VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 12 -Collapse- <後編>






Action8 −監獄−






記憶は全て取り戻し、現状も認識した。目的も定まった。後は目標へ目指すだけ。


――どうやって?


「一つ聞きたいんだけど、タラークの軍隊は秘密裏に時間移動装置とか開発していない?」

「牢屋の中で国の未来を示唆したり、理想を論じたりした挙句に――夢物語か。
お前は自分で未来を築く為に、僕を仲間に誘ったのだろう。具体的な方針を示せ、話は聞いてやる」


 鉄格子を隔てて、第一階級の士官候補生と最低階級の労働者が向かい合う。

冗談混じりに聞いてみたいのだが、予想外に真面目な返答で少年は苦笑する。

つい先程――多数の民間人を虐殺した犯罪者とは思えない。

正義という名の思想は、かくも容易くエリートを人殺しに導いてしまうのだろうか。

行き過ぎた正義は時として唾棄すべき悪に成り果てる――正義に断罪されそうになった被害者として、カイはその事実を胸に強く刻んだ。

悪へ向かうのならば心は弱くとも思い留まるのだが、正義へ向かうのならば心は人殺しさえ容認してしまう。

明日は我が身、理想を掲げるのであれば決して忘れてはならない。


マグノ海賊団に地球、タラーク・メジェール――強大かつ現実的な略奪者と戦うのであれば。


「嘘偽りない正直な意見を聞かせてくれ。タラークとメジェールが戦うのは正しいと思うか?」

「無論だ。お前達三等民でも、怨敵メジェールについて国から教えを受けているだろう。
奴らは悪鬼羅刹、我々人間を食らう怪物だ」

「あんたが軍人さんなのは知っているけど、実際にメジェール人と戦った事はあるのか? 実際に、だぞ」

「僕は仕官候補、まだ教練の段階だ。実戦経験はない。だが、軍事教育の過程で女という生き物について学んでいる」

「俺が問うているのは、あんたが自分の目・・・・で女を見たのかどうかだ。
生まれ育った国の教えは、今だけ度外視して答えてくれ」

「三等民のくせに態度のデカイ男だな、お前は。本来なら銃殺だぞ。
――確かに直接メジェールの女達を見た事はない。だが、国家の教えは絶対だ。奴らが敵である事に違いはない」

「その国が――俺達に謝った情報を植えつけているのだとしたらどうする?」

「馬鹿な!? 国家に対するその不信感、――やはり貴様は叛意を抱いているな!」


 罪の意識があればこそ話し合える隙はある、カイは牢屋の闇に閉ざされた目で男を見上げる。

――人の心はあのタラークの空と同様、光と闇で灰色に濁っている。

正義や悪は不明瞭、時代は人々の営みに飲まれて奔走している。

半年間飛び出した宇宙で沢山の経験を培ったが、教えられた事は多くも悩みは増えた。

いっそ何も知らずにタラークの酒場で生活していた方が、幸せだったのかもしれない。

養父が何故夢見る息子の旅立ちを止めたのか、奇妙な奇跡で昔へ戻った今ならばよく分かる。

空の向こうに輝く星空は綺麗なのは、下でぼんやりと見つめているから。

歩み寄って凝視すれば、ゴツゴツした岩の塊でしかない。

だからこそ、見つめ続ける。本当を、知りたいから。


――嘘のない自分で在りたいから。


「勘違いはするなよ。私はこの国を正したいというお前の気持ちを汲んで、今話を聞いているんだ。
例え思想のみであれど、国家反逆の気持ちがあるならこのまま処刑するべき――」

「本当に国が絶対正しいのならば、あんたは何故三等民虐殺などという暴挙に出たんだ?
あのような虐殺こそ、全くの無意味。階級差はあれど、同じ国民を殺害したんだぞ。
――この国に対して懸念を抱いているからこそ、やむを得ず蛮行に出たと考えているんだが違うのか?
実は、ただの憂さ晴らしだったのか」

「違う! 僕達は、僕達は・・・・・・」


――マグノ海賊団とは結局分かり合えなかった。

彼女達が海賊である限り、自分達の犯した罪を思い知る事はないのかもしれない。

自由や誇りなどと口にしても、物資や人間の命を奪い続けた事実は変わらない。

見た目の派手さに目を奪われてしまえば、血に濡れた自分の手すら見えなくなる。

憧れる職業では断じてない、海賊なんてものは。

自分達が生きる為に――それが海賊に至らしめている理由であるならば、納得出来ずとも理解は出来る。

けれど誇りや自由を口にして、国家の教えを盾にして奪い続けるのであれば、断じて許せない。

自分達の周りの人間の事ばかりで、略奪された人達の事を笑っている――男だからと、見下ろしている。

彼女達を肯定しているのはこの時代――タラークやメジェール、そして地球が生み出した自分勝手な自己正義のなれの果て。

自分が正しいとは、思っていない。

飢えた事のない人間に、今日の糧に苦しむ人達の気持ちなんて一生理解出来ないだろう。

けれど、理解したいとは思う。話す機会があるのならば、積極的に話し合いたい。

比較する対象が居るからこそ、自分の在り方を考えられるのだ。自己肯定の連鎖は、結局独りよがりでしかない。

その結果が戦闘でもかまわない――言葉が通じないのなら、力も使う。コミュニケーションが出来るのであれば。

一方的な暴力は何も生まないが、ぶつかり合う事は決して薄汚い事ではない。

処刑される事さえ覚悟の上で、カイは言葉をぶつけ続ける。


――わだかまりのある関係は、もううんざりだった。


「確認しよう」

「――何?」

「国の教えが本当かどうか――メジェールとは何か、女とはどういう存在か、本格的に調査するんだ」

「ふざけるな! 国家に忠誠を誓った僕に、国の教えを疑えというのか!!」

「国の正義を証明・・するんだ。本当に正しいと思うのなら、出来る筈だ。
タラークの教育にただ甘んじるのではなく、自らの意思と行動で教育の理念を追求する。立派な勉強じゃないか。
同時に、アンタの心を巣食う疑念を解消出来る。
自分の手を汚さなくとも、タラークに蔓延する不安を払えるかもしれないぞ」

「メジェールを調べる事が、どう現状の改善に繋がるんだ?」

「国家の教えが正しいのなら、メジェールは人類の敵。敵を調査して実態を解明出来れば、弱点だって見えてくる。
タラーク設立以来続いている国家間の紛争を止めるチャンスかもしれないぞ」

「――なるほど・・・・・・貴様は知らぬだろうが、実はタラーク・メジェールの対立が日々激化している。
敵が開発したドレッドなる機体が、我らの血肉を雪いで作り上げた戦闘兵器を駆逐しつつある。
戦況を打開するには、戦力を含めたメジェールの全てを調査する必要があるか」


 荒唐無稽な妄言から現実的な提案へスライドして、男も少しずつ納得の色を見せている。

戦闘において敵情報を探るのは大前提、基本中の基本だが恐らくメジェールの細密な情報は上層部が改竄を加えているだろう。

タラーク軍事国家の――地球からの指示に従って、国民はただ踊らされ続ける。

タラーク・メジェールが刈り取られる、その日まで。無知を罪に、隷属を当然に。

今の少年にとって記憶が唯一の武器――元記憶喪失者としては、その皮肉に苦笑いを浮かべるしかない。


「"己を知り、敵を知れば百戦危うからず"、我らがタラークに伝わる祖先の教えだ。
将来軍人となるのならば、尚の事今からでも情報探索は必要となる。自分の目で見て、メジェールを判断してくれ。
その上でタラークが正しいというのであれば、あんたは自分の信じる道をそのまま歩めばいい。
疑問や悩みも消えて、己が正義に邁進できる。疑心に駆られて、三等民を虐殺する事もなくなるさ。

敵は目の前に在り――だからな」

「・・・・・・。一つ聞きたい。お前はこの国にとって味方なのか、敵なのか?
愛する故郷を改善していくにしては、お前はタラークという国を深く疑問視している。

タラークとメジェール――いや、それら全てを取り巻く世界全体を見据えているに僕は思えるのだが」


 三等民虐殺という蛮行に走り、少年の存在で冷静と罪の意識を取り戻した若き戦士候補。

男は今でも国を愛し、国の志を胸に抱き、メジェールへの敵対意識を胸に戦う気概を持つ。

将来軍人となる事を約束された士官候補生が、三等民の少年に――戦士の意義を問い質す。


「俺は、この世界から虐殺を無くしたい。誰かを憎み、憎まれて――奪い合うのは嫌なんだ。
だけどこの世界には弱肉強食を理由に喜んで奪う連中、仕方ないと言い聞かせてそれでも略奪を繰り返す連中――

――大切なものを奪われた悲しみから、奪う事を選んだ人達が居る。

俺はそんな奴等の敵――あんたの言葉を借りるなら、略奪者達全員に対する叛逆者。
今はまだただの英雄ゴッコだけど、いつかは本物になるつもりだ」


 その時初めて――男は牢に繋がれた人間が、年相応の少年に見えた。

理想をただ理想で終わらせない気概を見せながらも、その性根はあくまで真っ直ぐ。

少なくとも夢物語だと嘲笑う大人達――女を馬鹿にする男達よりは、よほど綺麗な笑顔に見えた。

――生まれ持った階級で他人を見下ろしていた自分が、一瞬でも恥ずかしくなるほどに。


「俺は労働階級だからな。毎日必死で働いて、少しずつでも出来る事をやっていく。
――俺の仲間になって欲しいと頼んだが、一蓮托生とまで言うつもりはない。お互いに、この国の為に出来る事をしよう。
あんたはメジェールの事を徹底的に調べる。それが、自分の国であるタラークを知る事に繋がる。
自分が支えるこの国が正しいのならば、それで良し。間違えているなら――その時こそアンタの出番だ。

虐殺という手段ではなく、今度こそ軍人として――弱き民を守ってくれ。

あんた達士官候補生は、俺達三等民の希望なんだから」

「希望、か・・・・・・俺はお前達の事を、働くだけしか能のない役立たずだと思っていた。
お前のような考えを持つ三等民がいるなら、殺す前に・・・・・・話を聞いて見るべきだったかも、しれないな・・・・・・」


 ――若き男の眉間に深く刻まれた皺。未来永劫消える事のない、後悔の証。

鏡を見る度に思い出すであろう、愚かな所業。

罪の意識は生涯を通じて心を切り裂き続けるが、その痛みは男を二度と蛮行へ走らせたりはしないだろう。


罪を犯した士官候補生――罪深き未来のエリートは今、本当の意味で三等民達の希望となった。


「いいだろう、お前の望みは必ず果たす。ただし、言っておく。
本当に国が隠し事をしているなら――真実を明かす事は決して容易くはない。
軍事機密扱いであるならば、士官候補生の僕では閲覧は許されない。最悪、お前の敵になるかもしれないぞ」

「少しずつでいいんだ、無理に推し進めても変革は訪れない。今出来る事をやればいい。
あんたは士官候補生として、俺は三等民として――」


 ――そして、カイ・ピュアウインドとして。

これはあくまで仮初の同盟、男達は今後目的は同じくとも別の道を模索する。

どれほど理想を唱えても、士官候補生と三等民の階級差は埋まらない。

それぞれの立場をまず認識して、出来る事をやっていく。

二人にしても、むしろその方が都合は良い。

士官候補生から見れば少年は自分達が起こした事件の関係者であり、三等民――下手な繋がりは勘ぐられる危険性がある。

考え方は変わりつつあれど、若きエリートにとっては自分の人生まで賭けるほどの熱意はないのだ。

まだまだ、時間は必要であった。

少年にしてもそれは同じ――彼は自分の時代へ帰らなければならない。

この時代は少年にとっては通過点、過ぎてしまった過去なのだ。

過去の改竄はカイ・ピュアウインドにとって「やり直し」ではない、辛くとも苦しい現実へ戻らねばならない。

だからこそ、この時代の行く末を自分より遥かに優秀な彼に託すのだ。

偶然と奇跡が生んだこの時代の交差点で、自分の想いを語り――時代は違えど、明るい未来を共に目指して。

――もう会う事はないだろう、今だけの友のこれからを祈って。


被害者と加害者、過去と未来の交差点より今――男達は旅立つ。


「僕が今出来る事は、君を牢屋から出す事だけだ。
悪いが、僕と同じ階級には出来ないよ。事件も明るみに出る事はない。僕を、君は恨むか?」

「怒りはあるが、恨みはない。けど、今後同じ真似をすれば――俺は貴方を許さない。命懸けで止めてみせる」

「――その言葉を胸に、とくと戒めておこう。これが最後だ、一度だけ今僕に出来る事がやれば協力しよう」


 軍事国家が定めた階級制度、一庶民が容易く改正出来るのであればその国は破綻してしまう。

国そのものの変革は簡単ではない、雑に命を費やしても国は何も揺らがない。

一等民の不名誉は国の名誉に関わる、事件関係者が三等民ならば泥を被るのは言わずと知れている。

ならば、今自分がすべき事は死者の無念を晴らすのではなく――死者の名誉を守れる時代を作る事。


彼女達と、共に――


「協力は必要ない、情報だけ俺に流して欲しい。
士官候補生卒業の時期に完成予定の新造艦――『イカヅチ』について」


 国の一大プロジェクトの根幹となる船の名を告げられて、男は驚愕に目を見開いた。





























<to be continued>







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