第二話「報酬」
第二話「報酬」
少年は仕方なく少女にバラしました。
本当は言いたくなかったのでしょう。
しかし、この少女になら言ってもいいと感じたものまた事実。
さて、今回のお話は――――
「僕はあなたと同業者ですよ」
静かに、だが確りとそう言った。
同業者。
つまりは吸血鬼を狩ることを生業としている。
裏の仕事。
表の世界では公にできない、生と死の狭間で行う仕事だ。
トモコは訊ねた。
「だから、あんなにも簡単に倒せた……ということ?」
シュウジは頷く。
「…………」
トモコとシュウジは同い年のように見える。
だが、纏っている雰囲気はまるで違う。
シュウジは研ぎ澄まされた刀のように精錬された静かな気配を持っている。
かたやトモコはというと、お粗末だ。
お粗末すぎる。
自己の過大評価。
虚栄心。
慢心。
危機感。
全てが劣っている。
これで吸血鬼ハンターとはよく言えたものだ。
トモコは吸血鬼の前に出たら死ぬ。
確実に。
何も出来ないまま。
殺される。
「…………」
「? どうしました?」
シュウジの言葉にハッとした。
何を考えているんだ。
アタシは一人前だ。
祖父から教えは全て請うた。
だが、彼女が初めて見た吸血鬼はシグムントだ。
つまり、まだ一匹も倒していないのである。
それが何だ。
アタシはやる。
この世にはびこる吸血鬼を根絶やしにしてやる。
祖父にそう約束して家を出てきたのではないか。
大丈夫。
吸血鬼を見ても恐れなかった。
しかし、彼には少し恐れてしまった。
吸血鬼をいともたやすく屠ったこの少年。
シュウジを見る。
「あの、何か?」
……信じられない。
言いたくはないがトモコよりも弱そうで頼りなさそうだ。
シュウジは困った表情をし、此方を見ている。
トモコは考える。
先程の戦いを見て、トモコ独りでは吸血鬼に勝つことは無理だということが分かった。
あのような戦いはできない。
だったらコイツと手を組もう。
不本意だが、囮役くらいにはなるだろう。
シュウジが敵の気を引き、アタシが止めを刺す。
理想的だ。
これで行こう。
「うん、やっぱりこれからもよろしくね」
トモコの言葉を聞き、シュウジ首を横に振った。
「無理です。あなたとは目的が違います」
「目的? 吸血鬼を殺すことが目的じゃないの?」
シュウジは深く頭を下げる。
次に顔を上げた時には、唇を噛み締めていた。
とても悔しそうに。
「僕の目的は、僕の命の恩人と言ってもいい御方を探すことです。それ以外に目的はありません」
トモコは首を傾げた。
恩人と吸血鬼にどのような接点があると言うのだろう?
もしや、吸血鬼に殺されてしまったのだろうか?
しかし、それならば敵討ちと言うのところではないだろうか?
トモコは訊ねる。
「その人、名前は?」
シュウジは少し俯き、静かに言った。
「エルザ様です」
エルザ、聞いたことのない名前だ。
脳内をどのように検索しても思い当たりはない。
聞きたくはないが、聞かなければならないことを聞く。
「その人、死んじゃったの?」
シュウジは顔を勢いよく上げトモコを睨む。
聞いてはならないことのようだ。
だが、聞かなければ手がかりがない。
そう思い臆さずに聞く。
「聞かせて。死んじゃったの?」
ワナワナと震える唇。
何故だ?
何故アタシが震えている?
シュウジが――――怖いのか?
このトロそうな顔をしている男の子が?
暫く睨まれていたが、フッとシュウジの表情は軽くなる。
「知りませんよ。あの人は風のような御方だ。今頃どこで何をしているのやら」
そう言うシュウジの表情は、どこか悲しげだった。
親を求める子供のような表情をしている。
成程、よほど大切な人のようだ。
「そう。うーん、聞いたことない名前ね。そうだ、とりあえず街に行かない? ここでこうしていても始まらないでしょ?」
「いえ、僕はここで失礼しますよ」
「また迷うわよ?」
シュウジは悔しそうに歯噛みする。
何だろう、初めて人間らしい表情を見たような気がする。
少し嬉しくなるトモコ。
そのまま続ける。
「この距離で迷ったんだから、街へは行けないわよねぇ?」
「大丈夫です!」
「独りで行けるかしら? 一km以上あるのに」
「ぐぬぬ……」
おかしい。
楽しい。
先程は偉そうなことを言っていたのに、今ではトモコの方が上だ。
つい笑みが零れる。
その笑みを見たシュウジは、トモコとは逆にとても悔しそうだ。
「どう? 街まで案内してあげましょうか?」
暫しの逡巡。
シュウジは渋々頷いた。
「よし、決まり! 行くわよ」
あの場から歩いて十分ほど。
シュウジ達は街に着いた。
だが、シュウジの表情は暗い。
それもそうだろう。
何せ、歩いて三日かかってあの場までたどり着いたのだから。
ため息を吐く。
すかさずトモコの銃のグリップでの攻撃。
どうやらネガティブになると叩くようだ。
今日、また一つ学習した。
女性は怖い、と。
シュウジはトモコの三歩後ろを歩くことにした。
これならあのようなことがあっても叩かれなくて済むからだ。
暫く歩くと、トモコはチラチラと此方を見て来る。
一体何だろうか?
また暫く歩く。
すると此方を見る。
また暫く歩くと、行き成り此方を振り向き頭部をしこたま叩かれた。
(……何故?)
そのことを訊ねると、
「煩い! アンタがアタシの後ろにぴったりついて来て鬱陶しいのよ!」
「じゃあ、どこを……いえ、何でもないです」
トモコはふんっ、と鼻を鳴らし前を向くと、ある一軒家へと足を向けた。
此処が目的地のようだ。
そういえば、まだどこに行くのが聞いていなかった。
訊ねようとトモコの耳元で囁く。
「あの、どこに行くんですか?」
「〜〜〜〜!」
シュウジの囁きを受けたトモコは耳を掴みガリガリと掻き毟る。
何かの宗教だろうか?
(家に入る時に耳を掻き毟る宗教……聞いたことないな)
そんなことを考えていると、立ち上がったトモコがゆっくりとシュウジに振り向き、銃のグリップで思いっきり叩いた。
正直に言おう。
とても痛い。
普通は死ぬと思う。
でも僕は生きている。
かなり辛い。
涙目でトモコを見つめる。
トモコは「今度やったら殺す」と視線で訴えている。
「り、了解……」とか細い声で返すのが精いっぱいの形相だ。
夜叉の形相と言うのはこのことだろう。
今日、また一つ学習した。
女性は時に夜叉になる、ということを。
そういえば、エルザもこのような顔で怒っていたことがあった、と思い出す。
懐かしき御顔。
今も微塵も色あせることなく覚えている。
生きる意味をくれたエルザ。
生きる術を教えてくれたエルザ。
シュウジに全てをくれたエルザ。
今頃どこで何をしているのやら……。
早く、逢いたい。
その為にも、前へ進もう。
足が棒になるまで歩き、ちぎれたら這いずってでも進もう。
少しでも前へ。
あの方に近づく為に――――
「虚空を見て何やってんの? 握り拳まで作って」
現実に意識が戻ると、トモコが訝しげに此方を見ていた。
どうやら意識だけが桃源郷へ旅立っていたようだ。
これはいかん、と頭を振り意識を取り戻す。
現実に向き直り、トモコに話しかける。
「此処へはどういった用事で?」
その言葉を聞いたトモコは、ウェストポーチから一枚の紙を取り出した。
そこにはこう書かれていた。
「吸血鬼退治求む。町長の母……胡散臭い」
「どこがよ。立派な依頼でしょうが」
「町長ならまだしも、母ですよ? お母様ですよ? マミーですよ?」
「父だろうがお父様だろうがパピーだろうが依頼は依頼。オーケー?」
「……オーライ」
シュウジの言葉を聞いたトモコはうん、と一つ頷きドアノックを叩いた。
暫くその場で待つと、ドアがゆっくりと開いた。
ギギギ、と蝶番が錆びているのか軋んだ音が辺り一帯に響く。
ドアの奥は深閻のように真っ暗だ。
その暗がりの奥、そこから白髪の老婆が出てくる。
老婆はトモコの姿を認めるなり大声で泣きついてきた。
「よく、よく無事だったね……」
老婆は実の子にするようにトモコを抱きしめる。
涙を流し、無事を喜んでいるようだ。
察するに、この老婆が町長の母だろう。
つまりはトモコの依頼主。
「玄関先で何をやっている」
奥から中年の男がやってきた。
タバコを口の端に咥え、いかにも機嫌が悪そうだ。
老婆はトモコを離すと男に向き直り、何かを話しこんでいる。
男は老婆の話を碌に聞きもせずに適当に頷いている。
話が終わると、男がトモコ達に近づく。
「すまないな。家の婆様の妄想に付き合わせてしまって。息子として謝罪しよう」
そうは言うが、男――町長――は頭を下げるどころか謝罪の言葉すら発しない。
老婆が町長の服を掴み何か言っているが、町長はそれを怪訝な表情をし無造作に払う。
これは早めに話を付けた方がいいと判断したトモコは依頼料のことについて切り出した。
「はぁ、金? 払う筈ないだろう。お前等は婆様の妄想に付き合って勝手に森に行ったんだ。それに吸血鬼? 馬鹿馬鹿しい。そんなものいる筈がなかろうが。
それに、あの事件はもうに解決済みだ。犯人はすでに護送されている」
「そんな筈ない! 吸血鬼は実際に居たわ! それに倒したっ」
「だったら証拠を見せろ。吸血鬼だったら死んだら灰になるんだろう? 灰を見せてみろ」
トモコは悔しそうに歯噛みする。
灰、自分が倒していれば手に入ったかもしれない。
だが、灰は風に舞い散っていった。
シグムントの衣服などは残っているだろうが、それを見せた所で吸血鬼が実在する証拠には微塵もならない。
町長はため息を吐くとトモコに額を付き合わせる。
「生憎と俺は忙しいんだ。子供の妄言に付きあっている暇はないんだよ。分かったらさっさと帰れ。仕事の邪魔だ」
言い終わるとタバコの煙をトモコに吹きつけ、そのまま町長はドアの奥へと消えていった。
残されたのはオロオロと事態を見守っていた老婆とトモコ達のみ。
老婆はトモコに近づき声をかけるが、当のトモコは「大丈夫です」と力なく言うだけだった。
「ごめんよ。あの子はオカルトの類いを一切信じないから……」
「ええ、そうでしょうね。あの性格じゃあ」
トモコは家のドアに向かい舌を出し、せめてもの抵抗とした。
そうすることでいくらかスッキリしたのか、トモコの顔は晴れる。
「ところで、報酬のことなんだけど……」
そう言うなり、老婆は懐から何かを取り出した。
金色に光それは、懐中時計。
年代物のように見えるが傷一つなく、曇りも全くなかった。
思わず見とれてしまう。
「これを報酬としたいんだけど……駄目かい?」
「え? くれるんですか!?」
トモコの瞳はキラキラと輝いていた。
現金より、目先のお宝に弱いらしい。
受け取る為に手を差し出すと、老婆は力なく微笑んだ。
「こんな物しかなくてすまないけど……夫の形見の中で一番高価なものなのよ」
トモコの表情に陰りが見える。
形見、それは亡くなった者との最後の接点。
そんな大事なものに瞳を輝かせてしまった自分が愚かしい。
「だ、駄目ですよ! そんな大事なもの受け取れません」
そう言いながら、手をおずおずと引っ込める。
未練はあるが、他人の思い出を奪うような真似はしたくなかった。
だが、老婆は引かれるトモコの手を取り、懐中時計を握らせた。
「私が持っていても役に立たないから。だから、あなたが役立てておくれ。その方がその時計も、主人も喜ぶと思うのよ」
そう言い微笑む。
そこまで言われてしまっては断ることが出来ない。
トモコは懐中時計を握り締め、頷く。
それを見た老婆はすまなそうにそして、本当に嬉しそうに微笑んだ。
「よかったんですか? そんな物貰っちゃって」
懐中時計を日の光に当て眺めていると、シュウジの訝しそうな声が聞こえてきた。
ふんっ、と鼻を鳴らしてから話す。
「あのお婆ちゃんはアタシを見込んでこれを渡したのよ。それを受け取らないで、何が女って言うの」
「でも、それ形見なんでしょう? そんな大事なものをホイホイ受け取るなんて……」
カチンときた。
それまで懐中時計に向けていた目線をシュウジに向ける。
心なしかシュウジの身体が震えた。
そんなシュウジの心を知ってか知らずか、トモコは吠える。
「いい? あのお婆ちゃんはアタシに託したのよ。自分が持っていてもいずれは死んでいしまう。そしたらこの時計はあの馬鹿町長の元へ渡ってしまう。
それは嫌だ。だから見込みある若者であるアタシに白羽の矢が立ったっていう訳。ドゥーユーアンダスタン?」
「トモコさんがガメツイということだけは分かりました。ええ、それはたっぷりと」
馬鹿を殴った。
馬鹿は呻き声を上げ、うずくまっている。
それを一瞥し、再び時計に視線を向ける。
時計は日の光を浴びキラキラと黄金に輝いている。
現金は手に入らなかったが、これが手に入ったのなら良しとしよう。
それは意味はないものかもしれない。
世間一般の人にとっては取るに足らないものだろう。
だが、トモコにとっては違った。
これを受け取ったということは、あの老婆の心を受け取ったということ。
優しい心を。
時計をウェストポーチにしまい、一枚の紙を取り出す。
それをシュウジに渡し、元気よく大きな声で言った。
「さぁ! 次行くわよ!」
この正反対な男女の旅。
それは、この瞬間から始まったのだ。
いつ終わるとも分からぬ、血の定めに従った旅が。
あとがき
髪が燃えました、どうもシエンです。
タバコに火を点けようとしたところ前髪に火が移り、燃えました。
直ぐに消したので、幸いなことに大事には至りませんでした。
だがしかし……前髪がチリチリになりました。
そして、それを何とかする為に床屋に行ったところ――――切りすぎましたorz
ではまた次回。
WEB拍手返信
>BBB本編みたいなノリで面白かったです。
ありがとうございます。
そう言って頂き、感謝の極みです。
これからもご期待にそえるように頑張ります。
作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル、投稿小説感想板、