VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 12 -Collapse- <後編>
Action24 −男気−
人間の臓器を刈り取る無人兵器、地球が開発した狂気のメカニズムにはさまざまな種類が存在する。
マグノ海賊団が戦ってきた中でもキューブ、ピロシキ、ウニ、クモ、トリ、ユリ型など千差万別である。
それぞれに特殊な機能があり、与えられた役割を全うすべく活動している。
共通しているのは人類の敵であり――人体を刈り取る事。
そして、大いに手強い敵である事である。
「……痛っ……やってくれますわね……
ルカさん、御無事ですか? 返事をして下さいな」
「あ〜い」
崩れた壁を盾にする形で、ブラブラ小さな手が振られているのを見て安堵する。
真っ二つに裂けたニル・ヴァーナ――分断された艦内に無人兵器がついに侵入してしまう。
人としての情など何一つない兵器は生活空間を根こそぎ砕き、踏み潰していく。
その徹底したやり方は略奪を是とする海賊でさえ、強い屈辱と不快感を与えた。
「わたくしのエステに土足で上がりこむなんて……万死に値しますわ!」
「靴オッケーじゃん、此処」
「揚げ足取る暇があるならお逃げなさい! ――キャッ!?」
ニル・ヴァーナを蹂躙する地球からの刺客は、皮膚を刈り取る兵器――対メラナス用の刈り取りメカだった。
美しい肌を剥ぎ取る残忍な兵器が、メラナス軍と同盟を結んだマグノ海賊団をも標的としたのだ。
非戦闘員の大半が非難する中、あくまで自分の居場所を守り通そうとする者達が戦いを繰り広げていた。
「っ……容赦、ありません……わね!」
護身用のリングガンを放射するが、頑丈な機体表面では薄っすら焦げ付かせるだけ。
敵が一薙ぎしただけで壁や天井が崩れ、機材が散乱し、室内に居る人間を吹き飛ばす。
華やかな美貌やスタイルも無力、打ち据えられて苦痛に喘ぐ。
倒れるエステチーフに伸ばされる魔の手――機械仕掛けの触手は、美麗な女性の柔肌を剥がさんとする。
――鼓膜に突き刺さる、甲高い音。
横手から飛来するビンが無人兵器の横面を引っ叩き、割れたビンから破片や液体が飛び散る。
殺戮兵器は気付かなかっただろう――ビンの中身が清掃用ワックスである事に。
分析する暇を与えず、倒れていた女性がレーザーを発射して刈り取りメカを燃焼させた。
ワックスの発火は人体には危険でも、最新技術が搭載された兵器には微々たるもの。
けれど、注意をそらせる事には成功。
素早く飛び出してミレルの襟首を鷲掴み、ルカはそのままズルズルと引き摺って瓦礫の影に隠れる。
「ゲホ、ゲホ……も、もう少し優しく扱えませんの……?」
「命あっての物種」
プライドを賭けた篭城戦は、早くも危機的状況を迎えていた。
侵略者に自ら設立した職場を踏み躙られる事を良しとせず、エステルームに残って守り通そうとした。
正義は勝つという幻想に浸るつもりはない。彼女は聡明であり、生身で戦う無謀は理解していた。
戦えば死ぬ――確定された未来であれど、不本意な生より天秤は死に傾いた。
愚かであれど彼女たらしめる矜持であり、ミレル・ブランデールの美を磨く信念だった。
汗で額が張り付き、顔も血と埃で汚れていたが、表情はとても強く真っ直ぐだった。
「命が大切というのではあれば、貴方も逃げてはいかが……? 責めたりしませんわよ」
クリーニングチーフ、ルカ・エネルベーラ。
普段仲が良いというわけでもないのに、酔狂にも死地に付き合う女の子。
この娘の機転がなければ、先ほど自分を落としていただろう。
普段の関係から素直に礼は言えないが、ミレルなりに感謝していた。
自分の意地にこれ以上付き合う事はないと、言葉を投げかけたが――
「平気」
「何が平気ですの!? 冗談は時と場合を考えて――」
「――ブランデールが死んだら、平気じゃなくなる」
「! 貴女はやはりカイさんの死を気に病んで……」
仲間を守る為に死地に残り、命を散らした少年。
カイ本人の決断とはいえ、死なせてしまった事は心に深い陰を落としていた。
見殺しにした上に、託された他の仲間達は危機に陥っている。
バートもまた命を落とし、ニル・ヴァーナは大破――助かる道はもうない。
カイが命懸けで与えてくれた機会を生かせず、自分達は死のうとしている。
このまま逃げて死ぬなど、絶対に許されない。
今の行動はルカなりに決めた、責任の取り方なのだろう。
死を前に恐れず立ち向かい、生き恥を晒さず、敵に背を向けない――マグノ海賊団チーフクラスに、半端な人間などいない。
たとえ裏方でも、彼女達は誇り高き海賊だった。
「……馬鹿ですわね、貴女」
「ムフフ」
強大な敵を前に、にこやかにピースサイン。怒る気力もなくなる。
エステルームは原形を留めておらず、無人兵器は依然として健在。
倒壊は激しく、敵より先に生き埋めになる可能性が高いが最後まで戦うのを止めない。
――カイ・ピュアウインド、あの男は死神が相手でも戦うだろう。どれほど傷付いても、最後まで抗ったはずだ。
ならば自分も絶対に退かない、屈する事はプライドが許さない。
土足で上がりこむ無礼な輩に、どうして遜れようか。人間として恥ずべき、醜い行為だ。
我知らずに握り締めていたのか、小さく温かな感触が伝わってくる。
結ばれた手は独りではない事を――チームである事を思い出させてくれた。
「お姉さん、コレ」
「……なんですの、このホウキは?」
「武器」
「素晴らしい気休めですわね!?」
無いよりはマシと、清掃道具を受け取って構える。あまりの馬鹿馬鹿しさに、大真面目に考えていた自分を苦笑してしまう。
与えられた勇気を手に、ミレルは決意新たに立ち上が――ろうとして、後ろにつんのめった。
髪を引っ張られた痛みに涙を滲ませながら、小さな戦友に詰め寄る。
「この非常時に何をふざけていますの!?」
「あれ、あれ!!」
バンバン背中を叩きながら、ルカは弾んだ声を上げて一点を指す。
怪訝な顔でミレルは指し示す方向へ視線を向けて――
――ホウキを、落とした。
それはただの偶然か、粘り強く戦い続けたがゆえの必然か。
エステルームに設置されているモニターが、一時的に回復していた。
ノイズ混じりの画面に映し出されているのは――目映い輝きを放つ、白亜の翼。
絶望という闇から救い出す希望の鳥が、神々しく羽ばたいていた。
「あは……あははははは! ねえねえ、見た見た!?」
「はい、しかと拝見しましたわ!」
高らかに手を叩いて、二人ははしゃぎ合う。悲壮な決意など、木の葉のごとく吹き飛んでいた。
衝撃の光景にルカは泣き笑い、ミレルは歓喜に震える。
――自分はあの美しさに心を奪われた。広い宇宙を自由に羽ばたく、雄大な翼に。
悲しみを切り裂く希望の剣、困難に負けない不屈の魂、絶望に負けない強き心。
そうだ、それでいい。それでこそ英雄、自分達の真なる敵。
罪を清めるのは穢れ無き優しさ、悪を倒すのは――いつだって、正義なのだから。
「しぶといね、あいつ」
「当然ですわ。あの方はわたくしの――マグノ海賊団の、好敵手なのですから」
現状はまだ何も変わっておらず、敵は目の前で牙を向いている。
なのに女性達の表情は明るく、血気溢れている。
生きる気概を完全に取り戻した女達は頷き合い、得物を手に立ち上がる。敵を見上げる顔の、何と凛々しき事か。
彼は死を乗り越えて、見事生還を果たした。ならば、自分達も奇跡を起こすだけだ。
助けられ、守られて終わり。押し付けられたお姫様役なんて、御免だった。
二人の闘志に応えるように――足元から大いなる光が出現した。
「……っ……っ……、駄目だ。全然反応しないよ」
『システムがダウンしているので、通常の操作では起動しません。再考願います』
「答えを教えて欲しいんだけどな、僕……」
光を失ったクリスタル空間――暗闇に閉ざされた操舵席で、バート・ガルサスは奮闘していた。
敵の攻撃で真っ二つに裂けたニル・ヴァーナ、非戦闘員が多く取り残されている艦内。
シールドは強制停止、戦場の真ん中で丸裸にされている。危険極まりない状況だ。
一刻も早くニル・ヴァーナを再起動させ、態勢を立て直さなければならない。
だが――艦は動かない。
「そもそも、どうしてペークシスまで止まってしまったんだ!? 機関部の連中に頼んで――」
『ペークシス・プラグマが起動すれば、この艦は動く――そう解釈して宜しいのでしょうか?』
「うっ、そう言われると……」
動かせなければ自分の責任、そう考えると尻込みしてしまう。
自分が出した結論に自信が持てないのは、本当の操舵手ではない為。
最初の最初、引っ込みがつかなくなりマグノに促されるまま操舵席にすわり――何となく動かせてしまった。
原因も分からず、自分で調べようともせず、動かせた現実にただ甘えて。
怠惰に楽な方向へ流されて、ついには手詰まりになってしまう。
こんな土壇場で……いよいよ操舵手が必要とされるこの時に、役立たずとなってしまった。
今までの操作方法を試してみたものの、艦は一ミリたりとも動く気配を見せない。
途方に暮れるバートに、唯一の相談相手であるソラが冷酷な事実を告げる。
『バート・ガルサス、本艦が近隣のガス惑星の引力に引っ張られています。
このままでは内部に発生する重力により、ニル・ヴァーナは圧壊します』
「えええーーーーっ? 逃げ場ないじゃん!?」
ニル・ヴァーナは現在真っ二つに裂かれて停止、漂流している。
本調子ならともかく、半壊して機能停止寸前のニル・ヴァーナでは惑星の強力な重力に逆らう術は無い。
このまま惑星内に引き摺り込まれれば、ものの数分で艦は平らにされてしまう。
「畜生、動け、動け、動け……! くぅぅ、どうやって動かせばいいんだ!?
知っている事があるんなら、全部教えてくれよ!」
『……貴女はそれでよろしいのですか?』
「何だよ、もったいぶって!? 急がないと、全員死ぬんだぞ!
大体、君のせいでカイは皆から責められる羽目になったんだ!!」
完全な八つ当たりだが、ソラは沈黙する。
密航者騒ぎ――主を危機に陥れた罪を、聡明な少女は自覚している。
ムキになって反論せず、罪を冷静に受け止めた上で、ソラは静かに語り出す。
『――私が貴方の代わりに、ニル・ヴァーナを運航して皆さんを安全な場所まで避難させたとしましょう。
そうなりますと、貴方の役割は完全になくなります。それで本当に宜しいのですか?』
「そ、それは……!」
ソラに全てを任せれば逃げる事は出来るかもしれない。このまま手を拱いているよりは、建設的だろう。
バートにはこの苦境を覆す手段がないのだから。
少女に託せば、重い責任から解放される。実に楽な生き方、自分は安全でいられる――
「そんなの、いいわけないだろ!!」
自分一人が安全で、気楽に過ごすなんて耐えられない。
メイアを庇って凶弾に倒れた時に気付いたのだ、自分の中にあった本当の気持ちに気付いた。燻り続けていた、自分自身への不満に。
平和で楽しい毎日、それは全員一緒でなければ意味が無い。
男も女も関係ない。時には喧嘩しても楽しく過ごせる仲間と一緒でなければ嫌だ。
もう……誰にも泣いてほしくはない。
「君に、頼みがある。出来る範囲でいい――皆の顔を見せてくれないか?
話せなくてもかまわない。自分の仲間を、見ておきたい」
『艦が大破しているので限界はありますが、不可能ではありません。失礼ですが、理由をお訊ねしてもよろしいでしょうか』
今こうしてソラと話せているのなら、他の人間とも通信を行えるかもしれない。そんな淡い期待。
理由を訊ねる女の子に嘲りの色はない。助けを求めるのではないと、彼の表情が物語っている。
臆病でも前向きに――バートは泣き笑いの顔で、拳を震わせる。
「何の為に戦うのか、心に刻んでおきたいんだ」
我が主とは違う、人間らしい強い台詞。臆病だから、弱いのではない。
失う事を心から恐れて、必死になる――誰かを守る力となり得る。
ソラは承諾して、崩壊寸前のシステムを強制起動させて、全艦内施設にアクセスを行う。
反応があったのは全体の三分の一以下――けれど、バートには充分だった。
メイア・ギズボーンとカイ・ピュアウインドの合流、活気付くパイロット達。
メインブリッジでは驚きながらも明るい知らせに上司は喜び、たった一人のブリッジクルーがメラナス軍と連絡を行っている。
艦内を走り回る警備員、機関部の人間が各施設の修繕に全力を尽くしている。
医務室ではドクター復帰に多くの患者が救われて、回復した者もまた移設した医務室で他の仲間達を助けている。
どういう経緯か保管庫でパルフェが着物姿の少女に叱られており、警備チーフが泣いていた。
逃げそびれたのかラバットの船がデリ機と接触、何やら交渉を行っているようだ。
――誰も諦めていない。
やはりカイの生還が大きかったのだろう、悪足掻きでも自分の出来る事をやろうとしている。
もしもここで自分が逃げたら、皆の頑張りが無駄になる。
「僕は、逃げない」
一寸先も見えない前を、毅然とした眼差しで見つめるバート。
苦難に抗う困難より、仲間を失う恐怖が勝った。
モニターに映る一人一人の顔を見つめ、バートは志を新たにする。
これまでの全ての嘘を、本当に――
今この胸に宿る熱さは、他の誰でもない自分自身の本当の想いだ。
手探りでもいい。どれほどみっともなくても諦めない、この船を動かす事に自分の全てを賭ける。
自分は――バート・ガルサスは、ニルヴァーナの操舵手なのだから。
「皆がいるこの艦は、僕が守る!!」
初めての、前向きな言葉。誰に頼るのではなく、自分自身が舞台の中央に立った。
バート・ガルサスの舵取りに、ニル・ヴァーナは今こそ応える。
本物の操舵手の命令に――逆らう船など存在しない。
――男と女が今こそ、自分達の意思で一つとなる。
<to be continued>
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