「スカリエッティィイィーーーー!」

 夜空を睨み、吠える獣がひとり。

「もし我が義弟の命の灯消えることあらばぁ機人もろともその身生かしたまま八つ裂きにしてくれようぞぉ!」

 両手を空に掲げ、エンスが吠える。

「さらにぃ貴様が幾十幾百幾千生まれ変わろうともその都度我が身生まれ変わりて千回貴様の身斬り裂き全ての血肉滅してくれようぞぉ!」

 怨嗟の咆吼が、空にむなしく響き渡った。



◆Three Arrow of Gold◆
 第七章『血戦開幕!』



「義兄さんの声? 気のせいか」

 気づくと、僕は図書館にいた。
 本が一冊もない本棚ばかりが目につくが、構造からしてたぶん図書館だろう。
 当然のごとく本のない図書館には、閲覧者どころか司書の姿も見あたらない。

「変な図書館だな」

 呟いて僕は何気なく館内を散策。
 出口を見つけるが、扉は固く閉じられている。

「僕はどうやって入ったんでしょう?」

 疑問に首をひねるが答えは出るはずもなく、仕方ないので違う出口を探しながら人の気配がない館内を歩き回る。
 地理…児童書…古文…美術…と札だけ付けられた本棚の森を抜ける。
 すると“歴史”という本棚が視界に入った。
 見ると。

「一冊だけ…?」

 無造作に置かれた蒼い装丁の本が一冊。
 僕はそれを手にとって微笑。

「…夢のなか…かな?」

 僕が手に取った本。
 その題名は。

「…“イルド・シー”…か」


 ◆◆◆◆◆◆


「イルドと咲希の収容が完了次第、A班はすぐに出発。B班もデバイスの回収後すぐに出ろ。あと“アレ”は誰にも見られないように注意して運べ」

 崩壊した機動六課へと急ぎ帰還したエンスの指示に、イルドと咲希を収容した救急車両が出発。それに続いて二台のトラックも地上本部を目指して出発。
 それを見届けたエンスも一台の警備車両に乗ろうとした瞬間、六課の部隊長を務める八神はやての怒気をはらんだ声がそれを止めた。

「エンス主任! これはどういうことや!」
「…なんの話しだ?」
「重傷のイルド君たちをむりやり連れて行くなんてどういう事や!」

 怒気を隠そうともしないはやての眼光を真正面から受けたエンスが問い返すが、はやてはさらに語気を強めて詰め寄るが、無感情にエンスは言葉を返す。

「八神部隊長、失礼だが急いで地上本部へ戻らねばならないのだが」
「…弟が怪我したってのに会いにも行かんてええ態度やな!」
「この手を離してもらおうか、八神部隊長」

 そのエンスの態度にはやては思わず胸ぐらを掴み、その能面のような顔を怒りを込めて睨みつける。
 だが、胸ぐらを掴むその手を払ったエンスは、はやてに向けて静かに告げる。

「今はイルド一人に構っている時間はない」
「それが怪我した弟に対する兄の言葉なんか!」
「当然だ」

 即答。
 あまりにも冷たすぎるその言葉にはやての右手が無意識のうちに動いた。
 はやての平手がエンスのほほを勢いよく打ち、快音が響く。
 だが、すぐさまエンスに同じようにはやては叩き返された。
 ついで打たれた右ほほをおさえるはやてを見下すようにして、エンスは抑揚無く冷静に言葉を紡ぐ。

「管理局に身を置く以上、この程度のことは義弟も覚悟している。いまさら貴様にどうこう言われる筋合いはない」

 エンスの言うことは確かに正しい。しかし、正論は必ずしも理解と納得を得られるモノではない。
 今のはやてがまさにそれであった。
 険しい瞳でエンスを睨み、はやてが反論する。

「それでも心配するんが家族や!」

 直後。
 先ほどとは反対にはやての胸ぐらを掴み上げたエンスが、今まで見たこともないような鋭い瞳ではやてを睨んだ。

「我ら局員にいま必要なのはこの事態をどう収めるかだ。公私混同していらぬ事を考えさせるな八神はやて」

 突き放すようにして手を放したエンスは、苛立たしげにはやてにそう言い放った。
 そして警備車両に乗り込み、走り始めた車内でエンスは先ほどのはやての言葉を思い出す。

「……こちらのことも考えず、言いたいことを言う…」

 ◆◆◆◆◆◆


 表紙をめくり、目次を見る。
 章ごとにおそらくその時の僕の年齢と日付が書かれているが、それが問題だ。

「時系列に並んでない?」

 目次に記された“第四章・十四歳八月三日”と書かれた次の章が“第五章・七歳十二月二十日”と時期が戻っていたりする。
 夢のなかとはいえ、随分と手抜きだなー。
 いや。僕の記憶力が悪いのか?
 それとも、もしかしてこれは走馬燈なのかな?
 まぁいい。
 それよりも気になることがもう一つ。

「僕の本なんだから、勝手に赤線付けてチェックするの止めてくれないかなー」

 呟き、僕は“誰か”がチェックしたそのページを開いた。


 ◆◆◆◆◆◆


 スカリエッティのラボ。その一室で双子の戦闘機人、オットーとディードは二つのホログラムデータを見つめていた。
 そこには紅き鋼鉄闘士と戦うディードの姿と、蒼き鋼鉄闘士の戦いが映されている。

「…蹴られたところは大丈夫?」
「大丈夫」

 戦いの映像を見つめながら心配そうに問いかけるオットーに向けて、同じように映像から瞳を離さずにディードは言葉少なに頷く。
 ディードの横顔を一度見つめてから、オットーは一つのデータを浮かび上がらせる。
 新たに映し出されたホログラムには咲希の詳細なデータが記されており、その一つの項目を見てディードが呟く。

「魔力資質は平均…ですか」

 ついで小さな声で「…あの強さで」と呟いたディードは拳を握りしめる。
 直後。

「魔力を使わない戦い方というものを熟知しているのだろう」

 そう言って部屋に現れたトーレはもう一つのホログラムに映されたイルドのデータを見やり続ける。

「もう一人の蒼いほう…イルド・シーという局員など、それよりも低い魔力資質でもガジェットと対等に渡り合っている。いくらあの鎧の性能だったとしても、それだけでは出来ないはずだ。それよりも…」

 句切り、黄金の流星がデルタによって撃ち落とされた映像を見てトーレが安心したように言う。

「攻撃が間に合って良かったな。おそらくあの推力だとディードとともに器も破壊されていたはずだ。まぁ、この二人は病院に収容されたそうだから、もう戦うことはないだろうな」

 しかし、その言葉に対して紅い闘士の姿を思い浮かべてディードは、トーレに問う。

「トーレ姉様、本当にそうなるでしょうか?」
「ん? そうだな…」

 右手を唇に当ててトーレも考える。
 クアットロからの報告では咲希は右腕を斬り落とされ、イルドは右目を潰されて入院とされている。
 だが、それ以外の報告はない。
 すなわち。

「腕と目以外は無事と言うこともあるか…」

 普通ならばあの戦いで骨折の一つや二つしていてもおかしくはないはずだが、予想以上に頑強なデバイスのためか二人はそれだけの怪我で済んでいるのだ。
 しかもオットーの報告によると、蒼き鋼鉄闘士イルドは何度もガジェットの爆発に巻き込まれても立ち上がったという。
 執念という一点だけで考えれば、これほど厄介な敵もいないだろう。
 しかし、そこまで考えてトーレは自嘲気味に笑った。

「それでも出てきたら排除すれば良いだけの話しだ。違うか?」

 問いに真紅の闘士を思い浮かべて、ディードは拳を握りしめ、応える。

「はい、トーレ姉様」


 ◆◆◆◆◆◆


 赤線でチェックされた最初の章のページを開く。
 すると、いつの間にか僕は広い訓練場のなかにいた。
 遠くを見ると三人の人影が何やら作業を行っていて、そのなかにライダースーツのようなジャケットを着込んだかつての“僕”がいる。

「あぁ…初めての実験か」

 最初に造られたプロテクトデバイス“タイプα”の起動実験。
 その被験者を務めるかつての“僕”に向かって、作業着のうえに白衣をまとった義兄さんと咲希さんが実験の確認をしている。
 かつての“僕”たちの姿を見つめながら、かつて歩んだこの日を僕は思い出す。

「実験は失敗…僕は一週間ほど入院しましたね」

 なるほど。
 コレは第三者視点で追体験すると言うことかな?
 そして僕は次の章を開いた。


 ◆◆◆◆◆◆


 病院の屋上。
 イルドよりも早く目を覚ました咲希は、そこにいた。
 昨日まで多くの敵を斬り伏せてきた右腕は今は無く、剥き出された義手の接続部分が襲撃戦の過酷さを物語る。
 しかし己の持つ最大の剣を失った咲希は、戦うことを諦めはしなかった。

「いまだに魔力とか言うモノの原理を理解したわけではないが、試してみよう」

 かつてエンスが持ってきた資料のなかに砲撃魔法というモノがあった。
 太陽を見つめて、思考。

「エネルギーの放出が出来るならば、それを維持することも可能のはず」

 深呼吸。
 竹刀の代わりに持ってきた杖を左手で構えた咲希は瞳を閉じて、頭のなかで倒すべき存在を思い浮かべる。
 その姿は、二刀を持つ少女ではなく。

「…イルド」

 呟き、閉じていた瞳をゆっくりと開く。
 そこにイルドの姿は無いが、咲希の瞳はイルドの姿を確かに捉えていた。
 竹刀代わりの杖を左手で握りしめて、魔力と精神を集中。
 失敗。
 幻のイルドの姿がかき消える。
 再び、瞳を閉じて、イルドをイメージ。
 何度も繰り返し失敗するが、挑戦。
 数十分の時が過ぎ、咲希は深く息を吸って静かにはき出す。
 一拍の間を置いて気持ちを切り替えた咲希は、再び杖を構えて瞳を閉じる。

「イルド…いつかの決着を」

 呟き、杖を振り上げる。
 深く息を吸って、精神と魔力を集中し、感覚を研ぎ澄ます。
 十数秒後。
 左手で構えていた杖に“右手”の微かな感覚が生まれる。
 そして。
 咲希は勢いよく杖を振り下ろし、幻のイルドを斬り伏せた。

「感覚は掴めた……我が剣、いまだ折れず」

 咲希は呟いて、微かな笑みを浮かべる。

「イルドよ、全てを終えたとき、かつての決着をつけようか」


 ◆◆◆◆◆◆


「なんか挑戦された気がする…」

 奇妙な感じを受けた僕が今いる場所は陸士隊の訓練場。
 疲労困憊で大の字で寝そべっているかつての“僕”に、その近くで腰を下ろした咲希さんは瞳を閉じて言った。

「お前、おそらく舌になんらかの障害があるだろう」

 おー、かつての“僕”が動揺してる動揺してる。

「他のヤツは気づいていないだろうが、お前が演技していることぐらいわかる」

 いやほんと正直な話し、驚きましたよ。
 僕の味覚障害に気づいたのは咲希さんだけでしたからね。
 凄い観察眼ですよ。

「お前と二人だけで話しがしたかったから勝負を吹っかけてみたが、この勝負、引き分けにしておこう」

 息も絶え絶えで一言もしゃべれないかつての“僕”に向かってそう言って、咲希さんはこう付け加えたな。

「お前みたいに何度も立ち上がるヤツは初めてだ」

 それだけ倒したかったんだよなー。
 でも僕は勝てなくて、咲希さんは余裕の表情で。
 で、最後にこう言うんでしたね。

「いつか決着をつけよう」

 サラッと言うんだから、咲希さんは格好いいというか、サムライというか。


 ◆◆◆◆◆◆


「ドクター!」
「慌ててどうした、急患か?」

 緊急の手術を終えて一息つこうとしていた医者に、慌てた様子でひとりの看護師が走ってくる。
 医師としての使命感による問いを発すが、返された言葉は違うモノであった。

「六課の方が先ほど手術を終えたイルドさんに面会したいと」

 肩越しに目配せする看護師にならい医者もそちらの方へと視線をやると、二人の女性がそこにいた。
 右手を口に当て逡巡するもすぐさま電話を手に取り、エンスへ連絡。
 術後報告とともにそのことを伝えた。


 ◆◆◆◆◆◆


「僕はイルド・シー。君のお名前は?」
「ヴィヴィオ」

 六課のオフィス。
 そこでかつての“僕”がヴィヴィオに笑いかけていた。
 そうだ、ヴィヴィオと初めて会った日だ。
 咲希さんを怖がったヴィヴィオが泣いて、かつての“僕”がそれを慰めて、咲希さんがショックを受けていたなー。
 あーもう涙目だヴィヴィオ。

「あのおじちゃん怖いー」
「…怖い…おじ……ちゃん……俺が…?」
「あぁー、大丈夫ー怖くないですよー。ほらほら咲希さんも笑って笑って!」

 かつての“僕”がヴィヴィオを慰めながらそう言って、咲希さんに笑うよう促す。
 あー渋々というふうに咲希さんがしゃがんでヴィヴィオと目線を合わせたー。
 来るぞ来るぞ来るぞ来たぁーーー!

「ヴィ…ヴィヴィオ、俺は怖くないぞー」

 アハハハハハハハハハハハハッハハハハハハハハッハハハハハハハッハ!!

 引きつってます引きつってます!
 その笑顔、もう笑顔じゃないですよ!
 そして、ヴィヴィオは…

「怖いーーーー!」

 泣いたぁーーーーーァアーーハハハハハハハッハハーーーーー可笑しいぃーーー!

「………イルド、後は任せる」

 うひゃー隊舎に戻る咲希さんの後ろ姿が切ないなー。
 あー、ほんとあの時の咲希さんはおかしかったなー。
 しかし第三者から見たらこんなに面白いとはねー。


 ◆◆◆◆◆◆


『エンス、二人の治療は無事に終わったぞ』
「すまんな、無理を言って」

 受話器越しに届く友人の話を聞く。
 咲希は右腕を、イルドは右目を、それぞれが身体の一部を失ったことにエンスは心のなかで悔やむ。
 しかし、今は悔やんでいる時ではない。

「予定した時間までに迎えを送らせる」
『それはいいが、面会に来てる奴らがいるが…どうする?』

 逡巡するも、エンスはすぐに返す。

「見舞いをしたいのなら好きにさせてやると良い」

 そう言ってエンスは友人に感謝と別れの言葉を述べてから、己の成すべき事を成すために歩き始めた。


 ◆◆◆◆◆◆


 新たなページをたぐった直後。
 僕はかつて所属していたレスキュー隊の部隊長室にいて、部隊長と“僕”の姿を見ていた。
 あぁー…あの日ね。
 良く覚えてますよ。

「来週から君、実働に転属ね」

 あー、かつての“僕”の顔から色素が消えて白くなっていく。
 第三者の視点で見るとこうなるんですか。
 面白いなー。

「来週からって…明後日じゃないですか!? しかもいきなり実働って!?」

 で、部隊長はすぐこう言うんですよね。

「君は魔力資質は低いけど、なんでもそつなく平均以上にこなしてくれるからねー。陸士隊も人員不足なんでヨ・ロ・シ・ク♪」

 うわー部隊長のいい笑顔とは反対に、真っ白になるかつての“僕”を対比するの面白いなー。
 そういえば、この後も何度か実働からレスキューに“レンタル”されたよなー。


 ◆◆◆◆◆◆


「先の戦さ、我ら第十三技術部は完膚無きまでにスカリエッティに敗北した」

 襲撃された爪痕が残る地上本部。
 その第十三技術部へと集った四人の技術者たちにエンスは告げると同時に、作業台を覆っていた白い布を勢いよく取り払う。
 直後。
 四人の技術者たちは揃って息をのんで、驚愕。
 その理由は。

「γを破壊できるのか…」

 一人の技術者の呟きが全てを代弁した。
 打ち砕かれたデバイスの欠片。
 防御を主目的にしたプロテクトデバイスの、さらに防御に特化したいわば“盾”の役割を持つγが破壊されたという事実。
 それは襲撃事件が熾烈を極めたと言うことを物語っていた。
 一同が押し黙ったことを確認したエンスは静かに、だが厳かに言葉を紡ぐ。

「かつて我ら旧第六技研はこのプロテクトデバイスの開発にひたすら邁進し、その時点での“最強”の剣と盾を造りあげた」

 句切り、エンスは息を吸い、続ける。

「しかし、現在。人々を護る剣は折れ、盾も打ち壊された」

 破壊されたγへと目を落とし、すぐさま四人へと瞳を向ける。

「破壊されたこれらは我らの罪だ」

 瞳に揺らぐ事なき闘志を燃やし、エンスは続ける。

「人を、平和を、全ての明日を護れぬ力など我らには無用。ゆえに」

 静かに響き渡るエンスの声を、一同は静かに聞く。

「故にこれから始まる戦いのために、いま、現在、我らが持ちうる全ての技術と力を注ぎ込んで、いつの日か追い抜かれるであろう現在の、新たなる“最強”を造りあげる」

 そこでエンスは白衣のなかから二本の試験管を取り出し、一同の目線が集まるように掲げてみせる。
 どちらも真紅の液体に満たされており、それぞれに名前が書き込まれたラベルが貼られている。

「これはイルドと咲希の血だ」

 一同は無言。ついでエンスは宣言。

「彼らが“最強”となれるように、彼らの信ずる武器に、彼らの想いが含まれた血を、我らの想いとともに込めて、打ち直す」

 そしてエンスは、無言でいる一同を見やり、最後に問いかける。

「我らの信念と正義、全てを注ぎこむ覚悟が出来た者だけ残るがよい」


 ◆◆◆◆◆◆


 今度は機動六課に出向する前の“僕”か。
 かつての“僕”がホログラムデータを出して、義兄さんがそれを見つめている。

「ほう…長距離高速移動を目的としたフライトユニットか」
「はい。ガジェットのパーツを流用することで予算を使うこともないです」

 咲希さんと二人で設計したんですよね。
 本局がちょっかいを出すから予算と人員まで減らされたからなー。
 こうでもしないと、やりくりできませんよ。

「どうだ、エンス。使えないか?」
「いや、使える。暇な奴らがいるはずだから人手は何とかなる」

 あー…手伝ってくれた人たちに菓子折持って礼を言わなきゃなー。


 ◆◆◆◆◆◆


 イルドが眠る病室。
 ベッドで静かに眠るイルドの寝顔を見守るシャマルとはやてがそこにいた。
 その隣で咲希が寝ているはずのベッドはその主を失い、枕元に“すぐ戻る”と書かれた書き置きが貼られている。
 右目を包帯で覆われたイルドを心配そうに見ていたはやては時刻を確認し、静かに椅子から立ち上がった。

「うちは先に行くけど、シャマルはどうする?」
「もう少し待ってみます」

 微かな笑みを浮かべたシャマルはそう言ってイルドの寝顔を見つめ、はやても頷いて静かに病室を出る。
 扉が閉まり、二人だけになる。
 静かな寝息を立てるイルドの右手を優しく両手で握りしめたシャマルは、初めて出会った日のことを思い出し、呟く。

「…あの日もイルド君は他の人を気遣っていましたね」

 何十人もの死傷者が出たビル火災。
 怪我人の治療を行っていたシャマルはその最中、ひとりの少年の姿をそれとなく見ていた。
 その少年は自らも火傷や擦り傷を負っていて救護の列に並んでいるが、後から来た怪我人を心配して先を譲る。
 何度もそれを繰り返したせいでいつしか少年は列の最後尾にいた。
 そして、やっと順番が回ってきた少年にシャマルはその事を訊ね、最後の怪我人であったイルドは笑みを浮かべてその質問に答えた。

  −傷ついた人を心配するのは当然でしょう?−

 かつてのイルドの言葉を思いだし、シャマルは苦笑。

「イルド君は自分の身体のことも少しは考えないといけませんよ。でも…」

 顔を俯かせ、シャマルは思い出す。
 常にイルドは誰かの盾になるように戦ってきた。
 ヴィヴィオを保護したあの日も。
 昨夜の襲撃の時も。
 そして涙を浮かべたシャマルは、イルドの右手を軽く握りしめて呟く。

「…そのおかげで、私は助かったんですよね…」

 顔を俯かせたシャマルは、いまだ眠り続けるイルドに何度も礼を言い続けた。


 ◆◆◆◆◆◆


「なんか手が暖かいな?」

 穏やかな暖かさを感じた右手を見るが、とくに変なところはないや。
 まぁいい。
 気持ちを切り替えて僕はかつての“僕”を捜す。
 あぁ、やっぱりそこにいたか。
 救護テントの下、シャマル医務官がかつての“僕”の右手に包帯を巻いている姿を発見。

「大丈夫ですか?」

 今度はビル火災の記憶ですか。
 シャマル医務官と初めて会った日でもあるんだよなー。
 治療してもらおうと思って列に並んだけど、後ろに来た人に先を譲ったなー。
  で、気づいたら最後尾にいて。
 改めて思い出すと恥ずかしいなー。
 うわ、かつての“僕”が凄い緊張している。
 あんなに綺麗な人と話すことは滅多にないからなー。
 なんかシャマル医務官が色々と話しかけてくれたけど、緊張しすぎて覚えてないんだよなー。
 ちょっと近づいてなに話してるか聞いてみよう。

 んー…やっぱり覚えてないことは再現できないか。
 ちょっと残念。
 あ、でもシャマル医務官の質問に返した答えは覚えている。

「傷ついた人を心配するのは当然でしょう?」

 僕とかつての“僕”の声が重なり合った。


 ◆◆◆◆◆◆


「イルド君はいつも人の心配ばかりして…」

 目覚める気配のないイルドの右手を包み込むように両手で握ったシャマルは呟く。

「だから、人から気遣われることにイルド君は慣れていないんじゃないですか?」

 シャマルの声にも、イルドはいまだ眠り続けていた。


 ◆◆◆◆◆◆


「どうしようもないほど悔しいとき…どうしようもないほど悲しいときは…我慢しないで泣いていいんですよ」

 うわ! シャマル医務官に泣かされた日か!
 いや違う、僕が泣いた日だ!
 落ち着け僕、くーるになれクールに!
 くーるだうんくーるだう…失敗!
 あー思い出すだけで顔が熱くなる!
 いやそのシャマル医務官にかつての“僕”は頭を抱きしめられてるわけで…そのなんですか。
 うあー…要するに胸が!
 胸の感触がもの凄いことに!
 とても柔らかいんですよ!
 あといいにおい!
 かつての“僕”が羨ましい!
 代わって!
 そりゃ僕だって男の子な訳で…て誰に言い訳してますか僕!?

「…いまここで…イルド君が今までため込んでいた悔しさも悲しさも涙といっしょにぜんぶ流しちゃってください。誰も見ていませんから…ね?」

 僕が!
 僕が居ます!
 僕が見ていますよ!
 確かに溜まっていたもの出してスッキリしましたが…て違う!
 なんか思考がおかしいぞ僕!
 あーいちばんキツイ追体験だー!
 帰る!
 ぼくかえるー!

 でも、夢のなかだから言えますが。
 こんな言葉をもらったのは“家族”以外では初めてですよ。
 僕は。
 とても嬉しくて。
 シャマルさんには。
 とても感謝しています。


 ◆◆◆◆◆◆


 技術者たちの戦場と化した第十三技術部では、白衣をまとった何人もの技術者が忙しく手を動かし足を動かし作業に没頭していた。

「すんません、エンスさん! いま来ました!」
「よく来たリオン! エップスとともに義手を組んでくれ!」

 走ってきたのか息を荒くしてドアを開けた白衣の青年リオンが来た瞬間、エンスが指示を飛ばす。ついで間髪入れずにもう一人へと指示を飛ばす。

「ラウ、レーザーキャノンを組み込んだら本郷と組んでフライトユニットを完成させよ! 風見よ、それを組んだら我とともにタイプαの調整を手伝え!」

 すると、別の青年が叫ぶ。

「タイプβ修復完了! いつでも出れます!」
「そこのケースに収めよ! ロックはそのままタイプγの修復作業を行え!」
「了解!」

 めまぐるしく動き回る作業に、三つ編みにした長い髪をマフラーのように首に巻いたエップスが笑みをこぼす。

「アインへリアルを思い出すよな」

 そのエップスの言葉に、昔を思い出した皆の顔に笑みがこぼれる。

「あの時はいまよりもきつかったッスよね」
「そうそう、何度やってもバグは出るは強制停止するわ」
「あーあれな、今だから言うけど俺が組んだプログラムのせいだ」
「おい、みんな! ここに自供したバカがいるぞ! あとで簀巻きだ簀巻き!」
「俺にやらせてくださいよー! そのせいで五日間貫徹したんですから!」
「ヨシやれ! 俺の分もやっておけ!!」
「いまここで暴露大会やってるって聞いて来たぞーー! 俺がやったことはなー」
「先輩は苺パンツ事件でしょうが! みんな知ってますって!」
「いや違うって、それバンクのバカだろうが! 俺やったのはあれだよあれ!」
「うぉ、思い出した! 裸ネクタイ事件だな! オペレーターの娘泣かしたヤツな!」
「つーか、俺バンクだけどンな事してねぇよー!」
「バンクは白衣にブーメランパンツではないか」
「ギャーー! エンスさん止めて! あれは若かったの! 少年の青い衝動なの!」

 もの凄い勢いで馬鹿話を交わしながらも、一瞬もその手は止まらない。
 呼ばれて来た者も。
 勝手に来た者も。
 それぞれが一流の技術者である。
 そして、たった一つの目的“打倒スカリエッティ”のために最高の技術屋たちがこの場に集まってきた。しかもその理由が「ちょっと調子づいてるバカをシメてやるべ」というチンピラ思考なのだから質が悪い。

「文化祭前夜って感じだよなぁ」

 誰かがしみじみと言った言葉に、エンスは笑い返す。

「技術屋にとって修羅場は花道だろう」

 そう言ってエンスは一同を見やり良く通る声を発す。

「全ての作業が終わり次第、各自解散。本来の持ち場に戻るがよい」

 その言葉に集った技術屋たちが一斉に不満の声を上げるが、片手で制す。

「そして、これより開かれる祭りに参加したい者は自由意思で、マグナス隊長の店に現地集合せよ!」

 一瞬、沈黙した技術屋たちがその意味を理解し、歓喜の声で叫ぶ。
 エンスはそれを楽しそうに眺める。
 直後。
 アラートが鳴り響く。

「なんすか!?」
「ナーゴ気にするな、なぁエンス?」

 エップスの言葉に一同がエンスへと注目する。
 するとエンスは頷いて一言。

「我の予測通り、アインへリアルが落とされた」

 一同が沈黙するが、即座に爆発。

「んだとぉ!」
「俺らの血と汗と涙の結晶がぁ!?」
「スカ公がぁ!」

 アインへリアルの建造に関わった技術者たちが感情を爆発させるなか、エンスは調整を終えたデバイス“タイプα”を手にして、声も高らかに宣言。

「では、また後で会おう!」

 技術者たちが出陣するエンスに声援を送るなか、その姿が一瞬にして一同の眼前からかき消えた。


 ◆◆◆◆◆◆


 幾つもの記憶をたどり、最後にチェックされたページをたぐった瞬間。
 僕は黄金のなかにいた。
 いや。
 太陽に照らされて輝く、小麦畑のなかにいた。

「故郷…か」

 なら行く場所は決まっている。
 あの丘に行こう。
 そこにかつての“僕”と義兄さんがいるはずだから。
  …あぁ、やっぱりいた。
  原っぱに座って、義兄さんと一緒に見るこの風景が好きだったな。

「イルド、三本の矢…という話しを知っているか?」

 かつての幼い“僕”は知らないと頭を振って、それを見て義兄さんは僕の髪を撫でて笑ったな。

「地球という星…その日本という国に伝わる話なのだが、一本の矢は簡単に折れるが三本の矢は簡単には折れない…という話しだそうだ」

 そうか。
 義兄さんが右脚を失ってから、もう七年にもなるのか。

「その意味は、一人ではなく三人で団結し協力すれば大きな事も出来るということだ。ならば…」

 白い雲が浮かぶ青空と、輝く太陽の光り。そして、ときおり流れる涼やかな風が気持ちよい。

「ならば三人以上の人間が集まったとき、どうなるのだろうな?」

 義兄さんは優しく笑って青空を見上げ、幼い“僕”といっしょに僕も青空を見上げる。

「おそらくはもっと大きな事が出来るであろうな」

 あぁ。
 今も僕はその言葉を信じています。


 ◆◆◆◆◆◆


「そうか、ヴィヴィオがさらわれたか」
「…はい」

 屋上から戻ってきた咲希は、見舞いに訪れていたシャマルから経緯を聞き終えていた。
 いまだ眠り続けるイルドの横顔を見てから、咲希はシャマルに言う。

「イルドの代わりにヴィヴィオを頼む」
「はい、必ず私たちが」

 そう応えたシャマルは立ち上がり、咲希に一礼。

「それではみんなと合流しないといけないので、私はこれで。あと…イルド君にありがとうと伝えてください」
「確かに引き受けた」

 右目まで包帯で覆われたイルドの寝顔を静かに見つめたシャマルは、再び一礼して病室を出て行った。
 その後ろ姿を見送ってから咲希はイルドの寝顔を見て、微かに笑みを浮かべ問いかける。

「寝顔を見られたと言ったら、お前はどんな顔をするのだろうな」


 ◆◆◆◆◆◆


 本を閉じると、無人の図書館へと僕は戻ってきた。
 気づくと、さっきは閉じられていた扉が開かれており、太陽の光りが館内に差し込んでいる。
 僕は静かにその本を棚に収め、やっと理解した。

「チェックしたのは“僕自身”ということですか」

 呟き、思い出す。
 咲希さんやシャマルさんとの出会い。
 管理局に来てからのこと。
 六課の人々との出会い。

「色々あったなぁ…」

 いま追体験したことは全て、僕にとって忘れたくない、かけがえのない日々だ。
 いつの日か僕はこの思い出を誰かと笑い、話すのだろうか。
 叶うことならば、多くの友だちと語り合いたい。

 全てが終わったら休暇をとって義兄さんと一緒に故郷へ帰ろうか。
 きっと義兄さんは嫌がるだろうが。
 なんとか説得してみよう。

 そうだ、久しぶりに咲希さんと戦おう。
 きっと、また引き分けに終わろうとも。
 それでも構わない。

 でも、その前にやることがある。
 この図書館を出て、やらなければいけない課題が、僕には残っている。

「さっさと終わらせよう」

 決意を固め、扉へと歩き始めた僕の横を亜麻色の髪に赤いリボンの女の子が駆け抜け、笑いながら問いかける。

「イルド、疲れた? まだ走れる?」
「ちょっと一休みしただけ。僕はまだ走れるよ、“姉さん”」

 僕の返事に“姉さん”が笑みを浮かべたのを背で感じながら扉を抜けると、青いエプロンの女性がバケットを片手に微笑を浮かべて僕に問いかける。

「イルド、遅れたみたいだけど追いつける?」
「心配しなくても追いつけますよ、“母さん”」

 右手を唇に当てて上品に笑った“母さん”に軽く会釈をして、噴水のある広場のその先にある門へと僕は足を向ける。
 そこで僕は噴水前のベンチに座る年輩の男性に、先制して言葉をかける。

「友だちと並んで歩けるよう頑張っています、“父さん”」
「その気持ちを忘れずに頑張りなさい、イルド」

 僕と“父さん”は互いに目を細めて笑い合い、どちらともなく片手を挙げて別れの挨拶。
 そして。
 噴水を越えて、門へとついた僕は、振り返る。

 そこで僕の目から涙がこぼれ落ちた。

 図書館の前に立って、今は亡き家族が僕に向けて笑顔で手を振っている。

 僕よりも幼い姿の姉さんが元気に右手を振っていて。
 母さんは父さんに寄り添うようにして小さく手を振り。
 父さんは母さんの肩を抱きしめ、満足そうに深く頷いた。

 あぁ、忘れられない人たちに会えた。
 もう会えない人たちに会えた。
 最愛の人たちに会えた。
 僕は幸せな奴だ。

 僕は手を振って、叫ぶ。

「父さん、母さん、姉さん! 僕は、元気です!」

 今は亡き家族が笑顔で頷いたのを見てから、僕は背を向ける。

 そして。

 門をくぐり抜け。

 僕は、ここに帰ってきた。

 信じられる、大切な友だちと、ともに戦うために!


 ◆◆◆◆◆◆


「おはようございました」
「…寝ぼけたことを言うなイルド」

 呆れとも苦笑とも言えない声で返した咲希は事の経緯をイルドに説明し、最後にこう付け加えた。

「シャマル医務官がお前に礼を言っていた。お前のおかげでたいした怪我もしないで済んだらしいぞ」

 咲希の言葉にイルドは照れながら左手でほほをかくが、そのあとに「お前の寝顔、シャマル医務官に見られたがな」と付け加えられた言葉に思わず頭からシーツをかぶった。
 直後。
 駆け込んできた局員の声が病室に響く。

「イルドさん、咲希さん! 迎えに来ました!」

 その言葉に気持ちを即座に切り替えた二人は立ち上がった。


 ◆◆◆◆◆◆


 巨大魔力攻撃兵器アインへリアル全基大破。
 ナンバーズ、地上本部へ侵攻開始。
 ガジェット軍団、二カ所のルートから地上本部へと侵攻、管理局と交戦開始。
 ロストロギア“ゆりかご”起動、軌道ポイントを目指し飛翔開始。
 第二陣のガジェット軍団、廃棄都市を通り地上本部への侵攻を開始。

「ハァーーーッハハハハ! 素晴らしい! 実に素晴らしいよ!!」

 地上本部・廃棄都市・ゆりかごの三つのポイントで始まった戦いをモニターから眺めていたスカリエッティの笑い声が響き渡る。
 特に管理局の戦力を分断させるための策が成功したことに笑いが止まらない。
 予想通り管理局の主力はゆりかごにまわり、ほかの地上部隊も二カ所から侵攻する軍団で手一杯であった。そのために全部隊は戦力を割けない状況に陥り、廃棄都市のルートはほぼがら空きと言っていいほどだった。

「…あら?」

 ホログラムモニターから流されるその映像に哄笑するスカリエッティの後ろに控えていたウーノが、新たにホログラムデータを浮かばせる。
 その映像にはガジェットに囲まれるフェイトとシャッハ、ヴェロッサの姿が映っていた。

「ドクター、この基地が発見されました」
「気にしなくて良いよ、ウーノ。彼女たちはトーレたちに任せるとしよう」

 スカリエッティの言葉に頷いたトーレがセッテを連れて部屋を出る。
 しばらくしてトーレは立ち止まり、口元に手を当てさきほどのホログラム映像を思い出しながら考え込む。

「……おかしい」
「トーレ、どうしたのです?」

 トーレの後ろで立ち止まったセッテが問う。
 それに対し、一拍の間を置いてトーレが答える。

「…あの三人以外にも侵入した者がいる気がする」


 ◆◆◆◆◆◆


 機動六課のフォワード陣は、地上本部を目指して侵攻するナンバーズと、その侵攻ルート上にある廃棄都市で交戦を開始していた。
 本来四人はギンガの保護を優先していたのだが、ナンバーズによって戦力を分断されていた。

 エリオとキャロは、ルーテシアを追跡。
 スバルは、洗脳されたギンガと交戦開始。
 ティアナは、結界内に閉じ込められて三人のナンバーズと戦っていた。
 そして、第二陣のガジェット軍団が廃棄都市近辺へと到着。
 シャマルとザフィーラがそれを迎撃。

 フォワードたちが絶望的な戦いを強いられていたその頃、地上本部ではイルドと咲希の最後の出撃準備が行われていた。
 数人の技術者たちが二人の身体にプロテクターを装着する手伝いをしているなか、かつて第六技研で副主任を務めていたエップスが現在の状況をまとめる。

「いいか二人とも。デバイス以外は全てぶっつけ本番だ。いつ故障や不具合が起きるか俺たちにもわからん。とくにγは急造のパーツが多いからな」

 ついでイルドの背中にキャノンパックを取り付けている技術者が説明を補足する。

「背中と腰に取り付けた四門のレーザー砲はガジェットから取り付けたパーツです。破壊力はありますが連射だけはしないで下さい。冷却が間に合わないで爆発の危険があります。出来れば一度ぐらいは試射をしたかったのですが」

 エップスたちの説明を聞きながら、プロテクターを装着しているイルドは笑って言葉を返す。

「ここまで来たらみんなを信じるしかないでしょう? 大丈夫、ここにいるのは一流の技術者だけです」

 そのイルドの言葉に、義手の調子を確かめながら咲希も頷く。

「イルドの言うとおりだ。エンスが信頼するお前たちを、俺たちが信頼しないで何が出来る?」

 咲希はそう言って、義手を振って眉を寄せる。

「義手では、前のように斬れそうもないな」

 あくまで普段と変わらない不安を感じさせない二人の言葉に、今度はエップスが苦笑を返す。

「もう何を言う気も起きんな」

 諦めにも似たエップスの言葉に、ほかの技術者たちも苦笑。

「しかしこれだけは覚えておけ。このデバイスには、お前たちの血が込められている」

 そのエップスの言葉に二人は互いの顔を見合わせる。

「正確に言うとお前たちの血を混ぜ合わせた塗料を塗り込んだ」

 自らの血を得た新たなデバイスを見つめ、二人は笑う。

「なるほど。己の魔力を含んだ血を塗り込むことで」
「より効率的な魔力伝達が出来る…そういうことですか」
「そうだ。前よりも通りが良くなって硬度の上がりも速いはずだ」

 理解したイルドの肩当てを軽く叩き、エップスはホログラムマップを浮かび上がらせる。
 そのホログラムマップ上では、三つの赤い光点から矢印が伸び、それとは反対の位置にある地上本部から三つの矢印が伸びて、三つの地点でぶつかり合う。

「現在、管理局の戦力は三つに分かれている。一つは」

 ホログラムマップの一部分を拡大させて、エップスは別のモニターを映し出す。
 そこに映し出されたモノは巨大な飛行物体。
 巨大な威容を見つめ、咲希が問う。

「これは?」
「ゆりかごとかいうロストロギアだ。現在機動六課の隊長陣を含む武装隊員たちが対応に出ている」
「空は彼女たちに任せましょう。地上は?」

 説明を遮り地上の状況を尋ねるイルドに、エップスが別のホログラムを開く。

「二つのルートからガジェット軍団が侵攻し、現在は地上部隊のほとんどがそれと交戦中だ。しかし、この二つの軍団は囮だ。そして本命は」

 廃棄都市を映すホログラムに四つ目の光点が現れ、エップスの説明とともに一つの地点へと矢印が伸びる。

「本命はこの廃棄都市を侵攻し、地上本部を目指している。現在、機動六課のメンバーが戦闘機人とかいうのと交戦中だが、全く持って残念なことにいまの状況では他の部隊から戦力を裂くことは出来ない。ガジェットどもが到着したら敗北決定だ」

 そこで二人は立ち上がり、ヘルメットを手にする。

「そんなことは俺たちがさせない」

 咲希の言葉にイルドも頷く。

「僕たちの…地上部隊の意地を見せてやる」

 普段と変わらない穏やかで、静かな声音のなかに確かな決意を込めて、イルドはそう言った。
 イルドの決意に応えるように、白い布で覆われたひときわ大きな物体の前に立った技術者たちが勢いよくその布を解き放つ。
 そして、そのなかから現れた純白のガジェットUにイルドと咲希は無言で拳をぶつけて笑い合う。

「お前さんたちの設計どおりになんとか組み上げることが出来たよ。一応、ミサイルもそのまま流用しといた。しかし、急すぎてな、旋回能力はあまり期待できん」

 ボサボサの髪をかきながらそう言う技術者に、もう一人の技術者が不満そうに言葉を続ける。

「本局のアホどもが横槍いれなけりゃ、予定にあったバイザー・ユニットが造れたんになぁ……まぁイルドたちも予算がなければ材料を現地調達なんてよくやったよ」

 同僚のその言葉に一同が苦笑し、同じように苦笑していたエップスも咳払いをしてからいくぶん真面目な口調で返す。

「しかし、流石にガジェットを使ったのがばれたら厄介だからな。二人とも任せた」
「確かに任された。それとイルド」
「何です?」

 珍しく咲希は軽く悩んだ様子であったが、イルドに向けて右の拳を突き出して言った。

「これが終わったら、かつての決着をつけよう」

 その言葉にイルドの思考が一瞬停止するがその言葉を理解した瞬間、イルドは勢いよく頷いて、咲希の拳と自分の拳をぶつける。

「こちらこそ! それでは皆さん!」

 快い返事とともに右手を胸に当てたイルドに倣い、咲希も、エップスをはじめとした技術者たちも、同じように右手を胸に当てる。
 一同、満足そうに笑み。
 イルドと咲希が一度視線を交わして頷いて、礼。

「先に行ってきます」
「あとで会おう」

 静かにそう言った二人に向けて、エップスたちも笑い、礼。

「行ってこい!」


 ◆◆◆◆◆◆


「……く!」
「ナンバーズ!」

 シャッハと合流しスカリエッティの基地へと侵入したフェイトは、トーレ・セイン・セッテの三人のナンバーズに襲撃されていた。
 双剣型デバイス“ヴィンデルシャフト”を構えるシャッハの背を守るように立ったフェイトも“バルディッシュ”を構え、油断無くトーレを睨む。
 そんな二人を見下ろすようにホログラム映像が浮かび上がり、そこに映し出されたスカリエッティがあざ笑う。

「すでに決着はついたようなものなのに、何故そこまでして足掻くのかね?」

 さらにガジェットが姿を現し、スカリエッティが見下したように言葉を続ける。

「この状況では、すでに勝ち目はないだろう? 敗北を認めたらどうかね?」

 そのとき、新たな人物の声が高らかに響き渡った。

「結果が出てもいないのに結論を急ぐのは技術者として失格だとは思わぬか?」

 フェイトも、シャッハも、ナンバーズでさえも、その浪々とした声の主へと顔を向ける。
 ついで硬質の足音が近づき、その姿を現す。
 その一同の瞳が集中した先にいた人物を見て、フェイトが疑問の声音で呟く。

「……エンス…主任?」

 いつもの六課でのうさんくさい笑顔を浮かべていた技術者のエンスではなく、触れれば斬られてしまいそうな日本刀の如き空気を身にまとったエンスの姿がそこにあった。
 鋭いまなざしでナンバーズを見回した後、エンスはその氷の瞳をスカリエッティへと向ける。

「我が名はエンス・サイ! 地上本部に仕える技術者よ!!」

 声も高らかに名乗りを挙げたエンスに、ホログラム映像のスカリエッティが得心したように笑う。

「なるほど、君があの蒼騎士たちの制作者か」
「ほう、蒼騎士とはこれまた良き名よ。今度採用させて貰うとしよう」

 とくに喜んだわけでもなく無表情にエンスが返した言葉に、スカリエッティは深い笑みを浮かべる。
 奇妙な空気に誰も動けないなか、二人の会話が続く。

「しかし、地上本部の技術者がここに来た理由はなにかね? まさか私とここで論議したいわけでもないだろう?」
「ふむ、時間を無駄にしないとは実に良い心がけだ。それに倣い、我も本題に入り、これからの我がスケジュールを貴様らに教示してやろう」

 そして、スカリエッティから目をそらさずエンスはナンバーズたちを指さす。

「我はこれより戦闘機人を一人敗北させる」

 その言葉に眉を寄せたトーレとセインの瞳が鋭くなるが、無視したエンスは言葉を続ける。

「ついで撃破後、我は光の速さで廃棄都市へ戻り、地上本部へ向かうガジェット軍団を殲滅に出る!」

 大言壮語を吐くエンスに向けて、スカリエッティは嘲るように笑った。

「君に、出来るかな?」
「我ひとりでは出来ぬ。しかし」

 スカリエッティの言葉に、エンスは頭を振って否定。
 しかし、闘志を秘めた瞳を向けてエンスが宣言。

「…“我ら”なら出来る!」

 高らかに叫び、ベルト状の純白のデバイスを取り出し、装着。
 そのデバイスに、スカリエッティの瞳が輝き、フェイトが叫ぶ。

「それは!?」
「タイプα、変身!」
『TYPE−α CHANGE CRYSTAL』

 機械音声が響き、エンスの身体にプロテクターが装着されていく。

『THE TRANSFORMATION COMPLETION』

 デバイスが変身完了を告げると、左肩に“智”と書かれた純白の鎧に身を包んだエンスが、そこにいた。
 感心したように笑みを浮かべるスカリエッティへと向けて、狙いをつけるように指さしたエンスは声も高らかに宣戦布告。

『侮るなよスカリエッティ! 我ら技術屋の意地と魂、見るがいい!』


 ◆◆◆◆◆◆


 結界内に閉じ込められながら、不利を承知してティアナは三人のナンバーズと戦いを続けていた。

「ちょっとばかし……きついわね」

 薄暗いビルの中、壁に身を隠したティアナがその向こうにいるナンバーズを警戒する。
 状況確認。
 援軍無し。
 ナンバーズは三人、全て健在。
 ビルは結界で閉ざされており、撤退不可のうえ通信不可。
 改めて現在の自分が置かれている状況に挫けそうになるが、仲間を信じて心を奮い立たせる。
 しかし、その心を折るようにウェンディの声がこだまする。

「さっさと諦めて降参したら痛い目に遭わなくて済むッスよー」

 ついで幾つものホログラム映像がティアナの視界に入るように映し出され、廃棄都市に侵攻してくるガジェット軍団の様子を伝える。
 その映像とともに、楽しそうな声でウェンディが降伏勧告を再び行う。

「どうッスかー、こんな状況でまだ戦うッスかぁ。もう無理ッスよー」

 ウェンディのバカにしたような言葉に立ち上がったティアナは、握りしめたクロスミラージュを一つのホログラムに向けて発砲。
 そして、叫ぶ。

「私は! 諦めない!」

 駆けだしてホログラムデータのなかを突っ切り、ウェンディへと銃口を向ける。だが、それよりも先にウェンディがライディングボードからエネルギー弾を放つ。
 エネルギー弾が足下に炸裂した衝撃でティアナが床に転がり、ディードがツインブレイズを向ける。
 迫り来る刃に覚悟したその瞬間。
 凛とした声が響き渡り、一条の閃光が結界を斬り裂く。

『我に斬れぬもの無し!』

 結界を“右脚”で斬り裂いて現れた真紅の鋼鉄闘士に、ティアナが喜びと驚きの音色を混ぜた声でその名を呼ぶ。

「咲希さん!?」
『よく耐えた、ティアナ・ランスター二等陸士。援軍、第一陣の到着だ』

 ティアナへと頷き返す咲希に、ウェンディが叫ぶ。

「どうやって結界を壊したんッスか!?」

 それに対し、義手となった右腕を構えた咲希はウェンディの問いに答える。

『悪を倒すためならいかなる障害をも俺は斬り伏せる』
「なんの冗談ッスか、それ!?」

 ウェンディの叫びを無視してナンバーズを見回した咲希は、その中に双剣の使い手ディードを見つけた。
 そして、ディードを指さして一言。

『預けていた勝利を、返して貰う!』


 ◆◆◆◆◆◆


 廃棄都市でガジェット軍団を迎撃に出ていたザフィーラとシャマルに通信が入った。

『シャマルさん! 地上本部から何かがそちらへ高速で向かっています!』

 ロングアーチから入った緊急通信と同時に、ジェットエンジンのような爆音がとどろき渡る。その爆音を放つ物体へと瞳を向けたシャマルが呟く。

「白い……ガジェット?」

 シャマルの呟きと同時に白いガジェットUは機械の群れめがけてミサイルを発射。
 ガジェット軍団の一角で爆発が起こり、その純白のガジェットUの背から紅い物体がビルへと飛び降りる。
 ついで白いガジェットUは大きく旋回し、ガジェット軍団に再びミサイル発射。
 ガジェット軍団の一角で爆発が起きる。
 そして、純白のガジェットUの腹部が展開。
 そこから現れた姿に、シャマルの声に喜びが広がる。

「…イルド君……!」
『お待たせしました、シャマル医務官!』

 シャマルの喜びの声とともに“槍”のようなモノを手にした蒼き鋼鉄闘士イルドがガジェットUの腹部から降下。操り手を失ったガジェットUはそのままの勢いでガジェットの群れに突っ込み爆発。
 風を切りながら降下するイルドも慣性の法則に従いながら飛び、バックパックに取り付けられた二門のレーザー砲をガジェット軍団に向け、砲撃。ついでパラシュートを展開し、土煙を上げながら着地。
 そして、ガジェット軍団に向けて再びレーザーを放つと同時に、ローラーダッシュで高速後退。
 シャマルとザフィーラの前で止まり、振り返る。

『援軍、第一陣到着しました!』

 イルドの力強い声にシャマルが涙を浮かべ、人間体になったザフィーラがその肩を軽く拳で叩く。

「来るとは思わなかったぞ」
『みんなが頑張っているときに、僕だけ寝てもいられないでしょう?』

 布に包まれた“槍”のようなモノを地面に突き立てながら軽く返したイルドは、シャマルへとその身体を向ける。
 シャマルは涙をふきながら、イルドに微笑む。

「…大丈夫……なんですか?」
『はい。それとお見舞いありがとうございました』
「いいんです……イルド君が…無事で…」

 涙を浮かべるシャマルの肩へと手をやり、イルドはおどけて言う。

『ハンカチでも貸せればいいんですが、このカッコではハンカチも出せませんね』
「いいんですよ……」

 涙をふきながら嬉しそうに言うシャマルと微かな笑みを浮かべるザフィーラへと、イルドは穏やかな声で言った。

『皆さんと違い、僕は弱い無力な魔導師です。このγが無ければ、ガジェットに勝つことすら出来ません。それでも……それでも皆さんとともに戦いたいという、この気持ちだけは誰にも負ける気はありません』

 一拍。

『こんな僕でも、一緒に戦うことを許してくれますか?』

 その言葉にシャマルとザフィーラが頷き微笑。

「イルド、お前はじゅうぶん強い」
「こちらこそお願いします!」
『…ありがとうございます』

 二人の心地よい言葉に軽く頭を下げて礼。
 そして、イルドはガジェット軍団へと向き直り、一団へと宣言。

『Let's Party!』




 NEXT STAGE
 『全力全開!』




◆説明補足第八章:タイプα◆
 第十三技術部が造りあげた最初の試作デバイス第一号。
 量産性及び汎用性を求めたデバイスで、β及びγと比較すると全ての性能において劣るスペックだが“扱いやすさ”という面では群を抜いている。
 デザインや性能など全ての面においてシンプルにまとめられており、整備及び点検が容易な面も特徴である。
 元々はこの“タイプα”を用いて実戦試験を予定していたが、人員不足とガジェットとの戦闘を考慮して後発のβとγにその場が与えられることになった。



◆説明補足第九章:タイプγ◆
 試作デバイス“タイプγ”は三機ある試作機のなかで唯一オプションによる機能拡張が行えるデバイスである。これは本来“災害救助”を目的に設計されたものであることを示している。
 初期構想では各アタッチメントに災害状況に応じた特殊装備を取り付け、迅速な災害鎮圧を行う予定であった。
 しかし、地上本部上層部からの“強い”要望により急遽タイプγは他の二機と同様の戦闘用デバイスとして開発プランが変更された。各部にあるアタッチメントはその名残である。
 現在、イルドが使用しているシールドガントレットも外装オプションであり、自由に取り外すことが出来る。また第七章『血戦開幕!』においてイルドはレーザーキャノンを装備したバックパックを背負い戦場に駆けつけた。
 現在設計中のオプションは以下の通りである。
・瓦礫除去用のドリルアーム&ペンチアーム&チェーンソーアーム。
・要救助者の保護を目的とした、成人男性一人が入れるほどのカプセルバックパック。
・鎮火用放水バックパック。
・フライトパック。



◆説明補足第十章:純白のガジェットU◆
 人知れず集めておいたガジェットのパーツを使って、エンス率いる旧第六技研が組み上げた特製カスタムガジェット。
 一機のみの特注品で、イルドと咲希の二人が設計原案を行った。
 飛行能力を持たないプロテクトデバイスのための、迅速な“長距離高速移動”を目的として造られた。
 ハンググライダーのように吊り下げ式の操縦方法で“タイプγ”が腹部に乗り込む。また背部にも乗ることが出来るが、あくまで緊急事態のためであって乗り心地は最悪なのでおすすめは出来ない。
 人工知能は持たず、あくまでバイクなどのような乗り物の意味合いが強い。
 無論ガジェット自体が違法兵器なのでエンスたちの行為は決して褒められるものではなく、場合によっては何らかの処分を受けることも考えられる。
 しかし、そのことを理解しているイルドは廃棄都市に到着した直後、すぐさまガジェット軍団に向けて射出。敵もろとも爆発させることで証拠隠滅を行った。
 余談だが、第十三技術部にじゅうぶんな“人手”と“予算”と“時間”があれば、コレとは別の“可変式”で“強化パーツ”にもなる飛行ユニット(バイザー・ユニット)が造られる予定であった。



◆後書き◆

 今回の話は「三匹が斬る!」となります。
 やっと全員集合しましたね。

 イルド、主人公らしくパワーアップ。ただし外装オプションをつけただけ。フルアーマーもしくはキャノン・イルドへ。
 あと夢のなか一部分おかしいけど気にしないでください。イルドも男の子ですから!

 エンス、やっと変身。しかも態度がでかい。
 ちなみにタイプαは青銅聖闘士やライオトルーパー(仮面ライダーファイズ)などの軽装をイメージしています。量産機大好き!

 咲希、エルシド? 聖剣よ!
 こいつだけパワーアップ無し。義手をつけただけ。でも構わない!

 技術者たち、無駄口多い。裏方の人たちが頑張る姿が大好きです。







作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。