「ドクター、コレいつになったら使わしてくれるんッス?」
「そうだね、ウェンディ。だいたい明日ぐらいには使えるようになるよ」
目の前の新しいオモチャで遊びたいというように興味津々なウェンディに対し、ノーヴェが不満げに呟く。
「ふん、何が楽しいんだか」
「ノーヴェ、少しは素直になった方が良い。さっきからチラチラ見てるのを私は見てたよ」
ディエチの言葉に、ノーヴェがほほを紅く染め上げ激高する。
「してねぇよ! ふん、トレーニングしてくる!」
肩を怒らしながらトレーニングルームへと向かう姉妹の後ろ姿を見送りながら、ディエチとウェンディは肩をすくめて苦笑した。
◆Three Arrow of Gold◆
第三章『以心伝心!』
「…イルドさんのタイプ・γは防御に特化し、そのパートナーである咲希さんが使うタイプ・βは攻撃…とくに白兵戦に特化したデバイス…ということですか?」
「いえーーーす、そのとおーーりでーーす」
メンテナンスルームで、試作デバイスの整備と点検に勤しみながらエンスは、データを眺めるシャリオに説明を続ける。
「タイプγのみ拡張性も視野に入れてるため機械的な形状になっていて、オプションを各部に取り付けることが出来るよーー。予定ではドリルアームとかねー」
空中に浮かぶホログラムデータが紅と蒼の鋼鉄闘士の画像を映し出す。
並んで両者を比較すると、その違いがよく理解できる。
「見てわかるとーりγは曲面を多用した装甲にして跳弾性を高めているんだよー。で、それとは正反対にβは全身を鋭利にして攻撃力を高めるようにしてるのーーー。と言っても、現実問題どの程度の効果があるかわからないけどねーー」
笑いながら「ま、それを調べるのが仕事だけどー」と言って、違うデータを出す。そこに映し出されたβの数値を見てシャリオはさらに驚きの声を上げる。
「うそ…予測数値だけで言ったら、砲撃魔法も切り裂くこともできるんですか!?」
「うーん、あくまで数値だからねーー。咲希ちゃんなら出来ると思うけど、他の人は実際出来るのかしらん? たぶんイルドじゃムーーリーー。一度、高町一等空尉の砲撃魔法、エクセなんたらーを頼んでみようかしらん」
そこでエンスは言葉を一旦区切り、シャリオに向き直る。
「でもねー、これ強化スーツなわけで強靱で頑丈な人じゃないと実験できないんだよー。下手に負荷がかかって死なれても困るしねーー。実はあの二人、すっごいんだよー。管理局の全局員から候補に挙がった人たちのなかから選ばれた肉体的に優れた人たちなんだよねー。人格は知らないけど」
余計な一言を付け加えながらエンスはさらに続ける。
「二人とも魔導師だけど素質自体は低いからねーー。フォワードの子たちと純粋な魔力勝負したら確実に負けるよーー。この魔力増幅装置“リンカードライブ”で何とか戦えるんだー」
「冗談でしょう?」
「んにゃ、ほんとー。だからあの二人は魔力だけでなく、格闘戦とかの技術も併せて戦うんだよーー。創意工夫は何より大事ー。ちなみに二人とも砲撃魔法も飛行も出来ないので、ロングレンジから攻撃されたら即アウトー」
シャリオの疑問の声にそう答えたエンスはホログラムデータを弄り、新たなデータを映し出す。
「今だから言うけど、じつは高町一等空尉も候補に挙がってたんだよーー」
「うそ?」
「ほんとーー。でもいつのまにか候補から消えてたらしいよーー」
気の抜けるような声でそう言ったエンスの瞳が、怪しく揺らめく。
「で…まー、テスターは代えのきかない大切な存在なんだけどー、スバルちゃんが手伝ってくれたらエンスさん、とぉてぇもぉウーレーシーイーナーーーーー」
「それはだめや」
「あうぇーーー?」
不意に現れたはやてが笑顔で却下し、エンスが思いっきり嫌な顔をする。
「いや、ちょっとぐらい良いじゃないデスかぁ?」
「ちょっとでも駄目や」
再度のだめ出しにエンスは回転椅子のうえで体育座りをしながら回転しつつ、「はやて部隊長のドけちーー」などとのたまいはじめた。
その情けない姿にはやてとシャリオが「こんなんが二十五歳? しかも主任?」と心のなかで突っ込む。
「そんなふてくされんでもええやん。だいたい何でスバルなん?」
「えーー、なんか丈夫そうだしー健康的でー可愛くていいでしょー? それに、うちって三人しかいないうえに全員が男だから可憐な一輪の花が欲しいーー。ついでにいうと、エンスさんは女の子のデータもほぉーしーいーなー」
あきれた声で訊ねるはやてに対し即答したエンスの言葉の内容に、シャリオが片手でこめかみのあたりを押さえる。
「最後の言葉だけ聞くと、大変な誤解が生まれそうなんですけど。ところで部隊長、何かご用で?」
「ん? いやなに、私もうわさの試作機見たくてなー」
「人気者の子どもを持ててエンスさん幸せー」
ホログラムデータに流れる戦闘映像。ガジェットを一撃で破壊する鋼鉄闘士の姿に一抹の不安を感じながら、はやてが呟く。
「……ほんと攻撃的なデバイスやな」
その言葉をとくになんの感慨もなく聞き流したエンスは、軽い口調でこう言った。
「ま、そのほうが受けが良くてねーー」
シャリオが「なんの受け…?」と呟くが、エンスは答えはしなかった。
食堂では早朝訓練を終えたフォワード陣と、試作デバイスのテスターを務めるイルドと咲希が朝食を終え、談笑混じりに試作機の説明を行っていた。
「僕らのデバイスに搭載されている“リンカードライブ”は装着者の魔力を増幅し、さらにプロテクターの硬度を上昇させることが出来るんだ。そして、もう一つの特徴を、咲希さん?」
「……装着者の身体能力を強化する事が可能だ」
イルドに言葉と視線で促された咲希がその説明を引き継ぎ、言葉少なに無愛想に答える。
そんな咲希の態度にイルドは苦笑しながらスバルたちに向けて肩をすくめてみせる。
「ごめんね、咲希さんは何というかこう…付き合いと雰囲気と目つきが悪いだけで、優しくていい人だから気長に付き合ってくれると僕は嬉しいよ?」
フォワード陣が気の抜けた声で「はぁ」といい、さらにイルドは苦笑。
するとイルドの後ろから女性の声がかけられる。
「あら、イルド君は友達思いなんですね」
「しゃ…シャマル医務官! お早うございます!」
音をたてて立ち上がり、敬礼。
イルドのほほはすでに紅く染まっている。
それを横目に咲希も静かに立ち上がり、敬礼。
「お早うございますシャマル医務官」
「はい、みんなお早う。お隣、良いかしら?」
「ど、どうぞ!」
隣の席にシャマルが座ったことにより、イルドの心拍数がうなぎ登りで上昇する。だが、そんなことも知らずにシャマルがみんなににこやかに笑いかける。
「どう、みんな怪我なんかしてない?」
元気よく「はい!」と答えたフォワード陣へと微笑みながら、今度はとなりのイルドたちに訊ねる。
「それでイルドさんたちは今どんな話をしてたんですか?」
「は、はい。その咲希さんの人となりを」
「俺の事ではなく試作機の話です、シャマル医務官」
イルドの言葉を遮って答えた咲希は紅茶を一口飲み、イルドへと視線で話を続けろと促す。
それに対し、イルドは再びデバイスについて話し始めた。
「β、γのスーツにはともに耐熱耐圧耐水に優れ、装着者の運動能力を上げる機能がついています。また、上昇した運動能力から生ずる衝撃を吸収することで身体にかかる負荷を減らしてもいます。ちなみに元々はレスキュー用強化スーツとして計画されていましたが、わけあって今の形に姿を変えてプロジェクトを続けています」
「すごい! 私もやりたい!」
説明を聞いていたスバルがレスキューという単語に反応して元気よく挙手するが、それをティアナが制する。
「バカ、あんた何をいきなり言い出すの」
「えぇー、なんか面白そうーー」
二人のやりとりに微笑を浮かべていたシャマルも、スバルにやんわりと注意する。
「駄目よ、部署が違うんだから無理を言っては」
「組織の一員として当然だな」
「まぁ、スバルさんがこっちに来れば問題ないけど、それはねー」
シャマルの言葉に頷く咲希と、笑いながらイルドが続く。ついで、イルドはエリオとキャロに向けて微笑む。
「エリオ君とキャロちゃんは小さいからスーツのサイズが合わなくて無理なんだ、ごめんね」
「いえ、そんなことありませんよ!」
「そうです、むしろ応援しかできない私の方がごめんなさい!」
慌てて頭を下げる二人の姿にイルドが苦笑し、咲希もかすかに笑みを浮かべた。
「いい子たちじゃないか」
「そうでしょう?」
深く頷いた咲希に微笑んだイルドは嬉しそうに微笑んで、日本茶に砂糖とクリームを入れはじめた。
その量に一同が唖然としているのに気がついたイルドは不思議そうに首をかしげて、一言。
「日本茶に砂糖とクリームは普通だよね?」
その後。
フォワード陣から正しい日本茶とはどんなものかを教えられたイルドは激しくショックを受けたのであった。
「よし、完成だ!」
薄暗いラボにスカリエッティの声が響き渡り、二体のガジェットドローンU型がライトアップされる。今回はそれぞれが、蒼・紅のカラーリングにされていた。
その二機を見やり、トーレが質問する。
「それで、これをどうするのですか?」
「もちろんあの蒼騎士たちにぶつけるんだよ」
当然と言わんばかりに両手を腰に当てたスカリエッティに対し、さらにトーレは疑問をぶつけた。
「前回も疑問に思いましたが、蒼騎士たちを殲滅するだけならば私たちが出撃すれば良いではないですか。なぜ、わざわざオモチャをぶつける必要があるのです?」
そのトーレの疑問に、スカリエッティの後ろにひかえていた長女ウーノも頷く。
ウーノ自身は別だがトーレたちは戦うために造られた生粋の戦士なのだ。それなのに戦うために生み出された姉妹よりも、先にオモチャを戦わせる理由はなんなのだろうか。
そのウーノたちの疑問に答えるようにスカリエッティは両手を広げ、答えた。
「理由は二つ。私の計画と、君たちのためだからだ」
「…私たちのため?」
トーレはその言葉に眉を寄せ、その意味を考える。
戦うために生み出された自分たちを、その戦いから遠ざける理由などと無いはずだ。
「まず第一の理由だが、確かにあの蒼騎士程度、君たちなら…そうトーレとチンクならたやすく破壊できるだろう。しかし、大事な計画前に目立つことは控えたい。そして、第二の理由だが」
スカリエッティはそこでいったん言葉を句切り、ホログラムデータを浮かび上がらせる。
そこに浮かび上がったのは、いまだ調整中の三人の姉妹。
「彼女たちは稼動開始から計画実行までの期間が短いからね。得られる体感情報…すなわち経験が圧倒的に足りなくなるだろう。それを補うためにカスタムを使い、少しでも多くのデータを集めたいのだよ。まぁ、経験の代わりにはならないがね」
スカリエッティのその言葉に、広い視野を持てなかった自分をトーレは恥じた。
「…ドクターの考えよくわかりました」
ウーノも静かに頷いて、キーボードをいじる。
「それではドクター、出撃させますか?」
「いや、今日はやめておこう」
頭を横に振ってスカリエッティは肩をすくめ、言葉を続ける。
「少々、疲れたようだ。出撃は明日以降にするとしよう」
「わかりました」
自室へと向かうスカリエッティは不意に立ち止まり、二人にこう言った。
「コントローラーをみんなに弄られないよう気をつけてくれ」
そうウーノとトーレに告げ、スカリエッティは今度こそ自室へと向かっていった。
その後ろ姿を見送ったあと、二人は顔を見合わせる。
「…ほかの子に弄られなければいい…ということは、私たち“だけ”は弄って良いとも解釈できるわね?」
「…そうだな、実戦前に軽く動作テストを行うのは基本だろう」
意見が一致した二人は頷きあい、コントローラーを手にした。
そして、娯楽に飢えていた二人は『動作テスト』という大義名分をもってして、カスタムUで遊びはじめた。
かつてスバルとティアナの二人が魔導師検定を行ったあの廃棄都市。
そこでフォワード陣と技術部の実戦演習が行われることになった。
「咲希さん、魔力伝達状態はどうです?」
「良好だ」
プロテクターをまとい、ヘルメットを抱えたイルドと咲希がホログラムデータを弄りながら最後のチェックを行っており、その向こうではフォワードたちも準備に余念がない。
そこへなのはが舞い降り、一同が姿勢を正す。
「準備は良いかな?」
『はい!』
一同の返事になのはは微笑み、今回の訓練の説明をはじめる。
「今回の訓練は、ロストロギアを盗み逃亡する凶悪な二人組をフォワードが迎え討って確保するという状況想定で行います」
「はい、僕たちがいま紹介された凶悪な二人組です」
苦笑して“凶悪な二人組”の一人であるイルドが、おどけながらスバルたちに手を上げて挨拶。なのはもつられて苦笑。
「二人ともごめんね。そうしたほうが訓練にも張りが出るから……で」
ホログラムマップを浮かび上がらせ、ある地点を指す。
「この地点に二人が入ったら逃亡完了とし、任務失敗とします。それで、二人にはこれをプレゼント」
「これが凶悪な二人組が盗んだロストロギア…ですか」
ラグビーボールのようなものをなのはから受け取ったイルドが、挙手して質問。
「では僕たちは“コレ”を死守して、ゴールすればいいということですか?」
なのはが頷くのを確認してから、今度はスバルが質問。
「はい! 魔法の使用は?」
「実戦を想定しているので許可します」
その言葉に反応し、咲希が挙手。
「実戦と言うからには、立ちふさがる者は全て敵と見なして斬り伏せて良いのか?」
「駄目! それは駄目! ぜったい駄目! 不許可!!」
手刀を構えた咲希の言葉になのはが何度もだめ押しをし、フォワード陣が咲希から一歩後ずさる。その反応に咲希は一度頷いてから、こう続けた。
「ならば、斬らずに貫いてやろう」
「駄目ぇーー!」
「冗談だ」
表情を変えずにそう言った咲希に、一同が疑いのまなざしを向ける。
微妙な空気が漂うなか、イルドがそれを壊すかのようにひときわ明るい口調で間に入る。
「まぁまぁ。咲希さんも慣れない冗談を言うものじゃないですよ!」
「そ、そうそう! あくまでこれは実戦を想定した“訓練”だって事を忘れないようにね!」
そのイルドの気遣いになのはも慌てて頷きながら訓練という単語を強調し、スバルたちも「わかりました!」と続く。それに対し、咲希は納得がいかないように軽く首をかしげた。
だが、そんな咲希を無視して、イルドがひときわ明るい口調でなのはに向かう。
「僕はもう質問はありませんよ! みんなはどう?」
フォワードたちを見回し挙手がないことを確認したなのはが笑顔で締めの言葉を言う。
「じゃあ、みんな頑張って!」
なのはの激励の言葉に、スバルたちフォワード陣と対峙したイルドと咲希が一礼し、スバルたちも元気よく礼を返す。
「それでは皆さんよろしく頼みます」
「頼む」
『はい!』
数分後。
一同が配置につき、演習が始まった。
ローラーダッシュで疾走するイルドの後ろを追うように、ボールを左手で抱えた咲希が疾走する。
『もうそろそろ出迎えがあると思うんですけど』
『そうだな……うん?』
ふと巨大な影が落ち、二人が顔を見上げる。
見上げたさきにいたモノに、イルドが驚愕の声を上げる。
『…ふ、フリードぉ!?』
竜魂召喚されその真の姿となったフリードが空を舞い、それを一瞥した咲希がイルドに通信。
『…実に食べ応えが』
『いや、駄目! 食べるの駄目!! キャロちゃん泣きますよ!』
『ふむ、それはいかんな』
それはキャロがいなければ良いのか、と突っ込みたくなったが敢えて無視。
すると、フリードが二人を追い越して先に行くと同時、上空から何発もの魔力弾が二人に襲いかかってきた。
『…クロスファイア?』
おそらくフリードの背にはキャロのほかにティアナも居たのだろう。
そう判断したイルドは、両腕を合わして巨大な盾『常山蛇勢』を構え、自分からその魔力弾に当たるために加速。
着弾し、爆発が起こる。
その爆発を抜けた瞬間、エリオが上空からストラーダを振り上げ強襲。
直後。
イルドの後ろを駆けていた咲希が跳躍し、手刀を構える。
『貫く』
「エ!?」
咲希の言葉にエリオが一瞬動揺する。
その隙を突いて咲希が一言。
『嘘だ』
「えぇ!?」
ストラーダを振り下ろすタイミングをずらすことに成功した咲希は蹴りを放つ。慌ててエリオはストラーダでその蹴りを防御するが、綺麗に吹っ飛ぶ。
そして、着地した咲希はすぐさま駆け出し、再びイルドの後ろへと続く。
『…次はあの二人か』
通信から届く咲希の言葉を聞くまでもなく、イルドは前方から迫り来るスバルの姿と魔力弾をチャージするティアナの姿を確認。
スバルがウィングロードを展開し加速すると同時に、チャージした魔力弾をティアナが放つ。
『イルド』
『はい!』
急旋回して後ろへ振り返ったイルドは、咲希がパスしたボールを受け取り、左手で抱える。そして、再び旋回し、前方から迫り来るスバルを見据えて加速。
この間一秒もかからず。
ついで、咲希は地面と平行になるように跳躍し、襲い来る魔力弾を手刀で両断。
その咲希の横をローラーダッシュで加速したイルドが、ウィングロードを疾走し襲い来るスバルを迎撃に出る。
「…はぁ!」
『せい!』
青と蒼、二色のアオが激突。
スバルのリボルバーナックルと、イルドのシールドガントレットがぶつかり合って火花を散らす。
「負けるかぁ!」
『押し返す!』
スバルはマッハキャリバーを、イルドはローラーを、互いに全開加速。
その衝撃で周囲のコンクリートにひびが入った瞬間。
『…押して駄目なら引いてみな』
「うそぉ!?」
呟いたイルドはとつぜん身体を回転させてスバルのパンチを受け流す。
『上手くいった!』
そして、バランスを崩されたスバルがその勢いを殺すことも出来ずに廃ビルの壁へと突っ込み、勢いよく壁を破壊する。
その衝撃に幾つもの瓦礫が舞い落ちる。
直後。
『…!?』
『イルド!?』
イルドは抱えていたボールを投げ捨て、加速。それを追い、咲希も疾駆。
舞い落ちる乗用車ほどの瓦礫を全身で受け止めたイルドの横を駆け抜け、咲希が何かを拾い上げて、そのまま疾走。
そして、十分な距離を取ったところで咲希は立ち止まった。
「二人とも何が……なるほど、そういうこと」
空から訓練を見守っていたなのはが舞い降りて、咲希が抱えているモノを見て納得。
ついで、ティアナ・エリオ・キャロ・イルドの順に集まり、最後に廃ビルから出てきたスバルが合流し、咲希が大切に抱えるモノを見て安堵と歓喜の声を上げる。
「…子猫!」
咲希が放すと子猫は一鳴きしたあとキョロキョロとまわりを見回して、とつぜん駆けだした。
その子猫が向かった先を見て、キャロが声を弾ませる。
「お母さんかな!」
キャロの声が聞こえたのか、母猫は一同へと一鳴きしたあと軽く頭を下げて子猫とともにどこかへと歩いていく。
「…今のありがとうって言ったのかな?」
『そうだろうな』
エリオの呟きに、咲希が頷く。
言葉が通じなくても、そう思うことは自由だ。
母猫と子猫のすがたが見えなくなるまで見送ったあと、なのははイルドへと質問した。
「どうしてわかったんです?」
『このヘルメットが反応したんですよ』
自分の頭、すなわちフルフェイスを指さしたイルドから、なのはは咲希へと訊ねる。
「イルド君に指示されたにしては反応が早い気がするんですけど」
『いえ、僕はなにも言ってませんよ?』
きょとんとした口調でイルドが手を振り、一同が驚愕の声を上げる。
『あの子猫を見た瞬間、イルドなら瓦礫を受け止めると判断した。だから俺は子猫を拾って逃げた』
「ありえない!」
「嘘でしょう!?」
咲希の答えにスバルとティアナが驚愕し、なのはは感心しながら感想を述べた。
「これが“以心伝心”ってやつかな」
廃棄都市での演習を終え六課へと帰還した一行を熱烈に出迎えたのは、技術部主任エンス・サイその人であった。
「お帰りみんなぁーーー!」
珍しくいつものうさんくさい笑顔ではなく、なにやら興奮した様子のエンスがなのはの手を両手で取って迫りながら訊ねる。
「さっき通信を聞いたんだけど、演習中にイルドと咲希ちゃんが子猫を助けたって本当かい!?」
「え、えぇ本当ですよ…」
ほほを引きつりつつ答えたなのはから、今度はエリオとキャロに訊ねる。
「本当かい!?」
「は、はい…」
その気迫に怯えながらエリオが答え、キャロもブンブンと音が聞こえそうな勢いで何度も頷く。
「スバルちゃん! ティアナちゃん!?」
「は、はいぃ! 確かに見ました!」
「え……えぇえ!?」
スバルが答えた瞬間、エンスは二人の手を取ってクルクルと踊り始めた。ティアナの困惑した悲鳴のような声とともに、エンスの喜びの声が響く。
「やった! やった! 成功だ!」
二人を巻き込んだままいまだ踊り続けるエンスのはしゃぎように、なのはが何事かとイルドたちへと視線を向ける。
しかし、それに対して何も言わずに二人は顔を見合わせたあと、苦笑しながら肩をすくめて見せた。
機動六課でバカが一人、新人を巻き込んで踊り続けていた頃。
「…申し訳ありません」
「…すみません」
スカリエッティへ頭を下げるウーノとトーレの後ろには、無様に転がっている二機のカスタムUがあった。
「は…はは……まぁ破損もたいしたことないし、すぐに修理できるさ」
乾いた笑いを発しながらスカリエッティは、使えるパーツを探し始めた。
NEXT STAGE
『電光石火!』
●おまけ第三章●
ヘリポートでイルドたちがダンスを眺めていたとき。
「いつまで踊っとるんやぁ!」
「あひゃあーー!」
どこからともなく取り出したハリセンで景気よくエンスを張り倒したはやての姿がそこにあった。
◆説明補足・第一章:試作デバイス“プロテクト・デバイス”◆
・開発コンセプト
実働部隊隊員の生存率及び帰還率を引き上げることを目的とした、ひたすら防御だけに特化したデバイス。
・外見特徴
ライダースーツのうえに両脚・両腕・胸・両肩・頭部の各所にプロテクターを装着。
アメフト選手やアイスホッケー選手のイメージ。
・機能
ベルト型デバイスに内蔵されている魔力増幅回路“リンカードライブ”によって装着者の魔力を増幅させる。リンカードライブによって増幅された魔力は全身に巡らせて硬度を上げることも、腕部などにのみ限定させて硬度を上げることも可能。
装着者の魔力によってプロテクターの防御力(硬度)が変動する。また、副次的なもので硬度が上がることにより、肉弾戦での攻撃力が跳ね上がった。屋内テストにおいてタイプγ(装着者イルド)のパンチ一発で車両が大破されたという結果からその威力は推して知るべし。
同じようにスーツにも魔力によって装着者の運動能力を向上させる機能があり、魔力の低い者でもその力を得ることが出来る。
特筆すべきは専用バッテリーを使用することにより、AMF内でも能力制限されずに活動が可能な点である。しかし、活動限界時間は三十分と極めて短く、さらなる改良が求められている。ちなみに二人はバッテリーと魔力を使い分けることにより、ガジェットと対等に戦っている。
・特記事項
慢性的な人員不足に悩まされている地上本部がその現状打開のために打ち出した地上強化案の一つであったが、技術力不足のために開発は難航していた。しかし、本局実働部隊から地上技術部に転向したエンス・サイ主任の主導により、異常ともいえる速さで試作機開発にこじつける。
ただし本局はこの計画を“質量兵器に極めて近いモノ”と認識しており、否定的で難色を示している。また、本局と地上のパワーバランスが傾くことを恐れている一部の人間もおり、きっかけさえあればこの計画に介入して凍結させようと企んでいる。
現在エンス主任主導のもと二種類の試作機のテストが行われているが、その二機のプロトタイプが一種類存在するという噂がある。
◆説明補足・第二章:イルド・シー◆
・所属:階級:魔導師ランク
時空管理局地上本部:第十三技術部・一等陸士:陸戦Aランク
・年齢
十八歳・男性・177cm
・設定
いちおう本編主人公で、六課と技術部の接着剤的存在。こいつが喋らないと接点が無くなるので困る。
性格も穏やかで人当たりもよい。反面、相手に強気に出ることがないので、押し切られると弱い。
その性格のためか実戦においてはパートナーのアシストにまわることで本領を発揮するタイプで、現在のパートナー咲希とは実に相性が良いらしい。
出向初日にフォワード陣には名前で呼ぶようにとお願いしたとのこと。
・デバイス
基本カラーは蒼。
ベルト型試作デバイス“タイプ・γ”は、防御を基本コンセプトとしたデバイスである。防御特化型だけあって両腕に装着されたシールドガントレットが最大の特徴。
装着後のイメージはアイスホッケーのキーパーのような姿。
ブーツの踵部分にタイヤが内蔵されており、スバルのマッハキャリバーのように高速移動が可能。
パワータイプでもあり、トラックを持ち上げることも可能。
試験的にローラーダッシュなどの機械的機能が幾つか搭載されており、整備及び点検が困難。
開発当初はレスキュー目的だったため、各部にオプションパーツを取り付ける事が出来る。とくにバックパックは放水キャノンのほかにも、成人男性ひとり保護できるカプセルポッドを装着出来る。第一話でイルドはそれを取り付ける部分にティアナを乗せたのである。
・蛇足のイメージ
少年とも青年ともいえる微妙な年齢。
性格でのモチーフは特に無し。
外見イメージはソウルテイカーの伊達京介。
◆後書き◆
今回の話すなわち「アメフトやろうぜ」となります。
でもデビルバットゴーストは無理です。
このコンビ、基本戦法としてイルドがガードして、その隙に咲希が斬り込む。二人は何キュア?
しかも二人揃って速度と勢い重視の短期決戦タイプ。
イルド、フォロー&説明係いつもご苦労様です。次回も頑張れ。
エンス、長台詞ご苦労様です。でもすこし落ち着け。
咲希、危険な台詞は自重してください。実はにゃんこ大好き人間。