VANDREAD連載「Eternal Advance」





Chapter 3 −Community life−





Action9 −救難−




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 −時遡る事、三十分前−





 融合戦艦が星雲中央のガス雲内に停止して後、艦内は全くの不稼動状態に晒されていた。

システムダウンや機関部電力供給停止に加え、さらにメインブリッジ内がコンディション不良となったのだ。

アマローネやベルヴェデールが必死でコンソールを稼動させるものの、原因は相変わらずの不明であった。

ナビゲーション席内に取り込まれたバートも度重なる船の急変についていけず、ぐったりとしている。
空調もろくに利かないメインブリッジ内は熱気に包まれており、クルー達の疲労をより積もらせていた。

ブリッジ中央の艦長席に座るマグノも扇風機すら停止してしまったため、今では顔に氷袋を乗せている。

さすがの彼女も上昇し続ける温度と予測のつかない事態に精神的疲労が重なり過ぎている様子である。

ぼんやりと虚空に視線を漂わせるマグノ、そんな彼女に通信回線が開かれた。

ブリッジ上方のメインモニターに回線先からのブザムの映像が映し出された。


『お頭、私から一つ提案があります』

「提案?」


 さすがにだらけてばかりもいられない立場ゆえ、マグノの眼光も鋭く光る。

モニター先のブザムはマグノの言葉に小さく頷き、しっかりとした口調で話し始める。


『艦内を調査した結果、有力な情報が得られました』

「しっかり頑張ってくれている様だね。前向きな話かい?」


 抜かりなく船内の調査を行いすぐさま結果を出せるブザムの辣腕を労い、マグノは続きを促した。


『はい。格納庫を調べた所、男のヴァンガードなら出撃可能と分かりました』

「なるほど。それで?」


 ブザムの報告に案を半ば見破りながらも、最後まで部下の言葉を尊重する。

上下関係としての部下への信頼が為せるマグノの懐の広さであった。


『あの男をディータ達の探索に使ってみてはいかがでしょうか?』

「あの坊やかい。アタシらの要請を素直に聞き入れるタマには思えないけどね」


 マグノの疑問に、ブザムは自信に満ちた笑みで答えた。


『私にお任せください。必ずご期待にこたえて見せます。
それに』

「それに?」

『あの男がディータ達をほっておけるとは思いませんので』


 まだまだ年齢なりの未成熟さと思慮の足りなさはあるものの、性根は真っ直ぐに育っている。

ブザムの把握したカイの全体像がそれであった。

タラークの男とメジェールの女。

互いに睨み合う関係であれ、本質的な人間の奥底は早々変えられるものではない。

マグノはブザムの言葉に楽しそうに口元を緩め、はっきりと頷いた。


「いいよ。あの男に関してはあんたに任せる」

『ありがとうございます。では、私はこれで失礼します』

「あ、ちょっと待ちな」


 一礼してモニターを消失する寸前に、マグノはブザムを呼び止める。


『はい。いかがしました?』

「・・・・あんた、そんな所で何してたんだい?」


 モニターに映し出されるブザムの背後の光景に、訝しげな視線を向けるマグノ。

メジェールとは違った、精密とは言えない構成に建造されたタラーク旧艦区格納庫。

モニターに映像化されているのは管制室と呼ばれる場所で、格納庫のバックアップにあたる区域である。

男側である旧艦区の動力部に値する区画に何故ブザムがいるのか?

独立した行動を取る権限があるとはいえ不可解な行動に、マグノは疑念を抱いた。

ブザムはマグノの質問にしばし無表情を保ち、やがて含みのある笑みを浮かべてこう言った。


『お頭の補佐が私の務めですから。では、失礼します』


 そのまま答えを待たずに通信は遮断され、モニターは暗転した。

マグノはそのままじっとモニター一点を見つめ、独白するように呟いた。


「任務を忠実にやりとげる。優秀だよ、お前さんは・・・」


 呟くその声は小さく、やがてブリッジ内の喧騒に消えていった。

マグノの表情にはいつもの貫禄は存在せず、もがき苦しむような重い顔つきになっている。

彼女はどうやらブザムに対して何らかのしこりを抱えているようだ。

ため息を一つ吐いて団扇を扇ぎ始めると再び通信回線が開かれ、

モニターからは慌てた様子の保安クルーが映し出された。


『お頭、大変です!』

「どうしたんだい?顔が真っ青だよ」


 表情が優れない保安クルーに問うと、規律正しく保安クルーの女性は答えた。


『申し訳ありません!目を離した隙に、捕らえていた男が逃げ出しました!』

「何だって!?兄ちゃんはここにいる。ドクターはエズラの治療に向かっているはず。
とすると・・・・・・」


 脳裏にカイが得意げに笑っている姿が思い浮かび、マグノは心底愉快げに口元を緩めた。


『気がついた時には、監房は既にもむけの殻でした。
すぐにクルー全員で捜索にあたらせますので』

「よしな。騒ぎが大きくなるだけさね」

『し、しかし!』

「大丈夫。あの坊やは何もしやしないさ。黙ってこそこそ水面下で企むタイプじゃないよ。
それもしても・・・ふふ、やっぱりじっとしてられるような男じゃなかったようだね・・・」


 捕虜が逃げたという非常事態にも関わらず、マグノは楽しげに事を構えていた。

困惑する保安クルーを他所に、マグノは自分達の予想を遥かに上回るカイに思いを馳せている様だ。



















 直情的な電磁音が何度も、何度も木霊する。

集中された光は収束され一条の刃と化すが、刃が切裂かんとしているものはあまりにも頑強であった。


「駄目だ〜、全然壊れないよ」


 防護服の仮面越しに涙を浮かべて、ディータは一生懸命に指を突きつける。

指に装着されているリングガンから白きレーザーが照射されるが、目の前の障害に弾かれるばかりであった。


「どうしよう・・・これじゃあガスコさんが・・・・」


 途方に暮れて、ディータはおろおろと辺りを見渡した。

ピロシキ内部の調査を終えて帰還すべく飛び出そうとした二人に対し、

機能が停止していなかった触手が、油断していたもう一人であるガスコーニュ目掛けて襲い掛かった。

四方八方から襲い掛かる触手にはさしもの彼女もなす術がなく飲み込まれてしまったのだ。

ディータはそんな彼女を助けんと、リングガンを先程から放っているが効果は見られない様子である。

正確に言えば傷ついてはいる。

だが焼き払うというのは、あまりにも熱量が足りなさ過ぎた。

もともとリングガンは対個人用武器として効果を発揮する。

残念ながら、人知を超えた未開の敵に対しては有効な武器ではなかった。


「ガスコさん、ガスコさーーん!しっかりしてください!」


 うようよと気味悪い仕草で広がっていく触手の向こう側に、ディータは呼びかける。

ハラハラしながら返事を待っていたディータだったが、やがて苦しげな声が返ってきた。


「・・・そんなに何度も呼ばなくても聞こえるよ。
それにガスコじゃない、ガスコーニュ!」

「良かった!大丈夫ですか!」

「あんまり大丈夫とはいえないね・・・・動きが取れはしない」


 自分の置かれた境遇を皮肉してそう言い、苦しげに息を吐くガスコーニュ。

飲み込まれた触手の渦に巻き込まれた彼女は全身を締め付けられ、まったく身動きが取れない状態であった。

何とかはずそうともがくものの、触手の巻き込みが強く、彼女自身の力ではどうしようもない。


「やれやれとんだへまをやらかしたもんだ。ディータの事は言えないね、アタシは」


 諦めた様に全身の力を緩めて、ため息交じりの苦笑でそう言った。

ディータは何とか彼女を助けたいと、懸命に呼びかけ続ける。


「待っててね!すぐにドレッドに行って道具を取ってくるから!
もうちょっとだけ辛抱していて・・・・」

「駄目だよ、ディータ!」


 すぐさま向かわんとしたディータに対し、ガスコーニュは触手越しに鋭く静止をかける。

振り向いたディータの瞳に浮かぶのは疑念の色であった。


「ど、どうして!?すぐに助けないと・・・・・」

「忘れたのかい、ディータ。これは仕事なんだよ。
仕事は最後の最後までやり遂げなければいけないんだ。
あんたはデータを持って船に帰りな」


 我が身を返りみない発言をするガスコーニュに、ディータの脳裏にある光景が蘇った。


『・・・・心配してくれる事には感謝する。だから、お前は逃げるんだ』


 優しく自分を心配し、己より他人を優先した壊れたヴァンガードに乗っていた一人の少年の姿。

嬉しくも悲しい想いが全身を走ったディータは、我を忘れて叫ぶ。


「そんなの駄目!絶対に駄目!!ガスコさん一人を置いてなんていけないよ!」


 いつもにない声量の高いディータの声に目を見開くものの、どこか嬉しそうにガスコーニュは答える。


「誰も見捨てろなんて言ってないだろう?三流ドラマじゃないんだから・・・」


 力をこめて何とか触手から片腕を振りほどくと、ガスコーニュはある一点を指差す。

指差すその先には虚空のみが宿る宇宙の深遠を、そして融合戦艦が飛びだった彼方を指し示していた。


「お頭達が何らかの手がかりは残している筈だ。
あんたはドレッドに乗ってその手がかりを追って帰ればいい。
救援を呼んで、早くアタシを助けに来てくれればそれでいいから」


 キツイ言葉にディータを思いやる温かみを乗せて、ガスコーニュは仮面越しにウインクした。

ディータは目じりに浮かんだ涙を拭き取って、強い表情で頷いた。


「分かった。すぐに助けを呼んでくるからね!」


 そのままの足取りでドレッドに素早く乗り込み発進させたディータを見て、

ガスコーニュは安心したように瞳を閉じる。

いつ助けがくるか、触手が再び活性化して襲い掛かってこないか。

不安材料が山ほどある状況ではあるが、悲観的にならないのが彼女の持ち味だった。

「やれやれ、この仕事が完了したら一休みさせてもらおうかね〜」


 希望的観測でしかない言葉かもしれないが、このような状況で悲壮的になる事の愚を彼女は知っていた。

蠢く触手に絡まれても動じないガスコーニュの胆力は、いかに修羅場を潜り抜けてきたかを物語っている。

だがそんな彼女に運命は更なる試練をもたらした。

それまで機能停止をしていたピロシキ内のキューブ数体が輝き、稼動し始めたのだ。


「く、しぶとい連中だね・・・・・」


 身動きすら満足に取れないガスコ−ニュの頬に、冷たい汗が流れる・・・・・・・・
















「やはりここにいたか。探したよ、カイ」

「ほう、俺もなかなか人気者になったもんだな。わざわざあんたが探してくれるとは」


 ディータとガスコーニュとのやり取りから数十分後、カイとブザムは通信映像越しに対峙していた。

機関部内では作業に励んでいたクルー達も手を休めて、二人の様子をハラハラしながら見守っていた。


「お前が逃げたという報告を聞いて、すぐにここだと分かったよ」

「何ぃ?嘘つけぇ、俺はたまたまここに来ただけだぞ。
パルフェと青髪に出会ってなければ、今ごろ艦内を気ままに散歩していた筈だからな」


 胡散臭そうに見つめるカイに、ブザムは出力されている映像越しに厳格な表情のまま答えた。


「お前が監房を一人で抜け出すのは不可能だ。となると、協力者が必要となる。
この船の中で機械に精通していてお前の味方になる者は一人しかいない」


 カイがちらりと見つめる先に、テカテカモニターを光らせている六号の姿があった。


「ちぇ、お見通しだったわけか」

「万が一の可能性もあるから、予測に過ぎないがな。だが、お前はここにいた」


 言い返せないカイの前にメイアが立ち、彼女は小さく頭を下げた。


「副長、申し訳ありません。ご報告が遅れてしまい・・・・・・」

「待った、待った!ちょっと待て!」


 謝罪の言葉を口にするメイアに、慌ててカイが立ち上がった


「お前は黙っていろ。今私が・・・」

「冗談じゃねえよ!おい、いいか。よく聞け、大将。
言っておくが、全部俺が頼んで匿ってもらってたんだ。
こいつもパルフェも悪いわけじゃねーぞ」


 カイの言葉にメイアも傍にいたパルフェも、きょとんとした顔でカイを見つめる。

その表情には意外と驚きが混在していた。

ブザムも驚いたように目を見張り、その後ふっと形のいい唇を歪める。


「メイアとパルフェを庇うのか、男のお前が。どういう風の吹き回しだ?」

「てめえの事はてめえが責任をとる。
男の常識だ、覚えとけ」


 強い口調でそう断言をして、カイはブザムに指を突きつける。

メイアはそんなカイの横顔を複雑な表情で見つめていたが、やがて引き締める。


「余計な事は止めてもらおうか。お前にそんな事をされても嬉しくも何ともない」

「馬鹿いえ。何で俺がお前のためにやらないといけないんだよ」

「貴様・・・」

「はいはい、もうやめなさいって二人とも、ね?副長も何か話があるみたいだし、ほら」


 パルフェに柔らかい笑顔で諭されて、二人は渋々距離をとる。

その光景を一部始終見ていたブザムは珍しい物を見たかのように瞳を輝かせていた。


「で、俺を探していたって言ったな。何か用でもあったのか?」

「・・・正直に話そう。
カイ、数時間前お前が倒した敵の事を覚えているか?」

「?あ、ああ、あの妙な形をした奴等の事だろう」


 取り囲まんと百数体で襲い掛かるキューブ型、堂々と正面から迫り来るピロシキ型。

鮮烈な戦いであったあの光景はカイの脳裏に新しく焼きついている。


「実はお前の戦いの後、敵の情報を調べるべく仲間を二名探索に向かわせた。
ところが彼女達の帰還を待たずに、船が突如発進したのだ」

「え!?ちょ、ちょっと待てよ!?まさか、ひょっとして・・・・・」

「そう、置いてきてしまっている。お前の力をかりたい」


 ブザムの頼みは簡潔明瞭で、カイにもその意味はしっかりと理解できた。

しばし考えた後、カイは親指でメイアを指差す。


「何でこいつじゃなくて俺なんだ?
助けに行くくらいだったら、別にこいつだってできるだろう」


 カイの疑問はもっともだった。

事実戦ったのはカイの蛮型だけではなく、メイア達三機のドレッドもあった。

だが、メイアがどこか悔しそうに首を振った。


「我々のドレッドは現在発進もできない状態だ。
副長、この男のヴァンガードは稼動可能なのでしょうか?」

『ああ、調べた所正常に稼動する筈だ。
カイ、力をかしてほしい』


 男だからと、捕虜だからと蔑ずむでもなく、一人の人間として協力を求めるブザムの姿勢。

人情と感情に心が揺れ動いていると、パルフェがギュッとカイの手を握り締める。


「お願い!助けに行ってあげて、カイ。
取り残されたクルーの一人には友達のディータもいるの。
あの娘、時々無茶するから心配で・・・・・・」

「ディータ?聞き覚えがあるな、その名前。
確か・・・・・あ、あの赤髪か・・・・・」


 思い起こされる声。


『あ、あのー、はじめまして。私ディータ・リーベライって言うの。
さっきはごめんなさい。私のせいで宇宙人さんに迷惑をかけちゃったね』


 初対面から馴れ馴れしく、そして好意に自分に接してくれた一人の女の子。

ブザムに、メイアに、そしてパルフェにじっと見つめられて、カイは頭をバリバリ掻いて答えた。


「分かったよ!助けに行けばいいんだろう、いけば!
まあ暇だったし、見捨てるってのも可哀想だからな・・・・・・・・
その代わり!お前が最初に連れて行ったバートと話させろ」

『・・・了解した。少し待っていてくれ』


 モニター先において手元で何やら操作すると通信画面にノイズが走り、やがて切り替わる。

そこには光り輝くクリスタル空間を背景とするバートの顔がズンと出てきた。


『うわぁ!?何だ、いきなり・・・って、お、お前?』

「おい、バート!お前、無事か?今どこにいるんだ!」


 いきなり目の前に通信回線が開かれた上に監房にいる筈のカイが出てきた事に、バートは混乱する。

そこへ、


「ずいぶんと騒がしいようだな、ここは」

「ドゥエロ!いい所にきたな、お前」


 バート、カイ、ドゥエロ。

それぞれにはぐれてしまった船の中の唯一の男達が、今再び顔を揃える。





















<Chapter 3 −Community life− Action10に続く>

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