ヴァンドレッド


VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 12 -Collapse- <後編>






Action3 −憤慨−






記憶喪失に対する明確な治療法は、存在しない。

けれどこの手の病気に対する治療法の多くは、身体療法と心理療法のいずれかが現状有効とされている。

身体療法には薬物療法と電気療法、心理療法には個人療法や行動療法の各種技、催眠療法などがある。

誤解されがちだが確たる治療法はなくとも、記憶喪失は通常24時間以内に回復し、積極的な治療は不要な事が意外に多い。

無論、個人の発症状態によって千差万別は生じる。

例えば発症以前の出生以来全ての記憶が思い出せない状態――自分の名前さえ分からない、一般的に認識された記憶喪失。

損失するのは主に自分に関する記憶であり、社会的なエピソードは覚えている事もある。

この状態でも発症後、記憶は次第に戻ってくる場合はある。

人は自分自身の中に病を癒やす力を持ち、他者との信頼関係を通じて更に促進されるケースが多く存在する。

抱えている問題の根源を自分自身が見つけ、対処法を自分で考えられるように他者が手助けするのだ。

人や物事の関係の中に存在する自分の過去の断片が、現在どのように存在しているのか理解する事で曖昧な自分を再認識する。

記憶喪失を煩った人間と、患者との関係が重要な要素となりえるのだ。

過去が現在にもたらしている影響を理解する事が、社会の環境で適応していくための新たな方法であり――自ら見つけ出す助けとなる。

この他者とは家族であり、友人であり、仲間であり――





――許し難い、敵である。















 ――希薄な大気に包まれた赤褐色の惑星、タラーク。

動植物が生存出来ない死の惑星に渓谷が存在し、深い谷に沿うように無数の砲台が並んでいる。

大気の層が薄く張り付いた谷の底に、パイプと鉄骨材で構築された都市が広がっていた。

無秩序に張り巡らされたケーブル、廃棄された資材の数々で満たされた赤錆の街。

都市内に窮屈に並ぶ工場から吐き出される油臭い蒸気、住宅街でさえも埃と錆で薄汚く染まっている。

そんな男達の星タラークの中心都市を、一人の少年が不案内に歩いていた。


(・・・・・・これが俺の住む世界、か)


 軍事国家タラークは男のみで構成された国家で、厳しい階級制度により成り立っている。

同じ都市内でも住む環境は大きく違っており、労働階級が住む世帯は限られていた。

機密に関わる施設類は当然として、渓谷の中心――上流階級の人間達が住む事を許された世界もまた、立ち入り禁止だ。

男達の誇りであり魂の拠り所とされる、グラン・パを始めとする八聖翁が政治の指揮を取るタラーク総督府もその場所に存在する。

最低階級とされる三等民には、遠くから見つめる事しか出来ない建物――少年にとって、雲の上の存在。

幼少時の記憶を失った少年に忠誠心はなく、有難みの欠片も無かった。


「立ち入り禁止、深入り危険――歩く場所さえ不自由するのかよ」


 都市全体が灰色に満たされているが、一等民や二等民が住まう中心街は都市機能は正常に稼動している。

少なくとも、廃棄された印象が強い市街地とは雲泥の差である。

中心街へ向かう道には検問で封鎖されている。

軍事国家の警戒レベルとしては些かお粗末だが、何の戦力も無い労働階級の人間には充分な壁だった。

別ルートを探せば何処かに隙はあるだろうが、三等民達は日々の労働で精一杯。

わざわざ労力を裂いてまで、中心街へ向かう馬鹿は居ないだろう。

少年も好奇心は大いにあるが、悪戯に危険を冒しても記憶に繋がる手掛かりを見つけるのは難しいだろう。


(そうなると、やはりアレイクが酒場に来るのを待つしかないか・・・・・・
くそ、軍人や上の人間はこっちに自由に行き来出来るのに、どうして俺達は向こうへ行けないんだよ)


 男と女を区別するなら、まだ理由は分かる。

真実は定かではないが、タラーク国家が提唱する正義が事実なら女は明確な敵――

区切りをつけるのは当然、同じ世界を共にするなどありえない話だ。

だが、この国は同じ男同士でも差別を図っている。

人間一人一人優劣が生じるのは当然、人類皆平等など空虚な理想論。

記憶を失った自分でも、父親やアレイクと自分の差は承知しているつもりだ。

少なくとも養父マーカスに見捨てられれば、自分はこの国家で生きていく事さえ出来ない。

一人で生きていけない者に上等な階級などやれない、もっともな意見だ。


けれど、階級を定められる基準は――血筋。


クローニング技術で生まれた男達の血に勝手な差別をはかり、未来永劫の価値を定める。

王は変わらず王であり、奴隷は生まれたその瞬間から隷属の証を死ぬまでつけられる。

国民階級を定めたIDチップがその証――この先どれほど成長しようと、自分は都市の中心にさえ気軽に歩けない。

散歩する少年の先には、立ち入り禁止の立て札。

無許可で通過すれば発見次第捕縛、重罪に科せられる。

少年は歩き回っていた足を止めて、重い溜息を吐き出した。


"街に少しでも触れれば、妙な好奇心も消えるだろうよ"


 悔しくも、父親の言う通りだった。

労働階級の価値の低さは日々の不自由な環境で身に染みていたし、徹底した国家の国民教育で思い知っていた。

何を望んでも叶えられる願いは僅かで、重労働を課せられない自分はまだマシな方だと納得もしていた。

養父との生活もさほど悪くは無く、口喧嘩こそ激しいが育ての親には感謝をしている。

記憶を無理して戻さずとも、父親から与えられた平穏を大切にするつもりだった。


今日の外出は自分探し――まだ引き返せる、勇気の足りない冒険。


外の世界を歩き回って得た成果は、急速に冷えた現実感だった。

今まで大事に思っていた平穏も、どこか冷めたものを感じる。

これから先どれほど働いて成果を得ても、社会的な賞賛は一切ない。

この隔離された世界では選べる未来は少なくて、多くの事に我慢しながら生きなければならない。

夢も希望も無い現実――何の価値も無い、自分。

生まれた瞬間から、タラークにとって少年は働く歯車でしかない。


「俺は・・・・・・アンタにとってただの家畜かよ、グラン・パ」


 都市の中央に聳え立つ総督府を睨んで、少年はやり場の無い憤りを吐き出した。

所詮は陰口、不平不満を並べたところで本人の前で言わなければ通じない。

どれほどの奇跡を重ねてタラーク最高責任者に目通りが叶っても、三等民の言葉に耳を傾けたりはしないだろう。

自分には何もない。力も、知識も、経験も――記憶も。


「・・・・・・帰るか」


 外の世界に触れれば触れるほど、自分の小ささを思い知らされる。

これが養父の狙いであるならば、大成功であろう。

好奇心どころか、記憶を取り戻す気力さえ消えてしまった。


――記憶を取り戻したところで、何になる。


自分が何者か分かっても、所詮は捨てられた身。

万が一自分の階級が今より上であったとしても、この国に永遠に縛られる事に違いは無い。

自分の望みと噛み合わない日常を過ごして、生きながらも死んでいくだけだ。

自身の夢も願いもありはしない、この現実を覆せる力も無い。

軍事国家タラークはそれほどまでに強大、一個人なぞ存在ごと丸呑み出来る。

ならば、何をしても意味なんてない。

どれほど成長を望んでも――上はグランパや一等民、上流階級で埋まっている。


自分一人何をしたところで、世界は何も変わりはしない。


立ち入り禁止の札が張られたフェンスに背を向ける。

広々としたソラを見上げたところで、自由も、夢も――ユメ?










"貴方に出会えた奇跡に、感謝を"

"大好きだよ、ますたぁー"










「――っ、今のは――!?」


 焼け付くような痛みを凌駕する、圧倒的な存在感。

自身の中に淀んでいた気だるい無気力が瞬時に消えて、鮮烈な高揚に息を呑む。

脳裏によぎった懐かしきメッセージ。

訳も分からず暴れる感情に棒立ちになっていると――峻烈な破裂音が耳を打った。


「何だ!? 爆発・・・・・・か?」


 忌々しさに舌打ちする。

一瞬ではあったが、嘗て無いほどに心地良かった瞬間を妨害されたのだ。

現実に意識を向けたその時、自分の中に芽生えた感情が容易く消えてしまった。

慌てて掴もうとしても、頭の中に残されているのは――虚無。


「こんな息苦しい街中で――何をやっている!」


 状況は一時では収まらず、断続的に破裂音が続いている。

音が聞こえてくる方角は――自らを隔てているフェンス。

労働階級と上流階級を隔てる国境沿いに、パンッと何かが弾ける音が聞こえてくる。

一瞬の夢から覚めた少年は、苛立ちと共に自分の足を動かした。

フェンス沿いに走る所を誰かに見られると警告を受けるが、知った事ではない。

とにかく、文句を言ってやらなければ気がすまなかった。


奇妙な爆発音が――人の悲鳴に変わる。


まるで破裂音に合わせるかのように、カン高い金切り音が鼓膜を刺す。

市街地をフェンス沿いに走りぬけて、大通りを通過――やがて街の裏側へと続く路地に辿り着く。

光の射さない路地裏は赤錆とゴミの混ざった汚臭が漂っていて、思わず鼻を覆う。

不気味なほど暗い路地の入り口で、一瞬躊躇するが――


「ひぃぃぃぃぃ! お願いだ!! 頼む、やめて下さ――うぁぁっ!?」


 空気を震わせる破裂音に、明確な人の悲鳴。

好奇心や苛立ちといった余計な感情は簡単に消えて、突き上げる衝動が少年を満たした。

歯を食いしばって、闇の中へ突入する。

狭い路地裏を走るのは困難ではあるが、足がもつれようと止める事はない。

路地は意外に短く、少し走り抜ければ比較的簡単に辿り着けた――



――辿り着いて、しまった。



「お、ラッキー。全部仕留めた時に、新しい獲物が来やがったぜ」

「今度はガキかよ。へへ・・・・・・どんな風に泣き叫ぶんだろうな」


 建物と建物の間の、小さなポイント。

貧民階級が溢れる市街地ならば、何処にでもあるゴミ捨て場。

一切光の射さない場所で――無造作に、捨てられていた。


薄汚い格好をした、三等民達のなれの果て。


額から、腕から、足から、胸から――体の各所から血を流す、死体の数々。

血に塗れたゴミ捨て場で、銃を手に軍服を着た三人の男達が歪んだ笑みを浮かんでいる。


年若くも将来が約束された、エリート達。

未来など何処にも無い、一人の少年。


彼らの立場は確定済み。

狩る者と、狩られる者――ただそれだけの、違いだった。














































<to be continued>







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