく。護身用に持ってきたのだろう。


「おい、お前の持っている刀を貸せ」

「な、何を言って……」

「いいからよこせ。お前だってここであいつに殺されたくは――」

取ろうと手を伸ばすと、マリアが渡すまいと剣を引っ込めた。

「わ、私だって……戦えます!
私には、お母様から授かった未来を見る眼があるんです。
お父様が庇って下さった攻撃だって、相手の動きは読めていたんです。ただ、少し驚いただけで……」

「馬鹿か!ヒーローごっこをしているんじゃないんだぞ」


自らの恐怖感を押し留めながら、強気に言い出した。

そんなもの、信じられるか。


今だって、体が震えているくせに――


敵の杖の先が光る。


「……ちいっ!」

「きゃ!?」


腕を伸ばし、後ろにいるマリアを引き寄せて脇に抱える。

そのまま力一杯に飛び、相手が放った攻撃を避けた。

さっきまで立っていた場所の地面は削られ、大きな穴が開いた。


相手は障害物など物ともせずに破壊してくる、安全に隠れられる場所など無い。




足が重く感じる。

マリア一人を抱えているだけだというのに、動きが鈍くなり始めている。

攻撃は激しく、近づくことすら難しい。

だが、逃げてばかりいられない。

移動は辛いが、どうにかしてこっちも攻撃しないと。


「お父様下がって!!」


突如マリアの叫び声が聞こえ、反射的に駆け出していた体を止める。

刹那、死角に潜んでいた魔力弾が飛び出し鼻先をかすめていった。

勢いを無理やり殺し、バランスを崩しかけた体を立て直す。


――その隙を狙っていたのか、もう一つ弾丸が飛んできた。


避けきれず、マリアを庇いながら利き腕である右腕に当たらないよう左肩に魔力弾を受けた。

弾がはじけ、肉を抉る衝撃と共に血が噴き出し、左腕を赤く染めていく。


「あ……ぐっ……」


その痛みに耐え切れず膝をつき、腕に抱えていたマリアを降ろした。


相手にとって、今の俺は格好の的。せめて、こいつだけでも。


「お父様!……このっ!!」


腕から離れたマリアが俺を見て、何かを決心したかのように女へ向かって走り出した。

右手にあるのは、鞘から出した抜き身の刀。

何をするつもりなのか考えるまでも無い。


あの馬鹿――!


やめるよう叫ぶが、動きは止まらない。

怒りが混ざった正義感が、あいつを駆り立てていた。



敵は無数の魔力弾を打ち込む。

けれど、マリアはその弾丸を、今を見ていない。


見ているのは、未来。


弾道を見切った無駄の無い動きは、弾がマリアを避けるかのごとく外れていく。

少しでも読みを間違えて攻撃を受ければ、ただでは済まない。

だが、そんな恐怖などマリアの信念に隠れてしまっていた。


「はぁっ!」


二閃。

交差する剣跡。


女が仰け反り、斬られた部分を腕で覆いながら体を浮かせ数十メートル後退した。

血は流れておらず、痛がっている様子も無い。

体まで攻撃が届かなかったのは相手の防御が固かった為か、それとも人を斬った事が無いマリアの甘さか。


――それでも強固なバリアジャケットは裂かれ、肌が露出している。


「くっ!」


杖の先が光り、一発の魔力弾が放たれた。

標的へと一直線に飛ぶ弾丸。


「…っ!?」

マリアが目を見開き、声にならない叫び声を上げた。

自分が人を斬ったというショックで放心状態になっているのか、迫り来る弾丸を見つめたまま動かない。


駆け出し、マリアが弱々しく握っている刀を取り上げて、前に出た。

この程度の威力の射撃魔法なら、避けるまでも無い。

その刀で、飛んできた弾丸を切り裂く。


斬られて形を保てなくなったスフィアは、魔力が砕けるように四散し、消滅した。


「お父……様?」

「やるじゃないの……!」


女が苦虫を噛み潰したような表情をしながら、新たに魔法を発動した。

そして、空中に辺りを覆い尽くすほどの魔力弾が浮かび始める。

スフィアの見た目から、今まで放っていたものとは違い誘導性能を持っているのが分かる。


馬鹿みたいに力に頼った攻撃をしていたというのに、今になって確実に当てる手段に変えたのか。


――けれど、どこかぎこちない。


発動するまでの流れが、さっきと比べて別人かと思うほど遅く感じる。

それに、マリアの斬ったバリアジャケットの裂け目が時折光っては消えているのが目に付く。

発動とキャンセルを繰り返しながら、何度も点滅している。


もしかすると、デバイスが自動でバリアジャケットの修復をしようとして、魔法が上手く発動できないのか。

恐らくそうだ、今の攻撃を受けて連携が取れなくなっている。

敵を倒そうとする使用者と、マスターの身の安全を優先するデバイスの相違。

察するに、ロストロギアを使う前の自分に合わせていた保守的な設定が仇になったか。


――この隙を見逃すわけにはいかない。


「マリア 少しばかり借りるぞ」


マリアが握っていた鞘を取る。その手は先程と違って抵抗はせず、すんなりと俺に渡してきた。



撃たれていない右手で刀を、血が滴る左手で鞘を持ち右足を半歩前に出す。

傷口が痛む。だが、だからなんだというのだ。

こんな傷、今まで受けてきたものと比べれば取るに足らない。


こいつの精一杯の勇気を、無駄にはしない。

敵を倒す気力はまだある。


相手がバリアジャケットを生成しなおす前に――


後ろにいるマリアは止めずに、黙って俺を見つめている。

こいつのことだ。これからどのような結果になるのかは既に視えているのだろう。


だから、この無言が俺にとってはこの上なく心強かった。


マリアが何も言わないのなら、俺は自分の力を信じて戦うのみ。

その眼に結果がどう映ったのかは聞かない。

干渉はせず、こいつが見た未来をそのまま受け入れよう。




一呼吸して、相手目掛けて疾走する。

それと同時に、浮かんでいた魔力スフィアが一斉に俺目掛けて放たれた。

寸前で避けて地面に衝突させながら、避けきれない一発目を斬り捨て、二発目を鞘で受け流す。

誘導弾ではあるが、性能が先程までとは比にならないくらいに低い。

そのままありったけの力で走り、誘導弾が自分に追いつく前に通り抜ける。

ビルの窓ガラスに、魔力スフィアが軌道とは反対方向にある目標を追おうと大きく旋回して地面にぶつかる光景が映って見えた。


この体にあと一度でも攻撃を受ければ俺はやられる。だが、それは相手も同じ。

更に距離を詰める。もう俺と女の間に魔力スフィアは無い。


「!?……このっ!」


女が慌てて杖をかかげ、再び足元に魔法陣を発生させた。



砲撃を放とうとしているのか、それともシールドを展開しようとしているのか。

どちらなのかは分からない。

ただ一つ言える事は。





どちらだとしても、それは間に合わないという事――





裂かれたバリアジャケットの合間を通る斬撃。

後ろで女が持っていた杖を落とす音に、体が地面に崩れ落ちる音が続く。

見ると、デバイスの起動が解除されたのか落ちた杖は待機状態になり、服装は元の管理局の制服姿に戻っていた。

急所は狙わずに斬った。制服に血が滲んでいるものの、胸が上下に動き、規則的に呼吸をしているのが分かる。



女の手からこぼれ落ちたロストロギアを見つめる。

まだ若干力が残っているのか、傍にあるリンカーコアに少しだけ反応していた。

刀に付いた血を自分の上着の裾で拭い、鞘に収め自由になった右手で拾い上げると、今度は俺のリンカーコアに反応し始める。

少ない魔力量を増やそうとしているのか、心なしか輝きが強くなった気がした。


どんなに願っても、自分の力では得られなかったもの。

魔力という、努力でも埋め切る事の出来ない力の差。

もしかしたら、こいつは……


「お父様……!」


マリアが駆け寄り、俺に抱きついた。

体を見る。幸い、特に怪我をしている所は無さそうだ。

無事だった事が確認できると、自然と口から安堵の息が漏れる。

言いつけを破った罰として一発くらい殴っておこうかと思ったが、気が変わった。


緊張の糸が切れたのか、小さく声を上げて泣いている。

元をたどれば、俺が心配をかけてしまったせいだ。

こいつも小さい体でよく頑張ったな。




マリアが泣き止んだら、倒れている犯人を運び出そう。

クラウディアの転送スタッフが戻ってくる前に帰らなければ。

ロストロギアの力に魅せられた、この愚かな法の守護者を引き渡さないと。




血で濡れた左腕で汚れないようにしながら、腕の中にいるマリアの背中を撫でる。

今、俺たちを遮るものは何も無い。

この静寂な街中に、小さな泣き声だけが辺りに響いていた。




『破滅を導く古の形見』……か。












――そんなもの、あるわけないのに。










作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。