―――裏路地の片隅。そこに倒れている少年が一人と、それを見て涙を流す小さな子供が二人。
「―――うっ、く」
「あぁ・・・うあ・・」
「――――――」
感情は不思議なほどに落ち着いている。
それは今がこんな事態だからか、それとも職務上か。
それとも、私は、こんな人だから―――？
思考は冷静に、手は状況を報告するために通信を開く―――
「ライトニング１からロングアーチへ。裏路地にて対象を発見。ヴィヴィオはすでに拉致―――」
頭がこの事実を認めたくないと叫ぶ。
けれど、どこか冷たい部分で、私は認めてしまっていた―――
「同時に、ケイスケ・マツダ二等陸士の死亡を、確認しました―――」
ケイスケの機動六課の日々
Ifルート stage１ 「成すべき事、背負うモノ」
地上本部の壊滅、および機動六課の壊滅―――それに伴うギンガとヴィヴィオの拉致。
この事件は多くの重傷者を出し、今は病院で治療を受けている状態だ。
そして、たった一人だけ、死者が出た―――
今目の前のベッドで眠っている少年。
もう二度度目を覚ますことは無く、その体に温もりは無い―――
ケイスケ・マツダ二等陸士。
機動六課ロングアーチ所属の実務員。
フォワード陣との交流も深く、私たちともそれなりに親しい関係だった少年。
歳の割にはしっかりしていて、何かあるごとにみんなを纏めたりもしてくれた。
ぶっきらぼうだけど、優しい少年―――
「ねえ、ケイスケ―――」
そっと手に触れて、語りかける。
返事は無いと知りながら、それでも語りかけずにはいられなかった。
「もっと私が早く駆けつけられていたなら―――こんな事にはならなかったのかな・・・」
手が震える。
今さらになって、この少年の死を理解した―――
「ケイスケ、私のこと、恨んでる―――？」
頬を一筋の涙が伝う。
悔やみきれない後悔に苛まれて―――
癒えることの無い傷にうなされて―――
◇ ◇ ◇
「―――ふう」
「お疲れです、はやてちゃん」
―――外がもう明るい。
事後処理を中断して一休み。
けどが未だに書類は山ほど残っていて―――
「まったく、これだけのモンを毎回してたんやからな―――」
態度こそアレなものやったけど、実は結構感謝してたんやで？
それが―――
「ホンマ、優秀な人材は突然いなくなるな―――」
「はやてちゃん―――」
ケイスケくんが死んだっていう知らせは、すぐにこっちにも届いた。
これだけの大惨事、確かに死者の一人や二人出てしまってもおかしくは無い。
けど―――よりにもよって、ケイスケくんか―――
「まったく、この大変な時期に何やってるんやか―――」
無くしたものは、とても大きい。
仕事面、これは人員さえ補充すればどうにでもなる。
けど―――フォワード陣とも親しかったケイスケくんが抜けた穴は大きい。
あの子たちには相当なダメージになったはず。体の傷は癒えても、心の傷はそう簡単には癒えない―――
「なんや、どっと疲れたな―――」
こう、ストレスがたまった時はいっつもケイスケくんと遊んで発散してたけど・・・
今考えたら、あの楽しかった日々ももう戻らないんやな―――
「・・・まったく、どっかで拠り所にしてたのは私もあの子たちと変わらんか」
日常になってた六課のみんなとの日々。その一部が欠けてしまって・・・心に、形容しがたい穴が空いたような気分。
今はまだここを離れられない。けど、区切りがついたなら、一度は行っときたいな―――
「ホンマに、ごめんな―――」
◇ ◇ ◇
「―――う、ん」
「っ、スバル！！」
―――ぁ、ティア・・・？
ここ、病室・・・？
私、ベットに寝かされて・・・
「目が覚めたのね・・・あんた、何があったかは覚えてる？」
「え、と・・・」
確か、本部が襲われて、それでギンねえが・・・それで―――！！
「っ、ケイスケは！？」
「―――あいつは・・・・・」
？ どうしたんだろう。ティアにしては珍しく歯切れが悪い・・・
「あいつは・・・死んだわ」
「え・・・？」
一瞬、ティアが何を言ったのかワカラナカッタ・・・・・・
◇ ◇ ◇
現場の仕事が一区切りついたので、少しの休憩時間を使って一つの病室に向かった。
行先は、ケイスケくんがいる部屋―――
ほんの数時間前のことだった。
地上本部が襲撃されて、六課が攻められて、ヴィヴィオとギンガが拉致されて、ケイスケくんが死んでしまって―――
あまりにも多くの事がありすぎて、何故だか余り現実味を感じられない。
もしくは、それを私が拒否しているからなのか・・・
扉を開ける。
そこには、見慣れた友達が先客として来ていた。
「フェイトちゃん」
「ぁ、なのは―――」
椅子に腰かけてケイスケくんの手を握っているフェイトちゃん。
頬には、一筋の涙が見えた。
私も、隣に椅子を立てて腰かける。
しばらくそうしていて、不意にフェイトちゃんが口を開いた。
「ケイスケ、ね―――私のこと、恨んでるんじゃないかな・・・」
「何で―――」
間違ってもそんなことは無い。
ケイスケくんは自身に起きたことを間違っても他人に押し付けるような人じゃない。
それでも、フェイトちゃんの懺悔は止まらなくて―――
「私、間に合わなかった―――！！
もっと早く、もっと早く私があそこに駆けつけられていたら、ケイスケは死ななかったかもしれないのに！！」
「フェイトちゃん―――」
泣いている―――ケイスケくんの死に、フェイトちゃんは泣いている。
そして、一度蛇口からあふれた水は止まらない―――
「私、みんなになんて言ったらいいのか分からない―――みんな、ケイスケの事が、好きだったのに―――！！
私が、消してしまった！！」
「っ、違うよ！！」
確かに、ケイスケくんは死んだ。
けれど、フェイトちゃんがケイスケくんを殺してしまったわけじゃない・・・むしろ、元々の原因は―――
「フェイトちゃんは悪くない・・・元はと言えば、私がちゃんと、ヴィヴィオを守っていたら―――」
ケイスケくんは、死ななかったかもしれない。ヴィヴィオも、攫われなかったかもしれない―――
守れなかった―――守るって誓ったのに。
そのための、私の魔法の筈なのに―――
「私がちゃんとヴィヴィオを守っていたら、ケイスケくんは死ななかったかもしれない―――
ねえ、私は・・・間違っていたのかな」
私の家族―――お父さんやお兄ちゃん、お姉ちゃんは代々護るために剣を振るって戦ってきた。
私もそれが誇らしくて、護るために魔法を手にとってこの道を選んだ。
世界中の全てを救いたい、なんてことは出来ないけど―――
それでも、せめて手の届くくらいの、目に見えるくらいのものは救いたかった。
けど、私は、護れなかった―――
いつも楽しそうにみんなと話して、時々私もその輪に入れてもらって、そんなみんなの日常だったケイスケくん―――
手の届く範囲に、目に見える範囲にいた筈なのに・・・護れなかった。
「ヴィヴィオまで、連れ去られて―――！」
視界が一気に滲んでくる。
たぶん、今の私はみっともない顔してる・・・
けど、それだけ奪われたものが大きいと、無くしてしまったものが大切だったと思い知らされて―――
「私、どうしたらいいの―――」
もう戻ってこない一つの日常。
今は、それがとても愛おしかった―――
◇ ◇ ◇
―――あいつが、死んだ。
そんな知らせがあったのはつい数時間前。襲撃が終わり、火災の消火や救助が一通り終わったころ。
みんな、それを聞いた時は泣きそうな顔になっていたのを覚えている。
最期を看取ったのはエリオとキャロの二人。あいつの事を兄と慕っていた二人にはとても辛い光景だっただろう。
その後、泣き崩れる二人と死んだあいつを見つけたフェイトさんがロングアーチへと連絡。
時期を見計らって私達へと連絡された―――
スバルにはさっき報せた。
聞いた途端怪我している体を引きずって無理に病室から飛び出して、私は今それを追っている。
「―――っ」
私は何のためにこの道を選んだ―――？
決まっている、お兄ちゃんの夢を叶えるために。そしてなによりも、誰にも傷ついてほしくなかったから―――
けど、実際はどうだ―――？
私は、たった一つの命すら守れなかった・・・
「まだ借りも返してないのに―――」
悔しさで視界が歪んでくる。
さっき散々泣いた筈なんだけど、それでも涙はまた溢れて来た―――
「何、勝手に死んでんのよ―――！！」
私はまた、大切な人を失った―――
◇ ◇ ◇
走る、奔る、迸る―――
廊下を歩く人たちが何か言っているけど、それを全部無視して走り抜く。
目的地は、ケイスケが寝ている部屋。
「ケイスケッ！！」
扉を開けて病室の中に入る。
中には依然静かに寝ているケイスケとその隣で泣いているなのはさんとフェイトさん―――
涙の意味なんて、理解したくなかった。
傍に駆け寄って、ケイスケに呼びかける。
「ケイスケ、ケイスケ！！」
「ス、スバル―――！！」
「スバル、落ち着いて！！」
二人がケイスケを揺する私を止めてくる。
「放して！ ケイスケ、ケイスケが―――！！」
「スバル、ケイスケはもう―――」
フェイトさんが、何かを言おうとしている。
それを聞きたくなかった私は、思いっきり腕を振り払った。
「きゃっ！」
「フェイトちゃん！！」
拘束が解かれた。
またケイスケに呼びかける。
「ケイスケ！ ねえ起きてよケイスケ！！」
「！ っの、いい加減にしなさい！！」
声の後に、頬に鈍い痛みとパンッ、という音。
「いい加減に、しなさいよ―――」
「ティ、ア―――？」
いつの間にか隣にいたのはティアだった。
たぶん、今私の頬を叩いたのも―――
「あんたも、分かってるんでしょ・・・」
「―――イヤ」
聞きたくない。そんな言葉聞きたくない―――！！
「あいつは―――」
やめて。私は、私は―――！！
「あいつは、もう死んでるのよ―――！！」
「っ！！」
死ん、だ・・・・・・
「いい加減、現実を見なさい。一人だけ逃げてるんじゃないわよ！！」
「う、ぁ・・・・・」
ケイスケが、死んだ―――？
体は冷たくて、息はしてなくて、心臓も動いてなくて、呼びかけても起きなくて―――
「ぁ、ぁ・・・・！」
もう二度と見ることも無い、聞くことも無い。
あの声も、あの笑顔も、あの日常も、全て―――
「う、あ、ぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああ！！」
慟哭が、一つの部屋に響き渡った―――
◇ ◇ ◇
「キャロ」
「エリオくん・・・？」
病院の休憩室。その片隅で、僕たちは飲み物を飲んで休憩していた。
「キャロ、大丈夫？」
「・・・大丈夫だよ」
キャロはそう言って笑う。
そうは言っても、その笑顔には影が見て取れた。
「キャロ・・・」
「私はまだ、頑張れるから・・・」
・・・嘘だ。キャロも本当は限界寸前で、それでも無理をして頑張っている。
これも、キャロがケイスケが死んだことを悲しんでいるから・・・
僕が、もっと早くケイスケを助けていられたなら―――みんな悲しまずに済んだ。
僕に、もっと強さがあったら―――
「守れたかも、しれないのに・・・」
今ほど僕は力を求めたことは無い。
目の前でどんどん体温が無くなっていって、揺すっても呼びかけても起きなくて・・・
泣いた後はただひたすらに、悔しかった。
守れなかった自分が、間に合わなかった自分が、みんなを悲しませた自分が悔しかった。
その事を思い出すと、また涙が滲んできた。
「キャロ・・・」
小さく震える肩を、そっと抱きしめる。
僕がキャロを支えられるか、それは分からない。
けれど・・・
「キャロ。今くらい、泣いていいと思う」
「・・・っ！！」
今は誰もいない。誰も見ていないから、みっともなくったって大丈夫だから。
だから、そんなに辛そうな顔をしないで。
僕は、キャロのそんな顔を見たくないから―――
「う、ぁぁ・・・」
「―――っ、ぅ」
誰もいない休憩所。その片隅で、僕らは何度も涙を流した。
◇ ◇ ◇
やっと仕事に一区切りがついたんで、うちはみんなの病室を周ることにした。
一番に向かう先は、やっぱケイスケくんの所―――
途中で、見慣れた子たちと顔を合わせた
「エリオ、キャロ」
「あ、八神部隊長」
「お疲れ様です」
ケイスケくんとは兄弟みたいな付き合いをしていたライトニングの二人。
そんな二人が、兄と慕っていた人が目の前で息絶えるところを見せられた・・・
こんな事になった責任は、うちにある。
「責任は、きっちりとらなあかんよな」
何が出来るかは分からへんけど・・・
償いになるんなら、どうにかして償いたい。
「今から、ケイスケくん所に？」
「はい―――」
「私たち、あれからけーさんの顔見てませんから・・・」
あれから、というのはおそらくケイスケくんを看取った時から。
あの後二人もすぐに現場に復帰してたからな・・・
よく見れば、二人の眼は若干赤い。
「・・・ごめんな、二人とも」
「え？」
「何が、ですか？」
「いや、な・・・ケイスケくんが、死んでしまった元々の責任は、読みが甘かったうちにあるわけやし・・・」
もっとしっかりと対策を立てる事が出来たのなら、ケイスケくんは死なへんかったかもしれん。
今回の動きからして内通者がいたのは間違いない。だから、もしかしたらそれでも無駄やったかもしれへんんけど・・・
それでも、そう思わずにはいられんかった。
「八神部隊長は、何も悪くありませんよ・・・」
「エリオ？」
「ケイスケが死んでしまったのって・・・結局は、僕が間に合わなかったから」
―――っ
こんな子供まで、ここまで追い詰めて・・・ケイスケくんの死は、相当重たい。
みんなに怪我させて、犠牲まで出して、みんなをここまで追い詰めて、何が部隊長や・・・！！
「大丈夫、誰もエリオを責めたりせえへんし、エリオにその責任は全く無い」
「けれど―――」
とたん、エリオの顔が泣きそうに歪む。
ほんま、自分が情けないわ・・・
「―――ぁぁぁぁ！」
「―――ぁ」
「この声は、スバルさん・・・」
ケイスケくんの部屋から聞こえてきたスバルの声。
たぶん、今スバルは―――
扉を開けて、中に入る。
「はやて、ちゃん・・・」
「ぁ、八神部隊長・・・」
何やみんなして、休憩の時間使ってここに来たんか。
中には声を上げて泣くスバルと、静かに涙を流しているなのはちゃんとフェイトちゃんにティアナ。
―――それが、どうしようもなくケイスケくんの死を思い知らせる。
「はやてちゃんも、ケイスケくんに―――？」
「うん。そうやな―――」
たぶん、謝りたくてここに来た。
それはケイスケくんに。ここにいるみんなに・・・
冷え切った頬に手を添える。
その冷たさが、とても寂しく思う。
「ほんまにごめんな。うちがもっとしっかりしてたら、こないな事にはならへんかったやろうに・・・」
頬を撫でていると、自然と涙が出てきた。
なんや、自分でも結構なダメージ喰らってたんやな・・・
「ごめん、な・・・っ」
声が掠れる。
情けないけど、それほどまでにうちにとってケイスケくんの死は大きいものなんやと思う。
「う、ああ・・・！！」
「スバルも、ごめんな・・・」
髪をそっと撫でる。
こんな風に泣かせてしまったのも、うちのせい・・・
「八神、部隊長・・・！」
「謝って済まされることちゃうのは分かってる。けど、ほんまにごめんな―――」
みんなから大切な人を奪った私。
決して許されることではないけど、うちは罪を背負って生きていく。
そうでないと、死んでいったケイスケくんが報われへん―――
うちの勝手な思い込みに変わりは無い。
けれど、いつまでも立ち止まっているわけにもいかない―――
涙をぬぐって、顔を上げる。
「―――さあ、みんなそろそろ時間やろ。仕事に戻ろか」
「はやて、ちゃん―――」
ごめんな。
けどケイスケくんのためにも・・・うちらは立ち止まってられへん。
「辛いやろうけど、うちらはやらなあかん事がある。止めないといけない者がいて、助けないといけない人がいる。だから―――」
立ち止まるわけにはいかん。
守ると決めた、そのために―――
「みんな、うちに力を貸してほしい」
◇ ◇ ◇
―――あれから数日が経過した。
未だ混乱が続く中で行われた機動六課本部の移動と、それが完了したころに起きたアインヘリアル襲撃。
そして、再び世界へと流されたスカリエッティの本格的な宣戦布告。
ケイスケの死を悲しむ間もなく時の針は動いて、見えない未来の中を私たちは必死に歩く。
時は残酷に、傷は未だ癒えず、事態は混迷を極め、運命は私たちを戦いへと駆り出す―――
◇ ◇ ◇
「フェイトさん！」
一通りの作戦会議が終わって部屋を出ようとしたところを、二つの声に呼び止められた。
振り向けば、そこには愛おしい二人。
「どうしたの？ エリオ、キャロ」
「えっと、その・・・」
「あの・・・フェイトさん、一人でスカリエッティの所になんて心配で・・・」
ああ、そういうことか―――
私も、二人に心配をかける事になるんだな。
「大丈夫だよ。シスターシャッハやヴェロッサもいるし、もしもの時のためにシグナムにも地上に残ってもらうから」
安心させるつもりで言ったんだけど、二人の顔は晴れない。
それどころか、どんどん心配そうな顔になって・・・
「けれど、フェイトさん―――」
「けーさんが死んでから・・・ずっと、苦しそうな顔してます」
「―――！」
・・・まいったな。エリオやキャロにまで言われちゃった。
“苦しそうな顔をしている”というのは、結構いろんな人から言われている。
なのはや、はやて―――シグナムからも。
自覚していない所で、感情が表に出ている。それを言われる度に、ケイスケの死が重くのしかかってきて・・・
たぶん、私は怖いんだと思う。
“ケイスケを殺してしまった”なんていう、場違いで身勝手な罪の意識に押し潰されるのが―――
「そうだね―――ケイスケが死んだことは、とても悲しい」
「フェイトさん・・・」
けれど、そればかり言ってられない。
世界は、人一人にかまってくれるほど優しくは無い。
「けれど今は、スカリエッティを止めるのが先。悲しむのは、その後―――」
「僕は・・・ケイスケの事が好きでした。フェイトさんは、好きじゃなかったんですか？」
好き、か・・・・・・
エリオとキャロととても親しくて、ソレがちょっと羨ましくて。
不器用でちょっと感じが悪くて、それでもとても優しくて・・・
私とエリオが人造魔導師だと知った時も、変わらずに接してくれた。
いつの間にかケイスケとの会話は日常的な物になっていて、それを結構楽しみにしている私もいて―――
うん―――
「そうだね―――私も、好きだった」
とても大切な日常。
ケイスケがいなかったら―――なんてことは、今の私には考えられないのかもしれない。
だからとても大切で、日常が愛おしくて、だから私は―――
「だから、今は頑張ろう。その後で、また思いっきり泣こう・・・」
「フェイトさん・・・」
それが、私の答え。
無くしてしまった日常は、もう戻らない。
だから、せめてこれ以上が無いように―――
私は戦おう。
何よりも、ケイスケがいた日常を守るために―――
◇ ◇ ◇
もうすぐ降下ポイントに到着する。
そうしたら僕たちはヘリに乗って現地に向かう。街への被害を食い止めるために。
「エリオくん」
「キャロ？」
突然、キャロが袖を引っ張ってきた。
「エリオくん、大丈夫―――？」
「あ―――」
“大丈夫？”というのは、ケイスケの事だ。
ここ数日、やっぱりケイスケの事が重くのしかかる。
キャロもそれは同じで、たまにどこか遠くを見ている・・・
「大丈夫だよ。僕一人だけが、甘えてもいられないから」
「・・・エリオくん」
辛いのは、みんな一緒。
いつもは気丈な隊長たちまで、ショックを隠し切れていない。
それほど、ケイスケの死はみんな悲しい。けど―――
「みんな、それを乗り越えようとして頑張っている。戻らないから、その分を必死に―――」
僕がこんな風に死に妙に達観しているのは、おそらくは僕がエリオ・モンディアルであってエリオ・モンディアルではないから。
本当の僕はすでに死んでいる。その事実を知ってから、たぶんどこかが壊れている。
けれど、それでも悲しいものは悲しい。
「だから、僕なりに考えたんだ。ケイスケに出来ることは何かなって」
「けーさんに、出来ること・・・」
ケイスケは差別も偏見も無く、対等に兄弟みたいに接してくれた。
今まで対等に話せる人が少なかった僕にとって、それはとても嬉しくて・・・
「うん。それが何かっていうのは、まだ分からない。けれど―――護りたいんだ。今度こそ」
「護る―――」
護れなかった。護る事が出来なかった。
だから、そのための力が欲しいと思った。
フェイトさんがかつて僕を救ってくれたように、誰かを護る力が―――
「だからキャロ。僕に力を貸してくれないかな」
「―――うん。私も、エリオくんと一緒に護りたい。さしあたっては、ルーちゃんを助けたい」
「そうだね。ルーがあんなことをする理由、それを知った上でちゃんと話したい」
たぶん、ケイスケを護れなかったことはずっと重くのしかかる。
けど、それに怯えているだけじゃあまりにも情けない。絶対、ケイスケに笑われる。
だからケイスケに笑われないように、前を向いて、胸を張って、ケイスケに誇れるように―――
僕は誇れるように強くなる。
護りたいと思った物を護るために―――
◇ ◇ ◇
―――決戦の狼煙は上がった。
フォワード隊はミッド地上の防衛、フェイトちゃんはスカリエッティのアジトへ。シグナムとリインは騎士ゼストの迎撃。
なのはちゃんとヴィータ、そしてうちはゆりかごを止めに向かっている。
「―――はやて」
「ん？ どないしたヴィータ」
妙に神妙な面持ちしてるけど・・・
「その、まだ無理して引きずってんじゃねえかと思って」
「―――そやねえ」
まー、引きずってへんゆうたら嘘やろな。
実際問題、結構根深い所がまだ痛い。
なんやあの子が逝った時もこんなんやったな・・・
「正直、やっぱ引きずってるな・・・」
「あ・・・」
だってケイスケくんと一緒にいるのは楽しかったし。
一緒に話して、バカやって、漫才して・・・そんな何でも無いやり取りが大好きやった。
ユーノくんやクロノくんにでも、あそこまで親しくしたことは無かったんちゃうやろか？
とまあ、うちもそれなりに・・・いや、結構気があったんやろうと思う。でないと「手順踏んだら〜」とか言わへんし。
「ヴィータも無理せんでええねんで？ 泣きたい時には泣かな」
「―――そうも言ってられねえよ。あたし達には仕事がある」
「ほんま―――」
無理させてばっかやな。
リインとシャマルは号泣してたけど・・・表に出してなくとも、ヴィータとシグナムもショックを受けている。
長年ずっと一緒にいたんやから、それくらいは分かる。
それにしても―――
「やっぱ早かったんかなあ・・・」
「ん？」
「いやいや」
色々な事情が絡んで念願の部隊を持ったのはええねんけど・・・何や、ボロボロやね。
襲撃でヘマ踏んで六課の隊舎は壊滅。けが人も大勢出て、ケイスケくんを死なせてもうた・・・
「どないしよ・・・」
まだまだ未熟なのは痛感したけど、代償が大きすぎた。
まったく、頭痛の種は尽きひんなー。
「ああ、ほんまに・・・」
こんなに悲しいんやったら、もっと一緒にいればよかったかなーて考える自分が未練がましい。
そんなに大切なんやったら毎年お墓に挨拶にでも行ってやろーか。
「・・・ふむ、案外ええ案かも」
葬式は六課を上げて盛大に・・・ってあかん。考えてたらまた泣きそうや。
「・・・はやて」
「うん。早いことゆりかご止めて、ヴィヴィオを助けなな」
まずはそれから。
できる事を精一杯やって、うちはケイスケくんに償おう。
奇麗な思い出と罪を、忘れないために―――
◇ ◇ ◇
「―――見えた」
聖王のゆりかご。
古代ベルカの時代からから存在したロストシップ。
衛星軌道上に達すれば、止める手段は被害を無視しての攻撃でしかあり得ない。
「―――そんなこと」
させない。絶対に。
あそこにはヴィヴィオがいる。
おそらく、ゆりかごを制御している鍵はヴィヴィオだと思う。だから、ヴィヴィオさえ助け出せれば―――
不意に、あの子の泣き顔が浮かんだ。
「―――っ」
助け出すことに、少し戸惑いがある。
あの子が父親と慕っていた人―――ケイスケくん。
彼が死んだ・・・その事をヴィヴィオは知らない。知ったら、どう思うだろうか・・・？
たぶん、とても悲しむ。泣いて泣いて、泣ききった後はどうなるんだろう。憎むのだろうか・・・
誰を？
当然、ヴィヴィオからケイスケくんを奪った人だ。
じゃあそれは誰？
誰なのだろうか・・・いや、元を正せば、ヴィヴィオをちゃんと守らなかった私に非がある。
私がちゃんとヴィヴィオを守ってさえいれば、ケイスケくんは死ななかった・・・
それを知れば、ヴィヴィオは私を怨むだろうか？
それが、とてつもなく怖い―――
ケイスケくんがいなくなって、ヴィヴィオにまで否定されたら、私は―――
「―――っ！」
頭を振って、その思考を頭から消す。
今やるべき事は、ゆりかごを止める事―――！！
速度を上げる。
まるで何かから追われるように、逃げるように―――
ゆりかごはもう目の前。
何に逃げて、何に怯えて、何のために戦うのか。
それすら分からないまま、私はレイジングハートを握る手に力を込めた。
◇ ◇ ◇
現在、私たちはアルトさんが操縦するヘリに乗って降下ポイントに向かっている。
向かっているのだけれど・・・
「うわっ！」
また機体が大きく傾く。
このヘリはガジェット二型に追跡されていて攻撃を受けている。
街中、それもビル街で攻撃を受けているものだから、どうしても機体が急に方向転換する。
なので中にいる私たちも体がピンボールにならないか気が気でなかったりする。
「そういえば・・・」
あいつもこんな体験したんだろうか・・・
話に聞いた限りじゃ、ヴィヴィオを連れてヘリに乗ったあの時はヴァイス陸曹がとんでもない操縦を披露してくれたとか・・・
「って、こんな事考えるなんて、私も末期かな・・・」
まさかこんな時まであいつの事を考えるとは思わなかった。
けどまあ、あいつはこれ以上のに耐えたんだから・・・私にこれが耐えられないはず無いわよね。
そう考えると、ちょっと気が楽になった。
「・・・・・」
外を眺める。
空にはスカリエッティの切り札とも言えるモノ。
ヴィヴィオが捕らわれている巨大船ロストロギア、聖王のゆりかご。
そして街と上空を埋め尽くす大量のガジェット。
あっちは他の部隊が何とかしてくれる。私たちの任務は、戦闘機人を足止めする事―――
「―――ふぅ」
緊張が無いと言えば嘘になる。
これは文字通り世界の命運を賭けた戦い。いや、戦争とも言える。
ほんの三か月前まで、私はやっとBランク試験に受かっただけのどこにでもいるような魔導師だった。
それがこんな大役を任されているのだ。緊張しない方が可笑しい。
けれど、不思議と恐怖心は無い―――
これまでの訓練で、私たちはとても強くなれた。
それは肉体面であり、魔法面であり、精神面であり・・・
その確かな経験が私を支えてくれる。心強い仲間が私を助けてくれる。
何より、こんなことでビビっているようじゃあいつに笑われる。
それだけは、何か悔しいので嫌だった。
「あーあ、本気で抱え込んでるかな・・・」
「？ どしたのティア」
「何でも無いわよ」
結局の所―――恐怖心が無かったり気が楽になったりと、私はあいつ多大な影響を与えられている。
良い意味でも、悪い意味でも。
今でも、負けられない理由の一つとしてあいつの事をきっちり心で認識している。
護る事が出来なかった悔しさと、もう一つ・・・
それだけに、余計性質が悪いと思う。
「まあ、今さらね・・・」
忘れることなんて出来っこないし。あいつに何度も助けられたことも事実だし。
それに借りも返さないままだったからね・・・
ほんと、先に逝っちゃってさ・・・あと、もうちょっとだけでも。
そう、借りを返すくらいまでは生きていてほしかったというのは、私の我儘だろうか・・・
「さあ、そろそろ降下ポイントに到着するよ！ 準備は良い！？」
『おう！』
物思いに耽っていたらもうそんな所か・・・
さて、気合いを入れなきゃね。
絶対に負けられない。
せめて、あいつの居た場所だけは守り通したいから―――
◇ ◇ ◇
「よーし、行くわよ！」
『おう！！』
ヘリのハッチから地上に向かって跳び下りる。
こんな高い所から飛び降りるなんて、昔の私じゃ想像もできなかっただろうなあ・・・
昔は、小さい頃は、ケイスケとよく遊んでいたっけ。
ギン姉も一緒になってはしゃいで、走り回って、喧嘩もして・・・当たり前のように続くと思っていた日常。
それは、ちょっとしたことで簡単に壊れてしまうことなんて、分かってたはずなのに・・・
あの頃が、今はとてもとても昔の様。
あの頃から何も変わってないように思えるけど、ちょっとずつ何かは変わっていく。
例えば体のこと、心のこと、周りの人・・・
ケイスケも、そんな一人になった。
ケイスケはぶっきらぼうだけど根は優しくて、一緒にいるととても楽しくて、そんなケイスケと一緒にいるのが嬉しかった。
「―――」
目を閉じれば、昨日のことのように思い出せるのに・・・手を伸ばしても決して届かない。
それは、とても貴いガラスの様な奇麗な思い出・・・
どこかで、“幸せに形があるならば、それはきっとガラスのように違いない”なんていう言葉を聞いたことがある。
それは確かにそうだった。
昔、母さんが逝ってソレは砕けて、今またケイスケが逝ったことでソレが砕けた。
なんて脆くて、なんて儚い―――けど、だからとても大切なんだ。
本当はずっと分かってた。ケイスケに無茶をさせればこんな事になってしまうって。
昔、私が虐められた時にも似たようなことがあったから・・・
だから、そんなことでケイスケが止まるわけがない。
そうやって昔を省みたら、ああそうなんだと納得できてしまった。
「・・・ずるいよね」
こうやって心にずかずかと入って来ておきながら本人は責任取らずにとっとと消えちゃうんだもん。
ほんと、ずるいよ・・・
地上が近くなる。
「・・・・・・マッハキャリバー」
『何でしょう？』
「勝つよ、絶対に」
『―――ええ、勝ちましょう。そして、最後まで走り抜きましょう。必ず』
こうして相棒も応えてくれてる。
そうだ。絶対に勝つ。
ケイスケのためにも、負けられない―――！
ケイスケの死は悲しいけど、私はそれを私はそれをちゃんと真正面から受け止めようと思う。
それが励ましてくれたみんなのためであって、何よりもケイスケはうじうじする事なんて望まない。
だから、今は走ろう。
望んだ日常は戻らないけど、それでもまだ失っていないモノがあるから。
だから―――見えない未来に向かって、一歩を踏み出そう。
Next「想いを伝えて」
人は絶望の中でこそ、希望の光を見出す―――
後書き
・・・・・・・・・・うん、もはややってしまったとしか言いようが無い。そもそも本編もまだ中途で何をやっているのかと・・・
チャットで鬼丸さんと話していた例の場面。そんな展開を思いついたと話せば即OKが下りそのまま投稿しちゃえとの事に・・・
正直叩かれるのが怖いですｗ
とまあifルートとあるようにケイスケが心停止に陥ったあの場面。あのままもし死んでしまったらというお話です。
みんな素敵に鬱ですｗ こーいう暗いの筆が進むな〜自分・・・
それでこんな話ですが・・・先にあったようにまだ続きますｗ 今度は各々の決戦のお話ですね。
なのはあたりなんか素敵に精神崩壊フラグが・・・ｗ いやほんとメガ姉とかオレンジ博士とか大活躍ですｗ
感想や意見、指摘などありましたらどーぞご遠慮なく。
では最後にレス返しを・・・
※トレイター…「反逆者」か。いい響きですな
＞元ネタは分かるように某反逆の剣ｗ そういった辛い運命に反逆するというのがコンセプト・・・反逆出来て無い！？
スクライドやらデュエルセイバーは結構な影響をもたらしましたね。