ＶＡＮＤＲＥＡＤ連載「Eternal Advance」
Chapter 12 -Collapse- <後編>
Action18 −演劇−
――むかし、むかし、男に一人のおとこのこがおりました。
おとこのこはとても貧乏で、同じ村の子供からも苛められる毎日。
卑しい身分と笑われても、おとこのこは決して優しさをわすれませんでした。
そんな、ある日の事――
おいしいご飯をたくさん積んだお船を、村から出す事になりました。
お腹を好かせた人たちに、ご飯を売るのです。
外の世界を夢見ていたおとこのこは、村の人にお願いしたいのです。
「一緒に乗せてください」
「何でもお手伝いします」
お船の中はお荷物いっぱい、おしごと多くてさあ大変。
お手伝いが必要なので、村人たちはおとこのこをのせてあげる事にしました。
おとこのこは喜びました。やったー、お外に遊びに行ける。
村人は喜びました。しめしめ、いっぱい働かせてやる。
おとこのこと、村人のお船の旅――
おとこのこはいっぱい働きました。よいしょ、よいしょ、毎日毎日働きました。
朝から晩まで働いても、おとこのこのお顔には笑顔。
お船から見える世界はとても広くて、綺麗だったのです。
そんな辛くて平和な、お船の旅も終わりが訪れます。
おいしいご飯を狙って、海賊がやってきたのです――
海賊は、女村のつよーいおんなのこ達。
お腹をすかせて、おいしいご飯を奪いにやってきたのです。
男村の人たちは女の子が怖くて、荷物を置いて村へ逃げてしまいました。
女の子達は、こわーい武器を持っていたのです。
あーん、とお口を空けて奪ったご飯を食べようとすると――
「やめてよー！」
なんと、いじめられていたおとこのこが勇敢にたたかいました。
やさしいおとこのこは許せませんでした。
人のものを取るのはどろぼうだと、教えられていたからです。
おとこのこは泣きながら、女の子達に注意しました。
「どろぼうは悪い事なんだぞー」
女の子達はとても強かったので、おとこのこはやられっぱなし。
なぐられて、蹴られて、いっぱいいっぱい叩かれて。
女の子達はおなかがすいて、きょーぼーになっていたのです。
「おなかすいてるんだもん！」
ぐー、ぐー。おんなのこのお腹は鳴りっぱなし。
おとこのこは毎日まずくても、ご飯は食べていました。女の子の気持ちは分かりませんでした。
でも、おとこのこは――痛みは知っています。
自分は悪くないのに叩かれて、本当に痛かったことを覚えているのです。
とっても、とっても痛かったから――いやだったのです。
「人のごはんを取って食べるなんて、いけないんだぞー！ その人が食べられなくなるじゃないかー！」
「食べなかったら、しんじゃうよー！」
「自分のごはんを食べればいいじゃないか！」
「ごはん、ないもん。取って食べなかったら、死んじゃうもん」
おとこのこは困りました。おとこのこはやさしいから、女の子にも死んでほしくなかったのです。
でもごはんをあげたら、村人達が困ります。
おとこのこは考えて、こう言いました。
「僕のごはんを分けてあげる。いっしょに食べよう」
おとこのこはずっと一人ぼっちでした。一人が寂しいことを知っていました。
一人で生きられないのなら、二人で生きよう――
怪我をした村人達を村へ返し、男の子と女の子は同じ船に乗りました。
おいしいご飯を分けあって、一緒に新しい旅の始まりです。
題名のない演劇会――マグノ海賊団で披露する最終演目であり、自分の仕事納め。
大勢の非戦闘員が身を寄せている避難所で、ブリッジクルーがある演目を開催していた。
これまで数ある名イベントを行ってきたチーフだが、今回の演目に名前を敢えてつけなかった。
――死んだ仲間への、自分達に出来る弔い。
舞台衣装はレジスタッフの制服、大道具・小道具はありあわせ、演出及び舞台は前準備の無い殺風景な避難所。
台本も用意されていないが、必要ない。
懇意にしていたチーフのみならず、スタッフ達全員の頭に記憶されている。
記憶喪失だったおとこのことの、短くも温かい思い出を――
「……ねえ、やめてよそんなの。今はイベントなんてやってる時じゃないでしょう」
観客は避難して来た非戦闘員達、イベントクルーと同じ艦内作業に従事していた者達だ。
死地に赴く勇敢な戦士達の居場所を守る、バックヤードスタッフ。
マグノ海賊団幹部達や前線の主要メンバーを除いたほぼ大半が、広大な避難所に集まっていた。
男女共同の旅が始まって半年――騒動や死闘はあれど、死者も出さずに故郷へ向けて順調に航海。
突然の事態ではあったが、半年が経過して彼女達は安心していた。
ゴールまで残り半分、今まで通り行けば無事に到着出来る。
そう――卑怯で下劣な男達の手を借りずとも、自分達だけで立派に戦える。
かつて自分達を追い出した故郷すら恐れる規模に膨れ上がった、勇猛果敢なマグノ海賊団に敵などいないのだ。
彼女達は安全だった。自分達の足場は確立していたから、平然と出来ていた。
高みの見物――ゆえに、自分達より立場が弱い者達を平気で使い捨てられた。
彼女達は彼女達なりに日常を守る大事な任務を担っているが、それでも裏方。
目立った功績を見せられず、どうしても負い目が生じてしまう。
カイが失態を犯してニル・ヴァーナを強制退去しても、誰も反対しない。それでいて、公然と賛成もしない。
噂話や陰口程度で収まる非難や軽蔑、だからそか細く根は深い。
カイやバートの訃報が届けられても、彼女達は嘆く事も喜ぶ事も無かった。
親しき者達が悲しむ中で、これで元通りだと密かに安心していた。
そんな彼女達の長きに渡る平和が、今破られようとしていた――否、既に崩壊は始まっている。
自分達の身にジワジワと迫り来る脅威に、彼女達はようやく過酷な現実を思い知った。
我先にと避難所へ駆け込み、不安な顔を寄せ合って小刻みに揺れる船体の衝撃に身を震わせている。
――イベントチーフのミカ・オーセンティックは、彼女達側の人間だ。
どれほど理解を見せたところで、実際に戦場の体験や血生臭い経験をした事は無い。
仲間意識を見せても、女である以上男の気持ちは分からない。
だが、そんな立ち位置だからこそ見えるものもある。
男女共存の反対派、主要メンバーを除いた全員が此処に集まっている――
生粋のメジェール人、過去の風習に囚われた悲しき者達。
滅び逝く現実の中、ミカは静かに決意していた。
彼らの存在を心から賛同する者として、死んだ彼らの遺志を受け継ごうと。
「私達は今こそ、現実と向き合わなければいけないわ。戦わなければ、生き残れない。
皆で協力し合わなければ――私達だけでは今を乗り越えられないの」
「男の力を借りるって言うの！？ よしてよ、今更」
「ええ、今更ね。カイもバートも……この世にいないわ。私達のせいで、彼らは二人とも殺された」
死んだのではなく、殺された――明確な描写に、彼、女達は沈痛に視線を落とす。
いっそ笑い飛ばせば清々しいのだが、彼女達にそこまでの反骨心は無い。
明確に敵対心を見せるエステの美しき女傑や、発砲まで行ったバーネットとの違いがここにある。
相手を嫌うが、嫌われたくはない。平和な世界の住民としての、性だった。
「――皆さん、お願いです。ミカさんのお芝居を、しっかりと見てあげて下さい」
「セレナさん、貴女まで……」
マグノ海賊団ドレッドチームが皆の憧れの的なら、キッチンチーフのセレナは優しいお母さん。
年齢は若く一般クルー達との差は無いが、美味しいご飯をご馳走する彼女を慕う人達は多い。
カイと一緒に飛び出した女性だが、その信頼は今も揺るぎない。
皆と一緒に避難はしても、簡易の食事や水をふるまってクルー達の恐怖を和らげる努力をしていた。
「だって、あんまりじゃないですかぁ……カイさんも、バートさんも、本当に私達の事を考えてくれていたんですよ！
『セレナさんから教わった料理、忘れないよ』って……最後に、ううぅ……最後にぃ……」
「わ、分かりました。分かりました！ 見ます、見ますから、泣かないで！」
セレナ・ノンルコール、彼女が一番素直なのかもしれない。
誰もが泣けず、歯を食い縛って自分の道を進む中で、唯一純粋にカイ達が死んだ事を嘆いている。
カイやバートの死を聞いた時、彼女は号泣した。
男達の強い生き様と、儚い命の散り際に、心から涙したのだ……
セレナの涙に哀しく俯いて、ミカは仮初の舞台に戻った。
「続けます」
おとこのことおんなのこの、新しい旅。
おいしいご飯を狙う悪い人達がたくさん出てきましたが、一緒にやっつけました。
旅の途中、困っている人達がいれば、ニコニコ笑顔でお助けマン。
おとこのことおんなのこは、少しずつ仲良くなったのです。
おんなのこの可愛さを知り、おとこのこはなやみます。
「どうしてこんなにカワイイのに、人のものをとるのかな？」
おとこのこのやさしさを知り、おんなのこは悩みます。
「どうしてこんなにやさしいのに、じぶんのものにならないのかな？」
ほんの少しの違い――それがけんかの始まりでした。
おしごとしていたおんなのこを、おとこのこが怪我させてしまったのです。
わざとではありませんでしたが、おとこのこは謝りました。ごめんなさい、ごめんなさい。
わざとではないと知っていましたが、おんなのこは許しませんでした。きらい、きらい。
おんなのこは、おとこのこを船から追い出そうとします。おとこのこは言いました。
「どうしたらゆるしてくれないの？」
「ゆるさない。人を傷つける事は悪い事だもん」
おんなの言葉に、おとこのこは怒りました。
「おんなのこも他の人を傷つけていたじゃないか！」
「わたしはいいの。おんなのこだもん」
おんなのこだから許される。おとこのこだから許されない。
おとこのこは納得できませんでした。
おんなのこを傷つけた事を心から反省しているから、おんなのこの言葉が許せなかったのです。
「人を傷つけたら、謝らないといけないよ！」
「おんなのこだから謝らなくてもいいの。おとこのこは謝らないとだめ」
「謝ったからゆるしてくれる？」
「ゆるさない」
おとこのことおんなのこは喧嘩して、別れました。
おいしいごはんは全部おんなのこが独り占め、おとこのこは放り出されたのです。
おとこのこは泣きました。
「どうしたらゆるしてくれるのかな？ どうしたら謝ってくれるのかな？」
仲間はずれの、おとこのこ。広い世界で一人ぼっち。
寂しくて泣いていると、おとこのこは偶然見てしまったのです。
また悪者がおんなのこにイジワルしようとしているところを――
おとこのこは一人。一緒に戦ってくれたおんなのこはいません。
悪者はいっぱい。イジメられていたおとこのこではかてません。
おんなのことは喧嘩をしたばかり。けれど、おとこのこはまよいませんでした。
「わるものめ、ゆるさないぞー！」
おとこのこは戦ったのです。よわくても、よわくても、戦ったのです。
嫌われても、おんなのこがダイスキだったから。
おんなのこの笑顔を、守りたかったから――
「そして……おとこのこは最後まで戦いましたが、死んでしまいました――」
この物語に、終わりは無い。
呆気ない幕切れが束の間訪れただけで、悪者もおんなのこもまだ生きている。どうなったのかも、分からないまま。
観客達に言葉は無い。即興の陳腐な演劇を罵る声も無い。
題名の無い物語に本当の終わりがあるのなら――もう間もなく、見られるだろう。
彼女達自身の死に、よって。
一芝居を終えたミカは厳しい表情のまま、観客達を見渡した。
「皆、この芝居を見てどう思ったかしら。感想は聞かないわ。ただ、自分の今感じる気持ちに向き合ってみて。
本当に――おとこのこだけが悪かったの？」
「……」
自分の人生を客観的に見る事は難しい。ましてや過ちがあれば、尚更だ。
あまりにも苦々しい過去ならば、自分勝手に改竄してしまうのも人間の便利な一面だ。
そんな人間がまったく別の人生を体験――観賞出来るのが、演劇である。
自分自身の感覚で味わえるからこそ醍醐味であり、神の視点で物語という人生を見届けられる。
今まで見えなかった男達の美点を、今まで見なかった女達の弱点を――
ミカは足音高く舞台を鳴らし、憤然と観客に訴えかけた。
「おんなのこだったら、何をしても許されるの……？ 海賊だったら、人を傷付けていい理由になるの！？
カイは何の為に死んだのか、分かる！？
あいつはね――私達を守って死んだのよ！！ バートだって……メイアを庇って――
それに比べて、私達は何をしたのよ……いがみ合って、不平不満ばっかり言って、何もかも押し付けて！
その結果がこれよ。
分かってないのなら、言ってあげる。この船はもう沈むわ。誰も助けに来ない。
私達が戦わなければ、生き残れないの！」
観客達の反応は様々だった。泣き出す者、悔しがる者、震えだす者――
一人一人が現実を見つめ、自分の罪を自覚し始めている。
けれども、あまりにも遅すぎた。
カイ達はもう、死んでしまったのだから――
無念にミカは強く唇を噛み締めるが、決して彼女達から目を逸らす事はしなかった。
自分も所詮、彼女達と同じ。何もせず、出来なかった――
もはや反対も、賛成もない。
男も女も等しく、死を迎えようとしていた。
＜to be continued＞
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