海上に広がる廃棄都市。
そこで一つの戦いが行われていた。
『残り十!』
鋼鉄の兵器“ガジェット”が徘徊する無人の街を、純白のライダースーツに蒼の簡易プロテクターを装備した“闘士”が走る。
“闘士”が瓦礫の山を忍者のように駆け抜けるたびに、幾つもの爆発が起きる。
そして、新たなガジェットを目標にした“闘士”は奔る脚に力を込め、その右腕にも破壊の力を漲らせる。
ガジェットが射程距離に入った“闘士”に照準を付けるが、すかさず“闘士”は跳躍。
太陽の光りを背に受けた“闘士”は、強く握りしめた右の拳を、放つ。
『セイヤァ!』
気合いとともに放たれた拳がガジェットのセンサーを殴り砕き、すぐさま“闘士”は勢いよく後方へと跳躍。
空中で回転しながら、華麗に着地。
同時に、腰に装着していた“ソニックダガー”を逆手に構えて起動。
刃を高周波振動させることによって高い切断能力を有する“ソニックダガー”のその振動が、大気を振るわせて耳障りな音を響かせる。
だがそれに対して何も感じる様子を見せもせず、いや実際に何も感じていない“闘士”は構えたダガーでガジェットに斬りかかった。
◆Three Arrow of Gold−After Story−◆
▼『みんな元気?』▼
「はい、みなさーん、今日も講習お疲れ様でーす。三時のおやつの時間ですよー」
談話室や講習室を兼用する多目的ルームでは、隻眼の青年イルドが手早く人数分のティーカップとマドレーヌを用意する。
「イルド、僕も手伝う」
「イルド兄様、私も手伝います」
「ありがとうございます、オットーさん、ディードさん」
双子の戦闘機人オットーとディードの申し出をイルドは快諾。
オットーにティーポットを一つ渡して、ディードにはマドレーヌを皿に取り分けてもらい、自分もティーポットを持つ。
「はいどうぞ、ギンガさん」
「いつもすみません」
「いえいえ、チンクさんもどうぞ」
「ありがとうイルド」
和やかに言葉をかわしながらイルドはティーカップにミントティーをそそぐ。
講習の疲れを癒すかのようにミントの香りが部屋に満ちる。
直後。
「だぁーーー! 冒頭の戦闘と、この和んだ空気の差はいったい何だ!?」
勢いよく立ち上がった赤毛の少女ノーヴェが、これまた勢いよくイルドを指さして叫ぶ。
だが、イルドはそんなノーヴェの抗議にも動じることなく、銀髪の眼帯少女チンクのカップにミントティーを注いでから平然と答えを返した。
「何を言ってるんですか、ノーヴェさん。あれは午前中に行った試作デバイスのテストじゃないですか。あと、冒頭とか言わないでください」
「あぁ〜、その爽やか笑顔が苛つく!」
「ははは、お褒めにあずかり恐悦至極。あと椅子に足を乗せるのはテーブルマナーにありませんので止めてください。ついでに意味も無く電気ネズミの声マネ……ピィ○ァチュウ!」
「かしこまって礼すんじゃねぇ! てーか本当に意味も無いうえに気持ち悪いぐらいに似てるな!」
怒りながらもノーヴェは椅子から足を下ろして行儀良く座り直し、今度は水色の髪の少女セインが手を挙げて質問。
「てゆーか、イルド。あんた、ここでお茶してて良いの?」
しかし、そのセインの質問に答えを返したのは別の人物であった。
「何を言うかセイン。頭脳労働者である我ら技術者にとってカロリー摂取は何事においても重要なのだぞ」
「エンスの言うとおりだ。疲れた脳をリフレッシュさせることは、とても大切なのだ」
「うわ、アンタらいつの間に居たの!?」
いつの間にか現れていた第十三技術部主任エンスとその部下咲希が当然の如く着席していたことに思わずセインが肩を震わせて驚く。
たいしてイルドはそんなやりとりを無視して、赤毛を後ろでまとめた少女ウェンディにミントティーを淹れる。
「あたしはミルクティーの方が好きッス、イル兄」
「では今度ミルクティーにしましょう。あと僕は遺伝子的にも法律的にもさらに言うと盃を交わしてウェンディさんの兄妹になった覚えはありませんよ」
「イル兄が小難しいことを言って可愛い妹をいじめるッス!」
わざとらしく両手で顔を伏せるウェンディ。
それにたいして。
「はははは、イルド。妹を泣かせるな」
「うわ、軽やかに切り返しますね義兄さん。その年でさらに弟妹増やしたいんですか、あんた」
ティーカップ片手に読書をはじめた義兄に義弟が突っ込みを入れつつ、お茶会は始まった。
◆◆◆◆◆◆
「ジャムが入ってる…」
「イチゴだ!」
マドレーヌを一口食べたルーテシアとアギトが、そのなかに入っているジャムの甘さに軽い驚きの声を上げる。
見ると他の面々もただのマドレーヌだと思っていたらしく、多少の驚きが浮かんでいる。ちなみに、そのなかで表情に変化が無いのはエンス・咲希・セッテ・オットー・ディードの五人である。
「……いつも思っているのですが、余計なカロリー摂取は身体に悪いのでは?」
「余計なモノも時には必要だと言うことだ、セッテ」
相変わらず機械的な反応のセッテに対して、瞳を閉じたエンスは微笑しながらティーカップに手を伸ばす。
「うん、こういうのも美味しいね」
「そうだね」
「そうですね」
普段から物静かなディエチ・オットー・ディードは、その普段以上に言葉少なにマドレーヌの味を堪能していた。
「穏やかだな」
「あぁ」
チンクと咲希も静かに余韻に浸る。
その向こうでは。
「美味しいッス! イル兄、おかわり欲しいッス!」
「私もぉ!」
「ん!」
「私にもお願いします」
ウェンディ・セイン・ノーヴェ・ギンガが同時に皿を突き出すが、イルドは苦笑しながら一言。
「太りますよ」
直後。
盛大にイルドが吹っ飛んだ。
◆◆◆◆◆◆
夕食も終えた自由時間。
本日の仕事を終えたイルドは芝生に大の字で寝転がって夜空を眺めていた。
今日の夜空は快晴。
雲一つ無い星空に意味も無く気持ちが良くなる。
「?」
ドアが開く音にイルドは半身を起こしてそちらを見ると、同じく眼帯仲間のチンクがそこにいた。
「おや、チンクさん。どうしたんですか?」
「ん、ただの気分転換だ」
軽く右手を挙げたイルドに、チンクは微笑で返す。
「隣、いいか?」
「いいですよ、とその前に」
ふいに立ち上がったイルドをいぶかしげに見るチンクの前で、イルドは着ていた白衣を脱いで芝生のうえに敷く。
「どうぞ、お座りください」
「あ…いや……いいのか?」
「どうぞ。このうえなら汚れませんし」
「そうか…うん、ありがとう」
イルドに促されて、躊躇いながらもチンクは芝生のうえに敷かれた白衣に座る。
ついでイルドもチンクの隣に座り、夜空を見上げて微笑。
「で、どうしたんです?」
イルドの声に、一拍の間を置いてからチンクは言いにくそうに口を開いた。
「…その…いつもありがとう。妹たちに美味い菓子を作ってくれて」
「いえいえ、こちらこそ皆さんが美味しく食べてくれてありがたい限りですよ」
陽気に笑いながらイルドは、チンクに問いかける。
「で、本当はお礼を言いにここに来た訳じゃないでしょう?」
陽気な声に、チンクは苦笑。
「……実を言うと、一人になりたくてここに来た」
「では僕は戻りましょうか?」
イルドの問いに、頭を横に振って拒否したチンクは言葉を続ける。
「ついでだから、私の質問に答えてもらいたい」
「答えられることなら、と前置きしますがいいですか?」
「あぁ、それでも構わん」
軽い声音のイルドに、チンクは瞳を閉じてそう答えて、しばしのあいだ沈黙。
「………その、何だ。こう思うときがあるんだ。この道を選んで良かったのかと」
イルドはすぐに答えなかった。
チンクの言いたいことはたぶん理解している。
罪を犯した自分はドクターたちと同じように拘置所に入るべきだったのではないかと言いたいのだと。
たぶんそう言うことだろうとイルドは判断。
「……そうですね」
ゆっくりと、静かに、イルドは思考をまとめながら答えた。
「結論から言わしてもらえば“イエス”ですよ、チンクさん貴女は正しい」
開口一番いきなり正しいと肯定されたチンクの眉が疑問を描くが、イルドはそれを無視して言葉を続ける。
「いいじゃないですか、妹たちのことを考えたうえでの選択でしょう? チンクさんはあの娘たちの“姉”としての責任を果たすことが大事だと思ったんでしょう」
静かにチンクはイルドの言葉を聞く。
「語ると説教くさくなるんでここまでにしておきます。でも、この際だからチンクさんだけには伝えておきましょう。実はドクターには何度か僕も面会してるんです」
「な…!?」
ふいに告げられた事実に、チンクが驚きの声を上げるがイルドは右手を挙げてそれを制す。
「ドクターはこう言ってましたよ、“頑張りなさい”と」
押し黙ったチンクを横目で軽く見てから、イルドはつとめて楽しげに語る。
「たった一言ですが、ドクターは笑っていましたよ」
別にスカリエッティが大口開けて笑っていたわけではない。
いつもの皮肉ともとれる微笑であったが、それは家族に向ける笑みだったとイルドは確かに思っていた。
そして、そのイルドの言葉を最後に沈黙が訪れる。
二人が黙って夜空をみつめて数分後。
「ありがとう」
「はい?」
ふいにかけられた礼にイルドが顔を向けると、夜空を見上げているチンクは微かな笑みを浮かべて一言。
「礼を言った」
その笑顔に思わず照れたイルドは、声色を作って照れ隠し。
『マジメナハナシヲスルトハズカシイデスネー』
「おぉ、どこかの夢の国のネズミのような声だな」
チンクの的確な分析も無視してイルドは声マネを続ける。
『チンクサンハ“ムネ”ヲハッテイレバイインデスヨー。ウスイ“ムネ”デスケドー』
しばらくして。
廊下で“方”の字で気絶しているイルドの姿があった。
Fin?
◆◆◆後書き◆◆◆
はい、KKと第十三技術部です。
JS事件後の平凡な一日を書いてみました。
続けるかどうかは考えておりません。
ちうかこれ書いてて思ったんですが、コメディかける人たちが羨ましいです。