ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」
Chapter 17 "The rule of a battlefield"
Action9 −選手−
中継基地ミッション内での様子は全て、ニル・ヴァーナにも伝わっていた。交渉のやり取りも全て、モニタリングされている。
闘技場での臨場感、交渉での緊迫感、そして一種即発の状況――その全てが、頭目マグノ・ビバンに届いていた。
ミッションを支配する女ボスからの挑戦、血を求める観客達。オペレーションを務めるエズラの表情が、曇る。
「お頭……どうしましょう？」
「心配ないさ」
エズラの不安を、マグノは笑って解消する。上司を案ずる気持ちは十二分に理解しながらも、ブザムの心配はまるでしていない。
地球からの進撃も今のところはなく、マグノはミッション内での激突を高みの見物としゃれこんでいた。
交渉上手であるというだけでは、マグノ海賊団副長など務まらない。
「B.Cもたまには息抜きさせてあげないとね、ふふふ」
「はぁ……」
エズラもブザムの手腕はよく分かっている。心配するだけ無駄かもしれないが、思い遣ってしまうのは彼女の優しさゆえか。
そういう意味ではお頭もそうだが、メインブリッジクルーである三人娘の図太さもある意味見習うべきかもしれない。
業務そのものに手は抜いていないが、ミッション内で起きている出来事を彼女達は観戦していた。
「盛り上がっているみたいね、向こうは」
「アタシも見たかったなー」
地下闘技場のような悪趣味な施設こそないが、マグノ海賊団のアジトでもこうした催しは行われる事がある。
見目麗しい女性が多い集団だが、それでも海賊。腕っ節の強い人間も多く居て、イベントクルー主催の格闘イベントが開催された事もある。
仲間内での流血沙汰は禁止されているが、喧嘩の一つや二つでマグノも咎めたりはしない。
彼女達にとっては戦いもまた交流の手段、喧嘩しなければ分かり合えない事だってある。
「……」
「どうしたの、セル。妙に真剣に聞き入っちゃって」
「――あいつはこういうの、嫌がりそうだなーと思って」
地下闘技場での歓声が流れるコンソールを突っつきながら、セルティックは力ない声で呟いた。
アマローネとベルヴェデールが、顔を見合わせる。カイ・ピュアウインドが交渉班に参加している事は、彼女達も知っている。
セルティックが彼を人一倍嫌い、そして気にかけている事も。
「空気を読まずに乱入しちゃいそうで心配なんだ、セルは」
「！ ち、違うよ。あんな奴、死ねばいいと思ってる」
「それ、乱入しそうだと思っているという事だよね？」
「うう……」
カイは血の気が多い割に、人間同士の争いは基本的に好まない。彼が戦うのも、戦い合うのを止める側面がある。
パイロットとして生きていくには、相応しくない考え方。戦いを止めるために戦うなんて、矛盾している。
その矛盾をカイがこれまで上手く消化しているが、状況が味方してくれたのも大きい。基本、成立なんてしないのだ。
そして、この場でそんな考え方はもっともまずい。今ミッションで、戦いを望んでいない人間なんていない。
「乱闘騒ぎになったら絶対、止めに入るよね」
「今回の場合相手も同意しているんだけど、あいつの場合両方止めに行きそうだから怖いわ」
「あいつめ……死ねばいいのに、死んじゃえばいいのに」
音声しか伝わらないので、彼が今どんな顔をしているのか分からない。だからこそ、気になってしまう。
相手の望む物を戦いで奪い合うなんて、海賊では当たり前だ。一方的ではない分、むしろ良心的とも言える。
三人娘もこの私闘には肯定的なのだが、否定的に考えそうな少年がどんな行動を起こすのか不安になってしまう。
「……アンタ達も随分、男に入れ込むようになったね」
「お、お頭！？」
「す、すいません、仕事中に！」
「作業に戻りまーす」
私語厳禁は鉄則、副長によく叱られている三人娘は大慌てで自分の職務に戻る。その切り替えの早さに、マグノは笑う。
立場上怒らないといけないのだが、これもまた息抜き。咎めたりは、しなかった。
「あの馬鹿なら心配いらないさ。辛い事や悲しい事を沢山経験して、色々考えているみたいだからね」
「――考え過ぎて、頭も硬くなっているかも」
「ははは、大丈夫さね」
マグノは茶目っ気たっぷりに、言った。
「頭の硬さじゃ、うちのリーダーも負けちゃいないさ」
「五対五、でどうだい？ 一人でも勝てたら物資を分けてやろうじゃないか」
ミッション、地下闘技場。ニルヴァーナ側に伝わっているとは露知らず、リズは勝負方法を提案する。
五対五のデスマッチ、最低一勝でも出来たら物資を提供。歓迎もしていない客に対して、異様とも言える申し入れである。
絶対の自信から来る、ハンディマッチ。己の強さを疑わない者だけが口に出来る提案に、観客は沸きに沸いた。
美しさだけではない。強いからこそ、ミッションの頂点に立てる。リズは、無敗の王者であった。
「上等じゃねえか……そんなに戦いたいのなら、俺がやってやる」
腰にぶら下げていた銀の十手を引き抜いて、カイが前に躍り出る。憤然とした態度が、彼の強い憤りを現していた。
少年の無鉄砲な挑戦を、王者は快く受け入れる。彼の青臭い怒りを、彼女は鼻で笑った。小僧一人の生意気な態度など、歯牙にもかけない。
少年が何に怒っているのか、知る必要もない。どんな理念も思想も、叩き潰してしまえば終わりだ。
互いの視線がぶつかり合い――そして、すれ違った。
「やめろ、カイ。お前が戦っても殺されて終わりだ」
「ふざけんな、お前の指図は受けな――がっ！？」
「指図するつもりなどないさ。今のお前に、何を言っても無駄だからな」
後頭部を鷲掴みにして、地面に引き摺り倒す。見事な体術で、共に同行していたメイアはカイを制圧した。
突然始まった仲間割れにリズはおろか、観客達まで大笑い。どんな事であろうと、アクシデントは大歓迎だった。
馬鹿にされていると知り、カイは顔を真っ赤にして叫ぶ。
「離せよ、俺が戦うと言っているだろう。ルール違反にはならねえ！」
「貴重な物資をかけて戦うんだぞ。敗北は許されない」
「勝てばいいんだろう、勝てば！」
「陸の戦いでお前が勝てるとは思えないな。それに、頭に血が上っているようでは勝てる戦いも勝てない」
思わず赤っ恥になってしまったが、メイア本人は気にもしていない。ブザムも同様であった。
戦って勝利し、相手の物資を奪う。戦いを前提とした、このようなやり方はカイが望むものではないのだろう。
「何をそんなに怒っているんだ、お前は」
「決まっている、物資の奪い合いなんて許せねえ！」
「海賊流が、それほど嫌いか」
「ああ、嫌いだね。お前らのやり方は認められないと、ハッキリ言っただろう」
だからこそ――そう、だからこそこの戦いには大きな意味があるのだ。
「ならば、その目でちゃんと見届けろ」
「なに……？」
「お前が否定する私達のやり方を、お前自身の目で見るんだ。よく知りもしない事を、頭でっかちに否定するな。
お前には、海賊を知る義務がある。違うか？」
地球とは違うのだと、刈り取りは相反するのだと、メイアは訴えかける。ただ否定していればよいというものでは、ない。
よく知らずに善悪を己の基準で判断するだけでいれば、また騙される。女を鬼と決めてかかった、タラークのように。
決めてかからず普通に接していれば、半年もかからず分かり合えたかもしれない――その反省は、確かにカイの中にはあった。
これから先、必ず地球との戦いが待っている。その時は恐らく、互いの主義主張をかけてぶつかり合うだろう。
自分の考えで挑まなければ、地球の狂気に飲み込まれてしまう。偏見なく相手を知らずして、どうして勝利できるのか。
どれほど深い闇であっても、目を逸らさずに見届けなければならない。己自身に、負けないために。
マグノ海賊団副長、ブザム・Ａ・カレッサが前に出る。
「ハンディは不要だ。代表者同士のファイナルマッチでいかがかな？」
「……っ」
「当然、貴女が御相手してくれるのだろう」
「上等じゃないか！」
意趣返し。ハンディを拒否した対等なる決闘を、ブザムが直々に申し出る。その挑発に、リズが激昂する。
彼女の堂々とした姿を、地面に転がされたカイが見上げる。どれほどの逆境であっても、己を貫く姿勢。
単に嫌いな物を拒否するだけの、子供ではない。清濁併せ呑む、大人の器量。今の自分にはない、心の容量。
しっかり見届けろと、メイアは厳しく――そして優しく、諭した。
＜to be continued＞
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