ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」
Chapter 18 "Death"
Action9 −待避−
作戦決行中、私的な理由で戦線離脱は絶対許されない。まして作戦の根幹を担う立場であるのならば、尚の事撤退など出来ない。自分が退けば、仲間が死ぬからだ。
偽ニル・ヴァーナとの死闘、思い掛けない消耗戦を強いられてパイロット二名は疲労困憊。打開策を狙うカイと、基本的戦術を続けるメイアとの間に、齟齬が生じてしまった。
考え方の違いはパイロット個人であれば一隻の責任で済むが、合体兵器だと両名の死に直結する。今一度認識合わせをしなければならないが、ここで退くことは出来ない。
マグノ海賊団レジの店長を務めるガスコーニュの船、デリバリー機はそうした用途に最適な船であった。
展開されるシールドの強度はドレッド以上、収容スペースがあって補給も行える。本体には武装もされていて、戦場の真っ只中であっても支障をきたさない。
敵は眼前――撤退も退避も出来ないが、デリバリー機であれば『待避』は行える。安全な場所に退避するのではなく、一時的な危険から逃れるべく敵を避けて身を置くのである。
デリバリー機のシールド内に収容されたヴァンドレッド・メイアは一時合体を解いて、蛮型とドレッドに戻った。
「……」
『……』
通信画面は開いたままだが、カイとメイアの間には沈黙のみ。相手に対して拒絶反応も、嫌悪も示しているのではない。単に何を言っていいのか、分からないだけだった。
意見は完全に反しているが、対立しているのではない。両者共に相手の言い分も正しいと分かっているので、自己主張がしづらいのである。
とはいえ、自分も間違っていないとも思っている。こういう場合どちらか折れるしかないのだが、謝るのも変なので結局言葉が出ないのである。
若者達の不器用さに、大人としては苦笑いするしかない。大人になるまで誰しも、一度はこういう体験はしている。昔の自分を見ているようで、恥ずかしいのだ。
百戦錬磨のガスコーニュとて、例外ではない。
『いつもの威勢は何処に行ったんだい、カイ』
「うるせえ、休憩中に話しかけんな」
『やれやれ、頭ごなしに命令されたのがそんなに気に入らないのかい』
気安く言っているが、今も戦闘中の状態。待避しているカイ達を狙って、偽ニルヴァーナは苛烈に攻撃を続けている。デリバリー機を巧みに操って、ガスコーニュが守ってくれているのだ。
束の間の猶予を与えられた意味を、察せぬカイではない。頭を冷やすべきなのも分かっている。悪態が出てしまうのは、申し訳無さを含めた引け目であった。
ガスコーニュもそんなカイの心の機微を、理解はしている。揶揄しているのは、ハッパをかける意味もあった。
「あんたの判断は、いつも正しい。そいつを分かっていて、敢えて聞く。
この状況下において、打開を図る俺の判断は何故間違えているんだ」
『アタシも、あんたが無茶する分常に結果を出してきたのは分かってる。そいつを承知で、言うよ。
無駄死にするのが、分かっていたからさ』
「……っ」
二人のやりとりを聞いているメイアは、居た堪れない。カイとて、間違えている訳では決してない。自分の判断が正しいのだと判子を押されても、嬉しさは感じられなかった。
カイも自分の判断を一刀両断されて、感じるのは怒りではなく悔しさであった。どれほど戦場を体験しても、なかなか正しい判断を下せない。
自分だけの責任で済むならいい。作戦を立てて仲間に協力を頼んでいる以上、自分のミスは仲間に迷惑をかけるのである。
今もこうして、ガスコーニュに助けられているように。
「けれど、戦わなければ勝てない。勝てなければ、死んでしまうんだぞ」
『作戦を立てたのはあんたで、作戦の成否を担っているのもあんただ。段取りを忘れた役者を部隊から引きずり下ろすのも、黒子の役割だよ』
『段取り、か……くそっ、上手いことを言いやがる』
カイの役目は、偽ニルヴァーナを倒すことではない。目標は地球母艦、その内部へ突入して破壊工作を実施する。偽ニルヴァーナは所詮、作戦決行の障害でしかない。
無茶をするタイミングを、間違えている。命をかける瞬間を、履き違えている。それでは舞台は成立しない――作戦は、成功しない。
黒子である自分の役目を知るからこそ言える、これ以上ない助言。カイは言い返せず、項垂れるしかない。
「……悪かったな、青髪……今日は、お前とコンビを組んでいるんだ。相棒を危険に晒しちゃ駄目だよな」
『お前が馬鹿をして、私がフォローをする。いつものことだ、もう慣れてしまった』
「ガスコーニュみたいな言い方はやめろよ」
『聞こえるよ、カイ。たく、口の悪い』
ようやく普段の調子が戻ってメイアはホッとし、ガスコーニュは咥えた長楊枝を揺らす。今も敵に狙われ続けているが、場違いにも穏やかな雰囲気となっている。
何だか照れ臭くなったカイは、髪を乱暴に掻きながら通信画面越しのガスコーニュを見やった。
「あんた、昔はパイロットだったのか？」
『何だい、突然』
「ヴァンドレッドに乗ってる俺らが苦戦する敵相手に、こうまでやりあえている。デリ機は、そもそも戦闘機でもねえのに。
それに何より、最前線で戦う連中の気持ちとかすげえよく分かってるじゃねえか。現場で鍛えられねえと出来ないだろう」
『……そういや、あんたにはアタシの事を話したことがなかったね』
人の過去を聞く不躾よりも、過去を打ち明けたことのない意外さに本人が首を傾げた。冗談ではなく、本当にガスコーニュ当人が意外な心持ちだったのだ。
常日頃、とまではいかないにせよ、カイはよくガスコーニュと話をしている。同年代でも、同姓でもないのだが、約束をせずともよく会って交流を深めていた。
身近な所から戦場にいたるまで相談に乗ったり、日頃の愚痴を言い合ったりもしている。友達同士というほど気安くはないのだが、本人達なりに親交はあった。
だからこそかもしれない。気軽に話せる過去でもないのだが、カイに話すことにはさほどの抵抗はない。既に、打ち明けていた気になっていたのだ。
「いつも、俺のことばっかり話してたぞ。あんたについて、俺は何一つ聞いてねえ」
『お前さんはいっつもトラブル起こしてばかりだからね。聞き役に回るしかないじゃないか』
『ふっ、道理だな』
「ぐぬぬ……」
自分の事を話すのは大抵相談する側ではなく、される側である。よく会話はしても、いつも頼りにさせてもらっている側だったのだとカイは今更のように気付かされた。
自分なりに仲間を守り、ガスコーニュ達大人の面々の力になっているつもりだったが、どちらかといえば力になって貰ったことのほうが多いようだ。
タラークを出たばかりの頃は屈辱に感じていただろうが、今は照れに似た羞恥の方が大きい。自分が未熟だと知ったが故の、年長者への敬意であった。
ガスコーニュとて、威張り散らすつもりはない。恥ずかしがるカイの羞恥を、好ましく思っていた。
『冷静な思考、正しい判断――あんたがアタシをどう見ているのかしらないが、アタシだって神様じゃない。間違えることだってあるさ。
ただ――』
「ただ？」
『感情に任せるだけじゃ、判断を誤る。アタシはそれを、痛いほどよく知っている』
当たり前のことを言っている、とは思わなかった。自分なりに認識はしても、やはり危機的状況に陥ると焦ってしまう。先程までの、自分のように。
作戦は今のところ、上手く進んでいる。少なくとも、大きな崩れはない。なのに偽ニル・ヴァーナに苦戦させられただけで、焦燥して強行に出ようとしてしまっていた。
冷静になる必要性は知識や経験として認識していても、いざとなればなかなか感情を御せない。分かってはいても、感情というのはちょっとした事で揺れてしまう。
カイは、拳を握りしめる。
「言うほど簡単じゃねえだろ、そいつは。自分だけならともかく、仲間だってヤバくなれば焦りも出る」
『さっきも言っただろう、アタシは神様じゃない。世の中を平等に見れないように、どんな事態でも平然とはしてられないさ。
戦うあんた達を後ろで眺めていて、歯痒く噛んじまうことだってある』
「だが、あんたは今日も冷静に対処してくれた」
『死んだ後で言い訳したくはないからね。歯を食いしばってでも、懸命に生き延びる。その覚悟があれば、案外どしっとかまえてられるもんさ』
「……俺に、その覚悟はないと？」
『覚悟が足りないから、自分のせいで仲間が危なくなればパニックになるんだろう』
そう言われればそうかもしれないし、そうではないのだと突っ張りたい気もする。仲間達と共に、何が何でも生き延びる。心構えは、十分あるつもりだった。
共に戦うメイアが、瀕死の重傷を負った。友達であるセランを、危うく死なせかけた。シャーリーだって、昏睡状態にまで陥った。案内してくれたツバサも、危険に晒してしまった。
彼女達の危機の度に、必ず守るのだと、救うのだと決死の思いでいた。思いの強さは、誰にも負けない自信がある。見せかけではない、本当の気持ちだ。
そう――気持ち、だ。もしかすると、覚悟とは違うのかもしれない。
『カイ。あたしはね、海賊になる前は軍人だった』
かつて少年と同じ気持ちを抱き、同じ悩みを持ち――そして、少年より長く生きている。そんな彼女が今、自分の過去を語りだす。
この先、自分と同じ失敗をさせないために。
＜END＞
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