機動六課の演習場。
珍しく訓練着に着替えたイルドがそこにいた。
「…今思えば、エリオ君と戦うのは初めてですね?」
半分ほどの面積を蒼い布で覆われた棒を構えたイルドが、目の前でストラーダを構えるエリオに訊ねると、赤毛の少年は嬉しそうに頷き返す。
「はい、一対一の試合は初めてです」
答えながらエリオはストラーダを一閃するが、イルドは手にした棒でそれを弾く。
「ここでは初めてですが、これが本来の僕の得意とする武器なんですよ」
「イルドさんは槍使いなんですか?」
「正確に言うと“棒術”…といったところですね」
攻めたかと思えばすぐさま受けにまわると、目まぐるしい速さでしのぎ合う二人は楽しげに談笑。
久々の武器を手にした試合にイルドの心が弾み、エリオも自分のスタイルと似た戦いに胸を高鳴らせる。
「ハイ!」
「たぁ!」
イルドが槍のごとく突いたかと思えば、すぐさま剣のように構えて斬撃。
槍と思えば剣となる棒術の戦い方に初めてまみえたエリオの心が驚きと喜びに満ちあふれる。
「ただの棒でこんな戦いが出来るなんて知りませんでした!」
「棒はしょせん棒。しかし持ち方を変えれば変幻自在! 如何なる間合いでも戦えますよ!」
歓喜と驚嘆が混ざり合ったエリオの言葉に、歓喜の声で返したイルドが器用に片手で棒を回転させて間合いを取る。
そして、棒を覆っている布の止め紐を解き放つ。
「ではここからが本番!」
叫びとともにイルドが棒を勢いよく振るうと、布がはためき広がる。
「…は…旗?」
エリオの呟きどうり、イルドが解き放ったソレは確かに蒼い“旗”だった。
蒼い旗をつけた棒を両手で構えたイルドが笑う。
「ただの旗だと思っていると痛い目を見ますよ?」
言ってイルドはそれを横薙ぎに振るうと、エリオの視界をふさぐように旗が音を立ててはためく。
ときに剣のように振るい、ときに槍のように突き、ときに威嚇するかのようにそれを回転させるたびに、旗が華麗に舞ってはエリオに襲いかかる。
そのイルドの攻撃を二度三度と受けながら、まるで闘牛士が舞っているかのようにエリオは錯覚。
何度かイルドの攻撃を凌いだエリオが問いかける。
「見とれるな…ということですか?」
問いに対して、イルドはにこりと笑って答える。
「御自由にと言いたいですが、気を抜くと…痛いですよ!」
叫んだイルドが勢いよく旗を振り下ろす。
だが、その攻撃はあまりにも大振りすぎたために一瞬の隙が出来た。
エリオにとってそれは十分すぎるほどの好機だった。
「取った…!」
好機を見逃さずストラーダを一閃。
次の瞬間、快音とともにイルドの旗が空を舞い、イルドが満足そうに告げる。
「…お見事!」
その言葉に、エリオが勝利を確信。
しかし、早すぎた。
油断したエリオを見て、イルドがさらに楽しそうに笑う。
「でも勝負はまだ終わってませんよ」
「……エ…えぇぇ!?」
叫びとともにエリオは、イルドによって地面に組み伏せられた。
ついで響くは落下してきた旗が転がる音。
そして最後に、試合終了を告げるシグナムの声が響き渡った。
◆Three Arrow of Gold◆
第六章『六課襲撃!』
「エリオ、見事に罠にかかったな」
「…はい」
エリオとイルドのまえで、シグナムが先ほどの模擬戦を分析する。
「最初から罠を仕掛けたイルドから、エリオに言うことはないか?」
「さすがシグナム副隊長」
不意に名指しされたイルドは小細工を見抜かれたことに驚きもせずに、エリオを見やって苦笑。ついでシグナムへと視線を戻して、はっきりとイルドは答える。
「会話に乗ってくれて楽でしたよ?」
イルドの説明によると、最初の談笑から勝利への布石は始まっていた。
会話で相手の心に小さな油断を作り、棒術の説明と大げさな旗をわざとらしく大仰に見せつけて、相手の心をその“外見”に集中させる。ついでわざと隙を作って、武器に打ち込ませる。
その瞬間を見極め、さりげなく武器から手を放して、最後の“勝利の方程式”を組み上げる。
「…ぜんぶ演技だったんですか」
「一対一の決闘方式だから出来たのと、十歳と十八歳の年月と経験の違いです。まぁ、戦いの場にあるときは精神は常に冷静であれ…ということですかね」
イルドの言葉に感心したようでいて悔しそうにも感じ取れる声でエリオが呟き、シグナムが頷く。その二人の反応にイルドは苦笑してほほをかく。
「イルドの戦い方を見ると我ら“騎士”とは違い、武器にはこだわらないようだな?」
「まぁ、そうですね」
肩をすくめながら答えたイルドは、さらに続ける。
「魔力資質において僕は皆さんよりも劣っていますから、それ以外の技術でカバーが基本ですからね。極端な言い方をすれば、今みたいに必要とあれば得意な武器を捨てもしますし、何でも武器にしますよ。例えば…そう椅子でもハシゴでも」
「イルドさん、椅子でどうやって戦うんです?」
目を丸くしたエリオが驚きの声で訊ねるが、イルドは平然と返す。
「さっきの説明と同じで、必要なのは使い方次第ですよ? 僕が尊敬する人は、椅子やハシゴを手足のように使って戦っていましたから」
気のせいかイルドの声にはいつもと違い、微かな熱がこもっていた。
その違和感と、言葉の内容にシグナムが訊ねる。
「イルド? もしかしてお前、地球の映画を見たことあるか?」
訝しむシグナムの問いに、楽しげにイルドは頷いて返した。
「はい、カンフー映画とか日本の特撮映画は大好きですし、本当に勉強になりましたよ。いやぁー、実践して判ったんですがハシゴは結構…いやかなり難しいんですよね。何度も失敗して怪我をしました」
イルドの言葉にシグナムは小さく「なるほど…」と納得し、エリオは不思議そうに勝手に納得した二人の顔を交互に眺めていた。
◆◆◆◆◆◆
イルドとエリオの模擬戦の翌日。
九月十四日。
陳述会警備の任務に就いたため主力メンバーが不在となった機動六課隊舎では、有事に備えイルドと咲希の二人が待機していた。
しかし。
「イルにいーご本読んでー」
「はい、わかりましたお姫様」
その食堂では、イルドがヴィヴィオにまとわりつかれていた。
「それでお姫様、今日はなにをお読みしましょうか?」
「これ!」
ヴィヴィオの目線にあわせるためにイルドは跪き、そんなイルドにヴィヴィオは一冊の本を渡す。
渡された本を受け取り、イルドは苦笑。
「ヴィヴィオ姫は本当に白雪姫がお好きですね」
「うん! はやく読んでイルにいー!」
急かされたイルドは、ヴィヴィオを膝のうえに座らせて本を読み始める。
仲の良い兄妹のような二人の姿に、咲希・シャマル・ザフィーラの三人は微笑し暖かいまなざしでそれを見守っていた。
◆◆◆◆◆◆
「さぁ、みんな。全ての準備は整った」
地上本部と機動六課隊舎を映すホログラムデータを背にしてそう言ったスカリエッティは、自らの眼前に並ぶ十一人のナンバーズ、一人ひとりへと視線を送る。
無言。しかし、緊張しているわけでもなく、その表情はみないつも通りであった。
その様子に満足したように笑みを浮かべたスカリエッティは頷き、地上本部を映すホログラムデータを拡大してみせる。
「本部襲撃組は、余力があればタイプゼロ二機とFの遺産の確保をしてほしい」
チンク・セイン・ノーヴェ・ディエチ・ウェンディの五人へとそう言ったスカリエッティは、次に六課隊舎のデータを拡大し、オットーとディードを見やる。
「六課襲撃組は、“聖王の器”の確保……そして、情報によるとあの鋼鉄騎士は居残り組らしいからコレを使って欲しい」
一同から離れた位置に鎮座していた三体の巨躯が、スカリエッティの言葉に呼応するかのように一度だけ瞳を紅く光らせる。
「…さぁ、みんな。祭りの始まりだ」
野望を秘めたその言葉に、鋼鉄の巨人たちが獣の咆吼のように駆動音を上げた。
◆◆◆◆◆◆
一方、エンスは公開意見陳述会を控えた地上本部の警備任務につくフォワード陣を捜していた。
「おー見つけたー。スバルちゃんたち、ちょっと待ってー」
気の抜けるエンスの声に呼び止められたティアナたちが振り返る。
そんな四人の前に来たエンスはにこやかに訊ねる。
「万が一のためのルートの確認はしたかなー?」
エンスは四人の前にホログラムマップを映して、指を指す。
「こことココ、それとこのルートを行けば最短距離で高町一等空尉たちに合流できるはずだから覚えておいてねーー。君たちはデバイスを渡すっていう任務もあるからねー。あと強制ロックされたドアを開ける裏技も教えておくねーー」
静かに笑みを浮かべながら説明するエンスに、メモを取っていたティアナが質問する。
「こんなことを聞くのは失礼だと思いますが、部署の違う主任がなんでそこまで私たちに助言をするんですか?」
そのティアナの疑問に対し、エンスはいつものうさんくさい笑顔とは別の、優しい笑みを一同に向ける。
「当然だろう? みんな管理局の一員なんだから部署は関係ないよー」
簡潔な言葉に一同は呆気にとられ、そんな彼女たちに向けてエンスは苦笑。
「ランスター二等陸士、とくに君は覚えておくといい。チームの指揮を務める者は最悪の状況を想定し、最善の道を選ばなければならないことを」
普段のエンスとは別人のように穏やかな顔で言葉を紡ぐ。
「もしかしたら今日は君たちにとって、とても重要な日になるかもしれない。だからこそ無事を願い、珍しく饒舌になったのかもしれんな」
そう言ってエンスは両手を打って小気味よい音を発し、心を切り替える。
「さー真面目な話はこれでお終いーー。これから任務に当たりましょーー。それではみんな、さーよーうーなーらー」
気の抜けるエンスの言葉に一同は釈然としない様子であったが、警備へと向かい歩き始めた。その後ろ姿をしばらく見送った後、エンスも友人と話しをするために白衣をはためかせて歩き始める。
「…どこにいっるかな、どこにいっるかな?」
即興の歌を口ずさみながら、目的の人物を捜して数分後。
先日会った友人アレックスの姿を見つけ、駆け寄る。
向こうもエンスに気づき、片手を上げながら挨拶。
「よぉ」
「エンスさん、久々の古巣に帰還ー…で、今日の警備の様子は?」
口調を変えて訊ねる言葉に、アレックスは大げさに肩をすくめてみせる。
「んにゃ、それとなく上にも具申したんだが聞く耳持たねぇよ」
「我が名を出したら、出るはずの許可も出ないぞ」
自分を酷評するエンスに向けて苦笑しながら、アレックスは頭を振る。
「言わなくても無理だっての。うえにいるのが無能のフォークだぜ?」
「む……あの無能では仕方ない」
アレックスの言葉の中に出た人物に、心底エンスは嫌な顔をしてみせる。だが、そんなエンスよりもアレックスのほうが渋い顔をする。
「実働から離れたお前がそんなこと言うなよ。俺なんか見たくもない顔を眺めているんだぜ」
そこで一旦区切ったアレックスは、声を潜めて訊ねる。
「…で? 何のようだ?」
「先日の件、皆に話してくれたか?」
一度周りを見やったあと、アレックスは頷き返す。
「あぁ、確かにお前の言葉…“危なくなったら上手く逃げろ”ってのは伝えといたぜ」
「もう一つは?」
アレックスは「ハ!」と吐き捨てるように笑ってみせる。
「大丈夫だ…“次の機会がある”ってヤツだろ? 安心しろ」
その言葉にエンスは微笑み頷く。
「全ては我の杞憂であればよいのだが」
「そうだな」
二人が笑った瞬間。
激震が本部を襲った。
◆◆◆◆◆◆
地上本部が襲撃されたのと同時刻。
機動六課隊舎もガジェット軍団に襲撃されていた。
「変身!」
「…変身!」
二人の声とともにまばゆい光が放たれ、変身完了を告げる機械音声が響き渡る。
『THE TRANSFORMATION COMPLETION』
全身を強固なプロテクターに包まれたイルドがヘルメットに内蔵された通信機をヴァイスへと繋ぐ。
『ヴァイス陸曹、非戦闘員をお願いします!』
『おう! そっちは頼んだ!』
ヴァイスの言葉に、同じように通信回線を開いていた咲希が応える。
『俺たちが時間稼ぎをする』
答えた咲希が疾走し、そのあとをイルドがローラーダッシュで駆けて、ガジェット軍団を迎撃に出る。
すでに迎撃に出ていたシャマルとザフィーラの横を抜けると同時に叫ぶ。
『僕らが前へ出ます! シャマル医務官たちはここを!』
騎士甲冑に身を包んだシャマルが「ハイ!」と返し、ザフィーラが盾の守護騎士の名に恥じぬ防御魔法を展開、ガジェットの攻撃を弾く。
それを一瞥し、イルドはさらに加速してローラーダッシュ。
迫り来るガジェット軍団へと飛び込み、一体のガジェットに狙いを定めた拳に力を込め、放つ。
爆発が上がりそれを突き抜けて、もう一体へと加速したイルドは跳躍。そして、ガジェットを踏みつけるように着地した瞬間。
ブーツに内蔵されたタイヤを勢いよく回転させて、ガジェットの装甲を火花を散らして削り上げる。
しばらくして二〇機目を撃破したイルドは呟く。
『…武器が欲しいな』
視界に入った街灯を折り、即席の槍として振るう。だが、三体目を撃破したときには使えないほどに折れ曲がってしまった。
使えなくなったそれを八つ当たり気味にガジェットに投げつけ、再び拳で戦いを挑む。
ガジェットの群れのなか孤軍奮闘するその蒼き鋼鉄闘士の姿を空から見ている者がいた。
八番目の戦闘機人、オットーだ。
「……よくやる」
ホログラムデータに映る鋼鉄闘士たちを一瞥し、感情の無い声で呟く。ついで、ホログラムデータを操作して一言。
「…出番だよ。φ…χ」
そのオットーの言葉が告げられると同時に、一台のピックアップ・トラックがイルドめがけて加速する。
『……トラック?』
ヘルメットから告げられる警告音にイルドがその方角へと身構えると、一台のトラックが加速して迫ってきていた。
四肢に力を込めて、推し止めようと身構えた瞬間。
迫るピックアップ・トラックの車体が中央から割れてその姿を変え始める。
『…まさか…変形!』
トラックから人型へと姿を変えたドローンが鉄の咆吼を上げ、イルド目がけて襲いかかった。
◆◆◆◆◆◆
「早くなのはさんたちに合流しないと!」
迫り来るガジェットを破壊しながら駆け抜けるスバルたちの手には、なのはたちのデバイスが握りしめられている。
焦るフォワード陣へとさらにガジェットが群れをなして襲いかかり、スバルたちが身構える。
直後。
「セェェッィイ!」
スバルたちの後ろから走ってきたエンスが白衣をはためかせ跳躍。
右の脚でガジェットに蹴りを入れた瞬間、義足に内蔵されたパイルバンカーを射出。煙とともに鉄杭が打ち込まれ、ガジェットのボディを貫く。
突如として現れたエンスに一同が唖然とするが、そんなフォワード陣に向けてエンスが先を指さして叫ぶ。
「貴様たちは高町一等空尉たちへデバイスを届けよ!」
フォワード陣を普段の口調とは一転して荒々しい語気で叱咤する。
「ここは我が引き受ける! 早く行かぬか!!」
そして、ガジェットへと跳躍し、またも鋼鉄の右脚で蹴りを入れる。
「わ、わかりました!」
「急げ!」
走り出すフォワード陣の背を見送り、ガジェットの群れへと向き直ったエンスがまとっていた白衣を脱ぎ捨て咆吼。
「全てここで破壊してくれる!」
◆◆◆◆◆◆
『リンカードライブ、チャージアップ!』
魔力増幅回路“リンカードライブ”がイルドの魔力を増幅させ、その力を両腕に集中させる。ついでイルドは拳を握りしめ、巨大ドローンへとローラーダッシュ。
標的を見据えて、右の拳を構える。
それに対して巨大ドローンも胸部を展開し、レーザーをチャージ。
「走り抜け!」
『はい!』
後方でガジェットと交戦していたザフィーラが叫び、幾つもの魔力障壁を展開。
直後、巨大ドローンが幾つものレーザーを撃ち放つが、その全てが防がれる。
そしてイルドが一つの魔力障壁を突き抜け、巨大ドローンへと接近。
『破壊!』
叫びと同時に右脚を破壊。
追い抜いた直後、バランスを崩した巨大ドローンが倒れるが、再びターンして戻ってきたイルドが今度は左脚を打ち壊す。
大地に這いつくばった巨大ドローンが鋼の咆吼を上げながら、その巨大な腕をイルド目がけて振り下ろす。
しかし、イルドはそれを避けて高速後退。
距離を取った瞬間、ヘルメットに警告音が鳴り響く。
『…バッテリーが!?』
舌打ちしつつ、バッテリー残量を確認。
『……まだ…いける!』
判断を下し、即座に行動。
先ほどのように一本の街灯を折り、それを槍として構える。
這いつくばりながらも未だ戦意を失わない巨大ドローンの頭部へと狙いをつけ、加速。
コンクリートを削りながら、ローラーが回転。
『貫く!』
槍となった街灯がドローンの頭部から胸を貫いて火花を上げ、イルドは高速離脱。
直後。
ドローンが爆発の断末魔を上げて、その機能を停止した。
しかし。
蒼き鋼鉄闘士に勝利の余韻を味わう暇も与えず、新たな巨大ドローンが鋼の悪意とともに空から舞い降りようとしていた。
◆◆◆◆◆◆
多くの六課メンバーがそれぞれの持ち場で奮戦しているそのなかに、咲希も含まれていた。
変形する巨大ドローンを撃破した咲希は新たに現れた敵へと手刀を構え、自嘲するように呟く。
『まさか、先日会った娘が敵だったとはな…』
その言葉に十二番目の戦闘機人ディードは無言で剣を構える。
『…二刀流か』
エネルギー刃を備えた双剣を見やり、仮面の下で咲希は静かに笑う。
『面白い』
呟き、疾走。
それと同時にディードも二刀を構え、間合いを詰める。
刹那。
咲希の手刀と、ディードの刃がぶつかり合って火花を散らして弾き合う。ついでディードはもう一つの刃を振るうが、咲希もすぐさま右の手刀を返して弾く。
そして徐々にスピードを上げてぶつかり合う咲希の手刀とディードのツインブレイズ。
しかし、最初は互角と思われていた二人の剣士の競り合いは、右腕だけで戦う咲希が徐々に圧し始めた。
『…この程度か』
呟き、手刀を退いた咲希がディードの腹へと回し蹴りをたたき込む。
直後。
「…ァッ!」
吹っ飛び地面に叩きつけられたディードが、地面に胃液を吐く。
それを見て、咲希は一言。
『手刀だけが俺の武器だと思うな』
右腕を構えた咲希はディードを見下すように続け、ゆっくりと威圧するかのように歩む。
『女子どもといえど敵ならば容赦はしない』
紅蓮の炎を背にし、咲希はディードへと近づく。
そんな咲希をディードは敵意に満ちた瞳で睨みつける。
『貴様も戦士なら全力を持って戦え』
「……く!」
言葉とともに再び放たれた粗暴な蹴りがディードの腹部を蹴り上げ、その身を宙に舞わせる。
三メートルほどの距離を飛んだディードは腹部の痛みをこらえながら着地し、咲希を睨みつける。
その瞳を見て、咲希が満足そうに呟く。
『…倒しがいのあるいい目だ』
構えた手刀を振り上げ、叫ぶ。
『一刀では俺の手刀を防ぐことは出来ん!』
言われなくとも先の一撃でそれを理解したディードは、迷わず二刀を交差して咲希の手刀を防ぐ。だが、それでも咲希の一撃はディードの両腕に重く響いた。しかし、それに負けじとディードが両腕に力を込める。
「……ぃ!」
その瞬間。
咲希のヘルメットが、危険を伝えるアラートを発信する。
『下がれ!』
叫んだ咲希がディードを蹴り飛ばし、後ろへと振り返り、両腕を広げる。その直後、先ほど破壊した巨大ドローンが爆発。幾つもの破片が二人に向かって襲いかかるが、咲希はその身を盾としてディードの前に立って守る。
破片が全身に突き刺さるなか、さらにガジェットが誘爆。ひときわ大きな爆発と衝撃が起き、咲希の身体を吹き飛ばして壁に叩きつける。
そして、壁に叩きつけられ身動きできなかった咲希に、大きな破片が回転しながら迫る。
直後。
鈍い衝撃が走り、咲希の右腕が宙を舞う。
『……!』
悲鳴を抑えた咲希の身体が壁からはがれ落ちるなか、宙を舞った右腕から流れた血が舞い落ち、ディードにも飛び散ったその血が端正な顔とスーツを紅く彩る。
そして、咲希が切断された腕をおさえたと同時に、その右腕がディードの眼前に、落ちてきた。
「……!」
斬り落とされた腕を見て無様に悲鳴を上げることはしなかったが、さらにディードは目の前で行われたことに驚愕した。
傷口を押さえながら破壊されたガジェットに近づいた咲希は、おもむろに熱せられたその装甲に傷口を押し当てたのだ。
『……おぉぉおお!』
咲希が吠え、嫌なにおいが漂い、ディードが顔を背ける。しかし、そんなディードを無視した咲希はむりやり止血した右腕を押さえながら彼女へと近づき、斬り落とされた右腕を拾い上げる。
ついで、ディードを見下ろしながら、はっきりとした声で彼女に告げた。
『ひとときの勝利を、貴様に、預けておく』
そして、薄れゆく意識のなか咲希はエンスに詫びる。
『…すまんエンス…良き敗北…を掴め……かった……』
そして、咲希は立ったまま気を失った。
◆◆◆◆◆◆
「……二機ともやられた。“Δ”出撃」
ホログラムデータから二体の発信が消えたのを見て、オットーが最後の巨大ドローンの起動を始める。ついで、起動したデルタは人型から戦闘機へと姿を変えて天上の星々めがけ出撃。
「…データ送信…最重要目標“蒼騎士”」
十分な高度を取ったデルタがデータを受け取り、六課隊舎めがけて降下、加速する。
ターゲットを捜し、地上でガジェットと戦うザフィーラとシャマルを発見。
数発のエネルギー弾を二人に向けて放つが、それに気づいたザフィーラが防御魔法を展開。しかし、AMFによって弱められた防御魔法を抜けて一発のエネルギー弾がシャマルへと襲いかかる。
『危ない!』
その直前、シャマルを庇ったイルドがその身を盾としてエネルギー弾に直撃。
衝撃と爆発を受けて空を舞うイルドに向けて、デルタが加速。
何とか着地したイルドに標的を定め、エネルギー弾を射出。それと同時に人型へ変形。
イルドが空からの砲撃を回避と同時に空になったバッテリーを排出。腰に携帯していた予備のバッテリーを掴む。
しかし、それよりも早く地響きとともに着地したデルタが腹部を展開。そこに内蔵されたビーム砲から放たれたエネルギー弾がイルドの近くにいたガジェットに直撃し、爆発を起こす。
『バッテリーが!』
爆発に巻き込まれ手から落ちたバッテリーに気を取られたイルドに、デルタの鋼鉄の拳が襲いかかる。
短く悲鳴を上げて地面に転がったイルドをつかみ上げたデルタが空高く放り投げる。
そして、右腕だけをそのままにして戦闘機へトランスフォームしたデルタが、落ちてきたイルドを捕らえて飛行。
『ぃあ…!』
心を持たない機械の兵は、獲物を捕らえた鷹のごとくイルドを掴んだまま隊舎の上を旋回。イルドが動くたびに、デルタはスピードを上げる。
そして、イルドが動かなくなるまで隊舎を十週以上旋回したデルタは、イルドを勢いよく空に放り投げて空中で変形。
空を舞うイルドの身体を踏みつけながら、隊舎屋上に着地。
動かなくなったイルドの身体をデルタが踏みにじる。その光景にシャマルの悲鳴が響き、ザフィーラが救助に向かおうとするもガジェットに阻まれる。
「もういい、終わらせて」
いたぶるようにイルドを踏みつけていたデルタはオットーの言葉に従い、イルドを放り投げる。するとガジェットの群れが動けないイルドへと群がり発光、爆発。
数機のガジェットが自爆したその爆発のなかから頭から地面に激突したイルドが大きくバウンド。しかし、その衝撃で意識を取り戻したイルドは何とか膝をついて立ち上がろうと脚に力を込める。
ヘルメットの隙間から血が流れ落ちるのを感じながらイルドが力を振り絞ったその時、何かを抱えた戦闘機人が紅く燃える空を飛んでいくのを視界の隅に捉える。
その姿を見てイルドが呆然と呟く。
『…ヴィ…ヴィ…オ?』
頭に響く痛みと共に朦朧としていた意識が鮮明になり、状況を理解。
感情が瞬時に沸騰。
鈍痛を無視したイルドが勢いよく立ち上がる。
『…貴様ら邪魔だぁ! ぅアーマァーぃイジェクトぉ!』
周囲にいたガジェットTに激昂、デバイス操作。
『THE URGENT CANCELLATION』
外装の緊急解除を告げる機械音声が響き渡り、シールドガントレット・ローラーブーツ・チェストアーマーが爆発したかのような勢いでその身体から排出。
ついで弾丸の如き勢いで排出されたアーマーが近くにいたガジェットに直撃し爆発を起こすが、頭に血が上ったイルドがそれに気を向けることはなかった。
『返せ…』
周囲でガジェットが爆発するなかイルドは呟くが、声は届かず。
『ヴィヴィオを…!』
常に冷静であることを己に課していたイルドの感情はすでにそれを失い、ヴィヴィオをさらっていく戦闘機人の姿しかその瞳に映していなかった。
『返せ…!』
呟きに怒りを込めて、最後の選択。
決意した蒼き鋼鉄闘士は、空を行く戦闘機人を見据えて吠える。
『バッテリーが無くても魔力がある!』
エンスに禁止を厳命されていたリンカードライブの限界起動を決行。
月の如き白銀の輝きが瞬時にして、太陽の如き黄金の輝きへと変貌する。
その瞬間、増幅された魔力がイルドを中心にしてクレーターを穿つ。
『今なら……飛べる!』
直後。
大地に更なるクレーターを穿ち、黄金の鳥となったイルドが空を斬り裂き飛翔。
視界が紅く染まっていくなか、ヴィヴィオを連れ去ろうとする戦闘機人ディードを追いかける。
そして黄金の流星となったイルドに、ヴィヴィオも気づいた。
「イルにいーーーー!」
『ヴィヴィオぉーーー!』
力の限り叫んだイルドは右手を伸ばし、ヴィヴィオも泣き叫びながら手を伸ばそうとディードの腕の中で足掻く。
しかし。
「…デルタ」
無慈悲なオットーの命令に従い、デルタが腹部ビーム砲を展開。イルドへと狙いを定めエネルギー弾を撃ち放つ。
爆発が起き、黄金の輝きを失ったイルドが墜落する。
「イルにいぃぃぃいぃ!」
目の前で起きた惨劇にヴィヴィオは叫び、落ちていくイルドへと何度も手を伸ばす。だがイルドはそれに何も答えることも出来ずに落下。
「イルドぉ!」
地面に激突寸前、ザフィーラがイルドを受け止める。
ぴくりとも動かないイルドへとシャマルが駆け寄る。
プロテクターもぼろぼろになっていたが、運の良いことにイルドはまだ生きていた。
イルドの治療にシャマルが専念するなか、イルドが朦朧とした意識で空に向けて右手を伸ばして謝罪。
『……ごめ…義兄さ……ヴィ…ィオ』
紅く染まった視界のなか、シャマルとザフィーラが何か叫んでいたがイルドは謝り続ける。
『…よわ…くて……ご…めん…!』
その言葉を最後に気を失ったイルドの身体から力が消え、右腕からも崩れ落ちるように力が抜ける。
シャマルがその右腕を支え、ザフィーラがデバイスを強制解除。
プロテクターが消え、ボロボロとなったイルドの姿に、二人が瞳を閉じて悔しさに顔を俯かせた。
無残にもイルドの右目は、潰されていたからだ。
◆◆◆◆◆◆
地上本部に送りつけられたジェイル・スカリエッティのメッセージに多くの管理局員が敗北と挫折を味わうなか、それでも諦めない者たちがいた。
エンスもその一人である。
握りしめた拳から流れる血と、空中に浮かべたホログラムデータをも無視してエンスは燃える空を睨みつける。
「……おのれ…!」
スカリエッティの哄笑。
収容されるスバル。
キャロの悲鳴とともに召喚される巨大な竜。
燃え落ちる機動六課。
右腕を斬り落とされた咲希。
シャマルに抱きかかえられ、血みどろになったイルド。
「…我が愚かよ!」
エンスが望んだものは次に戦うための布石としての“より良き敗北”だった。
しかし、敵の目的をエンスは読み間違えた。
敵の狙いに機動六課…ヴィヴィオも含まれていることまでは予期していなかった。
否。
ヴィヴィオの存在を考慮したが、そこまでの重要性と関連性を見いだせなかったのだ。
「スカリエッティめ…」
傷つき倒れた二人の姿に、襲撃を予測しておきながら最後の詰めを誤った自分に怒りを覚える。
ホログラムデータに映し出された惨劇に、白衣を脱ぎ捨てたエンスが燃え上がる紅蓮の空へと誓いの言葉を放つ。
「……必ず…我らが勝利する!」
NEXT STAGE
『血戦開幕!』
◆説明補足第七章:タイプγ・ライトフォーム◆
タイプγから全ての外装オプションを取り除いたフォーム。本来は戦闘を行うためのモノではなく、あくまでも整備点検などを行うモノでしかない。
しかし本章『六課襲撃!』ではイルドは戦闘時にこれを敢行。オプション類が全て取り除かれたため、増幅された魔力が通常時よりも全身に行き渡る結果となった。そのため本来のイルドの魔力量では飛行魔法は出来なかったのだが、これによりそれを実現。ロケットのように一直線に飛ぶことを可能とした。
◆後書き◆
今回の話は「メガトロンとジャズ」となります。
誰がメガトロンで、誰がジャズかは映画TFを見た人ならわかるはず。引きちぎられなくて良かった!
イルド、一番非道い負けっぷり。今回で不幸大賞受賞決定。何回爆発に巻き込まれたんだか。でもあれだけされて生きているんだから、運が良いんだか悪いんだか。さすが主人公?
ちなみにキャストオフは出来てもクロックアップは出来ません。
エンス、義弟をボコにされ怒り心頭。意外にブラコン。実はノーダメージ。
咲希、女子どもでも容赦無しに蹴り上げる。たぶんサド。