ＶＡＮＤＲＥＡＤ連載「Eternal Advance」
Chapter 13 "Road where we live"
Action11 −心底−
「ガスとペークシスの質量を融合させて、星に火をつけるぅ！？」
「ガス惑星なんだろう、此処は。この星丸ごと燃やして、その火力で母艦と無人兵器共を一気に吹き飛ばすのさ」
ニル・ヴァーナに急遽仮設された第二医務室に集う、カイとドレッドチーム。
手痛い敗北と惨めな撤退で絶望に沈む面々に、タラーク育ちの少年が元気の良い声で提唱する。
先程まで泣き喚いていたジュラやパイウェイも喧嘩を止めて、提案したカイに驚きの眼差しを向けていた。
「突然何を言い出すかと思えば、また突拍子もない案を……」
撤退時肩に深手を負ったメイアが、ドゥエロの治療を受けながら呆れた様に嘆息する。
馬鹿げた空想だからではない。問題点は山積みだが考慮すべき戦略だからこそ悩まされるのだ。
この男の提案する策はいつも常識外で、チームリーダーとしては心労が絶えない。
「ガス惑星を活性化させて、恒星へと強制的に転化させる――現状置かれている特殊な環境を利用した、面白い案だ。
安全に徹しているだけでは、もはや我々は生き残れない。思い切った行動に出る必要はある」
「ドクターの言い分は理解出来る。ただ、この作戦は非常に危険だ。下手をすればこの船ごと爆発に飲み込まれる事もある」
士官学校で軍略を学んだドゥエロは賛同するが、生きるか死ぬかの修羅場を何度も乗り越えたメイアは懐疑的だった。
臆病なのではない。たった一つしかない命の価値を理解しているからこそ、あらゆる可能性を検討する必要があるのだ。
現実は個人の思い通りにはいかない。世界は良い意味でも悪い意味でも平等であり、不平等なのだ。
「確かに俺はドゥエロのような軍人でもないし、青髪達のような立派なパイロットでもねえ。タラークでは酒場の小僧だったからな。
だからこそ、皆の意見を聞きたい。全くの不可能ではないのなら、問題点を順番に上げて片づけていこう」
「もう時間がないのよ？ 作戦会議なんてしている場合じゃないわ」
「一人で悩んでても何も浮かんでこないだろう。敵に追い詰められて逃げ場もない状況じゃ、不安と心配で悪い考えばかり浮かんじまう。
残り時間が少なくても、皆で話し合って前向きに考えていこうぜ。一個一個問題を片づけていけば、不安も薄まるさ。
こうなったら男も女も、立場も仕事も関係ない。ベットで寝てる奴も何でもいいから、言いたい事を言ってくれ。
酒場の小僧が思いつきで出した案だぞ。問題があって当然だ」
「こいつ、開き直っているケロ！？」
無意味に踏ん反り返るカイにパイウェイが愛用のカエル人形で早速ツッコミ、医務室にいる皆の笑いを誘う。
機関部の長であるパイウェイより、９０分のタイムリミットの通達は届いている。もはや手段を選んでいられる状況ではない。
男女関係の決裂から今日の敗戦に至るまで、誰も皆悩み苦しんだ。精神失調や自殺未遂に及んだ者までいる。
敵に追い詰められたこの状況で、一人でいる事がどれほど辛いか身に染みている。
更には９０分のタイムリミット――発狂して暴動が起きても何の不思議でもない。海賊であれど人間、追い詰められれば仏でも鬼に代わる。
人間いよいよとなれば、どんな行動でも起こせる。死ねば諸共と、規則も道徳も無視して残虐な行動に出る事だってある。
皆がいるから、少しは安心出来る。仲間がいるから、自分でいられる。
拙くても前向きになれる材料があるのならば、考える事は決して無駄ではない。最後まで、自分自身でいる為に。
「ねえねえ、この作戦ジュラは当然大活躍出来るのよね！？」
「まず一番に聞く事がそれか、お前は！？ 安心しろ、お前の見せ場も当然ある。
ガス惑星に火をつけて爆発させれば、当然惑星内に退避しているニル・ヴァーナも巻き込まれる。青髪が心配しているのはその点だろう？
ヴァンドレッド・ジュラのシールドの強度な防御力と広い効果範囲なら、ニル・ヴァーナを丸ごと包んで脱出出来る」
「ジュラ達が皆を守るのね！？ やだ、ジュラったらニル・ヴァーナの守り神になっちゃうのね、ウフフ……」
「――待て」
ジュラが大活躍の予感に恍惚としていると、話を聞いたドゥエロが冷静に手を挙げる。
作戦会議と銘しているが、実際は仲間同士顔を並べての話し合い。
形式に拘る必要はないのだが、生真面目なドゥエロは皆に一言断ってから口を開いた。
「ヴァンドレッド・ジュラの機能は、以前データによる資料で熟知している。
その上で意見を言わせて貰うと、今のカイが話した使い方ではもったいない。ヴァンドレッドシリーズは、対刈り取り戦では切り札となる。
適材適所、この局面では有効的に活用するべきだ」
「むっ、何よドクター。ジュラのヴァンドレッドに、仲間を守る事以上に大事な使い方があるというの！？」
「仲間を守る事は確かに大切だ、その点を否定するつもりはない。活用方法が異なるだけだ。
カイの戦略はこの不安定なガス惑星を、恒星化する事にある。ならば――」
患者に怪我や病気の具合を説明する電子板に、ヴァンドレッド・ジュラの機能情報とガス惑星の観測データを表示する。
タラーク第三世代のトップエリートであるドゥエロの説明は、要点を突いた分かり易い内容となっていた。
専門的な知識を持たない面々も食い入るように電子板を見つめ、ドゥエロの説明を聞き入っている。
ドゥエロが説明を終えた直後、彼を待っていたのは――拍手喝采だった。
「なるほど、シールドにはそういう使い方もあるのか。くそ、そこまで分からなかった」
「恥じ入る事はない。私も君達の話を聞いて、自分の学んだ知識を元に閃いたのだ」
「ドクターは天才だわ！ ジュラもこの作成に賛成、大賛成！！」
「待って、待ってよ、ジュラ！？ 盛り上がるのはいいけど、最初の問題が置き去りになっているわ。
ドクターの説明通りにヴァンドレッド・ジュラを使うのなら、ニル・ヴァーナはどうやって守るのよ？」
「あ……」
長い間仲違いしていたジュラとバーネットだが、カイとの確執も解消されて少しずつ歩み寄りつつある。
元の関係に戻るのは難しくとも、新しい絆を結ぶ事は出来る。
その可能性が見えてきた二人の会話に、長年彼女達とチームを組んでいるメイアはそっと微笑んでいた。
「う〜ん、ヴァンドレッドジュラを守りに使えない以上、ニル・ヴァーナに自力で頑張って貰うしかないか……」
「船殻崩壊まで残り九十分、パルフェの知らせてくれた情報はニル･ヴァーナの限界を意味している。
今この瞬間も強力な重力と電磁波から、ニル・ヴァーナは全力でシールドを張って我々を守っているのだ。
更にガス惑星の起爆に巻き込まれれば……シールドが保つ保証はない。どうするつもりだ、危険だが賭けに出るか？」
「うぐぐ……」
男なら土壇場で勝負、と突進する勇気はない。危険は承知だが、無謀な賭けに仲間は巻き込めない。
この作戦、何処かで無理はしなければならない。最早１００％の安全は見込めないのだ。
自分の命を賭ける覚悟はあるが、今この時点なのかが悩みどころだった。何も保証はないのだ。
「ねえねえ、ドクター。惑星に火をつけると言ってるけど、具体的にどうするの？」
「恒星になりかけているこのガス惑星には、中心核が存在する。
観測データを見せよう――このように、流体金属状の重水が惑星の重力で押し固められている形だ。
この中心核に攻撃を行い、点火させれば恒星化が開始する」
「この核を壊して爆発させるんだね、ふ〜ん……だったらさ、点火させた後すぐに逃げちゃえばいいんじゃないの？」
助手を務めるパイウェイの無邪気な提案に、話を聞いていた患者達も頷いている。
痛々しい怪我や重い疲労でお世辞にも良好な状態とは言えないが、患者の表情には前向きな気持ちが戻っている。
この状況下では安静に寝ている方が、患者にとっては落ち着けないのだろう。少しでも何か、明るいニュースが欲しいのだ。
ドゥエロも患者の精神状態は理解しているが、静かに首を振る。
「点火した後に脱出する時間が決定的に足りない。
何度も計算してみたが、蛮型どころかドレッドの最高速度でも逃げ切る事は不可能だ。
つまり――中心核に点火する役割を持つパイロットは間違いなく、爆発に巻き込まれて死ぬ。
先の大戦で損傷を被ったニル・ヴァーナも危うい」
「……そういう事だ」
ドゥエロの説明に同意するように、忌々しげにカイは舌打ちする。
ガス惑星を恒星化するには、中心核そのものを点火しなければならない。
不幸中の幸いにも、この惑星は既に恒星になりかけている不安定な状態。中心核の点火に必要な火力は、さほど大きくはない。
ヴァンドレッドではなく、蛮型やドレッドの攻撃で充分可能だ。
問題は中心核を点火した後――惑星の爆発に巻き込まれないように、即座に安全圏まで脱出しなければならない。
その脱出する速度が決定的に足りないのだ。星の爆発ともなれば、その火力や影響範囲は桁違い。巻き込まれれば、完全に消滅する。
今のままでは、誰かを犠牲にしなければならない。
「――俺がやるよ」
『えっ！？』
「折角製造したホフヌングも駄目にしちまったが、俺には改良型がある。
ペークシス二つ分のエネルギーがあれば、星に火をつける事くらいは出来るだろう」
その場にいた皆を一瞥して、カイは決死隊を自ら志願する。逡巡せずに彼は言い切った、他でもない仲間の為に。
少年は見ていた。この場にいる勇敢なパイロット達全員が、覚悟を決めた瞳をしていた事に。
自分本位で考える人間など、この医務室にはもう一人もいない。彼女達が苦痛と絶望の果てに選んだのは自分ではなく、仲間だった。
他の誰かの為に戦える仲間を持てた事が、何よりもカイは嬉しかった。
こんなに素晴らしい女性達を、死なせてはならない。絶対に。
「そんなの駄目！ 絶対に、駄目！！」
「赤髪……お前の気持ちは嬉しいが、これは誰かがやらなければならない事なんだ」
「宇宙人さんが死なないといけないなんて、絶対におかしいよ！ 宇宙人はいつでも皆の為に、頑張ってくれた。
ディータの大切な人達を守ってくれた、助けてくれた！！
だから、今度はディータが――宇宙人さんを助けたい！」
そのまま反論を待たず、ディータはメイアとジュラの前に進み出る。
頭に巻かれていた包帯を取り、強い決意を宿して彼女は頭を下げた。
「リーダー、ディータが志願します！ やらせて下さい、お願いします！」
「ディータ……」
自分以外の誰かの為に、戦う。たとえ自分の命を散らす結果となっても。
それを率先して行えるか、無理やり誰かに押し付けるのか――地球との決定的な違いはそこにあるのかもしれない。
その結果大切な仲間が助かり、大切な一人が死ぬのだとすれば、正しいのはどちらなのだろうか？
強制されたのなら、そのものを恨めば済む。けれど自分から志願した者をどうやって責めればいい。
仲間を大切にする気持ちも、良い結果ばかりを生むとは限らない。
人間関係が生む結果は何処までも複雑で、残酷だった。
＜to be continued＞
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