ＶＡＮＤＲＥＡＤ連載「Eternal Advance」
Chapter 4 −Men-women relations−
Action10 −関係−
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医療室を出たカイは次なる仕事場へ向かうため、通路内を歩いていた。
融合戦艦内は、元々タラーク軍母船のイカヅチ旧艦区に女海賊母船の二つが融合して生まれた船であり、
艦内はかなりの広さを有しており、機関部内のペークシスを中心とする上下左右四つの区画から成る。
ブリッジ等のマグノ達司令部が集中している区画は第一船区とされており、
今カイが向かっているのが第二船区と呼ばれる女性クルーのみが仕事をする区域であった。
第二船区にはバイキングスタイルのカフェテリアであるトラペザや、マグノが紹介したレジシステムがある。
カイは静まり返った通路内を歩きながら、ドゥエロ達の言葉を思い返していた。
『悩んだ時は、自分に素直になるのが一番だ。君が最善だと思う事をやるといい』
ドゥエロは普段の冷静な顔を崩さずに、カイの相談の答えをそう〆くくった。
「自分の悩み、か・・・・・・」
今日一日で起きた出来事を順序良くカイは整理する。
キューブ型数機が突然奇襲をかけてきたので、自分は迷わず先陣を切って飛び出した。
敵は戦力としては微弱であり、尚且つ自分なりに相棒への操縦に慣れて来た事もあって、
さほど苦戦する事もなく撃破できた。
この点についてはどうだろうか？
カイは天井を仰ぎ見て、考えてみる。
マグノはふれなかったが、アマローネ達やメイアはカイを非難した。
勝手な行動はするな、と。自分一人の独断で皆が迷惑をする、と。
自分勝手な出撃？確かにそうかもしれない。
事実アマローネ達は混乱しただろうし、状況の把握に戸惑っただろう。
ブリッジクルー三人の仕事ぶりを教わった今では、身を持って三人の苦労は理解できた。
迷惑をかけたのは悪かった。自分が反省すべき点はあるだろう。
だが、全体的な戦況としてはどうだろうか？
カイは頭の中で慣れない計算をしながら、あの時の状況をシュミレーションしてみる。
敵側の突然の奇襲に対して艦内は非常警報が鳴り、出撃チームの呼集は行われた。
艦内のクルー達がそんな風に戦闘準備を整える間にも、敵は攻撃を続けていたのだ。
もしあの時自分が出なかったら、犠牲者は出なくて済んだだろうか？
カイは自問自答する。答えは明確には出ない。
結局の所可能性の突き止めた論議であり、歴史にもしもはない。
だが船が大被害を負う可能性もあったし、万が一融合戦艦から発せられるシールドが破られたら・・・・
被害は甚大、怪我人も出たかもしれないのだ。
「青髪の出撃を待っていたら、被害はもっと出たかもしれないじゃねえか。
なのに、黙って待ってろって言うのか？」
不満は口から声として飛び出し、白銀色の照明に照らされる通路内に響く。
自分の出撃が最善だったとは言わない。
されど、最悪だったとどうして言えるのだろう？
結局、メイアが男であり敵でもあるカイの出撃が我慢できなかったのではないか？
カイなりに結論付けた発想は、何より真実味を帯びているように感じられた。
「俺は間違ってないとは言わない。だが、あいつが正しいって言うのも断定はできないじゃねーか」
くしゃくしゃ頭を掻きながら、カイは苛立っている気持ちを表情に表す。
格納庫内での、メイアの辛辣な言葉と冷淡な態度が思い出される。
自分に対しての完全なる拒絶。
男だという以前に、カイ自身を嫌悪している素振りすら見られたメイア。
カイはメイアの顔を思い出すだけで、声として噴出しそうな罵詈雑言が心の中で渦巻いた。
気に入らなかった、メイアの何もかもが。
そして苛立っているだけで何もできない自分もまた、無性に気に入らなかった。
「あー、もう！考えるのはやめた！！
ドゥエロも言ってたじゃねーか、自分に正直になれってよ。
俺はもうあいつとは関わるのはやめたんだ。パイロットもやらない。
それでいいじゃねえか」
馬鹿馬鹿しいと首を振って、カイはメイアの事を頭から遮断した。
どうせ相手側は自分の事を拒絶している。
そんな人間に関わるつもりは毛頭なかった。
カイは出撃の問題は後回しにて、他の問題について考え込んだ。
「後は赤髪か・・・・」
通路内でのディータとの喧嘩。
いや、喧嘩というよりはカイからの一歩的な拒否と言っても過言ではない。
『いいか？もう二度と俺の前に姿を見せるな。
お前みたいな図々しい奴はな、大っ嫌いなんだよ！』
自分が口にした言葉を反芻し、カイは弱りきった顔をする。
ディータとのトラブルもまた厄介な問題だった。
「あいつはいつも俺にくっ付いて来やがったからな・・・・・・・
宇宙人、宇宙人ってうるせえし、男の俺に平気で接してきやがるし」
思えば、初対面からディータは自分に親密に接してきた。
カイは旧艦区でのディータとの初対面を思い出す。
乗っ取られた船に人質にされた男達を救うべく、カイなりに考えて海賊達に奇襲をかけた。
作戦は成功し、取引に海賊達は応じた。
メイア達と対立している中、ディータはカイに笑顔で話し掛けてきたのだ。
『あ、あのー、はじめまして。私ディータ・リーベライって言うの。
さっきはごめんなさい。私のせいで宇宙人さんに迷惑をかけちゃったね』
こうして思い出すと、ディータはいつも自分に笑顔を向けてきたのではないだろうか？
カイは出会いから今までを思い返して、愕然とする。
自分をいい人だと称して接するディータ。
メイア達のカイへの非難に怒って反論するディータ。
絶対に助けに来てくれると信じていたと喜ぶディータ。
どれもこれもが、カイに向けられた善意から生じた信頼の証だった。
「やっぱ、言い過ぎたよな・・・・・・でもな・・・・」
ディータに対しての今度は、カイもどうすればいいのか分からなかった。
確かにディータはいつもカイに明るく接していたし、全幅の信頼を寄せていただろう。
信頼を寄せてくれるのは悪い気分ではない。
賞賛されるのは照れるものの、心は軽くなっていた。
だがあまりに気安い接し方には、カイは少々辟易していたのは事実だった。
今日トイレ中を覗き、悪びれもしなかった態度がカイにとって決定打だったかもしれない。
「謝ったら、また同じままになるからな・・・・」
悲しませたのは悪いとは思う。
だがしかし、ここで自分から謝ればディータはどうなるのだろうか？
恐らく喜んで仲直りし、これまで以上に自分へアプローチをして来るだろう。
そう、これまで以上に・・・・・
想像するだけで、カイはげんなりとした気分にさせられる。
「このままほっておくのも手かもしれないな」
カイは難しそうに悩みに悩んで、腕を組む。
謝罪すればディータとの信頼関係は回復、結果としてカイは再び付きまとわれる。
逆にこのまま冷めた態度を貫けば、ディータはもう二度とカイに関わろうとはしないだろう。
少々残酷な結末になるが、カイが迷惑と思っている以上仕方がないかもしれない。
嫌いではないが、気安くされると困る。
心情面での微妙なディータへの気持ちに、カイはお手上げに近かった。
「う〜〜〜〜、どうすればいいんだよ！！！」
カイの出したの解決策は二つ。
すなわち自分の非を認めて謝るか、非を認めながらもそのままにしてディータと隔絶するか。
どっちを選択しても、どちらかが犠牲になってしまう。
かと言って自分さえ我慢すればそれでいいという自虐的な考えは、カイは気に入らなかった。
どうすればいいか悩みに悩んでいると、ふと医療室でのエズラの言葉が思い浮かぶ・・・・・・
『メイアちゃんもディータちゃんも、すごくいい娘なの。分かってあげて』
カイの苦悩を和らげるような暖かい笑顔に、カイは励まされる思いだった。
メイアにもディータにも寛容を示すエズラ。
つくづく、カイは子を持つ親の強さを感じられた。
とてもじゃないが、今の自分では到底持てないであろう荷物であったからだ。
カイはため息を一つ吐いて、ぼんやりと通路内を見渡して呟いた。
「女との関係ってのは、どうしてこう難しいんだろうな・・・・・」
メイアに対する拒絶感に、ディータに対する根底的な拒否と迷い。
マーカスとの酒場での生活には、タラークでの三等民としての生活にはなかった人間関係に頭を抱えるカイ。
だが、悲観的ばかりでもなかった。
アマローネ達と頑張ったブリッジクルーでの事を思い出し、カイは口元を緩める。
諍いこそもあったが、アマローネ達との現状ではもう解決はできた。
悪かったのは全面的に自分だったのだ。非は認めて当然。
女の仕事を行う事に反対もしなかったし、ブリッジから出て行く際に声援もかけてもらった。
セルティックこそコミュニケーションは取れずに終わったものの、
アマローネやベルヴェデールとは普通に会話出来る程になったのだ。
パルフェの時と同じように気軽に話せる関係になれた事が、カイには純粋に嬉しかった。
同時に、今後の行う仕事にも明るい展望が持てる。
「ま、現状の問題を考えるのは後にしよう。今は精一杯やれる事をやればいいんだ」
うしっとカイは拳を固めて手をパンと鳴らすと、カイは通路内をダッシュで駆け抜けた。
悩みは忘れたかのように、表面に出ている顔つきは明るい。
見習いとしての女達の仕事にふれる。
女を理解し、己を理解しようとする。
何より人間関係を築こうとしているという事、カイはそんな大切な事実をあまり深くは考えてなかった。
タラークの世界観では大きく逸脱し、メジェールの男への侮蔑価値には似付かない程男らしいその行動に。
―キッチンスタッフ―
「ふふ・・・よく似合っていますよ、その制服」
「・・・あんまり言わんでくれ。男としての何かが崩れ去りそうだから」
キッチンスタッフチーフに微笑まれて、カイは情けなく肩を落とした。
キッチンスタッフチーフを勤める女性は艶やかなネクタイを胸元にフィットさせた制服を着こなしており、
髪の毛を二つに結い、目元がぱっちりとした可憐な容貌をしていた。
他の職場に入る以上制服は義務という事で、カイもしっかりキッチンスタッフの制服を着せられている。
マグノからの命令にしても、チーフはカイには高圧的な態度も嫌悪した姿勢もとらず、
純然たる見習い要員としてカイを迎え入れてくれた。
カイも朗らかなチーフに好感を持ち、仕事の説明も大人しく聞いていた。
「私達の職場はカフェテリア『トラペザ』と『フードキッチン』が主です。
専門的な調味料の準備や栄養価の研究、日々生きる為に励むクルー達の食生活を支えるのが仕事ですよ」
テキパキと説明をこなして、職場であるフードキッチンやトラペザを案内するチーフ。
カイは説明を聞きながらも、首をひねってばかりであった。
チーフはそんなカイの様子に気がついて、小首を傾げて尋ねる。
「どうしましたか？分からない事があれば、遠慮なく聞いてくださいな」
優しい声色に戸惑いを感じつつ、カイは恐る恐る聞いてみる事にする。
「あの〜、肝心な事かもしれないけど・・・・・・・」
「はい？」
「・・・・・・料理って何？」
「は？」
五分後、タラークにはペレットしかないと聞かされたチーフは興奮気味にスタッフ達に説明。
男の食生活にいたく興味を持ったスタッフ達やチーフに質問攻めにされ、
カイは仕事内容のほとんどを教えてもらえず、仕事時間は終わってしまった。
見習い仕事終了後、カイを気に入ったキッチンスタッフ達はカイに料理を作る事を、
カイはお礼にペレットを御馳走する事を約束したという。
―エステスタッフ―
「チーフ、私は嫌です！」
「私も嫌です！男と一緒なんて・・・・」
顔色を青ざめて拒否するスタッフ達に、ため息を吐いて仰ぎ見るエステスタッフチーフ。
滅茶苦茶な言い様をされているスタッフ達に、カイはこめかみに青筋を浮かべる。
「そこまで嫌わんでもいいだろうが、お前ら！」
「仕方がないわよ。男なんて下劣な生き物なんだから。
特にあなたの悪評は彼女達より聞いているわ」
冷たくそう言ってチーフが指し示す先に、カイと通路でトラブルを起こしたクルー二人がいた。
エステルームにカイが入って来た途端、隅に隠れて震えているのだ。
改めて自分が犯した所業を反省し、カイは両手を合わせて頼み込む。
「頼むよ！さっきは悪かった。本当に反省してる。
見学だけでもいい、お前らの仕事を教えてくれ」
パルフェに諌められる前の暴れん坊だったカイからは想像できない殊勝さに、
チーフ及びエステスタッフ一同は黙り込んだ。
「女の仕事を理解したいんだ。お前らがどれだけ頑張っているか、知りたいんだよ。
頼む！一時間でいいんだ！！」
スタッフ達を見つめるカイの視線は真剣そのもので、スタッフ達一同が驚いた顔をする。
彼女達の今まで出会った男のどれもが、虚栄心に満ちた女への憎悪に溢れた者ばかりだったからだ。
チーフは腕を組んでカイをしばらく見つめていたが、やがて視線を横に向ける。
そこにはカイに突っかかられたスタッフ二名がいた。
「どうするの？この男はこう言っているみたいだけど」
あえてスタッフに選択権を預ける事で、カイとの今後のトラブルを避ける。
職場を仕切るチーフとしての先を見通した考えがあった。
二人は顔を見合わせて一つ頷くと、カイに恐る恐る尋ねる。
「・・・・・・・・本当に反省していますか？」
「勿論だ。本当に悪かった。あの時はどうかしてた」
カイが力強く頷くと、スタッフ二名は不思議そうに微笑する。
「・・・・・・変な男ですね、あなたって」
「え？」
二人に突然微笑みを向けられて、戸惑ったように立ち尽くすカイ。
どうすればいいのか反応に困っていると、突然チーフから一着の制服を渡される。
「え？え？」
「早く着替えてきてね。仕事、始めるから」
「あ・・・・・・・」
それっきりカイを見ずにエステルーム中央へと歩むチーフに、カイは黙って一礼し飛び出した。
好意は決して真正面から訪れるものではない。
新品独特の香りが漂う制服を手に持ちながら、カイはそれでも嬉しさを感じた。
その後、見学という形で仕事の説明。
エステルームは海賊母船においても、クルーの士気に影響を及ぼす重大な施設であり、
エステスタッフはクルー達の美容の促進に止まらず、内臓疾患の管理も行っている。
カイはチーフよりエステスタッフは準医療班でもあると聞かされ、仰天する。
「ようはマッサージだろう。医療にも関係があるのか？」
精通していないせいか不思議そうにするカイに、チーフはふと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
上品なルージュが麗やかな口元からは、妖艶さすら感じる程だった。
「興味があるなら、一度実践してみましょうか。
他のスタッフは嫌がるだろうから、私があなたをエステシャンするわ」
「お、いいのか！？ぜひお願いするよ」
興味津々に瞳を輝かせるカイに、チーフは中央のベットに寝るように促した。
カイは純粋にマッサージしてくれるのだと思っており、スタッフ達の笑いを堪えた表情に気がつかなかった。
「それじゃあ早速始めるわよ」
「おうよ！バリバリ頼むぜ」
五分後、全身のツボを刺激されたカイの悲鳴がエステルームに木霊した・・・・・・・・・・
―クリーニングスタッフ―
「どうしたの？なんか元気ないね」
「いや、ちょっとマッサージという名の拷問を食らってな・・・・」
全身に蓄積された疲れは取れたものの、節々の痛みにカイは表情を歪めていた。
筋肉痛に似た痛みだが、それこそ今まで気がつかなかった体への負担なのだが、
今仕事をこなさなければいけないカイには、痛みは障害にしかならなかった。
カイの苦しそうな表情に疑問符を浮かべつつ、クリーニングスタッフチーフはカイにスラスラ対応する。
「あたしがここのチーフを勤めているの。お頭から話は聞いているわ！
お陰で大助かり！！」
「は、はあ・・・・」
小柄な体格に丸ホッペと幼い感じのするチーフに肩を叩かれ、カイはやや尻ごむ。
今までにない熱烈な歓迎が気になって仕方がないのだ。
「じゃ、さっそく仕事してもらうわ！そこ、全部お願いね！！」
「え？え？・・・・ええっ！？」
チーフが指差す先には大きなワゴンが並べられており、山のような服の数々が積み重なっていた。
クルー達の衣類関係の洗濯関連全て、それがクリーニングスタッフの仕事だった。
その量たるわ、一人でこなすには多過ぎる程だった。
「待った待った待った！！」
「ん？下着類も勿論入っているわよ。他のクルーには内緒ね♪」
「誰がそんな事を聞いているか、あほんだら！」
クリーニングスタッフの制服の特徴として、冠タイプの帽子の着用を義務付けられている。
安定感の悪さゆえに帽子がずり落ちない様に必死で押さえながら、カイはチーフに詰め寄った。
身長さゆえか二人が並ぶと、自然とチーフを見下ろす姿勢になる。
「あれだけの量を俺一人で洗うのか！？」
「うん、おかげで助かっちゃった。
いつも皆必死で頑張っても半日がかりになるの。
機械がほとんどやってくれるけど、なかなか大変なのよね〜」
「なのよね〜とか同意を求められても、果てしなく困るんだが・・・・・
何より男の俺が女の服を洗うってのは何か問題はないのかよ」
メジェールにしてみれば、男はバイキン扱いなのである。
そんな男が服に触れたとなれば、綺麗になるどころか汚れたと文句を言われてもおかしくない。
カイのもっともな質問に、チーフは笑顔でさらりと答えた。
「ばれなきゃ問題なし！」
「・・・・・・・・あんた、すげえよ・・・・・・・」
違う意味でチーフに尊敬の念を覚えつつ、カイは頭を抱えた。
結局見習いの一時間は洗濯のみやらされて、身体の痛みが悪化したという。
―イベントスタッフ―
「おお、最高だ！！青色のジャンバーに口元のマイク。
男がつけても何ら違和感なし！身軽な軽装！！
俺にぴったりの職場がようやく見つかった気がする！！」
「余程女物の制服が嫌だったみたいね・・・・」
イベントスタッフ控え室にて、カイはイベントスタッフの制服を身に纏って感激していた。
「当たり前だろう！
ヒラヒラした服ばっかりで腰がスウスウするわ、胸元が妙に開いているわで、
着ていて動くづらくて仕方がないんだぞ」
「男の服を着ろって言われたら、私も嫌だから気持ちは分かるけどね」
イベントスタッフチーフを勤める女性はショートカットの似合う勝気な女性で、
同僚内でのカイの噂はきちんと聞きつけていた。
事実仕事場へ訪れた時警戒心を強めたのだが、実際に会ったカイは噂とは全く違っていた。
礼儀はことの他きちんとしていて、イベントスタッフの制服を着て妙に感激するような単純さだったのだ。
少なくとも、チーフにはカイが害を及ぼすようには全然見えなかった。
こうして話している今では、気づかぬ内に反発心や警戒心も薄らいできている。
「さ、馬鹿話はこれくらいにして、イベント会議を始めるわよ。
あなたは末席に着席して。端的に説明するから」
マグノ海賊団では一年という期間を通して、何ヶ月に一度かのイベントが実施される。
日頃凄惨で過酷な海賊業を営むクルー達の心の洗濯をなす為に行われ、
そのための準備や企画内容を考えるのがイベントスタッフの仕事であった。
とは言え、イベントが行われるんはあくまで一年に数度。
よって普段は企画を立てたり、こうして控え室で次のイベントの打ち合わせをしたりと余念がない。
チーフより準備の算段から計画の実行、具体的な材料の見積もりなど説明を聞き、
カイは目を丸くして驚いていた。
「船の中で祭りをするのか！？」
「祭り？う〜ん、似ているけどニュアンスが違うわね。イベントよ、イベント」
「馬鹿騒ぎって事だろう？楽しそうじゃねーか！！」
タラークでも当然一年に何度か祭りが行われてはいるが、カイは全く参加していない。
祭りが嫌いなのではなく、三等民という階級では参加ができなかったからだ。
結局祭りが盛大に行われても、ただ見物するしかなかった。
だから祭りに関しては、カイも常人以上に興味が持てるのだ。
元々賑やかさが好きな男にしてみればたまらない娯楽であるとも言える。
期待大にして目を輝かせるカイに、会議に参加していたスタッフの一人が冷たく告げる。
「あんたは男だから参加はできないわよ」
「ガーンっ！？」
きっぱりはっきり告げられて、カイはがっくり控え室の机に突っ伏した。
―警備スタッフ―
「あんたが問題のカイって男か。軟弱そうだね」
「へっ、男は外見じゃねえ。中身よ」
チーフはセミロングの紫の髪が左目を覆っており、鋭さをひめた眼差しが印象的な美女であり、
警備担当の部署に入ってきたカイをじっと睨み付けている。
カイもカイで元来の負けん気を発揮し、チーフから目を逸らさずに見据える。
そんなカイの態度に強面だった表情を若干崩し、口元を笑みづくる。
「ふ〜ん、なかなか威勢だけはいいじゃない・・・・」
「親父譲りでね。口の悪さは受け売りみたいなものだ」
「はは、なるほど。あんた、結構アタシと似た者同士かもね」
チーフはそのまま座っていた席から立ち上がって、カイを見つめる。
カイもチーフには何か感じ入るものがあるのか、面白そうに言葉を付け加える。
「って事は、あんたも両親は口悪かったのか。
確かメジェールじゃオーマとか呼ばれてるんだっけか」
「よく知っているじゃないか。ま、アタシのがさつさはファーマ譲りだけどね」
チーフの両親は今も健在だが、両親そのものはメジェール本星に住んでいる。
マグノ海賊団に入ったのも仕方なくではなく、自分からの志望である。
自身の個性が社会に適応していないと、幼いながらに気がついたからであった。
そういった意味では、確かにカイとは似たもの同士である。
「なるほど、家庭環境の複雑さは男も女も関係ないか」
「当然だよ。もっとも男の社会なんて想像もつかないけどね。
時間もないんだ、てきぱき行くよ。
え〜と、めんどくさいからカイって呼ばせてもらうよ。まどろっこしいのが嫌いなんだ」
良くも悪くも思いっきりがいいのだろう。
あっさりはっきり自分の意見を述べるチーフは、カイには適した対応が取れる。
「俺は好きに呼んでくれてかまわない。よろしく頼む」
「任せとけって。お頭の命令でもあるからね。
アンタの面倒はあたしが見てやるよ、ついておいで！」
「とっと、どこに行くんだよ！」
いきなりの先走った行動に面食らいつつ、カイはそのままチーフの後を追った。
軽い足取りをまったく緩める事無く、チーフは整った容貌をカイに向ける。
「艦内の安全が最優先。それがアタシらの仕事だよ。
だから毎時決まった時刻に見回りをしておくのさ。無論男側の船もね」
「・・・ってまさか、今から船の中全部回る気か！？」
広大な融合戦艦内を一時間内で回るとすると、かなりの速力と労力を要する。
カイの驚愕に満ちた表情に、チーフはにやりと笑って答えた。
「当然♪威勢の良さは口だけじゃないってとこ、見せておくれ」
結局一時間で全てを巡るのは不可能ではあったものの、気合と意地でカイは最後まで付いて行ったという。
「後はレジか。まったく女ってのはタフだな」
全身に漂う疲労はそのままに、カイはマグノの紹介先の仕事場であるレジへと向かった。
迫りくる敵の存在に気づかぬままに・・・・・
＜続く＞
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