「エンス・サイを警戒しろ…ということですか、主はやて?」
機動六課。
その部隊長を務める八神はやての前に立つのは、烈火の将シグナム。
シグナムの問いに、はやては静かに頷く。
「…エンス主任は地上本部の人間で、あの『アインへリアル』の開発スタッフの一人なんよ」
アインへリアルとはレジアス中将率いる地上本部が建造した巨大魔力攻撃兵器の名称であり、いまだに本局とのあいだで運用問題が議論されている。
その名にシグナムは軽く眉を寄せ、口を開く。
「アレの開発に携わっているということは、エンス主任はレジアス派ということになるのですか?」
「公では中立的な立場を取っているようやけど、そこんとこはわからんわ…でも、陳述会が近づいとるときに地上本部から出向してくるということは何かあるかもしれん」
「……ならば、その義弟イルドとこれから出向予定の桐井咲希という男も警戒した方がいいかもしれませんね」
腕を組み、思案を巡らす。
しかし、具体的な案がまとまらない。
「…ま、ここで悩んどってもしょうがないわ。とりあえず注意を頼むわ」
「わかりました、主はやて」
◆Three Arrow of Gold◆
第二章『一刀両断!』
その日、機動六課の演習場では第十三技術部の試作デバイス“タイプ・γ”のテストが行われていた。
『魔力伝達回路、起動』
「こちらエンスさん、回路の起動を確認…リンカードライブ正常起動確認…バイタルデータの受信確認完了」
『了解』
「初動後、初のテストだよー。なにか異常はないかなー?」
ホログラムモニターに映る多くのデータを一つ一つ確認しながらエンスが、演習場に待機するイルドに訊ねる。
『…通信に先日の実戦時よりもノイズが入っている。あとで確認を頼む』
「了解した。それではシャリオさん、お願いします」
その言葉にエンスがデータを確認しながら、横で装置をいじっているシャリオへと促す。
「はい。それでは…」
シャリオがキーボードを操作すると、演習場に十体のガジェットT型が現れる。
それを確認し、エンスがイルドへと内容確認を行う。
「今回は三十分のあいだガジェットの攻撃を回避することー。一切の攻撃は許されないよー。胸のポインタを撃たれるか、一機でも撃破した瞬間に終了とするよー。さぁ、イルド君、質問は? 無いよね無いよね無いと言ってみんさぁーーい!」
クネクネと踊り始めたエンスに向けて、イルドの感情を殺した声が届く。
『黙れバカ。踊るなバカ。早く始めろバカ』
「言うね義弟。そんな義弟には、バカといった方がバカなんだよーと言ってみんとすメントス。これより“タイプ・γ”のテストを始めるよー」
気の抜けるような間延びした声でエンスが開始を告げ、イルドがガジェットから逃げ始めた。
そのテストを見学していたスバルがなのはに訊ねる。
「なんで逃げ回るんですか? 破壊した方が早いのに」
「運動性能のテストなんだろうね」
「ビンゴー、高町一等空尉ー。ついでに言うと、装着者の身体にかかる負荷の測定もしてますよー」
二人の会話にホログラムデータから目をそらさずエンスが入り、そのまま説明を続ける。
「今までは狭い屋内テストばかりで、広いフィールドでの実験が出来なかったんですよねー。実際、先日の実戦での動きは予想以上でしたよー。はい、ティアナちゃんの質問は何かなー?」
挙手をしたティアナを見もせずに質問を促すエンスの瞳は一瞬もモニターから離れない。ときたま装置をいじり何かを行う。
「タイプ・γというからには、ほかのタイプがあると考えてよろしいんでしょうか?」
「おー、いえーーす、おっふこおーーーす」
棒読み口調で答えたエンスは装置をいじる手を一旦止め、ティアナたちへと振り返った。そして、携帯している機械を取り出し操作。すると、新たなホログラムデータが空中に浮かびあがった。
イルドが使う“タイプ・γ”と同じで全身にプロテクターを装着するタイプだ。しかし、外見から得られる感想はγとは正反対であった。
その形状を見たエリオが素直な感想をもらす。
「なんか剣みたいだ…」
エリオが言ったとおり、“タイプ・γ”を盾とするならば、この“タイプ・β”とよばれるデバイスは剣のように全身が鋭くとがっており、γよりも細身であった。
全員がそれに注目し、エンスが楽しげに言葉を紡ぎ始める。
「エリオ君の喩えはじつに的を射ていると言ってみよう。この“タイプ・β”は攻撃に特化したデバイスだよーー。ちなみにエンスさんはこれらを“プロテクト・デバイス”と呼んでいてーー、デザインは地球のヒーロー番組とかをモチーフにしましたーー」
その言葉に、日本出身のなのはがポンと手を打って納得するのを眺めながら、エンスは続ける。
「まぁ、詳しい話は咲希ちゃんが来てからにするけどねーー」
初めて聞く名前にフォワード陣が顔を見合わせ、その様子にエンスは人の悪い笑みを浮かべる。
「もう一人のテスターだよーー。今日来るはずだから楽しみにしててねー」
そう言ってエンスは“タイプ・β”のホログラムデータを消し、イルドへと言葉をかける。
「調子はどうーー?」
『問題ない』
「じゃ、攻撃レベル、一気に! さ・い・だ・い!」
『…!』
ガジェットの攻撃が急に激しくなり、イルドの動きがさらに激しくなる。例えるならスケートリンクを滑るようなその動きになのはもフォワード陣も注目する。
そして、そのさまを眺めながらエンスが怪しい笑みを浮かべながら、クネクネと踊り出す。
「ふふふーー、さっきの暴言にエンスさんのガラスのハートが傷ついちゃたよーー」
「…傷ついたんだ」
「怖い」
エリオとキャロが呟くが、そんなことは気にせずにエンスがさらに言葉を繋ぐ。
「だぁーいじょぉーぶ、怪我してもシャマルさんに治してもらえばいいよーー」
『ぐ…!』
「うわ、今ので心拍数いっきに上がりましたよ!?」
「ちゃんとデータも取ってますよーー」
『……あとで…覚えて』
数値の急な変動に驚きの声を上げるシャリオにさらに愉快な声でエンスが言い、その言葉にイルドの怒気のこもった声が続く。
「あ、シャマルさんも見てくーー?」
『…え!?』
「う・そ・でぇーーす!」
『貴様ぁ…!』
イルドの怒声が響いた直後。
爆発が響き、漫画のようにイルドが『ぽぉーーん』と大の字で回転しながら吹っ飛ぶ。
シュールなその光景を見送りながら、シャーリーの言葉が無情に響く。
「…制限三十秒前でリタイア」
「アヒャー……」
気まずい空気が流れたあと、医務室に向かうイルドの後ろ姿はなんとも言えない空気が漂っていた。
「ハッーーーハッハッハッ!」
機動六課で一人の管理局員が吹っ飛んでいた頃、スカリエッティは楽しげに笑っていた。
「ドクター、ご機嫌ですね〜」
「うむ、クアットロ。今の私はとくに機嫌が良いのだよ」
そう言ってスカリエッティは指を鳴らす。すると、二体のガジェットTがライトアップされ、その姿を現した。
その二機を見やり、クアットロが首をかしげる。
「あらぁ〜? この子たち、大きいような?」
疑問の声の通り、その二機のガジェットTは通常のものより二回りほどサイズアップされており、カラーリングも黒で統一されている。だが、なによりも目をひいたのがツノ状の一本のアンテナである。
空中にホログラムデータを浮かべたスカリエッティが得意げに説明を始めた。
「先日の管理局の新型デバイス…とりあえず蒼騎士…と呼称しよう。その対蒼騎士専用に開発したのが、このカスタムドローンT型だ! これの特徴は従来のT型と違い可…」
「ねぇ、ドクタ〜。これ使ってもいいですかぁ〜?」
スカリエッティの説明を聞かず、クアットロは悪戯っ子の瞳でカスタムT型のボディを撫でながら訊ねる。
愛娘の言葉に即了承したスカリエッティは、TVゲーム機のコントローラーのような装置を二つ手渡した。
「これでカスタムT型を操縦してくれたまえ」
「はぁ〜〜い」
装置を受け取ったクアットロが出口に向かい、その後ろを二機のカスタムT型がアヒルの子供よろしくついて行く。
その微妙にほほえましい光景を見送りながら、スカリエッティが叫ぶ。
「ちゃんとデータを取ってくるんだよぉ!」
医務室で検査を終えたイルドはシャマルとともに昼食をとり、食後の談笑を楽しんでいた。
「フォワードのみんなはどうです?」
「偉そうなことは言えませんけど、みんな良い子たちです。どこがと聞かれると答えるのが恥ずかしいのですが、とても気持ちの良い子たちで……なんか嬉しそうですね?」
自分がほめられたように嬉しそうに微笑むシャマルに気づき、イルドが問いかける。
「それはそうですよー。うちの子が褒められて悪い気はしませんよ。あ、ご飯はもういいんですか? 六課のご飯は栄養も美味しさも満点ですから。それともお口に合いませんでしたか?」
「え? い、いえ、そんなことはありませんよ!? そのなんというか……そう! 香りがとくに良い! 食欲をそそりますよ!」
慌てて頭を振って否定したと思ったら、今度は何度も頷くイルドのその反応に、シャマルは無邪気に笑った。
「とくに香りがいいって…イルド君のおはなは随分といいんですね」
「は、ははは…よく言われます。犬並みではありませんが」
楽しそうに微笑するシャマルの向かいに座るイルドは、緊張した手でコップへと手を伸ばす。そのコップから伝わる冷たさが『クールダウン! クールダウン!』などと叫んでいるように感じながら、イルドは水を一口飲む。
だが、シャマルの言葉に再び身体が熱くなる。
「でも、また君に会えるとは思いもしなかったんですよ」
「じ、自分も思ってませンでした。いえ、それよりもよく自分なんかを覚えていましたね。一度しか会ってないのに」
ほほが熱くなるのを感じながらイルドは冷静になろうと努めて会話を続けたが、シャマルの放った言葉に撃沈した。
「あのビル火災…逃げ遅れた子どもを抱いて戻ってきたイルド君の姿はそう簡単には忘れられませんよ」
瞳を閉じて、かつての出来事を思い出すように両手を胸に当てるシャマル。それとは反対に、イルドの顔は恥ずかしさのあまり真っ赤に染める。
「じ自分は管理…局の一員としてと、うぜんのことをし…したまでです」
そのイルドの謙虚な言葉に、シャマルは軽く頭を振って答えた。
「イルド君はその当然のことをやり遂げたんですから、胸を張ってもいいんですよ」
「…あ、ありがとうございます…」
シャマルの優しい言葉に、さらにイルドは恐縮してしまった。
憧れの人と二人きりという状況は嬉しい反面、誰かが来てくれないかと矛盾したことをイルドが思った瞬間。
「あー、イルドさんだー」
スバルたちフォワード陣が食堂に姿を現した。
「あら、みんなお疲れなさい。それじゃ私は医務室へ戻るわね。イルドさん、ごゆっくり」
「は、はい! どうもありがとうございました!」
フォワード陣と入れ替わるように席を立ったシャマルの後ろ姿を見送った後、イルドは深く息を吐き椅子に座った。
そんなイルドの姿にティアナが微笑して問いかける。
「お邪魔でしたか?」
「そ、それは…!」
言葉に詰まり、イルドは水を飲んで心を落ち着かせる。ついで、口を開く。
「それでエンス主任は?」
「シャーリーさんが説教してたよ」
ティアナの質問を無視して別の話題に変えようというイルドの無駄な努力を尊重することにしたティアナたちは、さきほどの演習後のことを説明した。
そして、軽く談笑が続き、話題は試作デバイスへと自然と変わっていた。
「いつから試作機のテストを行っているんですか?」
スパゲティを小皿に分けながら問いかけるティアナに、「みんな美味しそうにご飯を食べるなぁ」と眺めていたイルドは水を一口飲んでから答えた。
「確か一年ぐらい前からすでに始まっていたね。プロジェクト自体はもっと前から動いていたけど」
「一年前から?」
スバルが驚きの声を上げ、エリオも手を止めて疑問の声を上げる。
「だって、先日の実戦だってすごい動きをしていたじゃないですか?」
「そうですよ。あれで完成じゃないんですか?」
エリオとキャロの言葉に苦笑しながら、イルドは説明を続ける。
「先日の結果だけで判断すれば、確かに成功だね。でも本当に大切なのは理論とそれを実証する百の実例なんだ」
そこでいったん言葉を句切り、フォワード陣を見やる。いま思っていることをそのまま説明して理解できそうなのはティアナだけと判断したイルドは、水を一口飲んでから噛み砕いた説明をすることにした。
「極端な話で悪いけど、例えば二種類のデバイスがあって、“十回使って五回故障するデバイス”よりも“十回使って一回故障するデバイス”のほうが使う人間にとっていくらか安心でしょう?」
四人が頷いたのを見やり、イルドはさらに説明を付け加えた。
「僕らの実験はそういう故障とかの危険を探して減らすものなんだよ。いろいろな面から実験し、同じ事を何百回何千回と繰り返し、使う人間に安全を保証する仕事なんだ」
再び水を一口飲んでイルドは笑い、付け加える。
「じっさい、君たちの持つデバイスだって、いろんな人たちの技術が幾つも合わさった結晶なんだから大事にしないといけないよ?」
その言葉に自分のデバイスを見つめるフォワードたちの姿に、嬉しそうにイルドが頷いた瞬間。
「はぁーい! みんなのアイドル、エンスさんのご登場ですよぉーー」
「少しは落ち着け、二十五歳」
とつぜん現れた愚兄に向けて、足をかけて転ばせる義弟イルド。
直後。
周囲の椅子やテーブルを巻き込んで盛大な音を立てて転ぶエンスの、気の抜ける悲鳴が響く。
「…すごいですね」
「うん? この程度、家族ならば普通じゃないかな」
一筋の汗を浮かべながら呟くエリオに対し、平然とした様子でさも当然のことと答えるイルド。それに対し、スバルは心のなかで「私がそんな事したらギン姉におしおきされちゃうよ!」と突っ込む。
しかし、イルドは超能力者ではないのでスバルの心のツッコミに気づかず、エンスへと視線を向ける。
「それで? エンス主任、午後の予定でも伝えに来たんですか?」
「いやぁ、先ほどのイルドの説明にお義兄ちゃん、とても感銘を受けちゃいましたよー」
「それで? エンス主任、午後の予定でも伝えに来たんですか?」
床に倒れ込んだまま流れる鼻血をふこうともしないエンスに向けて、見た者を凍らせるような冷たい目で見下ろしたイルドは、同じ台詞で問いかける。
そんなイルドに対し、エンスは「フッ…」と笑ってみせるがあいかわらず流れる鼻血をふこうともしないのでどうにも決まらない。
「ふ…さすがは日本男児。やるじゃあないか…」
「いや、生まれも育ちもミッド人だから」
片手でツッコミながら水を飲むイルドに対し、ティアナが質問する。
「イルドさんは、エンス主任の義弟なんですよね? 仲悪いんですか?」
「…え? 仲が悪いように見えるのかな?」
直球な質問に目を丸くしたイルドが思わず質問で返してしまった。
その瞬間、何ともいえない空気が漂う。
そして、その空気を打ち壊したのはエンスの笑い声だった。
「アヒャヒャヒャ!」
「落ち着け二十五歳」
文字通り腹を抱えて転げ回るエンスに、イルドの問答無用の蹴りが入る。ついで振り返り、一言。
「百通りの仲良し兄弟のなかに、僕らみたいなのがいてもいいんじゃないかな」
その言葉にフォワード陣は突っ込むことを諦めたのであった。
だが、フォワード陣のそんな姿をべつだん気にもとめず、イルドは砂糖をどばどばと入れ、さらにクリームをたっぷりと注いだ日本茶に平然と口をつけた。
「あらーー、ほんとにガジェットちゃんがいるねぇー」
午後三時過ぎ。港湾地区と、そこから離れた市街地でガジェットが出現。六課はライトニング分隊とスターズ分隊の二手に分かれ出動。そのライトニング分隊の方にエンスたちは同行し、タイプ・γのテストを行うことにした。
モニターには、ガジェットの群れと戦うイルドとライトニング分隊が映され、その姿にエンスが歓声を上げる。
「タイプ・ガンマー、れちゅごーーー! やれーー! キャロちゃんエリオちゃんも頑張れぇーー!」
無責任に応援しながらエンスはタイプ・γのデータを取り続ける。
すると、ガジェットの援軍が現れた。
「…あひゃーー、また援軍かー…あらアララ?」
モニターに映った新たな二体のガジェットに、エンスが思いっきり首をかしげる。
形状はガジェットT型に似ているが、まず大きさが違う。色も違う。なにより目立ったのが一本のツノである。
新型かと思った瞬間、エンスの驚愕の声が青空に響き渡った。
「げげぇーー、変形したぁーーー!?」
港湾区から離れたビルの屋上。
そこに、横に倒したガジェットTに腰掛ける二人の少女がいた。二人とも空中に浮かんだモニターを見ながら、手にしたコントローラーを操作する。
そのモニターでは人型に変形した二体のカスタムガジェットT型が、イルドに襲いかかっていた。
気分は格闘ゲームである。
「ふんふーーーん、クア姉コレ面白いねぇ」
水色の髪の少女セインが鼻歌交じりに、隣に座っているクアットロに話しかける。
「そうねぇ〜。どっちが蒼騎士を倒せるか勝負する〜?」
「やるやる!」
クアットロの提案に、セインもやる気を出す。
モニターに映るイルドが繰り出したパンチを食らい、セインが操るカスタムT型がよろめく。
「も〜らい」
だが、その隙を突いてクアットロ操るT型が蹴りを放ち、まともにその一撃を食らったイルドが吹っ飛び壁に激突する。ついで、セイン機がレーザーで追い打ちする。
「やったか?」
「ん〜その台詞を言うとだいたいは生きてるのよね〜」
クアットロの言ったとおり、瓦礫のなかから姿を現したイルドがクアットロ機に一撃をいれる。
操作をしながら、セインが疑問に思ったことを言う。
「蒼騎士も頑丈だけど、カスタムも頑丈だよねぇ」
「そうね〜、さすがカスタムってところかしら〜」
「そんなもんかなー…あ、また攻撃された! 腹立つーー! これでどうだ!」
「これ必殺技ってないのかしらね〜…あら?」
ふと呟きをもらしたクアットロを見ないで、操作に集中しているセインが訊ねる。
「どうしたの?」
「…誰か近づいてきてるわ〜?」
その言葉にセインも別のモニターを見る。
「あ、ほんとだ」
逆光になってわかりにくいが、確かに何者かが近づいてきていた。
その何者かを観察しながら二人はカスタムを操作する。そして、その何者かが走り出した直後、コントローラーを取り落とした二人は、驚愕の声を空に響き渡らせた。
「初めて見るガジェットだ!」
「どうしようエリオ君!?」
援軍の出現によりイルドと引き離されてしまったエリオの声に、キャロも焦る。
助けに生きたくてもガジェットに囲まれて思うように動けない。
イルドも二体の黒いガジェットの猛攻にさらされ、思うように動けず孤立している。
白竜フリードの力を解放しようとキャロが決意した瞬間、エリオの声が響いた。
「ここは危険です! 民間人は避難してください!!」
エリオが叫んだ方角。
そこに一人の人がいた。
逆光になっていて顔はよくわからないが、おそらく身体の大きさからして男性だろう。
その人物は、いきなりガジェットめがけて走り出した。
「危ない! 逃げてぇーーー!!」
キャロが叫んだ瞬間。
男は叫んだ。
「管理局地上本部第十三技術部所属、桐井咲希三等陸士! 推して参る!!」
咲希と名乗った男は深紅のベルトを取り出し、走りながら装着。
直後、機械音声が響き渡る。
『TYPE−β.READY』
バックルが輝き、さらに咲希は加速して叫ぶ。
「変身!」
『CHANGE RUBY』
咲希の身体が深紅の光りに包まれ、全身に深紅のプロテクターが装着されていく。
その瞬間。
深紅の鋼鉄闘士が跳躍し、三体のガジェットTのまえに着地。それと同時に、右腕を左から右に振るう。
一拍の間を置いて静かに立ち上がり、エリオたちへと振り返る。
太陽の光に左肩に書かれた“勇”の一文字が輝く。
『THE TRANSFORMATION COMPLETION』
デバイス特有の機械音声が響き渡った直後。
『…三体撃破』
三機のガジェットが爆発。
『タイプβ、変身完了。戦闘を開始する』
そう言って手刀を構えた深紅の鋼鉄闘士咲希がさらに二体のガジェットへとその刃を振り上げる。
再び爆発音が響き、イルドの姿を確認した咲希がカスタムTへと身体を向ける。
『遅れたな。詫びに一体斬り伏せてやろう』
『では咲希さん、一体お願いします』
そう言ってイルドはおもむろに手近なカスタムT型の頭部を右手で掴み、ローラーダッシュで加速。ついで、その頭部を地面に叩きつけたうえでさらに加速して、カスタムT型を引きずる。そして、右腕に力を込めて全力でカスタムT型を空に放り投げた。
カスタムT型が空に舞い、重力に引かれ落ちてきたところを、イルドが全力で繰り出した拳がその機体を貫き、爆発。
その向こうでは咲希が、もう一体のカスタムT型と対峙していた。
『これがガジェットとかいう機械人形か』
自身とカスタムT型の距離を目測。
距離およそ二十m。
当然、手刀は届かず。
それに対し、咲希は手刀を構え…
『ならば近づいて斬り伏せる』
右足を一歩踏み出し跳躍。
地面と平行になるように咲希が跳んだ瞬間、黒い機体から触手が放たれる。手刀を振り上げ、一刀のもとに切り落とす。そして、さらに跳躍し加速。
勢いをつけてカスタムT型に膝蹴り。
その一撃で黒い機体が地面と平行に吹っ飛び、咲希はさらに跳躍。
空中で追い越しざまに手刀を横に振るい 一刀両断。
カスタムT型の身体が二つに分かれ、爆発。
その爆発を一瞥し、つゆ払いするように右手を振るった咲希は言う。
『俺に斬れぬモノは無い』
機動六課。
その部隊の主、八神はやてに向けて、咲希は敬礼した。
「管理局地上本部第十三技術部所属、桐井咲希三等陸士。地上本部の命により、機動六課に参上いたしました」
そう言って咲希が一歩下がり、はやての前にエンスが前に出る。その後ろにはイルドも並んでいる。
エンスがうさんくさい笑顔を浮かべながら敬礼し、後ろにひかえているイルドと咲希も敬礼。
「では出向メンバーが揃ったわけで、改めてよろしくお願いします。八神部隊長?」
「こちらこそ、よろしくお願いします。サイ主任?」
外見上は穏やかに、しかし内心では別のことを思いながら、二人の握手が交わされる。 そして、はやての後ろにいたリィンが部屋の中に張り詰める黒い空気にその小さな身体を恐怖に震わせていた。
機動六課で奇妙な握手が交わされていた頃。
スカリエッティは新たなカスタムドローンの開発に着手していた。
「ふふふふ…面白い…本当に面白いじゃないかぁ!」
そのドクターの後ろではウェンディ・ノーヴェ・チンクの三人が、ホログラムデータを眺めていた。
そこに映し出されたデータは、蒼と紅の鋼鉄騎士の戦い。
カスタムT型が紅騎士の手刀で一刀両断されたシーンを見やり、ウェンディが笑う。
「ふーーん、セインも大したことないッスねー。あれならあたしのほうが上手く操作できるッス」
もしこの場にセインがいたら怒りそうなことを楽しそうに言いながら笑うウェンディに対し、ノーヴェが苛立ち気味に返す。
「あんなもん使わなくたって、アタシが戦えば楽勝だ」
そんなノーヴェの言葉に、チンクが苦笑。
「まぁ、そう言うな。ドクターにも何か考えがあってのことだろうからな」
誰よりも慕っている姉にそう言われ、ノーヴェは一瞬言葉を詰まらせてから答える。
「…チンク姉がそういうなら」
「ふふーーん、ノーヴェは素直ッスね〜。可愛いッスねぇ〜」
ウェンディにからかわれたノーヴェが鬼の形相で追いかけ始める。そんな二人の妹の背中を見送った後、チンクは蒼と紅の闘士のデータを見やり呟く。
「…次に機会があるのならば、私も楽しみだ」
呟き、微笑を浮かべたチンクは鬼ごっこをしている妹たちへと向かって歩き始めた。
NEXT STAGE
『以心伝心!』
●おまけ第二章●
昼間のテストを終え、イルドが医務室でシャマルの検査を受けていた頃。
「眼鏡っ娘に説教されるなんて、エンスさんもうドッキドッキィ〜!」
「エンス主任って変態ぃ!?」
シャリオに説教されていたエンスが、正座したままクネクネと悶えはじめていた。
◆後書き◆
今回の話すなわち「八時だよ!全員集合!」となります。
三バカトリオ揃いました。
基本的に三人とも変人です。
イルドは味覚がおかしい→日本茶に砂糖とミルク。
エンスは言動がおかしい→白衣と奇言の奇行子。
咲希は思考がおそろしい→何でも斬りたがる。