ヴァンドレッド

ＶＡＮＤＲＥＡＤ連載「Eternal Advance」

Chapter 4 －Men-women relations－

Action19－背中－

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　　とある一室。
　
　最新設備で管理されているその部屋より見える窓の外の風景は、暴威に満ちていた。
　
　風流とは口が裂けても言えない光景は目を覆い尽くさんばかりの惨状で、見る者の気分を陰鬱にさせる。
　
　部屋にたった一人で佇んでいる少年は、そんな光景をただぼんやりと見つめていた。
　
　そこへ扉が開き、白いコートを着こなした年配の男性が入ってくる。
　
　
　「ただいま。すまないな、遅くなってしまって」
　
　「いいよ。どうせあいつの話し合いがうまくいかなかったんだろう」
　
　　少年の言葉には刺があった。
　
　目の前の男性にではなく、あいつと呼んでいる人間に対しての明らかな悪意だ。
　
　少年の言葉に苦笑いを浮かべて、男性は部屋のクローゼットにコートを掛けた。
　
　
　「すぐに食事にしよう。今日は父さんが当番だったな」
　
　「帰ってきた早々父親に働かせるほど、僕は鬼じゃないよ。
　作っておいたから二人で食べよう」
　
　
　　少年は覗いていた窓から離れ、食卓へと向かう。
　
　こまめに整頓されているのか、一室にたった一つ置かれているテーブルは清潔そのものだった。
　
　皿に少年手作りの料理が盛られ、コップに清涼な水が注がれる。
　
　少年の手際の良さには日頃からの慣れが見受けられた。
　
　夕食の準備に勤しむ少年を暖かい目で見つめ、男性は静かに尋ねた。
　
　
　「―――、お前は今年いくつになる？」
　
　「ちょっと父さん！仕事が忙しいからって、僕の年を忘れた訳じゃないだろうね！？」
　
　「ははは、息子の年齢を忘れる親はいないよ。ただ聞きたかっただけだ」
　
　「もう・・今年で１４だよ。来年からは研究に本格的に取り組む事になると思う」
　
　
　　準備が整ったのか、少年の手つきが止まった。
　
　聞いていた男性は食卓に腰を落ち着けながらも、複雑な表情を拭えなかった。
　
　
　「お前ももうそんな年か。子供が成長するのは早いものだな」
　
　「何老けたこといってるんだよ。父さんだってまだまだこれからじゃないか。
　僕にしたって、ようやく研究室に入れてもらえる事になったんだ。
　まだまだこれからだよ」
　
　「お前ならうまくやれるさ。試験もトップだったそうじゃないか」
　
　
　　息子を見つめる親の瞳は誇りと賞賛に輝いている。
　
　だが少年の表情はあまりすぐれない。
　
　
　「でも研究に入っても、僕の理論が受け容れられるとは限らないよ。
　結局あいつの考えに反対しているんだから」
　
　「お前は心配しなくていい。あの方は私が説得する」
　
　
　　男性は重々しい口調でそう言って、鋭く虚空を見つめる。
　
　少年は目の前の父親の言葉にどこか悲壮な決意が感じられて、心配そうに見つめる。
　
　
　「大丈夫なの、父さん。あいつは完全に心を閉ざしている。
　邪魔だと感じたら、あいつは父さんを・・・・」
　
　「大丈夫だ。私はあの方を信じている。
　親身になって話せば、きっと分かってもらえる。
　あの人の行おうとしている事は明らかに間違っているんだ。
　このままではペークシスは人々に災いをもたらず悪魔へと変貌してしまう。
　悲劇しか生まない在り方など決してあってはいけないんだ」
　
　
　　男性の言葉には力がこもっており、何者にも曲げられない信念があった。
　
　日頃はどこか気の弱い風貌を持つ親だが、こうした堂々ぶりが少年の心を尊敬に染めている。
　
　だが一方で真っ直ぐに進み続ける父親に危機感もまたあった。
　
　父親が考えている以上にあいつが歪んでいたとしたら・・・・
　
　
　「父さん。父さんはどうしてそこまであいつを信じられるの？」
　
　「うん？」
　
　「確かにあいつを支持する人が多い。僕達の星にすむ大半はあいつを敬っている。
　反対している僕達が疎まれている立場だ。
　言わば僕達は磁石の対極にいる。近づいてもはじき返されるだけじゃないかな」
　
　
　　人と人とはそれぞれに価値観や個性を持っている。
　
　他人同士が本当に分かち合えるのには時間を必要とするのだ。
　
　それに必ずしもお互いが尊重し合える立場になるかどうかは分からない。
　
　悲しい事だが、人々が全て手を取り合えると言うのは不可能に近いのだ。
　
　少年の疑問に、男性は腕を組んで少年を見つめる。
　
　
　「そうだな、人と人がそれぞれに分かち合えるかどうかは分からない。
　ぶつかり合って互いが消滅してしまう事だってある。永久に絆を結べない相手もいるだろう。
　だがな、―――。
　無理だと言っても諦めてしまえば、いつまでもそのままとなってしまう。
　嫌いだと相手をはね付けてしまえば、その人の事は永久に理解できなくなる。
　それはとても悲しい事だ。
　大切なのは歩み寄ろうとする気持ちだ。自分の心の在り方なんだ」
　
　「心の・・・在り方？」
　
　「そうだ。だから父さんも頑張って、あの方に歩み寄るつもりだ。
　自分の意見を押し付けるだけでは、あの方と変わりがないからな」
　
　
　　男性はコップの水を一口飲んで、うって変わって暖かい口調でこう話を締めくくった。
　
　
　「お前にもいつかできる筈だ。お互いを尊重しあえる人がな・・・・」
　
　
　　戸惑う少年が顔をあげた時視界が白く染まり、世界が消滅した。
　
　何もなかったかのように、全てが白濁の中に沈んでいく・・・・・・
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　「カイ機ヴァンガード、メイア機ドレッドが光に包まれていきます！」
　
　「まさか、あのときの現象が再び・・・」
　
　
　　緊張に包まれたブリッジに響くアマローネと、ブザムの呆然とした声。
　
　カイ機の衝撃的な崩壊の様子に声もなかった一同だが、その後に続く現象にはただ見つめるしかできない。
　
　青緑色の光に包まれたカイ機はまるで浄化されているかのように、全身の機体が白く染まっていった。
　
　やがて噴出した閃光に押し出されるように、全身を貫いていた刺が飛び出して消滅していく。
　
　穴だらけになった装甲も、時間の流れが逆行するように見る見るうちに塞がっていった。
　
　同時にメイア機の白亜の翼も輝きを発して、ダメージ修復を続けるカイ機を光の粒子に取り巻いていく。
　
　機体後部の突起が左右に展開されたかと思うと、正方形型にハッチが生まれる。
　
　穏やかな螺旋状の粒子に包まれているカイ機が急速にハッチへと移動し、やがて中へと格納されていった。
　
　カイ機を取り込んだメイア機は力強い青緑色の光を全身より放ち、四本の翼が大いなる成長を遂げる。
　
　前翼の役割を果たす二枚の翼は左右に広がって、まるで白鳥のように優雅な美しさを宿した。
　
　後翼に位置するもう二枚の翼は上下に展開して、鷹のような強さと気高さを兼ねた進化を見せ付ける。
　
　先端もまた輝きを見せて姿を変え、前を見つめる力強い瞳を宿したフェイスを生み出した。
　
　全ての変化が完了すると機体の動きが急停止し、光もやがて収まっていく。
　
　ドレッドチーム、母船内全ての人間が見つめる中で、二体の機体が一つになった。
　
　メイア機とカイ機の合体。
　
　あの時ピロシキ型を撃墜した大いなる光の鳥が、再び降臨した事を意味した。
　
　
　「光が収まりました。メイアちゃんとカイちゃんの機体が合体したようですぅ」
　
　
　　外部モニターより映し出される機体の気高さに、半ば茫然自失にエズラが声を上げた。
　
　二度目とはいえ、現代の科学にはありえない不可解な現状にはマグノも困惑した様子を隠せない。
　
　
　「あの兄ちゃんとメイアの機体に何かあるのかね・・・」
　
　「以前ディータ機と合体した事も考えると、恐らくペークシスに原因があるように思えます」
　
　
　　進言するブザムもいつにない自信の弱さが声に浮き出ており、力がなかった。
　
　何しろ今までにまったく前例がないのだ。
　
　原因もデータも不確定要素が高い現状で断言する事は無理だった。
　
　
　「ただ、もう一つ現象には関連があります。よろしいでしょうか？」
　
　「いいよ、言ってみな」
　
　「ありがとうございます。以前メイア機と合体した時、カイが危機的状況にありました。
　二度目にディータ機と合体した時は、カイの証言ではディータがカイ機に突撃をかけて来たとのこと。
　そして今三度目はカイが絶命的状況から起こっています」
　
　「つまり、カイが危機にあった時に起こると？」
　
　
　　ブザムの推論に半信半疑の様子で、マグノは続きを促した。
　
　明晰に自分の推論を分析するマグノに賞賛を交えて、ブザムは小さく頷いた。
　
　
　「憶測の域は出ません。可能性のみを追求すればありえない事ではないと思います」
　
　「いずれにせよ、まだまだどうなるかは分からないって事だね」
　
　
　　謎のファクターが多いペークシスに、改良された四つの機体。
　
　結論を出すにはまだまだ長い時間と研究が必要とされるようだ。
　
　そんな悩める二人の重鎮とは対称に、ブリッジクルーの前線を務める二人の女性は安心した様子だった。
　
　
　「あの馬鹿、大丈夫そうね・・・・」
　
　「まったく見ているこっちが息が止まりそうになったわよ」
　
　
　　先程メイア機を庇って全身を貫かれたカイ機を見た瞬間、アマローネは呼吸が止まりそうになった。
　
　傍らで同じくモニターしていたベルヴェデールも胸の奥が締め付けられる焦燥が全身を貫いていた。
　
　どうして・・・何故・・・？
　
　職務すら忘れてカイ機の無残な有様を見つめるしかできなかった二人は、
　
　カイにあった憎しみや怒りは当の昔に消え失せており、例えようのない現実に打ちのめされていたのだ。
　
　多感な年頃の少女達にとっては不可解な現象より、カイの無事が心の中で無意識に優先的にされていた。
　
　
　「反省して少しは落ち着いたかと思ったのに、全然変わってないじゃない」
　
　「すぐに変われる奴じゃないわよ、あの馬鹿は。
　まったくあんなに嫌っていた筈のメイアを庇うなんて・・・」
　
　
　　今日一日で目まぐるしい程に、アマローネもベルヴェデールもカイの評価を変えていっている。
　
　嫌悪の対象だった人間が自分達を尊重し、分かりあろうとし、身を呈して庇ったのだ。
　
　悪意のある人間や自分勝手なばい菌にこんな真似ができる筈がない。
　
　戸惑いもまだまだあったが、カイ本人への悪意は既になかった。
　
　それどころかメイアを庇ってぼろぼろにされたカイ機を見て、
　
　衝撃とともに生まれて初めての心苦しさを味わっていた二人だった。
　
　
　「カイ機とメイア機の合体か・・・・ディータとも合体したのよね、あいつって」
　
　「合体機って呼ぶにはややこしいわね。どうするアマロ？」
　
　「う～ん・・・・・」
　
　
　　尋ねるベルヴェデールに、アマローネも可愛く首を傾げるしかない。
　
　そこへ何気なく二人の話を聞いていたエズラが手をぽんと打って、口を開いた。
　
　
　「ヴァンドレッドなんてどうかしら？」
　
　「ヴァンドレッドぉ？ど、どういう意味なのそれって」
　
　
　　耳慣れない言葉に疑問符を浮かべるアマローネに、得意そうな微笑みでエズラが答えた。
　
　
　「カイちゃんのヴァンガードとメイアちゃんやディーちゃんのドレッドが合体した機体だからよ。
　　『ヴァン・ドレッド』、ぴったりでしょう？」
　
　
　　エズラなりの自信作なのか、案を出している表情は生き生きとしている。
　
　戦況はあまり変化していないのだが、カイが出撃してからは彼女自身にもう悲痛さはなかった。
　
　それどころかいつもののんびりさを発揮しているエズラに、二人も苦笑気味だった。
　
　
　「ヴァンドレッドか、確かに言いやすいわね。
　じゃあディータと合体した時は『ヴァンドレッド・ディータ』、
　メイアと合体した時は『ヴァンドレッド・メイア』と呼びましょうか。どう？ベルにセル」
　
　「さんせ～い！」
　
　
　　笑顔で答えるベルヴェデールに、変わらずのクマヌイグルミで手を振るセルティック。
　
　緊迫感は既になく、ブリッジ内はどこか穏やかな空気が漂い始めていた。
　
　様子を見つめていたマグノとブザムは互いを見合わせて、表情を緩める。
　
　
　「どの娘も余裕が出てきたね。すっかり安心しきっているじゃないか」
　
　「信頼が芽生え始めているという事でしょうか。奇妙ではありますが」
　
　
　　男であるカイに信頼を置き始めているクルー達。
　
　嫌っていた人間をこうも一日で評価を変えつつあるカイに、ブザムはいさかか驚き気味だった。
　
　
　「変わり始めているという事だね・・・・」
　
　
　　そのままモニターを見つめるマグノの瞳にも、どこか安心がこめられている。
　
　外部の状況を映し出す先に、変化を遂げたヴァンドレッド・メイアに対峙するウニ型が見えている。
　
　
　「ヴァンドレッド・メイア、動き始めました。敵、観測モードより攻撃モードへ移行！」
　
　
　　仕事へ戻ったベルヴェデールが、外の現状況を速やかに報告する。
　
　止まっていた時間が動き出し、戦闘が再開されようとしていた・・・・・
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　　酩酊のごとき意識が徐々にはっきりとしていき、やがて輪郭が鮮明となる。
　
　劇的な理性と感情の乱れで今だはっきりしない視界を開き、カイは頭を振って身体を起こした。
　
　
　「え・・と・・・・俺は確か・・・・」
　
　
　　自分に起きている現状を把握すべく、ぼんやりとした感覚で周りを見つめる。
　
　今まで乗っていた筈の見慣れたコックピット内は、まったく別の装いを見せていた。
　
　クリスタルで構成された球状の内部に、全コンディション平常を示すインジケータがグリーンで彩っている。
　
　前方に大きなマルチスクリーンにコンソールのグリップが搭載されているコックピットに、
　
　カイは自分がどういう状態にあるかはっきり把握した。
　
　そっと背後に寄りかかると普通ならシート後部に当たる筈が、別の感触にぶつかる。
　
　背中より伝わる二つの柔らかい感触と鼓動に、カイは慌てて背後を振り返った。
　
　
　「ま、まさか・・・・・・・」
　
　「・・・気がついたようだな」
　
　「お、お前！？」
　
　
　　寄りかかったまま首を向けるカイに、複雑な表情をしているメイアが見えた。
　
　以前合体した時はメイアは意識不明だったが、今回ははっきりと意識を保っているようだ。
　
　
　「な、何でお前が！？まさか、また！？」
　
　「また？お前、この状況に心当たりでもあるのか」
　
　「い、いや・・・あ、赤髪と同じ状況だなと思ってよ、はは」
　
　
　　一度合体した事を知らないメイアに気取られてはいけないと、慌てて言い募るカイ。
　
　カイのおかしな態度に疑問を浮かべるメイアだったが、それよりも今の自分達の状況を優先した。
　
　
　「どうやら私とお前の機体同士も合体を果たせるようだ。
　一連のペークシスの暴走が起因となっているみたいだな」
　
　「な、なるほどな。ってそれより、どうして合体してるんだ？
　俺は・・・・・あっ！？
　そ、そうだ、確か・・・・・！！」
　
　「・・・・そうだ。お前が私を・・・・」
　
　「青髪！！！」
　
　
　　カイは顔色を変えて、メイアにずずいと顔を向ける。
　
　鼻先に顔を向けられて、メイアは文句を言うより先に戸惑いと羞恥が湧き出す。
　
　
　「な、な・・・・」
　
　「大丈夫か、お前！？敵に攻撃されただろう！？
　だからあの時やばいっていっただろうが！
　怪我してないか！どこか身体が痛いとかは！？」
　
　「え・・？お前は何を・・・・・」
　
　「何をって、お前攻撃されただろうが！怪我してたら我慢せずに言えって！
　ドゥエロに頼んで何とかするからよ！」
　
　
　　心底心配そうにしているカイを見て、ようやくメイアは得心がいった。
　
　カイは自分を庇って機体を貫けれた事の記憶がないのだ。
　
　恐らく反射的に取った行動だからだろう。
　
　突撃した辺りから無我夢中で行動し、現象に巻き込まれたために記憶の細部が曖昧になっているのだ。
　
　
　「お前・・・どうして私を庇った？」
　
　「え？」
　
　「どうしてだ！私はお前の敵だぞ！なのに・・・・・」
　
　
　　問われて、カイはメイアを心配している自分にその時初めて気がついた。
　
　自分の噴き出た気持ちに戸惑いながら、カイは神妙に答える。
　
　
　「そうだな・・・何となくかな」
　
　「何となく、だと？」
　
　
　　ぴくりと目元を動かすメイアに、ぶっきらぼうにカイは言葉を続ける。
　
　
　「おめえが危ないって思ったら、いつのまにか飛び出してたよ。
　よく考えたら馬鹿な事したもんだ。
　ま、気まぐれだ気まぐれ。恩に着せるつもりはねえから安心しろ」
　
　
　　そのまま腰を密着させたまま、カイは自分のシートに座り直した。
　
　操縦グリップはそれぞれ独立しているが、座るシートは固定式である。
　
　互いに腰元を寄せ合って息を合わせないと、気体の操縦が完璧にはできない。
　
　背中を向けるカイをじっと見つめつつ、メイアは何も口にする事ができなかった。
　
　カイが意識不明になっていた時は言いたい事は山ほどあったのだ。
　
　独断で作戦を指揮するカイに、敵味方関係なく自分を助けたカイに。
　
　だがいざ起きてカイの言葉を聞いてみて、何も言えなくなってしまっていた。
　
　あまりにもカイは何も考えずに行動していたからだ。
　
　利益も、打算もない。
　
　ただ純粋に自分を、周りの人間達を助けようと懸命になっていたのだと気がついたから。
　
　そう考えてふとカイの背中を見つめると、どこか大きく感じられた。
　
　キューブ型戦闘時とは別人のように温かみすら伝わってくるカイの雰囲気。
　
　パイロットを辞めて何があったのか聞こうとしている自分に、メイアは驚きすら感じられた。
　
　カイもカイでメイアに何を言えばいいのか分からなかった。
　
　ガスコーニュから託された責務を果たしたい気持ちもあるのだが、
　
　本人を目の前にすると、どうすればいいかまるで分からない。
　
　何しろ数時間前までは嫌悪すらしていた相手なのだ。
　
　喧嘩状態も解消されていない今では、どんな言葉も上っ面になる気がした。
　
　戸惑いを隠せない二人が静まり返っていた時、機体が大きく揺れ動く。
　
　
　「うわっ！？な、なんだ！？」
　
　「敵が攻撃を仕掛けてきたようだな」
　
　
　　前方のマルチスクリーンを見つめると、立ち直った敵がヴァンドレッド・メイアに突撃を開始していた。
　
　突出した刺も再生されており、凶悪な攻撃が二人に向けられようとしていた。
　
　気まずい雰囲気だったコックピット内に伝わる戦いの気配に、カイは表情を引き締める。
　
　
　「よし、とりあえず喧嘩は置いておこう。あの野郎をぶっ潰してからだってゆっくりできる。
　今はこの戦況を何とかするのが先決だ」
　
　「分かった。くれぐれも足は引っ張るな」
　
　「へ、言ってくれるぜ。お前こそ俺についてこれるのかよ
　
　
　」　不敵な笑みを浮かべるカイに、メイアは初めて今日初めて口元を緩めた。
　
　互いに頷きあった後、誕生したヴァンドレッド・メイアを発進させる。
　
　雄々しく羽を広げて飛び出したヴァンドレッド・メイアに、ウニ型は独自の加速を持って突撃を行った。
　
　今までのドレッドや蛮型ならそこでなす術もないまま翻弄されていただろう。
　
　が、
　
　
　「うっそぉ！？何よ、あのスピード！？」
　
　「すごい！かっこいい！！」
　
　
　　戦闘を遠目から見守るバーネットとジュラが驚き混じりの歓声を上げた。
　
　ディータ機と合体した時は攻撃力重視のタイプであった。
　
　だがメイア機と合体した今の機体は加速力重視のタイプであるようだ。
　
　ウニ型が突撃を掛けると、即座に機体を反転して背後を取る。
　
　一旦退こうとすると、上回る加速力を持って前列に回り込み退路を立つ。
　
　状況が完全に逆転して、ウニ型はヴァンドレッド・メイアに翻弄されていた。
　
　元々ウニ型の速度が驚異的であるにもかかわらず、それ以上の加速を見せているのだ。
　
　見つめる他ドレッド達には追いつける筈もなく、援護もできずにただ見ている他はできなかった。
　
　もっとも何の見返りもなく、この機動力が発揮できているかと思えばそうではない。
　
　通常の限界地を遥かに超えた速度を出しているのだ、かかる負担が限界を超えて圧し掛かってくる。
　
　反動は改良化された機体には何の負荷にもならないが、操縦している本人達は別だった。
　
　
　「うぎ・・・ぎ・・・・が・・・」
　
　「くう・・・う・・・う・・・」
　
　
　　まるでシートに押さえつけられるかのように、カイとメイアは反動に耐えていた。
　
　スクリーンより押し寄せるような急激な宇宙空間の流れと、全身を締め付ける感覚は痛みすら伴う。
　
　だが二人は苦痛に呻き声をあげるものの、どちらも弱音は吐かなかった。
　
　
　「へ・・へ・・・負ける・・・かよ・・・・・
　そ・・・っちは・・・大丈夫・・・かぁ・・」
　
　「お前・・・こそ・・・・」
　
　
　　不器用ながらに、二人は励ましあって操縦していた。
　
　いつもは常に孤独な戦いを強いている二人だったが、並んでの初めての二人の戦いは完全に息が合っていた。
　
　背中と胸より伝わってくるお互いの温もりと感覚は、より一層の力を与えている。
　
　今この場で二人には負の感情は一切なかった。
　
　やがてウニ型は常に回り込まれる自分の劣勢を感じ取ってか、最後の手段に出る。
　
　メイアを攻撃せんがために行った刺の放出である。
　
　全身から放たれた無数の刺が向かってくるヴァンドレッド・メイアを貫かんと押し寄せる。
　
　だが土壇場の攻撃も一度見せてしまえば、もはや効果はなかった。
　
　カイの持ち前のテクニックとメイアの長年の経験での操縦で、刺が機体にかすりもしない。
　
　黒き槍の間隙を縫って敵へと迫る白亜の鳥は、見る者にため息をつかさんばかりの美しさがあった。
　
　躍起になったウニ型が全身の刺全てを放出するが効果はなく、
　
　結果ヴァンドレッド・メイアは全てをかわして敵の背後へと移り行く。
　
　攻撃をし終えて停止した一瞬。
　
　そして全てを打ち尽くして丸裸になった一瞬。
　
　コックピットで見つめていたカイとメイアが目を見開いて叫んだ。
　
　
　「この時を！」「待っていたんだ！」
　
　
　　ヴァンドレッド・メイアの嘴が青緑色に輝いて、光が収束されていく。
　
　同時に機体全身に白き輝きが覆われて、ヴァンドレッド・メイアは光のミサイルへと変化する。
　
　『ファイルナルブレイク』、ヴァンドレッド・メイアの必殺技だった。
　
　最大加速で突撃した機体はウニ型の中心部を完全に貫いて、風穴をあける。
　
　今までは全ての攻撃をカットしていた防御力も刺がなければ、何の意味ももたない。
　
　一時はドレッドチーム全体を危機に陥れていたウニ型の最後だった。
　
　宇宙に広がる爆炎を背後に、ヴァンドレッド・メイアは静かに翼を広げていた・・・・・・
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　　クリスタルに輝く内部にて、メイアとカイは呼吸を荒げていた。
　
　負担から開放された二人の胸元は揺れており、額には汗がにじみ出ている。
　
　戦いも終わってようやく静けさが舞い戻り、二人はどこか心地よい疲労感に身を任せていた。
　
　
　「やれやれ・・・まさかてめえと考えが合うとはな・・・」
　
　「それは・・こっちの台詞だ・・・・」
　
　
　　刹那の一瞬、カイとメイアは同調して最後の攻撃を放った。
　
　一糸の乱れもない操縦は、二人の呼吸がぴったりだった何よりの証拠だった。
　
　あれほどまでに反目しあっていた筈のお互いが共に同じだったことに、二人はやるせなさを覚えていた。
　
　呼吸音のみが支配するコックピット内で黙り込んでいた二人だが、やがてメイアが口を開いた。
　
　
　「これで分かっただろう？お前一人では敵は倒せない」
　
　「お前だって同じだろう。俺がいなければ、あいつは倒せなかったぜ」
　
　「・・・・・・・・・ふん・・・」
　
　「・・・・・・・・・けっ・・・」
　
　
　　お互いに必要がないとしていた筈だった。
　
　嫌悪して、互いを罵倒して、主張をぶつけ合うしかできない関係。
　
　いつからこうなったのか、どうしてこうなったのか、二人には分からない。
　
　ただ互いの環境と、互いの持つ考えが相反しているだけでは説明がつけられないのは事実だった。
　
　今の戦いがいい例である。
　
　結局最後は互いに力をあわせて、敵を殲滅したのだ。
　
　ぼんやりと虚空を見つめていたカイだったが、意識する事無くふと口から言葉が出ていた。
　
　
　「俺ってさ・・・・」
　
　「・・・？」
　
　「今日お前と喧嘩して、パイロット辞めて、女の仕事を全部見てきたんだ」
　
　
　　カイの言葉の真意が分からずに、メイアはただ黙って虚空を見つめている。
　
　
　「皆一生懸命に頑張っててさ、何気ない事の様に辛い仕事を笑顔でこなしてた。
　はっきり言って、船の中の地味な仕事がほとんどだった。
　日の目にも当たらずによ。どうしてこいつら、こんな地味が出来るんだろうって最初は思った。
　でもさ、あいつらの顔を見て考えが変わったんだ」
　
　
　　メイアは顔を上げて、カイの言葉に耳を傾ける。
　
　
　「仕事をやっている奴ら、皆すごい輝いてた。
　汗水流して、泥だらけになっている奴もいたけど、俺は綺麗だなって思った。
　女が綺麗だなんて、タラークの男失格かもしれないけどな、はは」
　
　
　　自虐的な物言いだが、カイの浮かべる笑顔はどこか晴れやかだった。　
　
　
　「・・・・俺はパイロット続けるよ」
　
　「・・・・・・・」
　
　「俺はこれしかできないから。だから精一杯やって、夢を追い続ける。
　だけど、それは俺一人じゃない。皆だって一生懸命なんだ。
　生きるために、故郷へ帰る為に頑張ってる。
　俺はそんな皆と自分のために戦っていこうと思う。
　ま、あいつらには歓迎はされないだろうけどな」
　
　
　　言葉から感じられる決意は、今までの上辺ではない力強さがあった。
　
　色々な女性達と出会って、触れて、感じた事でカイは成長したのだ。
　
　自分とは違う道を歩もうとしているカイ。
　
　メイアは自分と向き合って、何が正しいのか分からずにいた。
　
　だから、
　
　
　「・・・勝手にすればいい。お前はお前、私は私だ」
　
　「・・・そうだな・・・・・」
　
　
　　結局、メイアはカイと向き合う事はできなかった。
　
　カイもまたそれ以上はメイアに踏み込まずにいた。
　
　互いに反目し、考え方がすれ違う二人。
　
　メイアはカイを受け入れる事はできず、カイもまたメイアの考え方には賛同できなかった。
　
　どうしても、できなかった・・・・・・
　
　
　「・・・・青髪」
　
　「・・・・なんだ？」
　
　「・・・・悪かったな、突き飛ばして」
　
　「・・・・・・・・・」
　
　
　　お互いに浮かべる表情は、しんみりとした切なさであった・・・・・
　

＜LastAction －第一歩－＞に続く

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