VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 12 -Collapse- <後編>






Action20 −懇願−






 ――即死ではなかったのは運がいいのか、悪いのか。

全身を苛む痛みと顔を濡らす冷水が、混濁した意識を無理やり回帰する。

視界を暗く濁す崩れた天井。壊れた水道管から冗談のように噴き出す水――

崩壊間近の監房で、ドゥエロ・マクファイルは死の瀬戸際に立たされていた。


(っ……皆は無事、逃げられたの、か……ぐっ)


 第一次崩落で唯一の出入り口を塞がれ、天井より降り注いだ瓦礫が下半身を酷く打ちつけた。

士官候補生時代に軍事訓練で鍛えたとはいえ、潰されずに済んだのは奇跡以外の何物でもない。

土砂崩れに巻き込まれていれば、足は完全にペチャンコだっただろう。

楽観は出来ない、むしろ生殺しに近い。

いっその事完全に潰れていれば、苦痛は一瞬だった。パイウェイを救えた満足感を抱き、医者として死ねた。

現状は絶望的、監房は間もなく飲み込まれる。

足は深手を負い動けず、逃げ道まで断たれて――意識がある状態で、溺死や圧死が待っている。


「……これが罰、か……」


 カイ・ピュアウインド、バート・ガルサス。己が短い人生で最も影響を与えた男達。

奇妙な旅路に巻き込まれた同郷の士、それだけの存在に価値を見出したのは何時頃だっただろうか?

男女を区別しないカイの優しき強さと、人間らしい臆病さと勇気を持っていたバートの明るい心。

冷めた心は熱を持ち、閉じた未来が可能性に開かれた時――二人はかけがえの無い友となっていた。


自分より遥かに生きるに値する、素晴らしい男達。


彼らに先立たれて、心の底から運命を呪った。心に生じた空虚に、愕然とした。

死――医療に関わりながら、死の重みをまるで理解していなかった。

ただの好奇心で人間の生死に触れる職業を選んだ。その罪が今、与えられようとしている。


「すまない、パイウェイ……しかし君ならきっと、多くの患者を救えるはずだ」


 永遠の別れ際少女が見せた涙が、傷の痛み以上に心を苦しめる。

初めこそ男を疎んじる態度を取ってばかりの困った看護婦だったが、辛い旅を乗り越えて彼女は変わっていった。

遊び半分の看護も熱心になり、素直な一面も見せてくれるようになった。

そんな彼女に全て押し付けるこの結末を、心苦しく思う。多くの命が危うい状況で医者が逃げるなど、万死に値する。

けれど、彼女達を救うには……こうするしかなかった。


「パイウェイ、君は生きろ。生きて――幸せになってくれ……!」


 かつて少年が死に逝く女性に誓った約束――男もまた、少女の幸を心から願った。

激震が絶え間なく船体に押し寄せ、壁を揺るがし、天から押し潰していく。

悲鳴を上げるニル・ヴァーナに負けじと、ドゥエロが仲間を想い全てを投げ出して声を張り上げた。


冷静沈着な男の頬をつたう涙は想念か、無念か――


崩壊する世界の真ん中で、男はどこまでも孤独で。

少女はけっして届かぬと知りながら……ただ叫んだ。生きろと――













「ドゥエロ〜〜〜〜!!」













――カイの部屋に位置する監房が突如吹き飛び、弾丸のように飛び出す。

埋もれた瓦礫を容易に砕き、踏み潰し、破壊するその姿はまるでドリル。

機能に特化したコンパクトボディ、メタリックな手足、デジタルな目玉――

怒涛の勢いでの参上に、さしものドゥエロも唖然呆然だった。


「ピ、ピョロ……何故、君が此処へ?」

「あ〜、やっぱりいたピョロ!
ドクターの声が聞こえたから、もしかしたらと思ったら……今すぐ助けるピョロ!」


 ニル・ヴァーナのナビゲーションロボット、ピョロ。彼の本来の役割――人命救助と避難誘導が行われる。

小さな外見に反する強力なパワーを存分に発揮、瓦礫を容赦なく掘り砕く。

あまりの早業に、死を覚悟していた自分が滑稽にすら思える。


「ククク……まさか君に助けられる日が来ようとは」

「何を呑気に笑っているピョロ!? ドクターが怪我をしてどうするピョロ!」

「……まったくだ。みっともない所を見せてしまった」


 素直に返答されて、ピョロが逆に面食らう。皮肉の一つでも返ってくるかと思えば珍しい。

問い質したい気もするが、状況が許さない。

収まらない船の揺れに危機を感じ、ピョロは負傷したドゥエロを担ぐ。


「話は後にするピョロ! 緊急離脱だピョロよ〜〜〜!」

「しかし、避難するにも入り口が――なるほど」


 異を唱えようとするが、ピョロの行く先を見て口を閉じる。

世の中何時何処で何が役に立つか、本当に分からないものだ。

士官学校卒業の時自分の未来を身勝手に想像して、達観していた己を恥じる。


脱出先はカイの部屋――かつて男と女が協力して作業を行った、秘密基地へ通じる希望の扉に飛び込んだ。













 旧イカヅチ内に無数に点在する空スペースの一つを改造した、白亜の空間。

クリスマスの時期監視されていたカイを守るべく、機密性と耐久度に優れている。

当時男のイベント参加に賛成/反対派に女性陣が分かれていたので、人目を忍ぶ形で作業を行っていた。

自動扉は二箇所、通路側と――カイの部屋に?がる監房。

不幸中の幸いにも頑丈な自動扉により、崩壊した監房の瓦礫等は完璧に防がれている。

クリスマス後も仲良くなった男女が時折使っていた空間には、資材や日常用品が散らばっていた。

それらを巧みに利用して、ドゥエロは自分の手当てを行う。

簡単な処置でも雑には見えない見事な治療に、精密処理が得意なピョロも感心するしかない。

特に見ているだけでも痛々しい治療に、汗を流しながらも苦痛を見せない精神力に平伏する。


「ひとまず、これで動ける……ピョロ。君のおかげで、この命拾う事が出来た。
改めて、礼を言わせてほしい」

「ぐふふ〜、ドゥエロが無事で本当に嬉しいピョロよ。此処に逃げ込んで正解だったピョロ」


 同じ人ではない者として波長でも感じたのか、ラバットの相棒ウータンがピョロを気に入ってしまったらしい。

ラバットが監房に入れられた寂しさもあったのだろう、彼女(?)はピョロを追い回して孤独を慰めた。

遊び相手にされたピョロはたまったものではない。

緊迫したブリッジには近付けず、男達も居ない今他に当てもなく、広い艦内を逃げ回るしかなかった。

捕まれば舐め回されるか、弄ばれるか――何にせよ、ロクなものではない。

咄嗟に思い出した秘密基地へ潜り込み、隠れていたのだ。

仲良しだった女達も頼れず、男達は死んでいき、船内は混乱の渦。激変する状況に、ピョロは震えて隠れ続けるしか出来ない。

艦内システムの大半が機能停止している事も、恐怖に拍車をかける。ナビゲーターが状況を把握出来ないのは、致命的なのだ。


「すぐ隣でドカーンと大きな音がして、生きた心地がしなかったピョロ。
ドゥエロやメイア達がいたのに、助けに行けなくてごめんピョロ……」

「――この状況下だ、怯えるのは無理も無い。君はむしろ私より、人間らしいかもしれないな……」

「そんな事は――ちょ、ちょっと何処へ行くピョロか!?」


 ふらつきながらドゥエロが立ち上がるのを、ピョロが慌てて呼び止める。

傍目でも怪我どころか、疲労すら回復したようには見えない。


「私は医者だ、患者を守る義務がある。この船は今、何処も安全ではない。医務室も然りだ。
此処の広さと頑丈さは使える。患者を全員移送して――っぅ」

「ドゥエロだって大怪我してるピョロ!? 一人じゃ無理ピョロよ!」


 パイウェイを庇って全身打撲、瓦礫で足を負傷、戦友の死で憔悴して顔色も悪い。

動けるように手当てはしたが最低限でしかなく、常人なら立ち上がれない傷を負っている。


今の彼を支えているのは恵まれた肉体と――強靭な精神力。


誇り高き男達の尊い死に様が、ベットの上での死を認めない。

千を越える数の無人兵器と戦ったパイロット、凶弾から仲間を守った操舵手――


引き下がれない、彼らの友を名乗るなら。


冷え切っていた心に滾る感情を隠そうともせず、ドゥエロは傷付いた身体を引き摺って進んでいく。

疲労と負傷で重苦しい身体に鞭打って歩く、歩く、歩く――


――不意に、軽くなった。


「ピョロ……?」

「……一人では・・・・無理だと言ったんだピョロ。
ピョロは病気とか怪我とか治せないけど……傷ついた人を安全な所まで案内・・する事は出来るピョロ!」


 大柄なドゥエロを肩に抱く、小柄なピョロ。

何ともバランスの悪い格好だが、一人ではない事がお互いに何より心強い。

ドゥエロは安心して身を預け、笑みを浮かべた。


「君も、本当に面白いな」


 人で手に余るなら、人以外の手を借りるまで。

人間とロボットの救出作業が、行われようとしていた。













 一人では手に余る――理性が警告しても、感情で黙らせる。

もはや感覚の無い指先を唇を噛んで操作、コンソールをフル稼働して情報分析を行う。

麻痺したシステムを動かすだけでも苦痛だが、弱音は吐けない。

メインブリッジのクルーは、もう自分しか残っていないのだから。


「――」


 マグノ・ビバン艦長が何か話しかけてくる。

表情から察するに心配してくれているのだろう、返礼しておく。


セルティック・ミドリ――彼女は今ニル・ヴァーナのシステムそのものだった。


艦の目となり、耳となり、手足となって、錯綜するデータを狂い死にしそうな演算速度で処理。

傷付き、倒れ、逃げて、ブリッジクルーは一人だけ――全業務を一身に担う。

彼女が処理したデータを副長のブザムが戦力に変えて、前線に向けて指揮を行う。

混乱する艦内施設やクルー達を逐一状況を見極め、マグノが的確な指示を送る。

ペークシス・プラグマにすら届く、脅威の情報分析能力。追い詰められて開花した、セルティックの才能。

真っ二つにされたニル・ヴァーナが今も戦えているのは、彼女のおかげだった。


「――、――!」


 今度は副長が何かを言っている。耳鳴りが酷くて聞こえない。

一応返答したが、多分届いていないだろう。

瞬きを忘れた目はじくじく痛むが、情報で乱れ狂う画面から目を離せない。

一瞬でも気を抜けば、データの海に飲み込まれて終わりだった。


(……ウソ、ツキ……)


 セルティック・ミドリは本来気が弱く、甘えん坊である。

気を許した友人に寄り添い、控えめにいつも笑っている。

そんな彼女が目立つ着ぐるみをするのは趣味もあるが、男を避けるため。

データでは守れない現実世界における、彼女の鎧だった。


(大、丈夫って言ったのに……うそ、つき)


 そんな彼女が今着ぐるみを脱いでいるのは、必要が無いから。

男達は全員死んだ。バートも、ドゥエロも――カイも。

自分の望んだ世界が訪れたのに……ただ、悲しい。


(わたし一人こんなに苦しいのに……アナタは、やっぱり最低です)


 帰って来て下さい、自分から願った。精一杯勇気を出して、やっと言えた言葉。

心を覆う鎧を脱いで、彼の生還を心から願った。それなのに――

死を望めば平気な顔で帰って来るのに、生を望めば……簡単に死んでしまった。

なんて残酷な人なのだろう、信じられない。


(死ねばいいんです、貴方なんか。死んじゃえばいいんです。
……ほら、こんなに祈ってますよ。貴方の死を願っているんです!

何やってるんですか! 早く、早く……早く、反応して下さいよぉ……)


 コンソールを濡らす、真紅の雫――

毛細血管が破裂して、酷使した眼球が真っ赤に濡れる。

最前線より送られてくる被害数、破壊されていく艦の損傷具合、衰えていく一方の機能。

伝えられる生々しい現実は、最後のクルーを磨耗する。


血の涙を流してもセルティックは倒れない――帰りを待つために。


誰よりも何よりも早く情報が届くこのシートこそ、とびっきりの特等席。

このシートに座っていつも観て来たのだ、華々しい逆転劇を。

夢かと見まがうほどの、奇跡を。

疲弊した少女を最後まで支えたのは仲間でも、お頭達でもなく――


"ライン21より、テキストメッセージが届いています"


 タラークの軍艦イカヅチは、祖先の星地球より発進された植民船を改良した艦。

ペークシス・プラグマの暴走で更に改造されたが、従来の設備はまだ残っている。

もう使用されていない旧システム、機密情報を特殊な暗号で偽装する通信機能。

疲労の極みにあっても天才技術者、五秒以内に解読してメッセージを展開――


「――あ!!」


   だから……嫌いなのだ。

この人はいつも、自分の望まない・・・・事ばかりする。

生を望めば勝手に死んでしまい、死を望めば――



「お頭! 副長!」


"遅くなって本当にごめん、約束は必ず守る。そっちにも今、援軍を送った。
あいつらまとめてぶっ飛ばしてくるので、フォローをよろしく――"



 鼻の奥が、ツンとする。涙腺がどうしようもなく潤み、瞼が歓喜に震える。

眩暈がするほどの恍惚に浸りながら、コンソールを操作する。疲れなんて、吹っ飛んだ。

絶望の血は喜びの涙で洗い流され、少女は高らかに叫ぶ。





「ヴァンガード、発進します!!」





"――クマちゃん" 





























<to be continued>







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