ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」
Chapter 17 "The rule of a battlefield"
Action30 −加速−
交渉とはすなわち、利害関係のある両者が自分の要求を主張して妥結点まで到達するプロセスを探ることにある。その上で必要なのは、交渉の全体像を把握することに他ならない。
交渉を行う相手、交渉を取り行う争点、妥結する可能性の範囲、利損関係までの到達。交渉全体をあらゆる視点で見つめて、成立させなければならない。
交渉の結果には妥結と決裂の二つがある。交渉における最悪とは、交渉が決裂したまま終わってしまう事。他に選択肢がない場合、相手の言いなりにならざるを得ない。
男性陣及び女性陣から意見を聞いたカイは一人、間もなく行われる再交渉に向けて考え込んでいた。
（自分の頭の悪さを言い訳にするな。駄目な脳みそをフル回転で加速するんだ――このままだと、負ける）
再交渉につく前に、交渉が決裂した時の別の選択肢を準備しておく。本当に決裂した時に用意する選択肢があれば、最善ではなくとも最良の結果が残される場合もある。
この最高賞における最悪とは何か、想像する。リズの要求を全面的に飲まされること、すなわち中継基地ミッションの損害を賠償すべくヴァンドレッドを差し出す事だろうか？
違う、カイは即座に切り捨てた。この再交渉での最悪の結果は、決裂後にこそある。
（交渉が平和に終わらなければ、全面戦争となる。略奪、海賊達と荒くれ者達との奪い合いとなるだろう）
マグノ海賊団は物資を求め、中継基地ミッションは資材と人材を必要としている。そのどちらも、地球側との戦闘により不足している。死に物狂いとなるだろう。
戦争が勃発すれば、ほぼ間違いなくマグノ海賊団側が勝つ。向こうにはラバットがいるが、戦力差は歴然としている。個人で覆せる戦力ではない。
そこで問題となってくるのが、自分の立場だ。マグノ海賊団とは協力関係にあるが、ラバットとは同盟を結んでいる。
（心情的にはマグノ海賊団につきたいが、ラバットには恩も義理もある。あの男は利益重視の人間だが、決して不義理ではない。同盟を結んだ以上、尊重はしてくれる。
その関係を心情面から一方的に破棄すれば、俺こそ不義理の誹りを免れない。ヒーローを語る資格は無くなってしまう。
何より、略奪を認めることになってしまう）
この再交渉は、最後通牒に等しい。決裂すれば、ご破産だ。刈り取り戦で折角協力し合えたのに、水の泡になってしまう。何もかも、終わりだ。
悩ましいのは、この再交渉の決裂を恐れているのは自分一人だということだ。マグノ海賊団側も、ミッション側も、決裂を恐れていない。だから、自己主張が激しい。
取引自体は正当なものだったのに、何故ここまでややこしくなってしまったのか。
（女達の推測が本当であるのならば、原因は――俺にあるのか）
中継基地ミッションのボスであるリズという女は、ラバットという男を愛している。二人の関係は定かではないが、タラークの男である自分が横恋慕しているのが気に入らない訳だ。
完全に感情論、個人の感情で動くなど人の上に立つ人間が決して行ってはいけない事だ。ただし、ミッションへの利益に繋がるのであれば話は別だった。
コントロールルーム破壊の弁償に求めているのは、ヴァンドレッドというマグノ海賊団の最大戦力。対刈り取りの切り札となり、ミッション防衛に役立てる。
個人の感情に組織の利益を絡めて、リズはカイに嫌がらせをしているのだ。
（確かに俺はタラーク育ちの男、男同士が愛し合うのは当然とされる国で生きてきた。クローン技術を用いて、あの国では男同士で子供を作って家庭を築いている。
リズ達はタラークやメジェールを知っているようだった。だったら、勘違いするのも無理はないか。個人の好みは別にして、男を好きになるのは当たり前だからな。
やれやれ、厄介な勘違いをされたもんだ）
カイ・ピュアウインドは、自分の記憶を既に思い出している。地球で製作されたクローン体、高名なる博士の代わりとして産み出された失敗作。
偉大な博士の遺伝子を持ちながらも、才能を発揮出来なかった出来損ないがゴミのように捨てられた。一応温情を受けて、処分はされずコールドスリープしてタラークまで運ばれたのだ。
その後目覚めて不幸な事故に遭い、怪我した所を酒場の親父に拾われた。地球生まれでありながら、タラークで育った半端者。どちらの価値観も、中途半端にしか影響を受けていない。
男を好きになるのは、抵抗がある。女を好きになるには、知らない面が多すぎる。リズの勝手な思い込みは、カイにとって滑稽であると同時に苦痛だった。
（コールドスリープ、か。そういえばあいつも――）
「よっ、トラブルメーカー」
悩みこんでいるカイに手を上げて、意地悪そうに見下ろす女の子。自分が想像していた少女がいきなり現れて、カイは引っ繰り返りそうになった。
少年の驚きようが痛快だったのか、ミスティ・コーンウェルは珍しく最初から機嫌よくカイに接してくる。
「副長さんが呼んでたよ。ミッションに行くから、ブリッジに集合だってさ」
「くそっ、もう時間が来たのか」
現実は、物語のように都合良くはいかない。推理が固まるのを待ってくれるほど、犯人は甘くない。結局、考えはまとまらなかった。
カイは渋々立ち上がった。時間を引き延ばすのは難しくはないが、立場を悪くするだけだろう。再交渉を急かされれば、どうしようもなかった。
連れ合うように歩きながら、ミスティはカイに話しかける。
「あんた、さっき女の子達をカフェに集めてたでしょう。やーらしい」
「仲良しこよしやっている時じゃねえよ、今は。本気で悩んでいるんだよ、こっちは」
「あの人、あんたに嫉妬剥き出しだもんね」
――足を止める。
「お前――あいつが何を考えているのか、分かるのか？」
「ヤキモチ焼いているんでしょう、あんたに。見れば分かるじゃない」
そのまま崩れ落ちそうになった。見ても、聞いても、考えても、全然分からなかった事をミスティは簡単に分かっていた。悩んでいた時間が、心底バカらしくなった。
ミスティは交渉班の一員として、ミッションに同行している。イベントクルー見習いであり、記者でもある彼女は積極的に関わって、地球の全貌を世間に公開するつもりなのだ。
当然再交渉にも興味を持ち、熱心に取材を続けている。あくまでも単独ではあるのだが、冥王星生まれの彼女の知識は重宝されて取材許可は出ている。
カイはここぞとばかりに、詰め寄った。
「やっぱりあいつ、俺がラバットを好きだと勘違いしているのか！？」
「はっ……？ 何よあんた、最悪に気持ち悪いわよ」
「俺は別にあんなむさい男、好きじゃねえよ！？ 向こうが勘違いしているだけだ！」
「どっちでもいいんじゃないの、そんなの」
「ああん……？」
意味が分からず首を傾げるカイに、ミスティは呆れたように嘆息する。
「自分の好きな男が、他の人間に強い興味を持っているのよ。恋愛感情とか関係なく、面白くないでしょう。
あたしから見る限り、あの二人は結構いい感じだけどまだ甘いわね。多分、お互いに遠慮とかして踏み込めてないと見たわ。
そんな関係にある男が、他でもないあんたに踏み込んできているのよ。そりゃあ、嫉妬もするでしょう」
ミスティから懇切丁寧に話を聞いて、カイは納得こそしたが理解には苦しんだ。人間の生々しい感情、この半年何度も触れてきたが今もまだ理解には到底至らない。
そしてこの問題の解決が難しい最たる理由も、ようやく分かった。恋愛感情、憎しみ合ったマグノ海賊団達と一切共有できなかった感覚だったからだ。
恋愛問題で悩んだことなんて、一度もなかった。男と女が同じ船に乗っていても、そんな感情が芽生えた試しが一度もない。
未知ゆえに、理解に及ばない。これでは、解決なんて出来やしない。
「あのおじさんと縁を切れば解決するんじゃないの？」
「そんな理由で、切れるわけねえだろう」
「男にとっては『そんな理由』だろうけど、女にとっては切実なのよ」
「待てよ……？ 弁済代わりの条件に、縁を切るように言えばよかったんじゃねえのか」
「あんた、馬鹿じゃないの。そんな事言ったら、あのおじさんにベタ惚れなのがバレバレでしょう」
「だからって、こんな遠回しに嫌がらせしなくても――嫌がらせ……？」
「――うわっ、こいつ。あくどい顔してるわ……今度は、どんな悪巧みを思いついたのよ」
「頼みがある。お前、次の交渉席に加わってくれないか？」
「あたしを巻き込むの！？」
地球生まれの男と、冥王星生まれの女。共に故郷を失い、漂流するように生きている異星人。さりとて、男と女。
この短い間で、人間関係は急速に縮まりつつあった。
＜to be continued＞
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