お母様の作成した預言は各部隊の上層部の目に通り、たちまち管理局全体を揺るがすものになった。


ロストロギアがミッドチルダに高エネルギーを供給し、最終的に滅亡させると書かれた預言。


すぐに対策本部が立てられ、方針等が決定された。

預言の内容は公にはされておらず、ミッドチルダの住人には知らせていない。

最悪の事態が起こる前に、その原因を取り除くことで一致された。






「あ……あの!お、お久しぶりですマリアさん!」

「マリアちゃんお久しぶり」

「久しぶり、キャロ、エリオ」


朝日が昇る時間帯、二人から私宛に通信がかかってきた。

今は別世界にいるらしく、時差で出られるか心配していた様で私の顔を見て安心している。

会話をするのは機動六課解散時以来であり、少し懐かしくもあった。

この二人とは歳が近い分、親しみやすい。




「それでっ、もしよかったらこ、今度僕たちの部隊に…あ、遊びに来ませんかっ」


根が真面目なのか、相変わらずエリオの話し方は元気がいい。

キャロもその様子を見てクスクス笑っている。


「私が?来ていいのかしら」

「マリアちゃんなら大歓迎だよ。
来てくれたらいろんな動物が見られるし、楽しいと思うよ」

「そうね、まとまった時間が取れるようになったら行ってみたいわ」

「あ、ありがとうございます!!お待ちしています!」


けれど、ここまで喜んでくれると逆に普段の付き合いが足りないのか不安になる。

暇が出来た時は、私からも二人に連絡しよう。














「なあ、俺たちがやらなくたって清掃員とかを雇えばいいんじゃないのか?」

「怠けていてはダメですよ。こういうのは、自分たちでやる事に意味があるんです」


用具入れから箒を二つ取り出し、私の朝の日課である庭園の掃除をしに外へ出る。

聖王教会での生活に慣れてもらうため、お父様も半ば無理やり連れて来た。

私の後ろに、やる気の無さそうな足取りで続いている。



外は朝の日差しが眩しく、遮る雲は無い。掃除をするにはいい天気。

お父様に箒を渡し、渋々受け取りながらも指示した場所に移動し掃き始めたのを確認すると、私も続けて掃除を始めた。

時々、ちゃんと掃除をしているかお父様の様子を遠目で見る。

小さくため息をついているものの、手際よく箒を動かしている。


しばらくして、お父様が戻って来た。


「言われた所は大体終わったぞ。集めたゴミも捨てておいた。
……全く、よくこんな面倒な事を毎日やっていられるな」

「ここは私たちの職場であり住居なのですよ?
使っている場所の掃除をするのは当然です」

「そう言われても、俺がここに身を置いたのはつい最近だからな」

「それはお父様がお母様と一緒に居なかったせいじゃないですか。過去のご自分の行いを存分に反省して下さい」

「またその話か、俺はもっとのんびりとやてばいいんじゃないかって言ってるんだよ」

「お父様の場合はそれを通り越して堕落になっていますよ」

「兄さん、マリア、おはよう」


言い争いをしていると、声をかけられる。

振り返ると、航空隊の制服を着て、茶色い髪をサイドにまとめた女性が私たちを見つめていた。


「なのはお姉様じゃないですか。お久しぶりです」

「どうした、こんな朝早くに。預言のことで聞きに来たのか?」

「はい。予言を聞いて、私たち教導隊も捜査に出向くことになったんです。
それで、騎士カリムに面会をしておこうと思いまして」


預言を聞いているのなら険しい顔をしているかと思ったが、お姉様の表情は穏やかだった。



お父様の血の繋がらない妹。なのはお姉様については、そう聞いている。

養子縁組をしているわけではないものの、家族同然の生活をしていた時期もあるらしい。

私も、よく妹のように可愛がってもらっている。

お父様は、『なのはを呼ぶ時は叔母さんで十分だ』と言うものの、やはり抵抗がある。

昔から顔を合わせていても、今年で二十歳。お姉様はまだ若い。


「カリムなら教会の中にいるぞ。
ああ、そうだ。折角だからお前も掃除を手伝っていったらどうだ?」

「私が、ですか?……じゃあ、予定もあるので少しくらいなら」

「お父様!」











あの預言ができてから、聖王教会は慌しい状態が続いている。

ロストロギアに関する報告で、昼夜問わず人の出入りが多い。

足を止めて、教会内を歩いている人々を眺めた。

普段見かける信者や観光客の中に、管理局の服を着た人が随分と目立つ。

教会と管理局は協力関係にあるが、場違いな印象は拭えない。

例えるなら、聖王教会までもが戦場になってしまうような感覚。

この様子だと、当分は教会で結婚式などを行うのも難しくなるかもしれない。



ふと、その中に私が良く知っている人たちがいるのを見つけ駆け寄る。

執務官の証である黒い管理局の制服。先をリボンでまとめた、長くて綺麗な金髪。

そして、隣にいる本局の管理局員の女性。


「フェイトさん、ティアさん」


名前を呼ばれた二人がこちらを振り向く。

私だと気づくと、親しげな顔をしてくれた。


「久しぶりね、マリア」

「マリア、騎士カリムはいるかな」

「お母様でしたら、先ほど上層部の方が来られて今は面談をなさっていますよ」


お母様に用があるということは、やはり他の管理局員と同じく預言のことで来たのだろう。

二人の言葉が、少しばかり硬く感じた。





「今は本局も大騒ぎだよ。私たちも任務を変えられて、今は預言の対策に就いてるし」


お母様と面会するまでの間、お互い最近の自分たちについて話していた。

顔を合わせることが少なくなった今では、そうしたことでも新鮮さがあった。


「捜査の調子はどうですか?」

「まだ今一つかな、これから頑張らないといけないね」

「そういえば、数ヶ月前に開拓工事の視察で偶然発見したロストロギアがありしたよね。 
あれ盗まれちゃいましたけど、もしかして預言に絡んでいたりするのでしょうか?」

「どうだろう。今の預言の解釈だと周辺宇宙に原因があるみたいだけど、今は情報も少ないし何とも言えないかな」


仕事の功績を話せるのが羨ましい。

けれどその反面、二人とも連日ロストロギアの捜査で忙しい毎日を送っているらしい。


「執務官のお仕事は、やはり大変なのですか?」

「そうだね、やりがいはあるけど身体的にきついって思う時はあるよ」

「最近はあまり寝る時間が取れなくて、私やシャーリーさんもフェイトさんと一緒に徹夜をする日もあるわよ」

「睡眠時間は髪に響きますから、ちゃんと取ったほうがいいですよ。
せっかくお二人とも綺麗な髪なんですから」

「そう?ありがとうマリア」

フェイトさんがお礼を言い、ティアさんがお世辞だと思ったのか照れながらも軽く流した。

「はぁ……私も、お母様みたいな綺麗な金髪が良かったな」

「マリアは自分の髪が好きじゃないの?」

「……こんな地味な色、嫌です。フェイトさんもそう思うでしょう?」

「そんなことないよ。マリアの黒髪も綺麗だし、かっこいいよ」


言いながら手を伸ばし、指先で私の髪を梳きながら優しく撫でた。

嫌な感じはせず、不思議と落ち着く。

上目遣いで様子を窺うと、フェイトさんが髪の感触を確かめるように手を動かし、愛おしそうに見つめている。


それは、まるで他の誰かと重ね合わせているようだった。


「かっこいい……ですか?」

「うん。あ、気にさわったらごめんね」

「い、いえ……」

「そうね、先輩に似て『剣士』って感じがするわよ」


横で私たちのやり取りを見ていたティアさんが、フェイトさんに賛同した。

浮き上がっていた気持ちが落胆する。

やはり思っていた通り、お父様を重ねていたんだ。


「やっぱり親子だとどこかしら似ているものよね。雰囲気とか、仕草が」

「別にお父様と同じでも、嬉しくなんかありません……」

「何言っているの、その変に意地を張っている所とか先輩にそっくりよ。
それに、そんなに嫌がらなくても大丈夫よ。

――あなたのお父様は、世界で一番強いんだから」

「か、からかわないでください!もう子供じゃないんですから…」


顔を向けていられなくなり、そっぽを向いた。

多分、今の自分の顔は真っ赤になっているか間抜けな表情をしている。

気を落ち着かせる。単に自分の父親を褒められただけだというのに、こんなにも動揺している。

理由は分かっている。それは、私が本心ではお父様を慕っているから。

けれども、自分の中のどこかに潜んでいる自尊心が認めたがらない。

あんな人が、尊敬するような人物のはずがない。

私やお母様に、心配ばかりかけてきたあの父が。


「フェイト執務官、大変お待たせいたしました」

面談が終わったのか、お母様がフェイトさんたちを呼びに来た。

「それじゃあまたね、マリア」
「ちゃんと先輩と仲良くするのよ。
私たちはそばに居られないから、マリアが一緒にいてあげること」


二人とも、私に別れを告げて教会へ向かう。

結局上手く言い返すことも出来ず、言われっぱなしになってしまった。


――楽しかったひとときが終わる。


お母様に案内されながら、フェイトさんとティアさんが教会の中に入っていく。

二人が危険な任務を受けるかもしれないと、分かっているからなのか。


その歩く後ろ姿が、いつもより小さく見えた。


そして、さっきまでの和やかな雰囲気など存在しなかったと思うほど、自分の気持ちが落ち込んでいるのが分かった。






みんな、預言を防ぐために動いている。


――神様は残酷だ。


多くの人が必死になって守ったこの世界を、また壊そうとしている。

私達は、何も悪いことをしていないのに――


――それなら、ロストロギアで滅びた世界は、悪いことをしたのだろうか。


技術の進歩が罪だというのなら、私たちは今まさに罪を犯している。



これが、ただの夢だったら。

何かの間違いだったらいいのに。

そうやって、目を背けようとしている自分が嫌だった。











――日差しが強い。

外へ出ると、体が直射日光を当たらない場所を探し自然と足が日陰に動く。

もう、本格的に夏になったのだと実感する。

そういえば、今日は猛暑日になると天気予報でやってたな。

午後からは教会に湾岸特別救助隊の人達がやってくる。

運がよければ、スバルさんに会える可能性もある。

それを若干楽しみにしながら、剣の練習の準備をする。

シスターシャッハは今日も出掛けている。稽古は一人でしなければならない。

元の生活に戻る日は、いつになるのだろう。





「はぁ、はぁ……ふう」


呼吸を整えながら振るっていた刀を鞘に収め、タオルで汗を拭く。

庭園にある時計を見ると、もう昼過ぎだった。

一人で集中していると時間が過ぎるのも早い。

昼食もまだ食べてないし、そろそろ休憩しようかな。


「マリア、元気だった?」


そう思っていると後ろから声がかかり、振り向くと傍にスバルさんがいた。





暑さと日差しの強さもあり、外で話すのは避けて私たち親子の住んでいる教会の居住区画へ向かった。

冷蔵庫から飲み物を取り出し、コップに注ぐ。

スバルさんに渡すとよほど喉が渇いていたのか、汗をかいて失った水分を取り戻すかの勢いで飲み干した。

空になったコップにもう一度注ぎ、再び渡す。

今度は二杯目ということもあるのか、比較的ゆっくりと飲んでいる。


「……ふう、ありがと。ホント今日は暑いよね。
長袖の制服でいなきゃいけないから、汗かいちゃって」


スバルさんが椅子の背もたれにかけた制服の上着を指差した。

一見大雑把だが、ちゃんと皺にならないよう整えてある。


「隊長が大変な事態になるかもって言っていたけど、何が起こるんだろ」

「え……聞かされていないのですか?」

「うん、詳しくは話してくれなかったからね。マリアは何か知ってるの?」

「い…いえ!私もよくは知らないです」


聞き返され、慌てて誤魔化す。

自分でも下手な返し方だと思ったが、幸い怪しまれてはいないみたいだ。


スバルさんは預言のことを知らないのか。

けれども、考えてみれば納得できる。


元々、レアスキルは公にするものではない。

加えて、今回の預言を世間に公表すれば何が起きるか予測できる。

管理局の手で、現実になる前に処理しなければならない。

そして、預言を知っている人間が増えれば、住民に漏れてしまう可能性も上がる。

そう考えると、任務の内容を伝えられていない局員がいても、おかしくはなかった。


「そういえばさ、良介さんとは仲良くやってる?」


特に探りを入れているわけでも無く、何気ない質問。


けれど、少しドキリとした。


お父様に、仕事に励んでいるスバルさんを見習って欲しいと思っていたから。


「最近は落ち着いていますが、まだ怠け癖が残っているようです。
スバルさんからも言ってやってください。
お父様には、もっとスバルさんみたいな真面目さや勤勉さが必要なんです」

「なんだか相変わらずみたいだね、良介さん」


怒る様子は無く、相変わらず私の返答を聞いて満足している。

これでは少し甘すぎるではないかと思うこともある。


「マリアも色々頑張ってるみたいだね。
さっき私が声をかけた時剣の練習をしてたみたいだけど、あれはよくやってるの?」

「はい、毎日欠かさず練習しています」


胸を張って答える。

辛いと感じることもあったが、稽古を休んだことは無い。


「たまに飽きたりして、何か別のことをしたいなって思うことはない?」

「いえ、剣術を飽きたことはありません」

「そっか……」


それを聞いたスバルさんが、どこか悲しそうな目をした。


なぜだろう。


私は模範的な回答をして、心からそう思っているのに、それを良く思っていない。


「マリアはね、私と似ているんだよ。私も最初は良介さんが嫌いだったから」


スバルさんがさらりと言ってのけ、苦笑した。

以前はそうだったが今では違うと、過去の自分自身を比較しているように。


「あ……ごめんね。マリアのお父さんなのに」

「いえ、気にしないでください」


お父様の事を嫌っていたのは、仕方がないと思っている。

管理局での評判は、時折耳を塞ぎたくなる。

それに、今ではスバルさんはお父様と仲がいい。

以前に抱いていた感情までとやかく言うほど、私は卑屈じゃない。


「……私の尊敬している人をからかって、そのくせ本人はいい加減でさ。
特に強いわけでもないのに慕われてて……こんな人のどこがいいんだろうって、なんで嫌いにならないのって思ってた」


その時の事を思い出しているのか、表情が少しだけ歪んだ。

普段は明るくて元気なこの人には、あまり見かけない感情。

だから、それがスバルさんの本音なのだとわかった。

けれど、不満に思うよりも、それだけ私に心を許しくれている嬉しさの方が強かった。


「私、今はね……強さっていうのは、辛いことがあった時に我慢して耐えられる事じゃなくて、
それを何とも思わずに、前向きでいられる事なんじゃないかって思うようになった。

良介さんがなのはさんたちにあんな風に接していたのも、今なら分かってあげられる。

だから、マリアも強がったりしないで。

くじけそうになったら、良介さんが助けてくれるから」


スバルさんが笑った。相手を安心させるこの人らしい笑顔だった。

スバルさんにとって、お父様のどこが良いのか。

それを直接言うことは無かったけれど、私にはなんとなく分かった。

きっと、お父様はスバルさんには無い何かを持っていたんだろう。


「ねえ、マリアは明日暇かな。
私、明日用があって父さんの部隊に行こうと思っているんだけど、マリアも一緒に行かない?」

「スバルさんのお父様の部隊に……ですか?」

「うん。ギン姉もいるだろうから、マリアが来てくれれば喜ぶよ」


スバルさんが期待に満ちた目でこちらを見つめている。

あまり気乗りはしないが、そこまで言われると断るのも気が引ける。

それに、自分が行って誰かが喜んでくれるのなら、それも悪くは無い。


「どうかな?」











教会で約束をした翌日。

私服姿のスバルさんに連れられて、ミッドチルダ西部にある陸士108部隊に向かっていた。


レールウェイに揺られて降りて歩いた先に、地上部隊の建物が覗いている。

門をくぐり隊舎の入り口まで来ると、誰かが立っているのが見えた。

青紫色の長い髪に紺色のリボンを付けて、私たちに気付いて手を振っている。


「ギン姉!」

「二人とも、いらっしゃい」


ギンガさんが隊舎の前で私たちを待ってくれていた。




中に入ると、次元航空部隊の青い制服を着た局員が何人か見えた。

預言の捜査について地上部隊と連絡を取りに来ているのか人数も多く、珍しい光景だった。

対照的に、地上部隊の局員はあまり多く見かけない。


――何か、らしくない雰囲気がした。


人は忙しなく動いているものの、どこか閑散としている。

まるで、祭りで出し物がない一角のよう。

今はこの事態だ、隊員が次元航行部隊へ出向していると考えるべきだろうか。





隊長室に入ると、白髪交じりの初老の男性が私たちに気づいた。

ギンガさんとスバルさんの父であり、この部隊の部隊長。


「お邪魔しています。ゲンヤさん」

「よお、作業しながらで悪いな。まあ、ゆっくりしていってくれ」


ゲンヤさんが私たちに挨拶しながら、熱心に部隊の書類を作成している。

同じ父親でも、お父様とはこうも違うのだと実感した。


「部隊の調子はどう?さっき本局の人がいるのが見えたけど」

「ああ、あれか。最近は捜査の関係で本局と組むことが多いんだ。
大した事じゃないから、そんなに気にする必要も無い。
それに折角来たんだ、俺はこんなんだが今は仕事のことは忘れておけ」


湿っぽい話だからというよりも、聞かれると困るからという様子で話を切り上げた。

恐らく、部隊長であるゲンヤさんは今何が起きているか把握している。


けれども、預言を知らないスバルさんには話すわけにいかない。

もしかすると、ギンガさんも詳しい内容は聞かされていないかもしれない。


「ちょいと本局からの連絡を受けてくる。ギンガ、二人を頼む」

「ええ、わかったわ」

「なんだか忙しそうだね」

「まあ、今はな。時期に終わるさ」


ゲンヤさんが忙しそうに隊長室を出て行く。

あまりバタバタしているとスバルさんに勘ぐられないか不安になりながら、その姿を見送った。


「それじゃあそろそろ昼休みになるし、お昼ご飯を食べに出掛けましょうか」

「うん。私お腹すいたよ」

「あの、隊舎の食堂には行かないのですか?」

「二人が会いに来てくれたんだから、もっといい所で食べようと思ってね。
私、着替えてくるから先に外で待ってて」


言い終わると、ギンガさんが部屋から出て更衣室へ向かった。

外で昼食を取るだけなのに、制服から着替えるなんてマメな人。

加えて、少し嬉しそうな顔をしていたような気がする。

お昼ご飯が待ち遠しいのだろうか。

そんな疑問を持ちながら、スバルさんと一緒に外へ向かった。






繁華街での食事は、スバルさんもギンガさんもすごい勢いで食べていた。

その分会計で表示された額はとても三人が食事をしたとは思えない値段だったが、ギンガさんは気前良く払ってくれた。


「ご馳走様でしたギンガさん。奢っていただいて」

「ホント、ギン姉のおかげで気兼ねなく注文できたよ」

「スバルは少し遠慮しなさい。年頃の女の子が食べる量じゃないわよ」

「そんな事言って、ギン姉だって私に負けないくらい食べてたじゃん」

「私はいいのよ。自分のお金で食べているんだから」


この人たちには他に論点は無いのだろうか。

けれど、そのやり取りは見ていて微笑ましい。

私にも歳の近い兄弟が居たら、そのうちこのような感じになるのかもしれない。


「この後なんだけど、少しショッピングセンターを見て回らないかしら。
この間、通りかかった時に気になる服を見つけたの。
スバルやマリアも欲しい物が見つかるかもしれないし」

「部隊の方は大丈夫なのですか?」

「ええ、今日の仕事は午前中でおしまい。だから時間は気にしないで見て行けるわよ」


ああ、だから出掛ける前に私服に着替えたんだ。

出掛ける前に嬉しそうな表情をしていたのも理解できる。

既にギンガさんの体は目的地の方向に向いている。

足元も落ち着きが無く、すぐにでも行きたがっているのが見て取れた。






西部では有数の大型のショッピングセンターだけあって、かなりの数の店がある。

夏の暑さを防げる建物の中には多くの店がひしめき合い、多くの人で賑わっていた。

その中心部分は吹き抜けになっていて、上へ行くと下の階にいる人々が見渡せる。

親子連れや友達同士で遊びに来た人、スーツ姿で仕事の合間に立ち寄っている人。

管理局も聖王教会も関係無いただの日常が、そこに覗いていた。



ある衣料品店の傍を通った時、ギンガさんが足を止めた。

この建物内の店舗としては大きく、たまにテレビなどで見かけるブランド品を多く扱っている。

視線の先には店先のショーウィンドウがあり、やはりここの服が気になっていたらしい。

よく見ると、ガラスの向こうに大人の女性が着るような服が飾ってある。

ギンガさんが着たらよく似合いそうな印象だった。


「この店?、ギン姉」

「うん、まだ残っててよかった。ちょっと一緒についてきてくれないかしら」





店の中に入り、ギンガさんが買ってくるのを待つ。

やがて戻ってくると、買い物袋のほかに服を一着持ってきていた。

冬物の可愛らしい服で、ギンガさんが着るにはかなり小さいサイズ。

誰を対象に持ってきたのかは、考えなくてもわかった。


「その服可愛いね」

「そうでしょう?さっき見つけたんだけどマリアならこういう服も似合いそうだし、これからの季節にいいんじゃないかしら」

「そんな、私なんかには似合いませんよ……」

「とにかく試着してみてよ、どうするかはその後で決めましょう」

「は、はぁ」


二人に押される形となって試着室に入った。

そして、渡された服を身に着けていく。

見た目は自分の好みではなく、動きにくそうなデザイン。

こんな機会がなければ、心変わりでもしない限り永久に着る事はないだろう。

慣れない服に苦戦しながら、やがて着替え終わりカーテンを開けた。


「どうですか……変、じゃないですか?」

内心、試着しただけでも十分恥ずかしい。

「ううん、マリア可愛いよ」

「そうよ、それ私が買ってあげる」

「えっ、悪いですよ」

「気にしないの、これくらいどうって事ないから」


お金以外にも遠慮したい理由があるのだが、もうこの勢いでは言い出せない。

二人に流されるまま、事は進んでいった。



結局買って頂き、私の手にはそれを入れた袋がある。

ギンガさんには悪いが、私がこれを着て外へ出る機会は来ないだろう。

せいぜい、お母様に身に着けた姿を見せるくらい。

流石に売るのは申し訳ないので、押入れの中にしまっておこう。

ヴィヴィオが大きくなったら着る可能性もある。

これが日の目を見るのはその時か。



その後、私たちは色々な店を見て回った。

何のあても無く時間を過ごすのは得意ではない。

けれども、二人が一緒にいたおかげで楽しいと感じられた。



大体の店を見終えた時、近くにゲームセンターが見えた。

中にあるゲーム機の音が、漏れて外まで聞こえてくる。

私にとっては縁のない場所だが、素通りしようして引き止められる。


「ねえマリア、遊んでいこうよ」

「え?あの、私はこういう場所はちょっと……」

「大丈夫、やってみると結構面白いから。ほら、いこ?」

「わっ、スバルさん!?」


スバルさんが私の手をつかみ、引っ張っていく。

ギンガさんも苦笑しながら私達の後ろを歩いている。

そして、そのまま強引にゲームセンターの中へ連れて行かれてしまった。




「とりあえず格闘ゲームでもやってみようか」

「格闘ゲーム、ですか?」


うるさいゲーム機の騒音の中で、何とかスバルさんの声を聞き取る。

あまり長居はしたくないが、入ったのに何もしないのも勿体無い。

ゲームなど触ったことも無いが、これも経験だと自分に言い聞かせた。


「ほら、こういうのだよ。マリアも見たことくらいはあるでしょ?」


スバルさんが台の横に椅子が設置してあるゲーム機を指差す。

その画面には、お互い剣を持った青年が戦う姿が映っていた。

魔法無しでは不可能に近い速さで剣を振り回し、時折かまいたちを放ち相手を牽制している。

とても人間とは思えないような、技術と速度。


もし、私が現実にこの者たちと戦ったら――




「あっ、またやられてしまいました。もう一度……」

「マリアはその格闘ゲームが気に入った?」

「はい。刀を扱っている者もいますし、多彩な動きは稽古の時の参考になります」

「よかった。それじゃあまた受けて立とうかな」





騒音に慣れてゲームセンターの中から出ると、外がやたらと静かに感じた。

財布が軽い。ギンガさんが止めてくれなかったら、帰りの切符を買うお金まで使ってしまう所だった。

これは一種の麻薬だ。ここに一人で来るのはやめておこう。



結局、今日は稽古も勉強もしなかった。

ただ出掛けて、気の合う仲間と一緒に遊ぶだけの一日。

けれども、無駄な時間を過ごしたとは思わなかった。


「どうだった?ゲームも結構楽しめたでしょ」

「まあ、たまにはああいうのも悪くないかもしれませんね」


結局、スバルさんの用事はなんだったのだろう。

救助隊の仕事ではなかっただろうし、地上部隊で何か私用があるとも思えなかった。

もしかすると、本当は用など無く私を連れ出すのが目的だったのかもしれない。

単純に遊びに行こうと誘ったら、私が断るのを見越して。










駅前でギンガさんと別れ、私とスバルさんは帰りのレールウェイに乗っていた。

まだ帰宅ラッシュには早い時間だったこともあり、あまり人は多くない。

空いている座席に座り、膝の上にギンガさんが買ってくれたあの服を入れた袋を置く。

今日は、なんとも妙なお土産を貰ってしまった。


談笑しながら何駅か過ぎ、とある駅に着いた時スバルさんが立ち上がった。

まだ西部の地域内で、降りるには早い。


「私、ちょっと寄る所があるからここで。今日はマリアと一緒にいられて楽しかったよ」

「もしよろしければ、私も付き合いますよ」

「ううん平気。ありがと、マリア」


スバルさんが優しく微笑んでからホームに降り、向かいに停まっている列車へ歩いていった。

穏やかで、それでいて少し寂しげな笑顔だった。




列車内に表示してある線路図を見て気付く。

スバルさんが乗った列車の停まる駅に、思い当たる場所があった。


108部隊と同じエルセア地方にある、ポートフォール・メモリアルガーデン。

スバルさん、お墓参りに行ったんだ。



私にとっては、まだなじみの薄い場所。

私に、大切な人が死んだ記憶は無い。

大切な人を失う辛さを、感じたことは無い。

お母様とお父様がいて、シスターシャッハやローウェル様に剣と勉強を教えてもらう今の日常。

それが当たり前だとは思っていないし、そう思えるほどその日々を繰り返してもいない。


今回の預言、犠牲が出ることなく無事に終わって欲しい。

あの事件が終わって、お父様が帰ってきて――

そして、ようやく家族みんなで暮らしていけると思っていたのに。


出来るだけ考えないようにしていた、預言を防ぐことが出来なかった時の事。


もし、あの預言の通りになったら――






列車が次の駅に停まり、我に返る。

気付くと、膝の上に置いていた買い物袋を握り締めていた。








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