ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」
Chapter 19 "Potentially Fatal Situation"
Action6 −分断−
もう二度と目覚めることはない、と半ば思っていただけに、目が覚めた瞬間に状況を認識することが出来た。同時に自分が生き残った安堵より、仲間の危険を案じる気持ちが先立つ。
瞬間的に確認したのは自分の大事な部下であり、今日の相棒を務めてくれている子。すぐに隣を確認すると、固定ベルトを着用したバーネットが俯いたまま気絶していた。
手を伸ばして脈を取り、生存を確認。見た目大した傷は無さそうだが、きつく縛り付けたベルトによって全身を痛めているのは間違いない。悪ければ、骨折しているかもしれない。
悲観的な見方ではない。何しろ、自分の肋が折れているのだから。
「ツゥ……生きているだけで御の字、というところかね」
ガスコーニュ・ラインガウとバーネット・オランジェロ、両名の生存。レジ機もパイロットも痛手は相当ではあるが、何とか命は取り留めていた。
彼女の場合カイ達と違うのは、キャリアの差。彼女はヴァンドレッド・メイアとの激突を決して目を逸らさずに、目の当たりとしていたのだ。
真っ向から正面衝突すればデリ機どころかヴァンドレッド・メイアも危うかったが、彼女はデリ機のダメージを考慮せずシールドの出力バランスを神憑り的に調節した。
シールドを最大出力する愚は、当然避けた。出力を最大にするということは、ヴァンドレッド・メイアを脅威とみなして弾き飛ばしてしまう事を意味するからだ。
堅牢な盾とせず、柔軟な緩衝材と変える。デリ機のシールドは固定物ではなく、流動的なエネルギー波によるもの。質量と密度を調節すれば、不可能ではない。
自分を守る盾とせず、相手を包み込む壁とする。自分自身へのダメージを回避する術は無くなるが、ヴァンドレッド・メイアさえ守れればそれでよかった。
なのに、こうして生きているということは――
「考えることは同じってわけかい、馬鹿な子達だよ」
――カイ達も同じ真似をしたということだ。向こうには強力なシールドはないが、驚異的な加速力がある。速度を利用した回避を行って、衝撃のベクトルを変えたのだろう。
両方共に相手を守る選択をした。その相乗効果によって、ギリギリ命を拾ったといっていい。タイミングがコンマ一ミリでも狂えば、両機共に大破していたに違いない。
タイミングが奇跡的に合ったのは、偶然とは思っていない。随分とおめでたい考え方ではあるが、案外的を得ていると思っている。
皆が仲間を守ろうとしたから、全員救われたのだ。
「……姉さん……ありがとう……」
ガスコーニュの姉の、死。当時の悲劇を語り、経験としたからこその決断。姉の死を教訓に全員が覚悟を決めた事により、奇跡は成就されたのである。
今までずっと悩み苦しんできたが、今日この日になってようやく許された気がした。もしかすると、カイ達に己の罪を語る事こそが、贖罪だったのかもしれない。
恐れずに己の罪を語り、懺悔を求めずに彼らに打ち明けた。だからこその結果――死んだ姉が手を貸してくれたのかとさえ、思える。
そんな女々しいことを考える自分を、姉はきっと叱りつけるだろうに。
「……ガ、スコ……さん」
「！ バーネット、大丈夫かい！？」
「な、いて……る、の……？」
「はは、生きている証拠だよ」
締め上げている緊急用のベルトを外してやって、ガスコーニュは涙を拭ってバーネットを抱き起こした。苦しげに息を吐いているところを見ると、やはり骨折しているようだ。
デリ機は戦闘用ではなく補佐機、ドレッドの装備品だけではなくパイロットの応急処置キットも揃えている。一式を持ちだして、バーネットの治療を行う。
パイロットスーツを着せてやればよかったと少し後悔しながらも、治療を続ける。出血こそ大した事はないが、バーネットは打撲が酷かった。
苦しげに呼吸するバーネットに鎮痛剤を打ち、寝かせる。その上で自分自身の治療にも、取り掛かった。
ガスコーニュは鍛えているだけあって、行動を阻害される怪我は負っていない。ただ、利き腕に走る麻痺だけが気がかりと言えた。
恐らくギリギリまで操縦桿を握り、シールドの出力調整をしていたからだろう。衝撃が襲い掛かる瞬間も粘っていたので、手先は震えるばかりで感覚が無かった。
おかげで治療にも時間はかかったが、何とか無事に終えられた。バーネットも少しずつ、落ち着いていく。
寝かされたままのバーネットは、デリ機の天井を見渡している。
「ここは、母艦の中……？」
「多分ね。さっきから揺れが酷いし、まだ戦闘中なんだろうね」
早い助けは期待できそうにない、と客観的事実をガスコーニュは告げる。悲観的になっているのではなく、彼女達は母艦の脅威を正しく認識しているのだ。
ヴァンドレッド・メイアとの激突によって、母艦の中で不時着してしまった。装甲には穴を開けられたのだろうが、単に不幸な事故でしかない。
恐らく、ヴァンドレッド・メイアも激しい損傷を被っているに違いない。作戦の継続に支障が出ているのは、間違いなかった。
悔しいのは、自分達が足を引っ張ってしまったことだ。偽ニルヴァーナに捕まってしまって、母艦へ突入するヴァンドレッド・メイアの足止めに利用されてしまった。
自分達が捕まりさえしなければ、カイ達は問題なく母艦の中へ突入出来ていただろう。今頃、作戦に大きな支障が出ている筈だ。
生き恥を晒しているとは思わない。助けられた以上、彼らを助ける事が恩返しだ。
「通信は――やはり、出来ないようだね。設備自体は使えそうなんだけど」
「作戦会議で、カイも懸念していた。こっちから、無事を知らせる合図は送れないですか？」
「出来ないことはないだろうけど、此処は敵の巣の中だからね」
この場で合図を送って生存を知らせると、味方だけではなく敵にも届いてしまう。途端膨大な数の無人兵器が、襲いかかってくるだろう。
地球母艦の広さを今更検証する必要もない。広大な迷路の中で、孤立無援な状態で襲われるなんて勘弁願いたかった。
合図を知らせる手筈には確かになっているが、あくまで行動可能ならばの話だ。動けない状態で敵まで呼ぶのは、リスクの方が大きい。
ガスコーニュは、怪我した体を引きずってコンソールを立ち上げる。
「ちょっと、デリ機の状態を確認するよ。バーネットはしばらく、休んでな」
「手伝うわ。こんな時に寝ていられな――っ」
「はいはい、やせ我慢はやめておくように。交代でやろうじゃないか」
「……すいません」
「いいよ。状況を掴んだ後で、アタシはゆっくり休ませてもらうからさ」
バーネットの歯痒い気持ちは痛いほど理解できるが、無理させても仕方ない。交代といったのは、まぎれもない本心でもあった。
仲間の為なら自分の死を恐れないが、こうして生きている以上最後まで生き残るのが義務だ。同じ決意をしたカイ達もまた、同じ気持ちでいるだろう。
自分一人で生き残るのは、難しい。助け合って生き残ったのなら、最後まで支え合って勝利しよう。上司とか部下とか、関係はない。
懸命に生き延びるべく、模索する。たとえどれほど辛い、現実であっても。
「……まずいね」
「！ どうしたの、ガスコさん。まさか、故障！？」
「ガスコじゃない、ガスコーニュ」
こんな時にまで訂正を入れたのは余裕ではない、余裕が欲しかったからだ。思わず口元に手をやって、長楊枝がない事に気づいた。
周りを見渡すが、見当たらない。ヴァンドレッド・メイアとの激突の際、何処かに落としてしまったようだ。探したいが、探す時間がない。
何より、今の状況が非常にやばい。
「さっきから随分、揺れると思わないかい？」
「え、ええ……外で何かあったんでしょうか」
「あー、それがね」
どう言うべきか悩むが、言葉が見つからなかった。少しでも事態を緩和する言い回しがしたかったのだが、何も思いつかない。
仕方がないので簡潔かつ端的に、分かりやすく一言で述べる。
どれほどまでに辛く、厳しい現実であるのか、を。
「どうもアタシら、敵さんに捕まっちまったようだね」
「……え？」
「今デリ機ごと、思いっきり運ばれているよ」
「え、えええええええええええええっ！？」
デリ機はマグノ海賊団の中でも、一番頑丈な機体だ。強力なシールドを単騎で持っているのに加えて、強い衝撃にも耐えられる構造で作り上げられている。
母艦の装甲とまではいかなくとも、無人兵器レベルでは一撃二撃では傷も付けられない作りで出来ている。だからこそ、かもしれない。
緊急の不時着でロックされたデリ機を解体できず、無人兵器がデリ機を丸ごと抱えて運んでいるのだ。餌を運ぶ、アリのように。
孤立無援の中、完全に停止したデリ機――身動き一つ取れず、バーネット達は青褪めた。
＜to be continued＞
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