ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」
Chapter 14 "Bad morale dream"
Action9 −疲弊−
「宇宙人さん、宇宙人さん〜! ディータ、どこも異常はなかったよ!
きわめて健康な身体だって、お医者さんに誉められちゃった。えへへ」
「その元気な顔を見れば、素人でも分かるわ」
「……頭の怪我が治ったばかりなのに、元気なものだ……」
花丸印の健康との精密検査の結果が出て、本日の患者第一号であるディータは満面の笑みを浮かべている。
不慮の事故で頭に大怪我を負い、一時は精神退行したとは思えない程彼女は元気そのものだった。
事故には責任を感じていたカイも何だか馬鹿馬鹿しくなり、同じ検査を受けるメイアと一緒に嘆息する。
「次はカイだな。バートはまだパイウェイが検査を行っている、私が君を診よう。
ペークシス・プラグマは君達の脳に影響を及ぼしている可能性もある為、頭から全身にかけて検査を行う」
「脳に……?」
「全員、同じ夢を見たのだろう? 夢のメカニズムは解明されていないが、人間の脳に関係性はある。
特に君の脳には、私個人としても並々ならぬ関心がある」
「そう言われると、怖いんだけど!?」
不気味に含み笑いを浮かべるドゥエロに、カイは引き攣った顔で腰を浮かせる。
ペークシス・プラグマの暴走に巻き込まれたパイロット達の精密検査は、順調に進んでいた。
ジュラ・ベーシル・エルデンは頭痛と微熱の症状はあるが、健康面を左右する異常は見られなかった。
ディータ・リーベライは健康そのもの、パイロット業務にも支障はない。この二人には何の問題もない。
残るは検査中のバート・ガルサス、そしてカイ・ピュアウインドとメイア・ギズボーンだった。
「メジェールの最新医療技術で製造されたメディカルマシーンなら、細部に至るまで調べる事が出来る。
この検査で問題がなければ、ペークシス・プラグマの影響は身体面には出ていないという事になる。
ただし、今回のような症状が今後も起きればすぐに私に相談してくれ」
「……何故私の顔を見て言うんだ、ドクター」
「何でもないと勝手に判断するからだろ、お前が」
「くっ……お、お前こそ、これを口実に気軽に休みを取るのは許さないからな」
この辺りは相変わらず平行線、両者の主張にドゥエロは内心苦笑する。人間の内面は、どれほど検査しても分からない。
カイは強すぎる責任感と義務感を持つメイアの身を心配して言っている。本人は全く自覚もしていないだろうが。
メイアはカイは本当に職務を疎かにはしないとは、分かっている。仲間の為なら死ねる男、それゆえに注意も厳しくなる。
ドゥエロは医務机より、二人のカルテを取り出した。こんな不器用な二人の身体を労るのが、自分の仕事だ。
「カイ、メディカルマシーンに入ってくれ。手洗いは大丈夫か?」
「トイレ……?」
「一旦開始すれば、精密検査が終わるまで出られない。病原菌とは違い、ペークシス・プラグマの干渉を分析しなければならないんだ。
特に脳の検査は途中で止めると、お前自身の身体に悪影響を及ぼしてしまう。
窮屈を強いる事になるが、検査中は大人しくしていてくれ」
「そんなに時間がかかるのか……ジッとしているのって、苦手なんだよな……」
「ドクター、この男には麻酔の処置を施した方がいい」
「お前に言われたくないわ!? 休日中でもずっとそわそわしているくせに!」
「――分かった、二人に麻酔をかける。この際だ、君達はゆっくり睡眠を取ってくれ」
呆れた様子で、ドゥエロは二人にそう促した。反論しようとするが、互いの顔を見て諦めたように肩を落とす。
同レベルの張り合いだと気づいたのだろう、殊勝にドクターの言う事に従った。
ディータと交代で、カイは医務室の中にあるメディカルマシーンに入る準備。カルテが用意されて、順番が回ってくる。
そこへ、
「ますたぁー、遊びに来たよー!」
「違うピョロ! 検査してもらう為に来たピョロ――ヒックっ!」
「……今日は、千客万来だな」
デジタルな瞳が映し出されている画面を赤く染めたロボットと、満面笑顔の赤いドレスの少女。
ニル・ヴァーナのナビゲーションの任に就く二人が、医務室へ飛び込んできた。
ピョロの様子を一目見て察しがついたドゥエロは、ひとまず二人を宥めて椅子に座らせる。
「何だ、お前らも来たのか。検査は俺が先だからな」
「ええっ!? ユメと遊んでくれないの!?」
「お前は仕事をしなさい。俺は今日は休みで、精密検査なの。身体が悪くなっていないか、見てもらわないといけないから」
「ぶー、ユメがますたぁーを傷付けたりなんてしないのに」
「どういう意味だ?」
場が――凍り付く。椅子に座って足をプラプラさせるユメの前に、ドゥエロが厳しい眼差しで見下ろす。
少女の何気ない言葉を、男は聞き漏らさなかった。確かな疑惑を視線に浮かべて問い詰める。
主以外の男に見られて不機嫌な顔をするが、やがて溢れんばかりの笑みを浮かべる。
残忍極まりない、人を嘲る笑顔。憎々しく笑う少女は、残酷なまでに綺麗だった――
「身体の何処を調べても無駄だよ。お前らなんてどうにでも出来るんだから」
「ほう、随分な自信だな。まるで――君が悪夢の原因のような振る舞いだ」
「そうだよ。だって、『ユメ』だもん」
クスクス笑う。楽しげに、愉しげに、この世の全てを嘲笑って、少女は笑い続ける。
対するドクターは、恐ろしいほどに無表情。怜悧冷徹に、少女を見下ろす。
世界を観察する少女と、人を観察する青年――二人の浮かべる笑みはどこまでも冷たく、計り知れない。
雰囲気の変わった医務室の状況を追えず、周囲は静まり返ったまま。
濃密な静寂の一時は流れ、ドゥエロ・マクファイルは少女を指さして告げる。
「なかなか可愛らしい少女だな、カイ」
「えっ……?」
「だろう? 夢見がちな所があってな、こういう謎めいた言い方をするんだよ」
「えっ、えっ……?」
「そう言うな、カイ。幼少時、誰にでもこういった時期はあるものだ。
恥ずかしながら、私も子供の頃一時期陥ってしまった。今思い出すと、恥ずかしい限りだ」
「非現実的な存在に憧れちまうんだよな〜、分かる分かる」
二人の言い分を聞いて、周囲の大人達が納得した様子で何度も頷いている。
不思議と、少女を見る目が優しくなった。実に微笑ましく、少女の悪態を見守ってくれている。
ハテナマークを何個も浮かべて首を傾げ――ハッと気づいて、ユメは慌てて立ち上がった。
「ち、違うよ!? 脳内設定じゃないもん! ユメの仕業なんだよ!!」
「分かった、分かった。検査の後で遊んでやるから、ちょっと待っててくれ」
「そうやって、いっつも聞いてくれないくせにーーー!
ううううう……そこの人間! お前は頭がいいから分かるよね、ユメの言っている事!?」
「勿論だ。そうだな……私は悪の手先という事にしておいてくれ」
「ちーがーう!! ゴッコじゃないの、本当の事なの!!
うわーん、人間なんて――人間なんて、死んじゃえ〜〜〜〜!!!」
――意外に早く、この船に馴染めそうな感じだった。ユメ本人にとっては、極めて不本意だろうが。
ニル・ヴァーナに子供が乗船していない事もあってか、彼女は何かと可愛がられているようだ。
少女の愛らしい悲鳴が、医務室に賑やかに響き渡る。
ユメの元気な声に、カイは口元を緩める。半年間の痛手を調べる精密検査、不安がなかったといえば嘘になる。
そんな時自分をこの上なく慕ってくれる少女の声を聞けただけでも、励まされた気がした。
地球母艦での死闘でも笑顔でエールを送ってくれた少女――身元は何も知らないが、悪い人間では決してない。
ユメの相手はピョロに任せて、カイはドゥエロの診察の元メディカルマシーンに入る。
不思議な気分だった――この中に入るのはいつも、重症を負って気絶していた時だから。
何とか生還した時はベットの上に寝かされている。このマシーンに入る時は、生死の間をさ迷っているのだ。
匂いを嗅いでみる。血の匂いはしない、ドゥエロやパイウェイがいつも綺麗にしているのだろう。
「精密検査開始時、麻酔を投与する。今の気分はどうだ?」
「問題ない、始めてくれ」
静かに瞳を閉じる。麻酔ガスを混入される前に眠りにつけそうだった。
今日は折角の休日――自分の夢や海賊達との確執、地球との因縁。それら全てを忘れて、ゆっくりと休もう。
旅を始めてまだ半年だが、少年は少し疲れていたのかもしれない。ほどなくして、彼は眠りに入った。
夢を見ずに熟睡する彼の耳に――鳴り響く非常警報は、届かなかった。
<to be continued>
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